オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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悲報、名犬ポチ出番無し。


一人師団と疾風走破

『神の血』と呼ばれるポーションを大事に胸に抱えながら駆け足で帰宅するリィジー。

その足取りから年甲斐もなくはしゃいでいるのが分かる。

 

孫が今日、カルネ村の方に材料を調達しに行くと言っていたがそれは中止させようと決める。

何せそれどころではないのだ。

この手の中にあるポーションは全てに優先される。

孫であるンフィーレアもこれを見ればそれどころではないと騒ぎだすだろう。

 

そしてリィジーは家に到着する。

 

家の前には一台の馬車が止まっていた。

恐らく出発の準備をしている最中なのだろう。

間に合ってよかったと嘆息しリィジーは家の扉を開けると同時にンフィーレアを呼ぶ。

 

 

「ンフィーレアやーい、帰ったよー。それよりも聞いておくれよ、このポーショ…!」

 

 

リィジーはすぐに違和感に気付いた。

家の中が妙に静かなのだ。

いや、奥の薬草の保管庫の部屋から何かいるような音が聞こえる。

裏口とも繋がっている部屋である、もしかして動物か何かが入り込んだのだろうか。

何が起きたのかわからぬままリィジーは恐る恐るその扉を開く。

 

鼻を突いたのは薬草の香りなどではなく、もっと生臭いもの。

それは血の匂いだった。

 

そこにいたのは倒れている4人の人間。

装備からすると冒険者だろうか。

 

 

「な、なんてことだい…!」

 

 

その時リィジーに気付いたのかのように倒れていた4体が起き上がりリィジーへと襲い掛かる。

その顔は生者のものではなかった。

血の気のない真っ白な顔色で濁ったような瞳がリィジーを映していた。

額には穴が空いており、一目でそれが致命傷だと判別できた。

そして死者が動く理由はただ一つ。

アンデッドへと変わったということだ。

 

 

「ゾンビか!?」

 

 

リィジーは叫び声を上げながらも反射的に魔法を放つ。

動きの遅いゾンビは魔法の的であるが戦闘慣れしていないリィジーではトドメを刺すことは難しい。

咄嗟に逃げドアを閉め、家の外まで逃げ出す。

どうやら遠くまでは追ってこないのか単純に動きが遅いのか家の外に出てくる様子はない。

 

 

「どこじゃ! ンフィーレアどこにいるんじゃ!」

 

 

リィジーはンフィーレアの不在に気付くがもはや家の中にはいないだろう。

そしてあの冒険者達は恐らくンフィーレアが雇っていた冒険者達。

そう考えると一つの可能性が浮かんでくる。

ンフィーレアは攫われたのだと。

ンフィーレアのタレントは珍しいものだ。

無茶をして狙う輩がいても不思議はない。

そして肝心の敵はこの冒険者一向を難なく倒しアンデット化する魔法まで使っている。

単独なのか複数なのかも分からないがリィジーの手に負える相手ではない。

すぐにリィジーは助けを求めようと辺りを見渡す。

 

だが今この都市内ではそれ以上の騒ぎが起こっていた。

 

 

「墓地でアンデッドが大量発生したのが確認された! すぐにここから避難するように! アンデッドの数は膨大でどこまで防げるかわからない! 最悪、ここまで侵入されるかもしれない! 早く非難するんだ!」

 

 

何人もの衛兵が走り回りながら叫んでいる。

その言葉に都市中は軽いパニックに陥っていた。

通りがかった衛兵にリィジーは助けてくれと懇願するが誰も取り合ってくれない。

仕方なく冒険者ギルドまでリィジーは走る。

だがやっとの思いで着いた冒険者ギルドでも助けを得ることはできなかった。

 

 

「申し訳ありません、リィジー様。現在墓地でアンデッドが大量発生したとのことで全ての冒険者に招集がかかり墓地へと向かっています。現在ここに冒険者はいません、リィジー様の依頼に応えるのは不可能です…」

 

 

その言葉にリィジーは崩れ落ちる。

その衝撃は赤いポーションの存在よりも強かった。

何十年も求めてきた『神の血』、だがそれよりもたった一人の孫の方が大事だった。

リィジーは冒険者ギルドを飛び出し、片っ端から助けを求めた。

道行く人で腕に覚えがありそうに見える者には全員声をかけた。

だが誰も答えてくれる者はいない。

 

その思考が絶望に染まる中、一人の金髪の男を見つける。

身なりは良い、どころかこの世界で最高級品ではないかという装備を身に纏った男。

その立ち振る舞いからも強者の気配がにじみ出ていた。

 

 

「お主、頼む…! 孫が…、孫が攫われたんじゃぁ…! 助けてくれぇ…!」

 

 

見ず知らずの男になりふり構わず助けを求めるリィジー。

振り返ったその男は非常に優し気な雰囲気を纏っていた。

だがこうして相対すると格が違うと思えるほどの圧倒的な存在感を放っている。

リィジーはもうこの男しかいないと判断する。

何を投げ打ってでもンフィーレアを助けて欲しいと願う。

 

 

「お、お願いじゃ…! た、助けてくれるならこれをやる!」

 

 

そしてリィジーは『神の血』を差し出す。

先ほどまでは何を犠牲にしてでも手に入れたいと願った物。

だが今は孫の命が助かるなら投げ出しても構わないとさえ思える。

そしてこのポーションには流石のこの男にも動揺が表れていた。

 

 

「ほ、他にもわしの差し出せるものなら何でも差し出す! だからお願いじゃ…! 孫を、ンフィーレアを助けてくれぇぇええ!!」

 

 

この時、ンフィーレアという名前により男の中で一つの線が繋がった。

そして男はこの老婆に協力することを決意する。

 

 

「分かりました、私に出来る事ならば協力させて頂きましょう」

 

「ああ! あぁああ!! 感謝する! ありがとう…! 本当にありがとう…!」

 

 

そう言ってリィジーは『神の血』を差し出すが男は受け取らない。

 

 

「それは結構です。どうやら貴方の大事なもののようですから。ただどのように入手したかだけは後で教えて頂けると嬉しいですね」

 

 

金髪の男はそう言ってニッコリと笑った。

こうしてリィジーは一人の男の協力を得て再び家へと戻る。

ンフィーレアの手がかりを入手するために。

 

そしてこの金髪の男。

スレイン法国の六色聖典の一つ「漆黒聖典」の第5席次であり、通称『一人師団』。

クアイエッセ・ハゼイア・クインティア。

 

彼は自分の追っている人間の手がかりをこの老婆に見出した。

突如現れてこの都市を襲っている謎のアンデッドの集団。

自然の現象とは考えづらい。

もしそれが高位の魔法によるものだとするなら心当たりがある。

彼が追っている犯人が国から持ちだしたアイテムにより使用した可能性があるからだ。

そしてこの老婆が口にしたンフィーレアという名前。

彼が持つ希少なタレントの存在は法国にも知れ渡っている。

この少年が行方不明という事態がクアイエッセの推測をより強固なものにする。

 

思わぬ僥倖。

この老婆が偶然にも自分に助けを求めねばたどり着けなかったであろう。

そして彼は日課のように行っている祈りを心の中で告げる。

 

 

(この幸運に感謝します、神よ…。どうか私を、私達人類をお見守り下さい…)

 

 

 

 

 

 

 

 

時はしばらく巻き戻り、未だリィジーが冒険者ギルドの会議室にいる時間。

 

ンフィーレアはカルネ村への薬草採取の護衛として雇っていた『漆黒の剣』という冒険者チームと荷造りをしていた。

 

漆黒の剣リーダー、剣士のペテル・モーク。

レンジャーのルクルット・ボルブ。

ドルイドのダイン・ウッドワンダー。

二つ名『スペルキャスター』を持つ魔法詠唱者(マジックキャスター)ニニャ。

 

この4人からなる漆黒の剣は13英雄の一人のとある武器達を集めるのが目標らしい。

まだ人を見る目がさほど肥えていないンフィーレアの目から見ても良いパーティだと感じる。

このまま上手くいけば将来は名のある冒険者になるだろうと思われた。

 

 

「ンフィーレアさん、あとはここにある物を運べば終わりですか?」

 

「はい、そうですね。すみません、荷造りまで手伝って頂いて…」

 

「いえ構いませんよ、このくらい」

 

「そうだぜー! むしろこのくらい手伝わせてくれって感じだぜー」

 

「であるな」

 

「私はあまり重い物が持てなくて…、申し訳ありません」

 

「ニニャは魔法詠唱者(マジックキャスター)だからしょうがねーって! 気にしないで重いものは俺たちに任せておけって!」

 

「しかしルクルットも重い物は運んでいないのである」

 

「う…、まぁそれはいいじゃねぇーか。道中頑張るからさ!」

 

 

和気あいあいとした和やかな空気の中、それを壊す存在が不意に現れる。

 

 

「いいねー、楽しそうで。できればお姉さんも混ぜて欲しいなー、なんて」

 

 

一瞬の沈黙。

だがその馴れ馴れしい口調からペテル達はンフィーレアの知り合いだと考えるが次の一言でそれは間違いだと認識する。

 

 

「…あ、あの、どなたなんでしょうか?」

 

「え! お知り合いではないんですか!?」

 

 

ンフィーレアも続いたペテルの言葉から漆黒の剣絡みの人間ではないと判断する。

そしてそれは間違っていなかった。

 

 

「えへへへー。私はね、君を攫いに来たんだー。アンデッドの大群を召喚(サモン)する魔法《アンデス・アーミー/不死の軍勢》を使って貰いたいから私たちの道具になってよ。お姉さんのお、ね、が、い♡」

 

 

漆黒の剣の面々はこの女の醸し出す邪悪な空気を感じ取り、即座に武器を抜き放つ。

着々と戦闘態勢に入る一行を前にしても女の軽口は止まらない。

 

 

「第7位階魔法。普通の人間じゃ到達できないけどこの叡者の額冠を使えばそれも可能! 完璧なけぇーかくだよぉねぇええええ!!!」

 

「ひぃぃいぃ!」

 

 

ンフィーレアは思わず尻もちをつく。

だがすぐにペテルがンフィーレアの前に立ち盾となる。

 

 

「ンフィーレアさん下がって! ここからすぐに逃げて下さい!」

 

 

慌てて後ろに下がるンフィーレアの前に漆黒の面々が壁として並ぶ。

 

 

「ニニャ! お前も下がるのである!」

 

「ガキ連れて逃げろや! 連れてかれた姉貴助けるんだろ!」

 

「そうです! 貴方にはしなくてはならないことがあります! 私達は最後まで協力できそうもないですが…時間ぐらいは稼ぎます!」

 

「みんな…」

 

 

漆黒の剣の面々は気づいていた。

目の前のこの女は危険だと。

自分達ではまかり間違ってもこの女に勝つことができないだろう。

ならせめてニニャだけでも助かって欲しいという気持ち。

そしてニニャもそれを感じていたが自分にはどうすることもできない。

残ってもここに一緒に骸をさらすだけだ。

それならば。

悔しい気持ちと情けない気持ちを噛み締めンフィーレアと脱出する。

そう決意するが。

 

 

「んー、お涙ちょうだいだねー! もらい泣きしちゃうよ、えーん。でも、逃げられると思ってんの?」

 

 

愉快そうに笑いながらゆっくりとローブの下からスティレットを取り出す女。

それに合わせるように後ろの扉が開き、病的な白さと細さを持ったアンデッドのような男が姿を見せた。

挟撃されたと知り漆黒の面々の顔に厳しいものが浮かぶ。

 

 

「遊びすぎだクレマンティーヌ。さっさとやらんか」

 

「ちぇー、カジっちゃんは融通が利かないなぁー。一人ぐらいゆっくりと遊びたかったのに。ま、しょうがないかー」

 

 

ニンマリと歯を剝き出して笑う女にンフィーレアの背筋を戦慄が走り抜ける。

 

 

「うんじゃ、逃げる場所もなくなったことだし、ちゃっちゃとやりましょうかねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クアイエッセはリィジーに連れられその家を訪れた。

ゾンビとなっていた4人の冒険者らしき者達を即座に屠る。

 

 

(この者達の頭部にある傷…、間違いなくクレマンティーヌによるものだ…)

 

 

その時、クアイエッセの頭を怒りが支配する。

彼の妹クレマンティーヌが任務で敵対した者や、悪人、人類の為にならぬ存在ならばどのようにしたとてクアイエッセも文句は言うつもりはなかった。

だがこれは違う。

人々の為に働く冒険者を4人も殺害し、そして何の罪もない善良な市民の一人を攫ったのだ。

そして恐らくは叡者の額冠を使わせる為であるならば無事では済まない。

これは間違いなく人類に仇名す行為だ。

 

 

「そこまで堕ちたか…、クレマンティーヌ…!」

 

 

許せぬ大罪である。

神に仕えるべき法国の一員である義務を放棄するどころかその至宝を奪い逃走。

そしてこの始末である。

クアイエッセはこの時、クレマンティーヌの説得という考えを破棄する。

もう選択の余地はない。

法国のために、そして人類の為にクレマンティーヌを排除する。

そう決意する。

 

ふと、なぜこうなったのだろうと思う。

クアイエッセの家は厳格ではあったが生活に困る事もなく不自由のない暮らしを送ってこれた。

優しい両親に素晴らしい教育、そして国へと代々仕える家系という名誉もあった。

そして自分と妹は才能にも恵まれ、法国最高の部隊・漆黒聖典に所属するまでになった。

人類でいえば最強の存在だ。

これ以上ないやりがいと名誉を与えられながらもなぜ妹は裏切ったのか。

彼には欠片も理解できなかった。

 

 

「…何かわかったのかい?」

 

 

リィジーがクアイエッセへと近づいてくる。

他の部屋を捜索していたようだが特に手がかりはなかったようだ。

となると、唯一の手がかりはゾンビと共に、この部屋の壁に示された血文字だけであった。

それは場所を示しており普通に考えればンフィーレアはそこに攫われたのだと考えるだろう。

だがクアイエッセは違うと判断する。

妹は昔からこういう人を馬鹿にするような嘘をよく吐く。

これもその一つだろう。

事実、現在アンデッドが墓地から大量発生しているのならばその先にいるはずだからだ。

 

 

「ええ、恐らくここを襲った犯人と今この都市を襲っているアンデッドの元凶は同じ人物でしょう」

 

「なんと…!」

 

 

リィジーの目が驚愕に見開かれる。

だがクアイエッセの話はそこで終わらない。

 

 

「私はこれからそこへ向かいます。しかし申し訳ありませんがお孫さんのことは保証できません。私もやられる可能性があるでしょう」

 

「そ、それほどの相手なのか…!?」

 

 

クアイエッセはこの時すでにンフィーレアは手遅れだと考えているがそれをわざわざ言うつもりもなかった。

それはこの老婆が絶望の淵に落ちるのを先延ばしにするだけの行為だとしても。

 

 

「貴方もすぐに避難したほうがいい。アンデッドの大群がここまで侵攻してくることも十分に考えられる。この都市から脱出することまで想定しておくべきです。最悪、この都市は墜ちます」

 

 

そう言い残すと時間が惜しいとばかりにクアイエッセは家を飛び出していった。

 

その背を見送ったリィジーはただただ茫然としていた。

この都市が滅ぶかもしないほどの危機が迫っているということに言葉を失う。

もはや孫の命どころの騒ぎではない。

この状況であれば孫の命は絶望的であろう。

その場に力なく崩れ落ちるリィジー。

その口は小さく「ンフィーレア…、ンフィーレア…」と孫の名を告げるだけであった。

 

外を見やると多くの市民が大慌てで避難しているのが目に入る。

衛兵が必死に市民を誘導している。

それだけで先ほどの男の言が妄想でないことが証明される。

本当にエ・ランテルは墜ちるのだと。

そう理解した。

何が悪かったのか。

急に落ちてきた幸運。

それに喜び、打ちひしがれ、情けに縋りつく。

次に現実感の無い程、唐突に破壊される日常。

このたった一日で起きた事に彼女はもう付いていけなくなる。

自分の理解と想像を遥かに超えている。

リィジー・バレアレはもう動けなかった。

もしアンデッドがここまで来るのならそれでもいいと思った。

何より孫がいないのならばもう生きていてもしょうがない。

何が『神の血』。

何が最高の知識。

そんなことにかまけている間に本当に大事なものが手から零れ落ちていく。

 

薬師としては求める領域に到達することは叶わず。

人としては最愛の者すら守れず。

 

己の人生は何だったのだろうと自問する。

何も為せず何も得られず何も残せない。

 

リィジーを知っている者なら今の姿を見たら驚くだろう。

 

そこにいたのは高名な薬師でもなく、エ・ランテルの有力者でもなく。

別人と見まごう程に、か細く小さい。

冒険者ギルドの中での姿すら生ぬるいと感じる程に。

触れただけで折れてしまうような。

 

そんなひ弱な老婆の姿だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クアイエッセは召喚したクリムゾンオウルに従い墓地を目指していた。

複数のサーベルウルフを召喚し、そのうちの一体に乗りエ・ランテルを駆けていく。

道中で出会ったアンデッドは全て屠っていくがそれでも手が足りない。

すでにアンデッドは都市の至る所に侵入してしまっていた。

可能ならばクアイエッセは市民を助けに回りたかったがそれではこの元凶を止めることはできない。

被害を最も少なくする方法。

それはこの元凶を一刻も早く潰すことだ。

市民に多少の犠牲が出ようとも。

 

だがそれと同時にクアイエッセはわずかに不安を感じていた。

自分一人で止められるのだろうか、と。

クレマンティーヌ一人なら十分可能だろう。

そして恐らくクレマンティーヌと共にいるネクロマンサーであろう存在も単体ならば倒せる自信はある。

だが最低でもその二人に加え、叡者の額冠をすでに使われているであろうンフィーレア。

この全てを同時に制圧できるかというと難しいと言わざるを得ない。

 

クアイエッセの得意とするのは殲滅戦。

多数を殲滅するということに限れば漆黒聖典の隊長すら上回る。

そう考えると現状こそがクアイエッセの得意とする戦場。

クアイエッセの独壇場であり最も実力を発揮できる場所だ。

 

だが現状を見るに敵は《アンデス・アーミー/不死の軍勢》をンフィーレアに使わせている可能性が高い。

それは少しばかり相手が悪かった。

疲労せず無制限に沸いて出るアンデッド、それに加えクレマンティーヌと未知のネクロマンサー。

それらとまともに対峙し戦線が膠着しようものなら先に力が尽きるのは自分であろう。

 

だがそれでも自身が使役する最強のモンスター・ギガントバジリスクを全投入すれば勝機はあると考えている。

今クアイエッセにできるのは敵の戦力を己の戦力が上回っていることを祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ…! 素晴らしい…! 素晴らしいぞ…! 負のエネルギーがどんどん溜まっていく…!」

 

 

エ・ランテルの墓地の最奥でカジット・デイル・バダンテールは叡者の額冠を装備したンフィーレアの行使する《アンデス・アーミー/不死の軍勢》の力に酔いしれていた。

彼の周囲にいる数人の弟子達も感嘆の息を漏らす。

 

 

「さすが第7位階! さすが法国の至宝! この魔法だけでも莫大な負のエネルギーが溜まっていくぞ…!」

 

 

だがそれでもまだ自分の求める負のエネルギーには届かない。

カジットの目的。

それはエ・ランテルを死の都へと変えること。

ここで数年もの歳月をかけ周到に準備した計画。

ここに至るきっかけから考えると30年近くの時が経過していた。

それだけ焦がれた所にやっと手が届く段階まで来た。

自然とカジットの顔は笑みに崩れる。

 

死の螺旋。

 

それこそがカジットが長年求め、そしてたどり着いた極地。

アンデッドが集まる場所にはより強いアンデッドが生まれる。

そしてより強いアンデッドが集まればさらに強いアンデッドが生まれる。

そのように螺旋を描くように強いアンデッドが生まれる現象から名づけられた都市を壊滅させる規模を誇る大魔法、死の螺旋。

かつて一つの都市をアンデッドの跳梁跋扈する場所へと変えた邪法。

カジットの目的こそこのエ・ランテルを第二の死都へと変え、そこに溢れる死の力を集めることで自らを不死の存在へと昇華させること。

そのために長い時間を費やしてきたのだ。

 

 

「じゃー、カジっちゃん私もう行くねー」

 

 

横にいた一人の女がカジットへと告げる。

 

 

「なんだクレマンティーヌ、まだいたのか。もうお前に用などない。どこへなりとも好きに消えろ」

 

 

その言葉にムッとした表情をするクレマンティーヌ。

 

 

「えー! せっかくこの計画の為に動いた私に最後に言う言葉がそれー? カジっちゃんそれじゃ女の子にモテないよ?」

 

「くだらんことをほざくな。」

 

「はいはーい、申し訳、ありまっせーん」

 

 

馬鹿にしたようにヒラヒラと手を振り答えるクレマンティーヌ。

最後までこのカジットという男は好きになれなかったがどうせもう会うこともない。

自分が法国の追っ手を撒ければそれでいいのだ。

このエ・ランテルがどうなろうとも何の感慨もない。

仮にこのカジットという男がどのような末路になろうとも何とも思わないだろう。

どちらかというと腹を抱えて笑うかもしれない。

だがそんなクレマンティーヌの視界に信じられないものが映る。

 

都市の方からこの場所へ向かって謎の軍勢が墓地を駆けてくる。

それは何百、いや何千もいるかもしれないアンデッド共を鎧袖一触にしながら。

 

クレマンティーヌの脳裏に嫌なものがよぎる。

その姿に見覚えがあったからだ。

 

 

「ギ、ギガントバジリスクっ!? な、なんでっ!?」

 

 

クレマンティーヌの言葉にカジットと弟子達がその姿を確認する。

 

 

「ギガントバジリスクだとっ!? くっ! なぜあのようなモンスターがここに…!? おいお前ら、いつでも使えるように石化解除のアイテムの準備をしておけ!」

 

 

ギガントバジリスク。

それは難度83にも及ぶ恐ろしいモンスター。

また、その名を最も知らしめているのが『石化の視線』である。

その瞳に見つめられた者は対策が無ければそのまま肉体が石になってしまう。

その強さは一匹で都市を壊滅させられるとも言われ、アダマンタイト級の冒険者チームで一匹の討伐が可能といったレベルだ。

それが今この場には10匹。

この世界においては考えられないような戦力である。

加えて周囲にはサーベルウルフとマンティコアまでもが追随している。

その後ろには一人の男の姿があった。

 

 

「くそっ、マジかよ、マジかよ! ふざけんなっ…! 追っ手は風花聖典じゃねぇのかよ! なんでお前が来てんだよっ!!!」

 

 

唇を噛み、苦々しい顔で叫ぶクレマンティーヌにカジットは問う。

 

 

「なんだっ!? あれが何者か知っているのか!?」

 

 

しばらく黙ったままでいたクレマンティーヌだが意を決したように口を開く。

 

 

「クアイエッセ・ハゼイア・クインティア…! あたしのクソ兄貴だっ!!!!!!」

 

「なっ、何ぃぃぃ!? あ、あの、法国の、漆黒聖典の『一人師団』か!?」

 

 

それにはカジットさえも怯んだ。

法国最強の特殊部隊、漆黒聖典。

その中でも一人師団の名はズーラーノーンの中でも特に知れ渡っている。

 

ズーラーノーン。

盟主ズーラーノーンを筆頭に幹部である十二高弟とその弟子達で構成される秘密結社である。

カジットもそのズーラーノーンに所属し十二高弟の地位にいる。

十二高弟の強さは英雄級、冒険者で言えばアダマンタイト級に匹敵する強さである。

だがその十二高弟をもってしてもまともに戦えば勝ち目が無いと言われている男。

一人にも関わらず軍隊のような武力と組織力を持つ男。

それがこの男、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアである。

 

人類の中で、と限定するならば彼と戦いになるのはこの世界では逸脱者と言われる領域以上に存在する者だけである。

さらに言うならば確実な勝利を収められるのは神人と呼ばれる者しかいない。

 

そしてそんな存在は片手で数えられる程しかこの世にいない。

 

つまり今、この場にはクアイエッセを止められる存在などいないのだ。

 

 

そう、普通であれば。

 

 

「くっくっく…」

 

 

急に笑い出すカジット。

彼の弟子達はカジットが気でも触れたのかと思った。

そうなってもおかしくない程の相手だからだ。

だが違った。

 

 

「面白い、面白いぞ…! あの名高い『一人師団』…! 最初の贄としてこれほど相応しい存在はおるまい…! 良い機会だ、《アンデス・アーミー/不死の軍勢》の魔法の中、そして死の宝珠の力により力を増しているこのカジットを相手にどこまでやれるのか見せてもらおう…!」

 

 

不気味に笑うカジット。

その顔にはあの一人師団と対峙しても戦いになるという自信があった。

 

 

「クレマンティーヌ、貴様にも力を貸してもらうぞ? 元よりあれは貴様の追っ手だろう? 嫌とは言わせんぞ?」

 

「わぁーってるよ! カジっちゃんが負けたら私一人になっちゃうしねー! ここで逃げても次に追い詰められたら確実にやられるって。それならここで協力してブッ殺しちゃうのが一番!」

 

 

クレマンティーヌも自身の持つ武技を発動させ、完璧な準備をする。

これから戦うのは普段ならばそれだけやっても全く足りない相手だ。

だが今はカジットとその弟子達、そして、《アンデス・アーミー/不死の軍勢》の魔法がある。

 

 

「考えようによっちゃこれで法国に思い残すことは何も無くなるか…。いいぜ、兄貴ィ。この私が直々にブチ殺してやるよぉ…! 最後に潰して折って砕いて、この世のあらゆる苦痛と屈辱と味あわせてやる…! 死体には唾を吐いてクソでも食わせてやるよ…!」

 

 

その目は殺気に漲っていた。

この世の恨みを全て背負ってしまったかのような憎悪。

そして駆ける。

それと同時に周囲のアンデッドも共に敵へと襲い掛かる。

カジットとその弟子達もクアイエッセの使役するモンスターへと魔法を放つ。

 

大量のモンスターとアンデッドに囲まれながらクレマンティーヌが叫ぶ。

呼応するようにクアイエッセも叫んだ。

 

 

「死ねよクソ兄貴ぃぃぃいいい! やっとアンタをブチ殺せるかと思うとサイッコーの気分だ!!!」

 

「クレマンティーヌッ! 愚かな妹よ! 命を持ってその罪を贖え!!!」

 

 

二人の漆黒聖典が激突する。

 

 

戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 




次回『神の奇跡』信じる者は救われ…、うん。



想定では前の話とここまでで一話でした。
なかなか難しいですね。
もうちょっと上手く纏めたかったです。

書いて気づきましたがリィジーの心労ハンパない。
ごめんねおばあちゃん。

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