魔法絶対失敗するウーマン&圧政者絶対殺すマン 作:デトロイト
ひどく静かな朝だった。近くに森もあるというのに小鳥のさえずりさえ聞こえない。怖さすら覚える朝にルイズはベットから起きる。隣にはいびきをかいて寝ているスパルタクスがいる。昨晩テルマエから帰って来た彼はいつもと同じように不気味だったが、いつもより少しだけ静かだった。彼の背中には昨日ワルドによって付けられたレイピアの傷くっきりと残っている。それだけではない。彼は体中に夥しい数の古傷がある。今まで彼がどんな人生を歩んできたのか、体の傷は雄弁に物語っていた。
「ほら、起きなさい」
ルイズは彼の体をぺシぺシと叩いて起こす。彼は低く唸りパッと目を開けると背中にバネがあると思える程素早く体を起こした。
「今日も清々しい朝であるなマスター。ではテルマエに行くのでしばし別れる」
彼は相変わらず拘束具で体を縛り付けたまま風呂へ行く。ルイズにとっては最早恒例行事だ。短く欠伸をすると寝巻のボタンを外し、吊るしてある着替えに着替える。安物ではないが決して高級とは言えないベットでの寝心地はそこそこで、ルイズは昨日の長旅の疲れなど吹き飛んでいた。そこへドアを3度ノックされる。スパルタクスはノックなんてしないし、おそらくワルドだろう。ルイズが返事をする前に扉が開く。ルイズの予想通り現れた人物はワルドであった。昨日と同じマントに帽子を深く被りまるで森で生活する狩人の様であった。
「おはようルイズ。よく眠れたかい」
「相変わらずあいつのいびきで2回は起きたわ。けど体調は万全」
「ハハ、元気そうで何よりだよ。朝食は船の上で食べよう。アルビオン行きの船はこの情勢で少ないからね。そう言えば彼はどこへ行ったんだい?」
「スパルタクスならお風呂に行ったわ。いつもの日課なのよ」
「出来れば早めに出たいんだけどね。船も今は付近に空賊が出るって話だからね」
ワルドはそういうとルイズに出発の時間を伝えると部屋を出ていく。ルイズは急いで着替え顔を洗う。そして化粧台のブラシで髪を解かす。そして自分のバックにアンリエッタから受け取った便箋が確かに入っている事を確かめると安心する。幸い出発までは少し時間がある。ルイズはスパルタクスを急かす為に風呂へ行く。
風呂は湯を沸かし貯めるタイプの為宿とは少し離れた場所にある。ルイズが風呂に向かっているとそこで奇妙な人物と出会う。その男は娼婦と思われる若い女性を何人も侍らしながら風呂に入っていった。かと思うと数秒後に鼻から血を吹き出しながらルイズの前まで吹っ飛んできた。そして一緒に入って来た娼婦達がその場から逃げ出し、ルイズは目の前のひげもじゃに声を掛ける。
「あの大丈夫ですか」
この時ルイズは純粋な優しさから声を掛けたのだが、直ぐにそれを後悔する。ひげもじゃの男はルイズを見ると飛び起きて右手の甲に付けた不思議な鉤爪で自慢の髭を整え
始めた。
「おーっとこれはまたここいらでは見たこともない美少女でござるなぁ。拙者は黒髭という者でござるよ。所でマドモアゼル、これから拙者と一緒に優雅なブゥレックファーストと洒落こみませんか」
訂正、ルイズは黒髭と名乗るこの男に話しかけた事を死ぬほど後悔した。ルイズはこいつが死ぬほど面倒な奴だと一瞬で悟り、待っている人がいるからといってその場を去りスパルタクスがいる風呂へ向かうのだが、黒髭はルイズに付いてくる。
「あらあらあらあら?これは巷で流行りのツンデレ?それともクーデレって奴?いくら拙者が太陽を落とすほどイケメンでも、この対応はちょっと困っちゃうなぁ。あと、君CV釘宮に似てるって言われない?愛の切り札キュアエース!って言ってみてよ。拙者一生のお願いだから!」
この男が何を言っているのかも理解できないルイズは一刻も早くこの男に隕石が降ってくることを願った。そしてルイズの願いは叶った。風呂から桶が一つ猛スピードで飛んでくると黒髭の顔面をスマッシュし、黒髭はその場に倒れる。すると風呂場からいつもの拘束具に身を包んだスパルタクスが現れる。
「ねえ今の知り合い?」
ルイズはスパルタクスを連れながらそれとなく聞いてみた。
「さぁ奴は神聖なテルマエに女人を連れ込み、そこであまつさえ交わおうとしたので制裁を加えたまで。奴のアホズラなど記憶にもない」
「・・・そ、そう」
何ともコメントしにくい解答にルイズは生返事で返した。ルイズは横目で気絶している黒髭を見ると、今の出来事は夢として記憶から消す事にした。無駄に時間を食ってしまった所為で、ワルドの言っていた出発時間ぎりぎりになってしまった。街には少し靄がかかり、まるでルイズ達の行動を人目から隠しているように思えた。
貨物車に乗ったスパルタクスは船が見えると思わず声を上げる。空飛ぶ船、浮遊大陸に王国を築いたアルビオンへ行くためにはこの船が必要不可欠となる。
「壮観であるなマスター。いく度の戦を経験したが空を飛ぶ船は初めて見るぞ」
「よく見ときなさい、これからあれに乗ってアルビオンに行くんだから」
そういうとルイズはふふんと自慢そうに無い胸を張った。今まで散々こいつに驚かされっぱなしだったが、ここに来てスパルタクスが自分の世界の技術に関心している事が嬉しかった。ワルドが船長に話を通し3人は船へと乗り込む。そして、客室に入った3人は思い思いに過ごす。スパルタクスは窓から外をのぞき込み、ワルドは武器の手入れをする。そしてルイズはなんだかいたたまれなくなり、ワルドに断りを入れ甲板へと向かう。甲板へと出たルイズは気持ちよく吹く風を目いっぱい肺に吸い込み、大きく息を吐いた。
「なんだか辛いわね」
ルイズはそう独り言をつぶやいた。アンリエッタからの勅命を受けているからだけではない、ルイズにとってワルドとスパルタクスの関係はルイズの心に不安感を抱かせていた。ルイズにとってワルドは幼い頃からの憧れの存在であり、スパルタクスは初めて呼んだ使い魔だ。しかし、スパルタクスの目にも、ワルドの目にもルイズは映っていない。スパルタクスの目には圧政者が、ワルドの目には彼が心の底に秘めている野望だけが映っている。今でもワルドは憧れの存在でもあるし、スパルタクスは少し危なっかしいが信頼もしている。だからこそ、ルイズにとってその2人の傍らに立てない事が屈辱だった。昨日の二人の決闘もそうだ、ルイズはその中心にいた筈なのにまるで蚊帳の外。ルイズはアンリエッタの親友だからこそ勅命を受けたのであって、それに相応しい力がある訳ではなく、いわばワルドやスパルタクスのおまけの様な存在なのだ。
日に日に強くなる自分の無力感にルイズは一つ大きなため息をついた。いっそ、彼を召喚したことも今までも事も夢だったらこんなに悩まずにいられたのだろうか。ルイズはふとそんな事を思ってしまう。
「おやおやぁ奇遇ですなぁ。デュフフフww」
落ち込むルイズの気分を台無しにする下品な声がルイズの耳元で囁かれる。びっくりしたルイズは思わずその場を離れた。右手に鉤爪を付けた髭もじゃの男黒髭がそこには立っていた。黒髭はニタニタと鼻の下を伸ばしてルイズに近づく。ルイズは思わず罵声を浴びせて黒髭の頬を平手で叩いた。黒髭は左の頬を赤くしながら床に倒れる。
「おぉう、キツイ歓迎ですぞ。まぁこれはこれで、乙な物でデュフフwwやっぱり美少女は初めからデレデレしてるよりも、ツンツンしてる方が攻略し甲斐がありますなぁ」
ぶたれても尚訳の分からない事を呟きながら黒髭は起き上がる。そして、黒髭は船の外を見回すと、一瞬目線がキツくなりすぐに緩めた。そして黒髭は船の外を指さして叫んだ!
「空賊だ!」
甲板に居た全員が黒髭の指さした方へ目を向ける。雲の切れ間から1隻の船が現れる。そして、その船には黒い帆が張られ、中央にはドクロのマークが描かれている。間違いなく空賊の船の証だった。一気にざわつく甲板の上で黒髭は隙を突きルイズを抱えて船首へと向かった。
「ちょっと!離しなさいよ!髭もじゃ!」
「おほぉ!色々と拙者の手にはあれやこれやが触れて色々と役得ですぞ!それと」
船首へ着いた黒髭は抱えたルイズを下ろして小柄な彼女と同じ目線まで腰を下ろしていった。
「あまりピーピー煩いといくら美少女に甘い拙者でも手加減しかねるかも、ですぞ」
黒髭は自身の服の下で隠していたピストルをルイズに見せつける。ルイズは目の前の黒髭とピストルを見比べて口をつぐんだ。甲板には空賊を迎え撃つために護衛達が集まる。空賊船は眼前に迫り、船は速度を一切落とすことなくこちらの船に突っ込んでくる。
「対艦戦の基本は突撃からの白兵戦だというのに、ああも船腹に集まっては、んんwwあり得ませぬぞ。全く持ってのど素人ばかりですな。ウチのBBAはチョーカゲキですから。見ものですな」
まるで劇場で喜劇を見るように黒髭は欄干に肘を付き甲板の護衛達を見ていた。そして空賊船は船首のラムを持って船腹へ体当たりを行った。凄まじい衝撃に船全体が揺れ、ルイズは体勢を崩す。が、黒髭がルイズを抱きかかえて転ぶのを防ぐ。
「おっと、これからがショータイムですぞ。海賊の醍醐味は略奪と殺戮ですからな」
黒髭はそう言いルイズの顔を掴み船腹へ向ける。船腹ではラムの突撃により護衛達は浮足立ち、さらにラムを伝って空賊たち次々とが乗り込み、護衛達を皆殺しにしていく。その様子はまさに凄惨そのもの。空賊たちは最早無抵抗な護衛達をなぶり殺しにしていく。その中で一人の空賊が血まみれのカットラスを手に黒髭の元へ近づいてくる。ルイズは悲鳴を上げ、黒髭の手から逃れようとするが、黒髭の手はルイズの肩を強く話さない。
「旦那の言う通りまさにザルその物だったな。まったくこれで暫くは遊んで暮らせらぁ」
「デュフフ、拙者のリサーチに間違いはなかったでござろう。これも街で娼婦のチャンネーとあれやこれやで稼いだ拙者のイケメン力の賜物。所でうちのBBAは?」
黒髭がそう言うと男は困ったように頬をかきながら言った。
「そ、それが船長は旦那が経費使って街で遊び呆けているのに大変ご立腹のようで」
「げ、これだから更年期入ったBBAは嫌なんですぞ。すぐヒステリー起こすんだから」
「へぇー誰が更年期のババアだって」
そこに現れたのは凄惨な場には相応しくない華美な女性だった。しかし彼女の右手に持つピストルと顔の大きな傷が彼女が歴戦の戦士であるという事を証明していた。彼女は男に2,3言葉を掛けると船首から空賊全員に声を掛けた。
「お前たち!じゃんじゃん奪って船に運びな!刃向わない客は縛って納屋に出も転がしときな。今日はあたしの奢りで飲んで飲んで飲み明かすよ!」
おぉーと空賊たちは歓声の声を上げて意気揚々と客室へと向かう。女は黒髭が捕まえているルイズを見るとかぶっていた海賊帽を脱ぎ、その顔をまじまじと見つめる。
「ティーチ、その子は」
「せ拙者これからパイケットの新刊を見るので忙しいので」
「ティーチ!正直に話さないと船首から吊るすよ」
女は黒髭を一喝すると黒髭はへへーと女の前にひれ伏した。
「許してくだぱい!拙者のほんの出来心だったんでござりまする。だって船長、いつもラムで突っ込んでから攻撃するから、拙者さすがにこの美少女がラムで潰れるのは耐えられない!リョナはNG!」
女は黒髭の訴えを聞くと、改めてルイズの方を見た。そしてため息をつくと手にしていたピストルを仕舞いルイズの肩に手を掛けた。ルイズはびくっとするがそれ以上の事はしなかった。
「あんた、名前は」
「る、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル
「あぁいい、いいってそんなに長ったらしい名前は。アンタはルイズってんだね。ならそこの髭に感謝しな、あいつがいなかったらアンタ今頃押し花になってたよ」
「押し花って、BBAが一丁前に乙女心だしちゃって」
「ティーチ!アンタは暫く男色の船員と同室だよ」
「もうドレイク船長サイコー!流石太陽を沈めた女!もう惚れちゃう!抱いて!許して!」
黒髭ティーチは額を床にこすり付ける様にひれ伏した。まるで世間話をする様に振る舞う空賊の二人にルイズは困惑した。ルイズのイメージする空賊と二人のイメージがあまりにかけ離れていたからだ。何はともあれ命は助かったルイズは客室に居たワルドとスパルタクスの事を思い出す。まさかあの二人が空賊程度にやられるとは思わなかったが、とにかく心配だった。その時、破壊音と共に甲板と客室をつなぐ扉が破壊されスパルタクスが現れる。案の定というか、想定通りの展開にルイズは安心感を感じる。ワルドの姿はなかったが、きっと大丈夫だろう。
スパルタクスを囲む空賊たちは果敢に切りかかるがスパルタクスの相手ではない。その様子を女と黒髭は厄介そうに見ていた。
「藪をつついて蛇所か、獅子が出て来たね」
「いつみてもむさっ苦しい姿してますな。絶対あれ女にモテた事ないでおじゃる」
二人共苦虫をかみつぶしたような顔でスパルタクスを見ていた。ルイズは内心喜び勇んでスパルタクスの登場を見ていた。あいつの強さは嫌という程知っている。あいつに掛かれば空賊なんて敵ではない。
「お前たち、それ以上は止めな。時間と人員の無駄だよ」
女は階段を下りて行きスパルタクスの前へと行く。それと同時にスパルタクスは腕を振り上げ襲い掛かる。女は素早く後ろへ下がり電光石火の速さで2丁のピストルを抜き、撃つ。破裂音と共にスパルタクスは体から血を流すが、その程度では止まらない。スパルタクスはなおも突撃し女はそれを避け確実にカウンターを撃ち込んでいく。そして、それが数度繰り返された時だ。女は突如止まり、ピストルを捨てた。武器を捨てた事でスパルタクスの手が止まり、女はぐぅーと背中を伸ばした。豊満な胸が露わになり暴力的にその存在を主張する。ルイズは思わず自分の胸と比べてみるが、戦力差は10倍所の話では無かった。
「気にする必要はござらんよ。女性の胸には等しく夢と希望が詰まってるんですから、ぺったんこは決してマイノリティーではありませんぞ」
ルイズの肩に手を当て黒髭はまるで憐れむようにルイズの貧相な胸を慰めた。
女は伸びが終わると振り返り黒髭の方を向いた。
「このままじゃあ千日手だ。男の喧嘩なら殴り合いって相場が決まってんだ。ティーチ!こいつに海賊のやり方ってもんを教えてやりな!」
「えぇーーーーー!拙者の珠の様なお肌に傷が付いちゃう!」
「髭もじゃの癖に文句言ってんじゃないよ!それに力はアタシよりアンタの方が腕っぷしは強いんだから、適任でしょうが。それにこいつに勝ったら、特別ボーナス、ドーンと弾むよ!」
「うほー!拙者がんばっちゃいますぞ!」
黒髭は船首から飛び降りスパルタクスの前に立ち、自分の上着を脱ぎ捨てた。
「ヒュー!見ろよ奴の筋肉を・・・まるでハガネみてえだ!!こいつはやるかもしれねぇ・・・」
「まさかよ。しかしあの筋肉ダルマには勝てねえぜ」
黒髭の登場に空賊たちは次々に声を上げる。黒髭は筋肉を見せつける様にポーズを取り、キリッとした顔つきダブルピースを決めクールに答える。
「祝杯はアイスミルク、ダブルでね」
そして黒髭は拳を握りしめスパルタクスへと殴りかかる。そして黒髭の左の拳が顔面にクリーンヒットし、スパルタクスは上半身をのけぞらして痛みと衝撃に耐える。続けて右の拳でのけぞった顔面を捕え、調子に乗った黒髭はそのまま次々とコンビネーションを繰り出す。
「拙者の拳が光って唸る!お前を倒せと輝き叫ぶ!シャイニングフィンガー!という名の只のボディブロー!」
黒髭渾身のボディブローがスパルタクスの体に突き刺さる。2Mを超すスパルタクスの体が一瞬浮き上がる程の威力で放たれた一撃は、黒髭が勝利を確信する程だった。さらに黒髭はかっこつけて勝負が決まる前にスパルタクスに背を向けすたすたと去っていく。その顔には余裕すら感じられる。歓声を上げる空賊たちとは真逆に、女は手を顔に当ててやれやれと首を振った。
「いつまでも体に響く痛み、衝撃!甘露!さぁ反逆の時!」
スパルタクスの声に黒髭が振り返るより先に、黒髭の背中にハンマーで殴られたような衝撃が走り、黒髭は大の字になりながらマストに張り付く。そして、黒髭は白目を向いたままマストから落ちる。一発で気絶してしまい、スパルタクスは追撃しようともしなかった。女はため息を付き、黒髭の様子を見ると空賊全員に告げた。
「ご覧の通り、アタシらの負けだよ。これ以上は海賊の矜持に関わるってもんさ。大人しくずらかるよ!」
女はそう指示し部下に黒髭の介抱を頼み、ルイズに大袋いっぱいの金貨を渡した。
「色々好き放題やった手打ち金って訳じゃないけど、これで許しちゃくれないか。海賊の決闘で負けた以上、うち等は大人しくこの場を去るよ」
「ちょっと!この船どうするつもりよ!大穴開けてお金渡されて許してくれって虫が良すぎるわよ!」
「決闘で負けた方は大人しくその場を去る、それがアタシらのルールさ。帰りの事はアンタらが考えな」
「あんたたちが勝手にやって来て滅茶苦茶にしたんでしょうが!」
「好き勝手にするのが海賊ってモンさ!」
女が声を荒げた時だった、スパルタクスが女の腕を掴み女を持ち上げ、強制的に自分と同じ目線に合わせる。スパルタクスに睨まれても女の顔は変わらない、所かこの状況を楽しんでいる節さえ感じさせた。
「離しな、デカブツ」
「無理を強いる者こそ圧政者、我は圧政者への反逆こそ使命」
「・・・あー、もう。分かったよ!あんた等だけはウチの船に乗せて目的地まで運んでやるさ!他の奴らは適当に安全な所で下ろしていくよ。ほらさっさと離しな」
女がそう言うとスパルタクスは手を離し、降りた女は思い切りスパルタクスのつま先を靴で踏んでやった。しかし、スパルタクスはそれに痛がる素振りすら見せない。
そこへどこからともなくワルドが現れ、ルイズの身を案じる。今まで姿を見せなかったワルドにルイズは疑いの視線を向ける。その視線に気が付いたワルドは、謝りながらルイズに訳を話した。
「ごめんよ、ルイズ。でも決して君を見捨てようとした訳じゃないんだ。奴らの動向を探って機会を見て君を助け出すつもりだったんだ」
ルイズはそう話すワルドの瞳を見つめる。まただ、ワルドの瞳にはルイズの姿は映っていない。ルイズは心が締め付けられるような思いに苛まれながらも、ワルドの話に相槌を打った。女が空賊達に命令し、空賊達は自分たちが縛り上げた乗客たちを船に乗せて行く。そして最後の一人が船に乗せられるのを確認した女はため息をついて、ルイズ達に船に乗る様指示した。船の甲板に立った女は号令し、船はゆっくりとルイズ達が乗っていた客船から離れていく。女はそれぞれに仕事をする空賊達に労いの言葉をかけながら、船内へと向かう。女は立ち止まると、ルイズ達に付いてくるようにいい船内へと入っていく。ルイズ達3人は女の後を付いていき、そして船長室と彫られた板の掛かった部屋の前に付く。そして中から女の声がし、3人は船長室へと入っていった。
「まぁ適当に寛いでてくれ。で、アンタらはアルビオンに行きたいんだろ。どうせ乗りかかった船さ、目的地まで連れて行ってやるよ」
椅子にもたれ掛かり海賊帽を机に投げ捨てた女はそう言った。ルイズは、少し深呼吸すると女の問いに答える。ルイズが目指すのはアルビオン南西にあるはずれの教会だ。そこにウェールズ皇太子がいるとアンリエッタから伝えられたルイズは正直に、場所を答える。女の目つきが鋭くなりルイズへ向けピストルを向けた。スパルタクスが素早くルイズと女の間に入る。
「ルイズ、アンタはどうしてそこへ行こうってんだい。内容次第じゃ、アンタを撃たなきゃならなくなる」
女は一切の情を感じさせることなくそう告げる。暫くの沈黙が続き、ルイズの代わりにワルドが答えようとしたが、ルイズはワルドのマントを掴み首を横に振る。そして、スパルタクスの前に出ると、机に手を付き女をジッと睨み付けてから話し始める。
「詳しくは、言えない。けど、これだけは言えるわ。私達はトリステインからの使者よ、そして私達はどうしてもウェールズ皇太子に合わなくちゃいけないの」
ルイズの真剣な眼差しを受けた女は口元が緩みひとしきり笑うと、ピストルを机に置いて、脇に置いてあった酒樽からコップで酒を汲むとそれを一気に煽った。そして、もう一度酒を汲むと今度はコップをルイズに差し出す。
「これは失敬したね。まさかアタシらのクライアントに用があるとは思わなかったよ。ほら、アンタらも飲みな。まぁこれも何かの縁さ。アンタらをしっかりとあのボンボンの所へ送り届けてやるよ」
どんと机に脚を乗っけて女は酒を煽った。ルイズはコップを受け取ると一口飲んでみて直ぐに顔を歪めて突き返す。
「クライアントってアンタまさかウェールズ皇太子に雇われてるの」
「ご名答。アルビオンの情勢悪化がどうとかでアタシらの海賊行為に目を瞑る代わりに要請があれば、ボンボンに手を貸す契約だよ。あぁそうだアタシの自己紹介がまだだったね。あたしはフランシス・ドレイク。この『黄金の鹿号』の船長だよ。ルイズ、アンタを助けたあの髭もじゃは、エドワード・ティーチ。副船長だよ。あとで礼でも言ってやりな。あいつは女好きだからね」
ドレイクは更に酒をがぶがぶと飲み始める。そして思い出した様に、机の上の紙束たちを脇に退けると航路図を取り出し、ルイズとワルドに今後の進路を話し始めた。スパルタクスは特に航路に興味もなく、ドレイクの用意した酒樽を一つ取り、遠慮なく中の葡萄酒を飲み始めた。その間もドレイクはルイズ達に航路の説明と解説をしていき、コップが空になったドレイクは新しい酒樽を開け中の真っ赤な葡萄酒をごくごくと飲んでいく。
「ま、航路についてはこんな所だね。アルビオンの港は貴族派の奴らに抑えられてるから、船を商船に偽装して途中で空賊に襲われたあんた等を救助したって名目で乗客を降ろすよ。アンタらはアタシらが使っている秘密の港で直接教会に向かうよ」
ドレイクがそう言うとルイズは不思議そうな顔をした。この船はどっからどう見ても空賊船、それをどうやって商船に偽装しようというのかルイズは不思議に思ったのだった。
「不思議そうな顔をするじゃないか。こんなどっからどう見ても海賊船な船を、どうやって偽装するのかって?じゃあ聞くよ、海賊船とそうじゃない船の違いは?簡単さ、海賊の旗と帆を下げて普通の帆にすればいいだけさ。実際アタシらはそうして何度も貴族派の港に停泊してきた」
思っている事を当てられてルイズは思わずギクッとする。まさか顔に出ていたのかと思い、ドレイクに謝ろうとしたがドレイクは手を振ってそれを止めた。
そこから暫くし、ドレイクの言った通り船の帆を白に変えた海賊船は、難なく港に停泊し積み荷の一部と乗客たちを降ろして、再び出航する。一度雲に入った船は急速に回頭し進路をアルビオン南西にあるという隠れ港へと向かう。その頃には日はとっくに暮れていた。そして闇の中を船は明かりすら付けずに航行し、港に付ける。港に付いた時、毛布を頭から被って寝ていたルイズをスパルタクスが起こす。ばぁとあまりにも酒臭い彼の息にルイズが飛び起きたのだった。ルイズが起きた時にはドレイクの船長室は半ば宴会場と化しており、ルイズの目の前には飲み潰れたドレイクが寝ていた。ワルドは配られた酒には一切手を付けず、船長室に山の様に積まれた本を読んでいた。
「ちょっとぉ酒臭いわよ、アンタ。寝起きに強烈な臭いは勘弁してよ」
「どうやら港へ付いた様だ。いざ圧政の地へ!」
スパルタクスの声に起きたドレイクが頭を抑えながら起きた。
「付いたみたいだね。港にボンボンが待ってるはずだから行ってみな。あー、飲み過ぎたぁお腹が酒でちゃぽちゃぽ鳴ってるよ。待った、やっぱりアタシも行こうか、たまにはクライアントに顔見せするのも義理って奴だ」
ドレイクは気付けに一杯とばかりにコップに残った酒を飲み干し顔を2度叩くと机に投げ捨てておいた海賊帽をかぶり船長室を出ていく。ルイズとワルドはドレイクの後を付いていくが、ルイズはいつも我さきと行くスパルタクスが遅い事に気が付きふと後ろを見る。両肩に酒樽を担いだスパルタクスがそこにはいた。
「あんた、それ気に入ったの」
「良き葡萄酒である。葡萄酒とは即ち神の血であり、苦痛と困難を祝す聖なるものである。一度杯を交わした者は困難を共有する同志であり、血肉を湧ける盟友となる。マスターもいずれ誰かと杯を交わすといいだろう」
酒も入りいつになく上機嫌そうなスパルタクスはルイズにそう言った。ルイズもいつもなら冗談と思い受け流す所だったが、この時は彼の言葉を真剣に考えた。盟友の契り、自分も彼とこの契りを交わせば彼の目に自分が対等に映るのだろうか。ルイズはそんな事を考えた。こいつの特別な存在になりたいという、ルイズの素直な気持ちだった。
「久しぶりだね、坊や」
ついさっきまで酔いつぶれていたとは思えない顔つきでドレイクは桟橋で金髪の青年と話す。少し遅れて桟橋に降り立ったルイズは一目見てその青年がウェールズ皇太子だと分かる。はやる気持ちを抑えきれず、ルイズは急いでウェールズの元へ走る。しかし、もう少しという所で邪魔が入る。赤い軍服を着込んだ女がルイズの前に立ちふさがる。どこまでも冷酷なその眼にルイズは怯むが、アンリエッタからの約束の為女の横を通る。が、女は警告も無しにルイズの胸ぐらを掴み持ち上げる。それと同時にドレイクはピストルを抜き女に向け、スパルタクスは疾走し女の体に剣を当てた。
「その手を離しな、ナイチンゲール。その娘は坊やの大事な客人だよ」
ナイチンゲールと呼ばれた女はドレイクの話には一切耳を傾けず、後ろに居るウェールズの方を見た。
「その娘を離してくれ、メルセデス」
「了解しました、マスター」
ウェールズの言葉に頷いたナイチンゲールはゆっくりとルイズを下ろす。ルイズは咳き込むと、カバンからアンリエッタからの手紙を取りだした。
「我々はトリステイン王国の使者です。我がアンリエッタ王女からウェールズ皇太子宛の書分であります」
「アンリエッタからのだって!・・・ありがとう、このウェールズ・テューダーが確かに受け取った。長旅の疲れもあるかも知れないが、まずは上で食事としよう。ドレイク船長達のお蔭で今日の食事は豪華なものになる」
挨拶もそこそこにウェールズはルイズ達やドレイク達を食事に誘う。朝から食事を殆ど取っていないルイズやワルドはもちろん、飲み過ぎたと言っていたドレイクやドレイクが飲み潰れても飲み続けていたスパルタクスも当然とばかりに食事に参加する。
崖を切り崩して作られた港の上には教会が立ち、その教会こそがルイズの目指していた教会であった。そして、この教会こそが貴族派と王党派の内戦が続くアルビオン王国の王党派の拠点であり、貴族派との戦いに敗れた王党派最後の砦であった。ウェールズ達が教会に足を踏み入れると大テーブルには、豪華な料理が並び上等な葡萄酒が振る舞われた。数人の給仕達がウェールズの帰還を歓迎し、後ろの客人を席に案内する。テーブルに付いたルイズの横にスパルタクスが座り、対面にはワルドが座った。そしてウェールズは最も上座の席に座り、ナイチンゲールは食事を取ろうとせずウェールズの後ろに静かに立っていた。
「メルセデス、君も食べなよ」
「私は皇太子の従者です。従者が主人と同席するなど」
「では、メルセデス。我々と一緒に食事を取ろう、これは命令だ」
「・・・命令ならば」
渋々ながらもナイチンゲールは空いている席に座る。対面にはドレイクが座り、隣にはティーチが陣取る。流石の黒髭ティーチもナイチンゲールにはどこか遠慮する様で、ルイズを相手にしていた時とは明らかに言葉にキレがない。そして次々と大テーブルにアルビオン王党派の騎士たちが付き、テーブルは直ぐに埋まる。ウェールズは葡萄酒を注がれた銀の杯を手に取り、話し始める。
「皆、今日もこうして我々は一人として欠けることなく今日を終えることが出来た。貴族派からの弾圧は日に日に厳しいものとなっている。だが、我々王党派はアルビオンの真なる繁栄の為、戦おう。友の為、父の為、母の為、そして偉大なるテューダーの血の為に。今日は、ドレイク船長の尽力によりいつもより豪華な食事となった、無礼講で飲み謡おう。乾杯」
ウェールズの乾杯の号令と共に食器の鳴る音が方々で響き、皆思い思いに料理に手を伸ばす。ルイズは自分の杯を見る、そこには並々と葡萄酒が注がれ宝石の様な紅色でルイズを写した。そっとルイズは隣を見る。スパルタクスは既に目の前の料理に手を伸ばし、がつがつとそれに食らいついている。ルイズは生唾を飲み込みスパルタクスに話しかける。
「ねぇ」
スパルタクスは食事の手を止め、ルイズの方に顔を向ける。
「さっきアンタが言った事覚えてる。葡萄酒の杯を交わすと盟友になるって奴」
そう言うとスパルタクスは目を見開き、嬉しそうに自分の杯に葡萄酒を注いでルイズの前に差し出した。
「おぉマスターよ!汝も我と同じ反逆の士となってくれるか!良い、実に良い!これほど嬉しい事はない!さぁマスターよ、共に杯を交わそうではないか!」
ルイズはスパルタクスの差し出した杯に自分の杯を合わせ、お互いに杯の中身を一気に飲み干す。濃い葡萄の渋みにルイズは思わず咳をしてしまう。が、スパルタクスはその様子を嬉しそうに見ていた。
「焦ることはない、マスターよ。今この瞬間から我々は共に圧政に反逆する同志となったのだ。マスターよ、共に苦痛多き道を歩もうぞ!」
口元を袖で拭いながらスパルタクスの言葉を聞いていたルイズは、スパルタクスの顔を見る。
その眼にははっきりとルイズの姿が映っていた。