煩悩日和   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

今回は金剛さんについてのあれやこれやです。
金剛はどう活躍するのか? 古鷹と加古は活躍するのか? そもそも出番はあるのか?

……好きなんですけどね、あの二人。


超えちゃいけないライン

 

 工廠の中は混乱に包まれていた。

 新たに建造された金剛による横島へのディープなキスに加え、更には自分が深海棲艦の生まれ変わりであることをカミングアウトしたことによる結果だ。そのせいで先に建造された古鷹と加古の存在が霞んでしまったが、是非もないネ!

 

「深海棲艦……生まれ変わり……?」

「あの時のタ級だと……?」

 

 突然の事に周囲がざわつく中、吹雪と天龍の警戒が跳ね上がる。

 タ級の実力は恐ろしいものだった。何せ霊力量で言えばこの場の誰よりも膨大であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()。艦娘に生まれ変わったとはいえ、“元深海棲艦”という経歴は無視できるものではない。

 警戒と不審が場を支配していく中、そこにパンパンとやや気が抜けるような乾いた音が響く。仰向けに倒れていた横島が手を打ち鳴らしているのだ。

 

「司令官……」

 

 皆の注目を集めた横島はひょい、と軽くネックスプリングで跳ね起きる。背中の埃をはたき落しながら、横島は皆に声を掛ける。

 

「はいはい、色々と警戒するのは分かるが落ち着け。工廠の奥にみんなが入れるぐらいの部屋があるから、そこで金剛さんから話を聞こう」

「いや、でも……!」

「これは命令だからな。……大丈夫だよ、二人が思ってる様な事にはならねえって……多分」

「そこは言い切ってくださいよ!?」

 

 自信たっぷりに不安げなことを言う横島に吹雪からツッコミが入る。とにかく皆に部屋に移動するように促す横島だが、吹雪には他の秘書艦達を放送で呼び出すように言いつける。

 

「この工廠に大淀と明石、それから霞と……」

「……?」

 

 しかし、言葉の途中で言いよどむ。それは何事かを真剣に考え込んでいるようであり、何かを迷っているようだった。

 

「……呼んどいた方がいいかな……? すまん、あと加賀さんも一緒に呼んでくれ」

「え、加賀さんもですか……? ……いえ、はい。了解しました」

「んじゃ、俺達は部屋で待ってるからな。頼んだぞ」

 

 いまいち横島の意図が読めない吹雪は他の秘書艦達と共に加賀を呼び出すことに疑問を覚えるが、すぐにきっと何か必要なことなのだろうと頭を切り替え、工廠から出る際に横島からぽんぽんと軽く撫でられた頭を擦りながら、吹雪は小走りで放送室へと向かう。

 

 それから数分。吹雪が大淀達と共に工廠奥の部屋に到着した。何やら部屋の中が騒がしくなっているが、何か問題が発生したのだろうか? 吹雪は嫌な想像が膨らむのを止められず、慌てて扉を開ける。

 

「司令官! 一体何があったんで――――」

「その手を離しなサーイ叢雲!! 提督が痛がっているデショウ!?」

「離すのはアンタよ金剛!! 司令官をアンタの傍に置いておけるかってのよ!!」

「あああああああああ!!? 両手に……!! 両手に激痛と幸せな感触があああああ!!?」

「――――何があったんですかーーー!!?」

 

 吹雪の目に入ってきた光景は、横島の腕を引っ張り合う金剛と叢雲の姿。お互い腕を胸に抱きかかえているので、確かに幸せな感触を味わえているのだろう。関節も逆に極まっているのであるが、それはきっと些細なことだ。

 ちなみに天龍は叢雲の応援をしている。自分が参戦したら金剛と壮絶な殴り合いに発展するだろうと予測したためだ。その程度の冷静さは何とか残っていたらしい。

 

「……何があったのか知らないけど、いい加減にしなさいな二人とも!!!」

 

 その後、霞にめちゃくちゃ怒られた。

 

「大丈夫ですか、司令官?」

「あ、ああ……。大丈夫だよ吹雪。正直折れるかと思ったけど」

 

 腕を組んで仁王立ちする霞の前で正座する金剛と叢雲を尻目に、吹雪は横島の腕の具合を確かめる。ぷらぷらと両腕を振る横島は二人から解放されたからか長い溜め息を吐く。

 

「感覚とか大丈夫ですか?」

「おう、問題ない。金剛さんのは見た目通り大きくて柔らかくて、谷間に挟まれた腕はぎゅっと両側から圧迫されてな。柔らかいながらもハリがあるっつーのか、しっかりとした感触があり、更に金剛さん自身は体温が低めなのか、俺の腕の熱がじわじわと伝わっていくように徐々に温まっていくのが気持ち良かったっていうか……。叢雲の場合は……もしかしたら着痩せするタイプなのか、思ってたよりもしっかりと形が伝わってくるっていうか。さっきも背中に叢雲のチチが当たってたけど、やっぱり腕の方が感触が分かりやすかったな。それから叢雲は金剛さんとは反対に体温が高い……というか、意外と汗っかきなのか、温かいというよりは熱いといった感じで衣服の中の汗の感触も伝わってくるような――――」

「長々と何の感覚を話しているんですか!?」

 

 煩悩少年故に致し方なし。

 

 さて、おちゃらけた時間もここまでだ。横島は皆を着席させ、今回の顛末を説明していく。まず古鷹と加古を建造したこと。次に金剛を建造したこと。そして金剛が街で戦った深海棲艦“戦艦タ級”の生まれ変わりであることを語った。

 これには大淀達も大いに驚いた。深海棲艦が艦娘に生まれ変わるなど聞いたことがなかったからだ。

 

「ちょっと、本当に間違いないの? 金剛さんが、その……以前戦った戦艦タ級だっていうのは」

「間違いないと思うぞ? 霊力光も同じだし、霊波動も覚えがあるしな」

「そう……」

 

 霞の疑問にさらりと答える横島。その様子に嘘は見られない。

 

「まさかそんなことが……興味深いですね。解剖……げふんげふん」

「確かにそうね……」

 

 明石や大淀が興味深げに金剛を見つめる。他の皆も釣られて金剛を見やるが、加賀は金剛ではなく、横島を見ていた。他の者はともかく、何故自分が呼び出されたのか。その理由が分からない。確かに驚くべき内容であるのだが、例えば赤城や扶桑、間宮といった者達ではなく、何故自分なのか。その疑問を視線に乗せて横島を見つめていたのだが、ここで加賀はあることに気付く。

 

「……? 何か、提督はとても冷静なのね。普通はもっと疑問を持ったり動揺なりするものだと思うのだけど……」

 

 そう。横島はとても冷静だ。金剛は深海棲艦の生まれ変わり。そんな荒唐無稽な話をしている。しかし、横島はそれを疑わない。否、これではまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 皆の注目が金剛から横島に移る。横島はそれにうろたえることなく、実にあっけらかんとこう言い放った。

 

「んー? いや、まあ。ぶっちゃけ大体のところは察してたしな」

 

 艦娘達の時が止まる。察していた? 一体何を察していたというのだろうか。金剛が深海棲艦の生まれ変わりだということか? ――――違う。横島の言う()()は、もっと本質的なものだ。

 

「……察していたというのは、何をですか?」

「何をって……」

 

 皆を代表し、大淀が横島に問い掛ける。横島は頭をポリポリと掻き、言い辛そうに視線を逸らしながらも、やがて真っ直ぐに前を向き、大淀の――――皆の疑問に答える。

 

「艦娘と深海棲艦の関係」

 

 誰かが、ごくりと唾を飲み込む。

 

「ほら、この前ほっぽちゃん――――北方棲姫と戦艦レ級と共闘したって言ったろ? その時にちょっとしたことがあってな。あのレ級……多分、あいつは艦娘が深海棲艦として生まれ変わった奴なんだと思う」

「……どういうことよ?」

 

 横島の言葉に叢雲が疑問を持つ。古鷹や加古は横島にドン引きだ。さらっと敵の最高位の存在と接触どころか共闘しているなど、理解の埒外である。

 

「単純に()()()()()と色々なところが似通ってたんだよ。それで確信に至ったわけじゃねーけど……ヒントは他にもあったしな」

「ヒント……?」

 

 そんなものが存在したというのか? 皆は顔を見合わせるが、誰もその答えに辿り着けない。ちょっとしたざわめきも起きるが、それもすぐに止み、横島の答えを待つことになる。

 

「……分からないか? 深海棲艦の生まれ変わりだっていう金剛さんが持つ、ある特徴。……お前らも()()()()()()()()()()?」

「え――――」

 

 まず最初に吹雪の頭を過ぎったのは金剛と横島のキスシーン。途端に嫉妬やら怒りやらで頭が沸騰しそうになるが、これは関係ないことと一旦は切り捨てる。次に思い出したのは頭を押さえ、膝をつく金剛の姿。そして、まるで人が変わったかのように横島と接する金剛。次に天龍との会話と、その身から溢れ出る――――。

 

「――――まさか」

 

 その呟きは小さかったが、その声は誰しもに届いた。しかしそれに吹雪は気付かず、呆然とした様子で答えを口にする。

 

「――――()()()()()()()……?」

 

 その言葉に、新参である古鷹と加古以外の皆が目を見開いた。そして皆の視線は二人の艦娘に殺到する。()()()()()()()

 

「おい……おいおいおい、ちょっと待てよ。それじゃあ、俺達も……?」

「私達も……深海棲艦の、生まれ変わり……? だから、私も呼んだの……?」

「ああ」

 

 信じられない、といった様子の二人だが、横島はそれを肯定する。

 

「他にもあるぞ? 加賀さんが初対面であるはずの天龍を怖がったり、天龍が大淀も知らなかった深海棲艦の特性について詳しかったりとかな」

「で、でもそれだけじゃ理由としては弱いんじゃあ……」

 

 横島の言葉を否定しようとする叢雲の言葉も、勢いがない。半信半疑とはいえ、それだけ横島の言葉に説得力を感じているのだ。しかし、横島も叢雲の言う通り確固たる証拠ではないことは理解している。しかし、それでも尚彼はそれが真実であると確信している。レ級、金剛、天龍、加賀の存在。そして、横島の世界の神魔の存在が彼を後押しするのだ。

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する。普段から騒がしい睦月や白露も言葉を発せない。

 

「まあぶっちゃけよくあることだからそんな気にするよーなことでもねーぞ?」

「へ?」

 

 しかし横島の更なる爆弾発言で場の空気は更なる混沌へと変わりゆく。

 

「いや……いやいやいや。こんなことがよくあってたまるか!?」

「んなこと言ったって、俺の知り合いにそういうのいっぱいいるし……」

「本当によくあることなの!? っていうかどんな奴等よそれ!?」

「お前ら風に言うと神様関係」

「どんな交友関係なんですか!?」

 

 煩悩が規格外の少年は人脈も規格外でした。もはや先ほどまでの深刻な空気は消え去ったと言ってもいいだろう。むしろ横島の交友関係の方が気になって仕方がない様子の艦娘達である。

 

「例えば妖怪から神族になったり、人間から神族になったり、神族から魔族になったり、魔族から人間になったり……ま、みんな良いやつだよ」

「良いやつ……ですか。冷静でいられるわけね。流石は私の提督です。貴方にとって私達が深海棲艦の生まれ変わりというのは、()()()()()()()()()()()()()なのね」

「そりゃーな」

 

 加賀の言葉に横島が笑う。当然のことのように言ってのける横島の姿に、皆が惹きつけられる。

 

「ま、俺もゴーストスイーパーなんてやってるわけだから最初は妖怪やら魔族やらにいい印象は持ってなかったんだが、それでも色んな奴と知り合って、敵対するだけじゃないって分かったからな。友達になったり、弟子に取ったり、一緒に戦ったり……()()()()()があったわけだ」

 

 横島は自分の掌を見つめ、それから天龍、加賀、金剛と視線を移していく。

 

「だから、俺にとっちゃ前世が深海棲艦だからって特に思うことは何もない。俺の上司だって前世は魔族だったんだぞ? 個人的に重要なのは昔どうだったかじゃなくて今どうしてるかだからな」

「……そんなものなの?」

「おう。まあ俺の場合は深海棲艦のままでも特に問題ないけどな。……ヲ級といいレ級といい、人型の深海棲艦は美少女だしけっこう際どい格好だったし、あれはあれでとても良い文明だ」

「結局そっち方面かよ!?」

 

 おどけるように語る横島に天龍のツッコミが入るが、それはどこか嬉しそうな響が混じっていた。加賀も金剛もそうだ。横島にとって真実重要なのは美女美少女であるかどうか。それはそれでどうかと思わないでもないが、本人達にとっては何物にも変えがたい存在証明でもある。

 自分の前世が深海棲艦だと知った時は、目の前が暗くなるほどの衝撃を受けた。それも当然だ。何せ深海棲艦は艦娘の敵であり、世界を崩壊させる存在だ。それの生まれ変わりであるなどと、受け入れることは非常に難しい。

 しかし、横島にとって深海棲艦の生まれ変わりであることは大した問題ではなかった。横島の世界には似たような事例が枚挙に暇がなく、更には本人もそういった存在と懇意にしているらしい。それどころか所謂“悪の存在”として認識されることが多い妖怪や魔族そのものと親交があるそうなのだ。

 繰り返しになるが横島にとって重要なのはあくまでも美女美少女であること。敵対するのならば容赦はしないが、友好的であるのならば妖怪や魔族などと、種族の違いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 艦娘にとって、提督とは最大の心の拠り所の一つである。横島からその存在を肯定されることは、天龍達にとって、何よりの救いなのだ。

 

「……提督ってさ」

「うん」

 

 そんな横島を見る古鷹と加古は、互いにしか聞こえないような声で自分の思いを語る。

 

「本当なら、深海棲艦と戦う提督としては……やっぱり駄目なんだろうけど」

「……うん」

「でも……上手く言えないけど。何か、いいな。ああいう人が提督っていうのは」

「うん。あの人が提督で良かったって、私もそう思う」

 

 いつの間にか白露や睦月、吹雪が天龍達に突撃し、思い切り抱きついている姿を見て、古鷹は加古の言葉に肯定を返す。それは()()()()()()ありえない光景だ。しかし、横島は彼女達を受け入れるどころか、深海棲艦すらも受け止めるのだという。それは提督としてはあってはならないこと。提督としては許してはいけないこと。しかし、それでも古鷹達は、それをとても嬉しく思った。

 

「……それにしても、あの騒動からこっち、金剛は随分と大人しかったわね? 最初のテンションの高さはどうしたのよ?」

 

 場に落ち着きが戻った所で叢雲が金剛に問う。金剛はこの部屋に入ってから横島の取り合いをした以外はずっと大人しく話を聞いていた。それこそ建造当初のテンションが何だったのかと聞きたくなるくらいには静かにしており、少々不気味であったくらいである。

 

「私だって色々不安だったんデース。それは確かに提督とのLove LoveなFirst kiss(はぁと)でテンション上がってついうっかりバラしちゃいましたがー……」

「ついうっかりだったの!?」

「ラブラブなファーストキス……。提督……?」

「そういえば随分と嬉しそうだったわよね……?」

「俺だってまだなんだが……?」

「せんぱい……?」

「ヒィッ!?」

 

 まさかの理由に白露のツッコミが炸裂し、金剛と横島がキスをしたと知った加賀はハイライトのない瞳で横島を見やる。ついでに叢雲と天龍と吹雪も横島を見る。平仮名先輩呼びの吹雪が一番怖く感じるのは何故だろうか。

 

 そこから始まったのは横島・金剛を正座させての尋問会である。何故そんなことをしたのか理由をとっとと話せやコラ、というわけだ。横島は何で俺まで? と涙目だったが、その言葉は完全にスルーされた。大淀・明石・霞は同情的な眼差しで横島を見ている。……が、見ているだけだ。

 

「ン~……と、そうデスね……。私は深海棲艦だった頃の記憶はそんなに残ってないんデスけど……。ずっと、探していたんデス。死んだはずの提督を」

「死んだはず……?」

「ハイ。多分デスけど、私は元は深海棲艦ではなく、艦娘だったのだと思いマス。それが何かの理由で深海棲艦になって、ずっと提督を探していた、と」

「……」

 

 金剛の話にまたも沈黙が広がる。艦娘の深海棲艦化、失ったはずの提督……。どこか、皆の()()()()()()()()()を刺激する言葉ばかりだ。

 

「それで、ずっと海を彷徨って……最後に、どこかの公園に辿り着いたんデスね。そこで誰か……多分深海棲艦の誰かと戦闘になって、乱入してきた天龍サンに撃沈されて……」

 

 こめかみを指でぐりぐりと押さえながら最期の記憶を思い出していく金剛。死の間際の記憶など忌まわしいだけだろうに、それでも金剛はそれを語っていく。しかしその金剛の表情に翳りはなく、どこか幸せそうに緩んでいるのが見て取れた。

 

「それでも諦められずに必死に手を伸ばして、何も掴むことは出来ませんでしたが……提督が、私を抱き締めてくれたのデース」

「へぇ……?」

 

 霞や大淀を始めとした皆の視線が痛い。横島は皆の視線を受けて徐々に小さくなっていく。金剛はそんな横島の様子に気付くことなく、自分が見た最期の景色を感情たっぷりに語る。

 

「もう何故提督を求めているのかも思い出せず、光の見えない暗闇の中を彷徨っていた私に、提督が言ってくれたのデス。“お前の提督はここにいる”……と。それは、嘘だったわけデスが――――その優しい嘘で、どれだけ私の心が救われたか……!!」

「へぇ……」

 

 またも皆の視線が横島に集中するが、それは先程とは意味合いがまるで変わっている。その言葉があったからこそ、戦艦タ級は安らかに眠りにつくことが出来たのだ。

 

「そして、私は艦娘に生まれ変わり、提督の下に建造されたのデス。これはもはやDestiny!! 私と提督は運命の赤い糸で結ばれているのデース!!」

「おおー!!」

 

 白露や明石、古鷹に加古など、数人が金剛の宣言に拍手を贈る。やはり乙女としては運命の愛だとか、そういった言葉に弱いらしい。金剛はその拍手を受けて満足そうにふんぞり返っている。逆に危機感を募らせているのは吹雪に天龍、加賀。そして叢雲。横島を見れば「お、俺が……俺がモテている……!? これは金剛さんルートに入るべきか!? いやしかしまだハーレムルートの道は残っているのでは……!!」などと微妙に心動かされているようであり、皆に焦りが生まれる。

 

「……あ、あーあー! そういや提督の知り合いには俺らみたいに妖怪から神様だとか、神様から悪魔だとかに変わったやつらがいるんだよなー? 会いたかったなー! そいつらに色々話を聞いてみたかったなー!」

 

 とりあえず天龍は皆に聞こえるような声量で横島の友人達に言及する。それは誤魔化しの意味が大半ではあったが、本心でもある。皆もその言葉には同意を示し、金剛も頷いている。

 

「ああ、会えるぞ?」

「私も会ってみた――――は?」

「いや、だから会えるって」

 

 幾度目かの沈黙が場を支配する。今回は何とも間抜けな感じだ。皆目と口を大きく開けている。

 

「会えるって……本当ですか?」

「ああ。俺の他の五人の提督達いるだろ? あいつら、多分全員俺の知り合いだから」

「……何と言うか、ここまでくるともう何も言えないわね」

 

 横島の言葉に霞が溜め息を吐く。皆も一斉に頷き、横島は首を傾げる。そのきょとんとした顔はやや童顔気味の横島を更に幼く見させ、加賀に吹雪、叢雲といった特定の艦娘にダメージを与える。

 

「く……っ、やるじゃない……!!」

「何言ってんのあんたは。……というか叢雲、けっこう守備範囲広いのね」

「何のことを言っているのか分からないわ! ええ、これっぽっちも分からないわね!!」

「……はぁ。まあ、いいんだけどね。金剛さんに取られたくないならもう少し素直になりなさいな」

 

 叢雲の頑なな様子に霞は溜め息が出るばかりだ。二人の会話は他に誰も聞いてはいなかったようで誰も気にしておらず、皆横島の元に集まって他の提督達の話を聞こうと質問を繰り返している。横島は「演習で会えるんだからその時まで楽しみに待っとけ」と、今は答える気はないようだ。

 

「ほれほれ、金剛さんに対する蟠りも解けたろ? 色々と確認しなきゃいけないこともあるんだし、そろそろ戻ろうぜ」

「確認って、何をするんです?」

「そりゃまあこうして金剛さんが建造されたわけだし――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドウモ、金剛デス。私は今、鎮守府海域の四番目、南西諸島防衛線に出撃してイマス。ここまではとても順調で私は被弾もなく、次はボスとの戦いとなりマース」

「誰に向かって説明してるのよ」

 

 ところ変わって海の上。金剛の戦闘力を確認すべく、天龍を旗艦とした第一艦隊は南西諸島防衛線へと繰り出していた。

 旗艦天龍、以下吹雪・叢雲・睦月・加賀、そして金剛である。

 やはりと言うべきか金剛の戦闘力は規格外であり、天龍や加賀にも迫る破壊力を有している。如何に二色の霊力光の持ち主とはいえ、練度が低く、近代化改修も行っていない状態でこの力は異常とも言える。

 

「やっぱとんでもねーな、金剛のやつ。ま、だからこそ競い甲斐があるってもんだが」

「貴女は本当に前向きね。私としては悔しいものがあるのだけれど」

「曙の気持ちも分かるってものよねー」

 

 危なげなく勝利してきた艦隊は雑談を交えつつも一直線に海を進む。そうして数分、ついに最後の艦隊の姿をその視界に捉えた。

 

「敵機動部隊を確認しました。空母ヲ級、重巡リ級、軽巡ヘ級、それに駆逐ロ級が三体です!」

『うっし! これがラストだ。相手は霊力を使ってこないとはいえ、油断していい相手じゃねーからな。開幕航空攻撃とか気を付けろよ』

「了解!」

 

 敵ヲ級が頭部から艦載機を発進させ、手に持った杖を振り、攻撃の指示を出す。それを黙って見ている義理もない。加賀は矢筒から矢を取り出し、弓に番えて敵へと射込む。放たれた矢は加賀の霊力を受けて変貌、その身を艦載機“流星改”、“烈風”へと姿を変える。元々装備の運は良かった横島鎮守府。既に開発出来る中で最高の艦上攻撃機、艦上戦闘機を取得していたのだ。

 猛烈な勢いで空を飛ぶ烈風が敵艦載機を攻撃し、流星改が敵艦隊に攻撃を仕掛ける。その戦果は中々のものであり、烈風の攻撃を潜り抜けた敵艦載機も吹雪・叢雲・睦月の対空射撃で落とされ、流星改は敵駆逐艦ロ級三体を撃沈させた。

 

「……やりました」

「流石です、加賀さん!」

 

 満足気に息を漏らす加賀を、吹雪が尊敬の眼差しで見つめる。天龍や叢雲などは加賀の大活躍に触発されたのか、その好戦的な笑みを浮かべ、敵を睨みつける。

 

「加賀にばっかいいカッコさせるわけにゃいかねーよなぁ!!」

「アイツら全員叩き潰してやるわ!!」

 

 負けるものかと気合を入れて敵陣に突入しようとする天龍達。しかし、二人が海面を駆けるよりも早く飛び出した飛び出した者がいた。金剛である。

 

『あっ、待て金剛!! 一人で突っ込むな!!』

「無理デース!! もう抑えられまセーン!!」

 

 横島の声を無視し、何やら興奮した様子で海を駆ける金剛。出鼻を挫かれたからか、天龍や叢雲はバランスを崩し、走り出すことは出来なかった。

 金剛は横島の静止の声をまるで気にも留めない。頬は紅潮し、高鳴る胸を押さえたその姿は恋する乙女のようでもあるが、こういった戦場で見せる姿では断じてない。

 ちなみに横島が金剛を呼び捨てにし、敬語も止めたのは金剛にそうするように言われたからだ。その理由は「やっぱり提督にはビシっと決めてほしいデスし、何より年下の男の子に呼び捨てにされたり強く命令されたりする感覚が堪らないのデース!!」という何とも言い難い理由であった。

 ある意味で横島に相応しい女性とも言える煩悩具合であるが――――それを横で聞いていた間宮は、まるで花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべていた。曰く、「同士が出来た!」と。

 

『金剛!! お前いい加減に――――』

「ダメなのデース……こうしないと溢れてくるのデス――――提督へのLove(ルァヴ)がっっっ!!」

『……ん、んん……っ!?』

 

 何やら雲行きが怪しくなってきたことに困惑の声を上げる横島。それを一緒に見ている秘書艦ズも同様だ。

 

「私の戦闘力を測るのが目的なのに、敵を倒すのはほとんどが加賀サンで、次に天龍サン! そして叢雲デース!! これじゃあ何の為に出撃したか分かりまセーン!!」

『あー、いや確かに俺も自重しろとは思ってたけど……』

「だからこそみんなに見せ付けてやるのデース!! 私の……提督へのLove(ルァヴ) Power(パゥアー)を!!」

 

 第一艦隊の戦闘を横島と一緒に見ている艦娘達の視線が横島に突き刺さるが、金剛はそれを知る由もない。金剛は横島へと自らの愛を示すために……敵をカッコよく倒してポイントを稼ぎ、よしよしと褒めてもらう為にその力を解放する。

 

 ――――金剛の身体から、桃色の光が迸った。

 

「何だぁ!?」

「霊力……じゃない!?」

 

 金剛の霊力光は金と深緑の二つ。決して桃色ではない。では、これはまた別の力の発露なのだろうか? ――――答えは否だ。

 

『いや、あれは霊力だ。けど――――』

 

 桃色の光帯を海上に残し、金剛は敵陣へと突っ込む。当然リ級やヘ級が砲撃を行うのだが、それは全て桃色の光が遮り、一切のダメージをも許さない。

 やがて金剛は敵陣の中央へと到達した。途端、主砲や機銃での射撃ではなく、自らの腕を以って殴りかかってくるヲ級達。誤爆の可能性を考慮した結果だろう。三方から迫り来る暴力に、それでも金剛は怯まない。

 

「さあ、見るがいいデース!! これが私のLove(ルァヴ)!! 私の提督への想い……!! ――――提督ぅーーーーーー!! 愛してマーーーーーース!!!」

 

 敵陣の中心で愛を叫んだ金剛。瞬間、彼女は光輝(ひかり)となった。

 

Burning(バーニング) Love(ルァヴ)……Mega(メガ) Cruuuuuuuush(クラーーーッシュ)――――!!!」

 

 ――――迸る閃光。轟く爆音。金剛を中心とした半径十数メートルに半球状の桃色の爆炎が広がっていく。その桃色の光はヲ級達を飲み込み、その身体を容易く消滅させた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 天龍達他の第一艦隊の皆は開いた口が塞がらない。天龍もデタラメであったが、金剛はそれに輪を掛けてデタラメだった。もうもうと爆煙が立ち込めて敵の姿も確認出来ないが、それでもあの訳の分からない光に飲み込まれたのだ。それだけで生きてはいないだろうと確信することが出来る。

 

『あの技は……!!』

『えっ、し、知ってるんですか提督!?』

『ああ。あの技は俺の必殺技の一つ、“バーニングファイヤメガクラッシュ”……!! 全身から霊波を放出して全方位に攻撃するっていう、多数との戦いに有効な技だ……!!』

 

 どうやら金剛が放った技は横島の必殺技と同様の物らしく、その性能を理解することが出来た。

 

『……けど、何で金剛があの技を知ってるんだ……!?』

「全ては愛が起こしたMiracle……!! つまりはただの偶然デース!!」

『……って偶然かよ!? ――――んなことより、無事か、金剛!?』

「Yes! 大丈夫デース!」

 

 横島の呟きに答えを返したのは金剛だった。今だ爆煙が晴れていないため声だけしか確認出来ないが、どうやら無事であるらしい。

 

「……とんでもねー奴だな、ホント」

「アンタが言うなって感じではあるけど……まあ、こんなことされちゃねぇ」

 

 天龍と叢雲が他の皆を引きつれ、金剛の元へと向かう。丁度風も出てきたようで、徐々に煙も晴れてきた。

 

「んっふっふー、提督にカッコいいところを見せることが出来マシタしー? 敵を倒すことで私の愛の力を見せ付けることも出来マシター。But(しかしー)……?」

 

 金剛が一人得意気に自らの戦果を誇る中、強い風が吹きぬけ、一気に煙を吹き飛ばす。そこに金剛は立っていた。

 

 

 

 ――――ビリビリに破れた服!! ズタボロになり黒煙を噴き出す艤装!! 全身が煤に塗れ、痛々しげなその姿!!

 

 

 

 

 

「――――とうとう限界みたいデース……」

 

 

 

 

 

 金剛は――――何故か大破していた……!!

 

「何ぃーーーーーー!?」

「大破してるーーーーーー!?」

『――――ぶはぁっ!!?』

『ああっ!? て、提督が金剛さんの大破姿を見て大量の鼻血を――――!!?』

「Hey、提督ぅー! 見てもいいけどサー、時間と場所をわきまえなヨー!」

「とか言いつつ女豹のポーズをとってんじゃねーぞ金剛ォー!!」

「あとで私がやったげるから今は目ぇつむってなさいよ司令官!!」

 

 カオスである。金剛は大破しながらも女豹のポーズで横島を誘惑し、横島は更に鼻血の量を増やす。ツッコミで輝く叢雲は金剛の肌を横島に晒させないようにしつつ、無意識に迂闊なことを言ってしまう。場の状態が状態だけに誰もそのことに気が付かなかったのは幸いか。

 

「そんなことより大丈夫なんですか金剛さん!?」

「何で大破してるにゃー!?」

「サァ……そればっかりは私にもサッパリデース」

 

 大破した理由は不明。金剛の元に集まった皆はドロップの確認もそこそこに、早々と帰路に着く。ドロップしたのは艦娘カードだったのはある意味幸運だったか。今の状態で新たな艦娘を気にするのは難しいだろう。何せ、帰り道の途中で金剛が急に倒れたのだ。

 

「おい、金剛!! どうした!?

「イタ……イタタタタタ……!? 身体が……!! 身体中が痛いデース!! My all body is very pain(私の全ての身体は非常に苦痛です)……!!」

「金剛さんの英語力が急激に下がった……!?」

「……それだけ痛みが酷いようね。飛ばします。早急に提督に見てもらいましょう」

 

 ちなみにだが現在金剛は艤装を解除しており、加賀に横抱き――――所謂お姫様抱っこをされている状態だ。二人ともこの体勢には大いに不満があるらしく、「初めてのお姫様抱っこは提督にされたかった」「初めてのお姫様抱っこは提督にしたかった」と語っている。片方がおかしい気がするが、それは気のせいだ。

 そんな状態で速度を上げるのだから、振動もきつくなる。鎮守府への帰り道、横島鎮守府の第一艦隊は金剛の悲鳴と共に海を駆ける。

 

「あああああ゛あ゛あ゛あ゛!!? 痛いの!! 本当に痛いの!?」

「ちょっ!? アンタキャラ変わってるわよ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、金剛。俺の言いたいことが分かるか?」

「……」

 

 ようやく鎮守府に帰り着いた第一艦隊。そこで彼女達を待っていたのは、鼻にティッシュを詰めた横島だった。

 横島は怒っている。命令を無視し、一人で敵陣に突っ込んだ挙句、謎の力によって大破自爆するという失態を演じた金剛に対してだ。

 確かに金剛の戦闘力を測るための出撃だったのに他の者が戦ってばかりの状態はよろしくなかった。だが、だからといって敵陣に一人乗り込むとは何事か。全滅させることが出来たからまだいいが、それがなければ金剛は沈んでいたかもしれないのだ。

 

「……今はあんまり強く言わないけど、こういうのはもう無しにしてくれよ? 俺は金剛に無駄に危険な目に遭ってほしくない」

「……申し訳ありまセン、提督。私が馬鹿だったデース……」

「分かればいい。……無事とは言えねーけど、お前が帰ってきてくれてよかったよ」

「提と――――ッアー!!? 身体が……!? 身体が……!!?」

 

 鼻にティッシュを詰めた横島は金剛を叱りながらも、彼女を優しく迎え入れた。それに感動した金剛は加賀に支えられていた状態から横島に飛びつこうとするのだが、全身に激痛が走ったため失敗する。第一艦隊や横島と共に金剛を迎えに来た明石が金剛を受け止め、一旦地面に仰向けに横たわらせる。その横では横島が文珠の用意を完了させており、即座に『診』の文字を込めて発動させる。

 

「……なるほど」

 

 横島は文珠によって金剛の容体を確認し、長々とした溜め息を吐く。

 

「どうなんだ? やっぱりあの時の俺みたいに霊的な筋肉痛なのか?」

「……まあな」

 

 金剛の様子は以前天龍が限界以上の霊力を引き出したときと酷似している。横島も否定はせず、天龍に頷きを返した。

 

「じゃあ金剛はしばらく安静にしておかないとダメね。天龍は大体一週間くらい出撃は禁止だったけど、金剛もそれくらいかしら?」

「そんなー……」

 

 呆れたような目で金剛を見やり、大体の療養期間を予想する叢雲。金剛は一週間も横島に格好の良い所を見せることが出来ないと知り、一気に涙目になる。建造からこっち、迷惑を掛け通しだ。

 確認の為に横島に視線を送るも、横島はそれに気付かずに難しい顔をして黙り込んでいる。それは金剛のみならず、他の皆の不安をも煽る姿だ。

 

「……どうしたんです、司令官? 何か問題があるんですか……?」

 

 恐る恐る吹雪が横島に尋ねる。横島はそれに答えず、ガリガリと頭を掻いて金剛へと向き直った。

 

「……かなり厄介なことが分かった。俺じゃあどうにもならない問題が金剛にはあるみたいだ」

「エエッ!? ど、どどどどういうことデスかー!?」

 

 横島の発言に驚くのは金剛だけではなかった。他の皆も横島のお手上げ宣言に驚き、目を見開いている。

 

「確かに金剛の症状は霊的筋肉痛なんだがな。天龍の時とは状況が違い過ぎるんだ」

「……どういうこったよ? 俺も金剛も限界以上の霊力を使ったから霊的筋肉痛になったんじゃないのか?」

「……違う。確かに金剛は限界以上の霊力を使ったけど、()()()()()()()()()()()()()()

「……? じゃあどういうことだよ。まるで意味が分かんねーぞ」

 

 まるでなぞなぞのような横島の言葉に天龍は首を傾げる。限界以上の力を行使したというのに、それは限界以上ではなかったという。何とも矛盾した言葉だ。横島も上手く言葉にすることが出来なかったのか、こめかみを掻いたりして、次なる言葉を探しているようだ。

 

「あー……っと。まず天龍が霊的筋肉痛になったのは力を引き出したのが中破してから、っていうのも原因の一つでな」

「そうなのか?」

「ああ。大怪我したりすると生存本能が高まったりで霊力が強くなるんだよ。もちろんそれは一時的なものだし、怪我した状態でそんな強くなった霊力を使えば負担も普段とは段違いだ。……ここまではいいか?」

「ああ、大丈夫」

「ん。天龍が陥ったのはこのパターンだな。俺らの業界でもままあることらしい。……んで、金剛の場合だが」

 

 ここでピンと来た者が数人いた。天龍の場合と今回の金剛の場合。その相違点に気付いたのだ。

 

「金剛は万全の状態から今の大破状態になった。霊的中枢(チャクラ)も経絡もズタボロ。天龍の時よりもっと酷い」

「……何でそんなことに?」

 

 話を静かに聞いていた大淀が横島に問う。心配そうに金剛を見つめ、それでもその答えを待つ。専門家の横島にどうにも出来ないと言われはしたが、ほんの僅かでも出来ることがあるかもしれないから。

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()。金剛が霊力を使うときに身体が耐えられる限界を超えても、金剛にはそれが理解出来ない。だから今回の自爆に繋がったんだ」

「……さっきの言葉はそういう意味か」

 

 生物は自らに備わった能力の全てを発揮することが出来ない。肉体が、理性が、魂がセーブをかける。そうしなければ壊れてしまうからだ。そしてそれは霊的な力も然り。

 しかし、金剛は肉体的なリミッターは存在していても、霊的なリミッターは存在していなかった。

 深海棲艦の生まれ変わりであり、二色の霊力光を持つ金剛の霊力は絶大だ。それこそ肉体が耐えられる限度を軽く越えるくらいには。

 

「……それじゃあ……」

「金剛……?」

 

 金剛がゆっくりと身体を起こす。全身を激しい痛みが襲っているだろうに、それでも金剛は横島へと真っ直ぐに向き直る。誰も止めようがないほどに、金剛は追い詰められていた。

 

「せっかく、こうして提督の所に生まれ変われたのに……!! 私は、もう何も出来ないんデスか……!? 私はもう、提督の為に戦えないんデスか……!!?」

 

 ――――自業自得、と言えばそれまでだろうが。それでもこのような結末など、誰も望んではいない。金剛はただ偏に横島のことを想ってここに存在している。その結果がこれなど、誰も認めない。

 

「司令官……何とかならないんですか……?」

「ああ。演習の日に何とかなるから、金剛はそれまで安静にしててくれ」

 

 吹雪は横島に問い掛ける。横島はどうにもならないと言った。だが、問い掛けずにはいられない。

 

「おい提督。いくら何でもこんなのはあんまりだぞ。本当にどうしようもないのかよ?」

「ああ。演習の日に何とかなるから、お前らも安心してくれ」

 

 天龍もそうだ。確かに横島を巡っていがみ合ったが、それでも金剛のことは嫌っていない。彼女も、大切な仲間なのだ。

 

「司令官、本当にダメなの? アンタなら何とか出来るんじゃないの……!?」

「ああ。さっきから演習の日に何とかなるって言ってんだけど聞こえてないのか?」

 

 それは叢雲も同じ。ライバルは強敵であるからこそ。こんな形でそのライバルを失いたくはない。

 

「提督……!!」

「司令官……!!」

「だから!! さっきから演習の日に何とかなるっつってんだろ!?」

「え……!? 本当なの、司令官!?」

「気付くのが遅いわ!!」

 

 横島がいつまでも気付かない皆に怒り出し、珍しくスパパーンとハリセンを振るう。それは吹雪すら例外ではない。思ったよりも痛かったので吹雪は涙目になってしまうが、これも自分で蒔いた種。甘んじて受け入れるしかないのだ。

 

「本当デスか……?」

 

 金剛は呆けた様な表情で横島に問う。どうにも話の流れを掴めなかったらしく、あまり実感が湧いていないようだ。

 

「ああ、そのことについては本当に大丈夫だ。他の提督の一人がこういうのの対処が出来る奴なんでな。だからまぁ、その……何だ。今回の事は教訓にして、また同じことがないようにな?」

「ううぅ……もちろんデース」

「ああもう、泣くなっての」

 

 横島は金剛の涙を拭い、そのまま横抱きにして抱え上げる。思わず念願叶った金剛は身体の痛みも忘れ、大いに喜んだ。その代わりに加賀からの視線が恐ろしいことになってしまったが。

 騒がしくも金剛を労わりつつ入渠ドックへと向かう道すがら、横島は演習で再会するだろう一人の提督のことを思い浮かべる。

 

 ――――あいつなら金剛にリミッターも掛けられるし、色々と情報も持っていそうだ。……思ってた以上に大変な一日になるかもな。

 

 それは妖怪から神族へと生まれ変わった存在。身体中に百の感覚器官を持ち、心の中だけでなく、その気になれば人の前世をも読み取ることが出来る神の一柱。

 “お目々”こと――――神族の調査官“ヒャクメ”。

 演習の日、真っ先に彼女の力を借りることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島は金剛を抱えたまま一緒に入渠しようとしたので、叢雲の“叢雲龍尾脚”によってドックから蹴りだされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十五話

 

『超えちゃいけないライン』

 

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは存在しないはずの海。

 そこは(あお)ではなく、赤に支配された海。

 そこは深海棲艦の還る海――――中枢海域。

 

 港湾棲姫に連れられたヲ級達は、ついにこの海域へと到着した。

 

「私……達、ノ……目的ガ、知リタイ……?」

「ヲッ」

 

 鸚鵡返しに掛けられた言葉を繰り返す港湾棲姫。ヲ級は彼女に臆すことなく、力強く頷きを返す。

 あの日、()()()()に会う前に死ぬのは嫌だと港湾棲姫と共に行くことを決意したヲ級。深海棲艦の目的など有って無きが如く――――あるいは分かりきったものであるが、それでも確認せずにはいられなかった。

 きっと、自分は()()()()と戦うことになるのだろう。それでも、軍門に降るの拒否して殺されるよりは遥かにマシだ。敵対する相手とのラブロマンスとかちょっと憧れるし。

 

「……ウン。提督ト後カラ詳シク説明スルツモリダッタ、ケド……。サワリダケデモ、話シテオコウ、カ……」

 

 港湾棲姫はヲ級達を提督の下へと先導しながら、端的に自分達の目的を語る。

 

「私達ハ……トアル存在ヲ倒スタメニ、戦力ヲ整エテイル……」

「……」

 

 とある存在、というのはやはり()()()()のことだろうか。優しい笑顔の彼。敵対するしか道はないのだろうか。自然、ヲ級の顔は俯きだし、背後のリ級がヲ級の肩を抱く。

 

「ソイツヲ倒スタメ、ニハ……()()()()()()()()……」

「――――ヲッ?」

 

 気付けば港湾棲姫は歩みを止めて振り返り、真っ直ぐにヲ級の目を見据えていた。その目は普段の自虐的な、陰鬱な目ではない。力強く、遥か未来を見ているかのような強さを湛えている。

 

「私達ノ目的ハ……トアル存在ヲ倒シ――――()()()()()()()()

「……ヲ?」

 

 全くの予想外の答え。ヲ級が放った一言――――いや、一文字には「滅ぼす側じゃないの?」という意味が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒャクメは有能(挨拶)

煩悩日和のヒャクメは妖怪である百々目鬼から神族になったという設定になっています。

次回から演習が始まり、大体の謎……というか設定はこれから数話で明かされていきます。金剛の霊力光とか何故大破したかもですね。……覚えていたら。(小声)
ついに横島以外のGSキャラが絡んできますねー。一体誰が登場するのか……?

それにしても今回は二話~三話に分けた方が良かったかな。中途半端にシリアス寄りだから構成のバランスが悪い……。もっとギャグに振ればよかった。

それではまた次回。





大淀(提督……結局、最後まで鼻にティッシュ詰めたままだったな……)

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