オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!



シズ超絶有能。そしてルベド復活。


覇王の道

デミウルゴス討伐の為、ナザリックを出撃したコキュートス。

しかし配下は王都で全滅してしまっており、現在連れている者はアルベドから貸し与えられた者達だけだ。

とは言ってもアルベドも多量の戦力を出せるわけではなくコキュートスに与えられたのは三魔将に対抗するためのレベル80の配下が三体のみ。

残りはナザリックで自動ポップする低レベルのアンデッドだけである。

数としては多いがコキュートス及びその三体を除けば現地の人間達と戦力は拮抗してしまっている。

 

 

「トハ言エ関係ナイ…、デミウルゴス達以外ナド居テモ居ナクテモ同ジ…、アンデッド達ハ邪魔ナ人間共ヲ抑エ込ム壁ニサエナレバ良イ…」

 

 

そうだ。

いくら現地の有象無象が集まったとてコキュートスからすれば痛くも痒くもない。

結局はデミウルゴスとその部下達との闘いになるだけなのだ。

それにマーレが帝国の兵を送り込んでくれる予定もある。

現地の者達はそれで問題はないだろう。

 

 

「待ッテイロ、デミウルゴス…! 今度コソ…」

 

 

そう呟き拳を強く握るコキュートス。

その時、シモベの一体がコキュートスに走り寄ってくる。

 

 

「コキュートス様、アンデッド達の配置が完了しました。いつでも動けます」

 

「ウム、承知シタ」

 

 

ここはカッツェ平野の最北。

そこにコキュートスはアンデッドの大軍を配置していた。

エ・ランテルを正面に見据えられ、また大軍を配置できる場所でもある。

 

ナザリックを出てそのままエ・ランテルに攻撃を仕掛けても良かったのだが武人として生きるコキュートスとしては無意識化で正面から戦うべきと判断した。

そうして十分に時間が経ちそろそろ攻める頃合いかと思われた時、バハルス帝国軍の姿が見えた。

 

 

「丁度良イ、デミウルゴスヲ炙リ出ス為ノ先兵トナッテモラウカ…」

 

 

そうコキュートスは考えていたがなぜかバハルス帝国軍はコキュートス達へ向かって疾走してくる。

エ・ランテルではなく自軍へと向かってくる帝国軍を訝しむコキュートスだが、その直後に何発もの魔法がアンデッド達へと放たれる。

 

 

「ナ…!」

 

 

どれも低位の魔法ではあるがここにいるアンデッド達を殺すには十分である。

驚きを隠せず声を上げようとしたコキュートスだがそれより先に帝国軍の上空を飛ぶ老人が宣戦布告をした。

 

 

「よくもマーレ様を! 貴様等の行いは万死に値する! やっと…! やっと魔法の深淵に手が届くと思われたのに…! それを邪魔するなど許せぬ! 例え魔神であろうと魔法の深淵を覗く障害となるなら排除してみせるわ!」

 

 

その声に呼応するように老人、フールーダ・パラダインとその弟子達から魔法が放たれる。

マーレはルベドとの戦闘に入る直前、フールーダにメッセージの魔法を送っていた。

 

その際に、恐らく自分が死ぬこと。

そしてもうエ・ランテルに攻撃は仕掛けなくていいこと。

そして可能であるならばデミウルゴスという悪魔に協力して欲しいとお願いしていた。

 

もちろん彼らが戦力になるなどとはマーレも思っていない。

だがそれでもいないよりはマシかもしれないし何よりこのままにしておくと立場上はデミウルゴスと敵対してしまうのでそれを阻止するためだ。

自分がここで脱落する可能性がある以上、どれだけ効果が見込めなくても出来る事は全てやろうと思っていたのだ。

全ては至高の御方の為。

僅かでも役に立てる望みがあるならどんなことでもやる。

これはマーレが残した最後のあがき。

 

 

「ナンダ…!? 話ト違ウゾ…! チッ、仕方ナイ…、先ニ片ヅケルカ…!」

 

 

そしてコキュートスが動こうとした瞬間、後方から声が響いた。

 

 

「神の如き武を誇る覇王よ! なぜこんなことをなさるのです!? 貴方の強さは弱き者を蹂躙する為のものではないはずだ!」

 

 

それを叫んだのはリザードマン一の強さを誇るザリュース・シャシャ。

彼の後ろには数百ものリザードマンの戦士達が並んでいた。

 

 

「貴方がどうしても世界を滅ぼすというのならば我々は貴方に牙を剥かなければならない! 一度は貴方に救われたこの命! その身でありながら貴方に盾突く不義理をお許し下さい! ですが貴方が仰られたのです! 強者に媚びるのでなく自身が正しいと思う事を為せ、信念を貫け、その為に強さを示せと!」

 

 

ザリュースの叫びにコキュートスが目の前のリザードマン達のことを思い出す。

巨大な植物系モンスターを討伐した時に足元でウロチョロしていた弱者だ。

戦士としての誇りも無く、強者に媚びるだけの哀れな存在。

だった。

だが今は違う。

その瞳を見るだけで胸に強き思いを抱いているのが理解できる。

 

 

「だから我々は貴方に戦いを挑まなければならない! 戦士として! オスとして! 貴方の蛮行は看過できない!」

 

 

ザリュース達リザードマンからなぜ敵視されているかコキュートスは分からない。

それはデミウルゴスが周辺に流した偽情報。

コキュートスが世界を滅ぼそうとしているという嘘に釣られて出てきたなどとコキュートス本人には分かるはずもない。

 

そして目の前のリザードマン達はつい先日自分が見た者とは明らかに変わっている。

 

 

「フム、男子三日会ワザレバ刮目シテ見ヨ、カ…。面白イ…!」

 

 

それになんであれ、戦士として戦いを挑まれたからには引くわけにはいかないコキュートス。

デミウルゴス討伐が最優先であるが、武人として創造されたコキュートスには武人として振舞うこともまた優先される事柄なのだ。

至高の御方の命令であればどんなことだろうが捨て置き即座に実行するがあくまでこれはアルベドの命である。

 

故に出た結論は武人としてこの者達を打ち倒してからデミウルゴスを排除するという順番になる。

 

 

だがそれだけでは終わらない。

帝国軍からの攻撃によって必然的にコキュートスの軍も動き出した。

それと同時にエ・ランテルも動く。

城門が開き、そこから雪崩のように兵士が溢れ出る。

それを迎え撃とうと3体のレベル80のシモベが動くがエ・ランテル上空から三魔将が突如として飛来し衝突する。

三体のシモベと三魔将の強さは拮抗しており両者は互いに掛かり切りになる。

 

そうこうしている間に今度はエ・ランテルから出てきた兵士達とその先頭を走る数名によってアンデッド達の隊列が一気に乱される。

 

 

「六光連斬!」

 

「神閃!」

 

 

その声と共に数体のアンデッドが一気に吹き飛んでいく。

 

 

「今だ! 敵の陣は崩れたぞ! 私とブレインに続け! 孤立したアンデッドを各個撃破しろ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 

ガゼフとブレインが先陣を切ってアンデッドに斬り込む。

そこへ後ろから部下達が続きアンデッド達の陣を崩していく。

 

 

「ガゼフのおっさんに後れを取るんじゃねぇ! こっちも行くぞオラァ!」

 

 

巨大なウォーピックを振りかぶり一撃で数体のアンデッドを破壊していく蒼の薔薇のガガーラン。

ティアとティナもそれに続きアンデッドを次々と切り伏せていく。

こちらでも彼女らを追うように王国の兵士達が後ろに続き、彼女達が撃ちもらしたアンデッド達を確実に屠っていく。

 

 

兵達の遥か後ろにはラキュース及びイビルアイが待機している。

彼女らが戦線に参加しないのは貴重な回復要因であるラキュースを失わないためということもあるがそれとは別の狙いがある。

 

イビルアイの手には一つの黒いオーブが握られている。

デミウルゴスから預かったこれから話を聞き、リグリットが竜王国へ向かっていたことを聞く。

そしてリグリットから蒼の薔薇への伝言を受け取った彼女達はリグリットをこちらへ呼び出そうとしていた。

 

 

「あの婆さんはその神とやらに無事会えたんだろうか?」

 

「どうかしらね…、でも今はこの場を乗り切る為にはあの人の力が必要だわ」

 

「そうだな、神の助力を得られるならよし。そうでなくてもあの婆さんがいればなんとかなるかもしれん…」

 

 

イビルアイはそう願いながら一つのアイテムを取り出す。

それはイビルアイが持つ特殊なアイテムで、特定の人物と場所を入れ替えることができるというものだ。

元々リグリットから貰ったアイテムであり効果範囲も正確には把握していない為、国外の場合どこまで有効かは分からないが今はその細い希望にすら縋りたい状況であるのだ。

そして無事に入れ替わることができれば単独で転移が行えるイビルアイは王国に戻ってくることが可能。

成功するように祈り、イビルアイはそのアイテムを使用する。

 

 

 

エ・ランテルの北端では地下に潜り隠れた民達に向かってラナーが必死に鼓舞している。

 

 

「ラナー様、ここもいつまで安全かわかりません。最悪の場合エ・ランテルを出る事も考えなければ…!」

 

 

横に控えるクライムがラナーへと進言するがラナーは静かに首を振る。

 

 

「いいえ、それはできません。沢山の人たちが命をかけて戦っているのです。なぜ私だけ安全な場所に隠れていなければならないのでしょうか…。もしこの戦いに敗れるならば私も命を落としましょう」

 

「し、しかし…ラナー様まで死なれれば王家の血筋が…」

 

「もはや王家の者が生き残ってもどうにもなりません。負ければ国、いや世界の危機なのです。なればこそ少しでも民達の不安を紛らわせることが唯一私にできること。私の声が少しでも民達の助けになるならばそれに勝る喜びはありません、どうか分かってクライム…」

 

「……。この場が危険と判断すればすぐに貴方を連れてこの場を離れます…!」

 

「ええ、それで構いません。ありがとう…クライム」

 

 

その言葉だけで胸に熱いものがこみ上げるクライム。

やはりこの御方は素晴らしい御方だと改めて思う。

腐った貴族達のように保身など考えず、民やこの国に生きる者たちの為を想っている。

このような御方に仕えられて自分は心底幸せ者だと思う。

だからこそ改めて思う。

絶対にこの御方を失うわけにはいかないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルを見下ろすように遥か上空からデミウルゴスはそれらを睥睨していた。

彼の頭からは一つの疑問が離れない。

 

ここまで上手く行っている。

人間達もデミウルゴスの思惑通りに動いてくれている。

蒼の薔薇の名前を借りれたおかげで王国やその周辺にはコキュートスが敵と認識される情報を流すことに成功した。

誰も疑っていない。

それに釣られてリザードマン達も集まったし成果は上々と言えるだろう。

帝国軍がコキュートスへ攻撃を仕掛けてくれたのは嬉しい誤算であった。

バハルス帝国にはマーレの手が伸びていたようなのでルベドと交戦に至ったマーレが指示した可能性はある。

 

それも含めデミウルゴスの作戦は全て上手くいった。

これ以上ないと言っていい。

 

だが一つ問題がある。

 

エ・ランテルにおいてデミウルゴスの仕事は終わった。

だからこそだ。

 

なぜだ。

 

そう心の中で呟く。

この為に王国を動かし、エ・ランテルに赴いてまでコキュートスを迎撃したのに。

 

 

「なぜ始原の魔法(ワイルドマジック)が放たれない…!? すでにコキュートスの足止めは完了している…。今なら確実に奴を仕留めることが出来る…!」

 

 

始原の魔法(ワイルドマジック)の範囲は把握していないが雲よりも高い位置にいるデミウルゴスなら何が起きても対応できる。

恐らく始原の魔法(ワイルドマジック)から逃れることも十分に可能な距離を取っているはずである。

 

ならばなぜ始原の魔法(ワイルドマジック)が放たれないのか。

 

ここでコキュートスを仕留められればアルベド達に対して優位に立てるはずなのに。

 

 

始原の魔法(ワイルドマジック)を放つタイミングを名犬ポチ様が計りかねている…? いやそんなはずはない、あの御方ならば全て見通されているはずだ…。なぜあの御方はここで始原の魔法(ワイルドマジック)をお使いにならない…?)

 

 

様々な考えがデミウルゴスの頭の中を巡る。

だが答えは出ない。

始原の魔法(ワイルドマジック)という圧倒的な力を所持し、二発もの猶予がある以上ここで使わないという可能性は考えられないのだ。

ここでコキュートスを落とせば戦況は確実に有利になるのだから。

 

ならばなぜだ?

 

深い思考に沈んだ末、やがてデミウルゴスがたどり着いた可能性。

 

 

「ま、まさか…、別の…、何かもっと深いお考えが…? 初めから始原の魔法(ワイルドマジック)は撃つつもりがなかった…? い、いや、そんなはずはない…。ならばなぜエ・ランテルを救った…? なぜ竜王国に向かった…? そのことには意味があるはずだ…。ああ、なんということだ…! 愚かな私では名犬ポチ様の高みには届かない…! どうかこの私の無能をお許しください…!」

 

 

誰もいない上空で何度も名犬ポチへと謝罪するデミウルゴス。

もしこれが自分の思い違いであったならばエ・ランテル及び王国での事は全て無駄だった。

自分は欠片も至高の御方の役に立てなかった。

心から恥じ反省するデミウルゴス。

 

やがて気持ちが落ち着くと冷静に次なる手を考える。

 

名犬ポチの狙いを把握できていないこの状況で下手に動くことはかえって足を引っ張ることにも繋がりかねない。

 

 

「恥じを忍んで直接お言葉を聞く以外にありませんね…」

 

 

だがここでもう一つ別の可能性にも思い至る。

もしかすると名犬ポチの身に何かあったのではないかと。

 

そうであるならば何を投げ打ってでも即座に向かわなければならない。

しかもこうなってしまってはアルベドと直接戦闘になる可能性も十分にある。

 

最悪を備えて動かなければならない。

 

そしてエ・ランテルからの離脱を決めるデミウルゴス。

三魔将にはメッセージでその旨を伝え、申し訳ないが足止めとなって貰うように命じた。

 

コキュートスに見つかれば面倒なことになるので見つからないように静かに移動しなければならない。

本当ならばすぐに飛んで行きたいところだがそうはいかない。

 

 

「では行きますよ、もしもの時は…分かっていますね?」

 

 

そんなデミウルゴスの問いに答える者達がいた。

いつの間にかデミウルゴスの背後に寄り添う複数の影達。

彼等は十二宮の悪魔。

デミウルゴスの正真正銘、最大の切り札だ。

 

彼等だけはエ・ランテルで失うわけにはいかないので郊外に待機させておいたのだがもはや関係ない。

十二宮の悪魔を連れて名犬ポチの元へと向かうデミウルゴス。

 

 

「名犬ポチ様…! すぐにお迎えに上がります、どうかご無事で…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは長い間続いた。

 

アルベドから預かった三体のシモベは三魔将と相打ちになり、すでにいない。

 

数千のアンデッド達は現地の人間達の果敢な攻撃によって壊滅状態。

チラホラと生き残りはいるものの潰されるのは時間の問題である。

 

もはや残っているのはコキュートスのみである。

 

 

なぜこうなったのか。

 

 

現地の戦力を全く考慮していなかったということもある。

アンデッド達の数に物を言わせて押し込めばそれで勝てると考えていた。

だがそうはならなかった。

個人で抜きんでていた者達が数名いたこともあるがここまで一方的にやられるとは思っていなかった。

 

だが結局は関係ない。

 

その者達も全てコキュートスの一薙ぎで切り伏せられるのだから。

だがいつデミウルゴスによる奇襲が仕掛けられるかわからず警戒しながら向かってくる者達だけを斬り殺していたが気づけばこの有様だ。

 

 

「王都ニ続キマタモヤ軍ヲ失ッタカ…。マタ無能ヲ晒シテシマウトハ…。イヤ、コノ者達ヲ褒メルベキカ…?」

 

 

すでにほぼ全てのリザードマンは地に伏せている。

特に名乗りがあったザリュース、ゼンベル、シャースーリューという者達は覚えている。

かつてトブの大森林の奥地で見た時とは違い、今回の彼等には戦士としての輝きを見た。

3人で協力したとはいえザリュースはコキュートスに一撃を入れることに成功した。

もちろんダメージなどない。

だがこの実力差で一撃を入れるということがどれだけ素晴らしいことなのかはコキュートス本人が一番理解していた。

 

彼等の死体を前にしてコキュートスが告げる。

 

 

「カツテ言ッタコトハ撤回シヨウ。オ前達ハ立派ナ戦士ダ」

 

 

そう告げるとコキュートスの視線がエ・ランテル前の兵達へと向けられる。

先ほどまでアンデッド達を倒し高揚していた兵達だがコキュートスの視線一つで怖気づく。

誰もその場から動くことが出来なくなってしまった。

 

だがその中から数名が出てくる。

 

 

「ハハ、あれは無理だな。一目でわかる」

 

「うむ…、だが同じ武に生きる者として憧れてしまうな」

 

「ああ、そうだな」

 

 

軽口を叩きながら出てくるブレインとガゼフ。

 

 

「オイオイオイ、マジか、いくらなんでもあれはねぇって」

 

「激しく同意」

 

「リーダーに蘇生してもらうしかない」

 

 

続いてガガーラン、ティア、ティナの三人も姿を現す。

 

遠目にコキュートスの強さは見ていたものの、いざ直視しそして視線を返されるとその強大さがより際立つ。

 

 

「兵士達は下がってろ。後ろに控えてる魔法詠唱者(マジックキャスター)達の壁になってやってくれ」

 

 

そうガガーランが後ろの兵達へと声をかける。

その声を受けて王国だけでなく帝国の兵達も後ろに下がっていく。

さらに後方では魔法詠唱者(マジックキャスター)達が集まり何かをしているがコキュートスには興味もない。

特に何が出来るわけでもない。

最後の足掻きを邪魔する程、無粋でもない。

全て正面から叩き潰せば良いだけだとコキュートスは考える。

 

 

「おい、ガゼフのおっさん。五人で行くぞ? 構わねーよな?」

 

「ああ。ここにきて一対一など言うつもりはない。そういう次元の相手では無いしな。とは言え向こうに確認もせず進めるのもあれだろう」

 

 

ガガーランの言葉を肯定した後、ゴホンと咳払いをしてガゼフが声を上げる。

 

 

「そこなる武人よ! 失礼を承知でお願いしたい! 我々五人で同時に勝負を挑んでも構わないだろうか!」

 

 

その問いに笑みを浮かべるコキュートス。

 

 

「構ワヌ」

 

 

この殺し合いの場でそんな事を尋ねる愚直さ、コキュートスは嫌いではない。

しかもこの五人、いずれも戦士としての輝きを宿している。

先ほどのリザードマンといい、人間達も捨てたものではないなと思う。

 

コキュートスの返事と共に動いたのはガガーラン。

一気に走り寄り巨大なウォーピックを振り下ろす。

それを小枝を掴むように簡単に止めるコキュートス。

他の腕に持つ武器で反撃を行おうとするがいつの間にかガガーランの影に潜んでいたティアとティナがその影から姿を現す。

 

 

「不動金縛りの術!」

 

「不動金剛盾の術!」

 

 

不動金縛りでコキュートスの動きを止めようとするティアと不動金剛盾で七色に輝く六角形の盾をガガーランの前方に出現させるティナ。

 

だがコキュートスの動きはコンマ一秒程も止まらず、また盾もあっさりと砕かれる。

 

 

「おわぁぁあ!」

 

 

だがそのわずかな差のおかげかギリギリでコキュートスの刃を回避することに成功するガガーラン。

 

 

「フム、妙ナ技ヲ使ウ」

 

 

その間にガゼフとブレインがコキュートスの後ろに回る。

 

 

「六光連斬!」

 

 

だがコキュートスは体を動かさず片手で全ていなす。

そして反撃の一撃を放つが、すでに領域を発動していたブレインがその一撃に反応し攻撃を合わせる。

だが止めるどころか力負けしたブレインが吹き飛ぶ。

しかしこちらもそのおかげでわずかに軌道がずれガゼフは避けることに成功する。

 

 

「ホウ、本気デハ無イトハイエコノ攻撃ヲ凌グカ…」

 

 

コキュートスから距離を取る五人だがこの一瞬で汗が滝のように流れる。

 

 

「いやいやアレ無理だろ…、まだドラゴンと戦えって言われた方がマシだぜ…!」

 

「全く同意」

 

「惨殺不可避」

 

「くそっ…、こんなに遠いのかよ…」

 

「自分の力がここまで役に立たんとはな…」

 

 

各自が思いのたけを口にする。

だが絶望はここからだ。

 

 

「次ハコチラカラ行カセテ貰オウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

五人はいとも簡単に倒れた。

いずれもコキュートスの一撃に耐えきれず誰もが一刀に伏した。

王国最強の戦士も。

それに匹敵する天才剣士も。

アダマンタイト級の冒険者でさえも。

冗談か何かのように呆気なく勝負は着いた。

剣閃すら追えず、死を自覚することもなく彼等は死んだ。

 

次にコキュートスは後ろに控える兵達に視線を移すが誰も逃げ出そうとしない。

 

 

「逃ゲタイノナラ逃ゲロ、追ワン。ダガ道ヲ妨ゲルナラ容赦ナク斬ル」

 

 

だがコキュートスのその言葉を聞いてなお兵達は動かない。

これは彼等の最後の抵抗だ。

勝てないのは百も承知である。

もはやいてもいなくても関係ない。

だがそれでも英雄たちの勇姿を見てわずかだが心が沸き立ったのだ。

いや、恐怖で竦んで動けないだけかもしれないが。

 

少なくとも結果として逃げ出す者は一人もいなかった。

 

だから次の瞬間、コキュートスの凶刃が兵達を襲う。

たった一薙ぎで数百人、返しでまた数百人。

そうこうしてあっという間に全ての兵士達が血の海に沈んだ。

 

兵達の奥では魔法詠唱者(マジックキャスター)達が巨大な魔法陣を作っていた。

その中でも中心に近い場所にいたラキュースがコキュートスを憎々し気に睨みつけている。

 

 

「集中しろラキュース! 心を乱すな! 円陣が崩れる!」

 

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)の中で先頭に位置する場所にいたイビルアイが窘める。

 

 

「わ、分かってるわよ…!」

 

 

仲間を殺され、多くの兵達が殺され、それでも何もできない事が心底悔しかった。

唇を強く噛み締めた為、端から血が零れる。

 

今彼らが必死にやっていることは最後の足掻きだ。

これが通用しなければもう何も通用しない。

 

それは大儀式。

 

複数の魔法詠唱者(マジックキャスター)が集まり、普段は行使できないような位階の魔法を行使する技だ。

リザードマンですら知っている。

 

それを中心で構成する者達の中にいる老人。

フールーダ・パラダイン。

バハルス帝国の主席宮廷魔法使いであり、英雄の壁を越えた大陸に4人しかいない「逸脱者」の1人。

そして死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウ。

200年前に「十三英雄」の一人として魔神たちと戦った伝説の存在にしてフールーダに匹敵する最高レベルの魔法詠唱者(マジックキャスター)

次にラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

アダマンタイト級チーム「蒼の薔薇」のリーダーにして第5位階の魔法を行使する英雄中の英雄。

周囲にはフールーダの高弟、冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)達。

中にはリザードマンのドルイドであるクルシュ・ルールー。

他にも魔法に覚えのある者達がこれでもかと集まっていた。

そんな彼等の先頭にいるのはイビルアイ。

その正体はかつて一国を滅ぼした伝説の吸血鬼”国堕とし”。

知る者は数少ないがその実力はこの世界において竜王や神人を除けば最上位である。

現地で考えればあり得ない程のメンバーである。

 

大儀式をやるにあたって彼らが集めているのは魔力。

ここにいる魔法詠唱者(マジックキャスター)達からフールーダが魔力を吸い上げ、ラキュースがその魔力が零れないように維持しながらリグリットへ。

リグリットは死の宝珠の力と共に自分の魔力をイビルアイに同期させ、自身に2位階の魔法の上昇を可能とさせる《オーバーマジック/魔法上昇》をかける。

 

これにより、イビルアイはここにいる魔法詠唱者(マジックキャスター)の魔力全部と第7位階に匹敵する魔法を撃つことを可能とした。

蟲系に有効なオリジナルの魔法《ヴァーミンべイン/蟲殺し》。

第7位階にまで引き上げたそれが彼等の隠し玉。

発動までにガゼフやブレイン、ガガーランにティア、ティナ、そして大勢の兵達。

彼等の命を犠牲に発動までの時間を稼いだのだ。

 

しかも魔力量は膨大で、この世界においては規格外。

並みの竜王ならば撃ち落とせる程の力を誇る域に達していた。

 

 

だが相手はコキュートス。

ナザリック地下大墳墓の守護者にして脅威のレベル100。

 

現地の者達が奇跡と呼べる領域に達して尚、歯牙にもかけない存在なのだ。

だから彼等の渾身の一撃はコキュートスにかすり傷程度しか与えられない。

 

このままならば。

 

だがここにおいて誰もが予想しないことが一つだけ起きる。

 

現地の者達はもちろん、コキュートスさえも。

 

だからこれはコキュートスにとって最大の不幸であっただろう。

 

故にコキュートスを責めるのは酷というものだろう。

 

この場にいては知りようがない出来事でもあるのだ。

 

本来ならば何でもない一撃。

 

それが致命傷になりえる事態になったとしても彼に非は無い。

 

なぜならこの魔法が放たれる刹那、コキュートスに降りかかった悲劇。

それを回避できる者は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

コキュートスはここで敗北する。

 

 

再度、言おう。

 

これはコキュートスにとってただただ不幸であった。

 

彼はただ、カッツェ平野の南で行われた戦いの余波に巻き込まれただけなのだ。

 

ここにいてそんな目に遭うなど誰が想像できようか。

 

コキュートスが敗北する直前、聞こえたのは誰かの鳴き声。

 

それがトリガー。

 

コキュートスの感覚器官が現地の者達より優れていたということも関係するかもしれない。

 

 

鳴き声が聞こえた瞬間、それはまるで呪いのようにコキュートスの全てを蝕んだ。

 

 




次回『猫が見た夢』カッツェさんのターン到来。



デミウルゴスの周回遅れ感ハンパない…。
で、でも彼はここからですから…!

あと今回はいくつか反省点をば。
自分でも分かるぐらい今回は駆け足すぎた気がします。
とはいえしっかりやろうとすると数話使うことになるような気がしてしまい生き急いでしまいました…。
今まで何度もその愚を犯してきたので…。
ここで3話とか続くとかなりダレてしまうのではないかと危惧した結果です…。
流石に駆け足すぎるという意見が多ければ余裕が出来た時に加筆するかもしれません。

そしてまた今回も少し日にちが開いてしまいました…。
定期的にちゃんと更新している人は本当に凄いと思います(小並感)

PS ちょっと時間できたんで次話数はすぐ書きます

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