魔法絶対失敗するウーマン&圧政者絶対殺すマン 作:デトロイト
「ふざけないで!」
食堂に響いた女性の声とそれに続いた乾いた平手打ちの音が、静まり返った食堂に響き渡る。目じりに涙を貯めて食堂を出ていく女生徒に縋り付く金髪の少年が姿が、嫌に滑稽に見える。この男、ギーシュは隠し通せると思っていた二股がバレ、意中の女性にこっぴどく振られたというのが事の顛末だった。まず、香水という香りの二つ名を持つモンモランシーと付き合っておきながら、他の女性と関係を持つというのが無理と言う物だ。ギーシュを除く男子生徒の殆どが分かっておきながらそれを行ったギーシュの行いはある意味、勇気とも言えるだろう。
しかし、ギーシュにとってこの無謀とも思える行いには自信があった。実際、あの出来事が起きるまで、モンモランシーには他の女性との関係は欠片も疑われておらず、両手に華どころか至る所に華があるような生活も夢ではないと思っていた程だ。だが、昨晩のあの出来事からギーシュの計画はあっけなく崩壊し、こうして物乞いの様に無様な姿を衆目に晒す事となった。その出来事とは
「愛しのリネット、君に会えてうれしいよ」
人通りの少ない廊下の曲がり角。誰かとの密会にはこれ以上に相応しい所などないこの場所で、プレイボーイのギーシュは1年の女性との甘い時間を過ごしていた。この近くにあるのは使い魔用の浴室であり、人が通る事など万に一つもない。
「あぁギーシュ様、こうして僅かな時間でもあなたと会える事が嬉しくて堪りませんわ」
歯も浮くようなギーシュからのアプローチに女生徒は瞳を輝かせている。しかし、時間は有限であり、今回の密会はこれで終わりにしようとギーシュも女生徒も思い、誰かに不審がられない様にいつも通り時間をズラして別れようとした時であった。
「キャアア!」
廊下を曲がって直ぐの所で、先ほどの女生徒の悲鳴を聞いたギーシュは懐から杖を取り出し愛しの彼女を救うべく悲鳴のした方へ駆けつける。そこに居たのは、廊下で倒れている女生徒と腰に布だけを巻いた風呂上りのスパルタクスだった。何があったかギーシュの知る所では無いが、女性が倒れているというのにそれを無視する程ギーシュは薄情ではない。
「お前は確かゼロのルイズの使い魔だな!愛しのリネットに何をした」
「・・・」
ギーシュは杖を抜いたというのにスパルタクスは、ルイズに襲い掛かったような覇気がなく、彼はギーシュに目も暮れずその場を立ち去る。それは只単純に風呂上りという事で彼の気分が良かっただけなのだが、それが結果的にギーシュの寿命を延ばす事となった。スパルタクスが立ち去ると、ギーシュは急いで倒れているリネットを介抱する。直ぐに彼女は意識を取り戻し、リネットは涙を流しながらギーシュに抱き付いた。思わぬ役得にギーシュは鼻の下を伸ばしながら、彼女の抱擁を受け入れる。だが、そのタイミングが悪かった。先ほどの悲鳴を聞きつけ、数人の生徒が集まって来たのだ。そして、その数人はギーシュが女生徒と抱き合っている姿を目撃してしまう。さらに悪い事に、その数人の中にギーシュの恋人であるモンモランシーもいたのだ。そして、モンモランシーは激昂しその場でギーシュを問い詰めたのだが、混乱したギーシュは間違えて密会の事を話してしまう。そして、モンモランシーとリネットの二人から夜通し問い詰められ、ついには朝の食事でモンモランシーから平手打ちをくらうこととなった。
そして、一夜にして愛する女性2人から同時に振られるという荒行を成し遂げたギーシュの怒りの矛先は、スパルタクスへと向かう。
「元はと言えばお前の所為だぞ!グラモン家の人間としてお前に決闘を申し込む!」
朝っぱらから刺激溢れる出来事に生徒たちはギーシュ達を囃し立てる。そしてその様子を見ていたルイズは冷や汗を流して、ギーシュを止める。断じてスパルタクスを心配しての事じゃない、このままではギーシュがひき肉になるからだ。キュルケとタバサの魔法をくらってぴんぴんしてるコイツに、ギーシュ如きの魔法が通用する訳がない。
「ねぇまさかアンタより何倍も弱いギーシュの決闘を受ける訳ないわよね」
人殺し大好きなスパルタクスでも気の迷いという物もある。一縷の望みを託してルイズはスパルタクスにそう聞く。
「圧政者よ!汝に相応しい死の抱擁をくれてやろう!」
どうやら無理そうだ。もうこうなってしまっては彼は止まらない、ルイズに出来る事は学院にこの事を知らせ、ギーシュが死んでしまわない様に祈るだけだった。
自室に戻るとスパルタクスは、生き生きと身に纏う拘束具や鎧の手入れを始め、ルイズに没収されていた短剣を仕舞っていた箱を叩き壊すことで手に入れた。取りあえず学院への報告を済ませたルイズは椅子に座り、その様子を眺める。スパルタクスとの生活を始めてから今日で丁度一週間。坊ちゃん嬢ちゃん学校で、圧政者殺すべしなスパルタクスが大人しくしているかルイズは気が気でなかったが、良くも悪くも良家の子供達が集まった学校なだけもあり、見るからに異質なスパルタクスに突っかかる様な人間はいなかった。スパルタクスが毎日好きな時に風呂に入れておけば大人しい事を、生活していく内に分かったルイズは、学院長のオスマンに頼み彼専用の風呂を特注して作らせたのだった。
「ねえアンタ、本当にギーシュと決闘する気?アンタの足元にも及ばないギーシュもアンタの目で見れば圧政者な訳」
「奴こそか弱き女を圧政する者である!そして一グラディエーターとして、受けた決闘を無下に出来ん」
「グラディエーター?なにそれ」
「闘う者達の名、神々へ聖なる戦いを捧げる者だ」
「それって兵士と何が違う訳」
「兵士こそ圧政の象徴!意志なく振るわれるその剣は多くの罪なき人々の命を切って来た!だからこそ、私は圧政に反逆した!あの日、養成所を抜け出した我々は武器を取り、ガリア、トラキアの同志と共に真の平等の為圧政者と戦ったのだ!」
「ガリアにトラキア?それに反乱ってますますよく分からないわね。まぁいいわ、詳しい話はその内聞くことにするから。ほら、広場の方でもう人が集まってるわよ。そろそろ行かなきゃ、多分無理だと思うけど程ほどにして頂戴」
「あぁ我が剣よ、今再びその身を圧政者の血で染められる事を嬉しく思うぞ、感謝只感謝あるのみ」
「こりゃ無理ね。ギーシュも死ななきゃいいけど。あ、待って!私も付いていく」
一人先走っていくスパルタクスの後を追うルイズ。広場に向かう途中スパルタクスは余程戦えるのが嬉しいのか鼻歌交じりに歩いていく。こんな彼をルイズは見たことが無く、ルイズは心の中で彼のプロフィールを更新するのだった。
広場では既に来ていたギーシュが余裕そうに口に薔薇を咥えたまま、決闘の相手を待っていた。そしてその様子を見物に来ていたキュルケは呆れてみていた。タバサも一応誘ったのだが、いつもの通りこんな事に興味などなく本に没頭していた。
(アンタ程度でどうにかなる相手じゃないでしょうが。そんな奴だったらさっさと私とタバサが殺してるわよ。あぁでもあの男が暴走して周りの男達を殺し始めたらどうしようかしら)
結果の見えている決闘にタバサを誘ったキュルケもさほど興味もなく、藪をつついて悪魔が出る前にこの場を離れようか考えていた。
集まった観衆が湧き、その間からルイズを連れてスパルタクスが現れる。見るからに獰猛な笑みを浮かべる彼を従えて登場するルイズはさながら猛獣の調教師の様に見える。
「恐れずこの場に来たことをまずは誉めよう。しかし、平民と貴族の間には越えられない・・・
ギーシュが話し終わる前に、スパルタクスが動き始めた。無造作に振り下ろされた短剣をギーシュが悲鳴交じりに何とか避ける。短剣はギーシュが腰掛けていた岩を軽々と砕き、飛び散った岩の破片がルイズ達に振りかかる。ギーシュは瞬時に己と相手の力量の差を感じ取ったが、今更引くに引けず破れかぶれに自身の使いである青銅のワルキューレを作りだす。3体のワルキューレは、同時にスパルタクスに襲い掛かり、彼はワルキューレの攻撃を全て歓迎した。筋肉の鎧にワルキューレの剣が深々と突き刺さり、その傷から絶えず鮮血が流れる。観衆は悲鳴を上げた、娯楽の一つであった決闘が殺し合いに変わった事とあと一つ。体に剣が突き刺さったままスパルタクスは嬌声を上げたのだ。
「おぉ素晴らしい!何と甘美、何と甘露!数多の魔法、剣を受けたがやはり剣による傷は何物にも代えがたい。もっと、もっと苦痛を!困難を!」
大口を開け、涎を垂らしながらスパルタクスはワルキューレを従えたまま一歩一歩ゆっくりとギーシュに近づく。恐怖に錯乱したギーシュは杖を振り、もう一体の青銅のワルキューレを作りだす。その手にはいくつもの返しの付いた槍を手にしている。相手を完全に殺すための武器であった。
「と、止まれ!止まらないと」
「どうするというのかね圧政者!あの木偶人形の槍で貫こうというのか!私は逃げもしない、さぁこの体を貫き給えよ少年。傷こそ、痛みこそ我が誉れである」
そう叫びスパルタクスは短剣を振り上げる。ギーシュは悲鳴を上げ、槍のワルキューレを動かす。そして、肉を貫く音と共にスパルタクスの腹部から血染めの青銅の槍が現れる。観衆から悲鳴が上がり、その何人かはその場で吐き出した。ビクンビクンとスパルタクスの体がのけぞりながら脈打つ。初めて人を殺した感覚にギーシュもまたその場に吐き出し、魔法の集中力が切れたワルキューレ達は音を立てて崩れ始める。もはやスパルタクスの傷を塞いでいた物が無くなり、勢いよく出血する。もはや吐き出す物すらなくなったというのに、嘔吐が止まらないギーシュの前に居たのは血まみれのスパルタクスだった。体中赤に染まりながらその眼はハゲタカの様な獰猛さでギーシュを見つめている。
「圧政者よ、素晴らしい苦痛であった。全身を剣と槍で貫かれた痛みはシラルス以来であった。では、圧政者よ感謝の意を表しここで死んでもらおう!」
右腕を振り上げ短剣を振り下ろす。ギーシュは何度も命乞いをするがそんな事でもはや彼は止まることは出来ない。もはや死神の鎌は振り下ろされているのだ。ギーシュは目を瞑りその場に丸くなる。
しかし、スパルタクスの剣はいつまで経ってもギーシュの肉体を切り裂かない。不思議に思ったギーシュが顔を上げると、その理由が直ぐに分かった。モンモランシーがギーシュとスパルタクスの間に入り両手を広げギーシュの盾となっていた。ルイズはスパルタクスの腰に掴まり彼の動きを止めようとしている。
「そこを退け少女」
冷淡にかつ手短にスパルタクスはそう言った。モンモランシーは震える体で彼の前に立ち、涙声で言い放った。
「あんたなんかにギーシュを殺させない!ギ、ギーシュは私が守るんだから!」
「モンモランシー!そこをどいてくれ!君まで殺されるなんて!」
恋人を切られると思ったギーシュは思わずそう叫んだ。次の瞬間、モンモランシーはギーシュに抱き付きその場に倒れる。嗅ぎ慣れた彼女の香水の匂いと鼓動にギーシュの恐怖は少し和らぐ。戦意を取り戻したギーシュは手放した杖を取り彼女を抱き、倒れたまま杖をスパルタクスに向けた。
「モンモランシー、勇気をありがとう」
彼女の耳元でそう囁くとモンモランシーを抱く手に力が籠る。ギーシュは今なら並みいる軍団にも勝てそうだと思える程の勇気と自信を持っていたが、その勇気は空回りに終わる。ついさっきまで野獣の様だったスパルタクスの目から覇気が失われ、ため息をつくと手にした短剣を仕舞い、しがみ付いたルイズを肩にまるで俵の様に担いで帰ってしまった。彼が去っていくとモンモランシーは急に大声を上げて泣き出し、ギーシュは彼女を優しく宥めるのだった。観衆はギーシュとモンモランシーの勇気に拍手を送り、一部の冷静な生徒たちが急いで二人の介抱に向かうのだった。
「ちょっと、もう、話してよ」
先ほどの決闘の広場から離れた所の水場に来た所で抱えられたルイズはじたばたと抵抗した。直ぐにルイズは下ろされスパルタクスは何も言わず、水の排出口の下に溜まった水に顔を付けて飲み始めた。ルイズは懐から傷薬を取り出し、傷口に塗ろうとしたがすぐにその手を止める。あれだけギーシュのワルキューレに付けられた大小様々な傷が既に治りかかっていたのだ。特に槍に貫かれた腹部は傷口に薄い真皮が出来始めており、彼がなぜキュルケやタバサの魔法を受けても死ななかったのかを悟る。
スパルタクスは水から顔を上げると、ルイズを見て嬉しそうに話し始めた。
「良き闘争、良き苦痛であったなマスター。あと少しの所であったというのに、あの少女の所為で興が削がれてしまった」
「止めた私が言うのも可笑しいけど、どうして急に止まったの。アナタ普段から圧政者は絶対殺すっていってるじゃない」
「私が殺すのは強いる者、つまりは圧政者だ。強いた者に守られたあの少年はもはや圧政者足りえない。それに」
「それに?」
「殺す気の無い者から与えられる痛みでは満足できぬのでな、マスター」
ニカッと笑うスパルタクスに、ルイズの背筋に冷たい物が走る。普通なら死んでいる傷を与えられても尚、彼は痛みを欲している。真の平等の為、信仰の為、彼は闘う理由をいくつも答えたがそのどれもが建前に過ぎない事を、ルイズは悟った。結局の所、彼は自分が気持ちよくなる為に闘っているのだ。ルイズははぁと一つ深いため息をつくとポケットからハンカチを取り出し、水にぬれた彼の顔を拭いた。
「よし、マスター。テルマエへ行くとしよう」
「テルマエって確かお風呂よね。い、いやよ!男女が裸で過ごすなんて!」
「それは残念。では、マスター。私はテルマエに居るので用があるのならば直接言ってくれたまえ」
上機嫌でテルマエに向かうスパルタクスを見送ったルイズは再びため息をつくとその場に座り込んだ。そして彼女に労いの言葉を掛けながら現れたのはキュルケだった。
「何とか誰も死なないで済んだわね」
「ほんとよ。ギーシュの馬鹿もこれで懲りたでしょうね、それにこうして大きな騒ぎを起こすとアイツの前で迂闊な事するような真似はしないでしょ」
「あら、流石は魔法は出来ないけどお勉強は出来るルイズね。策士な事するじゃない、それに雨降って地固まるって奴ね。ギーシュの奴、モンモランシーにメロメロよ。あれなら浮気なんてしないんじゃないかしら。皆の前であれだけいちゃつくんですもの、妬けちゃうわね」
キュルケは杖を振り炎で小さなハートを描くとフッと息を吹き火を消す。
「ねえルイズ、この後お茶しない?実家からお茶菓子とか色々送られて来たのよ」
「悪いけど断るわ、どうせこの後オールド・オスマンに呼ばれるんですもの。全く当の本人がいないのにアイツに変わって頭を下げなきゃいけないのは、マスターの辛い所よね」
「全くよね、彼がここにいないという事はまたお風呂かしら」
「ええそうよ。暇があると直ぐにテルマエに行くっていうんだから余程気に入ってるみたいよ」
ルイズがそういうとキュルケはピンクの唇を舌で舐め、直ぐにテルマエに向かっていった。いつかあいつは痴情のもつれで死ぬんだろうなとルイズが思っていると、メイドのシエスタが洗濯の為に水場にやって来た。いつもは屈託のない笑顔で使用人から人気の彼女なのに、今日は浮かない顔をしている。
「どうしたのシエスタ」
「ミス・ヴァリエール。いえ何でもないんです」
明らかに無理をしていると言った様子のシエスタを放っておく程ルイズは薄情ではない。
「でも、その顔は何でもないって感じじゃないわよ。私じゃ力に成れないかもしれないけど、話を聞くことは出来るわ」
「ほんとに、何もないんです!」
シエスタがそう声を荒げて、その場から立ち去る。普段しとやかなシエスタがこんなに大声を出すとは思わず、ルイズは彼女が大きな悩みを抱えていることを察した。だが、彼女が何もないと言ったのだ。親友でも、なんでも無いましてや貴族のルイズに事情を話す訳がない。一人になってしまったルイズは急に孤独感を感じ、自室に戻ることにした。スパルタクスと自分、初めこそ似た者同士だと思っていたルイズは、自分と彼との差に小さな劣等感を抱いていた。彼は良くも悪くも単純で自信家なのだ。そして実際にその自信に見合うだけの力を彼は持っている。でも、自分は?口では何度も自信に溢れた事を言ってきたが、それを成し遂げる力が自分にはない。自分は見てくれだけは良い張りぼてに過ぎないのだ。いくら自分を取り繕っても吹けばその虚栄は倒れてしまう、張りぼてを支える力すら私にはないのだ。このままでは、酷い自己嫌悪に陥りそうだと思ったルイズは自室に戻ることを止め、いつも賑やかな食堂へ向かうことにする。あそこなら、ルイズに構う奴らが大勢いる。例えそれが自分への馬鹿にしたような事でも今のルイズは誰かと話をしたかった。
いつも誰かがおり賑わっている食堂だったが、今日は更に騒がしい。その上一つのテーブルを囲むように人だかりが出来ており、食堂にやって来たルイズは一人の生徒に事情を聴く。
「ねぇ何をしてるのかしら」
「あっ!ルイズ!お前のとこの従者がすごい大喰らいだから、マルトーが面白がってどんどん料理を作ってるんだ」
アイツは風呂に行っているからここには居ないはずと思いながらもルイズは人混みをかき分けテーブルの近くまで来る。オオーと観客が湧くとガチャンと既にいくつか積まれた大皿に新たな1枚が積まれる。そしてスパルタクスが運ばれて来た新たな料理に豪快に食らいつく。
「はぁアンタ、テルマエに行くんじゃなかった?」
ルイズが彼に声を掛けると、彼は口元をソースで真っ赤に染めて振り返る。ルイズを見つめると彼は皿に残った料理を全てかきこむと水を一杯飲みルイズの問いに答える。
「おぉマスターよ、今日も料理長の料理は美味である。今日はテルマエの整備の為湯を張るのが遅れるそうだ。決闘の後でもある為、腹を満たしておこうと思ってなぁ」
「だからと言ったって、凄まじい量食べたわね。これじゃあ今日の夕食は随分質素になるでしょうね」
「心配は無用ですぞ。このマルトー、そこの我らが矛の為なら明日の食材もつぎこむつもりですぞ」
厨房の奥から料理長マルトーの威勢のいい声が響く。何がいいのかマルトーは彼の事をいたく気に入っている上に、彼を我らの矛と呼んでちやほやしている。マルトー曰く貴族相手を自らのオーラと力でねじ伏せる姿が大昔に祖父から聞いた紅い槍を持った英雄とかぶっているらしく、初めて会った次の日からスパルタクスを我らが矛と呼んでいる。一瞬料金の心配をしたルイズだったが、これ全てがマルトーからの好意だと分かると、途端に自分も小腹がすき一言断りを入れてから彼の前にある料理の盛られた皿を一つ取る。料理の腕は流石は料理長だと言わざる負えない程美味しかった。
そこへ追加の料理を持ってきたのは先ほど別れたシエスタだった。その顔は相変わらず暗く、足取りはややおぼつかない。ルイズは心配そうにシエスタの様子を見ていたが、床に足を取られ皿の料理をスパルタクスにぶちまけてしまう。シエスタは青ざめた表情で、急いで謝る。スパルタクスは頬に付いたパスタをつまむと口に運ぶ。
「気に病む必要は無い少女よ。マルトーに伝えてくれ、非常に美味であった」
額のソースを袖で拭いスパルタクスは食堂を後にする。シエスタは彼に礼をすると直ぐに掃除に取り掛かる。しかし、彼女は不注意から皿を2枚も割ってしまう。明らかに仕事に支障が出る程元気のない彼女を心配し、ルイズは厨房のマルトーの元へ行く。
「どうしたのかしら、彼女」
「あ、あぁミス・ヴァリエール。それがですね、シエスタの奴王宮の勅使のモット伯にえらく気に入られましてね。今日の夕方、モット伯の屋敷へ奉公に行く事になるんですよ」
「モット伯ってあの好色家のモット伯よね。そこへ奉公って実質愛人になるような物じゃない」
「えぇ。私も本当は止めたいんですが、王宮の勅使に逆らえばいくら学院が庇ってくれると言っても首が飛びかねません。シエスタの奴、初恋もまだだってんですから、それが不憫で」
「・・・難しいわよね」
ルイズはそういうと最後にマルトーに礼を言い、食堂を後にする。とにかく今日は色々あり過ぎた。ギーシュとの決闘、シエスタの奉公。ルイズはともかく一刻も早くベットに入って惰眠を貪りたかった。部屋に戻るとルイズは早速服を脱ぎ部屋着に着替えると、バフゥとベットに飛び込んだ。頭の上にある枕を左手で手繰り寄せると、ルイズはそれを抱き、目を閉じる。混濁する意識にあるのは、血まみれのスパルタクスと涙を流すシエスタであった。
「・・・ん」
自然とルイズは目覚め、窓の外を見る。とっくに日は沈み二つの月が夜を照らしている。寝すぎた、と思いルイズは重い体を起こす。ルイズはもう帰ってきているだろうと思い、恐る恐る隣を見ると案の定スパルタクスは武器を磨き、それを眺めては不気味に笑っている。いつもなら小言の一ついうつもりだったが、あることにルイズは気付く。なんだかいつもと違う匂いがする。ルイズはスパルタクスの傍によるとスンスンと匂いを嗅ぐ、間違いない香水の匂いだ。しかも、かなり匂いの強い物だ。そして、この匂いの香水を付けているのはこの学院で一人しかいない。
「あんの色情狐!なんてことしてくれてんのよ!」
バンと部屋の扉を開け放ち急速沸騰ルイズの頭にはキュルケを問い詰めることしかなかった。ルイズは知っている筈だったのだ、スパルタクスの異常性を。一人となったスパルタクスは鞘に短剣を収め姿見で拘束具の確認をする。最後に自分の顔を見た彼は、とびきりの笑顔を見せる。彼は窓を開け夜道をジッと見つめると何かを見つけ、窓から飛び降りる。そして、スパルタクスは誰にも見られる事無く学院を抜け出したのだった。
「まったく!ツェルプストーの家柄って全く何なのよ!人のボーイフレンドは奪うは、無駄にぶら下げた乳で店主たぶらかして値切るは、おまけに何?スパルタクスにまで、手ぇ出すつもり?」
キュルケの部屋に怒鳴り込んだルイズは開口一番そう言った。キュルケの部屋は相変わらず、よく分からない匂いのキャンドルを焚き、よく分からない甘い匂いに包まれている。ルイズは手持無沙汰にキュルケのフレイムの頭を撫でる。クルクルと喉を鳴らして、ルイズの足に体を当てるフレイムに思わずキュンとしたルイズだったが、直ぐに目的を思い出し、キュルケの方を向く。いつもならルイズの言葉などどこ吹く風のキュルケだったが、ベットに横になっている彼女はいつもの元気が無い。シエスタに続き、キュルケにも何か悩みがあるのだろうかと思い、ルイズはいきなり怒鳴った事を謝りキュルケの隣に座った。いつも余裕の表情を浮かべているキュルケは、眉を顰め苦しそうにする。
「どうしたの?何か飲む物とか持ってこようか」
「柄にもなく優しい事するのね。でも、安心して少し痛むだけだから」
「どこが痛むの」
ルイズがそう聞くとキュルケは少し口ごもった。ルイズは余程痛むのかと不安になる。少しするとキュルケは頬を赤くし恥ずかしがりながら答えた。
「流石に私より頭2つも3つも大きい男とするもんじゃないわね。もう限界、これじゃあ明日の愛の時間も延期ね。子供を産むのは股に焼き鏝入れる様な物って、聞いた事あるけど、彼との愛はまさにそれね」
「それってどういう事?」
「流石にルイズにこの話は早すぎたかしら?まぁなに?彼のドラゴンを受け入れたって話よ。もうすっごかった、あれほど情熱的な時間は今まで無かったわね」
「・・・?・・・!?!?」
やっと何のことか理解したルイズはキュルケを枕でバシバシと叩く。
「ちょ、ちょっとやめてよ。今敏感なんだから、ちょっとの衝撃であれがズキズキ疼くんだから」
「このバカ!色狂い!心配したこっちがバカみたいじゃない!」
「いつまでもおぼこなアンタが悪いんじゃない。ほら騒いでないで寝ましょ」
「ちょっとキュルケ!なに抱き付いてんのよ、私は一人で寝られるから」
キュルケはルイズの寝巻を掴み話そうとしない。小柄なルイズがどれだけ抵抗してもキュルケの手から逃れられない。キュルケはルイズの服を引っ張り、無理やりベットに引き込む。そして彼女はギュッとルイズを抱きしめた。
「キュルケ」
「お願いルイズ、今夜だけこうさせて」
そういうキュルケの手は僅かに震えていた。
「怖いのよ、私。彼との時間は貴方にいった様に情熱的だったわ。でもそれ以上に、怖いのよ。私は彼を絶対に愛せない」
そういうとキュルケはそれ以降黙ってしまった。ルイズはそれ以上は聞こうとせず、キュルケの背中をとんとんと叩く。眠れない日はこうして姉さまのベットに入ってあやしてもらった事を思い出し、ルイズはキュルケにもそうする。効果があった様で暫くしてキュルケは寝息を立て始める。キュルケが眠ったことで、ルイズは帰ろうとしたが眠ったキュルケが離してくれず結局キュルケの部屋で一晩過ごす事となった。
轟々と燃える館の前で男は立ち、まるで熱病に侵されたように炎を見つめる。彼の足元にはいくつもの死体が転がり、彼の右手にはこの世の物とは思えない程ずたずたにされた男の生首が握られていた。男は右手の生首を持ち上げる。まだ切り落とされたばかりの様で断面からぽたぽたと絶えず血が垂れる。
「おぉ圧政者!何と汚らわしい!何と醜く、何と壮絶な痛みだっただろうか!貴様の虐げた何十、何百の女の苦痛を全て神に返そう」
男はそういうと生首を燃え盛る館に投げ込む。ぱちぱちと空気の破裂する音と共に、館を支える梁が折れ館の一部が崩壊する。天にも昇るような気持ちの男は一度大きく息を吸い込む。血の匂いと死んだ者が漏らした汚物の匂い、そして様々な物が焼ける匂い。遠い記憶、幾度も歩いた戦場の匂い。目を閉じると今でもあの時の記憶が鮮明に蘇る。
「随分と派手にやるじゃないか」
「・・・」
この凄惨たる状況を見ていた者が一人いた。ローブを深く被ったその人物は口元に笑みを浮かべて男に近づいて来た。
「情け容赦一切なし、命乞いしようが関係なし。いやぁ見てて爽快だったよ。いつみても薄汚い貴族共が死ぬ所はスッとする」
「何者だ」
「こう見えても怪しい者じゃないよ。土くれのフーケって奴さ。巷じゃ義賊って呼ばれてる。貴族共が汚い金で蓄えた財を盗んでる者さ」
フーケと名乗った者は男の前に立つと右手を差し出した。男はニィと口角を上げフーケの手を取る。圧政者に反逆する者同士、何を言いたいのかはお互い手に取るように分かる。
「これでアタシらは一心同体。どうだいアンタ、私の仕事を手伝ってみないかい?」
それを聞いた男は直ぐに返事をした。
「それが反逆の第一歩であるなら、喜んで協力しよう。同志よ」