オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!



フォーサイト全滅。そしてルベド、嘘をつく。


ナザリック再始動

「皆揃ったわね」

 

 

ナザリック地下大墳墓、第6階層にある円形劇場(アンフィテアトルム)

アルベドはこの場に再び守護者達を集めていた。

 

アウラとマーレは困惑したままアルベドを見つめている。

コキュートスは王国で自身のシモベのほとんどを失ってしまった為か、怒りとも後悔とも知れぬ雰囲気を醸し出している。

 

 

「ねぇ、どうして急に撤退なんてすることになったの?」

 

 

アウラが尋ねる。

横ではマーレが自分も同様だとばかりに頭を縦に振っている。

 

 

「私モ聞キタイナ…、モウ少シデ奴ヲ、デミウルゴスノ首ヲ獲レタトイウノニ…」

 

 

ゴホンと一息入れるアルベド。

この時アルベドはもはやこのまま順風満帆に行くなどとは思っていなかった。

もうこの三人を完全に騙し切り動かすのは困難だ。

いつどこでデミウルゴスや名犬ポチと接触するかも分からない。

状況も状況であり、最悪どこかで斬り捨てなければならない。

シャルティアのように。

だが今は苦しくてもなんとか動かすしかない。

 

 

「デミウルゴスの手が竜王国にも伸びていたのよ」

 

 

もちろんこの一言だけでは三人は何も分からない。

黙ったままアルベドの次の言葉を待つ。

 

 

「竜王国にはね、竜の血を継いだ女王がいるの」

 

 

そのままドラウディロンに関して入手した情報を伝えていく。

始原の魔法を撃てること。

その魔法があれば我々守護者でさえも無事では済まないということ。

そして最初に言ったようにデミウルゴスがすでに支配しているという嘘を混ぜて。

 

 

「納得して貰えたかしら?」

 

 

だが三人の顔には納得したという色は薄い。

 

 

「本当にそんな南に位置する場所までデミウルゴスが抑えているの? 王国と同時に?」

 

「ボ、ボクはよく分かりませんがその始原の魔法ってそんなに凄いものなんですか?」

 

「クダラヌ、仮ニソレガ真実ダトシテモ王国デ使エバデミウルゴスモロトモ吹キ飛ブノデハナイカ?」

 

 

それぞれが思うままの言葉を口にする。

そしてそれを明確に否定する材料をアルベドは持っていない。

と、いうよりもそこまで突っ込むと名犬ポチの存在が見え隠れしてしまうからだ。

 

 

「残念だけど私にも分からないわ。一体どうやって動いているのか…。それにコキュートス、貴方の部隊とてデミウルゴスのシモベ達に後れを取るようなことなど無いでしょうに。なぜ全滅したかは判断がついているの?」

 

「ウ、グゥ…、ソレハ…」

 

 

言葉に詰まるコキュートス。

思い返すごとに屈辱と怒りが沸きあがる。

自分の配下達が負けるはずなどないのに。

蓋を開けてみれば見事に全滅していた。

そして未だになぜそうなったのか見当もついていない。

 

 

「私も驚いているのよ。コキュートスがデミウルゴスと戦って遅れを取る事などありえないのに見事にしてやられた。何か罠があったか別の隠し玉、あるいは切り札を持っているのかも…」

 

 

もちろんこれはデミウルゴスの手によるものではない。

大半がルベドによるものだ。

しかしコキュートスはデミウルゴスとの戦闘でシモベ達の動向に気を払う余裕が無かったせいか本人は気付いていない。加えてアルベドが可能な限りではあるが王国にいる間にルベドの痕跡を消していたこともある。

少々苦しいがここは全てデミウルゴスがやったことにしてしまいたいというのがアルベドの考えだ。

 

 

「だから竜王国もどうやったかはわからないけれどデミウルゴスの手が及んでいる可能性は十分にあるの」

 

「う、うーん、なるほど…」

 

 

渋々ながらも納得するアウラ。

現にコキュートスの部隊は不可解に全滅している。

何かこちらの考えが及ばない手段を使っている可能性があるとなれば先ほどの疑問も飲み込まざるを得なくなる。

 

 

「で、でもそうなるとボク達はどう動けばいいんですか? 名犬ポチ様の捜索もしなければいけないし…」

 

「現地の人間共を使いましょう」

 

 

困惑するマーレに向かってアルベドが言葉を紡ぐ。

 

 

「げ、現地の人間…ですか?」

 

「ええ、あまり私達が主体で動くと先ほど言ったように始原の魔法を撃たれる可能性があるわ。故にアウラはエルフ国の者共を。マーレは帝国の者共を動かして名犬ポチ様の捜索にあてましょう。可能な限りナザリックの損害は抑えたいのでシモベを使うのは極力控えるの。コキュートスは、そうね…。一旦ナザリックで待機してもらうしかないかしら…」

 

 

アルベドのその言葉に我慢が出来ないとばかりに声を大にして叫ぶコキュートス。

 

 

「ソレハ出来ン! 配下ヲ全滅サセラレオメオメト逃ゲ帰ルダケデハナクナザリックデ待機ダト!? ソレデハ至高ノ御方ニ顔向ケデキン! 私一人デ良イ! 王国ニ向カワセテクレ! ソレデ始原ノ魔法トヤラヲ撃タレルノナラバソレデモ構ワン! ダガ命ニ代エテデモデミウルゴスハ討ッテミセル! ドウカ汚名返上ノ機会ヲ!」

 

 

熱く語るコキュートスを前にアルベドはこれを抑えるのは難しいなと考える。

 

しかしコキュートスが王国へ出向くというならそれはそれで悪くない。

始原の魔法を撃たれたとしても一発分消費させることが出来るし、運が良ければデミウルゴスを巻き添えにできる。

それができなくてもコキュートスが向かう以上、王国からデミウルゴスは離れられなくなる。

最悪返り討ちに遭い無駄死にしてもそれはそれでいい。

時間を稼げるだけでも御の字だ。

仮にデミウルゴスが王国から離れていたとしても王国のゴミ共を一掃できるので始原の魔法の回数を減らすことが出来る。

どう転んでもメリットはある。

王国にコキュートスを派遣するというのは悪い案ではない。

 

 

「そうね…、コキュートスがそこまで言うのならば止めはしないわ。確かに配下が全滅したままでは至高の御方に愛想を尽かされてしまうかもしれないしね…。いいでしょう、コキュートス。貴方は王国に向かいデミウルゴスを見事仕留めてみなさい」

 

「ウム!」

 

「ただ流石に単独じゃ厳しいと思うから何人かシモベを付けるわ、それでいいわね?」

 

「スマヌ、恩ニ着ル…!」

 

 

深々と頭を下げるコキュートス。

心の中でなんと滑稽だと笑いそうになるが必死に抑えるアルベド。

 

 

「ねぇアルベド。現地の者共に名犬ポチ様の捜索を任せて本当にいいの? やはり危険があったとしても私達が動いた方がいいんじゃ…」

 

「いいえ、それは早計よ。先ほども言ったでしょう? デミウルゴスの手によっていつ始原の魔法が撃たれるかわからないの。貴方達が動いたら名犬ポチ様と接触した際に始原の魔法を撃たれるかもしれない。私達と違って名犬ポチ様は単独なら探知のスキルや魔法に引っかからないから安全とも言えるわ。ここは手間でも現地の者共を使って気取られないようにしなければいけないの」

 

「あぁ…、そっか、そういうことか…」

 

「気持ちは分かるわアウラ。私も本当なら今すぐ全軍を上げて名犬ポチ様の捜索に向かいたい所よ。でも今はあの御方にかかる危険を少しでも減らさないといけないの。だからアウラ、マーレ。仮に人間共が名犬ポチ様を発見したとしてもすぐに接触をはからせないようにして頂戴。デミウルゴスの動向も気になるし貴方達もすぐに接触しようとしては駄目よ、一先ず発見し次第、私に連絡を入れて頂戴。名犬ポチ様への接触は万全を期さなければならないから」

 

 

発見してもすぐに接触できないという点に寂しさや虚しさを覚えるアウラとマーレだがそれが名犬ポチのためなのだとすれば我慢するしかない。

渋々ながらも了解する二人。

 

 

「それではすぐに動きましょう! アウラ、マーレ。貴方達はそれぞれエルフ国と帝国に向かい指示を出したら何匹かのシモベを残しすぐナザリックに帰還しなさい」

 

「了解…」

 

「りょ、了解ですっ!」

 

「コキュートス、貴方は先ほど言った通りシモベ達の準備が整い次第王国に向かって頂戴。やり方は貴方に任せるわ」

 

「承知シタ!」

 

 

そうして動き出す三人を尻目にアルベドは考える。

一体何が最善なのか。

 

アウラを竜王国に攻め込ませても良かった。

というよりもそれが最も堅実な手ではある。

しかしそうなればアウラと名犬ポチの接触は回避できないだろう。

もちろん自分が直接攻め込むことも考えた。

だが始原の魔法を撃たれたら終わりだ。

 

こうなるといかに始原の魔法を撃たせるか。

あるいは名犬ポチの目を掻い潜ってドラウディロンを討つかになる。

 

しかしそんなことは名犬ポチとて百も承知であろう。

悔しいがあいつがそれを許すほど間抜けではないのは承知だ。

 

ならばどうする?

 

今までも最善を尽くして来た筈なのに簡単に出し抜かれた。

今回とてそうなってしまう可能性は十分にあるのだ。

 

考えろ、考えるんだ。

 

名犬ポチを出し抜くためにも奴の考えが及ばないことをしなければならない。

 

それに邪魔者さえいなければルベドとガルガンチュア、そしてワールドアイテムを所持する自分ならば勝算は十分すぎるほどにあると確信している。

だからどうしてもそこまで持ち込まなければならないのだ。

 

だがアルベドには思いつかない。

最善以外の選択肢など自殺行為も甚だしい。

 

とはいえ逆に、名犬ポチほど優れているのならば相手側が悪手を打つことなど想定できるのだろうか?

ふと思う。

悪手こそが対名犬ポチにとって最善となりえるのではないかと。

ならばここで自分にとっての悪手はなんだ、と。

名犬ポチを討つためにとれる非効率的な手段。

 

もしかするとそこにこそ名犬ポチ打開のきっかけがあるかもしれない。

 

アルベドは必至に頭を捻る。

 

名犬ポチの目さえ騙す最悪の一手、それは…。

 

 

 

 

 

 

「皆よく耐えてくれました! そしてこの窮地を救ってくれた者達へ喝采を!」

 

 

王国の中心にある広場で民衆を前にラナー王女が演説をしている。

それを多くの民衆が拍手と歓声で答える。

 

 

「そして王国に突如現れた悪魔達! 彼らは敵ではありません! 彼らは王国を救ってくれた英雄です! 中には信じられない方達もいるでしょう。しかし私ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフがここに宣言します! 彼らは我々の味方であり、王家は彼等を客人としてこの国に招き入れます!」

 

 

ここで歓声の中にわずかにどよめきが生まれる。

確かにこの国の民の多くが悪魔が自分達を助けるために動いてくれていたのを目にしている。

だが、やはり相手はあの悪魔なのだ。

民達の不安はそう簡単には消えない。

 

 

「皆聞いて欲しい!」

 

 

ここでラナー王女の横にいた女性が大きな声を上げる。

蒼の薔薇のラキュースである。

民衆からの支持は厚く、王国最強の冒険者の登場に民衆が自然と湧く。

 

 

「私もこの名において誓おう! 彼等悪魔達は決して悪しき存在ではないと! それに皆は覚えているだろうか? 少し前にエ・ランテルで起きたあの一件を!」

 

 

再び民衆が湧く。

知らない者などいないはずがない。

 

人類の救世主。

神の降臨。

 

御伽噺のような話だがそれは今や真実として王国中に広まっていた。

日々の生活にさえ困り、貴族に怯え、暗い未来へと歩むしかない民衆にとってはこれ以上ない最高の事件だったのだ。

 

 

「そうだ! あの神と呼ばれている方! この悪魔達があの神の配下だとしたらどうだろう? 皆は信じられるだろうか!」

 

 

民衆が激しくどよめく。

悪魔達が人々を助けるという信じられない事件。

だがそれが全て神の手によるものだとしたならば。

民衆達の疑問と不安が氷解していく。

 

最初から何もかもがあまりにも荒唐無稽すぎて民衆は理解が及ばない。

だがそれでいい。

だからこそ神。

そして自分達に都合の良い道筋がこうも敷かれると希望に縋りたい愚かな民衆は次第に信じていく。

悪魔という悪の権化を前にしても彼等にはまともな判断力などない。

 

いつしか悪魔達は王国の民達に受け入れられていく。

 

 

ラナー王女の警護をしながらそれを見ていたガゼフは喜びを隠せない。

民達の多くが助かり、またそのほとんどが希望に満ち溢れる目をしていることに。

同様に、クライムもこの様子を感極まりながらも見守っていた。

ラナー王女を前に王国の民達が一つになる。

幸せそうな顔をする。

それはクライムにとってとても嬉しいことであった。

共にいたブレインはやれやれと思いながらもこれも悪くないかとガラにもないことを考えていた。

 

いつしかラナー王女を、蒼の薔薇を、神を、そしてあの悪魔達を喝采する言葉が飛び交う。

 

ラキュースはそれを心から喜ぶ。

この国の未来が明るいと信じて。

そして愛しい人を想って。

 

ラナーはほくそ笑む。

こんな話に納得し喜んでしまう民達に。

そしてこの先にある末路に。

 

 

この場には姿こそ見せていなかったもののデミウルゴスはそれを満足気に眺めていた。

ラナー王女を手中に収め、王国最強の冒険者の信用を勝ち取り、民の支持も得た。

 

もはや王国は完全に堕ちた。

 

何の苦労もなく人々を維持できる。

故に、いつでも撃てる。

 

百万の命をすり潰すあの魔法を。

 

 

 

 

 

 

「うぁああぁぁあっぁ…! 神よぉぉぉ…! 神ィィィイ…!」

 

 

汗とヨダレ、それと謎の体液に塗れた元イケメン・クアイエッセが竜王国の城の中を這いつくばりながらズルズルと移動している。

彼が通った後には濡れた道が出来上がっていた。

リアル世界の見る人が見れば妖怪だと言われてしまう姿であろう。

要はそのくらい酷かった。

 

 

「どこにお隠れになったのですかぁ…? どうかどうか私にその御姿を…。神ぃ…、神っ! 神ははははははは!」

 

 

途中から完全に発狂し暗い笑みを浮かべながら笑い出すクアイエッセ。

 

この時名犬ポチは近くの柱の陰に隠れていた。

 

 

(な、なんだあいつは…! や、やべぇ…! ここまでやべぇ奴だとは思ってなかった! 流石クレマンティーヌの兄貴だ! 十分イカレてやがるぜ…! くそっ、捕まったら何されるか分かったもんじゃねぇ…!)

 

 

恐る恐る逃げようと動く名犬ポチだが、クアイエッセがそれに感ずく。

 

 

「んんんん…? すんすん、あぁ…えっへっへっへ…、神の匂い…神の匂いだぁ…ウェヒヒヒ」

 

 

名犬ポチの匂いを嗅ぎつけたクアイエッセが先ほどまでの鈍い動きなど嘘のように両手両足を使い虫のように素早く移動する。

そして柱の陰を勢いよく覗き込むが…。

 

 

「んあれぇ…、毛…? なんだぁ…神の抜け毛かぁ…」

 

 

落ちている毛を見て落胆すると再び通路に戻るクアイエッセ。

もちろんその毛は拾って懐に仕舞う事は忘れない。

 

 

「神ぃ…、どこですか神ぃ…、私の声が届きませんか神ぃ…」

 

 

そうして通路の先を曲がり姿が見えなくなった頃に名犬ポチが上からボトリと落ちてくる。

 

 

「わ、わん!(あ、危なかった!)」

 

 

クアイエッセが覗きこむ瞬間、必死にジャンプし天井と壁の角に全力で張り付いていたのだ。

死ぬ気になればなんでもできるんだなと名犬ポチは思う。

 

 

「わん(と、とりあえずニグンかクレマンティーヌを探さねぇと…)」

 

 

助けを求める為に二人を探し始める名犬ポチ。

 

窓から差し込む光にいつの間にか朝になっていたのだと気づく。

これでクアイエッセに追われ始めてから三日が経過したことになる。

そろそろなんとかしないと本当にやばいなと思いながら大食堂に入るとそこで純白の面々が酔いつぶれているのを発見する。

中にはもちろんニグンやクレマンティーヌ、ブリタもいた。

 

 

「わ、わんっ!?(こ、こいつらっ! お、俺があんな目に遭ってるっていうのにまだ飲んでやがったのか!? ゆ、許せねぇ…、こいつは許しちゃおけねぇぜ…!)」

 

 

だんだん怒りがこみ上げてくる名犬ポチ。

こいつら全員酷い目に遭わせてやろうかと思ったその時、寝ていたクレマンティーヌがくしゃみをした。

 

 

「わん(あーあー、そんな薄着で寝てるからだろうが…。風邪ひいたらどうすんだよ…、どこかに何か掛ける物は…ねぇな)」

 

 

周囲を探すがとくに掛けられる物は見つからない。

 

 

「わん(しょうがねぇなぁ…、何かなかったっけか…)」

 

 

そう言いながら自身のアイテムの中から何か掛けられる物は無いかと探す。

その中で一つ、マントのような物を発見した。

 

 

「わん(なんだっけこれ? まぁいいや。ほら温かくしないとダメだろうが…、全く世話のやける奴だぜ…)」

 

 

ブツブツと文句を言いながらクレマンティーヌに取り出したマントを掛ける名犬ポチ。

そんなことをしている内に自分が助けを求めにきたことなどすっかり忘れやれやれと嘆息する。

しかし寝顔だけ見てるとクレマンティーヌもそんなに悪いもんじゃ…。

 

 

「…」

 

 

とか思いかけたが何か猫みたいな顔がイラッとしたので顔にパンチを入れておく。

 

 

「ぎゃっ…! んん…?」

 

 

何か気が済んだので食堂を後にする名犬ポチ。

 

その後ろ姿を寝ぼけたクレマンティーヌが虚ろなまま視界に入れる。

 

 

「んむぅ…、神様?」

 

 

 

 

 

 

 

食堂を出た後、アテもなくトボトボと歩いている名犬ポチ。

 

ふと話し声がするので顔を上げるとそこはドラウディロンの執務室の前であった。

いつの間にかこんなところまで歩いてきてしまっていたらしい。

それにこんな朝っぱらから何を話してるんだと気になる名犬ポチ。

 

 

「……にはすでに…通達済…です」

 

 

何を言ってるか聞こえないのでドアの前で耳をすます。

 

 

「うむ、すでに通達は終わったか。良いぞ宰相。これを持って我らが信仰が絶対のものだと神にもご理解頂けるだろう」

 

「ええ、全くです」

 

 

話が見えないのだが話の中に自分が出てきていたような気がするのでさらに耳をすます名犬ポチ。

 

 

「で、各国にはいつ頃届く見通しだ?」

 

「昨日には早馬でここを起ったので近い都市には今日中には。他国には明日以降というところでしょうか…」

 

「ふむ、早いな」

 

「ええ。知らせを持った使者もやる気に満ち溢れていましたからね。しかし神には報告しなくて良かったのですかな? 一応知らせておいた方がよろしいかとは思うのですが…」

 

「うむ、そうなのだがなぜかここ二日ほど全くつかまらないのだ。城の中にはいらっしゃるとは思うのだが…」

 

「まぁお連れの方々も大分羽目を外されていましたしね…」

 

「まぁ世界に通達が終わってからでも構うまい。神にはちょっとしたサプライズということでいいのではないか?」

 

「ええ、神もきっとお喜びになると思います」

 

 

何の話をしているか全く見えてこない名犬ポチ。

そしてつかまらなかったのは確実にクアイエッセから逃げ回っていたからだろう。

 

 

「そうだな。神の喜ぶ顔が早く見たいぞ。世界中に向けてこの竜王国が神への従属を宣言したと聞けば神も我々のことを少しは見直してくれるに違いない」

 

「ええ、私どもの信仰が絶対のものだと理解して頂ければこの上ない幸せですな」

 

 

笑いながら語り合う二人に頭が真っ白になる名犬ポチ。

そのまま力なくよろめきペタリと倒れる。

 

 

(な、何を言ってるんだあいつらは…。従属を宣言…? え、だってそんなことしたら…)

 

 

名犬ポチがここにいるとバレてしまう。

 

 

(あのクソガキャア!! 何しくさっとるんじゃ! ふざけやがってぇ! 何勝手なことしてくれてんだぁ!)

 

 

怒りに震える名犬ポチだがすでに手遅れのため次第に恐怖のほうが勝っていく。

 

 

「せっかくだからパレードでもやろうと思うのだがどうだろう? 予算的には厳しいかもしれんが世界に宣言するのだ、少しは大々的に行わなければなるまい」

 

「そうですな、すぐに見積もりを立てましょう」

 

 

(パ、パレード…? なんだ…? 何を言っている…? ど、どこまで俺を追い詰める気なんだこいつらは…)

 

 

足元がガクガクし定まらないが必死に起き上がる名犬ポチ。

 

 

(ダ、ダメだ、もうダメだ…。このままここにいたら俺は死んじまう…、い、嫌だ…、それだけは…。殺される…、カンストプレイヤーに殺される…!)

 

 

誰よりも生き汚い名犬ポチは保身の為に必死に体を動かす。

 

 

(し、死んでなるものか…、たとえ何を犠牲にしても…)

 

 

そして力強く駆けていく。

やることが決まってからの名犬ポチの意思は固い。

 

開いている窓を見つけると必死によじ登りそこから外を見渡す。

 

この期に及んで名犬ポチに残された手、それは。

 

 

「わん(あばよ皆、楽しかったぜ…。別れるのは寂しいけどお前らがいると見つかるかもしれないからな。体には気を付けるんだぜ…? 俺は俺の為に生きる)」

 

 

振り返り、別れの言葉を口にした名犬ポチ。

言い終わるとそのまま勢いよく外へと飛び出す。

もう一刻の猶予もないのだ。

大地を踏みしめ敷地の外へ向かって全力で駆ける。

 

 

この時、寝ぼけて窓の外を見ていたクレマンティーヌが偶然名犬ポチの姿を目にする。

 

 

「んん? あれぇ神様…? こんな時間に一体ど…こ…に…」

 

 

言いながらクレマンティーヌが気づく。

あれは逃げる者の足取りだ。

何人もの人間を追い回していたクレマンティーヌだからこそわかる。

一瞬にして覚醒するクレマンティーヌ。

 

 

「起きろ野郎共ォォォォッォオオオ!!!」

 

 

クレマンティーヌの叫びが食堂内に木霊する。

その声で純白の面々が跳ね起きる。

起きたニグンがびっくりした様子でクレマンティーヌの元へと寄ってくる。

 

 

「ど、どうしたんだクレマンティーヌ、急に叫んだりして…」

 

 

そう言いながらもクレマンティーヌの様子から尋常ではない事態が起きたと直感するニグン。

そしてそれは当たっていた。

 

 

「に、逃げた…」

 

「逃げた?」

 

 

震えるクレマンティーヌにオウム返しで問うニグン。

 

 

「神様が逃げ出しちゃったんだよぉぉぉ!!!」

 

「な、何いぃぃぃいいいい!!!」

 

 

その言葉に純白の面々の顔が蒼褪める。

 

 

「だ、だがなぜだ…! なぜ神が…!」

 

 

困惑するニグンを他所にちょうどクアイエッセが食堂へと入ってくる。

その挙動不審な様子から危ない人にしか見えない。

 

 

「神ぃ? 神はいずこにぃぃ? ウェヘヘ」

 

 

その様子から全てを察する面々。

 

 

「テメェのせいかクソ兄貴ィィィィイイイ!!!」

 

「がぱぁっ!」

 

 

全力ダッシュからの右アッパーを繰り出すクレマンティーヌ。

顎が砕け、一発でノックアウトされるクアイエッセ。

 

 

「私が先行して神様を追う! ニグンちゃんは皆の準備が出来次第すぐに追ってきて!」

 

「りょ、了解した!」

 

 

そう言うや否や外へと駆けだすクレマンティーヌ。

 

しかしもう神の姿は見えない。

 

 

「くそっ…、やばい…! これはやばい…! は、早く見つけないと…」

 

 

速さではわずかに名犬ポチを上回るクレマンティーヌだが姿を見失っては見つけ出すのは容易ではない。

 

 

そして名犬ポチがいなければ純白が崩壊するのは時間の問題である。

 

 

 

 

 

 

「わんっ(ハァッハァッ…)」

 

 

野を駆け、川を渡り、山を駆ける名犬ポチ。

随分遠くまで来たなと思うと同時にドッと疲れが押し寄せる。

そして喉が渇いていることに気付く。

先ほど川を渡っている時に水を飲んでおくんだったと後悔する。

 

 

「くーん」

 

 

その時、横から入れ物に入った水が差し出された。

 

 

「わん(おっ、すまねぇな)」

 

 

そのまま飲み干す名犬ポチ。

 

 

「わん(ぷはーっ! 生き返るぜ!)」

 

 

だが次にお腹の音が鳴り、自身の空腹感に気付く。

 

 

「わん(しまった…、何か食い物でも持ってくるんだったな…。無限の犬のエサ(ザック・オブ・エンドレス・ドッグフード)は置いてきちまったし…)」

 

 

何かアイテムで食い物があっただろうかと探そうとした時、再び横からご飯が差し出される。

 

 

「くーん」

 

「わん(おっ、食い物まであんのか。気が利くじゃ…! ってああ!)」

 

 

やっと自分以外の第三者の存在に気が付く名犬ポチ。

 

横にいたのは獣王。

とは言っても名犬ポチの魔法により今は子犬の姿ではあるが。

 

 

「くーん」

 

 

空になった器に水を足し始める獣王。

よくよく見てみると水筒と弁当箱を持っている。

準備の良い奴である。

 

 

「わん(な、なんでお前が…! て、ていうかいつからいたんだ…?)」

 

「くーん」

 

「わん(マジかよ! 城出た時からかよ! 全然気づかなかったわ!)」

 

 

獣王の存在感の無さに驚きつつもどうしたものかと頭を捻る。

 

 

「わん(ま、まぁとりあえずお前は城に帰れ、な?)」

 

「くーん」

 

「わん(な、なんだと!? 置いていこうとしたら叫ぶだと!? くっ! な、なんて奴だ…!)」

 

 

声を上げられたらクレマンティーヌあたりなら聞きつけてしまうかもしれない。

思ったよりやばい状況に戦慄する名犬ポチ。

 

 

「わん(て、てめぇ…、一体何が望みだ…?)」

 

「くーん」

 

「わん(はぁ? 俺に着いてきたいだけだと!?)」

 

 

獣王の意図は分からないがここで従わないと叫ばれてしまうので名犬ポチに選択肢はない。

 

 

「わん(くっ…! 仕方ねぇ…、いいか大人しくしてるんだぞ…!)」

 

「くーん!」

 

 

名犬ポチの言葉に尻尾を振りまくる獣王。

かなりご機嫌な様子である。

 

 

竜王国を離れ、特に目的地も無ければ方向も分からない名犬ポチ。

とりあえず適当に進む事にする。

 

名犬ポチはこの時知らず知らずのうちに北上してしまっていた。

 

逃げるはずが自分から近づいていってしまっていることを名犬ポチはまだ知らない…。

 

 

 

どうか名犬ポチに光あれ。

 




次回『名犬ポチ、家出する』予期せぬ二匹旅。


えん罪をかけられたクアイエッセに明日はあるか!?


これで動乱編は終わりとなります。
次からは最終章に突入予定です。

やっと話をたたむ段階まできました。
思い返すと長かったようなそんなような…。
どうか最後までよろしくお願いします。

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