オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!

色々あって最強(笑)の部隊を手に入れた名犬ポチ。
いざ立ち向かえカンスト勢へ!


動乱編
暗躍する悪魔と胎動する悪の華


ナザリック地下大墳墓の誰もいない一室。

 

そこでアルベドは呪詛を吐きだしていた。

デミウルゴスの失踪によって計画は根本から破壊された。

アルベドの頭を悩ませるには十分すぎる程に。

 

 

「くそ…、デミウルゴスめ…! 確証など何もないでしょうに…! まさか至高の御方の命令を違えてまで動き出すなんて…!」

 

 

完全に想定外。

新しい作戦を練り直さなければならない。

だがここにおいてアルベドはまだデミウルゴスへの警戒が不十分であったと言わざるを得ない。

戦力比で言えば圧倒的にデミウルゴスが不利なのだ。

だからこの場においてデミウルゴスが何を最も嫌がるか、そこに考えが及ぶべきではあった。

 

 

「アルベド様! た、大変です!」

 

「どうしたの! 騒がしい!」

 

 

イライラしているアルベドは報告に来た配下に殺気を放ってしまう。

だが部下の表情が困惑に染まっている事でただ事ではないと気づく。

 

 

「ごめんなさい、取り乱してしまったわ…。どうしたの?」

 

 

優しく配下に語り掛けるアルベド。

だが部下の報告に再び取り乱すことになるのだが。

 

 

「地下5階層の氷河で大量の悪魔が出現しました! 現在コキュートス様が応戦しており殲滅するまでは時間の問題と思われますがあまりにも数が多くナザリック内にも被害が出ております!」

 

「何ですって! 被害状況は!?」

 

「悪魔達は氷河の館『氷結牢獄』を中心に出現しており、現在『氷結牢獄』は完全に悪魔の手に落ちています!」

 

 

アルベドはすぐに気付く。

それが何を意味しているかを。

 

 

「っ!! 私はすぐに地下5階層に向かう! それとアウラに全シモベを投入して悪魔の掃討に手を貸すように伝えなさい!」

 

 

アルベドは直近の配下としていたレベル80以上のシモベとルベドを引き連れ氷河へと向かう。

道中で地下7階層の溶岩地帯へ待機させている部下へとメッセージを飛ばす。

 

 

『聞こえる!? 地下7階層の悪魔共が動き出したら連絡を寄こせと言っていたでしょう! 何をしているの!?』

 

 

アルベドはデミウルゴスの支配する地下7階層にいるシモベ達には最大の注意を払っていた。

何かデミウルゴスの指示を受けているかもしれないからだ。

だから見張りとして部下を数名配置し、地下7階層への道も完全に閉じ孤立させていた。

だが待機させていた部下から返ってきた言葉はアルベドの予想外のものだった。

 

 

『ア、アルベド様…! 地下7階層の悪魔達は一匹たりとも動いておりませんが…。な、何かあったのでしょうか?』

 

『なっ!?』

 

 

アルベドの思考が一瞬止まる。

ならば今、地下5階層を襲っている大量の悪魔はなんだ。

デミウルゴスやその部下達による悪魔召喚だとしても数が多すぎる。

コキュートスとそのシモベ達の手を煩わせるレベルならばただの悪魔召喚とは考えられない。

デミウルゴスと無関係の者の仕業という可能性も無くは無いが考えづらい。

姿を眩ませたデミウルゴスが何か仕掛けてきたと考えるのが自然。

 

 

「一体、何をしたのデミウルゴス…!」

 

 

デミウルゴスに匹敵する頭脳を持つといわれるアルベド。

だがこれは仕方ないだろう。

いくら優れていようと知らないことには対処できないのだ。

 

 

 

 

 

 

地下5階層の制圧は完了した。

コキュートスとその配下、そして集団の力としては最強を誇るアウラとその配下。

そして最高位の配下を連れているアルベド。

これらによって悪魔の殲滅は無事に終わった。

 

 

「スマヌ、助カッタ…」

 

 

アルベドとアウラに礼を言うコキュートス。

だがその言葉に返事などせずにアルベドは走り出す。

目的地は『氷結牢獄』。

辿り着いた先でアルベドの目に入ったもの。

それはすでに廃墟と化していた。

『氷結牢獄』は破壊され、建物としての形を保っていなかったのだ。

 

 

「姉さん! どこなの、姉さん!?」

 

 

返事は返ってこない。

破壊された建物に交じり、ニグレドのギミックに関連する砕けた赤子の人形が無残に転がっていた。

そしてもうこの『氷結牢獄』に生きているシモベの気配はない。

つまり、アルベドの姉であるニグレドが殺されたことを意味する。

わなわなと全身を震わせるアルベド。

 

 

「やってくれたわね…、デミウルゴス…!」

 

 

ニグレドはナザリックで最も情報収集に特化した魔法詠唱者(マジックキャスター)である。

それが潰された。

これは情報戦においてデミウルゴスを出し抜けなくなったことを意味する。

 

 

「死体は…、あるわけないか…!」

 

 

恐らく悪魔共によって粉々にされたか消し飛ばされたのだろう。

NPCは死体が無ければ蘇生魔法をかけられない。

復活させようとするならば玉座の間で金貨を支払わなければならないが、そもそも金貨など所持しておらず、加えてアルベドにはその機能すら使用できない。

つまりナザリック内においてはモモンガ以外にはNPCの復活は不可能であるということ。

 

アルベドの絶叫が地下5階層に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

アルベドは第6階層にある円形劇場(アンフィテアトルム)へとガルガンチュア、ヴィクティムを除く階層守護者を集めていた。

 

地下5階層『氷河』の守護を任されているコキュートス。

地下6階層『ジャングル』の守護を任されているアウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレ。

 

アルベドを含めこの場にいるのはわずか4人。

だがこの場所の空気は酷く重いものとなっていた。

アルベドが口を開く。

 

 

「まず先ほどの地下5階層を襲った悪魔達について説明させて貰うわ…。証拠も無いしこれは憶測に過ぎないのだけれど…」

 

 

一呼吸入れ、アルベドは意を決したように言う。

 

 

「恐らくはデミウルゴスの仕業よ」

 

「ナンダトッ!?」

 

「嘘でしょ! なんで!?」

 

「デ、デミウルゴスさんがそんなこと…」

 

 

あまりのことに3人とも食い気味に反応してしまう。

 

 

「分からないわ…。ただここで皆に説明しなければならないことが沢山あるの。とりあえず聞いて頂戴」

 

 

今までの作戦を大幅に変更し頭の中で再編成するアルベド。

理想はデミウルゴスを傾城傾国で支配し、この世界にいるであろう名犬ポチを消滅させることだった。

それも可能な限りナザリック内部の者には知られずに。

場合によっては邪魔者を順番に排除していくことも考えていた。

 

だが今となってはそれは不可能。

ここは多くの情報を開示し、なんとか誘導していくしかない。

そしてデミウルゴスには泥を被ってもらう。

 

 

「まずは先日、シャルティアが多数の配下を率いて出撃したことは皆知っていると思う」

 

 

その言葉に皆が頷く。

モモンガ様から直々の命とのことで羨ましく思ったものだ。

 

 

「皆には連絡が遅れてしまって申し訳ないのだけれど…、シャルティアは現地で最強と思われるドラゴンと戦闘となり、相打ちになったわ」

 

 

その言葉で守護者達へと戦慄が走る。

 

 

「マサカ、シャルティアト相打チニマデ持チ込メル猛者ガイルノカ…!」

 

「う、嘘ですよね…!? シャルティアさんが…!?」

 

 

だが一番衝撃を受けていたのはアウラだった。

 

 

「そ、そんな! なんで!? アイツが…、アイツが簡単にやられるわけないでしょっ!? それに配下だって連れてったんでしょ!? それでなんでやられるのよっ!?」

 

 

鬼のような形相でアルベドへと詰め寄るアウラ。

 

 

「ごめんなさい、詳しくは分からないの。その場を直接監視していたのは姉さんだけだったから…。ただ、敵のドラゴンが強力な魔法を放ちシャルティアとその部下、そして自分を含め国ごと全てを吹き飛ばしたことだけは確かよ。姉さんの報告を受けて私が向かった時には何も残っていなかったわ…」

 

「そ、そんな…」

 

 

その場に力なく膝を落とすアウラ。

だがアルベドは慰めの言葉などかけず続ける。

 

 

「それに本題はここからよ。私が帰還した時にはデミウルゴスはすでにナザリックから消えていたわ」

 

「デミウルゴスハモモンガ様ノ命ダト言ッテイタゾ!?」

 

 

コキュートスの言葉にアルベドは心の中で舌打ちをする。

あまりにも単純で稚拙な手段でデミウルゴスはこのナザリックを後にした。

それに気づくと共に、己の迂闊さも呪う。

だが全て最初から分かっていたという態度でアルベドは続ける。

 

 

「ええ、そうでしょうね。でもモモンガ様はデミウルゴスにそのような命令を下してはいないわ」

 

「ナ…!?」

 

「ど、どういうことですかっ!?」

 

 

転移などで直接外に出れないデミウルゴスは配下を連れ正面から堂々と出て行ったのだ。

その際、上層である5階層と6階層を通る際、コキュートス達と顔を合わせたのだろうが、デミウルゴスはモモンガ様の命令だと言い放ったのだろう。

主の命だと言われれば誰も疑問など抱かない。

 

だが守護者達は今、デミウルゴスがなぜ?という疑問が頭から離れなかった。

 

 

「ナザリックがこの地に転移する前、何人かの至高の御方がナザリックを訪れていたのは感じていたでしょう?」

 

 

その言葉にコキュートスもアウラもマーレもわずかに至福に包まれる。

この地を去ってしまった至高の御方達。

その御方達が何人もこのナザリックへと帰ってきてくれたのだ。

あの時の感動は筆舌に尽くしがたい。

それを思い出すだけで幸せを感じる程に。

 

ただ、その後すぐにまたお隠れになってしまわれたが。

 

 

「もしその中でお隠れにならなかった御方が一人、いたとしたら?」

 

 

その言葉で三人の時が止まった。

しばしの間、沈黙が場を支配する。

 

そしてようやく脳内で咀嚼し終わったのだろう。

冷静さを失った3人はアルベドに詰め寄る。

 

 

「ド、ドウイウコトダッ!?」

 

「でも今このナザリックにおられるのはモモンガ様だけでしょ!?」

 

「モ、モモンガ様以外の方の気配は…、その、感じないです…!」

 

 

このナザリックには現在モモンガ様の気配しかない。

だから何を言ってるのだとアルベドに反論する。

そんなことがあるはずがないのだから。

だが心のどこかでそうあって欲しいと願う。

 

 

「最後にナザリックへと訪れた名犬ポチ様…。恐らくあの方はお隠れになっていないわ。ナザリックが転移した際に一緒にこの世界へ飛ばされている可能性があるの。ただその瞬間にナザリックを離れていた為か、遠くに飛ばされてしまったようだけど…」

 

「ナンダトッ!? ナゼソレヲ言ワヌッ!? スグニ捜索セネバ!」

 

「そうだよっ! 私が今すぐ全シモベを率いて捜索に出るよ!」

 

「ぼ、僕も探しに行きますっ!」

 

 

各々が自分が行くと言って譲らない。

だがアルベドが喝を入れる。

 

 

「落ち着きなさいっ!!!」

 

 

その声に舞い上がっていた3人の動きが止まる。

 

 

「なぜデミウルゴスがナザリックから離れたと思うの!?」

 

 

アルベドの激に最初に反応したのはマーレ。

そこには歓喜と納得の気持ちが現れていた。

 

 

「そ、そっか! デミウルゴスさんは名犬ポチ様を迎えにいったんですね!?」

 

 

マーレの言葉にコキュートスとアウラの表情が緩む。

なるほど、そうだったのかと。

だがアルベドの口から出るのはそれを否定する言葉。

 

 

「先ほどの地下5階層への攻撃を思い出しなさい! それならばデミウルゴスがナザリックへ攻撃を仕掛けてきた理由にならないわ! そもそもこの地を守護せよとの命令を無断で破っていい理由にはならない! なぜデミウルゴスがわざわざ至高の御方の命令を破ってまでナザリックを去ったかを考えれば答えは出るはずよ!」

 

「ウ…! ヌゥ…!? スマヌ、私ニハワカラン…」

 

 

コキュートスには何が何だか理解できなかった。

もちろんアウラとマーレも答えには行き着くことはできない。

3人はただアルベドの答えを待った。

仕方ないといった様子でアルベドが声を大して言う。

 

 

「デミウルゴスは名犬ポチ様を排除なさる気なのよ! だからモモンガ様の命令だと偽ってこのナザリックを離れた! 今ならばモモンガ様に気付かれずに排除できるから!」

 

 

そしてアルベドの口から語られるのは余りにも信じがたいものだった。

その言葉に戦慄する3人。

意味が分からない。

なぜ仕えるべき至高の御方を排除せねばならないのか。

それは呆れかえるほど分かり易い反逆であり裏切り。

あまりにも分かり易過ぎて、逆に誰もすぐにその言葉を理解できなかった。

怒りよりもなぜという疑問が頭を支配する。

やがて疑問はそのままに、怒りが追い付く。

そして怒りを感じた後にそれぞれの口から出たのは悲鳴。

なんということをしてくれたのだ、と。

恐ろしい。

そのような裏切り許されるものではない。

配下としてあるまじき行為。

不遜すぎて言葉も無い。

我々の忠義まで疑われてしまう。

もしかすると愛想を尽かされてしまうかもしれない。

それで、ただ一人ずっと御残りになられたモモンガ様までお隠れになられてしまうのでは、という恐怖。

3人は簡単に分かるほど震えていた。

だが恐怖に震えながらもまだ疑問は尽きない。

 

 

「あ、あの…今ならモモンガ様に気付かれずにって…、どういうことでしょうか…? モモンガ様に分からないことなんてないはずでしょう…?」

 

 

マーレの言葉にアウラもコキュートスもその通りだと頷く。

偉大なる主は全てを見通されているのだ。

だがアルベドから告げられた答えはあまりにも残酷なものだった。

 

 

「モモンガ様は今お休みなっておられるわ…。そもそもなぜ何人もの至高の御方達が先日ナザリックを訪れたか分かる? あの御方達はモモンガ様を迎えにきたのよ。このナザリックから連れ去る為にね…」

 

 

アウラとマーレからひぃと大きな悲鳴が上がる。

それが真実だとすればモモンガ様さえこの地からいなくなってしまうからだ。

余りの恐怖に体の平衡感覚が正常に働かない。

少し気を抜けばその場に倒れてしまいそうだ。

 

 

「もちろん我らが偉大なる主であるモモンガ様はそれをお断りになられたわ。でもね、それと同時に他の至高の御方達はもうこの地を訪れないと仰ったの。分かる? モモンガ様はその悲しみから心を塞ぎ、お休みになられたのよ…」

 

 

この地に残ろうとしてくれたモモンガ様に感謝と感激を覚える3人。

だが他の至高の御方がもうこの地を訪れないという事実に悲しみで心ははち切れそうになる。

そしてモモンガ様もまた他の至高の御方の不在を悲しまれている。

何も出来ない無力な自分達。

あらゆる感情が3人の中を巡り、苛む。

モモンガ様の為に何も為せない自分達が恨めしく歯がゆい。

だがここで最初の疑問へと再び立ち返ることになる。

 

 

「で、でもそれがどうしてデミウルゴスが名犬ポチ様を排除することに…、あ!!」

 

 

喋りながらアウラは気づいてしまった。

デミウルゴスが何をしようとしているのかということを。

顔面蒼白になったアウラは続きを紡ぐことが出来ない。

 

 

「やっと気づいたようね。そうよ、名犬ポチ様もモモンガ様をこのナザリックから連れ去る為にこの地へと再び訪れた一人。この謎の転移に共に巻き込まれてしまい今は行方不明になってしまったけど、いつまたナザリックへと戻りモモンガ様をリアルへと連れ去るか分からないわ…」

 

 

その言葉に全員の疑問が氷解する。

デミウルゴスの目的、それは。

 

モモンガ様を連れ去られない為に名犬ポチ様を排除することなのだと。

 

しかしどんな理由であれ、主である至高の御方に刃を向けるなど許されることではない。

だが不遜ながらも。

誤解を恐れずに言うならばだが。

3人共、デミウルゴスの気持ちが分からないでもなかった。

 

モモンガ様がこの地を去られる。

 

これ以上の恐怖はこのナザリックのシモベ達には存在しない。

阻止する為ならばどんな犠牲すら厭わないだろう。

だからそれを阻止しようとするデミウルゴスの動機は十分に理解できる。

理解できるが。

もちろん賛同する気持ちなどない。

例えどんなに理解できる動機だとしても。

もしかしたらデミウルゴスを阻止することによって名犬ポチ様がモモンガ様を連れ去ってしまうかもしれない。

そんなのは嫌だ。

誰にもこの地を去って欲しくない。

だが、どれだけ望まぬ未来が待っているとしても。

 

至高の御方に弓引くことだけはあってはならないからだ。

 

余りにも苦しい選択。

だがどちらかを選ぶなどという選択肢は初めから無い。

 

自分達はただ至高の御方の為に存在するのだから。

 

 

デミウルゴスの凶行に納得し、全てを理解した3人の目には強い意志が宿っていた。

なんとしでもデミウルゴスを止めるのだと。

最悪、デミウルゴスを排除することになったとしても。

 

 

 

(上手くいったようね…)

 

 

3人の反応にアルベドは零れそうになる笑みを必死に堪える。

苦しい言い訳も多く、色々と突っ込まれれば危ない所もあったがそれでも乗り切った。

少なくともデミウルゴスの離反に説得力を持たせられればこちらのものだ。

 

荒唐無稽な嘘は見破られやすいが、納得できる嘘なら簡単に信じてしまう。

 

ニグレドを殺されたのは痛かった。

致命的とも言っていい。

だがただで起きあがるアルベドではない。

せっかくのデミウルゴスの敵対行為、利用しない手は無い。

このおかげでデミウルゴスの裏切りに説得力が出せるのだから。

 

そしてここでもう一歩踏み込む事を決意するアルベド。

ニグレドを潰されれば外の様子を見ることが出来ず、慎重にならざるを得ない。

普通ならば、だ。

だが相手はデミウルゴス。

正攻法で戦える相手ではない。

しかも時間を与えれば与える程、不利になる可能性がある。

最悪、名犬ポチと合流されるとマズイ。

その場合でも排除する作戦はあるが、各個撃破できるに越したことはない。

 

そしてデミウルゴスに対しこちらが圧倒的に勝っているのは物量。

ならば量で一気に飲み込んでしまうのが一番良い。

デミウルゴスにしろ名犬ポチにしろ、それで網にかかれば上出来だ。

ここは危険を承知で勝負に出る。

ハイリスクハイリターン。

とはいえ自分には傾城傾国もあり、ルベドもいる。

仮に何かあっても起死回生の手段があるのだ。

負けることなどありえない。

後は守護者達を上手く使うだけだ。

 

 

「現在のナザリックの状況を確認しましょう。シャルティアは滅び、デミウルゴスは離反。ここまではいいわね?」

 

 

3人が頷く。

 

 

「幸いというべきかしら…。モモンガ様は現在お休みになられている。ならば目を覚まされる前に我々で全てを解決してしまいましょう」

 

「モ、モモンガ様ニ判断ヲ仰グベキデハナイノカ?」

 

「そ、そうだよ。ここまでの事態、私達だけで動いていいの?」

 

 

コキュートスとアウラにアルベドの鋭い眼光が突き刺さる。

 

 

「なるほど、貴方達はこう言いたいわけね。モモンガ様の眠りを妨げたあげく、シャルティアは死に、デミウルゴスが裏切りました、何とかして下さい、と。他の至高の御方が去られ傷ついているモモンガ様に向かって!」

 

 

非情に悪意に満ちた言い方ではあるが間違ってはいない。

その言葉が自分達が無能であると証明するようでコキュートスもアウラも言葉を失う。

 

 

「もちろん貴方達の懸念も分かるわ。でもね、こんなことも解決できずに全てモモンガ様の指示を仰いでどうするの? 主がいなければ何もできない無能ですと宣伝してモモンガ様がどう思うか考えたことはある? 全てあの御方へお任せになるなら私達の存在意義は? 何よりそこまで無能を晒して呆れられ、本当にモモンガ様がこの地を去ってしまったらどうするの!? 恥を知りなさい!」

 

 

アルベドの恫喝に3人は竦み上る。

全くもってその通りだと。

 

 

「ス、済マヌ、アルベド…。許シテクレ…」

 

「ご、ごめん…。そうだよね、私達で出来ることは私達がやらなきゃ…!」

 

「僕も、僕も頑張ります…!」

 

「いいのよ。それに全ての責任は私が取るわ。仮にモモンガ様の怒りに触れても貴方達は私に命令されたと言いなさい」

 

 

3人はアルベドの言葉にその覚悟と意思を強く感じた。

保身ばかりを考え、何も考えずモモンガ様に縋ろうとした自分達を恥じる。

守護者統括は伊達ではないのだとアルベドへの評価を上げる3人。

 

 

アルベドは内心で笑う。

3人の掌握はこれで十分だろう、と。

後は釘を刺しておくだけだ。

 

 

「皆にはこれから外での任務を言い渡すわ。もちろん、分かってると思うけどデミウルゴスと遭遇した場合に奴の甘言に惑わされないようにね。こうなった以上、デミウルゴスもなりふり構っていられないでしょう。私達を説得する為にどんな嘘を吐くかわからないわ。どれだけ信じたくても、どれだけ納得できそうな事を言っても全てを疑いなさい。デミウルゴスの立場ならこちらを仲違いさせようとしてくるはずだから」

 

「ウム…!」

 

「分かってるよ、デミウルゴス相手じゃ口勝負になったら絶対勝てないからね…」

 

「だ、騙されないようにします…!」

 

 

その返事に満足げに頷くアルベド。

 

 

「デミウルゴスと遭遇した場合はすぐに私にメッセージを送ること。そして名犬ポチ様を発見した場合も接触する前に私にメッセージを入れなさい。デミウルゴスが罠をはっている可能性も考えられるし、単独では何が起こるか分からないわ。いずれも必ず複数で対応するようにしましょう。分かった?」

 

 

3人が了承の意を告げる。

 

 

「それではこれからの作戦についてだけど、まずデミウルゴスの捜索は困難を極めると思われるわ。無計画に捜索しても徒労に終わることも考えられる。だから各地を制圧しながらジワジワと炙り出していきましょう」

 

 

アルベドは地図を取り出し3人の前に広げる。

 

 

「ナザリックは現在この辺りに位置している。コキュートスはこの北にあるトブの大森林の奥地にいる植物系モンスターの討伐をお願い。上がってきた情報では今この世界に残っている戦力としてはトップクラスよ。私達守護者の敵ではないけどデミウルゴスがこいつを配下に引き入れると厄介だわ。同様の理由である程度の戦闘力を持つ者は排除していく方針で進めていきましょう」

 

 

唯一の懸念はこの地で強者と言える者をデミウルゴスが味方に引き入れることだけだ。

だから強者を潰していけばいくほどデミウルゴスの勝率を下げられる。

デミウルゴスとその部下だけならばいくらでも抑え込めるのだ。

 

 

「ウム、ワカッタ」

 

 

コキュートスが深く頷く。

 

 

「次にアウラ。スレイン法国の西にアベリオン丘陵とエイヴァーシャー大森林と呼ばれる広大な土地があるわ。ここに関しては正確な情報を入手できなかったのだけれどこのエイヴァーシャー大森林の周辺、あるいはその中にエルフの国があるらしいの。法国と長年争っていたみたいだけれどどうやらその王様が実力者である可能性があるわ。潰しなさい」

 

「了解、任せといて」

 

 

アウラが強く頷く。

 

 

「そしてマーレ。貴方はナザリックの北東に位置するこのバハルス帝国へ向かいなさい。特別強者は確認できていないけれどここの土地は早めに押さえておきたい。本当はリ・エスティーゼ王国を押さえたいところだけど、もしデミウルゴスがいた場合、帝国へ逃げられる可能性があるの。先に帝国を押さえておけば王国の周囲を固められる。そうすれば王国はいつでも料理できるわ」

 

「わ、わかりました…!」

 

 

マーレがおどおどしながらも頷く。

 

 

「大陸は広い。ナザリックの軍だけでは全てを監視するのは不可能でしょう。恭順の意を示すのであればその者共にはデミウルゴスと名犬ポチ様を探す目となって貰いましょう。強者でさえなければいくら数がいてもナザリックの脅威とはなり得ないのだから。その辺りは各自の裁量に任せるわ。ま、用が済んだら全て滅ぼしてしまえばいいだけよ」

 

 

アルベドが邪悪に笑う。

 

 

「アルベドはどうすんの? やっぱナザリックの守り?」

 

「いいえ、私はこれから配下を連れアベリオン丘陵のさらに西にあるローブル聖王国へと向かうわ。特に目ぼしい強者もおらず、大陸最西に位置するこの国にデミウルゴスや名犬ポチ様がいるとは思えないけれどだからこそ早めに潰しておきたい。外側から潰しておくに越したことはないから」

 

「で、でもナザリックの守りはどうするんですか…?」

 

「基本的にはセバスに任せるつもりよ。それに私も聖王国を制圧したら早々にナザリックに戻るわ。長い間ナザリックを空けるつもりはないしね。それにその間はルベドをナザリックに置いていきましょう」

 

 

本心では手元から一時でもルベドを放したくはないが今回に限っては初動が大事だ。

ニグレドという目を失った以上、目的地まで転移することができない。

厳密には可能だが恐らくニグレドはデミウルゴスにカウンターを喰らった可能性が高い。

そうなるとニグレド以下の能力しかない配下に安易に《リモート・ビューイング/遠隔視》を使用させることはできない。

魔法で目的地を視認するという手段は封じられたに等しいのだ。

となると転移の魔法が使える配下を各地に配置するか、その場所を直接視界に入れさせるしかない。

 

デミウルゴスのおかげで面倒事が増えてしまった。

全くもって憎らしい。

しかもこのせいで戦力を分散するハメになった。

この間にナザリックを突かれてもいいようにルベドは置いていくべきだろう。

分散することにより、早々にデミウルゴスが誰かに接触してくる可能性も考えられるがそれはさほど脅威ではない。

場所さえ絞り込めれば残る勢力を集め一気に殲滅すればよいだけなのだから。

例え守護者が犠牲になろうとも。

 

 

「さあ、ではすぐに動きなさい! 全ては至高の御方の為に!」

 

 

だが突如、アルベドに部下からメッセージの魔法が入る。

 

 

『アルベド様! 報告が!』

 

「どうしたの? 今度は何?」

 

『侵入者です! ナザリックの地下1階層に侵入者を確認しました!』

 

「なんですって!? くそっ、こんな時に…。まさかデミウルゴス? いや、そうだとしてもここで攻める意味が分からないわ…。侵入者の強さは!?」

 

『いずれもレベルにして10~20程かと。強い者でもに30には届きません』

 

 

その報告に肩透かしもいいところだと呆れるアルベド。

完全にデミウルゴスとは関係なくここに足を踏み入れた現地の者だろう。

 

 

「その程度のことわざわざ報告しなくてもいいわ。1~3階層のシモベで十分対処可能でしょう」

 

『そ、そうなのですが…。現在1~3階層における中位以上のシモベはシャルティア様と共に出撃されてしまったので領域守護者のエリアを除けばかなり手薄と言わざるを得ません…。流石に自動POPするアンデッドだけでは対処しきれない可能性があります…』

 

 

その報告に軽いイラ立ちを覚えるアルベド。

シャルティアとその配下達はほとんどが消滅してしまっているのだ。

最終的にはその程度の侵入者などどうとでもできるだろうが、それでもそのゴミ共がこのナザリックを長い間荒らすということには耐えがたいものがある。

モモンガ様の居城たるこのナザリック地下大墳墓を汚すなど。

 

 

「アウラ、マーレ。1~3階層から転移の罠にはまって6階層に移動してくる可能性があるわ。申し訳ないけれど侵入者の排除が終わってから出撃してもらえるかしら?」

 

「了解、このナザリックに侵入したことを後悔させてあげるよ」

 

「そ、そうです! このナザリックに侵入するなんて許せないです!」

 

 

相手が雑魚とはいえ侵入者にかける情けなどない。

アウラとマーレの瞳には明確な殺意が宿っていた。

 

 

「時間が惜しいからコキュートスはすぐに出て頂戴。私もルベドに話を付け次第すぐに出るわ」

 

「ウム、了解シタ」

 

 

そうしてアルベドはルベドの元へと向かう。

ルベドにはメッセージは通じない。

これはルベドの創造のされ方に関係するのだが急いでいる時ばかりは煩わしく感じる。

急いでルベドの元へと向かうアルベド。

 

 

 

 

 

 

第10階層にある大図書館「アッシュールバニパル」。

ルベドはここで読書に勤しんでいた。

アルベドの命令がある時以外はここでずっと本を読むのが彼女の日課となっていた。

 

扉を開けアルベドが入ってくる。

 

 

「ルベド! ルベドはいる!?」

 

「ここ」

 

 

設置されている読書机に座っていたルベドがヒラヒラと手を振る。

 

 

「この本、ティトゥスが勧めてくれたの。とても尊い愛の本だって」

 

 

ルベドが視線を移すとその先にいたこの図書館の司書長であるティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスが恭しくお辞儀をする。

 

 

「そう、良かったわね。で、私はこれから配下を連れて外に出るわ。ただ腹立たしいことに現在このナザリックに侵入者が入り込んだようなの。だから3階層あたりで侵入者を待ち伏せ撃退なさい」

 

「今いいとこ。後じゃダメ?」

 

「ダメよ。どうしてもって言うなら本を持ち出していいから侵入者の撃退に向かいなさい」

 

「了解」

 

 

本を脇に抱え、座っていたイスからピョンと飛び降りるルベド。

 

 

「侵入者って殺していいの?」

 

「好きにしなさい」

 

 

そう言ってアルベドは図書館を去る。

それを見送ったルベドもティトゥスに挨拶をして図書館を後にする。

アルベドの元から離れ、わずかな間とはいえ単独で動くことなったルベド。

 

もしこの場にニグレドがいたならばアルベドに再度忠告しただろう。

 

絶対にスピネルはナザリックに災厄をもたらすことになる、と。

だがその忠告をしてくれる姉はもう存在しない。

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国の王城の遥か上空に一匹の悪魔が佇んでいた。

 

その悪魔は先ほど監視の魔法が自身へと発動された最にカウンターとして切り札とも言える貴重なアイテムを切っていた。

それはかつて自らの創造主が作り上げ、自分に下賜された命以上に大切なアイテム。

切り札は本来ならば最後まで取っておくものだがここぞという効果的なタイミングで切れなければ意味が無い。

とはいえ早々に命にも匹敵する切り札を切るなど普通ならばできないだろう。

 

だがデミウルゴスはタイミングを見誤らない。

 

ここがこのアイテムを使用する最高のタイミングだったのだ。

とはいえ自らの創造主より下賜されたアイテムを使用することはわが身を引き裂かれるような思いではあったのだが。

このアイテムは第10位階魔法である<アーマゲドン・イビル/最終戦争・悪>を六重で発動できる魔像。

デミウルゴスの創造主であるウルベルト・アレイン・オードルがとあるアイテムを模して作った物である。

それは世界中に悪魔を無限に召喚すると言われるワールドアイテム。

だが結局、その効果はワールドアイテムに届くことは無かった。

ウルベルトにとっては望む効果も発揮できなかったアイテムで、すぐに興味を失う程度の物でしかなかった。

だがその効果は強大である。

最高の位階である第10位階を六重で発動できるというだけで説明せずともその強大さは理解できるだろう。

 

ニグレドの探知魔法に対して自身のスキルと魔法で備えていたデミウルゴス。

それだけならば決してニグレドへカウンターが届かくことはないが最後の備えとして配置したこの魔像。

 

もちろんニグレドも防壁を施しており普通ならばこれを破れる者はいない。

だがデミウルゴスの普段の備えに加えてこの6回もの魔法が放たれる魔像。

流石のニグレドもこの物量には追い付けず、その防壁を破られた。

 

襲った対象がナザリック内部だったため大したことはないように思えるが、もし評議国も法国も滅びたこの世界で発動すれば世界中を制圧するこも可能であっただろう。

それほどの効果を持つアイテムである。

 

 

「しかしニグレドには悪いことをしてしまいましたね…」

 

 

仲間を殺めてしまったことには深い罪悪感と申し訳なさを覚えるデミウルゴス。

デミウルゴスにとってナザリックの仲間は至高の御方の次に大切なものであり傷つけるなど論外だ。

だが今回に至ってはしょうがない。

アルベドの魔の手から逃れるにはこれしかなかった。

 

 

「無事にナザリックに帰れた暁にはこの命を持って謝罪します、だからどうか今は許して下さいニグレド…」

 

 

今は亡き仲間へと心からの謝罪を告げるデミウルゴス。

その時、各地に飛ばしていた配下達から連絡が入る。

 

 

「アルベドが動きましたか…」

 

 

そしてその報告の内容に顔をしかめるデミウルゴス。

 

 

「やはりそうきますか、この状況ではそれが最善手…。困りましたね、アルベドならきっと守護者達を丸め込んでいるでしょうしナザリックの者達への説得は通じないと見るべきでしょうか…。いやはや、こちらが圧倒的に不利なのですから多少は手加減して欲しいところなのですがね…」

 

 

とは言いながらもデミウルゴスの瞳に悲壮感は無い。

 

 

「しかしアルベドが動いたということはやはり私の推測は間違っていなかったようですね…。そろそろ配下達も撤収させるとしますか。ただでさえ手駒が少ないのにやられてしまったら目も当てられません」

 

 

どれだけ不利だろうがどれだけ汚名を着せられようがデミウルゴスには為さねばならないことがあるのだ。

例え主に叱責され命を奪われるようなことになろうとも。

デミウルゴスの決意は揺らがない。

 

 

「何があろうと至高の御方は私が必ずお守りします。貴方の好きにはさせませんよ、アルベド…!」

 

 

眼鏡の奥にある宝石がその強い意志を表すかのようにキラリと光り輝いた。

 

と、その時デミウルゴスはふと思う。

それはアルベドが動き出したという報告と共に合わせて受けたものだ。

 

 

「とはいえナザリックに侵入していったというその愚か者たちは何だったんでしょう…? ナザリックも特にその外観を秘匿しているわけではないようなので簡単にバレてしまったのでしょうが…。王国ではないでしょうし恐らく帝国のワーカーか何かなんでしょうがこのタイミングとは…。全く間が悪いですねぇ…」

 

 

この短時間でナザリックの存在に気付き、手の者を送り込んだのだからその回転の速さと判断力は素直に賞賛してやりたいところだが…。

流石に相手とタイミングが悪い。

 

 

デミウルゴスにしては珍しく、愚か者達の冥福を祈りたい気持ちになった。

 

 

 

 




次回『騒乱する近隣諸国』世界中が泣いた!



アルベド「絶対殺すマン」
デミデミ「手加減してクレメンス」
ルベド「早く続き読むマン」



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