魔法絶対失敗するウーマン&圧政者絶対殺すマン 作:デトロイト
ルイズは深い眠りに入っていた。純白のドレスを身に纏い金銀宝石で装飾された豪華な杖を振るい、くすんだ路肩の石を純金に変え、周りに居る従者やクラスメイト達がははーと跪き、羨望の眼差しでルイズを眺めている。ルイズは右手を口元に当てホーホッホッホと今時小説でも見ない典型的嫌味で高飛車な女性の笑い声で、四つん這いになったスパルタクスに腰掛ける。
「ほら、高すぎるわよ。もっと低くして頂戴」
「イエス、マスター」
ドンと彼の脇腹をヒールで叩きながらそういうと彼は小さく丸まり、丁度いい高さにルイズは来る。
「やればできるじゃない、今日のご褒美はむち打ちよ」
「おぉ想像するだけで何と甘美、卑しい私めにマスターは愛をくださる」
「当然じゃない!私はマスター、アンタは犬でしょ。ペットには愛を持って接さなくちゃね!ハーハッハッハッハ!」
「・・・んが」
不意にやって来た衝撃、それに目を覚ましたルイズはきょろきょろと周りを見て自分がベットから落っこちた事を理解する。普段、寝相は良い方だが王宮の客間で寝るという不慣れな環境に慣れずにこうなってしまったのだろう。ルイズは目を擦りながらカーテンを開ける。日は昇っているがそう遅い時刻ではない9時くらいだろうか。ルイズがそう思っていると、客間のドアをノックされる。ルイズが返事をすると、ドアを開けて現れたのは、アニエスだった。昨日あれだけのことがありながら疲れた様子は見せず、毅然としている。しかし、その右腕は血の滲む包帯で包まれ昨日の出来事が悪い夢で無い事を主張していた。
「遅い目覚めだな」
「仕方ないでしょ、私だって昨日は頑張ったんだから」
「まぁ軍人で無い貴様に我々は助けられたのだ。本来なら隊を上げて祝ってやりたい所だが、今はそうもいかない。奴の審問会がじきに開かれる、まぁ元々死罪の決まっていた男だ。直ぐに判決も出るが、見に行くか」
アニエスがそう言い切る前にアニエスの横を通ってルイズが駆けだす。ルイズは寝巻のままスリッパをはいて王宮の審問教会を目指す。
「始祖ブリミルの名においてここに審問会を執り行う。被告の男よ、貴方には現在32名の貴族及びその関係者の殺害の罪が掛けられている。それが土くれのフーケにより強制された事と言えど、それに情緒酌量の余地は一切無い。もし貴方に罪を悔いる気持ちが欠片もあるのであれば今この場で、懺悔があるのなら口枷を解きましょう」
「・・・」
スパルタクスは答えない、只々狂気の瞳で審問官を見つめる。スパルタクスは魔法により強化された錠で幾重にも固められ、さらに王宮でも指折りのメイジと衛兵数人が取り囲み、もはや一切の動きを取ることも出来ない。だとというのに、その瞳に見つめられた審問官の額に脂汗が浮かぶ。まるで喉元にナイフを突き立てられたような感覚、自分の命にまるで実感が無い、宙ぶらりんの感覚であった。
「と、とにかく。懺悔は無いようですね、では予定通りこの男の処刑を執り行う。衛兵!断頭台と執行人を呼べ」
審問官がそう口を開いた時だった、会議場の扉が開き寝巻のルイズが現れる。厳粛な場に合わないラフな格好のルイズに審問会にいた全員が言葉を無くす。肩で息するルイズはスーと息を大きく吸い込むと、叫んだ。
「その審議待った!」
そして、ルイズはずかずかと大股でスパルタクスの隣に来ると彼と審問官の前に立った。
「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。この男、スパルタクスのマスターよ。私はこの審問会に異議を申し立てます!」
会場中の全員が寝巻の女が何を言っているのかと思っている中で、さらに想定外の人物が会議場に現れる。片腕の剣士アニエスを付き従えたアンリエッタ王女であった。スパルタクス以外の全員がその場で跪き、王女を迎える。アンリエッタは険しい顔つきで空いている審問官席に座った。
「皆さま、お騒がせしました。トリステイン史上最悪の貴族殺しの判決の一端を私にお任せしては下さいませんか」
静かにしかし良く通る鈴の様な声でアンリエッタそういう。王女の言葉に異議を唱える者などこの場にはおらず、皆沈黙したままであった。アンリエッタは沈黙を肯定ととり、審問官に続けるように催促した。審判を自分にやらせろ、アンリエッタは回りくどくそう言ったのだ。もはや死罪は確定的なこの男にどんな情緒酌量もないと踏んだ審問官は、席を立ち自らの席をアンリエッタに献上した。アンリエッタは、会釈をするとその審問官の席に座り直し、通常より数段高いその席から親友であるルイズとスパルタクスを見下ろした。
「・・・うっ」
ルイズは思わずしり込みする。逆光と普段のアンリエッタからは信じられない程の威圧感により、ルイズの目にはアンリエッタの姿は何か恐ろしい存在の様に思えて仕方なかった。ルイズはギリと奥歯を噛み締め、アンリエッタへ訴える。
「聞いてくださいアンリエッタ王女。彼は所謂狂人の部類です。一見して只の人の様に見えますが彼の心は酷く歪んでいます。土くれのフーケはそこに付け込み彼を無用な殺人を行う人形に仕立て上げたんです。私は実際、フーケが彼を良い様に利用した後、彼を殺して口封じをするつもりだったと言う旨を聞きました。この話は始祖ブリミルの名において一切の嘘偽りがないという事も誓えます!」
ルイズは頭を働かせ何とかスパルタクスに減刑が施されるように話す。彼が狂人だというのは事実であり、フーケがそこに付け入り彼を良い様に利用したのも事実だ。しかし
「我が親友、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。貴方に一つだけ聞きます。その純粋な心で聞いてください。心が狂えば、殺人も正当化されるのでしょうか?彼とフーケにより金貨数千では足らない程の損害が出ましたが、お金の問題ではないのです。彼によって殺された人には当然友がいます、父母がいます。心が狂ったからという理由だけで刑を軽くするなどあってはならないのです。彼が平民だから、殺されたのが貴族だからではありません。ルイズ、私のこの言い分を打ち負かすような詭弁があるのならば仰ってください。私がそれを聞き、納得したのならば、王女の名において彼の死罪を取り消します」
「・・・・」
まだ16のルイズはアンリエッタの言い分を覆すような言葉は何も浮かばなかった。ぐっと拳を握りしめ、顔を伏せ、自身の無力さを呪う。その場に沈黙が響き渡る。氷を張ったような静寂を破ったのは、今まで沈黙していたスパルタクスだった。口枷を嵌められ、うーうーと唸るように声を絞り出す。ルイズはその口枷を外そうとしたが衛兵により止められる。
「いいのです。衛兵の皆さん彼の口枷を外してあげて下さい」
アンリエッタがそう命令し数人のメイジが口枷に掛けられた魔法を解き、衛兵が枷を外す。
「束縛もまた愛であるな、マスター」
枷の外れた彼の初めて発した言葉がこれである。いつも通りの言動にルイズの緊張は幾分和らぐ。
「スパルタクス、と仰いましたね。私の今の話を聞きどの様な反論がおありですか」
「私は狂っている、認めよう!あの女に良い様に利用された、それも認めよう。狂っているからと言って殺しは正当化など出来ない、それも当然。だが、貴公は一つ忘れている。狂っているのは私だけではない!!」
高らかと一片の淀みも迷いもなく、圧倒的な自信を持ってスパルタクスはそう言い切った。
「狂っているのは・・自分だけではない・・とは」
言葉に詰まりながらアンリエッタ王女はスパルタクスに問いかける。
「その態度、貴様分かっているな!国だ!国こそが狂っている!戦争!差別!貧困!貴様ら圧政者は無自覚に、貧者を殺す!そして自ら手で生み出した魔物に襲われ様とも!漫然と搾取し!そしてまた無自覚に民を殺す!これを狂っていると言わず何と言おうか!」
アンリエッタは目を見開き彼を睨み付ける。
言い終わるとスパルタクスはニタニタと笑いながらアンリエッタを見つめる。まるで子供に対してなぞなぞを言いだす大人の様に。そしてルイズはその答え次第でスパルタクスがアンリエッタに対して襲い掛かる事を知っていた。ルイズがアンリエッタへ言葉を投げかけようとした時アンリエッタは話し始める。
「確かにこの国は過去に幾度も戦争を行い、差別を行い、時には無実の人々を殺して来ました。私はそれに一切の弁明は致しません。しかし、だからこそ私は闘うのです、平和の為、無益な争いの無い国の為。この国が長きに渡る歴史によりかつての高潔さを失ったとしても、私はこの国の為、全ての民の為戦います」
義政者としてこれ以上ない程の言葉、ルイズは文句のつけようのないアンリエッタの返答に安堵した。しかし、それこそがスパルタクスの逆鱗に触れた。ギチギチとスパルタクスを縛る枷が軋みそしてその一つがひび割れ、緩む。スパルタクスは緩んだ枷から腕を引き抜き、アンリエッタへ掴みかかる。アンリエッタの悲鳴、そしてざわつく審問官や文官たち。メイジや衛兵は武器を構えるがスパルタクスの手はアンリエッタの首を掴み、下手に刺激すれば王女の首が折られかねない。
スパルタクスはまるで絹の様に艶やかで少しのかすり傷もないアンリエッタの首を掴み話しかける。
「その言葉は何度も聞いた・・・愚かな圧政者が良く話していたぞ。しかし、数ある圧政者の中でその言葉に殉じた者は一人としていなかった。女よ、その言葉訂正せぬというのなら今この場で貴公の首を少しずつ力を加えへし折ろう。訂正するのなら直ぐに綺麗にへし折ろう」
スパルタクスは少しづつ力を加える。アンリエッタは苦しみながら声にならない声で答えた。
「・・・カッ・・・アッ、私は・・・いち、ど・言ったこと・・葉を・・変えません」
「それで良いのか?死への苦しみが無為に増えるだけだが」
スパルタクスがそういうとアンリエッタは霞む意識でダンと机を叩き、スパルタクスを見つめる。スパルタクスはアンリエッタと視線を交わすと手を離し、アンリエッタの傍を離れ、自分が元いた位置に戻る。ルイズは何か言いたげに言葉を詰まらせ、周りの衛兵やメイジ達は今にも襲い掛からんとしていた。アンリエッタは酷く咳き込みながら衛兵たちを止める。
「素晴らしい胆力、いつか私が殺すべき圧政者として相応しい器である。しかし今ではない、貴様のその傲慢さが肥え太り稀代の殺人者となった時に殺すとしよう」
嬉しそうに、しかし残念がりながらスパルタクスはそういう。彼の中でアンリエッタは殺すに値する圧政者足りえなかったという事だろう。咳が収まり、アニエスから水を一杯受け取ったアンリエッタは更に続けた。
「貴方が殺した人々の殆どが、国家反逆の疑いのある者、多額の脱税を行っていた者でありました。結果論ではありますが、貴方は数多くの不義を正したことになります。そして、先ほどの貴方の問いに私は十分な答えを持ち合わせておりません。国は徐々に高潔さを失い、心なき者達によりいくつもの過ちを犯して来ました。・・・王女アンリエッタと始祖ブリミルの名において貴方に罰を下します!スパルタクス、貴方を国外追放とします」
その場にいた殆どが凍り付く。稀代の殺人者に下された処罰が国外追放は余りに軽すぎる。審問官や文官たちは非常識な王女の判断に当然納得いかず非難の声を上げた。アンリエッタは喉を抑えながら席を立ち、その場を後にする。アンリエッタを見送ったアニエスが左手で腰の剣を抜く。
「貴様らその場を動くな!」
アニエスがそう叫ぶと出入口を固めるように銃士隊が現れ、離れようとする者に銃を突き付ける。
「この場に居る全ての審問官、文官、衛兵に告ぐ。貴様らには国家反逆罪及び脱税、収賄、殺人の容疑が掛かっている。無駄な抵抗は止め、大人しくしろ」
アニエスはそう言いながらルイズとスパルタクスの元へ行く。事態がいまいち読めずあたふたするルイズの肩を叩き、アニエスはルイズに囁きかける。
「奴と共に王女の自室へ向かえ。詳しい事情は後で話す」
ルイズは言われるがまま、スパルタクスを連れて銃士隊の案内と共にその場を立ち去り、アンリエッタの自室へ行く。そこではアンリエッタが二人を出迎えた。ルイズは取りあえずスパルタクスの非礼を詫びる為膝をつくが、直ぐにアンリエッタが笑いながらそれを諫めた。
「ルイズ、今起こった事が良く理解できてないでしょうから、改めて事態を話しますね。土くれのフーケの襲撃によりいくつもの邸宅が襲われ、その中で銃士隊の一人がある物を見つけました。それが脱税や収賄を行っている文官や審問官達の名簿でした。私は銃士隊に命令し土くれのフーケを捕え、その審問会を開き、その場で集まった不正を働く審問官を捕えようと計画しました。しかし、結果フーケはスパルタクスさんと戦い今も意識不明で、仕方なく彼を捌く為の審問会を開かざる終えませんでした。そして、スパルタクスさんに処罰を下した上であの場に居た者達を捕まえた訳です」
つまりはスパルタクスを餌に他の犯罪者を釣ったという訳だった。しかし、その後アンリエッタは少し困った顔をして続けた。
「でも、仕方のない事とはいえ国外追放と言った以上、スパルタクスさんには暫く国外に出てもらい機を見て戻ってもらいます」
「・・・うそー!」
ルイズがそう叫んだ。ようやく事態を理解し何とか穏便に済んだと思った所に国外追放。ルイズは腰が抜けその場にへたり込んだ。アンリエッタが慌ててフォローに入る。
「心配しないでルイズ。国外追放と言っても、私からの頼みごとをして欲しいだけなの。それが終われば学院に戻って大丈夫だから」
その言葉を聞いたルイズは安堵のため息を漏らす。しかしそこに新たな疑問が出て来た。
「アンリエッタ王女、その頼み事とは?」
「・・・その、アルビオンのウェールズ皇太子にこの手紙を渡してほしいの。出来る限り内密に、かつ迅速に」
アンリエッタは一通の手紙をルイズに手渡す。ルイズの顔に緊張が戻る。王女からの勅命、しかも相手はアンリエッタとは古くからの友人ウェールズ皇太子。最近悪化する周辺国との情勢の悪化を知るルイズはこの勅命にただならないものを感じていた。
「全く食えない女だ。ますます殺す時が楽しみであるな」
スパルタクスがそういった時だった室内だというのに突風が吹く。
「殺させはしないさ。僕がいるからね」
スパルタクスが声のした方を振り向く。帽子を目深にかぶり髭を蓄えた男を見てルイズは驚きの声を上げた。
「ワルド!」
ワルドと呼ばれた男はにこやかにルイズに近寄るとバッとルイズを抱きかかえた。ルイズは顔を赤くしながらもまんざらではない様子でワルドに抗議する。が、ワルドはその抗議にはまったく答えずルイズをまるで幼い子供の様にてがう。ワルドの人目も憚らない接触にアンリエッタも顔を赤くしている、侍女や銃士隊もいない自室でワルドを止めたのはスパルタクスだった。スパルタクスはルイズを抱えるワルドの肩を掴み動きを止めた、はずだった。突如ワルドの体は風となり崩れ、抱えられていたルイズは風によりゆっくりと床に降りた。
「銃士隊やフーケを倒したと聞いて少し君を過大評価しすぎたかな?」
アンリエッタのベットの天蓋に身を隠していたワルドが姿を現し、ルイズの元へ歩み寄ると彼女の手を取り、甲にキスをした。ルイズはボンと顔を沸騰させる。スパルタクスは自分の手を何度か閉じたり開いたりを繰り返すと、楽しそうに拳を固めた。
「面白い!風の人形であるか!かつて何人ものメイガスともコロッセウムにて戦った事があるが、これほどの使い手は終ぞ出会えなかった。実に面白い、是非とも貴様との殺し合いを所望する」
「悪いが、今はそれどころではないのでね。僕の名前はワルド、トリステインのグリフォン隊の隊長で、今回の案内人と護衛を兼ねている」
こういった輩の扱いは慣れているようでワルドはスパルタクスの言葉を飄々と躱しながら右手を出す。スパルタクスは握手に応じ、ワルドの右手を握る。初めこそ笑顔を崩さないワルドだったが、スパルタクスが握手に応じると笑顔を崩した。手を離しワルドは自分の右手を見る、薬指が反対を向いていた。スパルタクスはその様子をニタニタと眺める。
「やってくれるね。しかし、そう安い挑発には乗るつもりはないよ。それに君の実力はこれでよく分かったよ、君との衝突を避けるための駄賃だと思えば安い物さ」
ワルドは懐から秘薬を取り出し、それを薬指に振りかける。折れた指が元に戻りワルドとスパルタクスの間に険悪な雰囲気が立ち込める。アンリエッタが咳ばらいをすると、ワルドは雰囲気を和らげアンリエッタに傅く。
「さっそく今から、スパルタクスさんには国外追放の刑を執行するという名目でこのワルド伯爵の護衛付きで王宮を出てもらいます。ルイズは彼のマスターとしての役目として同行するという形を取ってもらいます」
これからの流れを説明し、アンリエッタはワルドにいくつかの資本金を渡した。
「私の命に代えてでも成し遂げて見せます」
「僕の命に代えてでも、この勅命の達成と愛しのルイズの命を守ります」
ルイズとワルドの二人はそれぞれにアンリエッタに成功を誓う。スパルタクスはと言うとまるで新しいおもちゃを買った子供の様な目でワルドを眺め、まるで待ちきれないという感じで手遊びをしていた。
そしてアンリエッタの尽力によりスパルタクスの国外追放は迅速に行われた。手枷と足枷を嵌め貨物車に乗せられたスパルタクスと彼に剣を向け馬に乗り随伴するワルドとルイズは王宮を離れ。ウェールズ皇太子の居るアルビオン王国へと向かう。
人通りの多い街道を抜けるとスパルタクスは手枷をつなぐ鎖を引きちぎり、貨物車から降りた。
「強敵との殺し合いには場所など関係ないだろう」
ワルドとの殺し合いをする為、スパルタクスは今まで大人しく待っていたのだった。ワルドも馬を降り、腰の細剣を抜く。ルイズは慌ててワルドを止める。当然だ、今は王女からの勅命の真っ最中。こんな所で殺し合いなどして最悪相打ちなどにでもなろうものならもはや成功は望めない。かといってどっちかが死ぬのも話にならない。スパルタクスが手加減などする訳ない、いくらワルドが強いからと言ってあんな規格外相手にするだけ無駄と言う物だ。ルイズは端からスパルタクスの説得は諦め、ワルドに止める様言うが彼もルイズの話を聞く様子はなかった。
「いいかい、ルイズ。これは男同士の意地の張り合いだよ。僕も彼も自分が誰よりも強いと思っている。なら、今後の為にもここで白黒はっきり付けるのが一番だよ。それに大丈夫、死なない程度にするさ。向こうの彼がそれで止まるかは謎だけどね」
ワルドはそう言い帽子を脱ぎそれをルイズに預ける。ぐるぐると肩を回し、ワルドとスパルタクスは対峙する。
「武器は良いのかい」
「我が五体全てが武器、気遣い無用!」
スパルタクスが駆けだす。手枷からつながる鎖を振り回しワルドを殴打しようとする。ワルドはそれを寸での所で見切り、ワルドのレイピアがスパルタクスの膝を貫く。一瞬スパルタクスの膝が折れ体勢を崩すと、ワルドはスパルタクスの体に十字の傷を付け、さらにスパルタクスの背中にレイピアを突き刺した。今までどんなケガをしようとも一切怯むことなく戦い続けたスパルタクスの動きが止まり、まるで糸の切れた人形の様に倒れる。ワルドは膝頭に付いた土汚れを手で払うと、少し手間取りながらスパルタクスを抱え貨物車に乗せた。ルイズはピクリとも動かないスパルタクスを心配しワルドを問い詰める。ワルドはルイズから受け取った帽子をかぶると、答えた。
「ルイズ、人間の体は背骨から延びる神経で動かしている。もしそれが途絶えたりするとその体はまるで人形の様に全く動かなくなるのさ。今の攻撃で僕のレイピアが彼の神経の一部を断ち切った、彼は一切動けないはずだよ。まぁでも彼は再生能力があるみたいだからその内動き出すだろうけどね。心配いらないよ、それに少しでも反応が遅れたら僕の頭が吹き飛んでた。もう彼との戦いはこりごりだね。銃士隊のアニエス殿には頭が下がるよ。魔法なしで彼に挑むのは最早自殺行為だ」
そういいながらワルドは馬に乗る。しかもルイズを抱えたまま馬に乗り、貨物車を引く馬を誘導しながら手綱を握る。ワルドの言う通り、スパルタクスはあれから一切動かず、只々じっとしていた。そして、宿に付く手前にワルドの言う通りスパルタクスは自ら動き出し背中のレイピアを引き抜いた。その顔にいつもの嫌らしい笑顔はなく、冷徹なまるで軍勢を率いる王の様な穏やかながら苛烈な思いを秘めた顔であった。ルイズは寒気を覚える。今までの生活であんな顔をした彼を見たことなかったからだ。
「大丈夫?ワルドは心配ないって言ってたけど」
ルイズは思わず声を掛けた。スパルタクスは直ぐにあの嫌らしい笑顔に戻り、ルイズの肩を叩いた。
「まるで問題にならない、次は必ず殺す。いつも時代であろうとも強敵との邂逅は血沸くものである」
問題ないと言うスパルタクスは宿にいき、その店主に風呂の場所を聞いていた。闇討ちなどする性格ではないと理解していたルイズはひとまず安心すると自分も宿に入る。
スパルタクスはこの辺りでは珍しい浴槽に身を沈め、ワルドに付けられた十字の傷と背中の傷を触る。浅い、ワルドが元々自分を殺すつもりが無かったとはいえその傷には一切の殺意も敵意すらなかった。スパルタクスの心中に敗れた時は沈めていた怒りがこみ上げる。
痛み、苦痛とは自身に掛けられた試練であり、それに耐えた先に愛があり、平等があり、カタルシスがある。もう塞がった十字の傷をなぞる手に力が籠り、その指は自身の肉を抉り湯船を赤く染めた。
「・・・愛も、痛みすらも感じぬ傷だ。なんと、醜い」
彼はそう呟き、真っ赤になった湯船に再び身を委ねる。その脳裏にワルドの姿が過る、奴の目に自分は映っていない。奴はもっと先の自身の野望にしか目を向けていない、だからこそ奴の付ける傷は愛も痛みすら霞の様に消える。戦いとは、殺し合いとはスパルタクスにとって究極の理解だ。互いの目には相手しか映らず、その傷は全て相手を殺すためだけに付けられる。互いが互いを思い合う、これを理解と言わずに何と言おうか。今までになく考え込んだスパルタクスは、湯で顔を洗うと今はこのテルマエの魅力に酔いしれる事にした。
「皇太子、流石にお疲れなのではありませんか」
「これ位平気さ。君こそ3日も働き詰めじゃないか、君は女の子なんだからしっかりと休まないと」
「この程度では働いた内にも入りません。私には、一人でも多くの人を救うという使命があるのですから」
「君はまるで天使の様だよ。メルセデス」