最近のお気に入りは“宗谷”“桃”“伊58”“神州丸”“比叡”です。我ながら節操なしだなぁ。
でもみんな可愛いから仕方ないよね。
今日も今日とて2―4攻略に精を出す横島鎮守府。
出撃を繰り返すことで練度も上がり、順調に強くなっていると言っても良いのだが……。
「うわあああぁぁぁっ!?」
「摩耶さんっ!?」
ボスマス一つ前。空母ヲ級flag shipの攻撃によって摩耶を含めた三人が大破してしまう。結局この戦闘で誰も沈むことはなかったが、敵艦を一人も倒すことが出来ず、完敗を喫してしまっていた。
なんだか以前も見たような光景であるがきっと気のせいである。だって以前は勝ってたし。
「くっそおぉ……!! 駆逐も居たんだし、夜戦すりゃ勝てたかもしんねぇのに……!!」
『何言ってんだ。大破三人も抱えて夜戦なんて俺は認めねーかんな』
「何でだよ、あそこを突破すりゃ海域をクリア出来たかもなんだぞ!?」
痛む腕を押さえて愚痴をこぼす摩耶に、横島は溜め息交じりに言葉を返す。その内容にカチンと来たのか、摩耶は即座に反論する。確証など何もない、感情から出た言葉……それだけに込められた思いは強い。
強いのだが……。
『確かにクリア出来たかもしんねーけど、お前らの誰かが沈むかもしれねーだろ? 俺にとっちゃ海域の攻略よりお前らの方が大事なんだから、出来る限り危ない橋は渡りたくねーの』
「……そうかよ」
横島の言葉によって、摩耶は矛を収めることになる。
ぶっすりと不機嫌そうな顔をした摩耶はそれ以降口を噤み、同じ艦隊のメンバーは摩耶の横島に対する心証が悪化したのではないかと気が気でなかったのだが、彼女の心の中はというと。
――――男に、男に“お前の方が大事”って言われたあああぁぁぁ!!? 何だ!? 惚れてるのか!? アタシに惚れてんのか!!? い、いや待て、クールだ!! クールになれ摩耶!! 言葉一つに惑わされるんじゃない!! もっと提督の今までの言動を思い出し……手を握られて肩を抱かれて耳元で囁かれてたああああああ!!!
乙女心が大暴走中であった(笑)。しかもさりげに“お前ら”という部分を“お前”と、対象を自分一人に脳内変換している。惚れているのは自分の方なのでは? と、摩耶の内心を知る者がいればツッコんだかもしれないが、現在そういった人物はまだ着任していなかった。姉妹艦がいれば危なかったかもしれない。
しかし、ドッタンバッタンと心の中は荒れ狂っているというのに、それを一切表に出していないのは見事というほかない。同じ艦隊の皆はハラハラしながら摩耶の様子を窺っているというのに。
ともかく、摩耶達はすごすごと鎮守府に引き返すことになる。今回の出撃で四十回を超えた。海域攻略は未だ出来そうにない。
「うーーーーーーん……」
執務室にて、横島は天井を見上げて唸っていた。
考えるのは海域について……ではなく、艦娘達のこと。と言ってもヨコシマなことを考えているわけではない。横島は息が詰まるまで唸った後、小さく息を吸い、また吐き出した。
「吹雪、この後のスケジュールってどうなってたっけ?」
「は、はい。えっと、これです」
横島は徐に吹雪に視線を寄越し、スケジュールの確認を行う。ちょうど今の時間帯は出撃も遠征も待機の状態だ。それを確認すると横島は一つ頷き、今度は大淀に顔を向ける。
「大淀、ちょっと放送を頼みたいんだけど」
「分かりました。どういった内容でしょう?」
少しぼーっとしていた大淀だが、横島の言葉に即座に反応し、自分の席から横島の前まで移動する。それを横目で眺める霞の目も、少しとろんとしている。
横島は隣で目を瞑って深く息を吐いている吹雪をちらりと見やってから、大淀にこう切り出した。
「今日の出撃はさっきので終了。遠征もこっからは中止だ」
「え……!?」
告げられた内容に大淀だけでなく吹雪も、そして霞も驚いた。そんな三人の様子は当然予想済みなので、横島はそのまま理由を説明する。その顔には苦笑が浮かんでいた。
「いやな、流石にこう何回も何十回も出撃してんのに攻略出来ないってなると肉体的にはまだしも精神的な疲労は半端ねーからさ。士気も大分落ちてるし……正直、三人もけっこうしんどいだろ?」
「う……」
「それは、まあ……そうね」
「ううう、はい……」
図星を突かれた三人は気まずげに視線を逸らす。吹雪など影を背負いそうなまでの落ち込み具合だ。
「本当ならもっと早く止めてたら良かったのかもしんねーけど、みんな意地になってたし……いや、俺がさっさと止めりゃ―良かったんだが……それはともかく。とりあえずさっきの内容と、そうだな……一時間後にみんなに会議室に集まるように言ってくれ」
「あ、はい。分かりました」
「……みんなを集めてどうすんのよ?」
霞が首を傾げて質問する。
「ああ。もう週末だし、どーせならリフレッシュ期間でも設けようかなって」
「……あ、なるほど」
霞はポンと手を打った。
最後の出撃から一時間。横島鎮守府の皆は会議室に集まっていた。帰還した摩耶達も全員
「何の話するんだろうね?」
「出撃も遠征も中止して、だもんねー。……海域の攻略に関して、お叱りがあるのかも……」
「ぅあー、あり得る―」
「三十回以上失敗してるもんねー……あれ、四十回だっけ?」
「あの優しい提督に怒られる……意外とイイかも……むしろ怒られたい」
「え?」
「え?」
今回の招集に対し、艦娘達は思い思いに言葉を交わす。攻略が上手くいっていない現実もあってか、彼女達が口に出すのはネガティブな予想ばかりだ。
一部に少々おかしなことを口走っている子もいるが、それだけ疲れが溜まっているのだろう。そういうことにしておきたい。一応名誉のために名前は伏せる。
さて、そうこうしている内に扉が開き、横島と秘書艦三人娘が入室してきた。集合していた艦娘達はピタリと会話を止め、大淀の号令に従ってすぐに立ち上がり横島達に敬礼をする。
全艦娘から敬礼を受けた横島は微妙に腰が引けつつも答礼をし、着席を促す。司令官になってそれなりの時間が経つというのに、未だに大勢から一斉に敬礼をされるのは慣れないようだ。
「あー、みんなに集まってもらったのは他でもない。海域の攻略についてだ」
艦娘達を見回し、横島は口を開く。今回の招集の理由。その予想が当たり、何割かの艦娘が“う”っと気まずげに吐息を漏らす。更に一部の艦娘は何かの期待に目を輝かせた。
「いや、何も『不甲斐ない!』つって叱ろうってわけじゃねーんだ。あんだけ出撃して一向に成果が出てねーし、みんな精神的にも肉体的にも疲労が溜まってると思ってな」
皆の様子を見て苦笑を浮かべた横島は、なるべく優しい声色で理由を説明していく。
「そんで、だ。今日は木曜だろ? とりあえず金・土・日の三日間をリフレッシュ休暇っつーことにしようと思ってな。急なことで悪いんだけど、今日中に休暇中をどう過ごすかの申請を出してほしいんだ」
突然降ってわいた休暇の話に、皆は色めき立つ。確かに急な話ではあるが、それ以上に休暇をもらえるというのが嬉しいのだ。以前までならばどこかへ出かけようにも海と鎮守府しかなかったわけだが、現在は街……否、既に“世界”が
皆が本格的に騒ぎ出す前に秘書艦達は手分けして申請書を皆に配る。申請書と言っても簡素な内容であり、急遽用意したというのが伝わってくる。その申請書の存在が、今回の休暇が嘘ではないことの証明であると皆は実感する。
「あ、もちろんこれは強制ってわけじゃねーからな。出撃も遠征もしたいってんなら許可するぜ。一応休暇中にどう過ごすかは自由だからな」
次の横島の言葉に一部の艦娘が嬉しそうな声を上げた。確かに休暇は嬉しいが、それでも三日も間を開けたのでは勘も身体も鈍ってしまう。何より戦闘が出来ないのが嫌だ、という
「え、全然意外でもなんでもな――――」
「なにか?」
「ひぇっ」
とにかく、空気が弛緩したことで皆は休暇をどう過ごすかを楽しそうに語り合う。何せ三日もあるのだ。今からホテルや旅館の予約は難しいかもしれないが、ちょっとした旅行にも行けるかもしれない。
「三日のリフレッシュ休暇かー。他の鎮守府でもくれたりするのかしら?」
「とりあえずワルキューレさんの鎮守府は絶対にないだろうね」
横島以外の司令官達を思い浮かべ、叢雲と響は苦笑を浮かべる。見た目も中身もお子様なパピリオや、斉天大聖の鎮守府ならば“ゲーム休暇”のようなとんでもない理由の休暇が存在するかもしれないが、少なくともワルキューレの鎮守府ではそういったことは一切無いであろうことは容易に想像できる。
むしろ存在していたら所属している艦娘達がワルキューレの正気を疑ったり病院へ行くことを勧めたりするだろう。そして懲罰房に入れられたりするのだ。
「ま、うちの艦娘はアンポンタンが多いし、あの司令官で丁度良いのよね」
叢雲は両手を頭の後ろで組み、薄く笑みを浮かべながら軽口をたたく。言葉の内容は単なる悪口であるが、それに込められた思いは言葉ほどに軽いものではない。
叢雲は存外照れ屋さんだ。己の内面を隠すためについつい攻撃的なことを言ってしまう。しかし、無意識であろうが、今回は彼女の思いがポロっと零れてしまっている。
“あの司令官で丁度良い”とは――――果たして、
そんな叢雲の言葉を聞き、響はその内側に秘められた思いを察することなく言葉を返す。
「アンポンタンって、それを君が言うのかい?」
響は実に不思議そうな顔でそう言いました。
「響、あなたも人のことは言えませんよ」
「おいおい、不知火がそれを言うのかよ?」
「Look who's talking。
「うん、金剛さんもだからね?」
「あっはっは、時雨師匠も自分を省みたほうが良いよー」
「川内もでしょうが……」
響に続いて不知火、天龍と続き、最後に叢雲に戻る。
「……」
「……」
「……」
「……」
その場を沈黙が支配し、やがて一団は同じタイミングで席を立つ。
「あ?」
「お?」
そして至近距離からのガンつけ合戦。
連鎖……! 圧倒的負の連鎖……!! 『┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛』という効果音を発しながら、強烈な霊波が叢雲達を中心に会議室を満たしていく。なるほど、確かにこの鎮守府にはアンポンタンが多いと心から納得出来る光景である。
「何やってんだあいつらは……」
突然発生した攻撃的な霊波の渦の発生源を見て、横島は片手で顔を覆って溜め息を吐く。横島も休暇のお知らせをしたら何故かケンカに発展しそうな彼女達を見て困惑と呆れが隠せない。ついでに言えば怖くて腰が引けている。とにかくこのままでは他の艦娘達にも迷惑が掛かるので止めようと思うのだが、それよりも早く霞が手をパンパンと打ち鳴らし、警告する。
「はいはい、ケンカしないの。あんまり騒ぐようなら所属艦娘全員の休暇を無しにするわよ」
「すんまっせんでしたぁーっ!!」
まさに鶴の一声。叢雲達は全く同じタイミングで頭を下げた。ほぼ全方位から飛んでくる「お前ら分かってんだろうなぁ?」という視線に怖気づいた訳では断じてない。ただちょっと背骨に液体窒素を直接注入されたかのような恐怖を味わっただけである。
「まったく、響もしょうがないわね。姉妹で一番冷静だと思ったら、変な所で子供っぽいんだから」
頭を下げる響を見てそう漏らすのは姉妹艦の雷だ。呆れを多分に含んだ言葉であるが、響を見つめるその目はどこか慈愛に満ちている。ダメなお姉ちゃんを見るしっかり者の妹の目……というよりは、ヤンチャな我が子を見守る母親の目に近いものがあるかもしれない。
肉体的にも精神的にもまだまだ幼い雷であるが、早くも母性……否、おかん気質が芽生えてきているらしい。元々面倒見は良かったが、霊能に目覚めたことが切っ掛けとなり、潜在的な魂の性質が解放されたのだろう。
「……でも、ちょっと残念なのです」
「え、何が?」
ぽつりと呟かれた電の言葉に、雷は振り返る。隣に座っている電の顔は、彼女が俯いているせいで読み取れない。しかし、前髪が掛かり影で覆われている状態でもその目が強烈な光を放っているのは何故か理解出来た。
「あのまま騒がしかったら、研究中の新技の実験台に出来たのに……」
「ひ、ひえぇ……」
くふふふふふふ、と闇を背負って笑う電の姿に、流石の雷も引いてしまう。電も電で相当にフラストレーションが溜まっていたようだ。
第六駆逐隊の中で、最も2―4に出撃しているのは電である。つまりはそれだけ多く敗走しているということであり、電もそれをストレスに感じていたのだ。電はストレスを上手く発散させることが出来ずに溜め込むタイプであり、それが原因で少々破壊衝動に呑まれているようである。
今の電には雷でさえもどうすることも出来ない。だって話しかけたら新技の実験台にされたりするかもしれない。進んで寿命を減らすような真似はしたくない。どうしたものか考えあぐねている雷であったが、救世主は彼女のすぐそばに存在していた。
「こーら、そんな物騒なこと言ったらダメでしょ?」
「……っ、あ、暁ちゃん?」
闇を背負って病んだように笑う電の頭を横から胸に抱え込んだのは、電を挟んで雷の反対に座っていた暁であった。暁は頬を膨らませて、いかにも「私怒ってます」という表情を浮かべている。今にもプンプンという効果音が聞こえてきそうだ。
果たして今の電にそんなことをして大丈夫なのかと雷は戦々恐々だが、不思議と電は冷静さを取り戻してきている。
「電がどれだけ頑張ってるのかは私も知ってるし、それで結果が出なくて悔しいのも分かるけど、だからってそれでみんなに八つ当たりしちゃダメよ? そんなのレディーのやることじゃないもの」
「ううぅ~……」
電の頭を放し、人差し指を立てて窘める暁に、電は不満そうな声を出す。暁の正論に対して何か反論をしたいが、上手く言語化出来なくて唸るしかないのである。暁はそんな電に苦笑を浮かべ、その頭を優しく撫でる。
「せっかくお休みを三日も貰えたんだもの。普段頑張ってる分、ちょっとぐらいだらけちゃっても誰も文句は言わないはずよ。それに、愚痴でも特訓でも実験でも私が付き合ってあげるから、もうちょっと頑張ろうね」
「ううう、暁ちゃーん……」
「はいはい、今日の電は甘えんぼねー」
優しく自分を宥める暁に、電はぎゅっと抱き着く。珍しくストレートに甘えてくる電に暁は苦笑を浮かべると、電を優しく抱きとめて頭を撫でてやる。流石は長女と言うべきか、暁は電のことをよく見ていたのだ。
雷は遠征に鎮守府内の雑用にと人一倍忙しく過ごしていたし、響も意地になって出撃を繰り返していたので周囲を見る余裕は失われていた。そんな姉妹達を観察し、さり気なくフォローを入れていたのが暁なのである。
電達三人の出撃、遠征、休息。それらを横島と相談しながらシフトを組んでいたのは他ならぬ暁だったのだ。
「だって私は一番のお姉ちゃんだもの。それにレディーだし!」
とは暁の談。その発言に某一番艦が反応したのはご愛敬だ。
他にもいろいろな所で休暇の予定を合わせる艦娘達も居り、その多くは姉妹艦で過ごそうと計画を立てている。もちろんそれ以外の組み合わせも存在しており、珍しい組み合わせでは赤城と間宮の二人が街に料理研究プラス食い倒れのツアーに、加賀と新しく着任した正規空母の“瑞鶴”が二人でカラオケに行こうと計画を立てている。
説明も終わったことであるし、皆が雑談を始めだしたので、横島は解散を宣言。とりあえず十八時までに申請書を提出するように言い、会議室を後にする。残された艦娘達は歓声を上げたりなどで喜びを表し、早速申請書に記入する者、限界まで話し合う者達、何をどうすればいいか分からず悩む者達などに別れた。
会議終了後しばらくして、那珂は鎮守府の中庭を一人とぼとぼと歩いていた。せっかくの休暇。しかもそれが三日もあるというのに、那珂の心はまるで弾まない。
以前までの彼女ならばライブを行ったりなどして人一倍騒いでいたはずだ。だが、今は何もする気力が湧いてこない。川内や神通に遊びに誘われたが、少し考えさせてほしいと逃げてきてしまっている。
「……はぁ」
溜め息一つ。心は沈み、気分も沈み。目線も上がらず俯いたまま、あてもなく歩き続ける。出口のない迷路に迷い込んだかのような不安と焦り。あの日抱いた疑問の答えは未だ見つからない。
このままここにいても埒が明かない。自室に戻ろうかと顔を上げると、視界の隅にとある女性を認めた。
“彼女”は数人の駆逐艦と何やらおしゃべりをしながら、迷い込んできた野良猫と戯れているようだ。
何とはなしに“彼女”のことが気になった那珂は、いけないと思いつつも見つからないように壁に身を隠し、聞き耳を立ててしまう。
「――――最近、那珂ちゃんさんの歌を聞いてませんね」
そうして聞こえてきたのは、自分のことだった。
“彼女”にそう話しかけるのは磯波だ。カメラを弄りながら、どこか心配そうな表情を浮かべている。“彼女”は磯風の言葉に頷き、小さく溜め息を吐く。
「最近、何か悩んでるようだったから。私も力になれればと思っているのだけれど……」
憂いの表情を浮かべ、頬に手をやる“彼女”の姿に、那珂の心に痛みが走る。
自分よりも後に着任したというのに、霊力は自分よりも高く、似た能力を持っているらしいというのに、その習熟度でも自分より上。
自分と同じ言霊使い――――扶桑。
「前までずーっと聞いてたから、最近は何か落ち着かなくてさー。直接リクエストしに行こっかなー」
「ダメだよ、深雪ちゃん。迷惑になっちゃうよ」
「なんでだよー?」
深雪は那珂の歌を聞きたくて直接頼みに行きたいようだが、磯波はそれを窘める。唇を尖らせて抗議する深雪だが、口で文句を言うだけで行動に起こす気はないようで、彼女なりに心配しての言葉だったようだ。
そのまま、何となく沈黙が場を支配する。扶桑達を覗き見ていた那珂も静けさにいたたまれなくなったのか、バレない内に退散しようと背を向ける。そんな彼女の背に、ぽつりと言葉が落ちてきた。
「……那珂ちゃんさんの歌を聞くと、勇気が湧いてくるんですよね」
それは那珂に掛けられた言葉ではなく、ただ無意識に、つい口に出してしまったらしい。あ、と口に手をやり、磯波は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。扶桑も深雪もそれを笑うでもなく、目で続きを促す。磯波は視線を左右に彷徨わせ、少し息を吐くと、そのまま語り始めた。
「その、私ってあまり前に出ようって性格じゃありませんし。戦闘も得意じゃなくて、みんなの足を引っ張っちゃうし……」
「あー、確かに」
「深雪」
ぽかりと扶桑から軽いげんこつをもらう深雪に、磯波が笑う。
「……でも、那珂ちゃんさんの歌を聞くと、そんな私でも頑張ろうって気分になるっていうか。その、負けないぞって気になるっていうか……えっと……」
心に湧き上がる気持ちを上手く言葉に出来ない磯波であるが、それでもその思いは伝わってくる。特に言霊使いである扶桑には、より顕著にだ。そしてそれは、同じ言霊使いである那珂にも。
「分かるなー。この深雪様も、那珂ちゃんの歌を聞いて司令官の風呂に突げ」
「深雪」
ゴキャァッと扶桑から軽いげんこつをもらって倒れ伏す深雪に、磯波はサッと目を背ける。
「私も磯波と同じ思いよ。那珂ちゃんの歌を聞くと、前向きな気持ちになる。……彼女の歌は、私の背中を押してくれるの」
「扶桑さんもですか?」
「ええ。彼女は私と違って元気で明るくて、強くて前向きで、とっても可愛くて……。私とは正反対。随分と嫉妬したものよ」
磯波の思いを知り、扶桑も自らの中にある思いを口にする。
「でも、彼女の歌を聞いて、努力を知って。……いつの間にか、那珂ちゃんの歌のファンになってたの」
那珂はアイドルを自称している。自らの中にある目指すべき高みに到達するべく、日々努力を惜しまず、少しずつでも確実に前へと進んでいく。そんな那珂を、扶桑は尊敬していた。
「忠夫さんと出逢って、私も少しずつ変わってきたと思うけど、それでもやっぱり後ろ向きな部分が顔を出すことがある。そんな時は那珂ちゃんの歌を聞いて気分を盛り上げるの。あの子がくれた自作のCDは、今や私の宝物よ」
朗らかに笑う扶桑に、以前のような陰鬱な雰囲気は見られない。彼女が浮かべる笑みは、那珂への思いを如実に表していた。
「私もです。一番多くリピートしてるのは三曲目の――――」
「あら、私はやっぱり一曲目の――――」
自分の歌について盛り上がる扶桑達を見て、那珂は己でも処理が出来ない感情を抱えたままその場を後にした。
嬉しいという気持ちは当然ある。自分の歌が誰かの心に響き、鼓舞出来ていたというのだから、アイドルを目指している者としては身に余る光栄だ。
でも、だからこそ那珂は混乱している。脳裏に横島の言葉が蘇る。
――――那珂ちゃんが好きだった歌と、那珂ちゃんが夢で見た歌の本質の部分は同じなんだ。
「これが――――これが、本当に同じものなの……?」
目の前で見た光景と、夢の中で見た光景。例えるならばまさに光と影、陰と陽。正反対のものに思える。
分からない。今の那珂にはどうしても分からない。正反対であるということは、互いの出発点が同じ場所にあることに気付けないでいる。
第五十一話
『思いの中心』
~了~
~扶桑、着任当初~
扶桑「……那珂ちゃん、まさか自作のCDを着任祝いにくれるなんて……」
扶桑「……可愛い服ね。そういえばこういう服は一度も着たことがないわ」
扶桑「……私もこういう服を着て、歌って踊ってみようかしら?」
扶桑「……ダメね。私ではどうやってもいかがわしいお店の嬢が痛いコスプレをしてる風にしか見えないわ」
扶桑「……不幸だわ。そして羨ましい。妬ましい」
~今~
扶桑「随分と嫉妬したものよ」遠い目
磯波「扶桑さん、凄く綺麗なのに」気付いてない
深雪「…………………………」気絶中
お疲れ様でした。
那珂ちゃんの悩みは続く。でもきっと次回には解決するさ!()
次回は色んな意味で重要な回になるのかなー?
早よ更新せな……(白目)
それではまた次回。