個人的にショックな出来事が立て続けに起こりましたが、私は(肉体的には)元気です……。
そんなこんなで今回はアンケートでトップだった川内の話です。
エロ系ということでそういう描写にちょっと力を入れてみましたが……なんというかまあ、そちらの期待はあんまり……(ガクブル)
川内は好きなキャラでもあり、憂鬱な気分を吹っ飛ばせとばかりに打ち込んでたら二万五千字を突破しました。なのでかなり削りました。
何をやって……いや本当に何をやってるんだ私は……。
それではまたあとがきで。
「川内――――今日から一週間、夜戦禁止な」
「なじぇーーーーーー!!?」
横島からの非情な命令に、川内は涙を流して抗議する。
「何で……!! どうしてそんな酷いこと言うの!?」
「あー、それはだな……」
「夜戦禁止なんてあんまりだよ!! 私達艦娘――――特に駆逐と軽巡は夜戦で真価を発揮するんだよ!? それなのに夜戦禁止なんて一番の武器を取り上げるようなもんじゃんか!!」
「いや、だから……」
「ふーんだ!! そんな命令は聞けまっせーん!! 夜戦禁止だなんて、それなら死んだ方がマシだもんっ!!」
横島に理由の説明をさせず、頬を膨らませ、唇を突き出してそっぽを向いて反発する川内はまるで子供のようであり、横島の背後で推移を見守っていた霞と大淀は呆れたように首を振る。同じく吹雪もそんな川内を見て気の毒そうに目を伏せる。隣にいる人物からのプレッシャーが強まったことによる圧が、精神をガリガリと削っていく。
「……ふぅ――――そうか」
重い……本当に重い溜め息を吐く。横島は痛ましそうに川内を見、そしてそれを口にした。
「――――電先生、お願いします」
「了解なのです、司令官さん」
「………………え?」
横島の言葉に応じ、吹雪の横で佇んでいた電がゆっくりと歩み出る。その手に握られた錨には満身の力が込められており、今にもその力を解放せんとギチギチと音を立てている。
「一重振っては暁ちゃんの為……二重振っては司令官さんの為……三重振っては部隊の姉妹の――――」
ぶつぶつと何事かを呟きながら
「あの……これは一体……?」
冷汗をだらだらと流し、ガタガタと身体を震わせながら川内が問う。
「死んだ方がマシ……そう言ったな、川内」
「いや……あれは常套句っていうか……冗談っていうか……」
物凄く憐れみのこもった目で見てくる横島に、もう川内は泣きそうである。既に隣には電が立っており、錨を振りかぶっている。
「打撃は一瞬――――眼を閉じて、四肢の力を抜くのです。そうすれば痛みも恐怖も全く感じずに済むのです」
「何でもするので許してください」
川内はジャンピング土下座で許しを請うた。
さて、何故こんなことになってしまったのかと言えば、そもそもの原因は川内の夜間訓練にある。
川内が特訓を始めて五日、この訓練の影響により、とある艦娘が神経症……いわゆる自律神経失調症になってしまったのだ。そう、電の頼れるお姉ちゃん、暁である。
どうやら暁は色々と“敏感”なタイプであるらしく、川内が訓練で放つ攻撃的な霊波を感じ取ってしまい、神経が過敏になってしまう。勿論平時であればなんてことはない質の霊波なのであるが、就寝時などリラックスした状態で感知するには重いものであり、そのせいかしっかりとした睡眠が取れず、日々の訓練や出撃で成果を出せなくなった。
暁自身は睡眠時間が早いために理由が分からず、謎の不調に悩む日々を過ごすこととなる。そして、ようやく判明したのが川内の夜間訓練による影響であった。
「そ、そんなことが……」
「ああ。駆逐では他に初雪と望月、それから若葉も似たような症状が出てる」
「……私が言えることじゃないけど、若葉はともかく他の二人は怪しくない?」
自分の夜間訓練が齎した結果に愕然とする川内であったが、他の体調不良者にちょっと怪しい者達がいたため、念のため疑問を呈しておく。横島もその意見には理解を示すように何度も頷くが、どうやら今回は事情が違うらしい。
「気持ちはよく分かるが……どうやら本当に調子が良くないみたいでな。珍しくかなり落ち込んでたぜ。サボるのはいいけど体調不良で休むのは罪悪感が出てくる難儀なタイプのよーだ」
「珍しいタイプだね……でもちょっと分かる気がする」
何だかんだ言いつつ、初雪も望月も与えられた仕事はちゃんとこなす。普段だらけがちなのは、あるいは艦娘として生を享ける前に働き過ぎていたからかもしれない。
ちなみに若葉は「この感覚……悪くない」と、まるで特殊な性癖でも持っているかのような笑顔を浮かべていたが、別にそういった性癖を持っているという事実は存在しない。存在しないのだ。
「……みんなに謝りに行かないと」
流石に今回自分が引き起こしてしまった事態にショックを受けたのか、しょんぼりと肩を落とし、迷惑を掛けた鎮守府の皆に謝罪に赴くべく執務室のドアへと歩く川内。しかし、そんな川内をやんわりと電が止めた。
「では、川内さん――――首を出せい!! なのです」
「勘弁してください」
右手に輝く怒りの錨。自分の姉妹艦が被害に遭ったせいか、この日の電はちょっとしつこかった。
「ま、そんなわけで一週間の夜戦禁止が今回の罰ってわけだ。今日は土曜日で……今日を含めて来週の土曜まで毎日出撃してもらうが、その間夜戦は一切無しだ」
「ううう……了解しました……」
「別に泣くほどでもないのでは……?」
「えっと、川内さんはほら……夜戦が大好きですから。夜戦の鬼っていうか……」
「バカでいいわよ夜戦バカで」
毎日出撃できるのは嬉しいが、夜戦は無しというペナルティのせいでその出撃は地獄に変わる。想像するのも憚られる苦痛に、川内は思わず嗚咽を漏らした。
呆れたように息を吐く大淀と、何とか川内をフォローしようとするが結局出来なかった吹雪に、吹雪の言葉を一瞬で切って落とす霞。秘書艦三人娘は今日も仲良しです。
「ま、これに懲りたら無理な訓練はしないようにな。……この“夜戦禁止週間”が明けたら良い目を見させてやっから」
「……どういうこと?」
「禁止週間明けの日曜は希望者を募って丸一日夜戦に付き合ってやるよ」
「 ! 」
丸まっていた川内の背筋がピンと伸びる。何故か川内の頭上に赤いエクスクラメーションマークが見えたような気がしたが、あくまでも気のせいである。
「まあ、そうは言っても出撃するのは普通の海域なんだが、明石にちょっとした開発をしてもらっててな」
「開発……?」
「ああ。要はサングラスとかゴーグルみたいなもんでな。採光だか何だかを自動で調節して、視界を完全に夜に錯覚させるとか何とか」
「おお……!!」
「でも実際に夜になってるわけじゃないから夜戦時の能力は発揮できないけどな」
丸一日夜戦という鼻先の人参に釣られ、川内は一気に普段の調子に戻る。流石に全ての戦闘が本当の夜戦というわけにはいかないようだが、それでも自分の為に道具の開発をしてくれているという事実がただただ嬉しかった。
「とりあえず午前はみんなに謝って、昼から出撃だ。2―3を回って練度上げとドロップ狙い。……分かったな?」
「りょーかい!」
横島の確認に川内は見事な敬礼を返す。
「それじゃあ電……! 誠心誠意心を込めて謝罪をいたしますので、どうかお怒りを鎮めていただきたく……」
「ちゃんと暁ちゃんに謝ってくれるのなら、私からは何も言うことはないのです」
キリっとした表情で一瞬のうちにへにゃりと情けない顔になる川内さん。こう見えて彼女の罪悪感は本物だ。電も川内が心から反省しているのを理解しているのでこれ以上咎めはしない。
こうして、川内の夜戦禁止週間は始まったのだ。
――――初日。
出撃するのは前述の通り2―3、東部オリョール海だ。パピリオやカオスからの情報によると、オリョールを潜水艦で周回し、遠征と絡めて任務を消化すれば資材がどんどんと溜まっていくらしい。現在、横島鎮守府に潜水艦娘がいないのでどうしようもないのだが、夢を見ることは許されるだろう。
「よっし、あともうちょっと……!!」
川内を旗艦とした艦隊は敵艦隊と交戦中。この南西諸島海域では当たり前のように霊力持ちの深海棲艦……eliteが出現する。その強さはピンキリだが、それでも全てが強敵であるということに違いはない。一戦一戦が油断の出来ない戦いだ。
既に大破判定がなされた艦娘もいる。海域の攻略とまではいかなかったが、それでもこれは最後の一戦。全てを出し切るに相応しい。川内は雷撃をし、これから始まる数分間の激闘を思い、霊力を漲らせる。
「さあ、夜戦の時か――――」
「はぁい、そこまでだよぉ」
「――――んぎゅぅっ!?」
夜戦の時間だ、と敵に突っ込もうとした川内の後襟を掴み、むりやり制止する龍田。思い切り首が締まったせいか、女の子が出すには少々恥ずかしいうめき声を出してしまい、川内は顔を赤くして龍田に抗議する。
「何すんのさ龍田!?」
「ダメだよぉ、川内ちゃん。今夜戦の時間だーって突っ込もうとしたでしょう? 夜戦は禁止だよぉ?」
「う……っ。忘れてた……」
龍田の指摘に頭に上っていた血が一気に下り、冷静さを取り戻す。やはり戦闘になると気が逸ってしまうようだ。それでなくとも川内は夜戦が大好きな艦娘である。癖になっているのだろう、夜戦で敵を倒すのを。
「戦闘もこっちの勝ちで終わったし、鎮守府に帰ろうねぇ」
「……はぁい」
「お疲れさーん」
敵艦は二人ほど残ってしまったが、戦闘自体は自軍の勝ちで終了。龍田と共に出撃していた天龍がすごすごと帰っていく深海棲艦に手を振る。彼女達はその意味をよく分かっていなさそうではあったが、やがて天龍を真似て手を振り返した。
「……やべえ、沈めにくくなった」
「何やってるのさ、天龍」
皐月のツッコミももっともである。
こうして夜戦禁止週間一発目の出撃は終わった。川内は思う。想像していたよりも心に掛かるストレスが多い。これで一週間持つのか、と。
ちなみにこの日の建造で重巡の那智と足柄が着任した。手を取り合って喜ぶ横島と吹雪の姿を見た二人の目は中々に生暖かったという。
「ふふ。リア充ぶっ殺したいわね」
「落ち着け」
――――二日目。
今日も今日とて出撃である。当然夜戦は禁止であり、川内は何度も出撃しなくてはならない。夜戦が一切出来ないせいか川内は明らかに苛立っており、毎回の出撃に川内を力尽くで抑え込める艦娘が同行することになる。
しかし川内もそこはプロ。仲間に当たることはせずに、鬱憤を敵にぶつけていく。
「私の八つ当たりの的になれぇ!!」
「hmm……荒れてるネー、川内」
感情が高ぶっていたせいか動きは精彩を欠き、小破と中破を繰り返すことになる。
夜戦禁止週間、夜戦こそ出来ないが横島の指示で他の仕事はしなくて良かったり、ご飯が皆よりちょっと豪華になっていたりで実は羨む艦娘も多かったりする。
この日の建造では遂に潜水艦娘が着任した。伊168……通称イムヤである。セーラー服の上だけとスクール水着、更には学生鞄にも見える艤装という独特な格好の艦娘であるが、やや勝気な性格とスレンダーなスタイルですらっと長い脚が気に入った横島は相好を崩す。……叢雲から両頬をつねられてしまったが、それは些細なことである。
――――三日目。
「………………」
遂に川内は何も喋らなくなった。淡々と出撃を繰り返し、敵を沈めていくその姿はどこか危うさを感じさせる。
「……ん?」
「………………」
何かに気付いた叢雲が川内の口許に耳を近付けると……。
「夜戦したい夜戦したい夜戦したい夜戦したい夜戦したい夜戦したい夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦何で夜戦出来ないの何で夜戦しないの何で夜戦出来ないの何で夜戦しないの何で夜戦何で夜戦何で夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦夜戦……」
「ヒエッ」
どこかどころか完全に危なかった。
――――四日目。
早朝、仕事が始まる数分前の時間。横島の執務室に遠くから地響きのような音が響いてくる。しかもその音はどんどんと執務室に近づいてくる。
前日に叢雲から報告を聞いていた横島達は既に確信を得ていた。そしてそれが外れることはなく、執務室のドアをあらん限りの力で開け放たれた。
そこに佇む一人の艦娘。言わずもがな、川内である。怒りなのか、川内の身体は震えている。今に大爆発する。皆がそう予感した瞬間、川内が動いた。
「て゛い゛と゛く゛ぅ゛ーーーーーー!!!」
両目から涙を放出し、ジェット噴射で横島に飛び掛かる……というよりは、泣きついてきたのだ。
「うおおおおっ!? ちょっ、おち、落ち着け川内!?」
「でいどぐーっ! もう許じでよぉー! 頭がおがじぐなりぞうなのぉぉぉーーーーーー!!」
川内が怒り狂うのだろうと予想していた。だが本気で号泣して懇願してくるのは予想だにしていなかった。恥も外聞もなく涙と鼻水をまき散らし、土下座せんばかりの勢いで横島に縋りつくその様から、そうとうに追いつめられているようだ。なりふり構わない様相の川内にあっけにとられ、誰も行動を起こすことが出来ない。
「エッチなことでも何でもしていいからぁ!! 夜戦させてよぉ!! 夜戦したいのぉ!!」
「おわーーーーーーっ!? 脱がんでいい!! 脱がんでいいからっ!!?」
遂には己の服にまで手を掛け、横島に許しを請うまでになる。横島もここまで精神が追い込まれると思っていなかったので、川内の言葉にも行動にもまともな対処をすることが出来ない。しかしその眼は露になる川内の肌をガン見しているのであるが、そこは横島なので仕方がない。
女の子が「夜戦したい。夜戦させて」と泣きながら服を脱いで懇願するという、見ようによっては非常に危険なシチュエーション。混沌と混乱のさなか、遂に動く者が現れる。
「川内さんの馬鹿ァ!!!」
電が川内の頬を張ったのだ。爆竹が破裂したような、乾いた音が執務室に響く。川内は一回転し……二回転、三回転してようやく着地。否、着地というか回転の勢いのまま頭から床に激突したという方が正しいか。とにかく、電は目じりに涙を溜めつつ川内をキッと睨み、川内を糾弾する。
「川内さんは、司令官さんがどんな思いで毎日を過ごしているか、分かってないのです!!」
「電ァ! 気持ちは分かるけどもう少し待ってあげて!!」
「川内さあああんっ!! 目を覚ましてくださーいっ!!?」
電のビンタによって川内は完全にノックアウト。気のせいか呼吸や心臓の鼓動も段々と小さくなってきたぞ。とりあえず川内は修復材を被って無事に生還しました。
「――――それで、提督の思いって……?」
一度死に掛けたせいか冷静さを取り戻した川内は、薄れゆく意識の中で聞いた言葉を電に問う。電は一つ頷き、横島に向き直る。
「川内さんは、ここ数日の司令官さんに違和感を感じなかったのですか?」
「え……? いつも通り駆逐のみんなの面倒を見たり、書類や任務をちゃんとこなしてたし……普段通りだったと思うけど?」
電の言葉の意味が分からず首を傾げる。電は首を振る。違うのだ。決して、普段通りなんかではなかったのだ。
「違うのです。司令官さんは、川内さんと同じ苦しみを味わっているのです……!!」
「え……?」
どういうことか、と視線を動かしてみれば、誰も電の言葉を否定しない。それどころか肯定するかのように視線を伏せたり、横島を心配そうに見つめたりしている。川内には、横島が背負う“自分と同じ苦しみ”が分からなかった。
「司令官さんは夜戦禁止週間が始まってから……一度たりとも、誰かに飛び掛かったりセクハラ行為をしていないのです……!!」
「――――!!」
電の衝撃の言葉に反射的に吹雪や大淀達に目を向ければ、彼女達は確かに頷き、肯定した。
川内……というか全ての艦娘は横島の煩悩の強さを知っている。金剛や天龍にちょっと誘惑されればすぐさま鼻息荒く某大怪盗のように飛び掛かることを。少し露出度が高いくらいで鼻血を出してセクハラ発言をすることを。さりげなさを装ってチチやシリやフトモモに触れようとすることを。(そして全部失敗して手痛いおしおきをされていることも)
「そんな……そんな……!?」
それほどの煩悩を誇る横島が、自分と同じくセクハラを禁じていることに川内は愕然とする。そのような素振りは全く見えなかった。本当に、いつも通りに過ごしているように見えていたのだ。
「川内……」
横島が川内へと歩み寄る。その表情は困ったような、苦笑を湛えたものだった。
「まあ、何つーか……俺なんかと一緒にされるのは正直我慢ならねーと思うけどさ」
「……」
川内の肩に手を置き、横島は笑みを浮かべる。その笑顔に、川内ははっとした。
「折り返しまで来たんだ。俺も頑張るから、川内ももう少しだけ頑張ってくれないか?」
いつも通りに過ごしている? 否、そうではない。目の前の男の笑顔は、明らかに憔悴している。セクハラとは横島にとって“生態”。それを禁じることによって、彼の心身に想像を絶するストレスが圧し掛かっているのだ。
「提……督……」
川内は己を恥じる。自分は何をしているのか。自分のことばかり考えて、他者に迷惑を掛けている。このままで良いのか? ――――良いわけがない。
「提督……」
「ん?」
一度俯き、両手で自らの頬を張る。顔を上げた川内の目には、強い決心が宿っていた。
「提督……私、頑張るよ」
「……おう」
「……だからさ、提督」
川内は横島の手を握り、上目遣いに請う。
「禁止週間が終わったら……いっぱい、夜戦しようね」
「ああ。約束だ」
手を握り、夜戦を誓い合う男女。おかしなところは一切無いはずであるが、とてもいかがわしい光景に見えるのは何故であろうか。
電達は川内の様子を見てもう大丈夫だろうと息を吐く。恐らくこれからも苦しむであろうが、その時は自分達がフォローすればいい。夜戦禁止週間は川内へのおしおきであるが、それは成長を促す機会でもあるのだ。事実、川内は新たな決意を胸に日々を過ごすだろう。何も苦しいだけの日々ではないのだ。
一連の状況を満潮が知れば、きっと冷めた目でこう言うだろう。
「アンタら全員馬鹿じゃないの?」
――――と。
――――夜戦禁止週間、最終日。
「ちょいやー!!」
気合一閃、川内は雷撃を放ち敵艦を沈める。残る敵艦の数は二。こちら側の被害状況は中破が二人、大破が一人。戦闘終了までおよそ数十秒。川内は大破した味方をフォローするために移動する。
「ごめんね、川内さん。由良が足を引っ張っちゃって」
「気にしない気にしない。このくらい当然だって」
艦隊はそのまま回避に専念。敵旗艦を沈めていたのが幸いしたのか、何とか戦術的勝利を収めることは出来た。しかし中破以上が三人も出てしまったため、今回の出撃はここまでである。あと一歩でボスのいるところだったのであるが、仕方がないだろう。目的はあくまでも練度の向上である。
「一時はどうなるかと思ったけど、大丈夫そうだね」
「ですね。司令と電から何らかの説得を受けたそうですが……」
「響も不知火も中破してるのに元気だね」
「痛みに強いのかな? ……そういうのは一番じゃなくてもいいかなー」
ちなみに今回のメンバーは旗艦川内、以下由良・響・不知火・時雨・白露である。
戦闘が終了し、夕陽が赤く染める海を走る。先程の戦闘が夜戦禁止週間最後の戦闘だ。この夜を超えれば、待っているのは夜戦だけの一日である。
待ちに待った、あれほどまでに熱望していた夜戦を、また行うことが出来る。だというのに、川内の心は不思議と落ち着いていた。
川内には予感があった。明日の夜戦、きっと今までにない程に特別なものとなるだろう事を。川内は予感しているのである。
――――夜戦解禁日。
時刻は午前六時。誰に起こされるでもなく、川内は静かに目を覚ました。朝陽が透けるカーテンを開くと、眼前に広がったのは雲一つない、どこまでも晴れ渡った青い空。
まるで川内の今の気持ちを表したかのような快晴である。
「――――よっし!」
一つ気合いを入れ、準備を整える。顔を洗って歯を磨き、パジャマを脱いで制服に着替える。朝食までの時間は少し散歩をして暇をつぶす。
何とも不思議な感覚だ。昨日から続く、穏やかな心持ち。もしかすれば、こういうのも嵐の前の静けさというのかもしれない。
「楽しみだなー」
ぐっと背筋を伸ばし、息を吐く。朝食を食べれば特別な一日の始まりだ。穏やかな心の中心が、強く、しかし静かに熱を帯びていった。
「……で、これがこの日の為に開発したっていう装備?」
「そ。それを掛ければ視界に入る光量を自動で調節して、夜みたいに見えるようになるの。一応名称は仮で『夜戦ゴーグル』ってしてるけど、別に夜戦専用でもないから変更になるかなー。……あ、電源は横のところね」
出撃前に執務室に顔を出し、装備受領の為に来ていた明石から夜戦ゴーグルなる装備を受け取る。普通のゴーグルの様に透明なレンズがあるわけでもなく、やや丸みを帯びた長方形の箱が両目を覆うデザインとなっており、明石の趣味なのか少々派手目のカラーリングと鋭角な分割線の存在がどこか近未来を思わせる。矯めつ眇めつしつつ説明を聞き、少し緊張しながら実際に装着する。重さはほとんど感じない。明石の説明通りに電源ボタンを押し、待つこと数秒。
「お、おお……? おおおおぉぉぉ!?」
初めの内は変化に気付かなかったが、ちらりと視界に入った窓の外が、暗闇に染まっている。思わず窓に駆け寄ってゴーグルを外して外を眺めてみれば、太陽は燦々と光を放ち、大地と海を照らしている。
もう一度ゴーグルを着ける。瞬間、外の景色は一変した。空は黒と紺に染まり、海も闇に染まっている。しかし、全てが黒に染まっているわけではない。背後、つまり部屋の中の電灯による明かりなどは、しっかりと明るいままなのだ。
「凄い!! どんな技術なのこれ!?」
「ふっふーん、凄いでしょー? 自信作なのよね、これ」
「明石天才! 明石最高ー!」
「ふっふっふーん♪」
明石の超技術により完成した夜戦ゴーグル(仮)の性能に川内は明石の天才性を褒めそやし、明石の鼻はどんどんと伸びる。しかしそれが許されるほどの技術であることは間違いないのだ。
「それじゃあ、今日は一日中……!!」
「おう。――――夜戦、解禁だ」
――――喜びで身体が震える。しかし、まだだ。
「んじゃ、旗艦川内、以下天龍・叢雲・夕立・時雨・加賀さんのメンバーで出撃。どーせなら、2―3を突破するぐらいの気持ちで行こうぜ」
「りょーかい! それじゃ行ってきまーす!」
「あ、こら! ちょっと待ちなさいよ!」
横島の言葉に敬礼を返し、他の皆を置いてさっさと走り去っていく川内。追いかける叢雲達もバタバタと執務室を出ていき、一時の静けさが過ぎる。
「出撃に回すメンバーには昨日から声を掛けてるし、バケツの数も問題ないわ」
「間宮さん達に頼んで今日の献立を変更してもらいました」
「準備は万端……気合い入れていくぞっ!」
「頑張ってください、司令官!」
「おんどりゃー!!」
川内の放つ砲撃が一人、また一人と深海棲艦を沈めていく。現在は夜戦ではなく通常の戦闘であり、夜戦時における性能の向上も今は発揮されていない。だというのに、川内の動きは今までにない程に洗練されていた。
「気ん持ちイイーッ!! 何かこれだけでイっちゃいそー!!」
現在の川内はいわゆるハイな状態であると言える。エンドルフィンやドーパミン、アドレナリンなどの脳内麻薬がジョバジョバ分泌されているはずだ。
人間は情報の九割を視覚から得る。それは艦娘も同様らしく、視界に広がる“夜の海”という景観が川内の脳に錯覚を起こしているのである。このまま時間が経てば廃人待ったなしかと思われるが、彼女は人であると同時に軍艦、艦娘という名の兵器でもある。あらゆる意味で人間より余程頑丈なのだ。恐らく、彼女達艦娘には致死量の麻薬を打ち込んでもほとんど意味をなさないだろう。
「うひゃははははは!! あーっははははははははっはっはー!!」
「これは夜戦キメてますわ」
「……本当に大丈夫なのかしら」
あくまでもすこしだけハイになっているだけである。
『よーしお前ら、よくここまで頑張ってくれたな。まさか一回目でボスのとこまで来れるとは思ってなかったぜ』
いくつかの戦闘を終え、遂にボスのマスまでたどり着いた川内達。横島の言通り、一回目の出撃でここまで来ることが出来たのは僥倖と言える。皆も緊張しているのか、声は出さず、ただ頷くのみだ。それは川内も同様である。
さて、川内の身体はもう爆発寸前であった。ここに来るまでの戦闘で、一回も本当の夜戦を行っていないからである。
いくら脳内麻薬が過剰分泌されてヒャッハーな状態になっていたとしても、川内の心も身体も満足してはいなかった。心の底から、身体の奥底からの全力を出し切っていないからである。
溜まりに溜まった鬱憤。今にも弾けそうなそれを押し留めているのは、確信にも近い予感。今までにも感じた
「……敵艦見ゆ。戦艦ル級、空母ヲ級、空母ヲ級、軽巡ヘ級、駆逐ロ級後期型、駆逐ロ級後期型……ル級からヘ級は霊力を纏ってるわね」
「ふんっ、相手にとって不足なしよ」
「つっても、相当厳しいだろーなこりゃ。特にル級……あいつは別格だぜ」
慎重な言葉とは裏腹に獰猛な笑みを浮かべる天龍。彼女の視線の先に存在する戦艦ル級が纏うは
「分かってんでしょうね、天龍、加賀」
「ああ、大丈夫だ」
「問題ないわ」
叢雲が天龍と加賀に何事か確認を取る。三人の視線の先にいるのは川内だ。
『よし、全力で行けよみんな――――攻撃開始!!』
「―――了解!!」
横島の言葉に応じ、まずは加賀が動く。弓を引き絞り、先制航空攻撃を開始する。対するヲ級達も瞬時に艦載機を放ち、苛烈なドッグファイトを展開。数の利は敵側にあるようで何機かが抜けてくる。しかし、それも夕立達の対空射撃によって撃墜され、どんどんと数を減らしていく。
「行くぞオラァッ!!」
一先ず航空戦が終わると同時に天龍が駆ける。叢雲、夕立も続き、時雨は三人のフォローに回る。
「ーーーーーー、ーーーーーー。ーーーーーー、ーーーーーー」
その間、川内は静かに深呼吸をしつつ海を駆けた。加賀の護衛に回り、時には天龍と同時に攻撃を仕掛け、時雨の能力を活かすために囮となる。
一人、また一人と沈んでいく敵艦達。だが、それでもル級は未だに健在であり、生半可な攻撃ではびくともしない。
「……?」
そんな時、じわりと川内の視界が変わり始める。夜の海の世界に、徐々に色が付き始めたのだ。バッテリーが尽きたのかと疑問に思うが、その思考は次の瞬間には消え去ることとなる。
『――――川内。ようやく、
「――――!!」
それは一部の艦娘が全ての力を発揮できる空間が構築されている証。ようやく訪れた、待望の時間の始まりである。
「――――夜戦の時間だぁっ!!」
横島と川内、二人の声が重なった。
本当の夜の海を駆ける。変化は劇的だった。視界内の光、風の匂い、空間の重さ……あらゆる要素が先程までとの違いを克明に表現してくれる。
これが夜だ。これが夜戦だ。本当の夜戦だ!! 今の川内は自分でも理解不能な万能感に包まれている。それは現実での戦闘にも反映されているのか、ル級の攻撃は一切当たらないが、川内の攻撃は面白いように直撃する。その事実が、川内を昂らせた。
「……あは」
その昂りは川内の背筋を震わせる。心の奥底からの熱が身体に伝わり、そして身体の奥底からの熱がじわりと理性を侵食していく。
熱は既に全身に回り、ある部分の感覚を鋭敏にさせた。
熱い吐息が漏れ、じんじんと、胸の先端が疼きを発した。今までにない程にその身を固くし、自己の存在を声高に主張する。衣服が擦れる度に甘い痛みを伝わらせ、それがまた新たな熱を生み出していった。
新たに生まれた熱がぐつぐつと下腹を煮えたぎらせる。砲撃の振動が、爆発の衝撃が、戦いの音が川内の中心に響き、震わせ、叩く。今や触れれば溢れ出しそうなまでに熱い蜜を湛えた下腹部は、更なる
「やあああぁぁぁッ!!」
「アアアアァァァッ!!」
川内とル級の咆哮が交錯し、互いに最後の攻撃に移る。
川内は両手指の間全てに魚雷を挟み、ル級は己の最も信頼できる両腕の艤装を突き出して。
互いの思考はただ相手を倒すために。しかし――――ほんの一瞬、ル級の思考が停止した。川内が手に持った魚雷を、目の前に放り投げたのだ。軽く、それこそパスをするような気軽さで。
――――それが、明暗を分けた。
「――――ッッッ!!?」
魚雷に気を取られたル級の足下を、艤装待機状態へと移行した川内が潜り抜け、背後を取る。ル級からは川内が消えたように見えただろう。気付いた時にはもう遅く、再び艤装を展開した川内の機銃が魚雷を目掛け火を噴き、巨大な爆発を発生させた。
「川内!?」
「ちょっ、大丈夫っぽい!?」
激しい爆炎と水煙の向こう、一つの人影が見える。大量の海水を被ったせいか、全身をずぶ濡れにして空を仰ぐ川内の姿がそこにはあった。彼女の姿を確認した皆は安堵の息を吐く。何せル級を盾にしたとは言え、あの爆発だ。最悪の想像をしてしまってもおかしくはない。
「……」
川内は空を見つめている。全ての敵を沈めたことで夜戦空間が解かれ、青く染まった広い空を。夜戦ゴーグル(仮)がその機能を果たし、またも人工的な夜の世界に視界を染めていく中、川内は先の戦闘の余韻に浸っていた。口許がだらしなく歪んでいく。
「――――あ、はっ♡」
やがて淫靡に蕩けた川内の口から、濫りがわしい吐息が漏れる。あの時、魚雷が爆発したその瞬間。ル級越しに爆圧が川内の身体を強かに打ち付けたその瞬間――――川内は、強く深い絶頂を迎えたのだ。
全身を海水が濡らしているのも幸運と言えよう。そうでなければ、内腿を伝う蜜が紛れることはなかっただろうから。
「はあ、心配させやがって。しっかし、これなら俺らが余計な気を回すこともなかったか?」
「そうね。提督の指示もあったけれど、大きなお世話だったみたい」
川内の様子に気付いていない天龍と加賀は横島からの指示を思い返す。
「川内が思いっきり暴れられるように配慮してやってくれ」
それが、今回皆に与えられた命令の一つであった。夜戦禁止週間を乗り越えた川内に対する、ある意味ご褒美である。規格外の力を持つ天龍や加賀ならばル級にも危なげなく勝利できたであろうが、あえて川内に任せるように事前に言われていたのだ。
「おーい、ドロップも確認したしもう帰ろうぜー」
「うん、今行くー」
「今回あんまり活躍出来なかったっぽいー」
「私もねー、今回はねー」
今回のドロップは全て既存の艦娘と被ってしまった。もうすることはないと、ずっと空を仰ぎ見ていた川内を促して帰路に就く。帰ったら小休止の後でまたも出撃だ。
「……ふふっ」
川内は誰にも気付かれないように笑う。また先程の様な快感を得ることが出来るのかもしれないと、その身を期待で震わせる。
――――帰還。そこからは怒濤の勢いで連続出撃だ。天龍など戦闘好きの艦娘達で何度も編成を変更し、アイスを食べ、最中を食べ、時にはバケツの水を引っ被り、朝から夕刻までノンストップで出撃を繰り返す。
流石の艦娘達もこの連続出撃には堪えたのか、全出撃が終わった頃には死屍累々の様相を呈していた。参加した艦娘の練度が大幅に上昇したのは幸いであるが、それでも疲労困憊は避けられない。しかしその中で一度も休んでいないはずの川内だけが常時戦意高揚状態でキラッキラでツヤッツヤのテッカテカだったのには、もはや異常を通り越して皆に「だって川内だから」と妙な納得感――あるいは諦観か――を抱かせるのには十分な光景であった。
今回出撃した艦娘達は特別休暇が与えられ、明日以降の出撃は普段遠征に回っている艦娘達で行われる。戦闘が得意でない者達で構成されることになるが、練度を上げるに越したことはないので皆も納得済みだ。
横島も川内に付き合って一度も休んでおらず、一日の業務を終えた時には呻き声をあげながら机に突っ伏した。吹雪達秘書艦から労いの言葉を掛けられたりなどで精神的に癒されもしたが、身体はそうもいかず、引きずるように自室へと戻る。
軽くシャワーを浴びてパジャマに着替え、ベッドに寝転がる。身体は疲れ果てているというのに、理由は分からないがどうにも気が昂っているのか眠気が襲ってこない。むしろ冴え渡っていくような感覚すらあるほどだ。
「……静かだな」
ぼうっと天井を見上げながら、ぽつりと呟く。普段ならばまだ艦娘寮から談笑の声がかすかに聞こえてきたりもする時間帯であるが、今日この日は部屋の明かりも全て消えており、誰もが寝静まっているようだ。音が無いはずなのに、その静寂さが耳に痛い。
そのまま一時間ほどだろうか。横島が取り留めのないことを考えて眠れぬ時間を過ごしていると、不意に誰かの足音が聞こえてきた。それはやがて横島の部屋の前で止まり、控えめなノックを三回した。
「提督、起きてる?」
「……川内? 鍵開けるからちょっと待っててくれ」
どうやら訪ねて来たのは川内だったようだ。横島はこんな時間に訪れた川内に首を傾げながらもベッドから起き上がり、ドアを開ける。ドアの前にはやはり川内が居り、申し訳なさそうにはにかんでいる。着ているのはパジャマだろう。紺色の七分袖のチュニックにショートパンツが可愛らしくも色気を孕んでいる。
「こんな時間にどーした? 何かあったのか?」
「いやー、あはは。ちょっとねー」
「……? まあいいや。立ち話もなんだし入ってくれ」
「うん。お邪魔しまーす」
質問に答えず曖昧な言葉を返す川内を訝しみながらも、とりあえず横島は入室を促す。ちょうど眠れなかったことだし、少しばかり話し相手になってもらおうと思ったのだ。
断わっておくが何もいかがわしいことを考えての行動ではない。やや緩んだ襟元からちらりと見える鎖骨に鼻息を荒くし、ショートパンツからすらりと伸びるフトモモに目を奪われているが、いかがわしいことなど全く考えていない。横島とはそういう漢なのだ。だからドキドキなんてしていないし妙な妄想もしていない。本当だ。
横島はベッドに端坐位になり、川内にとりあえず椅子を勧めるが、川内は横島の前に立つ。
「……そんで、どうしたんだよ川内」
「うん。みんなにはちゃんと謝ったけど、提督にはまだだったなって……迷惑を掛けてすみませんでした!」
突然頭を下げた川内に一瞬呆けるも、横島は苦笑を浮かべて気にしていないと言う。
「みんなが許したんなら俺から言うことはなんもねーって。気にするこたーねーよ」
「そうは言ってもさ、私はいっぱい夜戦出来たから鬱憤を晴らせたけど、提督はそうでもないでしょ?」
「んぐ……っ」
何でもないように装う横島であったが、川内の指摘に言葉を詰まらせる。
前述の通り、横島は川内と同じく自らに枷を掛けていた。彼は一週間という期間、鼻の下を伸ばしたことがあるとはいえ一度も煩悩を露にしたことはなく、その身の内に煮え滾るマグマの如き衝動を抑え込んでいる状態なのだ。
自分の寝室にパジャマ姿の美少女が居るというシチュエーションに横島の煩悩が反応しない訳がなく、今も
「だからさ、提督にお詫びしようと色々考えたんだけどね?」
「お、おう……? ――――ッ!!?」
川内は喋りながら横島の手を取る。にぎにぎとその感触を確かめるように握られていたのだが……いきなり、川内は横島の手を自らの胸に押し当てた。
「ちょっ!? まっ、一体何を――――ほわぁっ!!?」
「……っ!」
驚き、硬直する横島の手の固い感触が川内の身体をぴくりと震わせる。煩悩の化身と言える横島は指は、無意識の内に川内の胸にその身を沈めるように動く。指先から伝わってくる熱と柔らかさに、瞬時にブラを着けていないことを悟る。その事実に意識の空白が出来、次の瞬間には様々な疑問と胸の感想などが奔流となって脳内を埋め尽くすが、更なる事態によってまたも横島の思考は停止させられることになる。
「は、あぁ……っ」
川内が裾をたくし上げ、横島の手を滑り込ませた。直接自らの胸を触らせたのである。
まず感じたのは熱。川内の体温がじわりと掌に伝わり、次いで柔らかさを認識した。彼女の胸はそれほど大きくはなく、掌に収まる程でしかないのだが、それでも女性らしい丸みと柔らかさは帯びている。
目の前の状況に混乱の極みと言っても良い程に脳内が荒れ狂う横島だが、手の中の胸の感触、特に柔らかさの中にある一点の固さに気が付いた時、横島の思考は一つの方向に急速に流れていった。
「提督の手……んっ、すごくあっついね……」
「いや、川内のチチも熱くてやーらかくて……じゃなくて何でこんなことをっ!?」
吐息交じりの川内の声に脳が痺れる様な感覚を味わいつつ、同じく熱を帯びた言葉を返す横島。しかしどこか冷静な思考も存在しており、そちらが抱いた疑問が横島の理性を取り戻させた。
「……提督、私のっ、為に、あれだけ頑張って、くれたじゃんか。だから、少し、でも、それに報いたいっていうか……ふっ、うぅ……ん……!」
所々言葉と身体を震わせ、川内はそう言った。その間にも横島の手は無意識に動いており、その胸を揉みしだいていた。気が昂り、性感が高まっていた川内は横島の拙い動きにも快感を得、更に情欲を募らせる。
「い、いやしかし俺は別にこーゆーことを考えてたわけじゃないし、いやそりゃこーゆーことはしたいけどこーゆーのはもっとこーりゅーを重ねてこーゆー関係を構築して――――!?」
もはや横島は自分でも何を言っているのか理解していないだろう。煩悩の前に、まず戸惑いが露になっている。それは川内の感情を察知したからだ。
以前天龍に誘われた時には彼女に“遊び”にも似た余裕があり、襲い掛かっても力で振り払ってくれるだろうと無意識に思っていた――実際には吹雪に止められたのだが――。しかし、今回は違う。川内は“本気”だ。周囲に止めてくれる者が誰もいない……それが横島を臆病にさせているのだ。
横島は空いている手を突き出して意味不明なことを口走る。どうやら川内に制止を呼びかけているようだが、効果はない。
「……もー、提督のヘタレ童貞」
「ぇあっ!? ――――ぅ、お……?」
それどころか横島の訳の分からない言葉に、川内が顔を真っ赤にして怒りを露にする。横島の本質を見事に言い当てた言葉に横島は泣きそうになるほどのショックを受けるが、川内はそれに関せず強硬策を取る。
「あむ、ん……ちゅる、く、ふ……」
「………………ッッッ!!?」
川内は横島の空いている手を取り、指を口に含んだのだ。口腔内は熱く、柔らかい舌が指を這い回り、粘度の高い唾液が塗布される感触に、ぞくりとした快感が背筋を走る。時折空気と共に吸われて音が鳴り、その音が横島を興奮させていく。
やがて指を舐めるのに満足したのか、川内は軽い吐息と共に指を口から離した。舌と指を繋ぐ橋が切れ、唾液で濡れた指が電灯の光を反射して銀に輝く。
「……あのね、ほら、私、こんなっ、にぃ……っ、ぃあぁ……っ!」
自分の唾液で濡れた横島の指を、今度は己の局部へと導く。手に伝わるその感触に、横島の口からは戸惑いとも驚きともとれる声が漏れる。
――――濡れていたのだ。先程口に含まれた時と明らかに違う、しっとりとした感触。ショートパンツから溢れる蜜が指を伝い、掌に池を作る程に川内は濡れそぼっていた。驚きに手を跳ねさせ、その動きが川内の身を強く震わせる。びくびくと軽く痙攣し、尻がくい、くい、と何度も動くのを横島は凝視してしまう。
「ふっ、ふっ……あのね、提督」
きゅっとフトモモで横島の手を圧迫し、身をくねらせながら川内は言う。
「……私が提督としたくなったの。だからこうしてるの……分かった?」
「……」
川内の言葉に、横島は頷くしかない。その言葉に、何より川内の身体に、横島は本気を見たのだから。
呆然と頷く横島に気を良くし、川内は少し余裕を取り戻す。彼女の視線が動き、横島のとある一点を認めた時、びくりと震えが来てしまうがしかし、それでも川内はにんまりとした笑みを浮かべた。
「提督も、こんなになってるんだね……うわ、でっかい……」
「ぅおあっ!?」
気が抜けていた横島は川内の動きに対応することが出来なかった。川内の手は横島の足の間でその存在を主張している男の象徴を、優しく撫でる。硬く屹立したそれを撫でられる快感に横島の腰は引けてしまうが、川内はそれに構わずゆっくりと形や感触を確かめるように動き続ける。
何の心構えもしていない時に不意に触れられたせいか、横島の性感は瞬時に高まっていき、限界もすぐそこにまで迫る。急に齎された強烈な快感に目尻に涙が浮かび、どうすることも出来ずにただ川内を上目遣いに見つめてしまう。
横島の泣き顔が切っ掛けとなったのかは定かではないが、川内は酷く興奮した様子で横島のズボンの裾に手を伸ばし、脱がせようとする。前屈みになり、横島の尻を浮かせて裾をずり下げるが――――その態勢になったことによって、
「ぅえ――――」
「ん? どうかしたの、提と」
“提督”と最後まで言えずに川内は膝から崩れ落ちた。
困ったような、申し訳なさそうな笑顔を浮かべて横島の前に立つ少女。それは時雨だった。
「……ごめんね、提督。本当は止めるつもりはなかったんだけど……」
顔を赤く染めた時雨は頬を掻き、倒れた川内を横抱きに抱え、横島に背を向ける。
「あのまま提督と川内さんが……その、する、って思ったら……いつの間にか、ね」
「お、おぅ……」
横島は動かず、呻きにも似た声で頷く。時雨は横島の様子に微笑むと、そのまま部屋を後にする。……と、ドアを閉める前に振り返り、恥ずかしそうにしながらもこう告げた。
「えっと……ボクが必要になったらいつでも言ってね。すぐに全部を受け入れるのは無理だろうけど……それでも、頑張るからね」
「え……?」
「……そ、それじゃ」
言うだけ言って恥ずかしくなったのか、時雨はパタパタと小走りに掛けていった。恐らく艦娘寮に帰るのだろうが、川内はどうするつもりなのだろうか。
「………………」
横島はそのままの体勢で一時間を過ごし、息を吐きながら徐に立ち上がると、窓を開き、海を見つめながら大きく息を吸った。
――――アオーーーーーーン……!! アオーーーーーーン……!!
夜の鎮守府に、悲し気な遠吠えが響いた。
色々と流され続けだったのは否定出来ないが、それでも横島にとって先程の一幕は千載一遇のチャンスであった。情けなくも最初から最後まで川内にリードされ続け、ずっと固まったままでいるしか出来ない姿を晒したが、サクランボ少年が大人の男にクラスチェンジする瞬間だったのだ。それがふいになった。
昂りに昂り、高まりに高まった煩悩をどう処理すれば良いのだろう? ――――横島が取ったのは月に向かって叫ぶことであった。
現在の横島は煩悩よりも悲しみの方が勝っていたのである。故に叫ぶ。悲しみと切なさとちょっぴりの怒りを込めて、横島は月に哀を叫び続けた――――。
「うぅるっっっさいのよアンタはーーーーーー!! 叢雲百勝脚ーーーーーー!!」
「アオオォォーーーーーー!!?」
いつまでも叫び続ける横島の尻に、叢雲の強烈な跳び蹴りが突き刺さった。
第四十六話
『川内の夜戦禁止週間』
~了~
お疲れ様でした。
エロ系の話……ということでそっち系の描写に力を入れてみましたがいかがだったでしょうか?
一応かなりぼかしているとは思うので大丈夫だとは思いますが、もしかしたら怒られて削除することになってしまうかもしれませんが、その時はご了承ください。
……何か一つ言うことがあるとすれば、とにかく指チュパを書きたかった。
……ちなみに川内と本気で最後までヤっちゃう展開も考えたのですが、そっちだと私の悪癖が出てきてしまいそうなので没にしました。
例えば人間関係がギクシャクして男女関係で悩んだりなど。私は明るくハッピーな話が好きなんです……。
……電は暴走させすぎたかな? 『アレンジした地蔵和讃を呟きながら人を殴殺する少女』って書くと昨今のグロ系ホラー漫画の殺人鬼みたいだ。
それではまた次回。