煩悩日和   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

何だかんだで今回が『南西諸島海域』攻略編の最終回です。
なので色々と詰め込んだら文章量が前回の三倍以上になりました。
……毎度毎度私はバカかと。アホかと。
ですがとりあえず満足。(反省の色なし)

それではまたあとがきで。


その名は“アイドル”

 

 光の粒が舞い上がり、空へと昇っていく。

 夜の海を淡く照らす光の中、天へと旅立つ魂達を見送る天使(なか)の姿は、まるで一枚の絵画の様な荘厳さを湛えていた。

 

「――――ふぅ」

 

 やがて光の粒は消え、海は太陽を取り戻す。

 那珂の光輪や光の翼も、解ける様に消えていく。

 誰も言葉を発せない。那珂の雰囲気に吞まれていたのもあるが、実感が湧いてこないのだ。

 

『お疲れさん、みんな』

「……あ、提督?」

 

 静かな海の上、横島からの通信が届く。しかし未だに状況が呑み込めておらず、反応が鈍い。

 横島は苦笑を一つ零すと、皆を労わる様に言葉を紡ぐ。

 

『やったな、みんな――――みんなの勝ちだ』

 

 その言葉に、何人かの肩が跳ねる。

 ゆっくりと互いの顔を見、己の掌を見やる。

 プルプルと震えるその手は歓喜によるものだ。

 ぎゅっと、手を握る。

 そうして――――ようやく、勝利の実感が湧いた。

 

「い――――やったああああぁーーーーーー!!!」

「よぁっしゃーーーーーーい!!!」

 

 比叡と加古が叫び、拳を天に突き上げる。

 耳をすませば通信越しに歓声が聞こえてくる。会議室でも相当な騒ぎが起こっているようだ。

 

「あ˝か˝き˝さ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ん˝っ˝!!」

「ちょっ、ちょっと落ち着いて瑞鳳!?」

 

 涙と鼻水を垂れ流す瑞鳳が赤城へと飛びつき、赤城の制服を汚す。

 

「やったじゃねーか、那珂ぁ! 何かよく分かんねー内によく分かんねー事が起きてよく分かんねーままに勝ったけど、さっきのとかどーやったんだ!? アタシにも教えてくれよー!」

 

 那珂の改二化、霊能の発現など、確かにそうと知らなければ理解が追い付かない現象が多発しており、摩耶の様に何も分からない者が居ても仕方がないだろう。

 摩耶は意気揚々と那珂に近付き、その無防備な背中をバシッと叩く。すると――――。

 

「ふぐぅ……っ!!」

 

 と、呻き声を漏らし、那珂は海面に膝を着いてしまう。

 

「お、おい那珂!? どうした、大丈夫か!?」

 

 那珂の苦しげな様子に背中を強く叩きすぎたかと摩耶が焦る。

 

「あー! なに那珂ちゃんをイジメてるの摩耶ー!」

「い、いやちがっ――――!?」

 

 その現場を目敏く発見した比叡が非難する様に声を上げる。

 別にイジメていたわけではないのだが、那珂の様子が様子なので疑われても仕方がないと自覚している為か、強く否定することが出来なかった。

 もちろん比叡も本気で言った訳ではなく、那珂の様子がおかしいことには気付いている。

 

「……っ」

 

 那珂は全身を酷い疲労感と虚脱感に襲われていた。

 手足には力が入らずプルプルと震えるばかりで立つ事もままならない。

 比叡の声で那珂の様子がおかしいことに皆が気付き、慌てて駆け寄る。

 

「おい、那珂? 大丈夫か……?」

「眠たい? 分かる。私も眠たい」

「加古は少し黙ってなさい。それで、一体どうしたの?」

 

 順に摩耶、加古、赤城が那珂に声を掛ける。

 瑞鳳は那珂の肩を支え、自らへとその身体を寄せる。

 

「……わ、分かん、ない……」

 

 瑞鳳のお陰で少し楽になったのか、那珂は自分でも原因が分からないと答える。

 息が荒いわけではないが、呼吸の一回一回が非常に深く、重いものとなっていた。

 

「……疲労、かしら。提督、何か分かりますか?」

 

 赤城は那珂の不調を極度の疲労ではないかと当たりをつける。……が、、何となく違和感があった為、念の為に横島に意見を求めた。

 

『んー……。直接診ない事には断言出来ねーけど、多分霊力の使い過ぎだと思う。俺も霊力を使い果たしたらそんな感じになったことあるし』

「……あ、なるほど。それで」

 

 横島の言葉に赤城は納得する。

 赤城が抱いた違和感。その正体は那珂の霊波が余りにも弱々しい事だった。先程までの圧倒的な霊波は見る影もない程に弱まっている。

 

『しばらくまともに動けないだろうから、悪いけど誰か那珂ちゃんを負ぶってやってくれ』

「じゃあ私がおんぶしますね」

『ん。頼んだぞ、比叡』

 

 艤装待機状態に移行した比叡が艤装を解除した那珂を負ぶる。

 実は艤装を展開しているだけでも霊力を消費していくので、今回のように霊力を使い過ぎた場合は、艤装を解除することで僅かではあるが霊力の回復を早めることが出来る。

 

「ごめんねー比叡ちゃん。重くない? 汗臭かったりしないかな?」

「なんのなんの、全然大丈夫! 那珂ちゃんはすっごく軽いし、めちゃくちゃ良い匂いだし!! ……後でシャンプーとか香水とか、色々教えてね……」

 

 比叡は本当に同じ艦娘なのか疑わしい程に良い匂いの那珂に、地味にダメージを負う。むしろ自分の方が汗臭くてごめんなさいと謝りたくなってしまう程だ。

 

「さーて、そんじゃドロップを確認して帰りますかー」

「毎回騒ぎが一段落ついてからドロップするの、何か空気読んでくれてるみたいでいいよね……」

 

 落ち込む比叡を尻目に、加古と瑞鳳がまったりとした空気を漂わせ、前方の海へと目を向ける。すると、前方の会場に光が集まり、その中に複数の人型のシルエットを映し出す。

 

「お、今回は新顔が多いな」

「期待が膨らむねー」

 

 元々は沖ノ島海域を攻略するにあたり、資材を大量に消費するだろうからと第四艦隊の解放を狙っていたはずなのだが、それが今や順序は逆になり、先に海域を攻略してしまっている。

 もちろんそれに何の問題もありはしない。むしろ懸案事項が一つ減って万々歳だ。

 あとは第四艦隊さえ解放出来れば言うことなし。出来ることも一気に増えるし、資材もモリモリ溜まっていくだろう。

 ――――流石に数十回出撃すれば溜めた資材も少なくなる。遠征による補充と出撃による消費では、掛かる時間の分消費が上回ってしまっていたのだ。

 だからこそ、このドロップに期待を掛ける。そうそう上手くはいかないということは理解しているが、それでも「妙高型来い!」「金剛型来い!」と祈ってしまうのは仕方がない事なのだ。

 そして、その期待は――――。

 

「私、妙高型重巡洋艦“妙高”と申します。共に頑張りましょう」

「羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ子です。あ、あの……ごめんなさいっ!」

 

 光が収まり、ドロップした艦娘がその姿を現す。

 それは横島鎮守府に所属する那智と足柄と同じ制服を着用した二人の美女。

 一人はやや短めの前髪を切り揃え、長髪を後ろで纏めてシニヨンにした、太めの眉が特徴的な妙高。

 もう一人はミディアムボブの髪に八の字を描いた眉、引っ込み思案なのか背を丸め、縮こまってしまっている羽黒。

 

 ――――そう。その名前から分かる通り、残る妙高型の二人だ。

 まるで時が止まってしまったかのように誰も何も話さない。

 

「あ、あの……?」

「ご、ごめんなさい! わ、私、何か気に障るような事を……!?」

 

 何の反応も返してこない加古達に妙高は戸惑い、羽黒は目に涙を溜めて何も悪くないのに謝ってしまう。

 そんな二人をよそに、加古達は右手を腰だめに構えると。

 

「パーーーーーーティーーーーーーだーーーーーー!!!」

「っ!?」

「ひゃあぁっ!?」

 

 天へと思い切り突き上げ、大きな叫びを上げた。

 

「私達、遂にここまで来たんだ……!!」

「ええ、当初の目的をまた一つ……!!」

「あ、あの……? あの……!?」

「ご、ごめ……ごめんなさ……!!」

 

 涙ながらに抱き合う瑞鳳と赤城。何が何だか何も分からない妙高と羽黒はおろおろと困惑する事しか出来ない。

 

「沖ノ島の攻略!」

「那珂ちゃんの改二覚醒!!」

「そして妙高さんと羽黒さんのドロップ!!! 今日だけで三つも奇跡が起きましたー!!」

「改二……? 改二っ!!? 改二っっっ!!!???

「な、何でそんな凄い事と私達のドロップが同列に扱われてるんですかーーーっ!!?」

 

 嗚呼、てんやわんや。

 妙高のお手本の様な三度見に羽黒のツッコミ。カオスな様相を呈してきたが、いつまでも帰ろうとしない那珂達に横島から通信が入る。

 

『おーい。嬉しいのは分かったから、そろそろ帰ってこーい』

「あ、悪い。ついはしゃいじまって……」

『俺も気持ちは分かるけどな。でもみんな大なり小なり怪我してんだ。早く帰ってきて身体を休めてくれよ』

「お、おう……」

 

 自分の身を心配してくれる横島に、摩耶の胸が少し高鳴る。いつも通りに複数形を単数形に脳内変換していらっしゃる。

 

『そうそう、流石に今日これからって訳にはいかねーけど、さっきお前らが叫んだパーティーはしっかりやるから期待しててくれ。鎮守府のキッチン組がメチャクチャ張り切ってたぞ。海域突破、那珂ちゃんの改二、妙高型のコンプリートで盛大にお祝いすっからな!』

「やったーーー!!」

 

 横島からのパーティーの確約に、那珂達六人は諸手を挙げて喜びを露にする。

 ちなみにだがこの通信は妙高、羽黒の二人には聞こえていない。建造にせよドロップにせよ、鎮守府で所属艦娘として登録をしなければ通信を始め、様々な機能を使用する事が出来ないのだ。

 

 ――――では、()()()()()()()()()()()()

 

「それじゃあ二人とも、私達の鎮守府に案内しますのでついて来て下さい」

「は、はい。よろしくお願いします」

「よ、よろ、よろしくお願いします―」

 

 こうして瑞鳳先導の下、ようやく帰路に就いた那珂ちゃんアイドル艦隊。彼女達に浮かぶ表情はこれまでの様に悔しさが滲み出たものではなく、少女らしい花が咲いた様な笑顔だった。

 

 

 

 

 

「ふぅ――――」

 

 通信を終えた横島が長い長い息を吐き、少しずつ俯いていく。十秒……二十秒……。

 ガバッと顔を上げ、横島は右手を天に突き上げた。

 

「やったぞみんなーーーーーーー!!」

「わあああぁーーーーーー!!!」

 

 会議室、二度目の大爆発。

 横島が溜めに溜めていたのに倣い、艦娘達も暴発しそうな感情を抑えていたのだ。その分、今のはっちゃけ具合は凄まじい。

 うっかり天龍と必殺技開発の特訓の約束をする者。

 うっかり川内と夜戦に付き合う約束をしてしまった者。

 うっかり電に「私を投げ飛ばして!」と頼んでしまい、会議室の端から端まで減衰・減速無しで飛んで行った者。

 中には姉妹艦の活躍に感涙に咽ぶ者もいる。

 

「か……こっこここ……! かっか、かこっ! か、こ、こここ……!」

 

 どことなく過呼吸の様にも見える。(加古で……過呼吸……?)

 皆が騒いではしゃぐ中、横島の周りには比較的冷静な者達が集う。

 

「遂に第二海域突破ですね」

「次からは複数の海域を選択出来るはず……よね?」

「ああ、そのはずだけど……個人的には順番通り第三海域を攻略したいかなー」

「ふむ……。まあ、そこはアンタの好きにしたらいいわ。今はそれよりも……」

 

 霞がすっと身体を避ける。そこに酷く興奮した様子の吹雪が飛び込んできた。

 

「凄かったですねー那珂ちゃんさん!! 改二ですよ改二!!」

 

 ぐおー!! と勢い良く突っ込んでくる吹雪は興奮故かいつもよりずっと距離が近い。

 鼻先が触れ合いそうになっているのにも気付かず、両手をぶんぶん振って「凄い」「改二」と連呼している姿はとても可愛らしい。

 と、ここで興奮しきりの吹雪を落ち着かせる為か、扶桑が吹雪の肩に手を置き、自らにもたれ掛けさせる。

 

「那珂ちゃんの歌があれほどの効果を発揮するなんて……やっぱり那珂ちゃんは凄いですね……!」

「はわ、はわわわわ……!?」

 

 よほど那珂の活躍が嬉しかったのか、扶桑はいつもの儚げな笑顔ではなく、満面の笑みを浮かべており、そんな扶桑に軽くとは言え抱かれている形の吹雪は顔を赤くし、憧れの扶桑の匂いや背中に当たる大きくて柔らかい感触に、先程とはまた違った意味で興奮し始める。

 思わぬ目の保養に横島の鼻の下が伸びるが、ここに更なる乱入者が現れる。

 

「なーなー司令官、結局那珂ちゃんの能力ってどういうものなんだよ? 何か無敵すぎてよく分かんねーんだけど」

 

 そう言って横島の服の裾を引っ張るのは深雪だ。その傍らには磯波もいる。

 

「あー。まあ、さっきの説明だけじゃ分かんねーか。あの能力は――――ぅひぃっ!?」

「ん? 何にびびって――――うおお!?」

「え……ひっ!?」

 

 横島がふと視線を横に向ければ、先程までメチャクチャに騒いでいた艦娘達がじっと横島を見つめていたのだ。控えめに言ってもホラーである。

 

「お、おう……。みんなも気になるんだな。……ん~、本当は那珂ちゃんが居る時に話すのが一番なんだけど……」

 

 ちらり、と横目で皆を見れば、「私、気になります!」という物凄くキラキラとした目で訴えかけられる。

 横島は溜め息を一つ零し、「まあいいか」とホワイトボードを用意するのであった。

 

「結論から先に言うと、だ。俺達の世界では那珂ちゃんの能力を『ネクロマンシー』って呼んでる」

「……ねくろまんしー?」

 

 その未知の言葉に艦娘の多くが首を傾げたが、漫画・ゲーム好きの艦娘が驚きの声を上げる。

 

「ネクロマンシーって……嘘だー! 全然ネクロマンシーぽくなかったって、あれは!」

「ん……。那珂ちゃんの職業(ジョブ)はネクロマンサーじゃなくてアイドル。そこは譲れない」

 

 真っ先に声を上げたのは望月と初雪。他にも何人かが疑いの声を上げる。

 彼女達の話について行ける者は少なく、困惑している者の方が多い。

 

「まあ待てっての。一から説明していくから。……簡単かつ大雑把に」

「おーい!」

 

 昔と違ってちゃんと勉強もしている横島であるが、それでも知識の量も深度もそう大したものではない。なので今はそれで我慢してもらうしかないのだ。

 

「んで、ネクロマンシーだけど、漢字ではこう書くんだ」

 

 横島はホワイトボードに大きく“死霊術”と書く。それを見た皆からはどよめきが起こった。

 

「その力は読んで字の如く『霊を意のままに操る』ことだ。例えばそこら辺の霊を敵に突っ込ませたりな」

「え、でもそれじゃあやっぱり那珂ちゃんの力とは別物なのでは……?」

 

 どうにも横島の説明からでは先の那珂の力と結びつける事が出来ない。だがそれも仕方のない事だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺の世界の同僚にな、世界最高レベルのネクロマンサーがいるんだ。その子は三百年間幽霊やってて、最近になって生き返ったんだけど……」

 

 先ほどより遥かに大きなどよめきが起きた。……が、もう誰も突っ込まない。話が途切れるし、何より続きが気になりすぎるからだ。

 

「だからこそ、その子は霊の悲しみや苦しみを理解してあげることが出来た。憐れみだけでなく、慈しみを、愛情を以って接する事が出来た。だから霊を操るだけでなく、成仏へと導くことが出来たんだ」

 

 そう語る横島の顔はどこか誇らしげであり、幾人かの艦娘はそのような表情(かお)をさせる()()()()()()()に、胸の炎を滾らせる。

 

「ん……? あれ?」

 

 と、ここで吹雪がとある事実に気付く。

 

「司令官が言うその方が世界最高レベルということは……深海棲艦相手に同じ事をして見せた那珂ちゃんさんはつまり……?」

 

 その言葉に会議室に沈黙が下りる。

 何かを期待する様に横島に目をやれば、彼は大きく頷いた。

 

「ああ。那珂ちゃんも世界最高のネクロマンサーの一人だな」

 

 会議室に感心したような、誇らしげな声が満ちる。特に神通など涙ぐんで天を仰ぐほどだ。

 

「にしてもスゲーな、那珂ちゃん。戦ってる最中の敵に対してイツクシミだのアイジョウだの、私にゃ無理だなー」

「あ……確かにそうだね」

 

 頭の後ろで手を組み、溜め息と共に言葉を吐き出す深雪。傍に居た磯波も同意しており、会話を聞いていた他の艦娘も同じ思いの様だ。

 

「そうか? 那珂ちゃんなら当然だと思うけど」

「えー? 何でそう思うんだよー。ぶーぶー」

 

 自分の言葉を切って落とされた深雪が唇を突き出し、ブーイング。横島は「悪かったって」と深雪の頭をわしゃわしゃと撫で、理由を述べる。

 

「だってな、()()()()()()()()()()()()()()? 自分の歌を聞いてくれる……いや、例え聞いてくれなくても、心からの愛情を伝えるのはいつもやってる事じゃんか」

「……」

 

 開いた口が塞がらない、とはこの事を言うのだろう。無論悪い意味ではなく、良い意味でだ。

 横島は艦娘(じぶん)達より余程那珂の事を理解してくれている。そのことを、ひどく嬉しく思うのだ。

 しかし、中にはそのことに対して嫉妬してしまう艦娘もいる。例えば深雪だ。

 

「ふーん。那珂ちゃんの事よく見てんだな。最近ずっと那珂ちゃんばっか気に掛けてたし、裏で何かあったんじゃねーのー?」

「何だ何だ、今日はやけに突っかかって来るな」

 

 またも不機嫌そうに唇を突き出し、軽くぺちぺちと横島の腕にパンチを見舞う。

 深雪の機嫌が悪くなった理由が一切分からない横島は困惑するばかりであり、磯波も深雪の気持ちが少し理解出来るので、止めずに好きにさせている。

 

「那珂ちゃんはいいよなー。あんな無敵の能力手に入れてさー。もう全部那珂ちゃん一人でいいんじゃねーのー?」

 

 それは嫉妬からつい口に出してしまった言葉。那珂の能力を知り、芽生えた思い。そして深雪と思いを同じくする者も少なくない。むしろこれから先、もっと増えていくことだろう。

 

「さっきから無敵無敵言ってっけどな。ネクロマンサーの能力は確かに強えーけど、全然無敵じゃねーぞ? 弱点とか難点とか色々あるし」

「……え、マジで?」

 

 だが、そんな思いも横島の言葉で広がりを止める。

 

「こういうのは那珂ちゃんが居る時に説明したいんだけど、まあ今更か。とりあえず、ざっとだけど説明していくぞ」

 

 そう言って横島はホワイトボードにネクロマンサーの……今の那珂の弱点を書いていった。

 

 まず第一に歌わないと能力が発動しない事。

 本来の――横島の世界での――ネクロマンサーは“ネクロマンサーの笛”という楽器を用いて霊を操る。だが那珂の場合は直接歌声を霊波に変換し、深海棲艦に干渉するのだ。

 つまり那珂が歌えない、声が出ないという状況に陥った場合、そもそもの能力発動が出来ないという事になる。

 

 次に『歌』であるという事。

 先の戦闘でのロ級の様に、歌を歌と理解出来ない者にはその威力を発揮することが出来ない。

 

 更に、他に霊力を回せない事も挙げられる。

 先の戦闘にて那珂が改二に覚醒してから、那珂は一度も攻撃を行っていない。(これは横島の命令も関係しているが)

 防御に関してもだが、那珂は攻撃を受けた際、防御に霊力を割いていたのではなく、素の防御力で防いでいた。

 

 そして、霊力の消費が激しすぎる事。

 那珂は最後の一戦、それも夜戦時間内に改二の莫大な霊力を完全に使い切ってしまっている。

 これから先、沖ノ島よりも広い海域も出てくるだろう。それで序盤から能力を使っては、最後まで辿り着けない可能性が非常に高い。それほどの燃費の悪さだ。

 上記の“他に霊力を回せない”のも、この燃費の悪さが原因と言えるかもしれない。

 

「……とまあ、こんな感じか。

 ちゃんと調べたわけじゃねーから間違ってる部分もあるかもしんねーし、ちゃんと修行すれば克服出来る部分もあるだろーけど……。

 それでもみんなが思うような無敵完璧な能力じゃないってのは分かってくれたか?」

「お、おおぅ……。そっか、結構面倒な能力でもあるのか……」

 

 現状の問題点を挙げていった横島の説明に、深雪をはじめ他の艦娘も納得を示す。なるほど、

 確かに無敵ではない。むしろ癖の強い能力と言えるだろう。特に歌でなければいけないのと、超高燃費の部分。

 当面は運用するにあたって、今まで以上に頭を悩ませることになるだろう。

 

「それに、だ」

 

 横島は深雪の頭を優しく撫でる。

 

「那珂ちゃん一人じゃ戦えない。

 みんなが居て初めて那珂ちゃんの能力を活かす事が出来るんだ。

 むしろみんなの立ち回りの方が重要になるかもな」

「……私達の方が?」

「そうそう。みんなの立ち回り次第で“無敵艦隊”ってな」

「無敵艦隊……!!」

 

 深雪と幾人かの目が輝きを放つ。ロマン溢れるワードが琴線に触れた様だ。

 

「……提督。そろそろ艦隊が戻ってきます」

 

 深雪を温かく見守っていた大淀が、艦隊の帰還を伝える。気付けばそこそこの時間が経っていたようだ。

 

「……っと、もうそんな時間か。相変わらず行き帰りは超スピードというか何というか。

 ……せっかくだし、みんなで出迎えようか?

 妙高型の二人も気になるし、何より沖ノ島攻略を頑張ってくれた艦隊のみんなと、改二になった那珂ちゃんをさ」

「さんせーい!!」

「私、いっちばーん!!」

 

 駆逐艦娘を中心に声が上がり、皆が我先にと移動を開始する。

 妙高型はもちろん、やはり改二になった那珂を一刻も早く見たいのだろう。少し、妙高達が不憫かもしれない。

 

 皆が会議室から出ていくのを見ながら、横島は今回の那珂の覚醒に思いを巡らせていた。

 那珂がネクロマンサーの能力に目覚めたのは、とても大きな意味を持つ。

 いずれ来たる決戦の時。那珂は全鎮守府連合艦隊の切り札の一つとなるだろう。

 

()()――――()()()()……」

 

 呟いた言葉は誰の耳にも届かず消えていく。

 横島は皆の後を追い、那珂達を迎えに行った。

 

 

 

 

 

「うっはーーーーーー!! 美しい……!! なんて美しいんだ……!!!」

 

 横島の目の前には遂に揃った妙高型四姉妹の姿がある。

 現実時間ではそれほどでもないのだが、ゲーム内時間では実に数ヶ月かけてのコンプリートだ。感動も一入であり、四人の姿がきらめいて見える。

 妙齢の美女が四人。普段の横島ならば既に飛び掛かっているところだが、四姉妹の近くには皐月や文月といった駆逐艦娘の中でも特に幼い者達が配備されており、更には羽黒の気弱な性格もあってかただ感情のままに叫ぶだけに止めている。

 美しい美しいと連呼する横島に妙高は困った様に、那智は呆れた様に、足柄は当然とばかりに、羽黒は恥ずかしそうにそれぞれ表情を変えている。

 瑞鳳の先導で艦隊は帰ってきた。所属艦娘全員で、しかも大歓声を上げて出迎えたのだからさぞ驚いたことだろう。

 そこで足柄と那智が「本命は後に取っておこう」と進み出たのだ。その結果が今の状況である。

 一部の艦娘が横島の尻をゲシゲシと蹴っているぞ。

 

「二人とも……提督はどういう方なのかしら……?」

「一言で言えばスケベ小僧だな」

「でもなかなか優秀なスケベ小僧よ」

「え、エリートスケベってことですか?」

「いや、そういうことではなく」

「っていうか、エリートスケベってなによ」

 

 羽黒の不思議な表現にやや気を削がれたが、那智は一つ咳払いをし、自分達の司令官について語る。

 

「普段はスケベでバカなことばかりしているんだがな、ああ見えて私達艦娘一人一人を気に掛けてくれていてな。那珂が悩みを吹っ切って改二に至ったのも、奴の力添えがあってこそなんだ」

「そう、なの?」

「ああ……多分そんな感じなんじゃないかなーと思う」

「凄くフワッとしてる!?」

「だって私達、着任してからこっち全然出番なかったし……」

「あ、あー……」

 

 弱冠遠い目をして微笑む二人に上手く言葉を返せない。

 何か良い話題はないかとちらりと横島を見やれば、いつの間にか彼は大量の駆逐艦娘に乗っかられ、圧し潰されていた。

 小高い駆逐艦娘山の下から「あ˝ー……」という呻き声が聞こえてくる。

 ちなみに頂上には初春が足を組んで座っており、そんな状態だというのに優雅さ、高貴さを微塵も失っていない。相も変わらず只者ではない。

 

「てーとくー」

「お、おお! その声は……!!」

「うわー」

「きゃー」

 

 ようやく、と言うかやっとと言うか。比叡に背負われていた那珂が降り、下敷きになっている横島に声を掛ける。するとその声に反応した横島が、まるで重さを感じさせない動きですっと立ち上がり、上に乗っていた駆逐艦娘達がバラバラと崩れていった。

 

「おかえり、那珂ちゃん」

「えへへ。ただいま、提督」

 

 多くを語らず、ただ微笑み合って言葉を交わすその姿は、何だか心が通じ合っているように見えて一部の艦娘達がムッと眉を顰める。

 

「んんん~、これが改二になった那珂ちゃん……!! 新しい衣装も似合ってるな! 可愛いぞ!!」

「えへへー! 似合ってる? 那珂ちゃん可愛いっ?」

「いよっ! アイドル那珂ちゃん日本一ー!!」

「いえーいっ!!」

 

 一転、今度はハイテンションでハイタッチ。これはこれで楽しそうでやっぱり一部の艦娘達のボルテージが上がっていく。

 

「那珂ちゃんがこうして改二になれたのは提督のおかげだよー」

「そーか? 俺は大したことしてねーと思うけど……。那珂ちゃんが頑張ってきたからこそだろ?」

 

 そう言う横島に謙遜の色は無い。心の底からそう思っているようだ。そんな横島だからこそ、那珂の胸に温かな想いが募っていく。

 

「そんなことないよ。提督は大したことしてないって言うけど、私にとってはそうじゃなかった。とっても大事なことだった。そんな大事なことを当たり前みたいに出来るんだよ? 提督はもっと自分は凄いんだぞーって自信を持たなきゃ!」

「そ、そうか? そう言われると何か照れるな」

 

 褒められることに慣れていない横島は那珂の言葉に顔を赤くする。

 変な暴走もなく、純粋に照れる姿は見る者が見れば可愛らしい。

 

「あらあら、顔を赤くしちゃって……。案外純情なのかしら」

「ピュアスケベなのかな」

「羽黒……?」

「お前は相変わらず妙な単語を気に入るな」

 

 末妹の妙な癖に苦笑しつつ、横島と那珂の会話に注視する妙高達。

 少し周りを見れば、二人のやり取りに嫉妬する艦娘もちらほらと見受けられる。中々面白い人間関係が構築されているようで、妙高と羽黒の好奇心が首をもたげてきた。やはり色恋沙汰は気になるものなのである。

 

「提督に何かお礼をしたいんだけど何が良いかなー?」

「いや、別にそういうのは気にしなくてもいいんだけどな」

 

 仲睦まじく話す二人に、そろそろ周囲も限界が近い。今回の主役は那珂なので皆多少は遠慮しているが、それでも一部の艦娘達はこれ以上の独占を我慢出来そうにないのである。

 彼女達は我慢弱く、落ち着きのない艦娘なのだ。しかも抜け駆けをする輩を大層羨ましく思っている。ナンセンスだが、動かずにはいられない。

 

「ちょっと、司令か――――」

 

 ついさっきまで横島の尻を蹴っていた為に一番近くに居た叢雲が横島に近付いた時、一陣の風が吹いた。

 

「いたっ」

「ん、どうした?」

 

 風が吹き、那珂が目を押さえて俯く。どうやら目にゴミが入ったらしく、少し涙ぐんでいる。

 

「ごめん、提督。ちょっとふーってしてくれないかな?」

「え、お、俺が?」

「ちょっと、那珂。それなら私の方が……」

 

 那珂は困った様に横島に顔を近付ける。横島は戸惑いつつもひょいと同じように顔を近付けており、その閉じられた片目を開くためにそっと指を這わせようとする。

 流石に男にそういったことをさせられないと考えた叢雲が心配そうに手を伸ばすが、ここで予想外の光景を目にする。

 

「ごめんね?」

「へ?」

 

 那珂が横島の首に腕を回す。横島は一瞬その腕に気を取られ、視線を外し――――謝罪の言葉にまた戻せば、そこには視界いっぱいに広がる那珂の顔。

 唇に触れる柔らかな感触。鼻先をくすぐる甘い匂い。重なり合う二人の影。

 横島の唇と、那珂の唇が、一つとなっていた。

 

「キャーーーーーーッ!!!」

 

 それは悲鳴なのか、それとも黄色い声なのか。ともかく大気を震わせるほどの大声が皆から発せられた。

 

「何やってんのよ那珂ァーーーーーー!!!」

「何で俺ヴァアァッ!!?」

「ああっ、提督っ!?」

 

 那珂と横島のキスシーンを見た叢雲は即座に沸騰。どこからか取り出した槍の石突で横島の肝臓(レバー)を強かに打ち抜き、その意識もろとも吹き飛ばす。流石の那珂改二も戦闘状態でなければ反応することは出来なかったようで、簡単に弾き飛ばされてしまった。

 以前の金剛による大人のキスの時は横島を引っこ抜くだけで済ませていたのに今回は直接攻撃という手段に出てしまったのは、それだけ余裕がなくなってきているのか。

 

「うおぉっ、大丈夫か提督!?」

 

 吹き飛んだ横島は天龍が何とか抱きとめることに成功した。横島の顔が丁度天龍の大きなお胸の谷間に挟まっているので、周りからは見えないがその表情は非常にだらしないものとなっている。気絶しているのに器用な男だ。

 

「那珂ァッ!! あんた司令官に何やってんの!! アイドルなんでしょーがあんたは!!」

 

 叢雲はびしっと指を突きつけ、那珂を糾弾する。その目に若干涙が浮かんでるように見えるのは果たして気のせいか否か。

 那珂はそんな叢雲に対し、ムッとした表情を見せるが、それもほんの数秒。後には何やら得意げな顔になり、それが叢雲だけでなく周囲の一部艦娘達の神経を逆なでる。

 

「分かってない……。叢雲ちゃんはアイドルを分かってないよ」

「あんですってぇっ!?」

 

 やれやれと首を振り、ぷすーと息を吐く那珂の態度に叢雲は艤装を展開しそうになる。流石に実行しないだけの理性は残っているようだが、今にも爆発しそうだ。二人とももっと横島の心配をしてあげないとダメだぞ。

 

「良い? 叢雲ちゃん。アイドルっていうのはね――――恋愛スキャンダルが付き物なんだよ……!!

「――――た、確かに……!!

「それで納得しちゃダメだよ叢雲ちゃん!!」

 

 うっかり丸め込まれそうになった叢雲に吹雪のツッコミが入る。色々と衝撃だったのでいつもしっかりとしている叢雲がポンコツ気味になってきている様だ。

 一方天龍は気絶している横島をどうするべきか、頭を悩ませていた。

 

「那珂の奴め、羨ましい真似を……!! しかし叢雲もここまでしなくても……いや、まあいいか。とにかく医務室にでも連れてったらいいのか……? いや、待てよ……――――ッ!!」

 

 ここで天龍に電流走る。

 最近横島関連で全然美味しい目を見ていない天龍は悪魔の策を思いついた。即ち……このままお風呂(ドック)に連れていけばいいのではないか? ……と。

 思いついてしまったからには冷静な思考なんてかなぐり捨て、天龍は実行に移す。彼女はそういう勢いで行動するタイプの艦娘だ。

 

「……しょーがねーな。俺はこのまま提督をドックで治療してくっから! 那珂(あっち)は任せたぜ!」

「ヘーイ天龍ー! Just a second(ちょっと待ちなサーイ)!!」

「ぬっ、金剛!」

 

 勢いのままずらかろうとする天龍を呼び止める影、その名は金剛。彼女は不敵に笑い、天龍に手を差し出す。

 

「また新たなRival(ライバル)が出現しました。ここは一時手を組むべきネー!」

「あー?」

 

 金剛を睨み付けること数秒。天龍も同様に不敵な笑みを浮かべ、差し出された金剛の手を握る。

 

「ふっ」

「ふっ」

 

 同盟成立――――!!

 

「貴女達だけにいい格好はさせませんよ。私も行きます」

「おお、加賀!!」

「加賀さん!?」

 

 同盟を組んだ二人に加わる新たな人員、加賀。遠目に眺めていた赤城は変な方向に吹っ切れつつある親友に驚きを隠せない。

 

「こらーっ! 天龍ー!! 金剛ー!! 加賀ー!!」

「ちっ、叢雲が気付いたか!」

「さっさと行きましょう」

「はーっはっは!! 追いつけるものなら追いついてみなサーイ!!」

 

 黙って移動していればバレないのに、わざわざ大声で計画を話して仲間を増やし、挑発してからダッシュで逃げる。

 横島と色々ヤりたい(意味深)のは事実なのだろうが、もしかしたら追い詰められつつある叢雲のストレス発散を兼ねたじゃれあいをする為なのかもしれない。

 叢雲は多くの駆逐艦娘を引き連れ、天龍達を追いかけ始める。

 

「駆逐艦、突撃ー!! 司令官を取り戻すわよ!!」

「深雪様だって司令官に色々してーんだぞー!!」

「この不知火を差し置いて美味しい目になど合わせません……!!」

「わあああああああ!!」

「ひょうてきをさだめろー」

 

 ムキ―ッ! と怒りの雄叫びを上げ、駆逐艦達は天龍達最強の三人へと突撃する。横島を賭けた熱い鬼ごっこの始まりだ。

 叢雲に放置される形となった那珂は「ありゃりゃ」と頭を掻き、叢雲達駆逐艦隊を見送る。そこに遠慮がちに吹雪が近寄った。

 

「あの、那珂ちゃんさん」

「あ、吹雪ちゃん」

 

 吹雪はぺこりと頭を下げ、那珂に声を掛ける。そうして言いたいことがあるのに、言い出せないまま時が過ぎる。

 那珂は吹雪が何を言いたいのか……何を聞きたいのか理解している。だから、その答えを口にした。

 

「私ね、提督のこと好きだよ」

「……」

「叢雲ちゃんにも言ったけど、ちゃんと恋愛的な意味でね」

 

 真っ直ぐな言葉、真っ直ぐな視線。それに吹雪は何故か打ちのめされた様な気分になった。それは何故か、何となくだが察しは付いている。

 吹雪は自分の想いに自信が持てない。本当に自分が抱いている感情が()()なのか、判断が付かないのだ。

 自分の姉妹艦を見て、どこか置いていかれている様に感じてしまう。

 叢雲はある時期から横島への好意が目に見えて態度に表れるようになった。それでも言動は相変わらずな所もあるが、それでも随分と分かりやすくなったように思う。

 磯波も意外と積極的に横島に近付いていることがあり、その姿を見て驚くことも多い。

 深雪に関しては……まあ、うん。どうなんだろうね?

 初雪は……懐いては、いるのかな。

 白雪はちょっと影響を受けているみたいで図太く……逞しくなった。

 

「……」

 

 もしかして自分が感じている焦燥感の様なものは見当違いなんじゃないかな、なんて言葉が吹雪の頭を過ぎる。

 

「提督を好きな子ってけっこういるよね」

「え、あ、は、はい。そう……ですね」

 

 那珂の言葉に、吹雪は自分の心を読まれたのかと驚く。微妙に言葉の意味がすれ違っているように感じるが、おおよそでは間違っていないだろう。

 吹雪の心を知ってか知らずか、那珂は空を仰ぎ、言葉を紡ぐ。

 

「でもね、那珂ちゃんは負けないよ」

「……」

「天龍ちゃんにも、金剛さんにも、加賀さんにも。叢雲ちゃんに扶桑さんに川内ちゃん、他にもたくさん」

 

 特にライバル視しているだろう数人の名を挙げ、那珂は顔を吹雪に戻し、真っ直ぐに見つめ合う。

 

「もちろん、吹雪ちゃんにもね」

「……!!」

 

 どくん、と心臓が跳ねた。

 

「言霊使いだからかな、分かっちゃうんだ。吹雪ちゃんが提督を呼ぶ時の声に込められてる感情とか。今、自分の気持ちに自信を持つことが出来ないことも」

「……はい」

 

 吹雪は小さく頷く。那珂も頷き、目を閉じて己の手を胸元に置く。

 

「吹雪ちゃんが提督を呼ぶ時、すっごく温かい気持ちが込められてる。温かくて、柔らかくて、それでいてとっても強くて。想いだけで全身を包み込んじゃいそうな、眩しい程にキラキラした気持ち」

 

 再び目を開いた那珂は、慈愛をすら込めた微笑みを浮かべる。

 

「みんなとおんなじ。天龍ちゃん達と同じように。叢雲ちゃん達と同じように。……私と同じように。――――提督のことが、大好きなんだね」

「――――……!!」

 

 その言葉に、吹雪の顔が赤く染まる。それは自らの気持ちを代弁されたことによる羞恥と、自分の想いを肯定してくれた事による興奮、あるいは感動から来るものだ。

 どうして自分の背中を押してくれるのだろうと、吹雪は思う。ただでさえ横島は人気なのだから、恋敵(ライバル)は少ない方が良いはずなのに……とまで考え、()()()()()()()()()()()、とその答えを飲み込んだ。

 だって、()()()()()()()()()()

 恋する女の子の背中を押すのだって、アイドルとしては当然のことである。

 

「だから、私達はライバルだね!」

「……そう、ですね」

 

 にっこりと笑いながらの発言に、吹雪は空を仰ぎ、深呼吸をする。そして視線を戻した時には、もう迷いは見られなかった。

 

「……はい。私も那珂ちゃんさんにも、叢雲ちゃん達にも……扶桑さん達にだって、負けません」

 

 ぎゅっと胸元で両手を握り、吹雪は宣言する。

 

「私だって先輩が……司令官が好きなんです。誰にも負けません……!!」

「……うん!!」

 

 自らの想いを自覚し、吹雪は横島から一歩引いた立場ではなく、真に隣に立つ者になるのだと覚悟を持った。自分が横島を射止めるのだと。

 その宣戦布告を聞いた那珂は満面の笑みを浮かべ、()()()()()()()()()()()()()に飛びついた。

 

「ひゃあぁっ!? な、何ですかー!?」

「何でもない何でもなーい!」

 

 何が嬉しいのか、那珂はにこにことした笑顔を崩さず、吹雪を振り回す。吹雪もまさか初めてのくるくる抱っこの相手が那珂になるとは思っていなかっただろう。欲を言えば横島にやってほしかった。

 

「ところで吹雪ちゃんって提督のこと“先輩”って呼んでるんだね」

「えぅっ!? い、いいいいいえ、あれはその、い、以前のデートで街に行った時に普段の司令官呼びだと色々と変な目で見られるだろうからと思ったからで二人っきりの時はそうやって呼んでてえっとそのあの……!?」

「どうどうどう、落ち着いて」

 

 またも自分の秘密が一つバレてしまった吹雪は目をぐるぐると回し、手をぶんぶか振って慌てふためく。那珂をして非常に可愛らしい姿である。

 

「私達で同盟とかどうかな? 提督の好みって扶桑さんとか加賀さん、天龍ちゃんみたいなタイプだから外見年齢とかスタイルで不利な私達が対抗するとなると……」

「……か、考えさせてください……」

 

 自分の胸を見やり、すとんと視線が落ちる事に悲しみを覚えた二人は目尻に雫を浮かばせる。巨乳に対抗するには同盟を組んで数を揃えよう、という那珂の意見に対し、吹雪は一旦答えを保留とした。

 もしかしたら今のままでも靡いてくれる可能性だって存在しているのだ。以前のデートでは良い雰囲気になったことだって何度かあったのだし。

 ……同盟は心強い提案ではあるのだが。

 

「……あ、でもそうですね。とりあえず今だけは同盟を組みましょう」

「え、ほんと?」

「はい」

 

 と、ここで吹雪が同盟を提案する。驚く那珂に、吹雪は視線をまっすぐ前に向けながらしっかりと頷いた。

 もちろん那珂に否やはない。即座に頷き……吹雪の視線を追って、こめかみに大粒の汗が浮かぶ。

 

「みんなを止めるための同盟ですけどね……!」

「そんなことだろうと思ったよ……!」

 

 吹雪の視線の先、そこには横島を賭けて死闘を繰り広げる天龍チームと叢雲率いる駆逐チームの姿があった。

 

「やーい、天龍の中二病ー! 中途半端カッコつけ―!」

「何だとこの野郎っっっ!!!」

「金剛さんのドーナツ頭ー! フレンチクルーラーのセットに何時間かけてるんですかー!?」

「失礼なー! これはくせ毛デース!!」

「嘘ぉっ!!?」

「加賀さんの……加賀さんの……!! えーっと、何か特徴あったっけ……?」

「……本気で傷付くので何でもいいから言って欲しかった」

「加賀さんのバーカ!」

「大食いとかあったでしょうに直接的な罵倒とは……。頭に来ました。磨り潰します」

「沸点が低すぎるぅ!?」

 

 口喧嘩を交えつつ、どこかわちゃわちゃとした死闘(じゃれあい)だ。何人かの駆逐艦娘がふわっとした軌道で投げ飛ばされたりしている。流石に怪我を負わせたりするまで冷静さを欠いてはいなかったようだ。

 吹雪と那珂は顔を見合わせ、深い深い溜め息を吐くと、意を決して混沌の戦場へと飛び込んだ。

 

「こらーーーーーーっ!! そこまでにしなさーーーーーーいっ!!」

「ケンカなんてくだらないよ! そんなことより那珂ちゃんの歌を聞けーーーーーーっ☆」

 

 こうして少女達は自らの想いを自覚し、また一つ強くなった。未だ素直になれない者、まだ自分の想いに気付いていない者、一歩を踏み出す勇気がない者もいるだろう。

 だが、応援してくれる者がいる。背中を押してくれる者がいる。勇気を与えてくれる者がいる。

 ――――その名は“アイドル”。自らもまた前を向き、愛と勇気を持って進んで行く者。

 この鎮守府には最高のアイドルがいる。彼女の輝きは太陽の如く燦々と降り注ぎ、全ての艦娘を眩く照らし続けるだろう。

 

 

 

 

 

「提督は……色々と人気者なのね」

「スケベ小僧だがな」

「スケベ小僧なんだけどね」

「……あ、あの、ちょっと待って下さい。スケベな司令官さんがそれだけ人気という事は、皆さんも司令官さんにスケベなことをしてもらいたいってことなんでしょうか。

 ……つまりこの鎮守府は……スケベ鎮守府で、所属艦娘は、ス、スケベ艦娘ということに……!?」

「羽黒……?」

「お前いい加減にしないと色んな人から怒られるぞ?」

 

 

 

「ねえ川内」

「んー? どしたの時雨師匠」

「君は行かなくていいのかい?」

「あー、何かタイミング逃しちゃったしねー。独占するつもりもないし……今日は那珂ちゃんに譲ってあげようかなー、って思ってたんだけどねー」

「なるほどね。……ところでこの前のことなんだけど……」

「おー? いよいよ実行しちゃう?」

「も、もうちょっと計画を煮詰めてからでないと……」

「そっか。……本音を言えば提督の方から「ぐおーっ!」って来てほしいんだけどねぇ」

「あ、あうぅ……」

 

 ……羽黒の言葉はあながち間違いではないのかもしれない。

 

 

 

 

 

第五十四話

『その名は“アイドル”』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 ――――デーエムエム社長室。

 先程まで激務に追われていたのだろう、疲労困憊と言った風情の佐多がソファーの上に寝っ転がり、「あ˝ー……」と呻き声を上げていた。

 コンコン、とノックの音。佐多は大きく息を吐きながらも来客に入る様に促す。

 

「ふふ、お疲れ様ですサっちゃん」

「って何や、キーやんかいな」

 

 入室したのは家須であった。手に持っているのはノートパソコン。何らかの画面を開いているのか、時折何やら操作をしている。

 

「あー? なんやなんやノーパソなんぞ持って来よって。こっちはキーやんの分も仕事こなしとったから疲れとるんや。よっぽどのことやない限り寝かしといてくれ」

 

 家須の持つノートパソコンを見るなり露骨に嫌そうな顔をし、しっしっと手を振る。本当に疲れているのだろう、そんな佐多の態度に家須は苦笑を浮かべるしかない。

 そして、申し訳ないことに佐多にはもうひと頑張りしてもらわなくてはならないのだ。

 

「ええ。――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あー?」

 

 見つめ合うこと数秒。佐多は溜め息を吐き、身を起こす。

 

「……聞かせてもらおか」

 

 社長室に充ちる緊張感。だが、家須が浮かべるのは苦笑から微笑へと変わっている。

 佐多に齎される情報はとんでもない情報であるのだが、それと同時に素晴らしい朗報でもあるのだ――――。

 

 

 




お疲れ様でした。

現状那珂ちゃんは超高燃費艦娘って感じです。いや、能力を使わなければそこまででもないんですけどね。

……私はアイドルを何だと思ってるんだろうね?

やっぱり詰め込み過ぎたなぁ。色々と雑然としている……! このあとがきも……!
一番お気に入りの部分は

「アイドルっていうのはね――――恋愛スキャンダルが付き物なんだよ……!!」
「――――た、確かに……!!」

の部分です。これがやりたかった。

ようやく妙高型が揃ったわけですが……この羽黒はむっつりさんなのだろうか。自分でもよく分かりません。

次回からはちょっと各鎮守府の様子も描写していくことになります。第三海域の攻略は……どうなるかな?
とりあえずそんな感じです。
それではまた次回。




霞「もういっそみんなで司令官を襲っちゃえばいいのに」(投げやり)
大淀「私達の胃の為にもそうしてほしいわね」(投げやり)
満潮「ああ……うん、そうね。とりあえずお風呂でリフレッシュしてきたらどうかしら? 私も少しぐらいなら書類仕事手伝えると思うから……」
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