オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!

ワーカーさんほぼ壊滅!


スピネル

友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない

 

  ‐ヨハネによる福音書 15章13節‐

 

 

 

 

 

 

フォーサイトは現在、ナザリック地下大墳墓・第3階層にいた。

 

襲い来るアンデッド達を倒し、罠にかかることもなく順調に進んでいく。

シャルティア及びそのシモベ達がいた時ならば第1階層すら抜けられなかったであろうが今は違う。

領域守護者とそのシモベを除けば自動POPする低レベルのアンデッドしか存在しない。

だがフォーサイトの面々は夢にも思っていなかっただろう。

すでに自分達以外のワーカー達は壊滅。

そしてこの道の先にいる存在。

 

他のワーカー達と別の道を進んだ結果、フォーサイトは第4階層へと向かう正解ルートを歩んでいた。

だが運が良いのか、悪いのか。

第4階層へ続く門を守るのはナザリック最強の個・ルベド。

正攻法で勝てる者は例え至高の41人を含めてもナザリックには存在しない。

 

そんなことなど露ほども知らないフォーサイトはただただ進んでいく。

 

 

 

「ここまで強いアンデッド達は初めてだな…」

 

「そうですね、ですが各個撃破していけば十分に対処は可能です」

 

 

ヘッケランとロバーデイクはここまで襲い掛かってきたアンデッドを思い出しながら一息をつく。

 

 

「しかしこの墳墓…、一体どれだけ広いのか見当もつかないわ…」

 

 

イミーナは墳墓のあまりの大きさと深さに先が見えず不安を隠せない。

 

 

「あまり潜りすぎるのも危険…」

 

「そうだな、一度引き返して他のチームと情報の共有も必要かもしれない」

 

 

アルシェの言葉にヘッケランが返す。

 

 

「次に大きな扉か階段を見つけたらそこで引き返そう、いいか?」

 

 

チーム全員が頷く。

 

そして再び進んでいくフォーサイト。

やがて彼等は奥に大きな扉のある小部屋に行き着いた。

 

 

「行き止まり、いや扉があるな…。よし、あの扉の先を確認したら引き返そう」

 

 

そう言ってヘッケランが進もうとした瞬間、扉の横に座る人影に気付いた。

 

 

「なっ…!?」

 

 

慌てて後退し、武器を抜くヘッケラン。

ロバーデイクとイミーナ、アルシェも反射的に構える。

部屋の中は暗く、人影は見えてもその姿まではっきりと視認できない。

こちらに気付いたのか、人影がゆっくりと動き出す。

フォーサイトの面々はいつでも反応できるように最大限の注意を向ける。

 

だが予想に反して、暗闇から現れたのは一人の少女。

その美しさは人間離れしていた。

あまりに美しく、あまりに冷たい雰囲気を持つ少女。

まるで作り物か何かのように。

白髪で黒い服を着ており、大事そうに一冊の本を抱えているのが印象的である。

 

予想外の人物に唖然とする4人共。

 

 

「こ、子供…?」

 

「な、なんでこんな所に…」

 

 

イミーナとアルシェは目を丸くする。

この墳墓になぜ、という疑問が頭から離れなかったからだ。

年はアルシェよりも幼く見える。

あまりにも場違い。

一番早く我に返ったロバーデイクは少女に駆け寄る。

 

 

「どうしてこんなところに…! ここは危険です、さぁ私達と一緒にここから出ま」

 

「侵入者」

 

 

鈴を転がすような声だった。

 

だがその声と共にロバーデイクの上半身が一瞬で吹き飛ぶ。

 

 

「え…」

 

 

呆気にとられるヘッケラン。

何が起きたのかわからない。

ロバーデイクが少女に近づいたと思ったらまるで爆発したかのように肉片を撒き散らして上半身が消えたのだ。

腰から下だけが残ったロバーデイクが少し遅れて地面に倒れる。

どちゃっと鈍く響いたその音で3人は何が起きたか理解した。

 

 

「ロバー!!!」

 

「この子もアンデッド!?」

 

 

少女をよく見れば角が生えており、腰には翼がある。

アンデッドかどうかは不明だが少なくとも人間ではない。

 

 

「侵入者は排除する」

 

 

その言葉は少女が敵だと判断するのに十分だった。

 

 

「くそっ!」

 

 

ヘッケランが両手の武器で少女に襲い掛かりその刃を突き立てる、が。

少女には傷一つ付けられない。

逆にヘッケランの武器が容易く折れてしまう。

 

 

「なっ…!」

 

 

お返しとばかりに少女がヘッケランの腕を掴む。

そしてそのままヘッケランをイミーナとアルシェに向かって投げつける。

だが腕を掴んだ手は緩めていない。

結果的に腕を掴まれたまま、強い力で投げ飛ばされることになったヘッケラン。

肩から腕が千切れ、錐揉み状に飛びイミーナとアルシェを巻き込むと3人仲良く地面を転がっていく。

そして激しい勢いのまま壁に激突する。

すぐに立ち上がろうとするが体が言うことを聞かない。

それもそのはず。

この一発だけで3人とも何本もの骨が折れ、全身に深刻なダメージを負っていた。

 

一撃でロバーデイクが死に、ヘッケランが投げ飛ばされただけで残りのメンバーは戦闘不能に追い込まれた。

もうフォーサイトはチームとして機能しない。

その絶望的な状況の中。

死神のように少女がゆっくりと近づいてくる。

 

3人共、未だ何が起こったのか理解はできていない。

だが往々にして狩られる者は何が起きたか理解できずに死んでいくものである。

そう、これは戦いではない。

 

圧倒的強者が弱者を蹂躙するだけ。

 

そこには何の思い入れも、決意も、覚悟も何も無い。

虫を踏みつぶすように何の感慨も無く行われる行為。

そして確実に一歩ずつ近づいてくる少女。

3人の耳には少女が発する言葉が呪いのように纏わりついていた。

 

 

「早く殺して続きを読まなきゃ」

 

 

意味不明な言動に3人は恐怖するしかできない。

 

 

 

 

 

 

「三毒ヲ斬リ払エ、倶利伽羅剣!」

 

 

その口上と共に、強烈な一撃が世界を滅ぼす魔樹と言われた巨大な植物モンスターを襲う。

すでに何度も攻撃を受け、弱りきっていた魔樹はその一撃でこの世から完全に消し飛んだ。

 

 

ここはトブの大森林。

 

数日前に世界を滅ぼす魔樹が復活し、トブの大森林は危機に陥っていた。

そして立ち上がったのが東の巨人と西の魔蛇、森の賢王と呼ばれるトブの大森林を支配する3匹の強大なモンスター。

普段は縄張りが違うために互いに干渉せずに過ごしていたが、森の危機にこの3匹は手を結び、魔樹へと戦いを挑んだ。

 

時を同じくして、同じく森の中にある湖を住処とするリザードマン達。

エサとする魚が不足している為、部族同士の争いが絶えないリザードマン達であったが森の危機にそれどころではないと立ち上がった。

ザリュース・シャシャという旅人として世界を見てきた一匹のリザードマンが、兄のシャースーリュー・シャシャ、戦友のゼンベル・ググー、想い人であるクルシュ・ルールーと共に全ての部族をまとめ上げ、魔樹へと戦いを挑んだ。

 

森を支配していた強大な3匹のモンスターと多くのリザードマン達。

だが彼等では相手にならなかった。

世界を滅ぼす魔樹・ザイトルクワエ。

この世界において最強と称される竜王に匹敵する力を持つザイトルクワエ相手に彼等ではその枝でさえ戦いにならないほど実力が離れていた。

誰もが勝利を諦め、その瞳に諦念を宿すばかりであった。

 

 

だがそこに一つの流星が舞い降りた。

 

 

凍えるような冷気と共に舞い降りたそれは着弾の際にザイトルクワエの体の一部に風穴を開けた。

苦痛に呻くザイトルクワエ。

周囲に広がったいくつもの巨大な枝や根が暴走を始める。

だが次の瞬間、先ほどの流星を追っていくつものモンスターが飛来した。

そのモンスター達は広がったザイトルクワエの枝や根を苦も無く処理していく。

 

先ほど舞い降りた流星。

甲冑を思わせる白銀の甲殻を持つ、巨大な二足歩行の昆虫のような戦士。

ナザリック第5階層守護者コキュートス。

 

その身体はあり得ない程の強者の気配を周囲にまき散らしていた。

そして4本の腕から繰り出される攻撃は現地の誰の目にも追えなかった。

ただその攻撃の度にザイトルクワエの一部が吹き飛んでゆく。

 

それを見ていたザリュースは驚きと共に感動し、そして思う。

まるで神話の戦いだ、と。

 

最後に強烈な一撃を放ち、完全にザイトルクワエを葬りさったその姿にザリュースとリザードマン達は片膝を付き敬意を表していた。

リザードマンは強き者に敬意を払う。

ならばこの神の如き強さを持つ戦士に最大限の敬意を払うのは当然のことであった。

 

 

「何ノ真似ダ?」

 

 

それを見たコキュートスは純粋な疑問をぶつける。

 

 

「はっ…! 我々の危機を救って頂きありがとうございます! 神の如き強さを持つ貴方に感謝と共に敬意を示すのは当然のことであります…!」

 

 

リザードマンを代表してザリュースは言う。

それは紛れもない本心だった。

そして叶うならばこの御方に仕えたいとすら考えていた。

だがコキュートスからの答えは希望に沿うものではなかった。

 

 

「勘違イスルナ、私ハコイツヲ倒ス為ニ来タダケダ。オ前達ヲ助ケルツモリナド無カッタ」

 

「い、いえ! それでも救われたことは確かです! どうか我々の感謝をお受け取り下さい!」

 

「イラヌ。弱者ノ戯言ナド聞キタクモナイ」

 

「なっ…!」

 

 

コキュートスがここに来る直前、ザリュース含め、リザードマン達の瞳には諦めがあった。

勝つことを諦め、生きる事を諦めた。

それは弱さの象徴。

戦士としての気概など欠片も存在しない。

コキュートスが見たのはそんな彼等だった。

 

ナザリックの中では穏健派とも呼べるコキュートス。

武人として創造されたコキュートスは格下であっても一端の戦士には敬意を払う。

無闇に他者を殺しもしないし、無碍にも扱わない。

だが逆に弱者として定義できる者には一切の情けをかけない。

それは実力だけの問題ではない。

心のありようだ。

強大な力の前には諦めを瞳に宿し、命が救われた途端に頭を下げる。

リザードマン達にそんなつもりはなかっただろうがコキュートスの目にはそう映った。

 

 

「失セロ、視界ニ入ル事サエ不快。私ガ何者カモ分カラヌノニ頭ヲタダ下ゲルナド戦士トシテ見下ゲ果テタ行為ヨ」

 

 

コキュートスの言葉は強さを誇りとするリザードマン達にとって死刑宣告のようなものだった。

自分達の弱さを恥じ、悲しみに暮れる。

それは近くにいた東の巨人と西の魔蛇、森の賢王も同様であった。

彼等もコキュートスからすれば欠片程の価値も無い弱者だった。

 

 

そしてアルベドの命令を遂行したコキュートスはアルベドにメッセージを送る。

 

 

「アルベドカ、言ワレテイタ植物系モンスターハ倒シタゾ」

 

『流石コキュートス、仕事が早いわね。次なのだけれどそのまま北上してアゼルリシア山脈へ向かって頂戴。そこで霜の竜(フロストドラゴン)霜の巨人(フロストジャイアント)の殲滅をお願いするわ』

 

「フム、了解シタ」

 

 

そしてアルベドとのメッセージを切るとシモベ達に北へ向かうことを告げる。

もうこの場には用はない。

立ち去ろうとしたコキュートスは絶望に打ちひしがれるリザードマン達に言う。

 

 

「悔シケレバ強サヲ示セ。信念ヲ貫ケ。強者に媚ビルノデハナク己ガ正シイト思ウコトヲ為セ」

 

「……っ!」

 

 

そしてシモベを連れコキュートスは去った。

後に残されたザリュースは今の言葉を胸に刻みつける。

いつかあの神の如き御方に認めてもらうのだと。

そう、もう何があっても諦めなどに身を委ねない。

何があっても今度こそ最後まで戦いぬくと心に決めたのだ。

立派な戦士として。

立派なオスとして。

 

 

 

 

 

 

ルベドは歩いていく。

侵入者を排除するために。

侵入者へトドメを刺すために。

 

 

「く、くそっ、大丈夫かイミーナ、アルシェ!」

 

「わ、私は大丈夫、だけどイミーナが…!」

 

 

アルシェを庇い、直接ヘッケランの体を受けたイミーナ。

その衝撃で両手は砕け片足は折れていた。

 

 

「ごめん、私はもう無理…。私はいいから貴方達だけでも逃げて…」

 

「馬鹿野郎! そんなことできるかよ!」

 

 

ヘッケランが体に鞭うち立ち上がるとイミーナの前に立つ。

 

 

「ヘッケラン…!」

 

「大丈夫だ、まだ戦える…」

 

 

嘘だ。

強がってはいるもののヘッケランは戦える状態ではない。

片手がもう千切れて無いのだから。

 

 

「逃げないの?」

 

 

すでにヘッケランの目の前まで来ていたルベド。

不思議なモノを見るような顔で言う。

 

 

「うるせぇ、化け物…! こうしたって何にもならないなんて分かってるよ! でもなぁ! 愛する女を置いて逃げるなんてそんなカッコ悪ぃことできるわけねぇだろ!」

 

 

その言葉にわずかにルベドの瞳が開く。

 

 

「愛…。その人を愛してるの?」

 

「そうだよ…! 愛してんだよ! お前みたいな化け物なんかには分からねぇだろうがなぁ! 例え命を捨てたって守りたいと思える奴がいるんだよ!」

 

「ヘッケラン…!」

 

 

後ろでイミーナが涙を流す。

この絶望的な状況でも愛する男がそう言ってくれることがただ嬉しくて。

 

 

「本当の愛ならもっと見せて」

 

 

そうしてルベドがヘッケランの残った腕を掴む。

 

 

「がぁあああっぁあああ!!!」

 

「その人を見捨てるなら離してあげる」

 

 

万力のような力で徐々にヘッケランの腕を握りつぶしていくルベド。

 

 

「だ、誰が…! ぎゃあああああ!」

 

「やめて! ヘッケランを傷つけないで! 私ならどうなってもいいからその人にそれ以上酷いことしないで!」

 

 

絶叫するヘッケランの姿にたまらずイミーナが懇願する。

 

 

「…。貴方も愛しているの?」

 

「そうよ! この世で一番大切な人なの! だからお願いもうやめて!」

 

「でもこの出血ではもう死ぬのは時間の問題。ならこうしましょう。この男を見捨てるなら貴方には手を出さない」

 

「何を…!?」

 

「愛は尊い。愛は全てに勝る、そう本に書いてた。だから証明して欲しい。貴方の愛が本物かどうか確かめさせて。私に愛を見せて」

 

 

イミーナの近くに顔を寄せ、無表情のままルベドは言う。

 

 

「貴方の愛が本物ならきっと何をされてもこの人を見捨てないでしょう?」

 

 

子供のように無邪気な悪意を放つルベドに背筋が凍るイミーナ。

そしてイミーナに手を伸ばそうとするルベド。

だが。

 

 

「あ」

 

「ヘッケラン! ああ、嘘、そんな嘘よ、嫌ぁぁあああ!」

 

 

力加減が分からないルベドはイミーナに近づこうとした際にヘッケランを掴んでいた手を動かしてしまった。

ルベドにとってはヘッケランなど重さも感じない軽い羽虫のようなもの。

ヘッケランは腕を引っ張り上げられそのまま飛んだ。

掴まれていた腕が引きちぎれ、勢いよく吹き飛び壁に直撃。

頭はザクロのように潰れ、壁に綺麗な赤い染みを作った。

 

 

「失敗」

 

 

命などなんとも思っていないようにルベドは力加減を間違えたことだけを反省していた。

 

 

「うぅ…! ア、アルシェ…! 貴方だけでも早く逃げなさい…! まだ足は動くでしょう…?」

 

「イミーナ…!」

 

「わ、私がこいつを引き付けるからその間に…!」

 

 

何を言っているのだ、とアルシェは思う。

仲間を見捨てて自分一人だけが逃げられるわけがないだろうと。

それに何よりイミーナはもう動けない。

足止めなど出来るはずがない。

そのはずなのに。

 

 

「んぎぎぃいいいい!!!」

 

 

折れた足で立ち上がり、砕けた腕でルベドの体へと覆いかぶさる。

もはや精神力だけでイミーナはその身体を動かした。

 

 

「イミーナ!」

 

「行きなさい! 妹さんがいるんでしょ! なら私を見捨てていきなさい! それが貴方のすべきことよ!」

 

「そんな、できないよ…! だって…!」

 

「貴方がここにいても何も変わらないわ! それよりも貴方だけでも逃げて他のチームと合流するの! そしてこのことを国に伝えなさい!」

 

「イミーナ…!」

 

「お願いアルシェ…! そうしないと私が…、ヘッケランが、ロバーが…。皆無駄死になってしまう…」

 

 

泣きながらアルシェに訴えるイミーナ。

アルシェの心の中で様々な感情が渦巻く。

だが今は即断しなければならない。

一刻も猶予もない。

一瞬の気の迷いが死に繋がることだってあるのだから。

 

 

「……じがいじだ、無駄死になんがざぜない…!」

 

 

溢れ出る涙と鼻水、顔中をくしゃくしゃにして答えるアルシェ。

だが決めてからは早い。

 

 

飛行(フライ)

 

 

アルシェは魔法を発動させ来た道を駆け抜けていく。

 

 

「逃がさない」

 

 

体に覆いかぶさっているイミーナを払いのけアルシェを追おうとするルベド。

だが再び砕けた腕を動かし、ルベドの服を掴むイミーナ。

もはや掴むというよりも触れているといった方が正確かもしれないが。

 

 

「行かせない…!」

 

「……」

 

「あの子だけでも死なせるわけにはいかないわ…」

 

「理解できない。貴方が愛していたのはあの男でしょう? なぜ彼女のためここまで頑張るの?」

 

「仲間だからよ! 仲間のためなら命だって惜しくないわ! 貴方達化け物には分からないでしょうけどね!」

 

「そう、分からない。だから知りたい。貴方を動かすものが何なのか」

 

 

ルベドは分からない。

イミーナの言葉を欠片も理解できない。

だから学習せねばならないのだ。

自分は命令を忠実に遂行するために愛を学ばねばならないのだから。

 

 

「だから教えて」

 

 

ルベドの手がイミーナへとのびる。

 

 

 

 

 

 

仲間と来た道をひたすら逆走するアルシェ。

幸い、アンデッドはまだ復活しておらず運が良ければこのまま地上まで逃げられるかもしれない。

だがそれと同時にとてつもない罪悪感がアルシェを襲う。

 

ロバーデイクもヘッケランも死んだ。

そして恐らくイミーナも…。

 

全て自分のせいだ。

自分の借金が無ければこの依頼は受けなかっただろう。

自分がいなければ皆ここに来なかった。

自分が殺した。

自分が皆を殺したようなものだ。

何があっても自分が皆を守ると心に決めていたのに。

何もできずむしろ皆に救われただけ。

情けない。

借りを返すどころか自分だけが仲間を見捨て生き延びている。

仲間を死に追いやった元凶の自分だけがのうのうと生きるなんて。

 

 

「ごめんなざいロバー…! ごめんなざいヘッケラン…! ごめんなざいイミーナ…!」

 

 

仲間を犠牲にして自分だけが逃げ出したのだ。

だからせめてもの償いに絶対に生き延びるのだ。

生きてここから脱出してこの脅威を国に伝えねば。

そう心に誓う。

だが現実は無慈悲だ。

 

 

「<五芒星の呪縛>」

 

 

遠くからあの少女の声が聞こえた。

それと同時に突如アルシェの体が重くなり地面に落ちる。

その後も何かに押さえつけられるように体がピクリとも動かせなくなる。

 

 

 

<五芒星の呪縛>

 

一部の上級悪魔のみが使える足止め用のスキル。

非常に強力なスキルではあるのだがこのスキルが真価を発揮するのはさらに重ね掛けをした場合。

しかしルベドが使えるのはこれが限界である。

 

 

 

「くっ…!」

 

「追い付いた」

 

 

地面に縫い付けられたように動けないアルシェにルベドがゆっくりと近づいてくる。

 

 

「イ、イミーナは…!?」

 

「死んだ。あの人は最後まで貴方のことを庇ってた」

 

「……っ!」

 

「分からない、自分が死ぬのになんで人を庇うの?」

 

 

ルベドの疑問にアルシェの中で怒りが燃え上がった。

 

 

「仲間だからよ! 仲間だから! 何よりも大事な仲間だから命を懸けられるの! 命を捨てられるの! 貴方みたいに人をなんとも思わず殺すような化け物には分からないでしょうけどね! 私達は仲間の為だったら何でもできる! 仲間の為なら…! うぅぅ…!」

 

 

アルシェの脳裏に3人の姿が浮かぶ。

もう二度と会えないと理解した瞬間、どれだけ彼らが自分にとって大切だったのか改めて分かった。

 

 

「じゃあ貴方も命を懸けられるの?」

 

「そうよ! 仲間が助かるならこの命を捨てたっていいわ! 何よ、殺すなら早くしなさいよ! もう私に失う物なんて何もないんだから! もう貴方になんて怯えたりしないわ!」

 

 

半ば自暴自棄になったアルシェ。

だがそれでも仲間達への思いは消えていない。

今アルシェの中を支配しているのは恨みと憎しみだけだ。

 

 

「そう。でも妹は?」

 

「え…?」

 

「妹がいるんでしょ? 愛してるの?」

 

 

その言葉で二人の妹のことを思い出す。

何よりも大事な二人。

大事な妹。

そうだ。

自分は二人の妹と家を出るのだ。

そして新しい生活を始める。

その為にお金を稼ぎにきたのだ。

ああ、だがもうそれも叶わない。

私はもうここで終わりだ。

 

 

「ねぇ、愛しているの?」

 

「…。愛してるに決まっているでしょう…! 大事な妹なのよ…!」

 

「そう」

 

 

ルベドは考え込むように少し沈黙する。

そして。

 

 

「会ってみたい。どこに行けば会える?」

 

「はっ……!?」

 

 

その言葉はアルシェの思考を奪うのに十分だった。

こいつは何を言ってるんだ。

仲間を殺した悪魔が何を。

まさか。

まさかっ。

 

 

「ふざけないでっ! クーデリカとウレイリカに手を出したら絶対に許さないわ!」

 

「何を言ってるの?」

 

「とぼけないでよっ! ここまでやってもまだ飽き足らないの!? まだ殺し足りないの!? 私達だけじゃなくてその家族まで殺そうとするなんて絶対に許さないっ! この外道っ! 悪魔!」

 

 

己の立場も忘れ激高するアルシェ。

 

 

「命令が無ければ殺さない」

 

「め、命令…?」

 

「そう命令。私は命令に従うだけだから」

 

「じゃあ貴方は命令されたから私達を、イミーナ達を殺したの…?」

 

「否定。殺害は命令にない」

 

「…!? ならなんでっ!?」

 

「侵入者の排除を命じられたから。殺すかどうかは裁量を与えられている。排除のもっとも簡単な方法だから殺しただけ」

 

「なっ……!」

 

 

その言葉に悔しさがこみ上げてくる。

殺さなくてもいいのに、楽だから殺した?

命を馬鹿にしている。

そんな理由で3人は死んだのか。

悔しくて、悔しくて一度は止まった涙が再び流れ出す。

 

 

「……してよ」

 

「何?」

 

「返してよっ! イミーナを! ヘッケランを! ロバーを! 皆を返してよっ! そんな、虫を殺すのと同じように語らないでよっ! 皆を! あの3人を殺しておいてそんな簡単だったからだなんて! じゃあ皆は何のために死んだの!? 死ななくてもいいのに死んだの!? ねぇ返してよ! 皆を返してよぉ!」

 

 

自分でも無茶苦茶を言っているのはアルシェも分かっている。

だが気持ちが抑えられない。

そんなことを言っても何にもならないことは理解しているはずなのにそれでも口は止まらない。

その後もずっと目の前の少女に恨み事を言い続ける。

ずっと、ずっと。

その間、少女は文句の一つも言わずに黙って聞いていた。

 

 

「うぅぅ…、皆を返してよぉぉ…、一人は嫌だよぉ…!」

 

 

ぼろぼろと大粒の涙を流しながらアルシェは思いのたけを口にする。

きっとこの後、自分は殺されるだろう。

そうしたら自分は天国で皆に会えるだろうか。

唯一の心残りは妹二人を残していくことだけだ。

だが。

アルシェは全く予想していない言葉を耳にした。

 

 

「分かった、返してあげる」

 

「……え?」

 

 

地面に擦り付けていた顔を上げるアルシェ。

今の言葉が理解できなかった。

一体何が。

 

 

「その代わり、貴方についていく」

 

 

この瞬間、アルシェの運命は180度変わることになる。

 

 

 

 

 

 

時は前後し、アルベドがナザリックを出て数日後の事。

 

聖王国を滅ぼしナザリックに無事帰還したアルベドはここで初めて異変に気付いた。

 

 

「ねぇ、ルベドはどこ? 姿が見えないようだけれど…」

 

「はっ? ルベド様ですか? アルベド様の命令通りに動いておられるようですが…」

 

「…? どういうこと?」

 

 

自分がルベドに下した命令は侵入者を排除することだけだ。

ゆえにここでナザリックに残ったシモベから聞いた情報にアルベドは驚愕する。

 

ルベドは侵入者の何人かを一度は殺したものの、ペストーニャを呼び出し殺した侵入者を蘇生させた。

その後、侵入者と共にナザリックから外へ出て行ったと。

もちろんその際、シモベがルベドを止めたらしいがルベドは姉さんの命令だと言った為にシモベ達はこれも作戦の一環かと思い何も疑問に思わずルベドを通してしまったらしい。

 

何が起きた?

 

ルベドは命令には逆らわない。

それは絶対だ。

守護者統括としてルベドの情報は頭に入っている。

もちろんアルベドの知識は間違っていない。

 

だが同時にアルベドは知らない。

 

この世界に転移した際に、皆大なり小なり変化が起きているのだ。

そもそもプレイヤー視点から見ればNPCが自我を持ち動き出しているのだ。

守護者統括としての知識だけでは偏りがある。

この世界が変異したということを認識できなければここは永遠に気付けない。

だからアルベドは己の常識の中で可能性を探る。

 

 

(もしや傾城傾国のようになんらかのアイテムでルベドが洗脳状態におかれた…!?)

 

 

最悪の事態を想定しつつ玉座の間に駆け足で向かう。

そして玉座の間にはセバスとプレアデスの面々がアルベドが外に出る前と同じようにモモンガに傅いていた。

 

 

「失礼します」

 

 

意識が無いとはいえモモンガへの礼儀は忘れないアルベド。

そして玉座の下まで来ると深々とお辞儀をする。

 

 

「モモンガ様、緊急事態ゆえ管理システムにアクセスすることをお許しください。マスターソース・オープン」

 

 

アルベドはマスターソースを開くとその中にあるNPCのタグを開く。

ここにはナザリックの全NPCの名前が記載されている。

そして洗脳、あるいは裏切り、何らかの異常事態に巻き込まれたNPCは名前の色が変わる。

だからここでルベドの名前を確認しなければならない。

一体ルベドの身に何が起きたのか。

 

 

「え…、そんな…、どうして…?」

 

 

全く予想していない事態にアルベドは狼狽する。

そのあまりの狼狽ぶりにセバスとプレアデス達も何事かと目を見開く。

 

 

「そ、そんな…そんなはずは…」

 

 

アルベドの焦燥は激しくなっていく。

マスターソースの中を何度も確認したがアルベドの見たものは間違っていなかった。

あまりの衝撃にアルベドはその場に崩れ落ちる。

 

 

「どうして…」

 

 

これはアルベドにとって死活問題であった。

己の中の常識が崩れていくのを感じるアルベド。

足元が揺らぐ。

何を信じればよいのかわからなくなる。

目の前にあった事実は彼女の認識しているものとは違ったのだから。

マスターソースの中をどれだけ探しても。

 

 

ルベドの名前は存在しなかった。

 

 

ナザリックの全NPCの名を記載しているはずのマスターソースの中にルベドの名前は無い。

これが何を意味するのかアルベドには理解できなかった。

それも仕方ない。

アルベドはマスターソースの存在と情報を知っていても今まで開いたことは一度も無かったのだ。

そしてルベドは至高の41人の1人タブラ・スマラグディナによって創造された。

これも間違いのない事実のはずだ。

それに何より、ルベドからはナザリックのシモベとしての気配をちゃんと感じるのだ。

ガルガンチュアのように名ばかりの配下ではない。

ならばなぜルベドの名前がここにないのか。

 

 

「姉さん、ニグレド姉さん…。姉さんは何を知っていたの…?」

 

 

アルベドの呟きが虚しく響く。

 

ここでニグレドがいないことは致命的であった。

彼女だけがタブラからルベドの全てを知らされていたのだから。

アルベドは自身の設定が1マスの無駄なく埋められていた為、ルベドについての知識を知っているという設定を盛り込めなかったのだ。

アルベドは守護者統括としてルベドを知っているだけ。

ルベドがどのように創造されたかまでは知らないのだ。

 

ルベド。

 

大錬金術師タブラ・スマラグディナにより創造されし者。

その最高傑作にして失敗作。

 

ナザリックの中に存在するシモベの中で一つだけの例外。

一つだけの異端。

一つだけの偽物(スピネル)

 

どれだけ本物(ルビー)に似ていてもそれは紛い物に過ぎない。

偽物(スピネル)は決して本物(ルビー)にはなれない。

 

 

それがルベドという存在。

 

 

 

 

 

 

時は、ルベドがフォーサイトを連れナザリックを出た所へと巻き戻る。

 

ルベドはペストーニャにお願いしてフォーサイトを蘇生してもらった。

そして3人をアルシェに返すのと引き換えに同行することになったのだ。

もちろん出入り口の霊廟でユリに止められたがアルベドの命令だと言ったら無事に通して貰えた。

ちなみにルベドは嘘は言っていない。

ルベドは過去にアルベドとした問答。

 

『侵入者って殺していいの?』

 

『好きにしなさい』

 

この問答を拡大解釈しただけに過ぎないのだ。

侵入者を好きにしていい、そして好きにしていいのはアルベドの命令なのだ。

だから彼女は愛を知る為にアルシェに同行することを決定した。

 

そして今は無事にナザリックの外を5人で歩いている。

 

 

「うわ、うわぁ…! ロバーやめろって…! 殺されちまう…!」

 

「何言ってるんですかヘッケランは。こんなに可愛い女の子ですよ? 何かが出来るわけではないでしょうに」

 

 

面倒見の良いロバーデイクはルベドを肩車していた。

ルベドに瞬殺されたロバーデイクは殺された自覚が全く無く、ルベドの虐殺時の姿も見ていない。

その為、全くと言っていいほど恐怖を感じていなかった。

 

 

「ちょ、ちょっとアルシェ…、貴方からも言いなさいよ、何かあってからじゃ遅いって…!」

 

 

ルベドは皆にもう手を出さないことを約束しているのだが未だにヘッケランとイミーナはあのトラウマから立ち直れていないらしい。

仕方ないとは思う。

なにせ当の本人であるアルシェも未だに怖いのだから。

しかし。

 

 

「うーん、大丈夫だと…思う」

 

「何言ってんのアルシェ! そんなわけないでしょ!?」

 

 

イミーナが正気か!?といった様子でアルシェの肩を掴み全力で揺さぶる。

 

 

「もしかすると…そんなに悪い子じゃないかもしれないよ…?」

 

 

アルシェはルベドへ視線を向ける。

ロバーデイクの肩に乗り、彼の手作りの風車を振り回すその姿はただの子供にしか見えなかった。

 

 

 




次回『ルベドのだいぼうけん』まず向かうはエ・ランテル!



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