オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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小説書くのって難しいんですね、知りませんでした…。


邪悪降臨

名犬ポチは驚愕していた。

 

 

 

目の前に広がるのは草原、周囲は森。

先ほどまで自分がいたユグドラシルの世界とは全く違う。

 

そして違和感に気付く。

体の感覚がおかしい。

妙に生々しいのだ。

肌に触れる草の感触、鼻を擽る土と草木の匂い。

そして感じる自らの鼓動。

 

 

‐馬鹿な!‐

 

 

慌ててコンソールを開こうとするが何も起きない、GMコールも利かない。

ユグドラシルのシステム的な機能が一切使えないのだ。

 

しばらくの間、その場で逡巡する。

 

やがて行き着く一つの可能性。

 

 

(ゲームの世界が現実になった…?)

 

 

だがおかしい。

ここはユグドラシルではない。

 

 

(と考えるならば転移したと考えるべきか…?)

 

 

再び思考の渦に飛び込もうとするがここでは何の結論も出ない事に気付く。

 

 

(動いてみるしかないか…。外装はユグドラシルのものだし感覚的にユグドラシルの魔法やスキルは使えそうな感じがする。もしかするとモモンガさんもどこかにいるかもしれない…。くそっ、メッセージが使えないのが痛いな…)

 

 

ここで名犬ポチの鼻に血の匂いが飛び込んでくる。

 

 

(血の匂い…? 場所は…、少し遠いな…)

 

 

名犬ポチは匂いの元が遠くのものだと分かることに驚く。

 

 

(感覚は犬のようになっているのか…? 全く何が何やら…)

 

 

とりあえず他にアテも無いので血の匂いの元へ向かう名犬ポチ。

 

何かヤバそうな事態であれば逃げ出せばいいだけだ。

少なくとも逃げ足には自信がある。

だがこの世界でユグドラシルの強さが通用するのだろうか。

魔法もスキルも使用できる感覚はあるのでユグドラシルと同じような世界ならば問題は無い。

だがさらなる強者がいる場合もある…、注意が必要だな。

 

そう考え自分の中の警戒レベルを最大に上げ名犬ポチは目的地へ向けて駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

名犬ポチは知らない。

 

ここからそう遠くない場所にナザリックが転移してきていたこと。

 

 

 

そして不運なことにナザリックより遅れて転移してきていた為、モモンガのメッセージが通じず現在彼が絶望の底に沈んでいることも何も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 

 

とある村のはずれで一人の少女が妹を連れ一心不乱に走っていた。

 

突如、少女の住むカルネ村へバハルス帝国の騎士達が攻め込んできたのだ。

カルネ村はただの田舎の小さな村だ。

騎士達に抵抗できるはずもなく一瞬でのどかな村は地獄へと変わった。

 

少女の父も母も自らを盾にして自分たちを逃がしてくれた。

周りで少女の知り合いである人が何人も倒れていくのが見えた。

だが少女には何もできない。

悔しさと悲しさと恐怖の中、ただひたすら妹を連れて逃げるしかできなかった。

 

 

その少女、ただの村娘であるエンリ・エモットは手を繋いでいた彼女の妹、ネムが転んでしまった事で足が止まる。

 

 

「ネム!」

 

 

「お姉ちゃぁん!」

 

 

エンリはすぐにネムを抱きかかえようとするがその間に騎士達が迫ってきていた。

 

 

「へへ、逃がさねぇよお嬢ちゃん…!」

 

 

下卑た表情を浮かべ騎士は剣を奮う。

エンリはネムを抱きかかえすぐに逃げようとするが彼女の背中を騎士の剣が切り裂く。

 

 

「きゃあっ!」

 

 

あまりの痛みにその場に倒れるエンリ。

致命傷ではないだろうがすぐに立ち上がれない。

 

 

「お、お姉ちゃん! お姉ちゃぁぁん!」

 

 

ネムは半狂乱になりながらエンリへとしがみつく。

 

 

「じゃあな嬢ちゃん」

 

 

そうして騎士は少女たちへ向けて剣を振り上げた。

エンリはネムを抱きしめる。

剣が振り下ろされ訪れるであろう痛みに、そしてその先の死を覚悟する。

 

 

 

だがいつまでも経っても騎士の剣が振り下ろされることはない。

 

 

 

怪訝に思い目を開くと騎士の視線が別の場所へ向いている。

エンリもそちらへ視線を移すとそこにいたのは。

 

 

白い小さな子犬だった。

 

 

「わんっ」

 

 

可愛く吠えた子犬はこちらをじーっと見ている。

それに何かイラっとしたのか騎士が声を荒げる。

 

 

「んだぁ、この犬コロは! どっか行ってろ、殺すぞ!」

 

 

だが犬は全く動じない。

その視線は騎士を鋭く睨みつけている。

 

 

「わんちゃん逃げて!」

 

 

思わずネムが犬へと叫ぶ。

それを聞いた騎士がニタリと笑う。

 

 

「なんだぁ? もしかしてペットか何かか? へへ、こいつを目の前で殺したら嬢ちゃんたちはどんな顔するんだろうなぁ」

 

 

嗜虐的な感情が男を支配する。

そしてその子犬をどんな風に殺してやろうかと手を伸ばす。

 

それが破滅への道だとは知らずに―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血の匂いの元へたどり着いた名犬ポチは考える。

目の前で少女二人が騎士に殺されそうな状況に遭遇したが何の感慨もわかない。

 

本来だったら少女達を助けたいと思うのだろうが今は虫が潰される程度に何も感じない。

 

それどころか人間が下等生物にしか感じないのだ。

 

とりあえず成り行きに任せようかと思い騎士が少女達を切り殺すのを見守る。

 

だがこちらに気付いた騎士が手を止めこちらを見ている。

 

 

「わんっ(気にせず続けて)」

 

 

そう声をかけるが騎士はこちらへ暴言を吐いてきた。

なんだあの野郎。

そうすると続けて少女の一人が自分に逃げてと叫ぶ。

 

 

(逃げろだと? この俺に?)

 

 

先ほどまでヤバかったら逃げようとしていたのだが下等生物如きにそう言われると煮えくり返るものがある。

 

 

(悪の華アインズ・ウール・ゴウンの一人、そして最強プレイヤーのたっちさんを完封した事もあるこの俺に対して尻尾を巻いて逃げろだと?)

 

 

そこまで言われてないのだが名犬ポチの中で怒りが沸き上がる。

 

 

(あの女には絶望を味わわせてやる…)

 

 

そう考えているうちに騎士の一人がこちらへ手を伸ばしてくる。

 

 

(おっと、とりあえずこいつらがどの程度の強さか判断しなきゃダメか…。チッ、最悪ホントに尻尾を巻いて逃げることも考えなきゃならんか…)

 

 

そして名犬ポチは即座に魔法を発動させる。

 

 

「わんっわわわんっ!(《ハート・エクスプロード/心の破裂》!)」

 

 

第8位階に属するこの魔法は一撃で相手を卒倒させる凶悪な魔法。

初手でこの魔法を選んだのは抵抗された場合でもドキドキを抑えられず冷静さを保てなくさせる効果を持つからだ。

仮に相手が強者だとしても効果中に逃亡することが可能であり、この魔法で様子を見ようとするが…。

 

 

「はっ、はわわわぁー!」

 

 

魔法を受けた騎士は驚くほど痙攣しながら倒れる。

その後も口から涎を垂らし、ヤクが決まってるかのような情けない顔でビクンビクンしている。

 

 

「な、何が起こった…!?」

 

 

残った騎士は味方の意味不明な状態に同様を隠せない。

だがすでにここは死地。

名犬ポチの前でそのような状態は迂闊と言わざるを得ない。

 

 

(ふう、第8位階の魔法が効くなら敵じゃねぇな…。とりあえず負ける心配はねぇ。後は戦力を測るだけか…)

 

 

名犬ポチは流れるように残りの騎士へと飛び掛かる。

その首元へ向かって口を開き、研ぎ澄まされた牙を突き立てると同時に魔法を発動する。

 

 

「わわんっ!(《ソフトバイト/甘噛み》!)」

 

 

相手の戦力を測る為、次は先ほどより弱い第5位階魔法を放つ。

恐らく倒せはしないだろうと考え、次の魔法の準備をするが…。

 

 

「ひゃあぁぁぁぁぁ!」

 

 

両手で頭を抱え内股になり失禁する騎士。

そのままパタリと倒れる。

 

唖然としたのは名犬ポチ。

 

 

(今ので一撃だと!?)

 

 

第5位階魔法は名犬ポチからすれば弱すぎる魔法だ。

100レベルである名犬ポチが適正な狩場で使う魔法は第8位階魔法以上。

第7位階ですらよほど相性が良くないと使うことすらない。

 

あまりの弱さにどうしようか考えあぐねていると不意に横から抱き上げられた。

 

 

「わんちゃん大丈夫っ!?」

 

 

それは結果的に助けることになってしまった少女の一人だ。

 

 

「わんっ!(ニンゲン如きが俺に触るんじゃねぇ!)」

 

 

名犬ポチは肉球を押し当て少女の手から離れる。

 

 

「ネム、何が起きたかわからないけど今のうちに…うっ!」

 

 

起き上がりネムに声をかけるエンリ、だが背中の傷が酷いのか再びその場にうずくまる。

それを見たネムが駆け寄る。

 

 

「お姉ちゃん大丈夫っ!?」

 

 

そのやり取りを見ながら名犬ポチは思う。

 

こいつらは俺に逃げろと言ったり抱き上げようとしたり不快な存在だ。

卒倒させるレベルじゃ生ぬるい…、この世の地獄を見せてやる…!

 

そう心に決めた名犬ポチはエンリに近づき背中を舐めると魔法を発動させる。

 

 

「ぺろっ(《リック・ヒーリング/治癒の舌》)」

 

 

名犬ポチは自分の持つ回復魔法を使う。

それはこの少女達にもっと深い絶望を味わわせるためだ。

その為にはこんなところで死んでもらっては困るのだ。

 

 

「ああああーっ!」

 

 

ゾクゾクと体中を駆け抜ける気持ちよさに思わず声が漏れるエンリ。

 

 

(くくく、この俺に舐めた口をきいたんだ。死んだ方がマシだったというような目に遭わせてやるぞ…)

 

 

たちまちエンリの傷が治っていく。

何が起きたかわからず目の前の子犬を見る二人。

 

 

「な、何が…!? あ、あなたがやったの!?」

 

 

エンリは驚愕に震え、名犬ポチを見つめる。

 

 

(いいじゃねぇか、その怯える目、そそるぜ…。これから自分がどんな目に遭うか想像して恐ろしくなっちまったのかもしれねぇな…)

 

 

「よくわからないけどありがとう!」

 

 

「お姉ちゃんを助けてくれてありがとう!」

 

 

二人の少女は涙を流し心からの感動と感謝を伝える。

 

だがそれに対する名犬ポチの視線は冷ややかだ。

 

 

(バカが…。今更ご機嫌取ろうとしたってそうはいかねぇ…。ふん、なんと俗物的で下らぬ存在よ…)

 

 

この二人をどうするかは後で決めるとしてまだ村の方が騒がしいな、と考えながら村の中央へと向かう名犬ポチ。

 

それを見たエンリとネムは慌てて名犬ポチを止める。

 

 

「行っちゃダメ! 村にはたくさんの騎士がいるの! 殺されちゃう!」

 

 

「そうだよ! あぶないよ!」

 

 

名犬ポチは二人の少女にさらなる怒りが沸くのを感じる。

 

 

(俺が殺される? さっきのを見てなかったのか? あの程度の奴なら俺の敵ではないというのに…。チッ、下等なニンゲンではその程度の判断もできぬということか…。いや、もしかすると強い奴がいるのかもしれないな、ふむ。スキルで犬を呼び出して仕掛けさせるか…)

 

 

そう考えるや否やスキルで犬を召喚することを決める。

名犬ポチは自分の持つどのスキルで犬を呼び出すか考える。

 

 

<大型犬創造/1日4体>

<中型犬創造/1日12体>

<小型犬創造/1日20体>

 

 

敵は第5位階にすら耐えられない弱さだった。

そうなるとレベル60前後までの犬を創造できる大型犬のスキルは無いだろう。

となると中型犬か小型犬だが…。

 

 

(まぁ、戦力の分析もある。試しに小型犬を何匹か出して様子を見るか…。それでダメそうなら中型犬を出すだけの話だ)

 

 

そして名犬ポチは自身のスキルを発動させる。

 

 

‐小型犬作成 チワワ マルチーズ ポメラニアン トイプードル ダックスフンド‐

 

 

五匹の小型犬を生み出す。

おおよそ20レベル前後の犬だ。

オーバードッグの特殊能力で強化されるので数値的にはこれらより高くなるのだが。

 

 

「わんっ!(行け! この騎士と同じ姿の者共を襲うのだ!)」

 

 

名犬ポチの合図と共に五匹の犬が村中に散る。

それを満足気に見つめると、後ろで唖然としているエンリとネムを尻目に名犬ポチは村の中心へと進んでいく。

エンリとネムから見えないが名犬ポチは邪悪な顔を浮かべていた。

 

とりあえず邪魔そうな騎士共を排除、村人も玩具として遊ぶくらいできるかもしれないな、と。

 

 

 

 

 

解き放たれた五匹の犬はそれぞれ自分の獲物を見つけると消え入りそうな鳴き声を辺りに響かせる。

 

 

その鳴き声に合わせ大気が震える、ことはなかったがそれは反転の号砲だった。

 

 

虐殺が別の虐殺へと変わるように、狩るものが獲物へと変わるように。

 

 

 

 

 

 

 

蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

 

 




次回『ニグン絶頂する』終わりの始まり。

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