煩悩日和   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

今回は何というか……けっこう下品ですね。
そういうネタが苦手な方には申し訳ないです。

あと今回試しに環境依存文字を使ってみたんですが……何か不具合が起こってしまったらごめんなさい。

それではまたあとがきで。


眼鏡っ子とカメラ

 

「あ、司令官」

 

 マリアが横島とカオスを引き連れて管制室へと戻ってくる。

 それを真っ先に認めた吹雪は横島のどこかよそよそしい様子に首を傾げる。どうやらマリアに対してどこかばつが悪そうな顔をしているが、戻ってくる前に何かあったのだろうか。

 

「司令官、叢雲ちゃん達戻ってますよ」

「ん、おーそうか」

 

 疑問はあるが、とりあえずは帰ってきた妹達を労ってもらおうと横島の手を取って誘導する。普段ならば自分からこのようなことはしないのだが、今回は何故か実行に移してしまった。

 吹雪の背中にマリアからの強い視線が突き刺さる。マリアの嫉妬を吹雪が煽ってしまったようだ。

 当然、そのことに吹雪は気が付くことはなく、吹雪はただマリアからの視線に肩を震わせるのであった。

 

「みんな大丈夫みたいだな……演習では中破・大破しても、終われば損傷は回復して燃料と弾薬だけの消費で済むってのは本当だったか」

「まーな。折れた剣もこの通り、新品同様にピッカピカだ」

 

 演習から戻ってきた天龍達第一艦隊。既にその身に傷はなく、中々に酷い怪我を負っていたのが嘘のように思えてくる。

 天龍の折れた剣や電の溶けた錨も復活しており、補給さえすれば今すぐにでもまた演習に向かえそうなほどにその身は活力に満ちている。

 

「叢雲もすぐに治って良かったな。お前は中破するとすぐにお腹に穴が開くから……」

「だからお腹に穴は開かないってば」

 

 ツッコミにいつもの覇気がない。流石の叢雲もたった一人の艦娘(?)に完膚なきまでにボロ負けしたのは堪えたらしい。人一倍プライドの高い叢雲だ。他の天龍や加賀達などはあまりの実力差にむしろ清々しさすら感じているらしく、対称的に尊敬すら覚えている。

 

「ま、あのマリア相手によくやったって。膝蹴りに対する防御だって中々出来ることじゃねーしな」

「……ん。あんがと」

 

 まだ己の中で飲み込めてはいないだろうが、それでも叢雲は横島の言葉に頷いた。

 珍しくしおらしい態度の叢雲に横島はやや苦笑染みた笑みを浮かべると、その頭を多少乱暴に撫でる。

 

「ちょ、こらっ、やーめーなーさーいーよー!」

 

 サラサラな髪が手に心地よい。叢雲はぼさぼさになった髪を押さえて犬か猫の様に唸るが、そんなものが横島に通用するわけがないと悟り、ぷんすこぷんと怒りながらも溜め息を吐いて席へと着く。

 

「……やっぱ落ち込んでるか」

 

 普段の叢雲ならばさっきの時点で叢雲(バッファロー)ハンマーという名のラリアットを食らわせてくるはずだ。むっすりと拗ねたような表情でそっぽを向いている叢雲に対して、横島は一抹の寂しさを覚えた。

 ――――横島は着実に調教されている。

 

「……で、次の相手は誰なんだ?」

 

 横島は電や夕立も叢雲同様に頭を撫で、ふにゃふにゃにとろかせながらカオス以外の司令官達――――神魔の四柱に尋ねる。ちなみに電達の後ろには時雨に天龍、加賀が順番待ちをしている。スキンシップの機会は逃さないのだ。

 

「では、次は我らが相手になってやろう」

 

 そう言って立候補してきたのは魔界正規軍少佐、『大尉のワルキューレ』である。……何ともややこしいあだ名をつけられたものだ。

 

「ワルキューレか……こりゃまた厳しい戦いになりそうだな」

 

 横島はワルキューレとともに立ち上がった六人の艦娘を見る。

 旗艦、()()()()“大淀”。以下戦艦“武蔵”、戦艦“霧島”、重巡洋艦“鳥海”、駆逐艦“天霧(あまぎり)”、そして潜水艦の“伊8”である。

 

「軽巡の大淀……!! 確か、どっかの海域をクリアしないと艤装が出てこないんだっけ?」

「正しくはどこかの海域のどこかのマスで艤装がドロップする……ですね」

「……つまり分からないんだな」

「……はい」

 

 ちなみにであるが、横島鎮守府以外の鎮守府では既に大淀は任務娘から軽巡洋艦に換装されており、どの海域で艤装を入手出来るかも判明している。一応演習の後に交流会という名の打ち上げも企画されているので、その時に大淀の艤装の在り処を教えてもらえるだろう。

 

「それはそうと戦艦武蔵、重巡鳥海、潜水艦伊8……!! けしからん制服だ……ああ、けしからん……!!」

「……はぁ。そうですね、提督」

 

 それはそうと、で自らの艤装への関心が一瞬で失われてしまい、煩悩に鼻息を荒くする横島の姿に大淀は溜め息を吐く。

 確かにその三人は中々に扇情的な格好をしている。例えば武蔵は胸を隠すのはサラシのみ。加えて股下10センチメートルあるかも分からない超々ミニスカート。更には二―ソックスによる絶対領域も完備されている。

 ついでに言えば金髪のツインテールで褐色肌で眼鏡っ子と、属性の盛りが半端ではない。一見おかしな格好に見える武蔵だが、彼女が放つ何かしらのオーラの様なものがそれらを纏め、調和させている。

 

「……?」

 

 武蔵の格好に興奮を隠せない横島に、吹雪は首を傾げる。やはりどこか違和感を覚えるためだ。もう少しで答えが出そうなその疑問なのだが、横島がとあることに気付いたことによって思考が中断されてしまう。

 

「ってーか、アレだな。ワルキューレの艦隊、全員眼鏡っ子なんだな」

「……あ、本当ですね」

 

 言われてみれば、と大淀は頷く。確かに全員が眼鏡っ子。これは偶然なのかと言えば、実はそうではないのだ。

 

「ああ、そのことか。……実は頭の痛いことに、最高指導者様から通達があってな。お前の鎮守府との演習の際には何か一つネタを仕込むようにとお達しがあったのだ」

「……何でそんなことを?」

「私にも分からん。順当に考えればハンデといったところなのだろうが……それならそうと言えばいいだけだしな」

「んー……まあ、確かになぁ」

 

 横島もワルキューレと同様に理由を考えてみるが、どうにも思いつかない。むしろ特別な意味などないように思える。

 ちなみにワルキューレが艦隊を眼鏡っ子で統一したのは上からの通達があった時に執務室に大淀と霧島がいたからだったりする。

 

「……ま、ハンデにしろハンデじゃないにしろ、彼我の実力差は絶対だしな。そこら辺は考えないほうがいいか」

「それもそうだな。実際私の部下(かんむす)達は全員戦士としての訓練を受けさせている。誰を選んでも勝利は揺るがんしな」

 

 絶対の自信からか、ワルキューレは不敵な笑みを浮かべ、横島に勝利宣言をする。何とも気の早いことであるが、それだけの口を叩ける実力があるのも確かだ。

 横島鎮守府に属する艦娘達はその言葉を聞いて反感を抱くが、自分達が弱いことは先刻承知している。ならばここでするべきは噛み付くことではなく、演習でその実力を見せてやることだ。

 自分達は弱くとも、ただでは転ばない。そんな気迫を込めてワルキューレを睨む。

 

「……フフ。中々に心地よい闘気だ。それで、横島よ。お前は我らとの演習に誰を出す?」

「そうだなー……」

 

 端末を操作し、横島は一人ひとりを精査する。悩むこと数十秒、意外と早く結論を出した横島は今回の演習に出す艦娘達の名前を高らかに告げていく。

 

「……うし、そんじゃあ旗艦は龍驤。以下川内、那珂ちゃん、響、不知火、そして子日(ねのひ)だ!」

「おっ! ウチの出番か!」

 

 名を告げられ、気合一発飛び上がるように席を立つ龍驤。その顔には満面の笑みが浮かんでおり、戦力として頼られたことを喜んでいるようである。

 

「川内ちゃん、一緒のチームだね! 旗艦(センター)は取られちゃったけど、一緒にかんばろー!!」

「はいはい、お手柔らかにね。ってゆーかさー、どーせなら神通も一緒だったらよかったのになー。てーとくのイケズー」

 

 横島に選ばれたこと、姉と一緒に戦えることにやる気を漲らせる那珂と、選ばれたことを嬉しく思いつつももう一人の妹が選ばれなかったことに不満を覚える川内。対照的ではあるが、共通しているのは互いに姉妹を大切に思っていることだ。

 

「ふむ。この不知火、司令の為に微力を尽くしましょう」

「そうだね。せっかく選んでもらったんだ。一矢報いてみせよう」

 

 言葉少なに気合を入れているのは響と不知火の二人。クールな二人であるが、その心には熱いものが宿っているのである。

 

「選ばれたのがわらわではなく子日とは。何も出来ず大破となるのが目に見えておるのう」

「ひどいな初春ー。子日だってちゃんと活躍出来るんだよー?」

 

 最後に選ばれたのは初春型駆逐艦二番艦“子日”である。

 子日は瑞鳳と同時期に建造された艦娘であり、姉の初春同様中々に個性的な娘さんである。

 唐突に横島の前に現れては「今日は何の日? 子日だよー!」と挨拶(?)をし、「今日は何の日か?」を教えてくれたりする。そして昼頃になると時報を求めて執務室に突撃をかましてくるという特異な行動をしてくるのだ。

 艤装も少々特殊な付け方をしており、両手を覆うような形で連装砲・単装砲を装着している。ヒューッ!

 

「なるほど、潜水艦の伊8さんを意識した陣容ですね。龍驤さんは軽空母なので彼女も対潜攻撃が可能ですし、他の皆さんも軽巡に駆逐と揃っています。攻撃力に不安がありますが……そこはやはり、龍驤さんの航空攻撃や駆逐の夜戦でカバーするのですね」

 

 大淀さんが一瞬で作戦を察し、全て説明してくれました。ちなみに補足しておくとワルキューレ艦隊は横島艦隊が発表された時には既に席を離れ、一足先に演習海域に向かっている。ワルキューレ自身は端末を片手に部下達に訓示していた。

 

「ふぅん……流石だと言いたいが、甘いぞ大淀」

「え、何か見落としていましたか?」

 

 横島は大淀の戦術眼に満足げに鼻を鳴らしたが、それでもまだ読み切ってはいないと告げる。では、その内容とは。

 

「このメンバーに共通しているのはみんながみんな変人であるということ。向こうが眼鏡っ子統一艦隊で来るのならこっちは変人統一艦隊で――――」

「ちょぉ待てやこらあ!!」

 

 したり顔でとんでもない発言をする横島の顔面に、独特なシルエットのバイザーが突き刺さる! しかも眼に。

 

「目がーーーーーーッッッ!!?」

「あんまふざけとんちゃうぞこらこのボケカスがぁっ!! ワレあの子らはともかくウチまで変人や言う気かおぉ゛!?」

「ちょちょちょ、落ち着けって龍驤!?」

 

 倒れ伏した横島の胸倉を掴み、ガックンガックンと揺らすマジ切れ龍驤。怒り狂う龍驤を慌てて羽交い絞めにして押さえるのは天龍だ。横島鎮守府ではこういった暴力沙汰(笑)はよくあることなのだが、他の鎮守府では当然そうではなく、必然多くの注目を集めることになってしまう。

 ちなみに当然ながら他の司令官達は横島が折檻されるなど慣れたものである。

 

「えぇ……龍驤さんの中で私達ってそんな認識なの……?」

「川内ちゃん、胸に手を当てて考えてみなよ?」

「那珂ちゃんがそれ言うの?」

 

 そんな龍驤の言葉に川内はショックを受けるが、それは妹の那珂が一笑に付した。

 夜戦狂いの川内。アイドル狂いの那珂。時報狂いの子日。変態思考な不知火と響。変人でない要素は一体どこにあるというのか。……というか変人どころか変態が二人ほど紛れ込んでしまっている。

 

「ぐふぅ……り、龍驤……落ち着いて話を聞くんだ……」

「おうおう何や言い訳か? ちゃんと納得出来るような話なんやろなぁ」

 

 怒りに囚われてもちゃんと人の話を聞くことが出来る龍驤の良いところ。単純に天龍に羽交い絞めされてしまったから落ち着かざるを得なかったという背景もあるが。

 

「俺がお前を選んだのは、あの子らを纏めるのは龍驤しかいないと思ったからだ……」

「ほほおう……?」

 

 ぴくり、と龍驤の片眉が上がる。少し関心を引いたようだ。

 横島は顔に突き刺さったバイザーをキュポンと抜き、真剣な顔で龍驤を見つめてその両手を握る。

 

「暴走気味なみんなを纏める為に必要なもの……それは“ツッコミ”……!! 俺は、それを龍驤の中に見た……!!」

「ウチの……ツッコミ……!!」

 

 まことに以って意味不明なのだが、龍驤にはどこか感じ入る何かがあった模様。

 

「ウチはあかんの……?」

「ほら、アンタはどっちかって言うと天然ボケだから」

「ツッコミと言えば私じゃないの……?」

 

 盛り上がる横島達から離れたところでは黒潮が何故かショックを受けており、それを姉の陽炎に励まされていた。ついでに言うと叢雲も密かにショックを受けていたりする。それを言うなら霞や満潮もツッコミ属性である。

 

「分かってくれるな龍驤……? この艦隊には纏め役が……“ツッコミスト”が必要なんだ……!!」

「ウチが、あの“ツッコミスト”を……!?」

「司令達は何を言っているのでしょう?」

「さてね。ツッコミ属性のない私にはさっぱりさ」

 

 例えツッコミ属性があったとしても理解出来る人間は少ないと思われる。

 

「何よ……私だってツッコミストぐらい……!!」

「気持ちは分かるけど落ち着きなさいな。あんたは一回出撃してるでしょうに」

「まあ担いたい気持ちは私も分かるけどね」

 

 これは叢雲、霞、満潮の言葉である。どうやら横島鎮守府には思ったよりも豊富な人材が揃っていたようだ。

 

「……???」

 

 そして、三人を眺める曙は一人疎外感を味わっていた。

 

「頼んだぜ龍驤……お前のOSAKAスピリッツを見せつけてやるんだ!!」

「龍驤ちゃんは横浜出身だよぉ?」

「……キミがそうまで言うなら……ウチ、頑張ってみるよ」

「聞いてないなぁ」

 

 龍田のツッコミも何のその。もはや二人には生半可なツッコミでは介入出来ないような特殊なフィールドとなっていたらしい。

 

「よっしゃ! そうと決まれば出番やでキミら! 敵さんに一泡ふかせてやろう!」

「……何が何だかよく分からないけど……ま、いっか。夜戦が私を待っているってねー!」

「那珂ちゃん、精いっぱい頑張りまーっす!」

 

 なんだかんだで話が纏まったらしく元気いっぱいにやる気を漲らせる龍驤達。不知火達も冷静ではあるがやる気ならば負けてはいない。

 

「当然活躍すれば司令からご褒美がもらえるのでしょうね。これには不知火も気分が高揚します」

「ああ、いいね。狙ってみるのも悪くない」

「……私、みんなと比べてキャラ薄くないかな?」

 

 子日の疑問は皆の気迫の前に消えていった。君は充分濃い部類だよ。それに何より横島は戦闘経験を積ませようと子日を選んだので勘弁してもらいたいものである。

 

「ご褒美なー。ウチは一日秘書艦でもねだってみようかな?」

「いいですね。二十四時間司令のお傍に……」

「普段色々と大変だろうから、()()()()()()()()()のもありだよね」

 

 意気揚々と管制室から出て演習海域へと出発する六人。軽口を叩けるくらいには緊張もほぐれ、モチベーションもばっちり。心身共に戦うには最適の状態だろう。

 退室した龍驤達を見て、カオス艦隊のお子様二人は首を傾げる。

 

「……何か、よく分かんねーこと言ってたな。慰めるって、大人をか?」

「寝室……子守歌でも歌うのだろうか?」

「二人ともお腹空いてない? ポップコーンとジュースがあるけど食べる?」

「食べるー!!」

 

 榛名のファインプレイによって佐渡と福江の頭の中から先程の疑問は綺麗に忘れ去られた。半面、横島は榛名に駆逐艦に一体どんな教育をしているのかという眼を向けられるのだが、これは完全にとばっちりである。彼女達は最初からあんな感じだったのだ。

 横島はこほんと咳ばらいを一つすると、皆を席に着かせ、また大人しくジュースを口に含む。

 

「……さて、第二戦だな」

 

 演習海域を行く十二の艦娘達。激突の時はもうすぐだ。

 

「さあ――――開始だ!!」

 

『行くで、みんな!!』

『おう!!』

 

 演習第二戦――――その幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして横島艦隊は敗北したのだった。

 

「いやー、何つーんだろーな。順当に負けたって感じか」

「そうですね。今回は地力の差が如実に顕れた一戦だと思います」

 

 ワルキューレ艦隊との一戦は対マリア戦とはまた異なる形であっさりと決着した。

 艦娘達の体力、戦術、連携、霊力――――練度。それら全てが完全に格上との戦い。とりわけ連携に関してはさすが軍人が司令官であると言うべきか、並ならぬものがあった。

 それは例えるならば群れではなく“個”。まるで一体の『人間以上』のようであった。

 

「ワルキューレの艦隊は参考になる部分が多いし、おかげでこっちの反省点も見つかったな」

「そうですね。さすがは大隊指揮官殿です」

「少佐しか繋がりがないじゃねーか」

 

 微妙にネタ臭い台詞を大淀が宣う。ワルキューレ艦隊の大淀が戦闘における強者であったためにキャラ付けで対抗しようとしているようだ。

 どう考えても逆効果である。

 

「ところで司令官、私達の反省点とは……?」

 

 吹雪が横島に問う。横島はその問いに一つ頷くと――――。

 

「そもそもみんなにいくらおかしなところがあるったって、戦闘中にふざけたりはしないんだからツッコミ役とかそういうのは別にいらなかったんじゃないかなって――――」

「こんのアホンダラーーーーーー!!」

「またもや目がぁーーーーーー!!?」

「二回目ッ!?」

 

 わりととんでもないことを宣う横島の顔面に、またもや独特なシルエットのバイザーが突き刺さった。

 

「せやったら何のためにウチは駆り出されたんやコラァッ!! 戦闘始まってからこっち、特に何のツッコミ所もなく終わったから頭ン中虚無になってたんやぞぉ!!」

「ぐふぅ……っ、け、経験値稼ぎ……」

「正しいけども……!! 正しいけどもそれやとウチのツッコミストとしての存在意義が……!!」

 

 ついに龍驤は床に膝と手を突き、打ちひしがれる。艦娘として、ツッコミストとして、どうしても譲れないものがあったのだろう。それが理不尽に奪われたのなら、こう言うしかない。

 

「……先輩最低です」

「吹雪っ!?」

 

 ……と、横島達がわちゃわちゃとしている横で、龍驤と共に帰って来ていた不知火達が深雪や五月雨と話し込んでいた。

 

「お疲れさーん。いやー強かったよなー、相手」

「ええ、悔しいけれど完敗だった」

「一応は()()()()()と言えるけど……完全に運だったからね」

 

 響は先の演習を思い起こす。響が放った砲弾がその時既に大破し、海面に浮いていた子日の艤装の欠片を吹き飛ばし、それがたまたま霧島の眼鏡に当たったのだ。

 眼鏡が破損した霧島はワルキューレの指示もあって前線から離脱。ただの偶然とはいえ、格上を一人撃退することが出来たのだった。

 

「次は負けません。今度こそ実力で眼鏡を粉砕してやります」

「やめたげてよ」

 

 不知火は背景に炎を背負い、眼鏡に対して決意を新たにする。何とも物騒な話ではあるが、元々砲弾やら機銃やら魚雷やらが飛び交う環境にいるのだ。眼鏡くらい問題ない。

 

「それにしても眼鏡を外した霧島さん、美人でしたねぇ」

 

 何やら物騒な話題が続きそうになったのを少し顔を赤らめた五月雨が、浮ついたような口調で述懐する。

 もちろん眼鏡を掛けていても霧島は美人なのだが、どうやらギャップにやられたらしい。

 五月雨はベタな恋愛漫画を好む。転校初日に主人公が美形の男子とぶつかる。地味だと思っていた眼鏡っ子が眼鏡を外したらとんでもない美少女だった。「芋けんぴ、髪についてたよ」。

 そんなベタな――――否、王道を五月雨は好む。いくら使い古されていようと、良いものは良いのだから万人に愛され、使われていくのだ。

 

「いやー、でも……眼鏡っ子が眼鏡外したら駄目だろー?」

 

 しかし、そんな五月雨に……というか眼鏡を掛けている者全員に喧嘩を売るような発言をする者が存在した。深雪である。

 そんな深雪の暴言がしっかりと耳に入ったワルキューレ艦隊全員の眼鏡が光る。ちなみに霧島の眼鏡は演習が終了したら直った。

 

「だってほら、眼鏡っ子のえっちビデオとかで途中で眼鏡外されたらがっかりだろ?」

「ととと突然何言ってるんですか深雪さん!?」

 

 何を思ったのか、深雪は唐突に下ネタをぶっ込んできたのである。慌てて口をふさごうとした五月雨を不知火と響のコンビが抑え、眼で続きを訴える。

 

「男ってそういうの気にするみたいだしさー、それにほら、()()()()()()()()だしよー。にしししっ」

「君は思っていたよりもオヤジだね。まあ、その意見には賛成だけど」

「ええ、分かります。やはり眼鏡はかけてこそですからね」

「……?????」

 

 深雪の下ネタに響と不知火が乗っかり、五月雨は何を言っているのか理解出来ずに首を傾げる。

 霧島達眼鏡っ子ズは眼鏡を何だと思っているのかとある者は怒りや羞恥で眼鏡を光らせ、ある者は冷静さを保とうとくいっと上げ直し、ある者は眼鏡のレンズを曇らせる。

 混沌とした空気が蔓延しようとする中、ついにそれに待ったをかける存在が現れる。

 

「お前らなー……女の子がそーゆー話をするんじゃないの。はしたない」

 

 吹雪からのじっとりとした視線に負けて撤退してきた横島だ。逃げてきた先で更にやっかいな事態に遭遇することになるとは、つくづく運の無い男である。

 

「何だよー、ちょっとくらい良いじゃんかよー」

「ちょっとって内容じゃなかっただろーが……」

 

 横島の注意に唇を突き出してぶーぶーと抗議する深雪に、横島は軽い頭痛を覚える。確かに深雪とは時々下ネタを言い合う仲ではあるが、それを他の者……それも演習相手をダシにするとは何事か。

 

「んーなこと言って、司令官だってエッチの時に眼鏡外されたらがっかりすんだろー?」

「いや、俺はそういうこだわりは特に持ってねーから」

「えぇ~……?」

 

 まだ懲りないのか、深雪はいやらしい笑みを浮かべながら横島に突っかかるが、横島にとっては呆れたもの。素気無く返された答えに深雪はあからさまに疑念を抱く。

 

「んだよー、えっちいビデオで眼鏡とかコスプレ衣装とか脱がれたらがっかりじゃんか」

「そーいうのと現実を一緒にすんなってーの」

 

 ビデオの内容と現実での出来事を同一視する深雪に横島は溜め息が出るばかりだ。深雪の言うことにも一応理解は出来るが、それとこれとは別問題である。

 

「あー、よし。例えばだ。例えば俺と深雪が付き合ってて、それなりに深い仲だとするだろ?」

「えっ、あ、アタシが司令官と……!?」

 

 横島の言葉に深雪は頬を赤らめる。そして何を考えたのか、あわあわと周囲を見回し、小さな声でぼそぼそと横島に問いかける。

 

深い仲って……え、えっち……とか、するような……?

 

 恥ずかしがりながら上目遣いで問いかけてくる深雪は普段のような勝気な、あるいはがさつな印象はなく、いつもとは真逆の見た目相応の可愛らしい少女の様に見え、横島の胸が少し高鳴る。

 それを察知したのか吹雪や叢雲や加賀など、それ以外にも意外と多くの艦娘が横島に強い視線を送ってきた。

 

「あ、ああ。それでな? 今日はデートだからってお前はけっこう気合入れておめかしすんだよ。普段は着ないような感じの服とか着て」

「ふんふん」

「一日めいっぱい楽しんで、食事も済んで、俺の部屋で二人静かに過ごして、不意に()()()()()()()になって……」

「ふんふん……!!」

 

 横島が話す例え話に深雪は鼻息荒く頷く。どうやら頭の中で横島が話す通りの映像が流れているらしく、これからの展開に期待して気分が昂ってきているらしい。

 周囲の艦娘達も深雪ではなく自分を同様の立ち位置に置き換えて妄想しているようだ。吹雪など既に顔が真っ赤で倒れそうなほどになっている。

 

「そこで、だ。俺が一言――――“その格好だと萎えるからいつもの制服に着替えてくれ”……とか言い出したらどうする?」

控えめに言ってぶっ殺す

「だろ?」

 

 まさかのオチに、深雪の眼からハイライトが消え去った。それどころか周囲の艦娘達からも消え去った。あの響ですら顔を思い切り顰めている。吹雪などはあまりの温度差に扶桑の胸に倒れ込んだほどだ。

 唯一不知火だけが「……それを、司令が望むなら……!! ああ、しかし……!?」と葛藤している。

 

「本人はいたって普通に過ごしてんのに、いつの間にか何かのオプションにされちまってる。そーいうのって、けっこう辛いんだぜ?」

 

 そう語る横島の言葉には不思議と否定出来ないような重みがあった。それは、まるで経験したことがあるかのような、そんな重さだ。

 不意に訪れる静寂。その間隙を縫うように、横島は深雪の頭に自らの手を置いた。

 

「ま、お前も若いしそーいうのを決めつけにかかるのも分かる。でも、もっと大きな視野を持たんといかん。まず否定から入らずにちゃんと知ることから始めないとな」

「……なるほど」

 

 わしゃわしゃと髪を撫でてくる横島の言葉に深雪は深く頷く。横島の言うことも尤もだ、と納得したのだ。

 横島の話を聞いていたワルキューレ艦隊の艦娘はうんうんと眼鏡を上げ下げしたり、納得の表情で眼鏡を光らせたり、感涙に咽びレンズを綺麗に拭ったりしている。……そんなだから眼鏡が本体だと言われるのだ。

 

「さて、話も一区切りついたことだし、次の演習に参加する四人を決めるぞ」

「え、四人?」

 

 横島は手を叩いて艦娘達の注目を集め、話を進めていく。

 次の演習に参加するのは四人。六人(フルメンバー)ではないことに、当然ながら艦娘達は疑問を抱く。横島は皆の様子にこそ疑問を抱いたが、そもそも自分が説明をするのを忘れていたことにようやく気が付いた。

 

「あっ、悪い悪い。実はヒャクメの艦隊の艦娘二人が今回の演習の記録をとってるらしくてな。この端末でも記録は出来るんだが、何かアングルがどーのこーのと……」

「ええ……?」

「まあ最初の演習だってマリア一人だったんだし、四対四でやるならいいかなってな。ちなみにヒャクメ艦隊はこんな感じだぞ」

 

 旗艦青葉(記録係)、秋雲(記録係)、磯波、浦波、時雨、衣笠という編成だ。重巡二人に駆逐が四人。一応は重巡戦隊と呼べるだろうか。出来るならば重巡がもう二人欲しいところであるが、この編成にもネタは仕込まれているのだ。

 

「浦波ちゃんだー!」

「磯波もいるな」

「時雨もいるっぽい」

 

 ワルキューレ艦隊よろしく、横島鎮守府所属の艦娘と同じ艦娘が何人か編成されている。色々と話をして交流を深めたいところではあるが、それは全ての演習が終了したあとまでおあずけだ。交流会が待ち遠しい。

 横島は話しかけたそうにしている自分の艦娘達を見ながら編成を考える。情報を伝えそびれるというミスもあったが、大勢には影響しないはずだ。ここは一つ、普段は大人しい子達の雄姿を記録してもらうのもありか……そう考えてちらりと磯波や名取に視線をやると、泣きそうな目で思い切り首を横に振られてしまう。

 しまった、と思うのも束の間、横島は瞬時に気持ちを切り替えていく。

 

「だったら記録とか写真とか気にしない天真爛漫な子達でいこうか」

 

 大人しくお淑やかな子達が頑張るところが拝めなくなり、元気っ子達が奮戦するところが見たくなった横島。艦娘達は真面目にやってるんだから自分も真面目にやるべきなのだが……実はこれで大真面目だったりする。

 

「んー……よし。んじゃ、旗艦は瑞鳳、以下白露、皐月、それからー……深雪、お前も行ってみるか?」

「ぅえっ!?」

 

 横島はまず経験を積んでもらうために新人の瑞鳳を旗艦に据える。それから所属する駆逐艦の中でも指折りの実力を持つ白露をチョイス。更にはマスコット枠として皐月を選び、たまたま隣にいた深雪を最後に選択。

 

「ふふふ……意外と良いチームが出来たぜ……!」

「よ、よしっ、頑張ります!!」

「本当なら一番に呼んで欲しかったけどなー。ま、この一戦でМVP(いちばん)になればいいよね!」

「ようやくボクの出番だね! 可愛がってあげちゃうよ!」

 

 瑞鳳は他の二人と違って気負った様子であるが、皐月達の姿を見て徐々に肩の力を抜いていくことになる。自然体でいられれば実力も存分に発揮出来るだろう。

 

「……」

「ん、どうした深雪?」

 

 横島の隣、深雪は俯いたまま何かを考えるようにして小さく唸っている。それを妙に思った横島が覗き込むようにして視線を合わせると、深雪はやや頬を赤らめて視線をさまよわせた後、ジェスチャーで耳を貸せと表した。

 

「何だよ?」

あのさ……ご褒美って、まだ有効だよな……?

お、おう。大丈夫だけど

 

 耳にかかる吐息交じりの囁き声をむずがゆく思い、ついついつられて自分も小さな声で話す横島。普段の深雪ならばしないような内緒話に首を傾げつつも、彼女の問いに答える。

 そして、次に深雪の口から紡がれた言葉は、まさに爆弾のような衝撃を伴って横島へと降りかかることとなる。

 

じゃあさ、もしアタシが活躍出来たら……

ふんふん

 

 

 

 

 

ちょっとだけさ――――えっちなことしよーぜ♡

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………はぁっ!!?」

 

 深雪の爆弾発言に横島は驚愕の声を上げる。その声は思いの外大きくて他の艦娘達の注目を集めてしまい、狼狽する横島の横を深雪はすり抜け、さっさと管制室を後にする。

 

「んじゃーな、司令官! 約束だからなーっ!!」

「ちょっ、待て!! そんな一方的なんは約束とは言わんぞーーーーーー!!?」

 

 横島の静止の声もむなしく、深雪は全速力で演習海上へと一足先に突っ走っていった。

 二人の間にどんな話が展開されていたのか気になる瑞鳳達残りのメンバー三人だが、一先ずは深雪を追いかけた方が良いと判断し、慌てて艤装を展開して出発する。

 取り残された横島は深雪の姉妹達に囲まれ、何を話していたのかと聞かれる羽目になった。結果としては横島は何とか秘密を守った、とだけ記しておこう。

 

 その後、遅れてヒャクメ艦隊も演習海上へと出発し、ここに四対四の演習が開始される。

 

 そして――――横島艦隊は、僅差で敗北するのであった。

 

「なんだかとってもちくしょおーーーーーー!!!」

「何か、深雪荒れてるね」

「うんうん、一番になれないのは嫌だよね」

「そういうのじゃないんじゃないかな?」

 

 鎮守府に帰ってきて早々、海に向かって悔しさを叫ぶ深雪の姿に横島は思う。

 

「……そんなに、俺とシたかったのか……!? いや待て!! クールだ!! クールになれ横島忠夫!!」

 

 叫ぶクールさなどあったものではない。

 

「横島さんも大変なのねー」

 

 横島鎮守府の様子を俯瞰した女神様はけらけらと笑い、頭を抱えている少年の現状を祝福した。

 

 

 

 

 

第三十九話

『眼鏡っ子とカメラ』

~了~

 

 

 

 

天龍「ところでよー」

横島「んー?」

天龍「変人で艦隊組んだって言ってたけど、球磨とか多摩は変人枠じゃねーのか?」

横島「あー、あの二人か。あの二人って語尾以外普通っていうか、むしろ常識人枠なんだよな……」

天龍「……そうか? ……そう、かなぁ……」

 

 

 

 




お疲れさまでした。

今回ワルキューレ艦隊とヒャクメ艦隊との対決だったわけですが……内容がほんともう完全に思いつきませんでした。

ですのでまさかの全カットです。

ダイジェストにすらならなかったとは……なんてこったい。

それはそうと深雪ですよ深雪。
私はこんな感じでじゃれあいから一気にその先に発展していくシチュエーションが好きでして(突然の性癖暴露)
それが一番似合いそうな深雪に少しだけ付き合ってもらいました。

もし深雪が演習で活躍していたら……二人っきりの個室でエッチなビデオの鑑賞会でもするんじゃないでしょうか。
若い男女、密室、AV観賞。何も起きないはずがなく……。
うーん、反応が怖い。

ちなみに今回のタイトルの「カメラ」ですが、これはヒャクメ艦隊のメンバーは公式でカメラに触れたキャラです。


秋雲「……」


青葉は言わずもがな、衣笠は青葉の梅雨ボイスで、磯波は限定グラ、浦波も限定グラ、時雨は私服。


秋雲「…………」


それではまた次回。




秋雲「………………」

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