オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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ニグン絶頂する

エンリとネムは目の前の光景が信じられなかった。

 

 

 

先ほど遭遇した子犬がどこからか犬を呼び出し村中に放つとやがて騎士達のものと思える嬌声が聞こえてきたのだ。

それがしばらく続いたと思うと次に訪れたのは静寂。

何が起こったのかわからず、さりとて騎士達の追っ手も来ないようなので恐る恐る村へと戻る。

村へと戻ると至る所に騎士達が倒れていた。

 

なぜか皆だらしない顔をして軽く痙攣していたがどうやらもう立ち上がれるような状態ではないらしい。

 

村の中心へと行くと多くの村人達が気絶した多数の騎士達をロープで縛っていた。

 

 

「エンリ! ネム! 無事だったのか!」

 

 

遠くから村長がこちらへ走ってくる。

 

 

「村長…! こ、これは…?」

 

 

「いや、突然現れた子犬達が騎士へ襲いかかったと思ったら次々と騎士達が嬌声を上げて倒れていったんだ。何が何だかわからないがどうやら私たちは助けられたらしい…」

 

 

「そ、その子犬達はどこに!?」

 

 

「ああ、向こうで騎士の隊長と思われる者を囲んでいるよ。すまないが私は残りの騎士を今のうち縛らなきゃならない。目を覚ましたらまた襲われてしまうからね」

 

 

そう言って村長は立ち去る。

 

エンリとネムは村長の指した方向を見る。

そこでは先ほどの白い子犬とどこからか現れた子犬達が、縛られて白目を向いている隊長らしき男に向かって小便をかけているのを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名犬ポチはあまりの手応えのなさに退屈していた。

 

 

(いやまさか小型犬レベルで数倍の相手を圧倒できるなんて想定外だわ、ぶっちゃけ一匹でも無双できたんじゃないかってレベルだし。なんだこれ? RPGの最初の村かよ…)

 

 

さて、どうしたものかと考えていると先ほどの少女二人が来たようだ。

何やら村長と話してこっちを見ているが今はこの男に小便をかけることで忙しいから後回しだ。

 

そんなことを考えていたら突如少女二人が悲鳴を上げる。

何事かと思えばその辺に転がっている死体に泣きながら縋りついている。

その時のリアクションと周りの反応からそれが少女達の親なのだろうと想像がつく。

 

だがここは名犬ポチ。

カルマ値:-500を誇る邪悪な存在。

 

この少女二人の傷口にさらに塩を塗り込む手段を思いつく。

邪悪な笑みが止まらない。

新しい遊びを思いついたとばかりに彼女達へと近づく。

この少女二人をさらなる絶望の底へ叩き落すために。

 

 

「わんっ(どけ、クソ共)」

 

 

エンリとネムを肉球で必死に押しのけ死体の前に座る名犬ポチ。

 

そして両手を死体に添えると魔法を唱える。

 

 

《グレーター・レイズ・ドギー/犬の上位蘇生》

 

 

瞬間、名犬ポチと死体が眩しい程の光に包まれた。

 

死体の傷は消え、肌の色も戻っていく。

ユグドラシルではありきたりな光景。

しかし村人からすると常識の範囲外の出来事。

 

この魔法は第9位階に属する魔法である。

犬の種族でしか習得することが出来ないが、一切のデメリット無く死者蘇生ができる。

 

ただし犬に仇なす存在だけはこの魔法でも蘇生させることができないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かはっ!」

 

 

エンリとネムの父が目を開ける。

軽くせき込むと同時に起き上がった。

そしてハッとしたように自分の体をまさぐる。

騎士に斬られた筈の傷が無い。

あれほどの痛み、夢のはずがない。

夢でない証拠に、服は剣で裂かれ血の跡が滲んでいる。

何が何やらわからず混乱していると周りの村人達が自分を見て生き返っただの何だのと騒いでいる。

いつの間にか村を襲っていた騎士達も捕まっているようだ。

全く理解が追い付かない。

 

だが彼は近くにいた妻の死体を見て現実に引き戻される。

体に何か所も剣で刺された跡があり、見るも無残な姿だった。

無力感と悲しみと怒りが彼の心を支配する。

 

だがすぐに彼は自分の身に起こったことが何だったのか客観的に見ることで理解する。

一匹の子犬が妻の死体に手を添えるとまばゆい程の光に包まれたのだ。

 

 

 

それは奇跡だった。

 

 

 

妻の傷口がみるみるうちに塞がっていく。

そしてその肌に血色が戻ってきたかと思うと指がピクンと動く。

 

そして目を開けた。

 

軽くせき込み慌てたように起き上がる。

先ほどの自分と同じく混乱しながらも体の怪我の確認をしている。

その妻の胸に飛び込み泣いている自分の娘達を見た。

娘達が生きていたことを知り、彼の心を多幸感が包む。

自然と涙が出た。

嗚咽が止まらない。

感情が押し寄せ彼の心では処理できない。

彼はただ子供のように泣き叫んだ。

何が起こったのか未だに理解はできないが心の中で何度も叫ぶ。

 

神様ありがとうございます、と。

 

 

 

この後もその子犬は村を周り村人を治療し、蘇生していく。

村中の人間を回復させ終わった頃には、その子犬は村人から犬神様と呼ばれていた。

 

カルネ村を救った小さな子犬。

村人達はそれを神の使いとして信じて疑わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

名犬ポチは愉悦の極みにいた。

 

 

今、彼の前では村人が涙を流し矮小なその体を震わせている。

 

地面に倒れ込み打ちひしがれる者。

恐怖に耐えきれず体を寄せ合い泣き叫ぶ者。

絶望のあまり放心する者。

自暴自棄になり狂乱する者、等々。

 

 

だがそれも当然だろう。

 

名犬ポチの悪逆非道な行い。

それは彼をして自身に震えが走るほどである。

 

 

(親、子、友人、その他諸々。それらの大事な人を失い、悲しみと絶望に暮れたはずだ。だがそこでは終わらせねぇ。こいつら下等生物にはもう一度大事な人が死ぬという地獄を味わわせてやるのだ…!)

 

 

名犬ポチは笑う、嗤う、哂う。

 

 

(死んだ人間を生き返す、そうすることで再び奴らは奈落に落とされるだろう…! 病気か、怪我か、寿命か、いつになるかは分からねぇがその命が再び失われる時を怯えて待つことになる…。何日も何か月も何年も何十年も…。お前たちは大事な人の死をただただ待つことになるのだ…。震えて眠れ、ニンゲン)

 

 

一度でも悲しい最愛の人の死を二度味わせる。

その為の治療、その為の蘇生。

まさに悪魔の所業。

 

 

あの二人の少女も恐怖しているはずだ。

いつかまた来る父と母の死に恐怖して生きていかねばならない。

それを考えただけで名犬ポチの胸が熱くなる。

 

 

(ああ、全く最高の玩具だぜ…!)

 

 

とか思ってる間にスキルで作成した犬たちは消えていた、時間制限らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、カルネ村に王国戦士長ガゼフとその一行を名乗る者たちが訪れた。

村長は捕まえた騎士を引き渡し、村で何があったかをガゼフへと話す。

だがガゼフの顔に浮かぶのは困惑だった。

 

 

「あー、村長。もう一度確認してもいいだろうか…? 本当にその子犬が村を救ったのか…?」

 

 

「はい! そうでございます! 我々はこの御方を犬神様と呼んでおります!」

 

 

そう語る村長の横にいるのは両手に乗りそうなサイズの子犬。

 

 

(まさか村が襲われ、気でも狂ってしまったのだろうか…)

 

 

そうガゼフは考えるがそれでもおかしい。

村人が怪我一つ無く、一人の犠牲者も出さず、この騎士達を全員捕獲することが可能なのだろうか、と。

 

 

(仮に俺の隊で同じ事をやれと言われても一人も殺さず捕獲するのは難しいな…。となるとまさか本当に?)

 

 

ガゼフはそう思いながらその子犬をジッと見つめる。

 

 

「わんっ(俺がやった)」

 

 

いや、あり得ないな、とガゼフは首を振る。

どこからどう見ても人畜無害な存在だ。

 

だがそうなるとやはり疑問は村の現状だ。

確認したところ村中には多数の血痕が確認できた。

だが死者はいない。

多くの村人達の剣で斬られたような破れ方をしている衣服も気になる。

 

 

(ポーションの回復にしては早いな…、このような村に大量にあるとも考えられぬ。となると回復魔法しかありえないが…。そうか、どこかに神官がいて村人が庇っているのか…?)

 

 

ありえる、と納得する。

神官が村人の傷を治療したのならば村人が無事なことの説明がつく。

それに加え、この場を死者も出さずに鎮圧させることができる者がいるとするなら冒険者しかいない。

何らかの理由で凄腕の冒険者チームが通りがかり義憤に駆られ助けたというところか。

 

だがそもそも無償の治療は神殿から許可されていない。

なので無償の治療が発覚すると色々と問題になる。

冒険者であればチーム全体の評判にも関わってしまう。

この村の護衛かそれに準ずるものであれば村人は隠す必要はない。

その冒険者チームを隠すということは発覚するとそのような問題になるということだ。

 

 

(素直に感謝を伝えたいところだが…、私の立場的にそれはマズイか…。どうやら出てこないでおいてもらった方がよさそうだ)

 

 

冒険者の無暗な治療行為と村人による隠蔽。

ルール的には問題なのだがガゼフにそれを突っ込む気はない。

 

 

(人の命に勝るものはない。それに、私にはこれが間違っている行為とは思えぬ。もし知られたら貴族どもには何と言われるかわかったものではないが…)

 

 

そうしてガゼフは心の中で感謝を告げ、どこへともなく深いお辞儀をする。

 

 

(心より、感謝する。見知らぬ冒険者達よ…)

 

 

「わんっ(俺だっつってんだろ)」

 

 

こいつどこ向かってお辞儀してんだ。

絶対俺がやったって信じてねぇわ。

 

ぶん殴ってやろうかと名犬ポチが思っていると緊急事態を告げる声が響く。

 

 

「戦士長! 周囲に複数の人影、村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど…確かにいるな…」

 

 

家の影からガゼフは報告された人影を窺う。

 

 

(スレイン法国…、くそ、狙いは私か…?)

 

 

人影の周囲には召喚された天使であろう存在も確認できる。

詳しい知識はないが楽に勝てる相手ではないだろう。

それにもし本当に自分自身を狙ってきているならば確実に屠れる戦力を動員しているはずだ。

 

 

(ここまでか…)

 

 

ガゼフは覚悟を決める。

 

この場に居合わせた村人は口封じに殺されるだろう。

そうならないためには自分が囮となり、その間に村人には逃げてもらうしかない。

それにもし村を救った冒険者がいるならきっと今回も助けてくれるだろう。

心苦しいものはあるがそれに期待するよりない。

 

 

そしてガゼフは村長に今の話を伝える。

自分が引き付けている間に逃げてくれ、と。

 

そうして戦いに行こうと部下の指揮をとろうとしたところで‐。

 

 

「わんっ(あれとやんのか?)」

 

 

ガゼフは自分の横で吠えた子犬を見る。

 

 

「わわんっ(俺も行くから連れてけや、ユグドラシルのモンスターである炎の上位天使を召喚しているあいつらに聞きたいことがある。それにあいつらこの村攻める気だろ? この村の村人は俺の玩具だから手ぇ出して欲しくねぇんだわ)」

 

 

ガゼフは無邪気に尻尾を振っている子犬を見て破顔する。

 

 

「なんだ、応援してくれるのか。ありがとうな。でもお前も早く村人と逃げるんだ」

 

 

そう言って名犬ポチの頭をゴシゴシと撫でるガゼフ。

 

 

「わぁん!(連れてけっつってんのがわかんねぇのかこのヒゲ!)」

 

 

そしてジャレるようにガゼフにまとわりつく名犬ポチ。

 

 

「こらっ! 今は本当に時間が無い! 離れるんだ!」

 

 

そうしていると自分の近くに小さな女の子が走ってきた。この子犬の飼い主だろうか?

 

 

「ああ、君の犬かい? 早くこの子を連れて避難するんだ」

 

 

そう言って女の子に名犬ポチを渡すガゼフ。

それを受け取ると女の子は避難する村人達のほうへ走っていく。

途中で振り返りガゼフへと手をふる。

 

 

「うんっ、おじちゃんも気をつけて!」

 

 

「わんっ!(離せやぁ~!)」

 

 

女の子の腕の中で名犬ポチは暴れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

 

戦いの末、ガゼフを追い詰めたスレイン法国特殊部隊、陽光聖典のリーダー、ニグンは言う。

 

 

「誰が、貴様なんぞに屈するか…!」

 

 

傷だらけの体に鞭を打ち、ふらつきながらも剣を構えるガゼフ。

ニグンはあきれたとばかりにため息を吐く。

 

 

「愚か。もうよい、天使達よ、ガゼフ・ストロノーフを殺…」

 

 

そう言いかけニグンは視界の端に何か映ったものがあることに気付く。

そちらへ視線を移すといたのは子犬。

あまりにも小さなそれに気付けたのはその真っ白な体が夜の闇に逆らうように存在していたからだ。

 

 

「わんっ(気にせず続けて)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名犬ポチはネムの腕の中でもがいていた。

先ほど、村を出ていくガゼフを見送ってからいくらか時間が経っている。

早く行かねばと体を動かすがネムが隙間なく自分を抱きかかえている。

 

 

「いぬがみさま! 暴れちゃだめだよ、今は逃げなきゃだめなの!」

 

 

無論、名犬ポチなら簡単に脱出できる。

だが力加減がわからないのだ。

自分が力をこめれば簡単に吹き飛ばしてしまうかもしれない。

せっかく地獄のズンドコに叩き落したこいつを無駄に死なせる気にはならないのだ。

勿体ないから。

まぁ殺しても生き返らせればいいのだが恐怖を引き出すため以外の無駄な殺生は好まないのだ。

MP勿体ないから。

 

等と考えているうちにネムが転ぶ。

チャンスとばかりに名犬ポチはその手からすり抜け走り出す。

後ろでネムが何か叫んでいるが無視する。

 

今はそれどころではないのだ。

 

ユグドラシルのことを知っているものがいるのなら色々と聞かねばならないことが…。

 

等と考えている間に名犬ポチはガゼフの元へと到着する。

すでにガゼフは虫の息だった。

 

 

(あー、もうこいつ死ぬとこか。てか終わってからでいいか。その方がゆっくりと話せんだろ)

 

 

そう思ったので静観を決め込む名犬ポチだがニグンの視線に気づく。

 

 

「わんっ(気にせず続けて)」

 

 

「な、なんだ、この生き物は…」

 

 

ニグンは不思議そうな顔で名犬ポチを見る。

 

 

「わんわんっ(いいからとっとと殺せよ)」

 

 

ニグンは感じていた。

 

漆黒聖典隊長を前にした時のような圧力を。

いや、と考える。

それよりも相応しい何かが頭によぎる。

 

 

 

 

番外席次…?

 

 

 

 

 

なぜかは分からないが法国最強の切り札、番外席次に通じる底の知れなさを感じたニグン。

 

 

(なぜかは分からぬ、分からぬが…。これは…私の手に負える相手ではない…!)

 

 

冷や汗を流し狼狽するニグン。

部下はどうしたのか、というリアクションをしている。

 

 

(バカな! 気づかないのか!? こ、これほどの存在を前に…)

 

 

ニグンは思わずガゼフに怒鳴る!

 

 

「これはなんだガゼフ・ストロノーフ! き、貴様の魔獣なのか!?」

 

 

そんなニグンの質問にガゼフは、こいつ何を言っているんだ?というような顔をしている。

 

 

(無関係…なのか…?)

 

 

「わん(おい)」

 

 

突如聞こえた声にビクンと体を揺らすニグン。

 

 

「わわんわん(こいつ殺さねぇのか? まあいい、それよりも聞きたいことがある。ユグドラシル、ナザリック地下大墳墓、アインズ・ウール・ゴウンについて何か知っていることはないか?)」

 

 

ここでニグンは察する。

自分は今、何かを問いかけられている。

これに答えられねばただではすまないだろう。

 

ふと気づく。

 

自分がこれ程の脅威を感じる存在に心当たりがあることに。

 

まさか、と思う。

 

だが言い伝えではその御方達の種族や姿形はバラバラであると聞く。

 

ニグンは震えながら口を開いた。

 

 

「も、もしかして貴方様はぷれいやーではありませんか…?」

 

 

ニグンの部下に動揺が走り、ニグンの正気を疑う声が飛び交う。

だがここにいてニグンだけがその子犬からの視線が変わったことを感じた。

 

当たりだ、と確信する。

 

そしてニグンは膝をつき敬意を示す。

 

 

「お、お待ちしておりました! 神よ! ど、どうか我らが法国を、いえ、人類をお導き下さい!」

 

 

(何、言ってんだコイツ)

 

 

神とか救いとかわけわかんねーこと抜かしてんなぁ、と思う名犬ポチ。

だが一つ捨て置くわけにはいかない言葉を聞いた。

 

プレイヤー。

 

それを知っているということは他のことについても知っている可能性が高い。

 

 

(こいつは後で話を聞く必要があるか…、しかし他の奴らなんか横でワイワイうるせぇなぁ…)

 

 

そう、ニグンの部下達は突然のニグンの凶行に理解できず後ろで騒いでいる。

 

 

(こいつがリーダーっぽいしこいつがいれば大丈夫だろ)

 

 

そう考えると名犬ポチは勢いよく手のひらを合わせる。

 

ぷにゅ、と柔らかい音と同時に名犬ポチの周囲に魔法陣が広がる。

 

 

突如周囲が騒めく。

ガゼフとその部下も、ニグンの部下も。

 

だがニグンだけが微動だにせず両の目を見開きその姿を見ていた。

溢れ出る恐ろしい程の魔力。

それは現在ニグンが所持している魔法封じの水晶に込められている魔力を遥かに凌駕していた。

 

 

「わわん(《ドッグウェイブ/犬津波》)」

 

 

犬の鳴き声と共に魔法陣が消え去る。

 

同時に大地が揺れ始めた。

揺れは止まらない、むしろどんどん激しさを増していく。

もはや立っていられないのではないかと思う時、全員が気づいた。

何か巨大なものが、それこそ森か何かかと錯覚するほど巨大な何かが迫って来ていた。

 

 

それは津波だった。

 

 

丘を抉り、山を削り、木々を倒しそれは遠くからこちらへ向かってくる。

近くまで来てやっとそれの正体に気付く。

 

犬だった。

 

無数の犬が並走し、重なり合い、それこそ津波のようになっていたのだ。

 

正体が分かると同時に、この場にいた人間はニグン一人を残して全員飲み込まれた。

 

津波に巻き込まれた人間達は大量の犬に巻き込まれ、もみくちゃにされた。

鎧が砕け、服が破れる。

やがて裸になろうとも犬達は止まらない。

温かい肌の感触、滑らかでふわりとした毛、そして柔らかい肉球の感触。

それが流れるように素肌と触れ合い続け擦りあげられる。

 

あとに残ったのは生まれたままの姿で謎の液体に塗れ、動かなくなった男達だった。

 

 

「ああぁぁぁぁあぁああ!! 神ぃぃぃぃいいいいぃぃぃぃぃいぃいいいい!!!!!」

 

 

それを見ていたニグンの絶叫が響き渡る。

あまりの神々しさと強大な魔力にあてられたニグンはどうにかなっていた。

体を弓なりに反らし両手で頭を抱えるニグン。

その股間はじんわりと濡れていた。

 

 

 

‐ドッグウェイブ/犬津波‐

 

 

それは第10位階の魔法。

 

大量の犬が津波のように押し寄せ対象を巻き込む凄まじい魔法である。

効果はごらんの通りである。

 

 

「あぁぁああああ、神、神ぃぃぃ! そのお力でぇ!! 法国うぉぉぉ! 人類うぉお救い下さいぃ! 我が、我が信仰を、いや全てをささげますぅぅぅう!!!」

 

 

そう言ってニグンは名犬ポチに駆け寄ると足を舐め始める。

 

 

「わんっ!?(うわぁぁ! 何コイツ、足舐めてるんですけど!? やだ、怖い!)」

 

 

ニグンを振り払おうとする名犬ポチだがいくら肉球で押し付けてもニグンは離れない。

その瞳には情欲に似た何かが宿っていた。

 

 

「わんっ!? きゃいーんっ!(なにこれ、なにこれぇぇ!? お、犯される、助けてぇぇええええ!)」

 

 

この日、異世界に来てから名犬ポチは初めての恐怖を知ったのだった。

 

 

 

戦え名犬ポチ、諦めるな名犬ポチ、冒険はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 




次回『真なる邪悪アルベド』奴が動き出す。


皆さんお気づきかもしれませんが名犬ポチはポンコツです。
本当の悪を期待していた方申し訳ありません。

次回から本格的に話が動き出す、予定です。

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