オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!



名犬ポチ、竜王国完全掌握。


善なる魔王と愉快な仲間達

「な、なんて戦いなんだ…」

 

 

真なる竜王や神人などを除けば、この世界で最高レベルの強さを誇るイビルアイ。

そんな彼女からしてもその戦いは規格外であった。

吸血鬼の動体視力をもってしても目で追うことすらできない。

 

魔王と覇王。

 

両者が空中でぶつかったと思わしき直後、巨大な衝撃波が発生する。

轟音、そして巻き起こる突風。

そのまま何度も連続して衝撃波が周囲で発生し続ける。

周囲の建物が崩れ、瓦礫が飛び散る。

 

 

あまりの凄まじい風圧に近くにいたティアとティナが吹き飛ばされそうになる。

だが咄嗟に、地面にウォーピックを刺して耐えているガガーランにしがみつき事なきをえる。

 

 

「ぐぅおっ!?」

 

 

自分一人耐えるだけでも必死なのにも関わらず、急に二人分の重さがのしかかりバランスを崩しかけるガガーラン。

しかし気合でなんとか持ちこたえる。

 

 

「さすが重量級、ハンパない安定感」

 

「胸じゃなくて大胸筋は伊達じゃない」

 

「ふざけたこと抜かすな! テメーの足でしっかり耐えろ! 人様に迷惑かけんじゃねぇ!」

 

「固いこと言う」

 

「言葉は体を表す」

 

「くっ、後で覚えてろよ…! しかしこりゃやべぇぞ! このままじゃ王都が無くなっちまう…!」

 

「ガガーラン止めてきて」

 

「大丈夫、固いからいける」

 

「ちょっとティア! ティナ! ふざけてる場合じゃないわよ!」

 

 

この状況で悪ふざけを言う二人にさすがのラキュースも檄を飛ばす。

 

 

「お! さすがリーダー! もっと言ってやってくれ!」

 

 

横から入ったラキュースの助けに感謝するガガーラン、しかし。

 

 

「静かにしてくれないとあの人の台詞が聞こえないじゃない!」

 

「え…?」

 

「あースイッチ入ってる」

 

「リーダーああいうのに弱いから」

 

 

彼女達の上空では魔王と覇王が戦いながら言葉を飛ばしていた。

 

 

「これ以上の横暴は私が許しません! この身に代えてでも貴方を止め、この国を守ってみせる!」

 

「ナ、何ヲ言ッテイル!? 気デモ狂ッタカ!?」

 

 

動揺しながらも強烈な一閃を放つコキュートス。

それを紙一重で避けるデミウルゴス、そのまま攻撃に転じようとするがコキュートスの次なる一撃にそれを阻まれ距離を取る。

 

 

「気でも狂ったか、ですか。ええ、そうかもしれませんね。人を愛し、助けようとするその行為が悪魔として狂っていると言うならばね! そして私は狂っていていい! この手で苦しむ人々を助けられるならばどんなことにだって耐えてみせる! 抗ってみせる! 何を言われたって構わない…!」

 

 

謎の迫力を放つデミウルゴスに狼狽するコキュートス。

その隙を逃さず懐に潜り込むことに成功しデミウルゴスが拳を打ち込む。

コキュートスが吹き飛ぶがダメージはろくに入っていない。

 

 

「グゥ…!? ダ、ダガ狂ッテシマッタカラト言ッテ至高ノ御方ヘノ反逆ナド許サレルハズガナイ! オ前ハココデ処分スル!」

 

「反逆などしていませんよ! 至高の御方の為に私は動いているのですから!」

 

「ヌカセ!」

 

 

コキュートスが手に持つ武器で袈裟懸けに斬りかかるが横に避けるデミウルゴス。

しかし瞬時に切っ先を動かし、横に薙ぎ払い追撃するコキュートス。

 

 

「くっ…!」

 

「取ッタ!」

 

 

回避が間に合わないと判断し、両手を体の前で交差させ防御の体勢に入るデミウルゴス。

しかし攻撃が届くその直前。

 

 

「悪魔の諸相:おぞましき肉体強化!」

 

 

瞬く間にデミウルゴスの体が変化する。

体全体が巨大化し肌の色も変わり禍々しい体へ変身する。

まさに悪魔といった風貌。

 

直撃するコキュートスの一撃。

しかし防御力が上がったおかげか致命傷に至らずに防御することに成功する。

 

 

「ホウ、ヤット本気ヲ出シタカ…。ソウデナクテハツマラン。ヤハリ本気ノオ前ヲ倒シテコソ…」

 

「言われずともわかっていますとも! この姿が人々に受け入れられないことぐらい! だが! それでも! どれだけ後ろ指を指されたって構わない! 私は正義のために戦う!」

 

「エッ」

 

「愛を知り! 正義を愛し! 信念を貫くために私は戦うのです! どれだけ醜いと揶揄されようとこの意思だけは誰にも変えられない! 汚せない!」

 

「イヤ、アノ…」

 

「人に害を為すのが悪魔!? ええ、そうかもしれません! だが、だからと言って全ての悪魔が必ずしも害を為しながら生きなければならないといった決まりなどないはずだ!」

 

「デ、デミウル…」

 

「私はもう逃げないと誓った! 悪魔の運命に逆らうことで終焉に飲み込まれることになろうとも!」

 

 

そんな会話をしながらもデミウルゴスとコキュートスの激しい攻防は続く。

 

わずかに距離が開いた際に牽制で追尾する斬撃を放つコキュートス。

あくまで牽制であり、当てるつもりもなければ当たる筈もない一撃。

だがデミウルゴスは完全な回避をせずにフラフラと追尾されるままに距離をとる。

 

頭に疑問符が浮かぶコキュートスはそのまま見ているしかできなかった。

 

そしてデミウルゴスは蒼の薔薇の五人がいる目の前まで行き、なぜか彼女達の壁になった。

 

 

「ぐあああああっ!!!」

 

 

蒼の薔薇を庇うように追尾する一撃を背中で受けるデミウルゴス。

デミウルゴスの後ろにいた蒼の薔薇は無事に済んだが彼女達の周囲には大きなクレーターが出来ていた。

彼女達のいる場所だけを残し、周囲の地面が深く抉られている。

それだけでその一撃の破壊力が理解できる。

 

 

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 

 

ラキュースがデミウルゴスへと駆け寄り声をかける。

目の前で繰り広げられたことに頭がついていかずとも何が起こったかは蒼の薔薇の全員が認識していた。

自分達のほうへ放たれた一撃から守る為にこの悪魔は身を挺して庇ってくれたのだと。

 

 

「ええ、もちろん。み、皆さんこそ大丈夫ですか…?」

 

「は、はい。貴方のおかげで…。あっ! それよりも酷い傷です! すぐに手当てしないと…」

 

「ふふ…」

 

「な、何を笑っているのですか…?」

 

 

目の前で笑う悪魔に問うラキュース。

 

 

「いえ、貴方は私の姿を見ても怖がらないのだなと思って。いつも人間にはこの姿だけで疎まれてきましたから…」

 

「こ、怖くないと言えば嘘になります…。で、でも! 貴方の正義を愛する心は私に伝わりました! それに見ず知らずの人々を助けてくれるような優しき方を邪険に扱うことは私にはできません!」

 

 

悲しい瞳をした悪魔にラキュースが高らかに言う。

その言葉で憑き物でも落ちたかのように悪魔が微笑む。

 

 

「嘘でもそう言って頂けると嬉しいですよ」

 

「う、嘘なんかじゃ…!」

 

「それよりも早く逃げて下さい、私が奴を抑えている隙に。さぁ早く!」

 

「で、でもそれでは貴方が…!」

 

「私のことはいいのです! それよりも貴方達には役目があるのではないですか!? まだ各地には逃げ惑っている人々がいるはずです! その恰好を見るに貴方方は冒険者でしょう!? 冒険者は民を助けるために存在するのではないのですか!?」

 

 

ラキュースの目を見つめ強く言い放つ悪魔。

何も言い返せないラキュース。

そんなラキュースの手をイビルアイが横から引っ張る。

 

 

「悔しいがここは甘えさせてもらうしかない! 我々がいても何にもならん! むしろ今のように足を引っ張るだけだ! 行くぞグズグズするなラキュース!」

 

「理解が早くて助かります、さあ早く」

 

「で、でも…」

 

 

誰かを見捨てて逃げる。

自分がいても何も変わらないと理解できてもラキュースにはそれができない。

しかしそれを見透かしたように悪魔が言う。

 

 

「貴方は優しいのですね」

 

「えっ…」

 

「でもね、何も気にすることなどありませんよ。私など助ける価値も無いただの罪深い悪魔なのですから…」

 

「な、何を…」

 

 

目の前の悪魔が蒼の薔薇に背を向け立ち上がる。

 

 

「私の手は血塗られ、この身には呪いが渦巻き、心は醜く爛れている…。ですから、少しでも抗いたいのです。人を助ければ、誰かが笑ってくれれば…。この忌まわしき運命から逃れられるんじゃないかとね…」

 

「あああっ…!」

 

 

ラキュースは自身の心の奥で何かが沸き立つのを感じる。

 

 

「さぁ早く行って下さい、そして出来るだけ遠くへ…。この体に封印されし力を解き放たないとあれには勝てなそうなのでね…。闇の炎に人の身では耐えられない…!」

 

「ああぁーっ!」

 

 

頬が紅潮し熱に浮かされるラキュース。

そのまま腰が砕け倒れ込む。

 

 

「はぁっ…、はぁっ…」

 

「おいどうした!? くっ、仕方ない! ガガーラン、ラキュースを抱えろ!」

 

「クソッ! 肝心な時に世話の焼けるリーダーだぜ!」

 

 

ガガーランがラキュースを持ち上げるとそのまま走り出す蒼の薔薇。

 

 

「炎の盟約に従い顕現せよ! 《ヘルファイヤーウォール/極炎の壁》!」

 

 

そう唱えると、悪魔と蒼の薔薇との間に両者を分かつように炎の壁が生まれる。

まるで蒼の薔薇が無事に逃げられるようにと。

 

 

「んああーっ! お、お名前をっ! お名前を教えて下さい!」

 

 

ガガーランに抱えられながらラキュースが力の限り炎の向こうへと届くように叫ぶ。

 

 

「デミウルゴス…、炎獄の造物主と呼ばれたこともありましたね」

 

「ほぉああああーっ! ど、どうかどうかご無事でデミウルゴス殿!」

 

「ええ、貴方も。世界が望むなら…、また会えるでしょう」

 

「ひゃああああああ!!!」

 

 

白目を向いて失神するラキュース。

抱えていたガガーランがその変化にわけもわからず驚く。

 

 

「な、なんだってんだ…! まさかキリネイラムの影響か!?」

 

「ふむ、ありえん話ではないな…。強大な魔の力に共鳴したのかもしれん…!」

 

 

等と心配する仲間を他所にラキュースの表情は緩んでいた。

蒼の薔薇の誰の耳に入ることも無いほど小さい声で意識も無いままポツリと呟く。

 

 

「がんばれ、でみうるごすさま…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「行きましたか…」

 

 

蒼の薔薇がこの場から去ったことを確認し一息つくデミウルゴス。

先ほどの変身も解け、いつもの姿に戻っている。

 

 

「まぁファーストインプレッションは悪くなかったのではないでしょうか…。王女には感謝しないといけませんね」

 

「オイ、デミウルゴス」

 

 

一息ついたところへコキュートスが再び声をかける。

 

 

「何カ悩ミデモアルノカ…? 私デ良ケレバ聞クゾ…?」

 

 

裏切者とはいえ同僚の痛ましい姿に思わず情が出てしまうコキュートス。

 

 

「ハハハ、私は大丈夫ですよ、今後活動しやすいように現地の者と信頼関係を構築しようと思っただけです」

 

「信頼関係ダト? ウーム…」

 

「どうかしましたか?」

 

「イヤナ、私ノ見立テデハソレ以上ノ所マデ進ンダヨウニ思エタノダガ…」

 

「ハハハ、そんなわけないでしょう。冗談が上手いですねコキュートスは」

 

「ソウナノカ…? ウーム、人ノ心トハ難シイナ…」

 

「まぁ面白い方達であったのは認めますよ」

 

 

一通りの冗談を言い終えた後で、コキュートスが再び武器を構えなおす。

形容しがたい殺気がその身体から放たれる。

 

 

「サテ、変ナ空気ニナッテシマッタガ…。オ前ヲ倒スコトニハ変ワリナイ。覚悟シロ」

 

「やはりどうしても戦わねばなりませんか? 少しは私の話を聞いてからでも…」

 

「断ル! ドウセオ前ノ口車ニ乗セラレルダケダカラナ!」

 

 

その言葉と同時にコキュートスが踏み込む。

 

 

「そうですか、残念です」

 

 

デミウルゴスが指をパチンと鳴らす。

それが合図だったかのように、遥か上空からコキュートスに魔法が放たれる。

 

 

「《ヴァーミリオンノヴァ/朱の新星》!」

 

「グオォォォォオオオ!!!」

 

 

紅蓮の炎がコキュートスの体を包む。

突然のことに直撃を許し、痛みにもがくコキュートス。

 

いつの間にか待機していた憤怒の魔将(イビルロード・ラース)による魔法攻撃。

炎の最上位に位置するこの魔法。

いくらレベル差があろうとも弱点属性の高位魔法を喰らえばダメージは通る。

 

 

「グゥ…、卑怯ナ…! 正々堂々ト戦エ!」

 

 

体中から黒い煙が立ち上り、プスプスといった音が聞こえる。

 

 

「卑怯? それはこちらの台詞ですよ。一対一で貴方と戦えば私の勝機は0です。それは貴方とて承知でしょう? 確実に負けると知っていてなお、私に一対一で戦えと言うのですか? 敗北しかない戦いに応じろと? そちらのほうがある意味、卑怯とも言えませんか?」

 

「ウ、ヌゥ…。言ワレテミレバ…。シ、シカシイツノ間ニ…」

 

「私があの人間達を庇った時あたりからです、私の行動に動揺し警戒が疎かになってくれたのは思わぬ誤算でした。しかしまぁ納得して頂けたようで嬉しいですよ。貴方とは私の最高位の配下を連れてやっと戦いになるかといったところですかね」

 

「フン、好キニシロ…! 部下ゴト斬リ裂イテクレル!」

 

 

コキュートスがそう言い放ち、攻撃を仕掛けようとした瞬間。

 

 

王都全域に届くような轟音が鳴り響いた。

 

 

「な、何事ですかっ!?」

 

「一体何ガ起キタ!?」

 

 

デミウルゴスもコキュートスも予想しない事態に周囲を見渡す。

 

二人の視線はすぐにその轟音の正体を捉えた。

 

 

コキュートスによる王都全域を囲む「クレタの涙」。

解除方法はいくつもあり、炎属性の魔法があれば溶かすことも十分に可能だ。

だが物理耐性が高く、正面からの破壊は難しい。

はずなのだが。

 

視線の先で、巨大な氷の壁の一部がここからでも確認できるほど歪に凹む。

そこから瞬く間に亀裂が走る。

そして再び、王都全域に届くような轟音が鳴り響いたかと思うと先ほど凹んだ箇所が吹き飛び巨大な穴が開く。

穴が開いたと同時に「クレタの涙」全体が崩れ始める。

密室を破られた時点で「クレタの涙」はその意味を無くす。

王都を囲む巨大な氷の壁はあっけなく崩れ去った。

 

 

「バ、馬鹿ナッ!? ダ、誰ガヤッタ!? 力業デ破ルナド私ヤセバスデモ難シイトイウノニ…!」

 

 

不意に出たコキュートスの嘆き。

それをデミウルゴスは聞き逃さない。

この不測の事態がどういうものか瞬時に考えを巡らす。

 

まずこの事態をコキュートスは知らない。

加えてこれはコキュートスにとってはデメリットしかない。

せっかく追い詰めた自分を逃がしてしまう可能性があるのだから。

ならばコキュートス、しいてはアルベドによるものではありえない。

そして先ほどの言を信じるならばコキュートス、セバスの両名ですら難しいと言わしめる物を難なく破壊したのは一体誰なのか?

現地の者はありえない。

そんな強力な者の情報を入手し損ねる程の愚を犯したつもりはない。

考えにくいが消去法でいくとナザリックの手の者しかいない。

単純にその両名を凌駕する者として最初に上がるのはガルガンチュア。

しかしあの巨体ならばここからでも難なく視認できるはずだ。

そうなると残る一つ。

詳しくは知らない為、可能性というだけになってしまうが。

ルベド。

個としてなら至高の御方を含め、ナザリックでも最強と言わしめるとの話をかつて聞いたことがある。

もし本当ならアルベドならそんな物を手元から決して離さないはずだ。

ならばなぜ。

単純にコントロールできないのか。

 

あるいは不測の事態が起きたか。

 

 

この間、わずかコンマ一秒。

コキュートスの前では致命的とも言える隙ではあったがデミウルゴスを思考の海から呼び戻したのはコキュートスの叫びだった。

 

 

「ドウイウコトダアルベドッ!? スグニ撤退セヨトハ一体!?」

 

 

怒りを露わにし怒鳴るコキュートス。

その姿からアルベドとメッセージの魔法が繋がっていることがわかる。

 

 

「フザケルナッ! デミウルゴスヲアト一歩ノトコロマデ追イ込ンダトイウノニ! 何ッ!? 意味ガワカランゾ! ナゼデミウルゴスヲ殺セバ全滅スル可能性ガアルノダ!」

 

 

その後もアルベドと口論が続くコキュートス。

しばらくしてやっとコキュートスが折れる。

 

 

「クソッ…! ワカッタ撤退スル。了解シタ、ソコデ落チ合エバイイノダナ?」

 

 

アルベドとのメッセージを終えたコキュートスがデミウルゴスを睨みつける。

 

 

「命令ダ、撤退サセテモラウ。ダガ覚エテイロ、デミウルゴス。オ前ハ私ガ斬ル」

 

「ええ、楽しみにしていますよ」

 

 

そう告げるとコキュートスが姿を消す。

 

 

「デ、デミウルゴス様、一体どういうことでしょうか? なぜコキュートス様は撤退を?」

 

 

デミウルゴスへ横にいた憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が問いかける。

 

 

「なんとか間に合った、というところでしょうか。アルベドも気づいたということですよ」

 

「は、はぁ…」

 

 

よく分からないものの返事を返す憤怒の魔将(イビルロード・ラース)

 

 

「さて、やっと自由になれたのです。私達も動きますよ、掃討戦です。私達の存在をしっかりとアピールさせてもらいましょう」

 

 

デミウルゴスはそう言うとメッセージのスクロールを取り出す。

相手は嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)

 

 

『デミウルゴス様、どうされましたか?』

 

「状況が変わりました。クレタの涙が壊されることは想定外でしたが思わぬ僥倖でもあります。貴方のいる位置はラナー王女が避難している場所に近いですね? すぐに王女の元へ行き協力を仰ぎましょう。彼女を旗印に祭り上げます。ああ、言っておきますが横にいる少年の前では失言は厳禁ですよ。時が来た、そう伝えて下さい。貴方はその後ラナー王女の護衛を。絶対に死なせてはなりませんよ? ああ、もちろん横にいる少年もね」

 

『りょ、了解しました! すぐにっ!』

 

 

嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)との通話を終えると空へと飛び立つデミウルゴス。

 

 

「さて、状況はわかりませんがルベドに会いにいくとしましょうか。果たして吉と出るか凶と出るか…フフフ…」

 

 

次々と計算外のことが巻き起こる。

だがそれも悪くない。

場が混沌とすれば混沌とするほど。

かき回す楽しみが生まれるというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

王都を見下ろせる丘の上にいるラナーとクライム。

 

 

二人は目の前に広がる王都を覆う巨大な氷が突如として崩れ去る瞬間を目撃していた。

 

 

「なんと、いうことでしょう…!」

 

「い、一体何が!? こ、ここは危険です、すぐに逃げましょう!」

 

 

クライムが唖然とするラナーを必死で逃がそうとする。

だがラナーは動かない。

 

 

(どういうこと…? 計画と違うわ。本当ならそろそろ王都が吹き飛んでいてもおかしくないはずなのに…。何か不測の事態があった…? あの悪魔が読み違うような…? マズイわね…。あの悪魔を出し抜ける者がいるとすれば私も読み勝つ自信は無い…。駄目ね、情報が足りなさすぎる…。このままじゃ後手にまわらざるを得ないわ…)

 

 

そんな二人の元へ一匹の悪魔が飛来する。

 

黒い革で出来たボンテージファッションに身を包んだ女の体に黒いカラスの頭を持つ悪魔。

嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)である。

 

 

「ここにいましたか、ラナー王女」

 

 

その言葉にラナーの顔が不機嫌に歪む。

ラナーは知っている。

目の前の悪魔はあの悪魔の部下だ。

だがクライムのことは説明してあり、彼の前では一切姿を表さないという取り決めをしてあった。

なのになぜ部下をよこす。

ここは無関係と断じ、白を切るべきか?

 

 

「は、離れろ悪魔めっ! ラ、ラナー様は下がって下さいっ!」

 

 

クライムが震えながらラナーの前へと出る。

それを見たラナーは可愛いな、と思った。

目の前にいるあり得ない程に強大な敵。

臆しはしても逃げはしない。

それどころか必死に自分を守ろうと壁になっている。

愛おしい。

今すぐクライムを滅茶苦茶に抱きしめてあげたい。

ああ、でもダメ。

クライムの望むラナーはそんなことをしないのだから。

 

 

「…何用ですか?」

 

 

目の前の悪魔へと問いかけるラナー。

とりあえず話を聞いてみないことには始まらない。

 

 

「デミウルゴス様から伝言があります、時が来た、と。我々の仲間がなんとか敵勢を押しとどめ民達を逃がしています。しかし、民達の混乱は計り知れません。我々では誘導しようにも限界があります」

 

 

ラナーの目が見開く。

彼女の頭脳はすぐに計算を始める。

言葉の意図、悪魔が何を望むのか、そしてこの現状。

 

当初の計画とは180°変わり、なぜか悪魔達は民を助ける流れにシフトしている。

原因はわからないが何かそうせざるを得ない事態があったのだろう。

問題はそこではない。

悪魔が私を使って何をしたいか、だ。

あの悪魔は時が来たと言った。

クライムの手前、オブラートに包んでいるだろうからその意を汲まねばなるまい。

とはいえ私にできることは余りにも少ない。

逆に言うならば、私に出来ることは何だ?

あの悪魔に出来なくて私に出来る事。

あの悪魔に無くて私にある物。

あの悪魔と私の違い。

 

私が人間で、この国の王女であること。

 

もしあの悪魔が民達を本当に助けようとしているなら、なるほど。

私の存在は十分に有用だ。

 

そしてさらに、クライムの前にその姿を晒したことにも意味があるはずだ。

導き出される結論は。

 

 

「フフフッ…」

 

 

ラナーから笑いが零れる。

思わずクライムが振り返るが表情は髪に隠れておりうかがい知れない。

だからクライムは気づかない。

ラナーの笑みがどういうものかに。

 

 

「わかりました、行きましょう。私が直接民達を先導します。それでいいのでしょう?」

 

「ラ、ラナー様何をっ!? 危険ですっ! 悪魔の言うことなどっ!」

 

 

狼狽するクライムに優しくラナーは語り掛ける。

 

 

「ごめんなさいクライム。貴方に言っていなかったことを謝ります。この者は味方です。実はこの国を襲う者がいるとの情報を知らせてくれたのは彼等なのです」

 

「な、何をラナー様…」

 

「彼らは人ではありませんが我々の味方です。ただ、民達がそれを知っているわけではありません。私が直接逃げ惑う人たちを導き説得します」

 

「…! な、あ…!」

 

 

クライムは現状に頭がついていかない。

 

目の前に恐ろしい程の悪魔がいる。

王国戦士長ですら手も足も出ないだろう。

だがそれが味方?

なぜラナー様と?

 

様々な疑問が頭を駆け巡るが答えは出ない。

 

 

「ごめんなさい、混乱させると思って黙っていたのだけれどかえって良くなかったようね。でも今は詳しく説明している暇はありません。すぐに王都に入り民達を助けないと」

 

「なっ! 危険です! あそこではまだ戦いが! ラナー様が行くなど反対です!」

 

「クライムは私にここで混乱する民をただ見ていろ、と?」

 

「ぐっ、いや、しかしですね…! それは貴方の仕事ではありません!」

 

 

必死にラナーを止めようとするクライム。

 

 

「でも今民達を導けるのは私だけ、そうでしょう?」

 

 

目の前の悪魔へと問いかけるラナー。

 

 

「そうです。主要な貴族のほとんどがすでに死亡が確認されています」

 

「なっ!? 貴族達が!? なぜ!?」

 

 

悪魔の言葉にクライムが驚く。

 

 

「最初に襲撃があった際、我先にと逃げ出そうとした結果、そのことごとくが皆殺しにされました」

 

「な、なんてことだ…」

 

 

これは事実である。

人間の抹殺が目的ではなかったコキュートスの部隊といえど外へと逃げようとする者達を捨て置くはずが無い。

もし王都に残り、民達を守るという義務を果たしていれば死なずに済んだのに。

 

 

「王族や国の兵たちもこの混乱で指揮統制が乱れ、まともに機能していません。我々が行っても余計に混乱を招くだけでしょう」

 

 

やっとクライムにもわかってきた。

少なくとも、今この混乱を収めることができる人物はラナーしかいない。

 

 

「し、しかし…」

 

「ねぇクライム。貴方は私の騎士でしょう?」

 

「は、はい…」

 

「私は民を救いたい…。無茶なのは分かっています…。でも、どうかお願い、貴方にも無理をさせてしまうのはわかっています。でも民達を救うために私を支えて下さい」

 

「…っ!」

 

 

ラナーの目は強く真っすぐだ。

止められない、そうクライムは思う。

どこまでも慈悲深い自分の主。

そうだ。

最初からわかっていた。

そんな人だから、自分は忠誠を誓ったのだ。

 

 

「わ、わかりました! しかし約束はして下さい! 決して無理はしないと!」

 

「ええ、では行きましょう」

 

 

ラナーは思う。

なんとか悪魔が味方だということは有耶無耶のうちに納得させたものの、後で説明する際にしっかりとしたストーリーは必要だろう。

まあそれはあの悪魔に考えさせよう、そう思う。

 

しかしラナーは初めてかもしれない。

 

結末が全く見えないギャンブルに身を投じたのは。

情報が足りなさ過ぎてもはや運に賭けるしかない。

ただ、あの悪魔が乗れと言ってきた賭けだ。

十分に張る価値はある。

たとえそのチップが自分の命だとしても。

 

 

(生か死か…。貴方ならば何かしらの勝算があるのでしょう? 期待していますよ、悪魔さん…)

 

 

嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)に連れられ、ラナーとクライムは王都へと向かう。

未だ戦いが繰り広げられている真っ只中に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわぁーっ!」

 

 

一体の蟲が叫び声を上げ、その場から逃げ出す。

本来ならば一体で国一つ消し飛ばせる実力者だ、だが。

 

 

「逃がさない、<五芒星の呪縛>」

 

 

その言葉と共に蟲の体が突如地面へと押しつぶされる。

地面にめり込み身動きの取れなくなった蟲の元へ少女が歩いていく。

そして一撃。

その衝撃で蟲は絶命し、地面に亀裂が走る。

 

周囲には数え切れない程の死体の山。

それらは全てコキュートス配下の者だ。

最高位である雪女郎(フロストヴァージン)でさえ複数の死体が無残に転がっている。

 

中心にいるのは先ほどの華奢な少女。

全身は返り血で赤く染まっている。

 

 

「ひぇぇ…、き、君は一体何者だい? あ、あれだけの数を信じられない…!」

 

 

物陰から巨体を覗かせヘジンマールが言う。

 

 

「……」

 

 

少女は答えない。

だが。

 

 

「私も聞きたいですね」

 

 

どこからか声が聞こえた。

ヘジンマールは知っている。

その声の主を。

自分達を、力でねじ伏せたあの悪魔だ。

恐怖に身が竦み、上を見上げる。

 

予想通りと言うべきか。

あの悪魔がこちらを見下ろしていた。

 

 

「初めまして、ルベド」

 

「…初めまして、第七階層守護者デミウルゴス」

 

 

耳障りの良い優し気な声で悪魔が挨拶する。

少女も律儀に挨拶を返す。

 

 

「貴方のことはよく知らないのですが自動人形(オートマトン)だと聞いています。ですがそれはおかしいですねぇ。貴方が今使ったあのスキル、それは一部の上級悪魔にしか使用できないスキルの筈です。複数の種族を合わせ持つのは可能ですが…、自動人形(オートマトン)は例外です。それに属する種族しか取得できない」

 

 

デミウルゴスの言う事は正しい。

ユグドラシルにおいて自動人形(オートマトン)は他の種族をとれない。

 

 

「ならばなぜ、貴方は上級悪魔のスキルを使えるのでしょうか?」

 

「その情報はインプットされていない。デミウルゴス、何が目的? 邪魔をするなら貴方も消す」

 

「おぉ怖い。大丈夫ですよ、目的は知りませんが邪魔はしません。いえね、貴方がどういう立ち位置にいるのか気になりまして」

 

 

地上へと降りるとルベドへと歩みよるデミウルゴス。

 

 

「それに何より…、貴方からは私と同種の気配を感じます」

 

「質問の意図が理解できない」

 

自動人形(オートマトン)とは思えない、そういうことです」

 

「否定。私は間違いなく自動人形(オートマトン)。今は忙しい、これ以上邪魔をするなら…」

 

「ああ、すみません。そういうつもりでは…。では最後に一つだけ」

 

 

デミウルゴスの強い視線がルベドへと向く。

口調こそ緩やかで言葉数も少ないが、その視線はどんな情報も逃さないといった気配を醸し出している。

 

 

「私と手を組みませんか?」

 

「不可能」

 

「そうですか、残念です」

 

 

残念そうな感じもなく簡単に引き下がるデミウルゴス。

 

 

「ではまた、ルベド」

 

 

そのまま飛翔しルベド達の前からあっさりと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か上空で待機していた憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の元へデミウルゴスが帰還する。

デミウルゴスの姿を確認すると憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が問う。

 

 

「良かったのですかデミウルゴス様、ルベド様を味方に引き入れなくて」

 

「ええ、というより無理ですね。あれは私にはコントロールできない」

 

「やはりアルベド様の味方、ということでしょうか?」

 

「恐らくは…。ただ、我々が一番敵対してはいけない人物であることは間違いありません」

 

「そ、それほどですか…? ならば戦いになれば…」

 

「確実に負けますね。私共々、三魔将、十二宮の悪魔揃って返り討ちです」

 

 

そう断言するデミウルゴスを見て蒼褪める憤怒の魔将(イビルロード・ラース)

 

 

「しかし収穫はありました」

 

「収穫?」

 

「ええ、薄っすらとですが見えてきました」

 

 

ニヤリと笑うデミウルゴス。

 

 

「ルベドが何者か」

 

 

 

 

 

 




次回『ルベドは電気羊の夢を見るか』アルベド、王都到着。



コキュートス「無念、色ンナ意味デ」
ラキュース「ぶひぃぃぃ!」
ラナー「がんばるぞい」
ルベド「?」
デミ「ルベドやべーど」



コキュートスと決着が着くと思ってた方すみません。
彼はまだまだ頑張りますよ!


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