煩悩日和   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

今回は残る二つの内どちらかの鎮守府との演習です。……まあどっちにしろやべー奴らしか残ってないんですが。

そえと最初らへんに少し「ん?」という場面が出てきます。
それが何かは……まあ、その……お楽しみに。(目逸らし)

ではまたあとがきで。


過去の残り香

 

 さて、これまでに三回の演習を終えた管制室。現在、この空間にはややまったりとした空気が流れている。

 演習も既に折り返し。二十人以上もの艦娘が役目を終えているため、それも致し方ないと言ったところだろうか。

 しかし、はっきりと言ってしまえば、今までの演習は前座と呼べるものである。何せ残りの二人はパピリオと斉天大聖だ。

 カオスは研究を優先し、ヒャクメは諸々の調査を優先し、ワルキューレは軍としての教練を優先して攻略を行っている。だが、パピリオ達はそうではなかった。

 パピリオは最初からがんがんと海域を攻略し、近代化改修も行い、任務を片っ端からクリアしていった。

 そして斉天大聖。彼はまず艦娘達に自らが修めている武術を伝授した。身体の使い方、霊力の使い方、それらを徹底して教え込んだ。そして……全ての海域を圧倒的な力でねじ伏せてきたのだ。

 家須(キーやん)佐多(サっちゃん)はその映像を見てこう語ったという。“――――もう全部お猿一人でいいんじゃないかな”。

 

「ん~……残りは二人。この面子だと、次の相手は……」

「とーぜんっ、この私でちゅ!」

 

 いつの間にか近くに来ていたのか、パピリオがふんぞり返りつつもそう宣言する。

 パピリオ。ラテン語で“蝶”を意味する名前を持つ幼い少女。詳細は不明であるが横島とはかなり親しいらしく、まるで年の離れた兄妹のようにも思える。

 横島の隣に座っていた大淀は、これまでの会話から二人が何か特別な関係であると察し、気を利かせてパピリオに席を譲る。それに笑顔の花を咲かせたパピリオは礼もそこそこに横島の隣に座り、横島の腕を掻き抱いて早速甘えにかかる。

 

「んっふふ~、なんかもう演習なんてどーでもよくなってきまちた」

「こらこら」

 

 妹分の遠慮のない甘えっぷりに横島の頬も緩んでくる。意味合いとしては苦笑が大半であるが、反面嬉しさもある。普段ならばもう少しかまってあげても良かったのだが、今は演習中であるし、何より二人ともが鎮守府の司令官なのだ。更には、お目付け役も存在している。

 

「はいはい。甘えるのはいいが、そういうのは仕事が片付いてからにしな。その方が時間も多く取れるだろ?」

「……ぶー」

 

 二人の間に割って入ったのはパピリオの姉であるベスパだ。イタリア語で“蜂”の名前を持つ彼女はパピリオの隣に座り、彼女を窘める。

 横島、パピリオ、ベスパ。この三人が放つ雰囲気は、横島鎮守府やパピリオ鎮守府に所属している艦娘達も感じたことがないような複雑な気配を帯びている。

 パピリオはそこまででもないようなのだが、横島とベスパの二人は顕著であった。

 

「……そういやベスパはパピリオと協力して海域を攻略してんのか?」

「いや、私はワルキューレ少佐の部下だからね。元は少佐の鎮守府で色々と補佐をしてたんだけど……どうやら上が気を利かせてくれたようでね。パピリオの鎮守府にも時々手伝いに行けるようになったのさ」

「そりゃまた何つーか……()()()()()()()というか……」

「ああ、本当にね」

 

 二人の会話の意味が分かるものはごく少ない。艦娘達などはちんぷんかんぷんだろう。だが、言葉に含まれる感情は艦娘達にも伝わっていた。

 

「むー。ベスパちゃん、私の邪魔をしてヨコシマとお喋りなんて許しまちぇんよ」

「ああいや、そういうわけじゃ……」

 

 横島とベスパが放つ、どこか陰鬱とした物を含む雰囲気を、パピリオが吹き飛ばす。そんな妹を宥めるのに四苦八苦する横島とベスパの姿は先程とは違って、とても穏やかな空気に包まれている。こちらの方が、()()()()()()()()

 

「ほら、ベスパちゃんにヨコシマも。さっさと演習を始めまちゅよ」

「了解……まったく、子供は気難しいね」

「あいよ、っと」

 

 演習をほったらかそうとしたパピリオが、一転して演習を促すようになる。ベスパのお小言に触発されたのか、はたまた二人だけで話しているのが気に入らなかったのか。恐らくは後者であろう。

 

「というわけで、私の艦隊はこんな感じでちゅ」

 

 パピリオの艦隊は旗艦に軽空母“鳳翔”、以下秘書艦にして戦艦“比叡”、戦艦“伊勢”、重巡洋艦“摩耶”、駆逐艦“長波”、空母“翔鶴”。

 全員が練度(レベル)80オーバーというとてつもない強敵達である。

 

「実はこのメンバーって、よくパピリオの面倒を見てくれてる奴らなんだよね」

「え、そうなのか? 後でちゃんと挨拶しとかねーと……」

 

 ベスパからの情報に横島はまるで保護者のような言葉をこぼす。……まあ、特に間違ってはいない。

 

「どっちかって言うと、ヒエイは私が面倒見てあげてるんでちゅけどね」

『ちょっと提督、どういう意味ですかそれー!?』

 

 ぼそっと呟いたパピリオの言葉に反応して、端末から比叡の声が響く。どうやらパピリオ艦隊は既に演習海上に行っていたらしく、準備は万全なようだ。

 

「あっと、もう行ってたのか。こっちも急いで向かってもらわねーと」

 

 横島は数秒間考えた後、今回の出撃メンバーを発表した。

 

「旗艦は……吹雪、お前だ」

「ええっ!? わ、私ですかぁ!!?」

 

 旗艦に選ばれたことにより、吹雪が素っ頓狂な声を上げる。そもそも吹雪は練度が低めであったので演習で選ばれるとは思っておらず、心の準備が済んでいなかったのだ。

 それでも単にメンバーに選ばれただけならばここまで取り乱さなかっただろう。“旗艦に選ばれた”。これがプレッシャーとなって吹雪に圧し掛かっているのだ。

 

「以下扶桑さん、古鷹、加古、大井、赤城さんのメンバーだ」

「……!?」

 

 追い打ちをかけるかのように横島が告げた残りの五人。その中に吹雪の憧れの人物である扶桑が入っていることに声にならない叫びをあげる。ついでに最近相談に乗ってもらったり、“食べっぷりが素敵”と、何やら妙な理由で憧れの存在になりつつある赤城も一緒だ。

 

「頑張りましょうね、吹雪」

「頑張りましょうね、吹雪」

「……っ!? …………っ!!?」

 

 憧れの先輩二人から声を掛けられた吹雪は咄嗟に返事をすることが出来ない。しかしこの二人、容姿も声もよく似ている。更に同じ言葉を掛けているのでややこしいことこの上ない。だがステレオで話しかけられた吹雪はどことなく幸せそうな顔をしている。

 

「重巡洋艦の良い所、いっぱい見せないと……!!」

「気合入ってんねー、古鷹は……。アタシはバックレて寝てしまいたい……」

「相変わらずね、あなたは……」

 

 一方その頃古鷹達も出撃の準備をしつつちょっとしたお喋りをしていた。それにしてもこの三人、声がよく似ている。

 

「んじゃ、大淀と装備の確認をしたら向かってくれな」

「了解です」

 

 大淀は六人を集めて端末で装備を確認し、必要があれば変更していく。相手は歴戦の艦娘達。敵わないまでも()()()()()()しなければいけない。

 

「……今日のメンバーなんでちゅけどね」

「ん?」

 

 パピリオが自分の端末をいじりながら、ポツリと呟く。

 

「本当は、()()()()()()()()()()()……」

「……」

 

 パピリオの口からその名前が出た瞬間、一部の者達の雰囲気が変わった。カオス、マリア、ヒャクメ、ワルキューレ……横島の過去を知っている者達だ。

 しかしその反面、当事者である横島とベスパには変化はない。横島と姉妹達、それと他の者で彼女に対する意識が違うせいだろう。

 

「ルシオラちゃんみたいに――――おっぱいが終わってる子達で編成しようとしてたんでちゅ」

「悪魔かお前は」

「悪魔でちゅよ?」

 

 悪魔である。

 会話の内容がまさかの内容であったためにカオス達の雰囲気もしらけ、それぞれ自軍の艦娘達と戯れる。マリアは自分の胸をやや複雑な眼で眺め、パピリオと横島の会話に集中することにした。

 マリアのバストサイズは驚異の100㎝(三ケタ)。横島も巨乳は好きだ。大好きだ。しかしながら実際に横島の心を射止めた“彼女”は慎ましやかな胸をお持ちだった。

 今後、どのようなものが横島の篭絡に必要かは分からない。なので、マリアは情報収集に尽力するのである。

 

「……と、ほら。この子達でちゅ」

「わざわざ見せなくても……えっと、まず龍じょ」

「あ゛あ゛ん?」

 

 こっそりと二人の話を聞いていたらしい龍驤も、これには口を挟まざるを得なかった。

 

「待て待て龍驤。俺は大きいチチも好きだが、小さいのも大好きだぞ?」

「……ならええわ」

 

 龍驤、納得――――!!

 思い返してみれば、横島は巨乳の艦娘ばかりでなく、小さなお胸の艦娘にも煩悩を漲らせていた。その姿を知っている龍驤からすれば、今のどう考えても誤魔化しにしか聞こえない言葉もそれなりの説得力があったのだろう。許されるのなら何時間でもその胸を楽しみ続けるだろう。

 ……問題は横島にとって重要な部分が胸ではなく、ある程度の外見年齢が必要であることなのであるが。

 

「んで、えーっと……軽空母“瑞鳳”、正規空母“瑞鶴”、同じく“葛城”、装甲空母“大鳳”……意外にも空母ばっかだな」

 

 小さめの声とは言え、どうしてわざわざ声に出してしまっているのか。瑞鳳がこの世の終わりを目の当たりにしたかのような顔で横島を見ているぞ。

 端末を操作し、最後の人物に目を通す。そこで、横島は少しの間、呼吸を忘れた。

 

「……軽巡洋艦“夕張”、か」

 

 装備の確認も終え、後は演習海上に向かうだけとなった横島艦隊。旗艦の吹雪はすぐに出撃すべきであるが一応横島に声を掛けておこうと近付くのだが。

 

「司れ――――」

「この子、ちょっとだけ」

 

 その一言に、声を掛けるのを躊躇う。

 

「ちょっとだけ――――ルシオラに似てるな」

 

 そう呟いた横島の表情は、吹雪には見えなかった。

 

 

 

 

 

「――――敵艦隊見ゆ! っと。相手は私達を遥かに超える手練れ達。油断せずに行きましょう」

「はいっ、赤城さん!」

 

 演習海上。既に両艦隊は索敵も終え、射程距離に入っている。ここからどう攻めるか、どう守るか。それが旗艦の判断力の見せどころである。……のだが。

 

「……ん? これは……!」

 

 赤城が発艦した零式水上偵察機から送られてくる映像に、何やら変化があった。

 立ち上る六つの水柱。そしてそこから超スピードで水上を滑走する六つの人影。

 

「敵艦隊、こちらに突っ込んできます……!?」

「嘘でしょ!?」

 

 水平線の向こうへと視線を向ければ、そこには猛烈な勢いで向かってくる比叡達パピリオ艦隊。このままでは数分と掛からずに懐に入られる。

 

「赤城さん、お願いします!!」

「ええ、任せて!!」

 

 吹雪が咄嗟に指示を出せたのは偶然に近い。だが既にその身体は動いており、迫りくる敵に対しての陣形を形成している。

 放たれる赤城の矢。それは空中で姿を変え、“流星改”“烈風”となり、比叡達に迫る。――――だが。

 

「ハッ! こんな程度でアタシらを止められると思うなよぉっ!!」

 

 迫る航空機達を前に摩耶が叫び、機銃を乱射する。その結果は――――。

 

「……ぐぅっ!?」

 

 赤城の頭に鋭い痛みが走る。一瞬、たったの一瞬で()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが示す結果とはつまり。

 

「……全滅しました。開幕攻撃は失敗です!」

「マジかよ……!?」

 

 これにはいつもどこか楽観している加古も驚愕した。単独で全ての航空機を撃墜するなど、彼女の常識では考えられない。同じ航空機とのドッグファイトならばともかく、対空射撃での全機撃墜などありえないことである。

 皆に走る動揺。しかし、それに囚われている場合ではない。こちらの航空機が全滅したということはつまり……。

 

「皆さん気を付けてください! 敵航空機が来ます!!」

 

 吹雪の悲鳴にも似た声に空を見る。風を切って飛んでくるのは鳳翔と翔鶴が発艦した“流星改”と“烈風”だ。吹雪を始めとして古鷹達も何とか対空砲火を浴びせるのだが、彼我の練度差はここでも如実に表れた。

 当たらない。銃弾が悉く避けられてしまう。中にはカオス鎮守府のマリアが使用していた謎の艦載機“マリア・ビット”のように幾何学的な軌道を描く機体も存在している。

 

「な、何だこのでたらめな動き――――にょわーーーーーー!?」

「加古!? ――――あうぅっ!?」

「二人ともっ!?」

 

 古鷹、加古、共に大破。大井が古鷹達に意識を割くが、それに囚われてばかりではいられない。何故ならば、次の脅威はもうすぐそこにまで来ているからだ。

 

「はーーーーーーっはっはっはっはっはっは!! はーーーーーーっはっはっはっはっはっは!!」

「!?」

「!?」

 

 海上に高笑いが響く。その出所はどこか、発しているのは誰か。それはこの艦娘(おバカ)さんだ――――――!!

 

「――――とうっ!!」

 

 霊気を纏い、巨大な艤装を背負った影が太陽を背に宙へと駆ける。

 

「跳んだ!?」

「何で!?」

 

 身体から発した霊波を推進機代わりに猛烈な回転をしつつ、それでいて右腕はピーンと伸ばしたまま横島艦隊へと突っ込んでくるその異様な姿! おお、彼女こそはパピリオ艦隊が誇るお調子者! 時折パピリオが困ったような笑みで見つめるしか出来なくなることでごく一部で有名な、比叡さんの突撃(エントリー)だ――――――!!

 

「必殺!! 比叡スーパーローリングチョーーーーーーップ!!!」

 

 振り下ろされる比叡の右腕。その脅威を感じ取った横島艦隊は何とか回避行動に移る。古鷹に大井が、加古に扶桑が肩を貸して何とか避けられたそれは海に直撃する。

 そして、轟音が鳴り響き――――十数メートルほど、海が裂けた。

 

「なぁっ!?」

 

 デタラメなまでの超威力。それは横島艦隊の天龍や金剛を彷彿とさせる、次元が違うと言っても過言ではない圧倒的な力。

 立ち昇るは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この人も……二色持ち!!」

 

 顔にかかる水しぶきも気にならないほどの驚愕。

 カオスの艦隊はともかく、ワルキューレの艦隊にもヒャクメの艦隊にも、二色の霊波光持ちは存在していなかった。だから、二色持ちは横島鎮守府にしか存在しないのだと思い込んでいたが、当然、そうであるはずがない。

 

「隙ありだぁっ!! 摩耶様ドライバー!!」

「きゃあぁっ!?」

 

 横島艦隊の皆が比叡の力に気を取られている隙に、摩耶が高速回転ドロップキックで急襲する。これにより吹雪は直撃こそ避けたものの、霊力の爆発に巻き込まれて小破してしまう。

 

「真っ当に強い艦隊だと思ってたのに、こんなにツッコミどころ満載だなんて……!!」

『何でウチはこっちで出撃出来んかったんやーーーーーー!!』

 

 扶桑の口からは切実な心情が漏れ、端末からは某軽空母の魂の叫びが木霊する。しかし状況を嘆いている暇などない。比叡は伊勢と翔鶴を引き連れ、赤城と大井を撃破に向かった。

 扶桑と吹雪が対面するは摩耶と鳳翔。どうやら摩耶がメインで攻め込み、鳳翔がバックアップに回っているらしい。

 

「……申し訳ないけれど、フォロー頼むわね。吹雪」

「はいっ、扶桑さん!」

 

 自らが小破という状況、憧れの先輩に頼られるという高揚が吹雪の集中力を研ぎ澄まさせる。

 “ゾーン”という名の超集中状態。吹雪は自分と扶桑、そして摩耶と鳳翔の位置を完全に把握し、牽制と攻撃、時には囮すらやってのけた。

 そしてそこに撃ち込まれる扶桑の砲撃。超ド級戦艦の威力は凄まじく、一発一発が大破必至の一撃である。……が、しかし。

 

「……当たらないわね」

 

 ぽつりと扶桑がこぼす。確かに威力は高い。だが、それも当たらなければ意味がない。吹雪も敵艦の誘導などを行っているが、二人ともいかんせん実戦経験が足りていない。

 戦いには知識だけではどうにもならない部分が出てくる。二人がそれを掴むのはまだ遠いようだ。

 

「へっ! 御大層な主砲も砲手がノーコンじゃ意味ないな! それとも何だ? “不幸艦”らしく運のせいにでもするか? 不幸だわ~不幸だわ~ってなぁっ!」

 

 膠着した状態に変化を付けるべく、摩耶は軽く挑発を行う。

 摩耶という艦娘は気風が良い姉御肌であり、明るく快活な性格をしていることが多い。それはパピリオ艦隊の摩耶もそうだ。

 しかしそれはそれ、これはこれ。この摩耶は勝つためなら割と何でもするタイプのようだった。

 

「……っ!!」

 

 そして摩耶の挑発は如実に効果を発揮する。と言ってもその対象は扶桑ではなく吹雪である。

 憧れの存在を愚弄された吹雪の頭は一瞬で沸騰するが――――ふと視界に入った扶桑の表情を見て、その怒りは霧散した。

 

「――――ふふ」

「……あん?」

 

 ただの吐息と思えるような空気の漏れる音。しかし、それは何故か摩耶の耳にもしっかりと届いた。それ故に摩耶は怪訝に思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「“不幸艦”……。そうね、昔の私なら自分の運の無さを嘆いて、そんな言葉を口にしていたかもしれないわ」

「……?」

 

 自らの思いを反芻するかのように語りだした扶桑に戸惑いを覚えながらも、摩耶は主砲を斉射する。

 一発、二発、霊力の籠った砲弾はまっすぐに扶桑へと向かっていく。

 

「でも、今の私はそうじゃない」

 

 砲弾は海へと落ちた。海上を駆ける扶桑に砲弾は当たっていない。後詰めの鳳翔が艦載機を放つ。――――しかしすんでのところで躱され、かすり傷を付けるにとどまった。

 

「……っ!?」

 

 何かがおかしい。摩耶達がそう考え、彼我の距離を離そうと針路を変えるが、そこに扶桑の砲撃が掠める。

 

「全ては私の心持ち次第。今まで見ていた景色は、私の心が生み出したモノクロの世界だった」

 

 扶桑――――日本の雅称。日本国そのものの名を付けられた戦艦であるが、その実、彼女には欠陥が付きまとった。

 主砲、砲塔配置、装甲と、初の純国産設計の超ド級戦艦であるために半ば試験的な存在となってしまったのだ。

 今回演習の敵として戦闘中の伊勢も元々は扶桑型として建造される予定だったのだが、扶桑で判明した欠陥をもとに設計を改められ、別型艦として建造されたのである。

 “欠陥持ち”という生まれから来るコンプレックス。それは彼女の見る世界を歪めていた大きな要因であり、同じ欠陥を持つ同型艦(いもうと)“山城”に対する依存にも似た執着の原因でもある。

 

 ――――しかし、それを払拭する存在が現れた。

 

「あの人の言葉で、私の世界に色が付いた」

 

 自分と出会えて幸せだと、そう言ったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に出会えて幸せだと。

 何よりも――――貴女を、幸せにすると言ってくれるなどと。誰が想像出来ようか。

 

「以前は想うだけだった。でも、やっぱり言葉にしないとダメね」

 

 扶桑の主砲、その照準が摩耶を捉える。何とか回避行動に移ろうとする摩耶の足を痛みと衝撃が襲った。吹雪の狙撃である。鳳翔を相手取りながら、視線を向けることのない狙撃。ホークアイ持ちの真骨頂だ。

 

「しま……っ!?」

「私は()()()()の傍にいる限り――――世界一の“幸運艦”なのよ」

 

 霊力が凝縮された砲弾が発射され、狙い違わず摩耶に命中する。急所に命中した砲弾はその威力を遺憾なく発揮し、摩耶を一撃で大破にまで追いやったのだ。

 

「うあああぁぁぁっ!?」

「うふふ。……あなたのお姉さんが悪いのよ」

 

 ……どうやら扶桑も扶桑でちょっとした敵意を持っていたらしく、摩耶を倒した現在の笑みは黒い。本人がいないからと言ってその妹に八つ当たりをするのはどうかと思います。

 

「これでご褒美は確実ね。うふふ、何をお願いしようかしら」

 

 摩耶を倒した扶桑は、ルンルン気分で吹雪が引き付けている鳳翔を視界に収め、この後の展開を妄想する。扶桑の主砲の威力ならば鳳翔も一撃で大破にまで持っていけるだろう。

 しかし、八つ当たりしたり吹雪に対してちょっと感謝に欠けた思考をしている扶桑に、天は味方しなかった。

 

「やっぱりデートとか――――え゜ふんっ!?」

 

 どこからか飛んできた砲弾が扶桑の肝臓(レバー)にスーパークリティカルヒット!! 更にその衝撃は艤装にも伝播し、何故か主砲が爆発!! 艤装内に何らかのガスでも溜まっていたのか、その爆発は艤装の全てにまで広がり、中々に見事なものだった。

 当然扶桑は大破となり、真っ黒になって海面にばったりと倒れ伏すのであった。

 

「ふ、扶桑さーーーーーーん!!?」

 

 突然の扶桑の爆発に吹雪の動きが完全に止まってしまう。吹雪のホークアイにも感知できなかった敵の正体、それは当然パピリオ艦隊の艦娘。

 

「ふふふ……アタシのこと、忘れてたろ?」

 

 吹雪の索敵範囲のギリギリ外に立っていた駆逐艦娘、黒髪にピンクのインナーカラーを施した、意外とおしゃれな艦娘の長波だ。

 

「――――忘れてた……!!」

 

 戦闘経験の少なさからくる致命的なミス。戦闘は終わっていないのに気を抜いてしまう。自らの能力を過信し、範囲外の敵に気を配らない。何よりも敵のことを忘れてしまうなど、あってはならないレベルの失態である。

 

「私も忘れては駄目よ?」

「はっ!?」

 

 鳳翔の静かな声が聞こえた時にはもう遅かった。扶桑と長波に気を取られ、集中が途切れてしまった吹雪の動きではもはや攻撃を躱すことなど不可能である。

 既に矢は番えられている。その一撃は、確実に吹雪を大破に追い込むだろう。

 

「――――ほ、鳳翔ファイヤー……ッ」(赤面&涙目)

「――――えぇ……?」(困惑)

 

 吹雪、困惑を顔に張り付けたまま大破……!!

 見事吹雪を倒した鳳翔は真っ赤になった顔を両手で隠し、思い切り恥ずかしがっている。もう自分の仕事は終わった。扶桑が倒れた時には、この戦闘の趨勢も決まっていたのである。

 

「スーパー比叡クラッシャー!!」(ノリノリ)

「ハイパー伊勢ボンバー!!」(赤面)

「翔鶴サンダアアアァァァッ!!」(赤面+涙目+ヤケクソ)

「ウルトラ長波ビーム」(虚無)

 

「……何なのこの人達」

 

 ――――赤城・大井、大破。

 これにより横島鎮守府の艦娘は全て大破となり、敗北が決定した。自分達の勝利が決まった瞬間、比叡は高らかに笑い声をあげる。

 

「はーーーーーーっはっはっは!! はーーーーーーっはっはっはっは!! 見たか聞いたか覚えたかっ!! これがパピリオ提督が誇る艦娘達の実力!! そして私の実力です!!」

『ヒエイは後でお仕置きでちゅ』

「何でぇーーーーーーっ!!?」

 

 すっかりと得意になっていた比叡だが、パピリオからのまさかの通信により一気に涙目に変わる。ジョバーッと涙を流すその姿は少し横島を彷彿とさせる。

 

『ホウショウちゃんやショウカクちゃんがあんな風に叫ぶわけないでちゅ。ま~たみんなに無理強いしまちたね?』

「う、うぐぅ……!?」

 

 どうやら図星であったらしく、パピリオの言葉に比叡は何も返すことが出来ない。どんどんと冷たくなるパピリオの視線。どんどんと冷たくなる比叡の体温。小さな女の子に怒られる大人の女性。何とも情けない構図が出来上がっていた。

 

「……ふ、ふふふ……。この扶桑、戦いの中で戦いを忘れてしまったわ……」

 

 比叡が通信越しに叱られている最中、扶桑は海面に浮かびながら今回の演習について猛省していた。

 あの時に気を抜かなければ、あるいはもう少しまともな結果になっていたかもしれない。少なくとも、今回のような何とも言えないような大破はなかったはずだ。

 

「……こんな姿を見たら、あなたは何て言うのかしらね、山城……」

 

 扶桑の脳裏を過ぎるのは妹の山城の姿。彼女は今の自分を見て何を言うのだろうか。

 大丈夫かと心配するだろうか。油断するからだと苦言を呈するだろうか。それとも無様だと、お似合いの姿だと罵られたりするのだろうか。

 

「……ふふ、そうね。きっとそうだわ。だって、()()()()()()()()()()()()()――――」

 

 

 

 

 

 ――――記憶にノイズが走る。

 

 

 

 

 

『扶桑さーん、大丈夫っすか?』

「……えっ? あ、あら……提督? ごめんなさい、少しぼーっとしてたみたいで……」

 

 横島に話しかけられ、扶桑はその意識を覚醒させる。ほんの数秒間ではあるが、意識を失ってしまっていたらしい。思いの外、身体のダメージは重いようだ。

 

『もうそろそろ赤城さん達と合流して帰ってきてほしいんすけど……』

「あ……!! ご、ごめんなさい! すぐに帰投します!」

『いやいや、大破してるんすからゆっくりでいいっすよ。無茶はしないでくださいね』

「……はい。ありがとうございます、提督」

 

 横島の優しい言葉に、頬を赤らめる扶桑。ああ、やはりこの人は私を大事にしてくれるのだ……! と感動しているが、横島の視線は扶桑の身体をねっとりと舐めまわしているのであった。

 扶桑は現在大破状態である。扶桑が大破すると、制服の損壊が非常に大変なことになる。もう危険が危ないレベルだ。

 横島は扶桑の大破姿を長く眺めていたいためにゆっくりでいいと言ったのだ。普段ならもっと取り乱すのだが、演習では轟沈は無しで傷もすぐ治るということから、煩悩の方が前面に出てきているようである。

 

「……むう」

 

 そんな横島の隣、パピリオが唸る。横島の様子を見て何かを思案しているのだ。

 

「……可能性は大きい方がいいでちゅからね。こっちのフソウちゃんも候補に入れておきまちゅか」

 

 そう言って、パピリオは懐から取り出したメモ帳に何事かを書き記す。そのメモ帳の表紙には、拙い字で『ヨコシマおよめさんメモ』と書かれていた。

 

 

「ごめんなさいね、吹雪。あなたが作ってくれたチャンスを台無しにしちゃって……」

「いえ、そんな! 私も長波ちゃんに気付かなったわけですし、せっかく扶桑さんが摩耶さんを倒してくれたのに警戒を怠って……」

「いえいえ、私が……」

「そんな、私が……」

「いつまでやってるのよ……」

 

 お互いに謝罪の言葉を繰り返す扶桑と吹雪に、大井が仲裁に入る。このままではいつまでたっても鎮守府に帰ることが出来ない。沈むことがないとはいえ、いつまでも大破状態のまま海の上にいるのは気が休まらないのだ。

 

「ほら、いつまでもこうしてても仕方がないんだから帰りましょう。過ぎたことはもうどうしようもないんだから、次に活かせるように心に留めておけばいいでしょ」

「ほら、私達なんて足を引っ張っただけですから」

「そうだぜー、だから早く帰って寝よう?」

「加ー古ー?」

 

 演習は敗北という結果に終わったのだ。それに拘ってああしておけば、こうしておけばという思考に憑りつかれてしまうのではなく、前を見据え、未来に繋がるように視野も思考も広げていかなければならない。

 もはや過去は覆ることはない。だからこそ、人はこれからをより良くするために生きていくのだ。

 

「……反省会、しないとね。吹雪」

「はい。お供します、扶桑さん」

 

 二人は笑い合い、鎮守府への帰路を辿る。

 失ってしまっても、忘れ去ってしまっても、その心に、魂に宿るものがあるだろう。“それ”をさせないように、“それ”を起こさぬように、皆は自らを鍛え、強くなっていく。

 たとえ、そのことに気付かなくとも。

 

 

 

 

第四十話

『過去の残り香』

~了~

 

 

 

 

※没ネタ※

 

摩耶「へっ! 御大層な主砲も砲手がノーコンじゃ意味ないな! それとも何だ? “不幸艦”らしく運のせいにでもするか? 不幸だわ~不幸だわ~ってなぁっ!」

 

吹雪「……っ!!」

 

吹雪「ハア……ハア……()()()……?」

 

摩耶「?」

 

吹雪「取り消してください……今の言葉……!!」

 

 

いやだって今更このネタはね……。

 

 

 




お疲れ様でした。

この煩悩日和では夕張は少しルシオラに似てるという設定です。
と言っても瓜二つとかそっくりとかではなく、何となく『ぽい』と思ってしまう程度です。
夕張さんの本格的な出番は……もっと後ですが……。

横島の名前呼び第一号は扶桑さんでした。
途中で扶桑さんの心情が出てきますが、ほとんど以前の焼き直しみたいなものだったし、無くても良かったかな……?

さて、次回はついに斉天大聖との戦いです。やっとここまで来たか……。

どうしようかな、次回ではないけど横島VS斉天大聖とかどっかでやってみようかな。

横島「もうだめだ、おしまいだぁ……」

それではまた次回。

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