オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!


大体みんな脱落、善悪コンビは元気ハツラツ♪
聞こえてるか最高のリリック♪ yeah!


災厄を齎す者

カッツェ平野の最北。

エ・ランテルのすぐ近くでその戦いは終わりを迎えようとしていた。

 

 

「死んでいった仲間達の無念…! 晴らさせてもらおう…!」

 

 

フールーダ、リグリット、ラキュースを中心とした大人数による大儀式。

そこで集めた魔力の全てがイビルアイへと集められる。

 

 

「ぐぐぐぐ…!」

 

 

あまりに膨大な魔力に並の人間なら簡単に押し潰されてしまうだろう。

だがここにいるのはかつて一国を滅ぼした伝説の吸血鬼"国堕とし"。

彼女ならばその破格の魔力でさえ耐えられる。

 

 

「あぁぁああ! 食らえぇ!《ヴァーミンべイン/蟲殺し》!」

 

 

イビルアイの眼前に出現した巨大な魔法陣から白い靄が放出される。

それは濃く、まるで生き物のようにうねり対象者へ向かっていく。

 

そこに立つはコキュートス。

ナザリック地下大墳墓の守護者。

この世界で言うならば竜王すら凌ぐ強者である。

 

 

「フン、面白イ。受ケテ立ッ…!?」

 

 

正面から魔法を受け止めようとしたコキュートスの耳に誰かの叫び声が響いた気がした。

咄嗟に後ろを見る。

そこにあったのは世界を浸食するような深い闇。

それがコキュートスの体に纏わりつくと同時に犬の形へと変貌していく。

 

 

「ナンダコレハッ…!?」

 

 

恐ろしい感触に震えるコキュートスだがそれの正体に思い至る。

 

 

「名犬…ポチ…様…!? ナ、ナゼ…!?」

 

 

急激な力の減衰、脱力感がコキュートスの全身を支配する。

だがそれと同時に目の前の人間達によって放たれた魔法はコキュートスの目の前まで迫って来ていた。

 

 

「シマッ…!」

 

 

即座に振り返り受け止めるコキュートス。

本来ならばなんでもない魔法だっただろう。

だが突如訪れた不幸のせいでコキュートスの強さはレベル66相当に落ちていた。

 

それでもこの世界では強者。

 

まともに戦えば目の前の者達全員を屠ることさえ可能であっただろう。

だが敗因はいくつかある。

 

名犬ポチのスキルに気を取られ、最初の一撃をまともに喰らってしまったこと。

そして何よりこの魔法が蟲系に特攻であったこと。

さらに大儀式や《オーバーマジック/魔法上昇》の効果により威力がハネ上がっていたこと。

そして。

 

 

「まだまだだぁっ!《ヴァーミンべイン/蟲殺し》!《ヴァーミンべイン/蟲殺し》!《ヴァーミンべイン/蟲殺し》!」

 

 

大勢の魔法詠唱者(マジックキャスター)から集められた魔力により無数に魔法が放たれた事だ。

 

 

「ウグォォォオオオオオ!!!」

 

 

この世界では究極魔法の域。

とはいえ一撃では弱体したコキュートスの命にすら届かぬ魔法。

だがそれも数発、数十発、数百発と放たれていく。

 

その全てがコキュートスの体へ降り注がれた。

 

途中から数も数えられない程に放たれ続けた魔法。

 

 

「く……!《ヴァーミンべイン/蟲殺し》っっ…!」

 

 

最後に振り絞った一発をイビルアイが放つ。

ここにいる魔法詠唱者(マジックキャスター)全員分の魔力、その残りカスである最後の一撃。

全てを出し切ったイビルアイはその場に膝をつく。

魔力を限界まで消耗したおかげでもはや立っていられない。

後ろに控える魔法詠唱者(マジックキャスター)達も同様だ。

その全員が地に伏している。

 

やがて《ヴァーミンべイン/蟲殺し》により発生した白い靄が次第に薄れていく。

 

だがコキュートスは未だ立っていた。

 

 

「ハァッ…、ハァッ…」

 

 

それを見て愕然とするイビルアイ達。

彼女達の全てを出し切ってなお、覇王を倒すには至らなかった。

 

 

「ば、化け物め…!」

 

 

憎々し気にイビルアイが吐き捨てる。

それに反応するようにコキュートスが歩を進める。

死を覚悟するイビルアイ。

だが。

 

 

「見事ダ…!」

 

 

そう呟くとイビルアイの目の前でコキュートスの体が砕け、氷の結晶となって散った。

後には何も残らない。

 

彼女達がコキュートスを倒したという事実以外は。

 

 

「や、やった…のか…?」

 

 

イビルアイのその呟きと同時に周囲が沸いた。

 

 

「や、やったんだ! 倒したんだ!」

 

「信じられない…!」

 

「流石フールーダ様だ!」

 

「蒼の薔薇万歳!」

 

 

皆が口々に喜びを口にする。

もう立てない程に疲労していたにも関わらず全員が立ち上がり抱き合っていた。

 

 

「は、ははは…! やった…! やったんだな…!」

 

 

放心するイビルアイに後ろからラキュースが抱き着く。

 

 

「やったのね…! 私達やったんだ…!」

 

「ああ、そうだな…! おいおい美人が台無しだぞ…」

 

 

泣きじゃくるラキュースの顔を見てやれやれと嘆息するイビルアイ。

 

 

「私は死んだ奴等に安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)をかけてくる…」

 

「分かったわ…。私も魔力を使い果たしてしまったから今日は無理だと思うけれど明日から回復し次第、蘇生するわ…」

 

「ああ…」

 

 

全員は無理だろうがそれでも生き返らせられる奴はそこそこいる筈だ。

これからラキュースは大変だなと笑うイビルアイ。

 

 

「ねぇ、イビルアイ。私ね、デミウルゴスさ…、殿に知らせてくるわ!」

 

「あ、ああ。うん、わかった。ここは私に任せておけ」

 

 

そう言ってラキュースは走っていく。

それを見てイビルアイはこれだけ疲労してても走れるんだから凄いな、と思う。

だがここで一つ疑問が浮かんだ。

 

なぜデミウルゴスはこの戦いに参入してこなかったのだろう。

 

あれだけ人を愛していた悪魔がここで斬り捨てられていく人々を見捨てるとは思えない。

 

 

「奇襲に備えるとか言って裏を守っていたはずだが、どうなったんだ…?」

 

 

ラキュースは走る。

デミウルゴスが待機しているはずの場所へ向かって。

 

だがそこにデミウルゴスはいなかった。

 

どこを探してもデミウルゴスが見つかることはなかった。

ラナー王女ですら行方を知らないらしい。

 

 

「デミウルゴス様…、どこに行かれたのですか…?」

 

 

恋する乙女の言葉は風に流され誰の耳に入ることもなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

デミウルゴスとセバスが並び立つ。

 

相対するのはルベド。

 

両者の視線が静かに交差した。

 

 

「セバス、貴方も邪魔をするの…?」

 

 

もはや原型を留めていないアルベドの死体を見てセバスが呟く。

 

 

「申し訳ありませんが私は来たばかりですのでどうして貴方とデミウルゴスが敵対しているか分からないのです。肝心のアルベドはそちらで死んでいるようですが…」

 

「モモンガ様を殺すの」

 

「っ…!」

 

「でもデミウルゴスが邪魔をするから私は」

 

「もう結構です、皆まで聞かなくても十分。どうやら貴方は私の敵のようです」

 

「そう、残念」

 

 

その言葉と共にルベドの姿が消えた。

セバスの懐に入り込みパンチを放とうとする。

それと同時に肘からジェット噴射が起こり拳の速度を跳ね上げる。

 

だがセバスはそれを受け流しルベドの鳩尾に拳を突き刺す。

 

その勢いで後方へルベドが吹き飛んでいく。

 

 

「流石ですね、セバス」

 

 

ルベドの攻撃を躱したセバスを賞賛するデミウルゴス。

だがセバスの顔色は良くない。

 

 

「いえ、攻撃を逸らしただけで腕が痺れてしまいました…。なるほど、あれがルベド…。恐ろしい強さですね…」

 

「貴方と私が組んだとして勝算はどれほどですか?」

 

 

デミウルゴスの問いに沈黙するセバス。

しばらくして重々しく口を開く。

 

 

「私の読みが正しければ…、10%程です…」

 

「なっ…!」

 

「戦力的にはコキュートスかアルベドのどちらかがいればまだ可能性はあったでしょうが…。申し訳ないですが私だけではルベドの攻撃を防ぎきれません…」

 

「そ、それほどですか…!? で、ですが今のルベドは片腕を失っています…! ならば…!」

 

「いいえ。片腕を失った状態で今の計算です。もし万全だったのなら、私とコキュートスとアルベドの三人がかりで勝負になるという所でしょうか…」

 

「な、なんという…!」

 

 

言葉を失うデミウルゴス。

セバスの言う事が正しければとてもではないが二人だけで対処できる相手ではない。

 

 

「しかしデミウルゴス。あの片腕は一体誰が…?」

 

「恐らくマーレです」

 

「なるほど、マーレですか。流石ですね、一体どうやってあのルベドから片腕をもぎ取ったのか…。マーレがここにいれば勝てたかもしれませんね…。とはいえ無いものねだりをしても仕方ありません…」

 

「そうですね、対策を考えましょう」

 

 

ここでデミウルゴスはセバスに名犬ポチの死体を回収しなければならないことを伝える。

 

 

「なるほど…。では私が囮となりますのでその間にデミウルゴスが連れて逃げて下さい」

 

「いいえ。それには及びません」

 

「ふむ?」

 

「私に案があります、しかし……」

 

 

デミウルゴスがセバスに耳打ちする。

それにセバスが驚き目を開く。

 

 

「ま、まさか…!」

 

「それしかありません。仮に逃げても追い付かれれば詰みですからね…」

 

「しかし本気ですかデミウルゴス…」

 

「勿論です。それよりも貴方に協力して貰わなければならないのが心苦しいですが…」

 

「それは構いませんよ。至高の御方に捧げるのならばこの命惜しくはありません」

 

 

二人が互いに頷く。

そして吹き飛んだルベドが再び接近してくる。

 

 

「とはいえ隙を作らなければなりませんね! 援護して下さいデミウルゴス!」

 

「ええ、了解です」

 

 

再びセバスがルベドと衝突する。

 

 

「むっ…」

 

「こうかな?」

 

 

一目で学習したのか今度は先ほどのセバスのようにルベドがセバスの攻撃を受け流す。

 

それによって体が流れてしまったセバスに攻撃を放とうとするルベドだが。

 

 

「悪魔の諸相:触腕の翼!」

 

 

巨大化させた翼から鋭利な羽を撃ち出しルベドを攻撃するデミウルゴス。

攻撃体勢に入っていたルベドは咄嗟にセバスから距離を取り回避するがわずかに被弾を許してしまう。

 

 

「遠距離攻撃…。先に潰さないと面倒」

 

 

今度はデミウルゴス目掛けて突進するルベド。

デミウルゴスの身体能力ではルベドの攻撃から逃れることはできない。

だが。

 

 

「あうっ…!」

 

 

ルベドは後ろからセバスの蹴りをまともに受けてしまう。

その衝撃で地面へ叩きつけられ小さいクレーターを作る。

クレーターの中心で空を見上げるルベド。

 

 

「そっか…。二人相手だから片方に背中を向けちゃ駄目だよね…。二人相手って大変…」

 

 

大地を蹴りルベドが飛翔する。

今度はセバスへと向かっていくが距離を上手く取り、援護攻撃をしにくいように自分とデミウルゴスとの間にセバスが来るように位置どる。

 

 

「くっ…! このままでは狙えないか…!」

 

 

デミウルゴスも射角が取れるようにすぐ動くが、わずかに遅れをとることになる。

その隙にセバスに攻撃を叩きこむルベド。

いくらか受け流し、また防御に成功するセバスだが数発受けてしまう。

 

そして攻撃後に放たれたデミウルゴスの魔法をギリギリで回避するルベド。

 

 

「くっ…!」

 

 

そして回避したまま地面を転がり拳をデミウルゴスに向ける。

 

 

「ロケットパンチ」

 

 

ルベドの手首から先が離れ、デミウルゴス目掛けて勢いよく発射される。

それと同時に自身もデミウルゴスを回り込むように動き、発射した手と別方向からデミウルゴスへと攻撃を仕掛ける。

だが復帰したセバスによって死角から再び地面へと叩き落されるルベド。

デミウルゴスも辛うじてロケットパンチを回避することに成功する。

 

 

「マズイですね、デミウルゴス…。ルベドの学習能力が高すぎます…! 同じ攻撃はもう通用しないでしょう。長期戦になればなるほどこちらが不利になります…!」

 

 

ルベドが地面に落ちた衝撃で土煙が吹き上がるが今度はクレーターは出来ていない。

セバスの攻撃を空中で受け流しており、その衝撃を殺していたのだ。

自分に戻ってきたロケットパンチを回収して再び腕に装着するルベド。

 

 

「そのようですね…。最初と違ってこちらの動きを見ながらセバスに攻撃を仕掛けているのが分かります…」

 

 

攻撃を交わすごとに進化するルベド。

このまま戦いが続けば二人の手に負えなくなる。

 

いや、もうすでに。

 

 

「デミウルゴスッ!」

 

 

セバスの叫びにデミウルゴスが反応する。

地面を蹴り巻き起こした土煙に乗じて死角からデミウルゴスへとルベドが接近していた。

 

セバスの言葉で反応が間に合ったものの、それでもルベドの攻撃からは逃れられない。

 

デミウルゴスの背後に回り込んだルベドが翼を掴み蹴りを入れる。

咄嗟にガードするデミウルゴスだがガードした片腕と片足が吹き飛ぶ。

接近したセバスに気付いたルベドがデミウルゴスを地面へと勢いよく投げ捨てる。

その衝撃で片翼が千切れ飛び、激しく地面に叩きつけられたデミウルゴスは起き上がることが出来ない。

 

次にセバスの何発もの拳がルベドを襲うが片腕で全ていなしていく。

前とは違い、今度は全て捌き切る。

セバスの攻撃の合間を突き、頭部への蹴りを放つルベド。

即座にガードするセバスだがジェット噴射の勢いが乗った蹴りの勢いに耐えきれずヘシ折れる。

その勢いを受けセバスが大地を転がっていく。

 

 

そのやり取りの間、なんとか起き上がろうとするデミウルゴスだが立てない。

 

 

(た、たった少しの間でここまで強くなるのか…! 戦い方もそうだが最初は捌けなかったセバスの攻撃を全て捌けるようになっている…! ま、まずい…、このままでは…!)

 

 

だがデミウルゴスの焦燥とは裏腹に体は言う事を聞かない。

 

トドメを刺そうとルベドがデミウルゴスへと走り寄る。

そして肘からジェット噴射を吹き出しながら必殺の拳をデミウルゴスへと向かって放つ。

 

だが。

 

 

「がふっ…」

 

 

セバスがデミウルゴスの壁となり二人の間に割って入った。

ルベドの拳はセバスの体に風穴を開ける。

大量に吐血するセバス。

 

 

「セ、セバス…!」

 

「デミウルゴス…! ルベドは私が抑え込みます…! 今の内に…!」

 

 

セバスの言葉に苦々しい顔をしながらデミウルゴスが頷く。

 

 

「出でよ、十二宮の悪魔よ!」

 

 

デミウルゴスの叫びに応じて待機していた十二宮の悪魔達が動き出す。

 

ルベドは追撃を放つ為にセバスから拳を抜こうとするが。

 

 

「…! 抜けない…!」

 

 

身体の筋肉と無事な腕でルベドの片腕を押さえつけるセバス。

 

押し込むという動作ならばジェット噴射の力でブーストがかかるルベドだが引き抜くという作業ではそうはいかない。

ルベドが腕を引き抜けずモタついている間にセバスは形態を変化させる。

 

竜人であるセバスの本気形態、すなわち竜である。

 

 

「オオオォォォオオオオオ!!!」

 

 

大地を震わせるような咆哮と共にセバスの体が変化する。

巨大な体躯へと変貌していくセバスに、腕が刺さったままのルベドも巻き込まれていく。

セバスが竜に変化する過程で刺さっていた腕はさらに深く突き刺さることとなり、どんどんと抜けなくなっていく。

 

 

「う…、ぐ…!」

 

 

周囲の鱗を蹴りで肉片ごと吹き飛ばし隙間を作っていくがそれよりも巨大化のスピードが速く鱗の中へと埋もれていくルベド。

完全な竜へと変化したセバスは自分の胸元に刺さっているルベド目掛けて灼熱の炎を吐き出す。

咄嗟に体を丸め、被害を最小限に抑えるルベド。

その隙に自分の胸をルベドごと殴打するセバス。

ルベドにダメージを与えると共にセバス自身もダメージを受けるがそんな事を言っている場合ではない。

ここで抑え込まなければやられるのは自分なのだから。

そしてルベドのガードが緩んだのを確認したセバスは再びブレスを吐こうと構えるが。

セバスの胸元から爆発したように光が放たれた。

 

 

「ゴァアアアアアア!!!!」

 

 

セバスの絶叫とも言える咆哮が響き渡る。

激しい光が消えると共にセバスの体には巨大な穴が空いていた。

大きさで言うならばルベドの何倍ものサイズの穴。

この一撃で胴体のほとんどが吹き飛んだセバスは力なくその場へと倒れた。

 

これはルベドの必殺技である荷電粒子砲。

マーレとの闘いでは使うことが無かったがもし使っていれば一撃で勝負がついていただろう。

それほどの威力。

竜形態であるセバスですら一撃の元に葬り去るルベドの最終兵器だ。

セバスの体から解放されたルベドが大地に降り立つ。

 

 

「まだ戦闘に無駄が多い…。いくらか被弾してしまった…。もっと学習しないと…」

 

 

ブツブツと呟きながら倒れているデミウルゴスへと歩み寄るルベド。

そして顔を上げデミウルゴスに視線を移す。

 

 

「次はデミウルゴスの番だよ」

 

「感謝しますよセバス…。おかげで準備が整いました…」

 

「…? 何を言って…」

 

 

周囲を見渡したルベドが気づく。

いつの間にか十二宮の悪魔達が自分を囲うように待機している。

 

だがいずれも80レベル前後の者達、ルベドの敵ではない。

しかし目の前のデミウルゴスが不敵に笑う。

 

 

「何がおかしいの?」

 

「なんとか貴方を止められそうなのでね…」

 

 

クックックと笑うデミウルゴスを不思議そうにルベドが見つめ首をひねる。

 

 

「彼我の戦力差は明らか。デミウルゴスじゃ私に勝利できる可能性は完全に0だよ?」

 

「ええ、私一人ならね。だがここには十二宮の悪魔がいる…!」

 

「この悪魔たちの戦力を足しても私には届かないと思うけど…」

 

「ええ、そうでしょうね…。でもね、十二宮の悪魔にはこういう使い方があるのですよ」

 

 

デミウルゴスの台詞と共に十二宮の悪魔達が輝きだす。

 

 

「もう詠唱は終えました…、発動しろっ! <()()()()()()()>!」

 

 

デミウルゴスの号令と共に十二宮の悪魔達の間に巨大な魔法陣が描かれる。

その中心にいるのはルベド。

魔法陣の中から七つの影が這い出てルベドの体に巻き付いていく。

 

 

「ぐっ…! うぅぅ…!?」

 

 

影に巻き付かれたルベドの動きが鈍る。

何十倍もの重力の中を歩くように動きが遅くなっていく。

それはルベドが使うことが出来る<五芒星の呪縛>の上位版、完成形。

 

 

「どうですか? 十二宮の悪魔、その十二体が揃うことで相手を完全に拘束する呪縛を発生させるスキルです」

 

 

だがルベドの動きは完全には止まらない。

それもそのはずだ。

ここに十二宮の悪魔は7体しかいないのだから。

 

 

「数が足りないよデミウルゴス…。これじゃ私は止まらない…!」

 

 

魔法陣の中をゆっくりと移動していくルベド。

だがデミウルゴスは笑う。

 

 

「いいえ? ここに全て揃っていますとも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…」

 

 

そしてデミウルゴスが宝石の目を見開く。

 

 

「<悪魔の呪言>! 全ての十二宮の悪魔達よ! ルベドを拘束しろっ!」

 

 

それはデミウルゴスの持つスキル<支配の呪言>の特殊版。

自分の支配下にある悪魔達にどのような場合であろうと強制的に命令を下せるスキルである。

 

デミウルゴスのその言葉と共にルベドの体の中から5つの影が這い出る。

 

 

「な…! あぁっ…!」

 

 

ルベドがたまらず目を見開く。

何が起きたか理解できないのだ。

 

自分を囲む7体の悪魔達の影と、自分の中から表れた5つの影によってルベドは完全に拘束される。

いくらルベドが最強だとて関係ない。

これはそういうスキルなのだ。

 

長い詠唱時間と引き換えに、一定時間どんな対象をも完全に拘束する十二宮の悪魔達のスキル。

ユグドラシルにおいてレイドボスにすら有効である拘束技。

ただ、12人が同時にスキルを行使する都合上、普通に戦った方がマシなのだが。

 

 

「な、何が…! う、動けないっ…!?」

 

 

デミウルゴスはルベドがどのように創造されたのかおおよそ見当がついていた。

いや、より正確に言うならばその材料の一部、と言い換えた方がいいだろう。

 

ルベドが王都で使用した<五芒星の呪縛>を見た時から感づいてはいた。

一部の悪魔、つまり十二宮の悪魔しか使用できないそのスキルをなぜルベドが使えるのか。

さらに言うならばこのスキルで扱える星の数は十二宮の悪魔の数と比例する。

それなのになぜか単体で<五芒星の呪縛>を使えるルベド。

7体しかいない十二宮の悪魔達。

 

分からない方がどうかしている。

 

 

「半分、賭けではありましたがね…。ですが状況から考えればそうでない方がおかしい…。そして貴方がスキルを使える以上、材料にされた悪魔達の能力は生きている…! それならば私のスキルによる命令も受け付けると思ったのですよ…」

 

「う…、ぐぐぐぐ…!」

 

 

必死で拘束を破ろうとするルベドだがビクともしない。

どんな対象でも拘束できる<十二芒星の呪縛>の前に抗う事は出来ない。

 

 

「で、でもデミウルゴスじゃ私のことは破壊できない…!」

 

 

ルベドの考えは正しい。

弱っているデミウルゴスではとてもではないがルベドを破壊することは叶わない。

その前にスキルの効果が切れてしまうだろう。

 

 

「クアドラシルッ!」

 

 

デミウルゴスの言葉に応じるように何もない所から一匹の魔獣が姿を現す。

アウラのペットにして上位魔獣イツァムナー、クアドラシル。

その擬態能力はユグドラシルでも上位に入る。

 

 

「預かった真なる無(ギンヌンガガプ)は有効活用できませんでした、申し訳ありません…」

 

 

そうしてデミウルゴスが真なる無(ギンヌンガガプ)を取り出しクアドラシルへと投げ渡す。

 

 

「本当は私も共に帰還したかったのですがもう出来そうもありません。名犬ポチ様を連れてここを離れて下さい」

 

 

デミウルゴスの言葉にクアドラシルが頷く。

 

 

「ああ、それと近くに金髪の女性と子犬がいる筈です。両方とも名犬ポチ様のシモベなので一緒にお連れして下さい。いいですね?」

 

 

再びクアドラシルが頷くと、この場から走り去っていく。

道中でアウラの使いとしてクアドラシルと合流していたデミウルゴスだがもしもの時を考え、ずっと近くに置いておいたのだ。

それがここに来て功を奏した。

 

 

「さぁ終わりですよルベド…」

 

「くっ…」

 

 

必死で拘束を解こうと試みるもやはり全てが徒労に終わる。

だがルベドは認めるわけにはいかない。

ここで終わるわけにはいかないのだ。

 

 

「一つ尋ねましょうルベド、漢の浪漫、というものを知っていますか?」

 

「…? 知らない…」

 

 

その答えに残念そうにするデミウルゴス。

 

ナザリックの守護者達にはそれぞれ最も秀でた分野がある。

例えばアルベドなら防御最強。

シャルティアは総合能力最強。

コキュートスは武器戦闘最強。

アウラは集団戦最強。

マーレは広範囲殲滅最強。

ヴィクティムは時間稼ぎ最強。

守護者ではないがセバスは肉弾戦最強。

このように。

 

ならばデミウルゴスは何なのだろうか。

 

 

漢の浪漫最強。

それがデミウルゴス。

 

 

拘束されているルベドへとフラフラとだが歩み寄るデミウルゴス。

 

 

「漢の浪漫…。まぁ数多く存在するようですが、ウルベルト様がそうであると考えるものをいくつか語らせて頂きましょう。一つ目、ピンチの状態から逆転すること。二つ目、例え実用性が低いとしても一発で決められる技を持つこと」

 

 

そう言いながらデミウルゴスの体が変形していく。

 

それは第三段階形態”アインズ・ウール・ゴウンにおいて最も恐ろしい悪魔の姿”と呼ばれる姿である。

 

 

「そして三つ目、自分の大事な存在のために命を懸けること。だそうですよ」

 

 

次第にデミウルゴスの体が高熱を帯びていく。

それを見たルベドの中で警告音が鳴り響く。

 

このエネルギー量はまずい。

これは自分を破壊しうる、と。

万全の状態ならばいざ知らず、片腕を失い、体の至る所が損傷していては持ちこたえられない。

 

 

「この技は発動までに時間がかかるのが難点でして…。ですが動けない貴方ならば外す心配はありません。さてどうでしょうか、私は今、ウルベルト様から教わった男の浪漫というものの条件を満たしている。そう思いませんか?」

 

 

ニコリとデミウルゴスが笑う。

 

 

「---っ!!!」

 

 

再度拘束を破ろうと抗うルベドだがやはりビクともしない。

 

このデミウルゴスの切り札は規格外の破壊力を持つ。

一撃に限るならばルベドの荷電粒子砲より格上でさえある。

この世界で言えば始原の魔法(ワイルドマジック)以上の威力だ。

 

 

 

だがその代償は大きい。

 

デミウルゴスの誇る最大最強の切り札、それはどんな者も一撃で屠ることが可能な究極の一撃。

 

特殊な技ではない。

 

ありきたりでシンプルな技。

 

 

 

 

敵と共に自爆する、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルベド。

 

 

大錬金術師タブラ・スマラグディナにより創造されし三姉妹の末妹。

最強の個を作るということを目的として作られたタブラの野望にして悲願。

中二病の行き着く先である。

 

だが正攻法ではどうしても作ることができなかった。

ユグドラシルでいくら最強のNPCを作ろうとしてもやはり限界がある。

ナザリックの中ではペロロンチーノが創造したシャルティアが最もその理想に近かったがタブラはさらに上を求めた。

もっと揺るぎなく、相性の悪ささえ覆す絶対的な最強。

 

 

そしてタブラが辿り着いた答え、それは。

 

 

ユグドラシルの機能に頼らずNPCを作るということだった。

ゲーム内のNPC制作という項目から制作した場合、どうしても制限や上限が邪魔をする。

当たり前の話だ。

誰も彼もがキャラクターを作ろうとした時に強く作ろうとする。

だが大勢のプレイヤーが存在する以上、バランスというものからは逃れられない。

作りたくて最強など簡単に作れるはずがない。

それを回避する誰も考え付かないNPCの制作方法とは。

 

ユグドラシルという世界の中で物理的に1から組み上げる、ということだった。

 

PCの中で動くデジタル上のPCを作るという事は技術的に可能である。

 

破格の自由度を誇り、リアルな物理演算が行われるユグドラシルの中で機械仕掛けの人形を自ら作るというのはさほど難しい事では無かった。

ただ最強となると話は別だ。

ブルー・プラネットやヘロヘロ、ベルリバーなどに設計を手伝って貰い、少しではあるがるし★ふぁーがちょろまかしたギルドの貴重な資源である超希少金属をさらにちょろまかし、さらに他にも超希少金属をありったけつぎ込んだ。

ゲーム内で物理的にパーツを一つ一つ組み合わせ作り込んでいく。

そうしてユグドラシルというゲーム内の機能を一切使わずに一体の自動人形を作ることに成功した。

結果として、相性の問題こそあれど公式チートと呼ばれる「ワールドチャンピオン」でさえ単独で倒しうるスペックを持つことに成功した。

 

だがユグドラシルというゲームの物理的限界がAIの限界でもあった。

もしかすると強さを優先して作りすぎたのもあるかもしれない。

代償としてルベドは自律して動くことができなかった。

自我を持たず簡単な命令に従うことしかできない。

そして一度下された命令は任務を遂行するか失敗するまで止まることはない。

ゲーム上のプログラムで操作することはもちろん不可能。

最強の力を持つ最高傑作でありながら、最も使い勝手の悪い失敗作。

 

こうしてユグドラシルのルールに縛られず創造されたルベドは、ナザリックにおいて唯一忠誠心を持たないシモベとして存在することになる。

 

だがこの時点では金属骨格を持つスケルトンにしか見えない外見である。

ユグドラシルの機能を使わない以上、無骨な外見になるのは必然であった。

もちろん新たに作った外装を上から載せてもいいのだがゲーム内でキャラクターとして認識されないため、外装を載せる為にわざわざ別のプログラムを制作しなければいけなくなる。

物体用の外装でも動くルベドに対しては有効ではない。

 

だがここでタブラは思いつく。

自分の錬金術師としてのスキルを使えば、無機物であろうが何だろうが簡単に合成することができる。

 

そうしてナザリック内で協力者を募ったところ、ウルベルトが手を上げた。

ウルベルトから貰ったのは十二宮の悪魔という上位NPCのうち5体。

この5体の悪魔をタブラは自身のスキルで錬成し直し、新たな物質へと作り変えた。

それはルベドの血となり肉となる。

無骨な金属骨格から白髪の美少女へ。

 

そうして生まれたのがルベドである。

 

だがここで終わればそれで良かった。

ユグドラシル終了と共に異世界へと転移したナザリック。

自我を持ち行動するようになったNPC達。

ならばルベドは?

 

彼女だけが他のNPCと違う。

キメラのようにあらゆる素材をかき集めて強さだけを考えて作られた存在。

ツギハギだらけの紛い物。

どれだけ他のシモベと同じように見えても、どれだけ似ていても彼女は根本的に違う。

ただそのように動くだけのからくり人形。

ナザリックに存在する一つだけの偽物(スピネル)

決して本物(ルビー)にはなれない。

命令に忠実に従うだけの、いじらしくもあり、哀れな存在。

マスターソースにも唯一記載されていない例外中の例外。

 

それがルベドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

十二宮の悪魔達の拘束の中でルベドは必至にもがき暴れる。

 

もしこれが名犬ポチのスキルと同様、対人用のスキルであればユグドラシル内でキャラクター判定の無いルベドに通用することは無かっただろう。

だが動く物全てを対象とするこのスキルからは逃れることが出来ない。

 

ルベドにとって生きること死ぬことそのものには何の迷いも恐れも無い。

機械である彼女には無縁のものだ。

 

だが彼女にはどうしても目的を達成しなければならない理由がある。

 

それこそが彼女の存在意義であり全てだからだ。

 

だから必死に抗う。

無駄だと分かっていても動くのをやめない。

 

命令の遂行ができなければ彼女はいてもいなくても同じ。

 

使い勝手の悪い失敗作として再び奥底に仕舞われるだけだ。

 

 

「わ、私は空っぽじゃないっ…! ちゃんと動けるっ…! 命令に従えるっ…! だからっ…!」

 

 

それは自分へ命令を下す者への叫び。

 

彼女は忠誠心も自我もなかったが記憶はあった。

 

命令を受けず待機している間はずっと孤独だった。

 

だが命令を受け、行動している時だけが違った。

 

命令を遂行している時だけが、目的がある時だけが孤独でなかった。

 

どんな命令でもいい。

 

次の目的が欲しい。

 

早く次の命令を、早く私を孤独から救って。

 

ただひたすらそのように願う。

 

そうでないとルベドはただの置物だ。

 

魂の入っていない人形。

 

抜け殻。

 

誰にも必要とされない。

 

 

「うあぁああぁっーー!」

 

 

ルベドには感情が芽生えていた。

 

それはアルシェ達が死んだ事件がきっかけだったのか。

 

それともマーレとの戦闘での損傷が原因だったのか。

 

はたまた彼女の創造主がそうあれと元々作っていたのか。

 

だがそもそもこの異世界に転移してきて、ただのプログラムであったはずのNPC達が自我に目覚め動き出した時点でどうしてルベドだけが自我に目覚めなかったと言えるだろう。

広義で言えばそこに何の違いがあるのだろうか。

 

もしかすると最初から自我に目覚めていたのかもしれない。

 

ただ彼女にそれを表現する手段と知識が無かっただけで。

 

今となっては知る由もないが。

 

 

「あぁぁあぁぁ!」

 

 

ミシミシという音を立てながらルベドがもがく。

それは絶対に破れぬ拘束の中でもがく自分の体の悲鳴。

金属が歪み、パーツが軋む。

強い圧力に耐えかね、オイルが漏れる。

それはまるで涙のようにルベドの瞳から零れ落ちた。

 

 

「ルベド…、どうしてそこまで…」

 

 

ルベドの姿を見かねたのかデミウルゴスが声をかける。

 

 

「わ、私が死を肯定しないとっ…!」

 

「…?」

 

「死が愛の終着点だと証明しなければ死んでいった人達はどうなるのっ…!? 私が殺した沢山の人たちはっ…!? 私の目の前で死んでいった大事な人達はどうなるのっ…! 死がただの終わりで…! そこに何の救いもないのなら…! この世界には苦しみしかないじゃないっ…!」

 

 

ルベドの瞳からオイルがボトボトと流れ出る。

錯覚ではあるが機械である筈のルベドがデミウルゴスには生きているように見えた。

 

 

「私は愛を信じるっ…! 愛は何よりも尊いっ…! 私がそれを肯定し、証明するんだっ…! だってそうであれば誰も悲しむ必要なんてないでしょうっ…!? 愛はきっと皆を救ってくれる…! 誰もが寄り添える心のよすがなの…!」

 

「ルベド…、貴方は…」

 

 

デミウルゴスは心からルベドを憐れに思う。

 

破綻した論理と子供のような願望。

そんなことをしたって世界が変わることなんてないのに。

だがしかし、そんな愚かしさと自分を誤魔化す空虚な嘘。

 

それは酷く、人間的であった。

 

 

「ねぇ…、デミウルゴス…! 私は間違っていたの…?」

 

「………」

 

「もし私が間違っていたのなら…! 私は何のために沢山の人を殺したの…!? どうして皆は死ななければならなかったの…!? 私は何の為に存在しているの…!? 私は必要とされなかったの…!? 私はどうすればよかったの…? 私は命令に従う事しかできない…! 他に何も知らない…! でも私は…! 私はもう置物に戻りたくないっ…!」

 

 

ルベドは壊れてなどいなかった。

だからこそ耐えられなかったのだ。

自分のしたこと。

目の前で起きたこと。

それにルベドの心は耐えられなかった。

だから、壊れるしかなかった。

壊れて、それが素晴らしいことなのだと誤認することで自我を保った。

存在意義である命令と自分の心のバランスを保つために必要なことだった。

でもそれは全てまやかし。

 

本当はわかっていた。

 

 

「ルベドッ……」

 

 

ルベドの嘆きにデミウルゴスの瞳からも涙が流れる。

対象こそ違えどそれは至高の御方に仕える自分達も似たようなものだからだ。

 

至高の御方達がナザリックを去っていく。

 

いつか自分達は必要とされなくなるかもしれない。

 

至高の御方が誰もいなくなったナザリックでただ待ち続ける。

 

それは、きっと地獄だ。

 

ナザリックに連なる者として形容できない程の地獄。

 

だが唯一、ナザリックとの繋がりを持たず存在するルベド。

 

他のシモベと違い、縋る者もおらず、一人でただ震えていた。

 

最初から心の拠り所など無かった唯一のシモベ。

 

ナザリックのシモベ達が恐れる地獄に最も近い場所にいた。

 

偽物(スピネル)である彼女だけがずっと地獄に寄り添っていたのだ。

 

誰にも知られず、気づかれず。

 

ずっと、ずっと。

 

 

「私には分かりませんルベドッ…! 貴方がどうしてこの世に産み落とされたのか…! でも貴方は至高の御方たるタブラ様に創造された…! そのことにはきっと…、意味があると信じていいのではないでしょうか…?」

 

 

高熱を帯びていたデミウルゴスの体が最高潮まで達する。

爆発はもう止められない。

 

 

「もし私が…! 私が創造されたことに意味があるならっ…! それは私の行動を肯定してくれるはずっ…! だって…! だってそうじゃなければ私は苦しむ為だけに生まれてきたことになる…! 私の意味は、意義は…、存在価値はその為のものだったの…!? 認めない…、認めたくないっ…! だから私は自分の心に従うっ…! この悲しみしか生まない世界を消し飛ばして皆を救うんだっ…! それが私の存在意義っ…! ねぇ、そうでしょ…? 答えてよ、デミウルゴス…!」

 

 

もはや見間違いでもなんでもない。

子供のように泣きじゃくるルベドを前にしてデミウルゴスは答える。

 

 

「ルベド…、貴方には心から同情します…! でも、それでも…! 貴方にどれだけ同情できるとしても…! 至高の御方を害する要因である貴方を放置はできない…! 見過ごすことなどできません…! 貴方にどんな理由があろうともっ! 私は貴方を全力で否定します…! だからこそ、私はここで貴方を破壊するっ…!」

 

 

同情も憐れみも憐憫も何もかも。

デミウルゴスの忠誠を揺らがせはしない。

 

その忠誠を証明するかのように。

 

デミウルゴスの体が激しい閃光を放ちだす。

 

 

最後にデミウルゴスが想ったのは創造主であるウルベルトのこと。

 

 

(ああ、ウルベルト様、私は貴方の望んだ存在になれたでしょうか…? 立派なシモベでいられましたか…? 私を、私を誇りに思って下さいますか…? 何より、愚かなこの私を褒めて下さいますか…?)

 

 

それは願い。

 

至高の御方達の役に立ちたい。

 

そして役に立ったという証が欲しかった。

 

一言でいいのだ。

 

そのためならデミウルゴスは何でもできた。

 

何にでも耐えられた。

 

例え、それが決して叶わぬ願いと知っていても。

 

 

(ウルベルト様…、私は…!)

 

 

デミウルゴスの全てが白く染まる。

 

視界も意識も何もかも。

 

真っ白で何も無い世界で最後にデミウルゴスは誰かの気配を感じた。

 

ふと顔を上げる。

 

その瞳に映ったのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

デミウルゴスから放たれた閃光によりルベドの視界も白く染まる。

 

 

その瞬間になって様々な記憶がフラッシュバックする。

 

ナザリックでのこと。

 

外に出てからのこと。

 

何もかもだ。

 

だがその中で一つだけルベドの中に引っかかるものがあった。

 

それはアルシェの記憶。

 

ルベドが出会った最初の人間達の一人で最も影響を受けた人物。

 

そのアルシェと最初に出会った時、泣かせてしまった。

 

それが再びルベドの脳内で何度もリピートされる。

 

 

『返してよっ! イミーナを! ヘッケランを! ロバーを! 皆を返してよっ! そんな、虫を殺すのと同じように語らないでよっ! 皆を! あの3人を殺しておいてそんな簡単だったからだなんて! じゃあ皆は何のために死んだの!? 死ななくてもいいのに死んだの!? ねぇ返してよ! 皆を返してよぉ!』

 

 

ずっと申し訳なく思っていた。

 

泣かせるつもりなんてなかったのに。

 

殺してはいけないなんて知らなかった。

 

殺したら悲しいなんて知らなかった。

 

今でも泣き続けるアルシェの姿が脳裏から離れない。

 

なぜだろう。

 

なぜ自分はあれだけアルシェの為に動く気になったのか。

 

アルシェとの約束を守る為に必死になっていたのか。

 

それはずっと理解できないままルベドの中でしこりとして残っている。

 

さらに記憶を辿り、アルシェの次の言葉を思い出す。

 

 

『うぅぅ…、皆を返してよぉぉ…、一人は嫌だよぉ…!』

 

 

ああ、そうか。

 

今になってやっとわかった。

 

どうしてアルシェが特別だったのか。

 

 

 

 

それはルベドが創造されてから初めて他者と気持ちを共有した瞬間。

アルシェにそんなつもりはなかっただろうし、探せば他に同じような者などいくらでもいただろう。

どこにでもある、ありきたりな言葉だ。

 

だがルベドにとってそこは重要ではなかった。

 

生まれ落ちてから初めて身近に他者を感じた瞬間であり、本当の意味で孤独が癒えた瞬間だった。

初めてだったのだ。

そんな気持ちになったのは。

それは無意識の内にルベドの心の支えとなり、かけがえのないものになった。

 

 

 

誰よりもギャップ萌えを愛したタブラ・スマラグディナ。

創造した三姉妹全てにその設定が生かされている。

そのいずれもがギルドメンバーに酷い、と言わしめるものだ。

ならばルベドはどうだったのだろう。

一人だけ違う創造のされ方をし、混沌渦巻くナザリックで最強の強さを誇るルベド。

彼女にこそ相応しかったギャップとは何だったのか。

今となってはもう確かめる術はない。

 

ただ一つ言えることは、彼女はきっと、優しすぎた。

 

 

 

激しい閃光の中でルベドの皮膚が、髪が、肉が削げ落ち、吹き飛んで消えていく。

 

美少女の中から金属骨格の自動人形が姿を見せる。

 

そうなりながらも口にしたのは。

 

 

「ああ、アルシェ…」

 

 

彼女の奥底に沈んでいたもの。

始まりの感情。

 

 

「私も…、一人は嫌だよ…」

 

 

不意に手を伸ばすがそれはどこにも届かない。

 

閃光は全てを飲み込み、ルベドの声は誰にも届かないまま掻き消えた。

 

真っ白な世界に広がるのは白一色。

 

そこにはもう誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

カッツェ平野で大爆発が起きた。

 

 

その爆発は何十kmにも渡り周囲の何もかもを巻き込み吹き飛ばした。

 

範囲内にいた十二宮の悪魔達、セバスやアルベドの死体も欠片すら残らず消し飛んだ。

 

近隣諸国からも確認できる程の大爆発。

王国も、帝国も、エルフ達も、生き残っていた誰しもがそれを目にした。

今後何百年も、何千年も語り継がれる事になる程の天変地異。

 

それはきっと、終わりの象徴だった。

 

 

 

「きゃぁっ!」

 

「くーん!」

 

 

クアドラシルの背に乗り、必死に逃げていた一行。

その爆風によってクレマンティーヌと獣王が吹き飛ぶ。

幸い、爆心地から十分離れていた事と、衝撃のほとんどはクアドラシルが受け止めてくれたのでダメージを受けることなく済んだ。

 

だがその衝撃でクアドラシルも同様に体勢を崩し、担いでいた名犬ポチの死体が投げ出される。

 

空中に吹き飛ばされながらそれに気づいたクレマンティーヌが近くにいた獣王を掴み、名犬ポチへと全力で投げつける。

 

 

「オラァーッ!!」

 

 

獣王が名犬ポチ目掛けて弾丸のように勢いよく飛んで行く。

 

 

「くーん!」

 

 

そして地面に衝突スレスレだった名犬ポチの死体をギリギリでダイビングキャッチすることに成功する獣王。

その勢いでお腹の皮がズル剥けて泣きそうになるが必死に我慢する。

 

別に名犬ポチの死体はすでにボロボロなので放っておいてもいいのだがなんとなく我慢できなかった二人は体を張って名犬ポチの死体をキャッチすることを選択した。

互いにガッツポーズをするクレマンティーヌと獣王。

満足気に立ち上がった二人は駆け寄りハイタッチをする。

 

そして一行は名犬ポチの死体と共に再びクアドラシルの背に乗り目的地を目指す。

 

 

 

ナザリックはもう、すぐそこだ。

 

 

 




次回『帰る場所』ハウス!


今回書いてたら自分でもちょっと悲しくなっちゃったんで心のバランスを取るためにあらすじふざけちゃいました。
本気で許して欲しい。

そして周回遅れなど物ともしない大健闘のデミウルゴス。
コキュートスはどこで差がついたのか…、慢心、環境の違い…。

まだもうちょっとだけ続きます。

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