煩悩日和   作:タナボルタ

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あけましておめでとうございます。(激遅)

大変お待たせいたしました。
今回は遂に猿神艦隊との演習です。はたして猿神艦隊はどれほどの実力を持っているのか……?

今回、ちょっと調子に乗ってアンケートなんか実施してみました。あとがきの下にありますので、皆さま、どうかご協力をお願いいたします。

それではまたあとがきで。


二色の真価

 

 遂に始まった演習最終戦、横島艦隊対猿神艦隊。戦艦が多く選ばれている猿神艦隊、戦いは激しい砲撃戦になるかと予想されていたのだが、意外にも戦場は静かな空気が流れている。もちろん互いに砲撃や艦載機での爆撃なども行っているが、それでもこれまでの戦いに比べれば、それは大人しいものだった。

 その理由の一つに、猿神艦隊の艦娘が感じた違和感がある。

 

「どうだ、ウォースパイト?」

「……ええ、やはり何らかの力が干渉しているようね。でもこれは私達に、というよりは……」

「うむ。これは余達ではなく、()()()()()()()()()()()()()ようだ」

 

 長門の問いにウォースパイトが己の霊感が捉えた“力”について答えるのだが、どうにも言葉にしづらいものであったらしく、言いよどんでしまう。そしてその後を継いだのはネルソンだ。ネルソンは自分の手を何度も握っては開き、感覚を確かめている。彼女が最も得意とする拳法は周囲の気を自らに集約させることが出来るものであり、それを応用して“力”の正体に迫ったようだ。

 

「なるほど。確かにそうでもなければ考えられないな。グラーフが誰一人として落とせないなど」

「我ながら不甲斐ないばかりだ。二人を中破に追い込むのが精いっぱいとは」

 

 長門達が見据える先、その視線の先には一人の艦娘がいる。扶桑だ。

 グラーフの航空攻撃で中破に追い込まれたのは那珂、そして扶桑の二人。叢雲が小破といった被害状況だ。それは横島艦隊と猿神艦隊の練度差から考えればあり得ないことである。

 確かに攻撃が当たらないこともある。防がれることもある。だが、グラーフという艦娘はそういった領域を既に超越している艦娘である。()()()()()()。それが彼女という艦娘だ。そしてそんな彼女でも落とせなかったのは、扶桑がその力を使っているからだ。

 

「扶桑さん、まだいける!?」

「ええ、もちろんよ。私達は負けない。提督に勝利を捧げるのよ」

 

 力を使う、と言っても、何も扶桑は特別なことをしているわけではない。自らの霊力を言葉に込め、想いを乗せて放っているのだ。

 横島から教わった、基本中の基本。霊力とは魂の力。言霊とは言葉に魂を乗せる術。扶桑の想い、その強さは長門達を以ってしても侮れないものがある。そしてその力の源について、皆には心当たりがあった。というか一目瞭然であった。

 

「やはり男か」

「いわゆるリア充ってやつね。ヘル・ヨコシマへの愛のこもった視線といい、これ以上のいちゃつきはこの私がゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

「姉様、すっごいパワフル……」

 

 どうやらビスマルクは黒い太陽なライダーがお好きらしい。ゆるさん、と言っても今すぐにどうこうするわけではなく、彼女達の目的は横島鎮守府の艦娘が自分達と共に戦うだけの力があるかどうかを確かめること。戦いを終わらせるにはまだ早すぎる。

 扶桑の強力無比たる霊能が判明し、他の艦娘達の力も確かめようと更なる砲撃を開始しようとしたその時、不思議なことが起こった。

 

「――――っ! 雷撃!? でもプリンツさんは何も……!?」

 

 突如として現れた海中からの黒い影。それは一直線に扶桑めがけて海中を疾走する。それに驚いたのは扶桑達横島艦隊だけではなく、長門達も自分達の物ではない魚雷の出現に驚いていた。

 

「くっ、させない……!!」

 

 面食らいながらも機銃の掃射を以って魚雷を破壊しようとする叢雲だが、ここで謎の魚雷は急加速。それは艦娘が使用する魚雷ではあり得ないような速度を出した。54ノット(およそ時速100キロメートル)で駆ける魚雷……それは更に速度を増し遂には86ノット(およそ時速160キロメートル)を叩き出す。たったの数秒でその速度に達した魚雷は、やがて海中から飛び出し、その全身を現した――――!!

 

「!!」

「!!」

「!!」

 

 ――――それは、魚雷ではなかった。黒と銀の体色をした流麗なボディ。全長261センチメートル、胴回り212センチメートル、体重にして442キログラムという、日本人が大好きな海の暴走特急――――!!

 

「――――マグロ?」

 

 スズキ目・サバ科・マグロ属――――“マグロ”のエントリーだ――――!!

 

「ご期待くださぇふう゛っ!!?」

「扶桑さーーーーーーんっ!!?」

 

 飛び上がったマグロは何故か扶桑の腹にスーパー頭突きを食らわせて派手に吹き飛ばした!! お決まりの台詞を言う前に鳩尾を貫かれた扶桑はきりもみ回転して何故か上空に飛び上がり、何故か砲塔が引火して爆発!! 完全に大破し、海へとぽちゃんと落ち、俯きにぷかーっと浮かび上がった……!! マグロはそんな扶桑を顧みもせず悠々と海を行き、既にその姿をくらませている。恐ろしく鮮やかな不意打ちであった。

 

「……」

「……」

 

 あまりに不思議な現象に互いの艦隊が動きを止める。数秒後、どこか納得した様子で長門が考えられる原因を口にした。

 

「……なるほど。世界に干渉する代償がこれか。思えば先の演習でも扶桑は何故か一発で大破していたしな」

 

 それは、言わば世界の修正力。()()()()()のようなものだ。現実を歪め過ぎれば、大きなしっぺ返しを食らう。例えばバナナの皮を踏んで滑って転んだり、頭に一斗缶が降ってきたり。今回のマグロのスーパー頭突きもそれと同様だ。青い空に紫色の肌をした魔神が爽やかな笑みを浮かべているぞ。

 

『……えっと、とりあえず演習を再開しようか』

 

 横島の困ったような声が、皆の耳に届く。困って当然だろう。誰がこんなことを予想出来るか。横島も原因には察しがついたので、演習が終わって扶桑が帰ってきたらしっかりと慰撫しなければと心に決める。こんな形での大破など悲しくて仕方がない。

 その後、ややあったが無事に演習は再開された。

 

 

 

 

 

 

「――――ぐうぅっ!?」

 

 叢雲、中破。扶桑の大破を皮切りに、横島艦隊はじりじりと追い詰められていく。猿神艦隊の攻撃は普通の艦隊戦では考えられないほどに微々たるものなのであるが、その全てが的確に横島艦隊を削っていく。じわじわと真綿で首を締められるような、そんな感覚を叢雲達は味わっていた。徐々に心を侵していく焦燥と無力感、そしてそれに負けない()()()。その原因たるとある艦娘は、悠然と佇みながら横島艦隊を観察している。

 

「く……っそがぁ!」

 

 苛立たし気に悪態をつく天龍がウォースパイトめがけて砲撃を放つが、彼女は強烈な霊力を込められたそれを素手で受け流す。コロの原理を利用した技術、化勁だ。余裕をもって受け流されたように見えた天龍は更にボルテージを上げていくが、ウォースパイトは自らの腕を痺れさせる砲撃の威力に驚いていた。

 

「あのレベル帯でこのパワー……。やはり侮れませんね、二色持ちは」

「ああ。だが、それだけではない。フソウの力も無しによく耐えるものだ……旗艦のムラクモ、中々良い指揮能力を持っている」

 

 ネルソンがウォースパイトの呟きに応え、己の見解も述べる。気丈に皆を引っ張り、たとえ自分が被弾してもすぐさま意識を切り替えて指示を飛ばす叢雲の姿に、心の琴線に触れるものがあった。

 

「……けど、ただ防戦一方なだけなのは減点ね。攻勢に転じる気はないのかしら?」

 

 ネルソン達が横島艦隊に高評価を付ける一方、ビスマルクは中々効果的な攻撃をしてこない横島艦隊に不満を持っていた。一進一退のひりつくような戦いを好む彼女にとって、ただ一方的な蹂躙は好ましくない。特に相手を試すという上から目線の勝負など、その最たるものだ。ではなぜ今回の演習に参加したのかというと、単純に男を紹介してほしかったり、「プリンツも行くの? じゃあ私も!」という何とも残念な行動原理から来るものであった。

 

「そう言うなビスマルク。彼女達は我等の攻撃に未だ耐えている。それは既に強者の証明のようなものだぞ?」

「……それは、そうだろうけど」

 

 納得していません、とばかりに口を尖らせるビスマルクに長門は苦笑を浮かべる。

 そうして二人が固まっているところに、砲弾が撃ち込まれた。当然二人ともそれを真正面から受けはしない。否、普通なら受けはしないところなのであるが、長門はともかくビスマルクはそれを拳で以って受け止めた。

 

「……おいおい」

 

 はあ、と長門は溜め息を吐く。先の砲撃を行ったのは金剛。霊力だけなら横島鎮守府最強の艦娘の砲撃だ。当然その砲撃に込められた霊力も相当に強力なものなのであるが――――ビスマルクの指に、赤い雫が滴る。小破にも至らない、ほんのわずかな傷。それが、金剛の砲撃がもたらした結果であった。

 ビスマルクは指の血を舐め、にやりと笑う。

 

「……爪割れた。いたい」

「わざわざ迎撃するからだ馬鹿者」

「いっっっ~~~~~~!?」

 

 長門のげんこつが涙目のビスマルクを襲う。明らかに先程の砲撃よりも痛がっているその姿に、横島艦隊の皆のこめかみに井桁が浮かぶ。そしてその怒りの対象は対象はビスマルクではなく、長門の方で。

 

「あんの野郎……!! さっきから余裕ぶっこきやがってぇ……!!」

 

 今演習中、長門は一切の攻撃を行っていない。それどころか、長門は()()()()()()()()()()()()

 艤装待機状態――――それが今の長門の状態だ。これは長期間の遠征などで艦娘の身体に負担が掛からないように、機関部など最低限の艤装のみを展開する機能であり、主砲や機銃などは謎の空間に格納されているのだ。

 

「長門めぇ……!! 絶対に中破状態にして艤装ひん剥いて「くっ……殺せ!」って言わせてやらぁ!!」

「ついでに明石に頼んで感度を3000倍にしてやりマース!!」

『出来るのか……!?』

『出来ませんよそんなこと!?』

 

 頭に来すぎて訳の分からないことを言い出す天龍と金剛。彼女達の怒りは正当なものだ。長門とて勝負の際にあからさまに手を抜いている者がいれば、それに怒りが湧いてくる。しかし、長門は()()()()()により艤装を完全展開することが出来ず、また今の状態の方が艤装完全展開時よりも強いという艦娘として本末転倒な事態に陥っているのだ。天龍達がそれを知るのは演習が終わってからの親睦会まで待つことになる。

 

「こうなったら、絶対にあいつらのド肝抜いてやるわよ!! いいわね!?」

「おぉー!!」

 

 叢雲の発破に皆が応える。図らずとも士気が向上した横島艦隊はぎらついた眼で猿神艦隊を睨みつける。そして扶桑は左半身を沈めた状態で海に浮いており、右目を大きく開いた状態で皆に「がんばれ……がんばれ……」と声援を送っている。髪の毛の何筋かが口に掛かっており、その姿はどこからどう見てもホラー以外の何物でもない。どうせなら猿神艦隊の方を見てくれれば相手に精神的なダメージを与えられるのかもしれないのだが、見た目はともかく気持ちは嬉しいので誰も何も言えないでいた。

 

「ん? 何か向こうの()る気が急上昇してるわね? いいじゃない! 一方的なのは趣味じゃないのよね!」

「ちょ、ちょっと怖いです」

 

 掌に拳を打ち付け、ビスマルクは嬉しそうに笑う。傍に控えていたプリンツは叢雲達の気迫に圧されているのか、やや腰が引けている。グラーフは昂っていくビスマルクの様子に嘆息し、自分は張り切りすぎると失敗が多くなってしまう友人をフォローすることに決め、横島艦隊の動向を注意深く観察する。

 

「うぉらーーーーーー!!」

「Fire!!」

 

 遂に始まる横島鎮守府の猛攻撃。金剛と天龍の砲撃が唸り、那珂と叢雲の魚雷が走る。狙いの中心となったのは長門だ。長門は迫りくる砲撃を全て躱していく。ビスマルクのように拳で防いだりはせず、舞いを思わせるような流麗な動きはそれだけで長門が立つ頂の高さをありありと想像させた。

 

「行って……!!」

「那珂ちゃん・ファースト・ラインー!!」

 

 加賀が放った艦載機達が弧を描きながら長門に迫り、那珂の砲撃がネルソン達への牽制として放たれる。ちなみに先の那珂の技名は“那珂ちゃん、最前線で頑張ってるよ”というアピールであったり、“今のが今回の那珂ちゃんの初台詞だよ”という悲しみが込められていたりする。

 返しに放たれる砲撃を横島艦隊は海面を転げるようにして躱し、泥臭くも必死に食らいついていく。その何が何でも絶対に目に物を見せてやるという溢れんばかりの気概(さつい)は、ビスマルクの口角をどんどんと上げていく。戦力差は如何ともし難いが、それでも立ち向かってくる姿はビスマルクの眼に眩しく映る。

 

「これでこそ演習ってものよね!」

「先程みたいにはするなよ!」

 

 テンションがぐんぐん上がっていくビスマルクに長門は一応釘を刺しておく。些細な傷も積み重なれば負担も大きくなる。“敵の攻撃をわざと避けずに全て受け止めて大破しました”など、おバカさんのすることだ。

 先のげんこつが利いたのか、ちゃんと攻撃を躱すビスマルクに安堵の息を漏らす長門。こちらも激しい攻撃にさらされているが、まだまだ相手は未熟。当たりはしないし、仮に避け切れなくても受け流すほどの技量も有している。どうやってこの長門(わたし)に攻撃を当てるのか? それを楽しみに思っていた長門だが、その期待は裏切られることとなった。――――予想していなかった、良い方向へ。

 

「今!!」

 

 叢雲の掛け声に全員が一斉に砲撃を行う。それは長門からは大きく外れた位置へと向かっていく。その射線、行きつく先には()()()()()()()()()()()()()()()()――――!!

 

「ふぇっ!?」

 

 プリンツも予想だにしていなかったのか、迫りくる砲火を前に気の抜けた声を出してしまう。全てはこのための布石だったのだ。長門へ向けた敵意(さつい)、長門への激しい攻撃、それらは本当の狙いを隠すための演出である。……いや、敵意(さつい)は本物であるが、そこはそれ。横島艦隊の目的は演習に“勝つ”ことではない。叢雲が言った通りに“ド肝を抜く”ことなのだ。

 猿神艦隊は全員が練度最高値。そして霊力量も高く、マリアや比叡を六人相手にするような戦力であるという。もし、それが一人でも中破したら? それはとても気分が良いことなのでは?

 

『ねえねえ、一番強い艦隊が一番弱い艦隊に中破者を出したってどんな気持ち? ねえねえ今どんな気持ち?』

 

 ――――そんな風に煽ることが出来たら、それは最高なのでは?

 

 彼我の戦力差を鑑みれば、勝つことなど不可能。ならば、せめて相手のプライドに傷を付ける。それが演習を前に艦隊の皆で話し合った末の結論であった。

 彼女達の内心のアレさ加減はともかく、作戦自体は地味ながらも効果的であり意表を突くことが出来た。天龍、金剛、加賀という二色持ち三人を含めた一斉攻撃ならば、通用するかもしれない。

 

 ――――ただ一つ、誤算があるとすれば。

 

「ふっ……」

 

 瞬時に練り上げた気……霊力を身体と共に沈め――沈墜勁――海面に震脚。プリンツを中心とした円状に海面が()()()、海が爆ぜた。巻き上げられた海水はプリンツの霊力を含んでおり、迫る凶弾はその水によって全ての威力を打ち消されてしまう。

 

「な……あ……っ」

 

 決まったと思っていた攻撃。しかし、それは圧倒的な力でねじ伏せられる。最強の艦隊とはこういうこと。そう、横島艦隊の誤算とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……今のは危なかったな」

「ふえぇ……間に合ってよかったぁ……」

 

 だが、その最強の艦隊に危機感を与えたのもまた事実。咄嗟の機転により海水を巻き上げていなければ、プリンツは間違いなく中破していただろう。決して的外れな作戦ではなかったのである。

 

「……素晴らしい。久々に肝を冷やしたよ」

「そうね。……ここまで来たら、もういいんじゃないかしら?」

 

 グラーフの言葉にビスマルクが肯定を返す。視線をネルソンやウォースパイトに向ければ、彼女達も大きく頷いている。当のプリンツも未だ鼓動冷めやらぬ胸を押さえてこくこくと何度も頷いた。

 

「……では、決まりだな。横島殿が率いる艦隊ならば、奴とも戦える」

 

 長門の言葉に、皆が頷いた。

 

「それじゃ、今度はこちらがあっちの肝を冷やしてあげましょうか」

「ん?」

 

 ビスマルクが得意げな顔で、旋回移動している横島艦隊を見ながらそう言った。視線は未だ諦めない叢雲達を向いているが、言葉自体は長門に向けられたものである。

 

「先達として――――()()()()()()()()()()()()()()

「……そうだな。それも私の役目だった」

 

 その言葉を受け、長門は霊力を練り上げる。決着を付けろ……言外に込められた意図も飲みこみ、長門は横島艦隊を見据える。そして――――長門はその霊力を解放した。吹き荒れるのは紫と橙の霊気。

 

「あいつ……俺達と同じ!!」

「――――二色持ち!?」

 

 天龍達の驚愕の声におかしそうに笑みを浮かべ、長門は一歩を踏み出す。

 

「では――――いくぞ」

 

 瞬間、長門の姿はかき消えた。

 

「なっ!!?」

 

 長門の姿が消え、次の瞬間には別の場所に現れる。目にも止まらぬ――――映らぬ超スピード。まるで瞬間移動の様に迫る長門の姿を見た吹雪が、驚愕の声を上げる。

 

『この速さ……タ級と戦った司令官と同じ……!?』

『え?』

『え?』

『え?』

 

 吹雪の声に付随するように何人かの素っ頓狂な声が聞こえてくるが、現場にそれを気にする余裕はない。叢雲は攻撃速度と取り回しを優先し、主砲ではなく機銃での迎撃を指示する。天龍、那珂、叢雲しか攻撃は出来ないが、それでも一応の弾幕は形成されている。そして、長門は何を思ったのか、またにやりと笑う。

 

「んなぁっ!?」

「あーっ!? 私にはするなって言ってたのにー!」

 

 長門は迫りくる弾幕を、その両手で全て捌き切る。腕がぶれるほどの超スピードでの防御に、天龍は驚愕に叫び、ビスマルクは長門のダブルスタンダードな行いに不満を叫ぶ。

 

「くそっ、提督と同じこと出来んのかよ!?」

『え?』

『え?』

『え?』

 

 着任初日、天龍は横島に機銃をぶっ放し、その全てを捌かれた。当時の記憶が蘇り、ギリリと歯を軋ませる。

 

「そーゆーお揃いっぽいことは俺がしたかったんだよぉっ!!」

「それはすまなかった」

 

 遂に間合いに入ってきた長門に、天龍は嫉妬の霊力を込めた刀を振り下ろす。その逆恨みの言葉に苦笑を浮かべた長門はその一撃を右手の五指で挟み止め、込められた霊力と衝撃とを自らの身体を通し、海へと完全に逃がす。

 

「……は?」

 

 今の天龍には何が起こったのかまるで理解出来ないだろう。何の衝撃も反動も感触もなく受け止められたという、未知の感覚。長門の背後の海が大きく噴きあがっているのが見えるが、それもまるで理解が追い付かない。そんな呆けたままの天龍に、長門は内側から打ち上げるように肘打ちを放つ。

 

「ぐぅお……っ!?」

 

 内へと響くような、強烈な打撃。浸透した威力は体内よりも、艤装の方に破壊を齎した。――――天龍、中破。

 

「この……っ」

 

 次に間合いに入られたのは叢雲。彼女は苦し紛れに槍を振るうが、長門はその腕を掴み、その下を潜り抜けて全身のバネを活かし、靠撃で吹き飛ばす。

 

「……っ!?」

 

 既に中破していた叢雲は耐えきれるはずもなく、遂に艤装が限界を迎える。――――叢雲、大破。

 

「顔はやめてー!!」

「承知した」

 

 気の抜けるような言葉とは裏腹に傷つくことも恐れずに攻撃を仕掛ける那珂。彼女が放った拳は避けられ、ならばと後ろ回し蹴りを放つが、軸足を刈られ身体が半回転。そして腹に長門の両拳底が突き刺さり、那珂は海面へ叩きつけられた。

 

「……だからって鳩尾もひどいと思うの」

 

 艤装と共に意識も砕かれ、那珂はここで戦闘不能となった。――――那珂、大破。

 

「く……っ!!」

 

 矢を射ろうとする加賀に、瞬時に肉薄――活歩――。弓を持った手を両手で掴んで回転、下から掬い上げるようにして投げ飛ばし、海面に落とす。――――加賀、中破。

 

「……ちょっとあなた強すぎまセン……?」

「ふふ、まあな」

 

 油断なく身構える金剛の前に、長門は不敵な笑みを浮かべる。果たして偶然か、金剛の両隣には天龍と加賀の姿があった。二人とも中破し、力の差をまざまざと見せつけられても未だ戦意は衰えず長門を睨みつける。その三人の姿に、長門は眼を細めた。

 

「お前達には特別な力がある。この私……パピリオ殿の艦隊の比叡、そしてカオス殿の艦隊の榛名と同じ力が」

「榛名も……?」

 

 今回の演習において榛名は出撃することはなかったが、彼女も二色持ちの艦娘だったのである。

 長門は改めて二色の霊力を身に纏う。対抗するように天龍、金剛、加賀も同様に。三人の放つ霊力は長門と遜色のないものであり、特に金剛に至っては長門すらも超えてしまっている。この三人が協力すれば一矢報いることも可能――――などと考える者は、もはやこの場には存在していない。

 

「そう、その力。()()()()()()()()()()()()()()()()

「あん? オメー何を……」

 

 ぎゅっと拳を握りしめ、何事かを呟く長門に、天龍は疑問を浮かべる。しかし、その言葉は届いてはいなかったのか、長門は気にすることなく天龍達に話を続ける。

 

「お前達はその力を使いこなせてはいない。我が身に宿る二つの霊力。ただ身に纏うだけが使い道ではない。……金剛は、その先の領域に手が届いているようだが」

「……まさか」

 

 長門の両手に霊気が集束する。片手に紫、片手に橙の霊気。

 

「その通り。二つの力を一つに束ね、一個の最強の力とする――――いずれお前達が至る領域を見せてやろう」

 

 長門は胸の前で両手を――――二つの力を重ね合わせる。暴風の如き霊波が吹き荒れ、天まで届く光の柱が出現する。瞬間、風は消え去り、開けた視界の先には黄金の霊気を纏った長門が存在した。

 

「……っ!!?」

 

 自分の霊感がおかしくなったのではないのかと錯覚するほどの霊力。もはや自らと比べるのも馬鹿らしく思えるほどの圧倒的な差。いずれ自分達が至る領域、と長門は言っていたが、そんなイメージは到底湧いてこない。あまりの圧力に膝が震える。何もおかしくないのに何故か笑いが込み上げてくる。

 ――――この領域に至る? 本当に?

 心からの疑問は疑問のままに、信じられぬまま――――彼女達の心に火を点けた。

 

「……ふっ」

 

 目の前のお手本を参考に眼前の三人の霊力が洗練され、一点に凝縮していく。天龍も加賀もそれだけではあるが、金剛はそれを更に超える。金と深緑の霊波が混ざり、やがて桃色と化す。金剛が霊的筋肉痛になった原因でもあるこの状態。長くは保たない。一瞬でケリを付ける。

 

「行くぞオラァッ!!」

 

 天龍の咆哮と共に、三人が駆ける。長門は静かに息を吸い込み、そして――――。

 

「――――私達の勝ちだ」

 

 天龍は顎を打ち上げられ、加賀は右の順突きで体勢を崩され、右掌打で打ち据えられ、金剛に至っては右の突き、叢雲も受けた体勢を入れ替えての靠撃、そして双掌打を受けて吹き飛ばされた。海面に浮かぶ彼女達は立つことすらままならない。ここに決着は付いたのだった。天龍、金剛、加賀――――大破。

 三人の誰も長門に傷を付けることが出来ず、言い訳のしようもない完全なる敗北。天龍はここまで力の差を見せつけられると清々しい気持ちになり、笑みが浮かんだ。いつかそこに辿り着く……そんな思いを胸に抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。思った通り筋がいいの、小僧の艦娘達は」

 

 スクリーンを通して戦いを見ていた斉天大聖は茶を啜りながら、そう感想を述べた。周囲は完全に静まり切っており、誰も何も言葉を発することが出来ない。横島は斉天大聖に倣い、ジュースを一啜り。深く深く息を吐いて、一言。

 

「強すぎじゃね?」

「強いなんてものじゃないですよー!?」

「動きが全然見えなかったんだけど!?」

「……でもちょっと待って。さっき確か吹雪と天龍さんが司令官がどうとか……!?」

 

 横島の呟きが切っ掛けとなったのか、そこかしこから悲鳴にも似た声が上がる。

 

「うーむ、強いとは聞いていたがこれほどとはな……」

「かっこいい動きでちたねー! あれがチューゴクケンポ―ってやつでちゅか!」

「え、アンタ妙神山で修行してるはずだろう? 見たことなかったのかい?」

「だってお猿のおじーちゃんはゲームばっかりでちゅし」

「確かに老師は普段引きこもってゲーム三昧だしねー」

 

 しかしそんな中でも神魔族達はそれほど驚いた様子を見せなかった。まるでアクション映画を見終わった後のような空気である。斉天大聖のデタラメぶりを知っているからこその平静さなのだろう。

 横島はそんな神魔の皆さんを横目に溜め息を吐き、改めてスクリーンの長門を見やる。彼女が使う技には覚えがあったのだ。

 

「……裡門頂肘、鷂子穿林、旋風双撞、天仰落墜……」

「え……?」

 

 周囲の眼が横島に集まる。横島は今、確信を以って長門が繰り出した数々の技の名を挙げているのだ。

 

「煬炮、猛虎硬爬山……そして、崩撃雲身双虎掌――――間違いない」

「な、何がですか、司令官……?」

 

 誰知らず、ごくりと喉が鳴る。たっぷりとタメを作り、そして高らかに宣言する。

 

「あの長門は――――往年の格闘ゲーム、バーチャファイターの主人公“結城晶”の大ファンッッッ!!

「どうしてそうなるんですか!?」

 

 横島のおバカな発言に吹雪はつっこみ、他の艦娘はずっこけた。

 

『十年早いんだよ!!』

「おぉー! 往年の名台詞ー!」

「本当にファンだった!?」

 

 横島の声が聞こえた長門はサービス精神で名台詞を叫び、横島に喜ばれた。吹雪は長門の立ち居振る舞いとのギャップから少しショックを受け、長門は思ったよりも喜ばれたので照れたように頭を掻く。

 

「……っ」

「堂々とやっておいて照れるな」

 

 長門の頭にネルソンのツッコミチョップが入る。

 こうしてぐだぐだながらも朗らかな空気の中――――横島艦隊の演習は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

第四十二話

『二色の真価』

~了~




お疲れ様でした。

猿神艦隊の皆さんの実力はあんな感じでした。

グラーフ:艦載機を放つ。(本来なら)相手は死ぬ。
ネルソン:周囲に拡散した霊波を吸収することにより、相手の霊能を暴く。
ウォースパイト:天龍の全力砲撃を素手で受け流す。
ビスマルク:金剛の全力砲撃を素手で迎撃し、爪がちょっと割れる。
プリンツ:横島艦隊の一斉砲撃を完全に防ぎきる。実は今艦隊No2の実力者。
長門:意☆味☆不☆明。

長門はあれです。スパロボで例えるなら最終話でのみ味方になるチート機体みたいな感じですね。
ネオグランゾンとかガンエデンとか天元突破グレンラガンとかリベル・レギスとか。

後半かなり駆け足気味で描写不足なので加筆するかも……?(予定は未定)

それでは皆様また次回。

アンケートにもご協力くださいね(しつこい)

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