初襲撃の日から、ゲーム内時間での翌日。白雪と叢雲はまたも鎮守府前海域へと出撃していた。前回の不甲斐ない戦闘へのリベンジ。特に叢雲は燃えに燃えていた。
叢雲は横島の指示を遵守しつつ、圧倒的な勢いで敵をバッタバッタとなぎ倒す。白雪も叢雲が戦いやすいようにサポートに回り、場を整えていく。気付けば小破することもなく、前回追い苦しめられたボス艦をあっさりと倒すことが出来た。
『2人ともお疲れさーん。やったな、今回は楽勝だったじゃねーか。特に叢雲、お前は大活躍だったなー! 今回のMVPはお前で決まりだな!』
『やったね、叢雲ちゃん!』
『凄いのです!』
横島からの喝采が響く。彼だけではなく、通信の向こうから吹雪と電の声も聞こえてくる。どれもが自分達を褒め、称えるものだ。普段通りならば気分良くその声に応えていたのだろうが、今の叢雲は機嫌が悪かった。
『……どーした? 何かあったのか?』
叢雲の様子を訝しんだ横島が声をかける。そして、それが引き金となった。
「何かあったですって? ……何もなかったから怒ってるんでしょーが!!」
『はぁっ?』
叢雲の主張に横島は間の抜けた声を返す。それもそうだろう。彼女は戦闘で大活躍をしている。だというのに“何もなかった”というのはどういうことなのだろうか。
「何で! 私の格好良い戦闘シーンが全カットされてるのよ!! この前『次の
叢雲は怒りのあまりに火を吹いた。目は普段以上に釣りあがり、彼女のボルテージがいかに上がっているかを如実に物語っている。
『……おいおい、何言ってんだ叢雲。俺はちゃんとお前の活躍を見てたぞ? うん、すごいだいかつやくだったなー』
「だから! その華麗な私の戦いの描写がないっつってんのよ!! つーかあんたのその物言い、本当は何もかも分かって言ってんじゃないでしょーね!?」
『さぁ、何のことか分かんねーな』
「ムッキイイイィィィーーーー!!!」
叢雲の怒りも横島は華麗にスルーする。棒読み具合が中々に酷い。叢雲はもはや言葉にならない激情を叫ぶことしか出来ない有様だ。
『それはともかく、戦闘も終わったしドロップも無さそうだし、早く帰って来いよ。艦娘とはいえ、あんまり潮風に晒され続けるってのも心配だしな。……んじゃ、通信終了な』
「あっ、こらちょっと待ちなさ――」
『――プツ……ン――』
通信は切られた。叢雲のこめかみに井桁が形成される。怒りで全身が震えるのは初めての経験だった。
「……納得いかなーーーーーーーーーーい!!!!」
叢雲は手に持った槍をぶんぶんと振り回し、虚空へと怒りの咆哮を上げた。
「叢雲ちゃん、司令官と楽しそうにお話出来て羨ましい……」
一方叢雲の背後にいた白雪は天然丸出しの発言をしていた。確かにある角度から見た場合は楽しそうに見えるのかもしれないが、実の妹がいじられているシーンを見てその感想はどうなのだろうか。
「……あら、これは」
そんな白雪の視界に、光る球体が現れる。それは白雪の掌ほどの大きさであり、白雪が光球に手を翳すと、光球は導かれるように白雪の手へと収まった。やがて光が収まり、それは真の姿を露にする。
「これは……」
さて、叢雲いじりを堪能した横島であるが、彼は現在執務室に篭り、書類と格闘していた。
「……何で、ゲームの中でも書類仕事をしなきゃなんねーんだよ」
「あはは……」
「仕方ありませんよ。“艦これ”にも大本営が設定されてますからね。形だけとはいえ、一応報告書も送らないといけないんです」
大本営とは、簡単に言えば日本軍(陸海軍)の最高総帥機関であり、天皇陛下からの勅命を大本営命令として発令する最高司令部である。
艦これの世界にも設定上は存在しており、その正体は艦これを作ったとある共同経営会社――
横島は取締役の家須や佐多にレポートを書くように言われているので、最初はこういった形で提出するのかと思っていたのだが、いざ整理を始めてみれば彼がゴーストスイーパーとして作製する報告書と同じような物であった。美神が報告書の書き方などを教えてくれていたから問題はないのだが、息抜きのはずのゲームで書類仕事をしなければならないのは苦痛でしかなく、やる気も出ない。
「あーあ、こんな時美人でナイスバディで優しくてちょっとエッチなお姉さんが秘書だったらやる気も出るってのになー……」
「むむっ、それは私達に魅力が無いってことですか司令官っ?」
「ああいや、そういうわけじゃ……」
流石の吹雪も横島の物言いには不満があったらしい。電も吹雪の背後で抗議の視線を送ってくる。こういう時にデリカシーの無い発言をするのが横島の悪い癖なのだが、それはゲームの中でも変わらないようだ。
「……ま、いいですよ。白雪ちゃんお手製のおやつを半分くれたら許してあげます」
「ちゃっかりしてんな、全く。はいよ了解、持っていきな」
「えへへ、やったね電ちゃん」
「やったのです」
おやつが増えて無邪気に喜ぶ2人に、横島の頬が緩む。横島から見ても2人はとても可愛い容姿をしている。地味な印象は拭えないが、それでも美少女は美少女だ。惜しむらくは色々なボリュームが圧倒的に足りないところか。しかし横島には希望がある。2人は駆逐艦だ。これがもし重巡洋艦だったら? 戦艦だったら? 空母だったら? 夢は尽きない。希望しかない。そう考える横島は「流石に気分が高揚します」と呟いた。
「……ん?」
良い気分になっていた横島の目を覚ます、ダンダンと床を踏み鳴らす大きな足音。どうやら叢雲達が帰還したようだ。足音は部屋の前まで続き、そのまま乱暴に扉が開かれる。
「帰ったわよ!」
「ちょっと、叢雲ちゃん」
「おー、2人ともお疲れー」
「あはは、お帰り2人とも」
「はわわ……お帰りなさい、なのです」
叢雲と白雪が帰ってきた。叢雲は未だに機嫌が悪いようで、白雪も何とか抑えようとしているようだが、中々上手くいっていないらしい。吹雪も電も叢雲の様子に少々萎縮している。しかし横島はそれを特に気にした様子はない。彼は叢雲の機嫌を直す方法を知っているのだ。
「戦闘の方はどうだった? 通信画面で見ているとはいえ、俺が実際に向こうにいるわけじゃないからな。何か問題があったら言ってくれ」
「……特に問題は無かったわ。前よりもずっと早く終わったしね。……まあ、私の華麗な戦闘シーンがカットされたことは問題だけどね……!」
「叢雲ちゃん、ちょっとしつこいよ?」
よほど悔しかったのか、鼻息荒く文句を言う叢雲。そんな彼女に白雪も少し呆れ気味だ。自分の容姿だけでなく戦闘の実力にも自信がある叢雲としては、看過出来ないことなのだろう。まあ、ほとんど冗談のようなものなのだが。
「了解了解。今回はドロップも無かったし、特筆すべき点はなしかー……」
「あ、すみません司令官。報告が遅れてしまいましたが、ちゃんとドロップはしているんです」
「ん? ……その割には2人の他に誰もいないけど……」
白雪の報告に横島が椅子から身を乗り出し、2人の背後を覗き込むがやはりそこには誰もいない。
「ああ、違うわよ。これよこれ」
叢雲が横島に1枚のカードを差し出す。そこには叢雲が描かれていた。
「……これは?」
「これがドロップ艦よ。まさかこんなに早くダブるとは思わなかったけどね。しかも私だし」
横島は叢雲からカードを受け取る。それはどこからどう見てもただのカードであり、特に何か仕掛けがあるようにも見えない。横島は席から立ち、真剣な顔で叢雲の前に立つ。
「な、何よ」
「叢雲――お前、疲れてるんだよ」
「……はぁ?」
何だかとっても哀れんでいるような声音で叢雲を諭す横島。
「お前が自分の容姿に自信を持っているのは俺も知ってる。確かにお前は美少女だ、それは認める。でもな、だからってこういうカードを自作して他人に渡すのはどうかと思うぞ……?」
「違うわよっ!! 艦娘がダブった場合はそうやってカードとして現れるのよ!!」
「分かってる。……叢雲ちゃん、入渠しに行こう? 私も付き添うから……」
「白雪ィ!! アンタもノってんじゃないわよっ!!」
白雪は横島と「イエーイ」などとハイタッチをしている。その姿にもはや怒りよりも呆れの方が出てきてしまう。まさか、あの真面目な姉がこんなことをしようとは……。叢雲は思いもしなかったことに考えさせられる。
「いや、しかしちょっとやりすぎたな。ごめんな叢雲。お詫びと言っちゃ何だが、俺のおやつを半分やるよ」
「そうですね……。ごめんね、叢雲ちゃん。私の分も半分あげるから」
今日のおやつは白雪特製のパンケーキ。白雪は料理上手であり、昨日の食事は彼女が用意した。味は皆に好評であり、特に叢雲は食事の度にキラキラと輝きだすほどだ。
「……まあ、2人がそんなに言うのなら許してあげるわ。寛大な私に感謝しなさいよ」
つーんとそっぽを向きながらの台詞だが、頭部で浮いているユニットはピコピコと動いてピカピカと光り、彼女の心の内を表現していた。叢雲は白雪の料理のファンなのである。
皆はそんな叢雲を生暖かい目で見ているが叢雲は気付きもしない。皆に共通する感想は「叢雲は可愛い」というものだ。
「……いいんですか、司令官? 司令官のおやつ、無くなっちゃいますけど……」
「ああ、いーのいーの。さっきも言ったけど俺もやりすぎたしな。白雪もだけど、叢雲は特に頑張ってくれたし。白雪に今日は叢雲の好きな料理を作ってくれって後で言っとかないとな。……吹雪も電も、遠慮せずに持っていけよ」
横島のおやつのもう半分をもらう手筈の吹雪が確認を取る。どうやら横島にも罪悪感はあったらしい。なら最初からするなという話だが、それもまた難しいものなのだ。
「……それにしても、ダブりがこういう形で良かったぜ。魂が宿っている様子もないし、皆と同じような状態だったら近代化改修に回せないからな……」
誰にも聞こえないよう、横島が呟く。カード化している艦娘には魂が宿っておらず、また肉体も存在していないようだ。このカードに肉体と魂が宿る時、それは叢雲が撃沈した時だろうと推測出来る。
横島はカードを優しく撫で、そっと呟く。
「……ごめんな、お前を艦娘にはしてやれないみたいだ。……ま、俺の考えが当たってればだけど」
横島は手をパンパンと鳴らし、皆を注目させる。
「ほら、叢雲と白雪は短い時間だけど入渠してこいよ。吹雪と電は悪いけど、昼飯の準備をしてきてくれ。俺は午前の仕事がもうすぐ片付くから、それが終わり次第食堂に向かうから」
「はーい」
横島の命令に皆は返事を返す。何だか教師と生徒のようなやりとりに横島は苦笑する。皆が三々五々に散り、仕事を手早く正確に終わらせ、今後の開発と建造に関しての計画を立てる。
横島としては戦艦や空母が欲しいところだが、資材の量を鑑みるに今建造出来たとしても宝の持ち腐れだ。出来れば重巡、資材的には軽巡と駆逐を増やした方が良いだろう。
「軽巡や駆逐にもバインバインのねーちゃんがいてくれたらいいのになー」
横島のぼやきは誰にも聞かれること無く宙に消え。それから数日間、戦力向上に建造やドロップを狙うのだが、いくら投入する資材の量を変えても重巡洋艦どころか軽巡洋艦も出ない。
横島の鎮守府には、駆逐艦しか現れない。
「……おかしくね?」
横島は首を傾げるばかりだ。
第八話
『むらくものだいかつやく』
~了~
いやーこんかいむらくもはだいかつやくでしたねーさすがだなーひろいんこうほのひとりなだけあるなー
叢雲って「私より美しくないやつに~」とか言われたら「私のどこがアンタに劣ってるって言うのよ!!」とか、ピートみたいなこと言いそうな雰囲気があるよね。
それはそうと、叢雲って食事の行儀はあんまり良くないみたいね。意外だわ。
それではまた次回。