オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!

ネムとルベド、ロリコンに絡まれる!
デミウルゴスを発見してテンション上がるコキュートス!
名犬ポチ、むせび泣く!


王都の危機

フォーサイト一行はルベドにより、高速で王都へ向かっていた。

4人がルベドに持ち上げられるというとんでもない図になっているが誰も気にしない。

今はそれどころではないのだ。

特にアルシェ、彼女からは鬼気迫るものを感じる。

それもそのはず。

何より大事な自分の妹が売られたという事実を突きつけられたのだから。

だがそれを知れたのはエ・ランテルでルベドの引き起こした事件が原因だった。

それはすでに一日前の話になる。

 

 

 

 

 

 

一日前、エ・ランテル。

 

ルベドを見失ってしまったアルシェとロバーデイク。

必死に探すも簡単には見つからない。

だがルベドを探している途中で、遠くで大きな騒ぎが起きていることに気付く。

都市中の衛兵が走り回っている。

冒険者も招集されているようだ。

街の人々も騒ぎ立てている。

どうやら何かが起きているらしい。

ルベドのことも気になるが都市中が騒ぎになるほどの事件だ。

何が起きているかぐらいは確認しておかねばなるまい。

そう思い、アルシェとロバーデイクは現場へと向かう。

 

だが到着早々、二人はすぐに何が起きたのか理解した。

一目見ただけで把握できる。

事は至ってシンプル。

 

都市のとある一角の建物が粉砕され、地面が抉れ、城壁の一部にも被害が出ている。

そしてその辺り一帯は血の海と呼んでも差し支えの無い惨状だった。

血だらけの男達が至る所に倒れている。

 

人々の話を聞く限りではこの倒れている男達は全てただのゴロツキのようだがなぜこうなったのかはわからないらしい。

周囲も含め、あまりにも尋常ではない被害。

何か恐ろしいモンスターでも出没したのではないかと騒ぎになっている。

 

だが遠くで一人の男の泣き叫ぶ声が聞こえた。

 

 

「こいつだっ! こいつがやったんだっ! ほんとだ、信じてくれぇ! こ、こいつは化け物だ! み、皆殺されちまう! 殺されちまうんだよぉ! やめろ、離せっ! 離してくれ! 殺される! うわぁぁぁ!」

 

 

衛兵に取り押さえられた男が喚き散らしていた。

どうやらこのゴロツキの中で彼だけが無事だったらしい。

ただその錯乱した様子からは違う意味で無事とは言い難いが。

 

 

「何を言ってるんだ貴様は!? こんな小さい子がこんなことできるはずがないだろう!」

 

「ほんとだ! 信じてくれ! そいつは片手で人を軽々と吹き飛ばしたんだ! 俺は見たんだ! 本当だって!」

 

「はぁ、黒粉か何かのやりすぎか? まさかここまで出回ってきているとは…」

 

 

男を取り押さえている衛兵が嘆息する。

もはやこの男には何を聞いても無駄だろう、そう判断する。

 

 

「連れていけ、一応はこの事件の目撃者だ。黒粉をやっているようであればそちらでしょっぴく」

 

「はっ!」

 

 

部下の者に男は任せ、別の目撃者へ話しかける衛兵。

それはその男と共に、この事件の貴重な目撃者だ。

 

 

「待たせてすまなかったね、一体何が起きたのか聞かせてくれるかい?」

 

 

衛兵は近くにいた女の子へと話しかける。

その女の子は血だらけだった。

頭には角のような飾り。

体の後ろには羽のようなものを付けている。

 

ていうかルベドだった。

 

 

「ああああああ!!!」

 

 

アルシェは一瞬で理解した。

これは全てルベドの仕業だ。

何があったのかは分からないがルベドがこの男達を血祭りに上げたのだと。

というよりこの破壊の痕を見ればそれ以外に考えられない。

 

 

「これは全部私がやっ」

 

「ルベドォォーーーーッ!」

 

 

アルシェが全力で駆け寄りルベドへとダイブを決める。

そしてその勢いのまま二人はゴロゴロと地面を転がっていく。

突然のことに驚いた衛兵は慌てて二人に駆け寄る。

この時アルシェはしっかりとルベドの口を押さえていた。

 

 

「だ、大丈夫かい!? い、一体どうしたんだ?」

 

「す、すいません! 迷子になってたこの子を見つけたものですから嬉しくって!」

 

 

アルシェの顔はガッツリ引きつっている。

 

 

「そ、そうかそれは良かった。それでそちらの子に話を聞きたいのだけれど…」

 

「ああ! 話! そうですね! ねぇルベド何があったのか教えてくれないかなー? えー何々? そう、なるほどー」

 

 

ちなみにルベドは一言もしゃべっていない。

 

 

「すいません! どうやらこの子は何も見てないようです!」

 

「そ、そうなのかい!? し、しかし…!」

 

「ああ! ごめんなさい! 私達急いでいるんです! 申し訳ないですがこれで!」

 

「ま、待ちなさい! 怪我の治療は…!」

 

「自分達で出来るんで大丈夫です! じゃ!」

 

 

そしてルベドと共に逃げ出そうとするアルシェ。

だがルベドが立ち止まる。

 

 

「待って」

 

「ど、どうしたのルベド!? は、早く行くわよ!」

 

 

一刻も早く逃げたいアルシェはルベドを急かす。

だがそんなアルシェを他所にルベドは近くで蹲っていた一人の女の子へと歩み寄る。

 

 

「ネム、もう大丈夫だよ。行こう」

 

 

そう言って手を差し伸べるルベド。

それは先ほどまでアルシェ達と話していたエンリという娘の妹だった。

ルベドと共に行方不明になっていたのだがどうやら一緒にいたらしい。

 

だがしばらく待ってもネムはルベドの手を取ろうとしない。

 

 

「どうしたのネム」

 

 

そうしてルベドがネムへと近づくが。

 

 

「ひっ…!」

 

 

返ってきたのは小さな悲鳴と恐怖に彩られた視線だった。

ルベドには何が起きたのか理解できない。

なぜネムの態度が急変したかなど欠片も分からない。

 

理解できたのはネムが自分を拒絶していることだけ。

 

ルベドは差し出した手を引っ込める。

そしてネムから距離を置いた。

理由は分からないがもう自分はネムに近づかない方がいいのだと思ったからだ。

 

 

それを見ていたアルシェはネムの反応だけで察しがついた。

恐らく彼女はルベドが力を行使するところを目撃してしまったのだろう。

それならば恐れるのも当然だ。

エンリも探しているはずなので、ネムも一緒に連れていきたいが今はそっとしておくしかない。

ルベドと一緒にいさせるわけにはいかないから。

 

だがそんなアルシェの心配は杞憂に終わる。

遠くにエンリの姿を確認したからだ。

ならもうネムは大丈夫だろう。

そう判断しアルシェはルベドを連れてこの場を去った。

 

 

 

 

 

 

「ルベド! な、なんであんなことを!?」

 

「まぁまぁアルシェ落ち着いて。きっとルベドも今は混乱していますよ、話は後でもいいじゃないですか」

 

「ロバーデイクは黙ってて! 私はルベドに聞いてるの!」

 

「わ、わかりました…!」

 

 

アルシェの凄い剣幕にあっけなく引き下がるロバーデイク。

ロバーデイクはルベドの心配をしているようだが大体の事情を察しているアルシェはおかまいなくルベドを問い詰める。

 

 

「ねぇルベド! どうしてあんなことを!」

 

「アルシェの苗字はフルトだよね?」

 

「そ、そうだけど今はそんなこと関係ないでしょ!」

 

「関係なくない。ねぇ帝国はフルトって苗字の人は沢山いるの?」

 

「え? い、いや多分私の家系しかいないはず…。そ、それがどうしたっていうの?」

 

「あの男が言ってた。帝国から連れてこられたフルト家の娘が王都で売られたって」

 

 

その一言でアルシェの時が止まった。

 

 

「え…」

 

 

先ほどまでの感情や思考など何もかもが吹き飛ぶ。

頭の中で次々考えは巡るが何一つ形にならない。

自分が今、何を考えているかさえも分からなくなるほどアルシェは混乱の淵に立たされた。

だがそんなことなどおかまいなしにルベドは続ける。

 

 

「借金のカタだって言ってた。前にアルシェが妹がいるって言ってたからその子かと思って。でもあまり詳しいことはわからなかった。分かったのは八本指っていう組織に売られたってことだけ。それしか聞き出せなくてごめんね」

 

「八本指!? 王国で暗躍する悪名高い犯罪組織じゃないですか! 大変ですよアルシェ! この話が本当ならば妹さんはどんな目に遭うかわかりません! 私も話に聞いただけですが奴隷の扱いは酷いと聞いています。特に、その、女性や子供などは口には出せないような趣味の者に売られるとか…」

 

 

ロバーデイクのその言葉でアルシェはさらに困惑し絶望する。

なぜ、なぜ急に妹がそんなことに。

最悪を想像し、吐き気を催すアルシェ。

八本指。

それはアルシェも聞いたことがある。

帝国にもその悪名は轟いているからだ。

様々な犯罪に手を染める恐ろしい組織だが、特に慰み者として扱われる奴隷は酷い。

男のモノを咥えさせるためだけに全ての歯を抜かれたとか。

嗜虐趣味の男に体を切り開かれてその中に入れられたとか。

考えるだけでもおぞましい行為が他にも山ほどある。

噂だと信じたいがワーカーの者達曰く、全て真実だと。

 

嫌だ。

そんなのは嫌だ。

妹が、大事な妹がそんな目に遭ったらどうすればいいのか。

すぐに助けにいきたい。

だが八本指にはアダマンタイト級の冒険者に匹敵する者が複数所属しているらしい。

それに王国を裏から支配するような巨大組織だ。

自分などでは歯も立たない。

悔しい。

自分の力の無さが。

学院に通っていたころは魔法の天才だと持て囃されたが外に出てみればこんなものだ。

あまりに自分は無力だ。

 

激しい悲しみから嗚咽を漏らすアルシェ。

 

その時、ふと頭を撫でる手に気付いた。

見上げるとそこにいたのはルベド。

 

 

そうだ、と思った。

 

 

あまりの悲しみに忘れてしまっていた。

今、自分の目の前には規格外の存在がいるのだ。

ルベドなら。

自分には無理でもルベドならば全てを力で解決できるかもしれない。

 

それは悪魔の誘惑だった。

アルシェの脳裏に浮かんだあまりにも甘い誘惑。

例えそれが人として許されない行為だったとしても。

どれだけ後悔することになろうとも。

アルシェは全てを引き換えにしてもいいと思った。

 

どれだけの犠牲を払っても。

どれだけの人が死んでも。

例え相手が犯罪者であろうともやってはいけない行為は存在するとアルシェは思う。

だがアルシェは悪魔に魂を売ることを決めた。

妹の為に何もかも犠牲にすると。

もはや罪を犯すことさえ厭わない。

 

 

「ル、ルベド…!」

 

 

泣きながらアルシェはルベドに縋りつく。

自分の欲望の為に、願いの為に。

ルベドに懇願する。

それがルベドを利用することになろうとも。

 

 

「お願い…、助けて…!」

 

 

嗚咽しながらも必死に声を絞り出すアルシェ。

 

 

「妹を…、妹を助けて…!」

 

「わかった、任せて。アルシェの妹は私が助けてあげる」

 

 

あっけないほど簡単に了承するルベド。

 

その一言でアルシェの心に希望が差す。

だがアルシェは思う。

この瞬間、王都で八本指相手にルベドが暴威を奮うことが決定したようなものだ。

今日のことなど比較にもならない血が流れることになるかもしれない。

王都に混乱を巻き起こすことになるかもしれない。

もしそうなればそれは全て自分の罪だ。

自分がルベドに願ったのだ。

それに今日すでに血は流れている。

あれはルベドが自分の妹の情報を入手するためにやったことならばそれもまた自分の罪だ。

甘んじて受け入れる。

 

それに度を超えた願いには代償がつきものだ。

もし取返しの付かないところまでいってしまったのならば。

この命を持って償う。

それがアルシェにできる精一杯のことだ。

釣り合わないかもしれないがそれがアルシェに払える限界だ。

もしこの世に神がいるならば。

それで許して下さいと祈る。

 

全ては妹のために。

 

 

 

 

アルシェとロバーデイクはヘッケランとイミーナと合流すると事情を説明しすぐに王都へ向かう。

皆、八本指にアルシェの妹が売られたという事実に驚き、そして協力してくれた。

危険な目に遭うかもしれないのに。

それが嬉しく、同時に申し訳なかった。

普通に考えれば3人には身を引いてもらうべきだろう。

だが協力してくれるという彼等の言葉を甘んじて受けた。

妹を救うためには少しでも人手が、力が欲しかった。

全ては自分のエゴだ。

なんと醜い。

自分の願いの為に仲間を危険に晒すと分かっていながら甘えたのだ。

 

だが、だからこそ。

必ず妹は助ける。

その為にアルシェは悪魔に魂を売ったのだから。

 

 

アルシェは知らない。

王都にはそんな彼女のものとは比べ物にならない悪意が蠢いていることを。

アルシェは知らない。

王都がこれから最も危険な場所になることを。

アルシェは知らない。

ルベドと戦いのステージに立てる者が王都に複数集まることを。

 

アルシェは何も知らないのだ。

だからこれから起こることなど何も想像できない。

 

 

もう王都は目前にまで迫っている。

 

 

 

 

 

 

アゼルリシア山脈方面から進路を変え、王都へ向かっていたコキュートス一行。

 

王都に到着すると同時にシモベ達に王都全域を包囲させる。

まだデミウルゴスに気取られるわけにはいかないので、気配を殺し隠れながらだが。

 

そして配置に着き終わると、後はアルベドとマーレの到着を息を殺して待つのみだ。

 

 

王都にいる人々は誰も気づかない。

 

城壁のすぐ外を強大な軍勢が包囲していることなど。

 

 

しかし何事もなく一晩が過ぎた。

 

 

だが翌日、コキュートスは部下の報告に動かざるを得ない事態に陥る。

 

 

「コキュートス様!」

 

「ナンダ?」

 

「大変です! デミウルゴス様に動きが! どうやら我々の存在に気付いたようです! 遠目にしか確認できないので分かりませんが逃走しようとしているものと思われます!」

 

「ナンダト!? マズイナ…! アルベドニ確認ヲ取ル、少シ待テ」

 

「はっ!」

 

 

そしてコキュートスはアルベドへメッセージを送る。

だが返事は無い。

 

 

「ナゼ繋ガラン…?」

 

 

怪訝に思うコキュートス。

だがこればかりは間が悪かった。

アルベドはこの瞬間、ナザリックの玉座の間でマスターソースを開いており、そのNPCの欄にルベドの名前が無いことに心を乱しメッセージを受け取る余裕が無かったのだ。

少しでもタイミングが違えば繋がっていたかもしれないのに。

 

 

「仕方ナイカ…」

 

 

コキュートスは決意する。

ここは臨機応変に動かねばならないところだ。

アルベドとマーレの到着を待っている暇は無い。

何よりデミウルゴスを逃がしては意味が無いのだ。

 

それに警戒は必要だがデミウルゴスはシモベのほとんどをナザリックに置いてきている。

外に連れ出したのは一部の上級悪魔のみだ。

どれだけの罠があろうともほぼ全てのシモベを動員している自分ならば力で押し切れる。

そう判断する。

 

 

「皆、聞ケ! コレヨリ全軍ヲモッテ王都ヘ攻メ入ル! 確実ニデミウルゴスヲ撃破スルノダ! 邪魔ナ者ハ全テ排除セヨ! 全テ薙ギ払イ進ムノダ!」

 

 

そしてコキュートスの号令の元、王都を包囲していたシモベ達が一斉に侵攻する。

 

城門を破壊し、蟲の軍勢が王都へなだれ込む。

同時に人々の叫びが響き渡る。

 

まるでこれから始まる惨劇の合図のように。

 

 

 

 

 

 

コキュートスが王都へ侵攻するのとほぼ同じタイミングでマーレはアゼルリシア山脈に到着していた。

だがマーレは少々困惑していた。

 

 

「アルベドさんから聞いていた話と違う…」

 

 

すぐにアルベドへメッセージを繋げるマーレ。

だが繋がらない。

どうしていいかわからずマーレはただ茫然とする。

 

 

霜の竜(フロストドラゴン)霜の巨人(フロストジャイアント)などどこにもいなかったのだ。

 

シモベを散らし捜索するもアゼルリシア山脈のどこにもいない。

かつて何者かがいたような形跡はあるが今は何者もいない。

 

そしてそれが何を意味するかなどマーレには分かるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

王都に攻め入ると同時にコキュートスは不思議に思う。

多くの人間は逃げ惑うのにごく一部の人間のみが逃げずに自分達へ向かってくることに。

そしてその背に何か大きな荷物を背負っている。

 

 

「…? 殺セ」

 

 

コキュートスの命令でシモベがその人間を殺す。

何の抵抗もなくあっけなく死んだ人間に余計に疑問は大きくなる。

だがコキュートスは考えるのをやめた。

きっとこの事態に気でも触れたのだろうと思ったのだ。

 

弱者のことなど気にかける必要などないのだから。

 

だがこの時、各地でコキュートスのシモベ達に同じような事態が起こっていたとは知る由もない。

無数の人間がシモベ達によって返り討ちにあった。

だが誰も気にも留めない。

たかが人間のことなど気に留めるほうがおかしいのだから。

 

 

だがこの時、その人間達の死体に火が付いた。

遠くから炎の魔法が放たれたようだが意味がわからない。

人間の死体など焼いてどうするのだ、と。

 

だが違った。

燃やしたのはその人間が背負っていたもの。

中に入っていたのは黒粉。

それは八本指が王国に蔓延させた麻薬。

 

様々な摂取方法があるが最も一般的なのは火を付け吸うことだ。

火を付け煙を吸うことで生物は酩酊したような状態になる。

 

各地に散らばった人間の背負っていた黒粉全てに火がつけられ、コキュートスのシモベ達全員を覆う程の大量の黒い煙がたち込める。

だがそんなものがナザリックの者に通用するはずがない。

この程度の状態異常など無効化する以前の問題だ。

そもそもが効かないのだ。

 

 

「フン、デミウルゴスメ。コノ程度デ足止メデキルトデモ思ッテイルノカ」

 

 

コキュートス及び、シモベ達が煙を振り払い消し飛ばす。

 

だがその視線に先に先ほどまでいなかった者達の姿があった。

自分達の上空に漂う複数のドラゴン。

 

 

「!?」

 

 

デミウルゴスの部下ではない。

こんな者はいなかった。

そもそもナザリックのシモベですらない。

 

黒粉の煙によって一瞬視界を奪われたうちに現れた謎のドラゴン達。

 

 

コキュートスは一つミスを犯していた。

 

デミウルゴスが王都内にいるために注意を内にしか向けていなかったのだ。

だから外への注意が疎かになってしまっていた。

 

外から攻められることなど想定していなかったのだ。

罠は中にあるものだと決めつけていた。

 

まさか自分達のさらに外に伏兵がいるとは考えていなかった。

 

 

上空に漂うドラゴン。

それは霜の竜(フロストドラゴン)と呼ばれるアゼルリシア山脈の支配者だ。

そのドラゴン達がコキュートス達へ向かって一斉にブレスを吐く。

 

数は少なく、強さも大したことはない。

 

だがあまりに想定外だったのと、煙に気をとられたことで完全に一手遅れてしまっていた。

そのためコキュートスのシモベ達はまともに攻撃を喰らうことになる。

これにより下位のシモベ達に被害が出る。

とはいえ大したものではない。

上位の者はほぼ無傷。

中位の者でさえわずかに傷ついた程度である。

 

だがブレスは絶え間なく吐き続けられる。

大多数を占める下位のシモベの被害は増えていく。

戦闘では役に立たなくとも探索などの役目がある大事なシモベ達だ。

すぐにコキュートスが動き、近くにいた霜の竜(フロストドラゴン)を両断する。

各地でもすぐに反撃が始まり次々と霜の竜(フロストドラゴン)が倒れていく。

だが今度は地面に穴が開くと、そこから複数の巨人が姿を現した。

それは霜の巨人(フロストジャイアント)

霜の竜(フロストドラゴン)と並びアゼルリシア山脈を支配する者達。

霜の巨人(フロストジャイアント)達は手に持った武器で近くにいる者たちへ攻撃を仕掛ける。

ここでも一手遅れ、コキュートスのシモベ達は攻撃を受けることになる。

だが先ほどと同様の理由で致命傷にはならない。

しかし先ほどと違い、近距離に現れた為、コキュートスのシモベ達の間で味方への誤爆が多数発生した。

微妙な被害を出しつつも殲滅はすぐに完了した。

 

だが今度はその地面の穴から数え切れない無数の獣たちがはい出てきた。

それはクアゴアと呼ばれる種族だ。

総数は8万にものぼる。

その数でもってコキュートス達へと襲いかかる。

全員あっけなく返り討ちに遭うがキリがない。

業を煮やしたコキュートスが一気に吹き飛ばそうと大技の構えに入る。

 

その時だった。

もはや誰も上空など見ていない間にデミウルゴス及び、その配下の三魔将、なぜか五体欠けている十二宮の悪魔が散らばって存在していた。

すでに彼等は全員、大技の発動に入っていた。

ここまでの全てが囮に過ぎなかったのだ。

コキュートスを含め、全員が目の前の雑魚に気を取られている間にデミウルゴス達は動いていたのだ。

 

 

「悪魔の諸相:触腕の翼!」

 

 

デミウルゴスが巨大化させた翼から鋭利な羽を撃ち出す。

それがコキュートスのシモベ達を次々と貫いていく。

加えて次の瞬間には三魔将が強烈な範囲魔法を放つ。

十二宮の悪魔達も獄炎の魔法でコキュートスのシモベ達を焼き尽くしていく。

 

だがそれを放つと同時にデミウルゴス達はすぐに次の行動に移る。

コキュートス達がその身に攻撃を受けている間に姿を消したのだ。

コキュートスも技の発動に入るタイミングだった為に行動が遅れ、デミウルゴスを逃してしまう。

 

 

「グゥゥゥゥ! 待テェ! デミウルゴスゥ!」

 

 

逃げるデミウルゴスへ向かってコキュートスの叫びが響き渡る。

だがそれが届く頃にはもうデミウルゴス達の気配は消えていた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、とりあえず第一段階は成功ですね」

 

 

デミウルゴスは傍に控えるシモベ達へ語り掛ける。

 

 

「しかし上手くいきましたねデミウルゴス様、私のスキルで隠蔽していたとはいえ本当に霜の竜(フロストドラゴン)達が気づかれずにあそこまで近づけるとは」

 

「ええ、あれには少々私も驚きましたよ。予定ではブレスを放つ頃には半分はやられると踏んでいたのですが…。コキュートスは少し猪突猛進過ぎますね、機会があれば教えてあげましょう。少しは周りを見ることも覚えて貰わないと。しかし捨て駒とはいえ、皆中々役に立ってくれましたね。おかげでそこそこの損害は与えられたでしょう」

 

 

デミウルゴスは部下達と談笑するように話す。

 

 

「さて、問題はここからです。ここからは全員でまとまって行動します。コキュートスのシモベは各地に散っているので遠くから順番に潰していきます。そして最後、コキュートスと対峙する時になったら…」

 

 

そう言ってデミウルゴスが三魔将と十二宮の悪魔に視線を向ける。

 

 

「ええ、分かっています。コキュートス様と対峙する直前に私達はデミウルゴス様を残し王都の外まで離脱、それでいいんですね?」

 

「その通りです。さぁ始めましょう! 全ては至高の御方の為に!」

 

「「「至高の御方の為に!」」」

 

 

悪魔達が再び動き出す。

 

 

 

 

死の宝珠は突如巻き起こった戦いに目を見開いていた。

なんという数、なんという規模、なんという威力。

全てが彼の常識を逸脱していた。

そう、まるでエ・ランテルで見た神のように。

それは彼を誘う甘い蜜だった。

 

あっという間に数え切れない程の死者が出た。

それはこの都市の住民ではなく突如現れたモンスター達によるものだが死には違いない。

溢れかえる死の香り。

濃厚な死の気配。

それは死の宝珠を魅了するには十分だった。

自分が撒き散らそうとした死など足元にも及ばない強烈な死。

 

ゆえに死の宝珠は蒼の薔薇へ伝言を伝えるという役目を忘れ、引き寄せられていく。

死へと、さらなる死へと。

 

 

 

 

 

 

「くそっ! 一体何が起きたってんだ!?」

 

「強大な気配」

 

「王都中に感じる」

 

「イビルアイ、貴方は何か知らない?」

 

「わからん…。だがこれはヤバイぞ…。かつて魔神と戦った時でさえここまででは無かった…! それにここにいるだけでも数え切れない程の強者の気配を感じる…! もはやどれだけの規模なのか想像もつかん…! お、おい待て! どこに行くガガーラン!」

 

 

いつの間にか完全武装で外へ飛び出そうとしているガガーラン。

 

 

「ケッ! 何者か知らねぇけど敵がいるなら戦うしかねぇだろ!」

 

「正気か!? 殺されるぞ!」

 

「馬鹿野郎! 勝てないからって尻尾撒いて逃げるわけにいくかよ! それに最低でも市民の避難くらいはしなきゃなんねぇだろうが!」

 

「そ、そうね、ガガーランの言う通りだわ…。市民を早く逃がさないとどれだけの死者が出るかわからない…」

 

「これはリーダーに賛成」

 

「同じく」

 

「お前ら…、このままじゃ全員死ぬかもしれないんだぞ…?」

 

 

イビルアイの問いに答えるまでもなく全員の表情が物語っていた。

逃げるわけがないだろ、と。

 

彼女達は正義の味方だ。

どんな絶望的な状況であろうとも決して逃げ出したりしない。

正義の為に最後まで戦うだけだ。

 

 

「どうした? 怖いのかイビルアイ」

 

「おチビちゃん」

 

「ひんぬー」

 

「うるさいぞ!」

 

 

便乗して悪口を言ったティアとティナにげんこつを入れるイビルアイ。

 

そうだ。

こういう奴等だから一緒のチームを組んでるんだ。

リグリットのババアのせいでチームに入ることになったが今はそれで良かったと思っている。

こいつらといるのが楽しくて、心底誇らしい。

人々の役に立つのが嬉しくてしょうがない。

 

こんなにも充実した人生を送って来れたのだ。

最後を汚したくない。

美しいなら美しいままで。

そうだ、それが私達だ。

 

アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇だ。

 

逃げも隠れもしない。

 

 

「ふん、軽口ばかり叩きやがって。ほら行くぞ!」

 

 

そうしてイビルアイを先頭に蒼の薔薇が動く。

 

 

「はっはぁ! 流石イビルアイ! そうでなくちゃぁな!」

 

「人助け」

 

「頑張る」

 

「ええ、行きましょう!」

 

 

彼女達は足を踏み入れる。

魔境へと。

 

 

 

 

 

 

丘の上でラナーは花火を見るように目を輝かせていた。

 

ああ、凄い。

 

ラナーの背筋をゾクゾクとしたものが走る。

これから王国の崩壊が始まるのだ。

全てが終わり、始まる。

 

これまで自分を縛り付けていたものが消え去り、自由になる。

もう何も自分とクライムを邪魔するものは無い。

 

ああ、なんて素晴らしいのだと感動に身を震わせる。

 

早く来て。

早く滅ぼして。

早く消し飛ばして。

そうしてやっと私はクライムと一つになれる。

 

頬を染め、恍惚の表情で王国の惨状を見下ろすラナー。

 

邪悪に染まっていてもその顔は黄金の名に相応しく美しかった。

 

 

 

 

 

 

「ガァアアアアア!!!」

 

 

吠えるコキュートス。

 

 

「落ち着いて下さいコキュートス様!」

 

「落チ着ケルカ! クソッ! デミウルゴスヲミスミス取リ逃ストハ…!」

 

 

デミウルゴスにしてやられたことに激高するコキュートス。

こういう時のデミウルゴスは厄介だ。

どういう行動に出るかは分からないが最悪逃してしまう可能性も十分にある。

だがそんなことはさせるわけにはいかない。

 

至高の御方から力を授かったのはデミウルゴスだけではないのだから。

 

その名に恥じぬ戦いをせねばならない。

 

 

そしてコキュートスは一つのスキルを発動させる。

 

 

それは王都全域を囲う氷の壁。

その名を「クレタの涙」。

氷そのものにダメージを与える効果は無いが、単純に障害物としての効果がある。

天高くまで聳える氷の前ではデミウルゴスも簡単には逃げられない。

加えてこのスキルにより氷系のモンスターには多くのバフがかかる。

 

 

「待ッテイロ、デミウルゴス…!」

 

 

デミウルゴスに先制されたとはいえ、まだまだ戦力比ではコキュートスに分がある。

まともに戦えばいくら奇策を用いようともコキュートスの勝率は高い。

もちろんそれはデミウルゴスも承知している。

作戦はあるが完璧ではない。

戦いの行方はデミウルゴスさえも完全には読めずにいる。

どちらに転んでもおかしくないのだ。

 

 

そして「クレタの涙」発動直前にギリギリ王都に滑り込んだ五人組がいるが、この時点では誰も気づいていない。

 

 

王都全域を巻き込んだ戦いが始まる。




次回『至高なる存在』デミウルゴスまさかの大失態。


フロドラ「捨て駒にされたンゴ」
フロジャ「返り討ちにあったンゴ」
クアゴア「絶滅してしまうンゴ」
蒼の薔薇「正義の味方頑張るぞい」
コキュ「デミウルゴス絶対殺すマン」
デミ「奇襲成功」
ルベド&フォーサイト「滑り込みセーフ」


年末年始で間が空いてしまいました…。
もうちょっと早いペースで投稿したかったのですがなかなか時間がとれず…。
しかも三月まで仕事が忙しくなるので投稿が不定期になりそうです…。

なんとか頑張りますので生暖かく見守ってやってください。


それと「クレタの涙」は完全に捏造です。
コキュートス版「ゲヘナの炎」だと思って下さい。

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