オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!


ついに世界が悪神の手により侵される!
欺瞞の救いに酔いしれるは愚かな人間共!



悪神の支配

ナザリック地下大墳墓。連れてきたアルシェをルベドに引き合わせた後、名犬ポチは玉座の間へと戻る。

そこではパンドラズ・アクターが名犬ポチを待っていた。

 

 

「ンン名犬ポチ様! 少しよろしいでしょうか!?」

 

「な、なんだっ?」

 

 

あまりのカッコ良さにトキメキを抑えらない名犬ポチだが表面上はなんとか取り繕う。

 

 

「先ほど配下のシモベ達から報告が上がってきたのですが、名犬ポチ様の魔法の影響で以前このナザリックに侵入していた愚か者共も蘇っているらしいのですがどう致しましょう? 強さ的には現地のレベルを考慮してもさほど高くはないかと…。身柄は完全に拘束しているのでご命令さえあればすぐにも…」

 

「ふむ…」

 

 

どうやら知らない間にこのナザリックに侵入した不届き者がいるらしい。

と、NPC達は思うかもしれないが名犬ポチは違った。

 

 

(ほー! あの大侵攻以来ナザリックに侵入してくる奴なんていなかったからなぁ! モモンガさんから聞いた限りではサービス終了まで第10階層まで侵入してきた奴はいなかったはず…。 まぁ現実となった今はそこまで侵入されたら困るんだが…)

 

 

どうしたものかと考える名犬ポチ。

モモンガならば大事な仲間と共に作ったこのギルドへの侵入者は許さなかったかもしれない。

だが良くも悪くも名犬ポチはそこまで考えてなかった。

何より一度罠にかかって死んでいるので、尚更どうこうしようとは特に思わなかった。

それに例えスズメの涙ほどの成果しか得られなかろうと今は少しでも人手が欲しい。

これから天文学的な額を稼がなければならないのだから。

 

 

「せっかくだし顔でも見てみてから決めるか。どんな奴がこのナザリックに侵入してきたのかも気にはなるしな…」

 

 

とか言った後にふと思う、やっぱり面倒臭いな、と。

 

 

(無いと思うがニグンみたいな奴いたら嫌だなぁ…。もう面倒くさいしデミウルゴスに丸投げしとくか?)

 

 

等と考えながらパンドラズ・アクターと共に玉座の間を出る名犬ポチ。

 

外ではルベドとアルシェが名犬ポチを待っていた。

 

 

「つ、連れてきてくれてありがとうございましたっ…! あ、あの…、先ほどはきちんとお礼を言ってなかったと思って…」

 

 

緊張した様子のアルシェが名犬ポチに深々と頭を下げる。

 

 

「気にしなくていい、むしろルベドが世話になったようでこちらが礼を言いたいぐらいだ」

 

「そ、そんな…! か、神様みたいな人にお礼を言われることなんて…」

 

 

アルシェから見れば世界を覆う程の魔法を行使した文字通り神の如き存在。

それが例えただの犬にしか見えなくても、何なら非力な自分でも簡単にねじ伏せられるように感じられたとしても。

それはきっとアルシェの錯覚に違いないのだ。

そんな存在にお礼を言われるなど恐れ多くて恐縮するどころではない。

どうしていいかわからずあわわわ、とか口にし始めたアルシェ。

名犬ポチは見なかったことにする。

 

その横で不思議そうに両者を見ていたルベドが口を開く。

 

 

「…名犬ポチ様、何かあったの?」

 

「ん…、あぁ。以前このナザリックに侵入した奴らがいるらしくてな…。その時、俺は不在だったから分からないんだが…。どうしたものか…」

 

 

名犬ポチが唸るように呟く。

その言葉で全てを悟ったのかアルシェの顔がどんどん蒼褪めていく。

 

 

「あ…、あぁ…! ご、ごめんなさいっ…!」

 

 

突如、名犬ポチに向かって深く頭を下げるアルシェ。

その勢いに驚き名犬ポチの身体がビクッと震える。

 

 

「わ、私…、ど、どうしてもお金が必要でっ…! 多分、皆も同じでっ…! もちろん一攫千金とかそういうのもあったと思いますけどっ…! で、でも、い、依頼があったからっ…! 誰もいない遺跡だとっ…! こ、こんな凄い場所だなんて…! ましてや、か、神様がいる場所なんて知らなくてっ…!」

 

 

半泣きになりながらアルシェが急に支離滅裂な事を叫び出す。

落ち着くよう促したパンドラズ・アクターがアルシェから順序だてて話を聞きだしていく。

 

そして分かったのはアルシェ含む帝国のワーカー達が多額の報酬と共にこのナザリックの探索を依頼されたこと。

さらに見つけた金貨や宝の類は依頼者に半分を差し出さなければならないが残りは全て自由にしていいこと等、洗いざらいアルシェは白状した。

 

 

「どう致しましょうか名犬ポチ様。知らなかったとはいえこの栄えあるナザリックに土足で踏み込み、至高の御方々の宝を手にしようとするとは何たる恐れ多き所業…! 依頼者はもちろんですが、そのワーカー達にも同情の余地はないかと…」

 

 

冷酷な事を言うパンドラズ・アクターの台詞にアルシェの表情が凍り付く。

 

ただ、その横でルベドが名犬ポチのことをじっと睨みつけている。

 

 

「うっ…」

 

 

ルベドの視線に冷や汗をかく名犬ポチ。

 

 

(な、なんで俺を睨むんだよルベド…! お、俺がイジメてるとでも思ってんのか…? どっちかと言えばこの場合、泣かせてるのはパンドラズ・アクターだろっ…! 俺は無実だっ…!)

 

 

心の中で必死に言い訳を並べ立てる名犬ポチ。

実際のところルベドは話がよくわからなくてむくれているだけなのだがそんな事とは露ほども思っていない。

ルベドの性格への深読みと、本来持つ戦闘能力への恐れから正常な判断が出来ないのだ。

 

 

「ま、まぁ依頼があったというのなら仕方ないかもしれないなっ…! む、無知は罪だが学習する機会まで奪ってしまうのも酷というものだろう…! そ、それに一度は死んだ身…。無知によるナザリックへの侵入はそれで帳消しとしよう…! 何よりアルシェにはルベドの事で世話になっているしな…。ここはアルシェの顔を立てようじゃないか…」

 

 

震え声になりながらも必死で威厳を保とうと努力する名犬ポチ。

その言葉を聞き、目に輝きが戻ると何度も何度も頭を下げ感謝を伝えるアルシェ。

 

 

「パ、パンドラズ・アクター…。わ、悪いが侵入者の件はお前の方で片づけてくれ…。それと依頼者の事も一応調べておくように…」

 

「依頼者はすでに以前、ニューロニスト殿の手によってバハルス帝国の王だと判明しております」

 

「マジか! お前らすげぇな! ふむ、帝国…。任せているのはマーレだったか…? 少し心配だな。お前がマーレのサポートについて帝国の支配をより円滑に進めてくれ。それと…、そうだな。アルシェ達の事もお前に任せる。色々と問題はあるだろうがアルシェには目をかけてやって欲しい。ルベドの事もあるから丁重に扱うように。あとルベドについては可能な限りその意思を尊重してやってくれ。大丈夫か?」

 

「ンン問題ありませんっ! なるほど、そういうことでしたか。了解致しました。マーレ殿はバハルス帝国がナザリックへワーカー達を送り込んだ事を足掛かりに手を伸ばされていたご様子…。私はまた別の方向から攻めてみようかと思います名犬ポチ様ァ!」

 

(あぁ…! 俺、お前になら抱かれてもいい…!)

 

 

乙女のように胸をキュンと高鳴らせる名犬ポチ。

 

 

「しかし、最後に確認しておきたいことが…」

 

「? なんだパンドラズ・アクター」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それでお間違えないですね…?」

 

 

意味深な事を呟くパンドラズ・アクター。

名犬ポチの頭にはクエスチョンマークが浮かぶばかりだ。

 

 

「??? あ、あぁ。結局、宝とかも盗んでないんだろ? ならそれでいいさ」

 

「かしこまりました。ではそのように」

 

 

深々と頭を下げるパンドラズ・アクター。

しばらくして頭を上げ、アルシェへと向き直る。

 

 

「それでは私はこれからワーカー達に会いに行って参ります。それが済み次第、貴方と共に帝国へお送りしましょうアルシェ嬢」

 

「あ…! ありがとうございますっ…! ありがとうございますっ…!」

 

 

そうして名犬ポチはパンドラズ・アクターに全てを丸投げした。

デミウルゴスとパンドラズ・アクターには仕事を任せ過ぎているような気がしてならない。

 

 

(この二人に任せておけば何でも上手くやってくれそうだからなぁ…。ついつい甘えてしまう…。もしかして少し働かせすぎか…? 他の者達の倍以上仕事突っ込んでるからなぁ…。うぅむ…。デモでも起こされたらたまったものじゃないな…。後で労でもねぎらってやらないと…)

 

 

いらぬ心配をしながら名犬ポチは保身のことを考える。

 

 

 

 

 

 

カッツェ平野。

 

名犬ポチの命を受け、クアドラシルの背に乗りニグン達を探しにきたクレマンティーヌ。

前方に土煙を巻き起こす何者かの姿を見る。

そこには無作為に全力疾走する謎の集団がいた。

 

 

「「「神ぃ! 神ぃぃぃーーーっ!」」」

 

 

ニグン達、純白の面々だった。

 

 

「げ…」

 

 

その余りに汚らわしい姿にクレマンティーヌも吐き気を覚える。

やがて純白の面々もクレマンティーヌの姿を目にしたのか近づいてくる。

その中でより異彩を放っている者がいた。

 

 

「妹ぉ! 我が愛しの妹じゃないかぁ! 神は何処!? 何処にぃ!? ウェヒヒヒ!」

 

 

涎を垂れ流し、あるがままの姿で腕を伸ばし迫るクアイエッセにクロスカウンターを決めるクレマンティーヌ。

 

 

「へぶんっ!」

 

「正気かクソ兄貴! 他の奴等、お前らもだよ! 何やってんだ!」

 

 

純白の面々の顔を見渡し怒鳴るクレマンティーヌ。

その全員があるがままの姿でありながらいきり立っていたからだ。

 

 

「その姿でどっか街にでも行ってみろよ捕まるぞ! 神様の威光を地に落とすつもりかよ! ニグンちゃんがついていながら何やってんだ!」

 

 

最も高まっていたニグンへと詰め寄りグーで顔を殴りつける。

 

 

「ごっど!」

 

 

吹き飛ぶニグンだが、クレマンティーヌのその一撃と言葉で目が覚めたのか次第に冷静さを取り戻していく。

というか純白がこうなった諸悪の根源はコイツである。

 

 

「確かにこれじゃ神様も会いたくないだろうね…。来なくて良かったよホント…」

 

 

クレマンティーヌが漏らした言葉に敏感に反応し純白の面々が詰め寄る。

 

 

「ど、どういうことだ!?」

 

「か、神はなんと!?」

 

「すぐに会わせてくれ、さぁ!」

 

「神万歳!」

 

「ウェヒヒヒ!」

 

「お前らうるせぇー! 今から説明すっからおとなしくしてろ!」

 

 

粗末なモノを振り乱しながら迫ってくる男どもを千切っては投げ千切っては投げるクレマンティーヌ。

しばらくして場の空気が落ち着くとクアドラシルの背からプレアデスの一人、ソリュシャンが飛び降りる。

そしてクレマンティーヌの代わりに説明を始めた。

説明が終わる頃には純白の面々の顔には精悍さが戻っていた。

 

 

「なるほど…! つまり神は私達の手で法国を変えろと仰るのですね…!」

 

「ええ、そうですよニグンとやら。神は貴方達の事を信頼されているからこそ一国を任せられたのです。世界を苦しみから救うのは容易なことではありません…。あの御方がいくら偉大であろうと手の数は無限ではありませんから…。なればこそ我々シモベがそのお役に立つべきでしょう?」

 

「然り! まことに然りであります!」

 

「今は人々を、世界を救うのが先決…。貴方達の欲望を吐き出すのはそれからではないでしょうか? 何よりそんなことで貴方達は偉大なる御方のシモベだと胸を張って言えるのでしょうか? 信仰は大事です、しかし最も大事なのはその信仰を持って何を為すか、ではないでしょうか?」

 

 

純白の誰もが顔を伏す。

ソリュシャンの言葉に、己を恥じ、また神の偉大さを再認識し、そして何より信頼されているという事実に誰もが心を打たれ涙する。

 

 

「貴方様の仰る通りです…! 確かに我々が今為すべきことは迷える人々を救うこと…。神がこの世界を救ったとはいえ、人々の生活が取り戻されたわけではありません…。確かに、私が…いえ! 私達がやらなければならないことでしたっ!」

 

「分かったのなら法国へ戻りなさい。そして国を救い、民を導くのです。偉大なるあの御方へ謁見するのはそれからでしょう?」

 

 

ソリュシャンの話を聞いて感極まっている純白達とは裏腹にクレマンティーヌの顔は引き攣っていた。

よくもまぁそこまで都合よく説明できたものだな、と。

命令を受けたクレマンティーヌは知っている、本当は名犬ポチの会いたくないという理由だけなのだ。

 

 

「何か?」

 

 

その視線に気づいたソリュシャンがクレマンティーヌへと向き直る。

 

 

「い、いや、説明凄いなーって…。ま、まるでニグンちゃん達のこと理解してるみたい…」

 

「いいえ? 欠片程も理解していませんよ。デミウルゴス様やパンドラズ・アクター様からどのように振舞えばよいかご教授頂いただけです」

 

 

人間でないように口角がグニャリと持ち上がり笑うソリュシャン。

 

 

(こ、怖ぁ…! てかお目付け役で来たこのメイドも私なんかよりめちゃ強いし…。神様の配下って凄いのばっか…、自信無くなってきちゃった…)

 

 

気落ちしているクレマンティーヌの気持ちを察したのかソリュシャンが再び口を開く。

 

 

「クレマンティーヌ、悔しいけれど貴方はあの御方にペットとして認められたのです。それを誇りなさい。そしてしっかりとあの方の御傍について御心を癒してあげるのです。多忙で誰よりも深遠な考えをお持ちの名犬ポチ様…、その苦悩は計り知れません…。だから少しでも貴方がその重荷を軽くできるよう努めるのです。落ち込んでいる暇などありませんよ」

 

 

再度、悔しいけれどと念を押すソリュシャン。

心の中では様々な思いが渦巻いているが公私混同はしないタイプなのだ。

 

 

「う、うん…。そう、だね…。私、神様に必要とされてるんだもんね…」

 

 

かつて名犬ポチから『聖女』と認定されたクレマンティーヌ。

彼女の中で勘違いがどんどんと大きくなっていく。

 

 

「それでは私はニグンとやらと共に法国へ赴きます。貴方はクアドラシルとナザリックへ戻って下さい」

 

「あ…! ま、まって法国には漆黒聖典の隊長とか、番外席次っていう強い奴が…」

 

「問題ありません、報告は受けています。私は先行して向かうだけですので後から他の者も駆け付けます。それに何より私からの連絡が途絶えればすぐに法国を潰す為ナザリックが動きますから」

 

「そ、そうですか…」

 

 

ソリュシャンの台詞に、これ冗談じゃないな、と感じながら見送るクレマンティーヌ。

 

純白と共にソリュシャンの姿が見えなくなるとクアドラシルと共にナザリックに帰還する。

 

 

「あー疲れた…。早く帰って神様に癒して貰わないと…」

 

 

だがクレマンティーヌはまだ知らない。

神の力に後押しされたニグンが僅か数か月で法国の頂点に上り詰めることを。

 

もちろん神官長等の国の上層部からの批判や圧力はあった。

だが神の名の元に行われる行為に誰も正面きって文句など言えようはずもない。

それに数としては100を超える陽光聖典の隊員達。

組織としての力は間違いなく法国一である。

大義名分はニグンにあり、その力に抗える者もいない。

仮に漆黒聖典の隊長や番外席次が出てこようとも、ナザリックの後ろ盾があるのだ。

 

そうしてニグンによる法国の大粛清が始まった。

 

法国の暗部を暴き、悪しき習慣を断ち、人々の意識を正していく。

血が流れた訳では無い。

彼はその言葉と信仰のみで全てを変えたのだ。

 

そして神の傘下へと法国は下る。

それにより法国の民は生活水準の劇的な向上や、安全の保障、少ない税などに民達が歓喜することになるのだがまだ少し先の話である。

 

ただ、予定より早くこうなるとはこの時は名犬ポチは考えてすらもいなかった。

早く次の言い訳を考えなければその身が危ない。

頑張れ名犬ポチ。

 

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 

名犬ポチの呼び出しに応じ、守護者達が集まっている。

 

 

「さて、今日皆に集まって貰ったのは他でもない。コキュートスを蘇生する為だ」

 

 

その言葉でわずかに守護者達にどよめきが走る。

 

 

「デミウルゴスからコキュートスの死因について報告があった。王国で調査した所、どうやらエ・ランテルでの戦いにおいて現地の者達との闘いに破れたらしい、そうだな?」

 

「左様でございます」

 

 

名犬ポチの言葉にデミウルゴスが恭しくお辞儀をする。

 

 

「し、失礼ですが名犬ポチ様、コキュートスを倒せる奴らなどいるのでしょうか?」

 

 

アウラが名犬ポチへ質問する。

これは彼女だけでなく、守護者全員の疑問だ。

ナザリックの最高水準の一角が下らぬ下等生物に後れをとったのか、と。

 

 

「アウラの疑問も尤もだ。ここは俺もわからん、デミウルゴスの調べでも分かっていないんだよな?」

 

「はい、残念ながら…。どのように倒されたのか、という調べはついていますがどう考えてもコキュートスが敗北する要因とは思えません…。何か別の要因があったとしか…」

 

「ふむ…」

 

 

デミウルゴスの言葉に名犬ポチは考え込む。

実際、どのようにしてコキュートスが敗れたのかという点は非常に重要だ。

非力な現地の者たちが本当に倒したと言うなら、他の守護者達とて敗れる可能性がある。

対策を考えなければならない。

 

その為にはコキュートスを蘇生するべきだろう。

 

おそらく記憶は無くなっているだろうが、死後にも残る効果の類であるならば原因を探ることはできる。

可能性は低いがそれにかけてみるしかない。

そうでないならそれはそれで選択肢を一つ消すことができる。

今は鍵となっているコキュートスを蘇らせてみるしかない。

 

そして準備した5億枚の金貨を使用しコキュートスを蘇らせる。

溶けた金貨が集まりコキュートスを形作る。

 

 

「ン…ココハ…」

 

 

目覚めたコキュートスが周囲を見渡す。

そこに名犬ポチの姿を見るや慌てて跪く。

 

 

「オオ…! 名犬ポチ様…! オ戻リニナラレタノデスネ…! コノコキュートス、コノ日ヲドンナニ…!」

 

「はいストップ! 感動の対面だと思うが事情は後でデミウルゴスから聞いてくれ。今は確かめたいことがある」

 

「確カメタイコト…? ハイ、ナンデショウカ…?」

 

「…何か体に異常はないか? 何でもいい、何か以前と違うことがあれば教えてくれ」

 

 

その言葉に自分の身体を確かめるコキュートス。

身体を動かし、確認するように手を握りしめる動作を繰り返したりする。

すぐに何かに気付いたようで、とても低い声でコキュートスが告げる。

 

 

「ナ、ナゼカハ分カリマセンガ…、力ヲ失ッテイルヨウデス…。以前ノ6割程グライニナッテシマッテイルカト…」

 

 

震えながらコキュートスが告げる。

後ろにいるセバスへと名犬ポチが視線を投げる。

 

 

「私から見ても大幅に戦闘力が下がっているように見受けられます。確かに6割~7割の力しかないかと」

 

「ふむ…、一体何が…。スキルか何かの影…響…」

 

 

自分で言ってふと一つの結論に辿り着く名犬ポチ。

いや、というよりそれしか考えられない。

コキュートスの身に何が起きたのか察する名犬ポチ。

 

 

デミウルゴスに自分が死んだ時間とコキュートスが死んだであろう時間を聞く。

どうやら調べによると大して時間は離れていないらしい。

説明を要求されたデミウルゴスもすぐに察しがついたようで顔色が変わる。

 

 

「ま、まさか名犬ポチ様のあの御力の影響でしょうか?」

 

「多分、そうだな…。ていうか言われてみればなんとなく俺もそう感じる…」

 

 

ユグドラシルでは名犬ポチのスキルによるステータス低下の影響化にあるキャラクターは頭上に犬マークのアイコンが表示されていた。

この世界になってそれは無くなったようだが、名犬ポチには感覚でそれが理解できるようになっていた。

 

 

「あれは敵対判定にある者にしか影響が無いんだがなぁ…、そうか、一応敵対関係だったってことなのか…」

 

 

名犬ポチの言葉を不思議そうに聞くコキュートス。

デミウルゴスが疑問を解消するように今までのことやコキュートスの死因等を説明していく。

 

 

「ナ、ナントイウコトダ…!」

 

 

深い絶望に包まれコキュートスが膝を付き、両手を地に付ける。

 

 

「ま、まぁ気にすんな。大方アルベドに良い様に使われてたってとこだろ。だから判定上は敵対関係に…、っておい! 何してんだ! 皆止めろ!」

 

 

名犬ポチが慌てて守護者達に命じて止めさせる。

 

 

「止メナイデ下サレ! マサカ主ニ知ラヌトハイエ牙ヲ向ケテイタナド配下トシテアルマジキ行為…! 死シテ償ウ以外ニ方法ヲ知リマセヌ…!」

 

 

デミウルゴスがエ・ランテルより持ち帰ってきていたコキュートスの刀。

近くにあったそれを手に取り泣きながら腹を斬ろうとするコキュートス。

ステータス的には弱体化している為、抵抗も虚しくあっさりと武器は奪われ体を押さえつけられる。

 

 

「シカモアロウコトカ格下ニ遅レヲ取ルナド…! 武人トシテ何タル恥…! ドウカ…ドウカ、オ情ケヲ…! 武人トシテ死ヌ事ヲ許シテ下サレ…」

 

 

武人どころか女のようにシクシクと泣くコキュートス。

だが。

 

 

「ばっきゃろう!」

 

 

名犬ポチがコキュートスの頬を全力でぶつ。

 

 

「簡単に死ぬとか言うんじゃねぇ! お前は大事なシモベなんだ! そう易々と失ってたまるか! いいか、ミスなんで誰でもする…、俺もだ…! 恥なんてクソ喰らえだ! 俺の役に立つまで死ぬなんて2度と口にするなよ…! お前の命は俺のもんだ…! 勝手に死んだら絶対に許さねぇからな!」

 

 

玉座の間に名犬ポチの怒りの声が響く。

コキュートスを含め、守護者の誰もがその言葉に感動を禁じえなかった。

その温かい叱咤と、何よりも優しい主の心に。

 

 

(ふざけるなよ…! お前の蘇生に金貨5億枚かかってんだぞ…! それを取り戻すのにどんだけ苦労すると思ってんだ! そんなあっさりと死なれてたまるか…! 絶対に死なせねぇからな…!)

 

 

怒りが抑えきれない名犬ポチはフーフーと荒々しく呼吸して肩を揺らしている。

だが突如、自分の手に激痛が走った。

 

 

(あ、痛いっ! やべっ、痛めた…。あぁ、皆見てる恥ずかしいっ…! バレない内に撤収しなきゃ…)

 

 

いくらコキュートスが弱体化しているとはいえ名犬ポチはレベル1なのだ。

殴ればそりゃあ怪我もする。

守護者達の視線に耐えきれずそそくさと退室しようとする名犬ポチ。

 

 

「い、いいかコキュートス。一つ言っておくぞ、お前に罪は無い。だ、だがどうしても自分を許せないというのならその働きを持って報いろ、以上だ」

 

 

そう言い残して名犬ポチは出て行った。

残った守護者達、その中でデミウルゴスがコキュートスへと声をかける。

 

 

「名犬ポチ様は本気で怒っておられた…。あそこまで思われることは配下としてこれ以上ない程に幸福なことではないかね? シモベならばあの想いに答えるべきだと思うがね」

 

「…確カニ。不肖ナコノ身ヲアソコマデ案ジテクレルナドナント懐ノ深イ御方ナノダ…」

 

 

名犬ポチの器の大きさにコキュートスを含め、誰もが魂を揺さぶられるかのように感銘を受けていた。

 

 

「うぅっ…、名犬ポチ様優しすぎますっ…!」

 

「うん…、お姉ちゃんの言う通りだよっ…!」

 

「なんという御方でありんすか…、まさかここまで慈愛に溢れているとは…」

 

「本当に慈悲深き御方です、我々シモベの為にあそこまで仰って下さるなど…」

 

「ンンン、流石は名犬ポチ様ァ! まさに至高たる御方!」

 

 

シモベ達はただひたすら名犬ポチの言葉に酔いしれる。

 

 

 

 

 

 

― ナザリック小話 ~ルプスレギナ物語~ ―

 

 

とある日。

 

第1階層で自動ポップするアンデッド相手に必死にレベリングをしている名犬ポチ。

横には色々と側付きで面倒を見てもらう事になったルプスレギナがいた。

種族的には近いとかいう理由でゴリ押されたのだが、なんとなくそうなのかなと思ってしまった名犬ポチは押しに負けてルプスレギナを側に置くことにしてしまったのだ。

 

 

「あぁーっ! すいませんっす! 間違ってトドメを刺してしまったっす! 本当にごめんなさいっす! 敵が弱すぎると微調整が難しくて…!」

 

 

ペコペコと名犬ポチに謝るルプスレギナ。

実はレベリングをするにあたって、名犬ポチは弱すぎて普通に戦うと時間がかかるのでルプスレギナに瀕死に追い込んでもらってからトドメを刺すという方法を取ることにしたのだが…。

 

 

「い、いや、気にしなくていい…。普通にやってたら終わらないからな…」

 

「本当に申し訳ないっす…、次はちゃんとやるっす!」

 

 

だがその後も結構な確率でアンデッドにトドメを刺してしまうルプスレギナ。

さらには傷ついた名犬ポチに回復魔法をかけようとして周囲にいるアンデッド達まで巻き込んでしまい、一緒に滅ぼしてしまうというミスを連発する。

おかげで数日経っても遅々としてレベリングは進んでいなかった。

名犬ポチも敵が弱すぎる時の微調整は難しいよなと納得していたのだが…。

 

 

(計画通りっす…!)

 

 

見えない所でルプスレギナは邪悪に笑っていた。

 

 

(ふっふっふ、名犬ポチ様と二人っきりで特訓…! こんな蜜月の時をそう易々と手放すわけにはいかないっすからねー! 強くなんてならなくていいっす! そうすれば私が側で名犬ポチ様の身をずっと守れるっすからね!)

 

 

主の目的を違えてしまうような不敬の極みとも言うべき考えを抱きながら名犬ポチの足を引っ張るルプスレギナ。

ここまで来ると、多分普通に名犬ポチ一人で頑張っていた方がマシであった。

そんなこととは露知らず必死に頑張る名犬ポチ。

 

だがその時、ユリがクレマンティーヌを連れて現れた。

 

 

「名犬ポチ様はあそこにおられます」

 

「あ、ホントだ! ユリさんわざわざありがとねー!」

 

「いいえ、私も第1階層に用がありましたから。そのついでです」

 

 

クレマンティーヌを届けた後、仕事に戻ろうとしたユリだがルプスレギナの違和感に気付いてしまう。

 

笑顔で名犬ポチの元へ走っていくクレマンティーヌ。

 

 

「神様来たよーっ! 用事ってなーにー?」

 

 

蜜月の時を邪魔されムッとするルプスレギナ。

だがどうやら名犬ポチが呼んでいたらしいので文句は我慢する。

 

 

「おぉ来たかクレマンティーヌ。いやお前って人間とか追い込むの得意だよな?」

 

「うん。何々? 誰か追い込むような奴いるの?」

 

 

キラキラとした瞳で名犬ポチの次の言葉を待つクレマンティーヌ。

 

 

「あ、いや、そういうわけじゃないんだが…。それってアンデッドでも出来るのかなって。ちょっとそこの奴を瀕死にしてみてよ」

 

「? りょーかい。やってみるね」

 

 

そうして近くにいたアンデッドを瀕死まで弱らせるクレマンティーヌ。

 

 

「おー! すげぇ! お前やっぱこういうの得意なのな!」

 

「えへへ…。人間とはちょっと違うけどそこまで難しくないかなー。こんだけ弱かったらメイスじゃなくてもいけるしねー」

 

 

得意げにスティレットを手の上でくるくると回しながらクレマンティーヌが笑う。

話の流れに嫌なものを感じるルプスレギナ。

恐る恐る名犬ポチへと声をかけるが返ってきたのは無情な一言。

 

 

「あー、ルプスレギナご苦労だったな。お前こういうの苦手みたいだし得意な奴に頼もうかなって。レベリングの手伝いはクレマンティーヌに頼むからもういいや。違う仕事やっててくれ」

 

 

その瞬間、ルプスレギナの時間が止まる。

 

 

「え…、ちょ、ちょっと、待って欲しいっす…、そんな…」

 

「おー! 調子いいなクレマンティーヌ! 超効率いいぜ!」

 

「だんだんコツも掴めてきたし、もっと早くできるよー!」

 

 

ルプスレギナの小さな嘆きなど耳に入っていないのか名犬ポチとクレマンティーヌがキャッキャとはしゃぎながらアンデッド達を屠っていく。

まるで置いてけぼりを喰らった子供のようにルプスレギナの心を形容できない気持ちが満たしていく。

 

 

「最初からクレマンティーヌにお願いしてれば良かったなー! 最高だぜ!」

 

「えへへーっ! もっと褒めてもっと褒めてーっ!」

 

 

やがて耐えられなくなったのかルプスレギナは号泣しながら名犬ポチの足へ縋りつく。

 

 

「うぉっ! な、なんだルプスレギナ!」

 

「わ、私出来るっす! 本当はちゃんとやれるっす! やれるっすからぁ! ちょっと魔が差しただけっす! だから見捨てないで欲しいっす! お役に立てるっすから! うぇぇえぇぇん!」

 

 

名犬ポチの足を離さず必死に縋り続けるルプスレギナだが、後ろで全てを見ていたユリが首根っこを捕まえて引きはがす。

 

 

「ユ、ユリ姉…?」

 

「見てたわよルプー。貴方わざとミスしてたわね…?」

 

 

その言葉にルプスレギナの血の気が引いていく。

 

 

「至高の御方に役立つどころかまさか足を引っ張るような真似をするなんて…。気持ちは分からないでもないけどシモベとしてあるまじき態度! とても許せるものではないわ!」

 

「ひぃぃぃ、ゆ、許して欲しいっす…」

 

 

怒り心頭のユリと怯えているルプスレギナを見て、よく分からないが居た堪れなくなる名犬ポチ。

 

 

「ユ、ユリ…。べ、別に怒ってないから…。人には向き不向きあるししょうがないから…」

 

「ああ、名犬ポチ様! こんな愚妹を許して頂けるのですか…!? なんたる慈悲…! 本当に感謝します! とはいえ、ルプーの行為は姉としても許せるものではありません。一度シモベとしての性根を叩きなおさせて頂きます!」

 

「あ、あぁ。お手柔らかに、な」

 

 

良く分からないまま引き摺られていくルプスレギナを見る名犬ポチ。

その状態のまま「後生っすー」とか叫んでいるがユリに殴られて黙る。

 

姉妹も色々あるのかもしれないとか思いながら名犬ポチは見なかったことにしてレベリングに励む。

 

 

 

 

 

 

さらにまたある日。

 

一人だけ可愛がられている?クレマンティーヌにイタズラを仕掛けようと企むルプスレギナ。

通路の真ん中に転ぶようなトラップを仕掛け、クレマンティーヌが来るのを待つ。

 

しばらくしてクレマンティーヌが姿を現す。

そして見事、トラップに引っかかりド派手に転んだ。

 

 

(やったっすよ!)

 

 

物陰からガッツポーズを決めるルプスレギナ。

転んだ音を聞きつけたのか名犬ポチが現れる。

 

 

「ど、どうした!?」

 

「ご、ごめん神様…! 転んで料理こぼしちゃった…。せっかく神様がわざわざ料理長に作らせたやつだったのに…」

 

「しょうがねぇよ、気にすんな。料理長にはまた作ってもらうさ、だから…ん? なんだこれトラップ?」

 

 

ルプスレギナの罠が発見される。

 

 

「なんだこりゃ? なんでこんなものがここに…。今日この辺りの掃除はルプスレギナがやってくれてる筈なんだが…」

 

(や、やばいっす! こ、このままじゃ犯人が私だとバレて…!? て、ていうかまさか名犬ポチ様の料理を運んでいるとは…! や、やってしまったっす…!)

 

 

ガクガクと震えながらその場から立ち去ろうとするルプスレギナ。

だが何かにぶつかり尻もちをつく。

 

 

「あうっ」

 

 

顔を見上げるとそこにいたのは鬼の如き形相の長姉だった。

 

 

「ル、プ、ウゥ…!」

 

「ああっ! ユリ姉ぇっ! な、なんでここに…!?」

 

「貴方って子はどこまで…! 来なさい! どうやらキツいお仕置きが必要みたいね…!」

 

「か、勘弁して欲しいっす! 助けてくれっす~!」

 

 

ルプスレギナは再びユリに捕まれ引き摺られていく。

 

 

「ん? なんか誰かの悲鳴が聞こえたような…」

 

「ホントに? 気のせいじゃない?」

 

「気のせいかも」

 

 

ナザリックは今日も平和だ。

 

 

 

 

 

 

そこからさらにまたある日。

 

もはや我慢が出来なくなったルプスレギナは名犬ポチに直訴していた。

なぜその女をペットにしたのか。

なぜ自分ではいけないのか、と。

 

そのように名犬ポチを激しく問い詰める。

 

 

「え…? い、いや、ていうか…」

 

 

切羽詰まったようなルプスレギナの発する迫力に気圧される名犬ポチ。

そもそもクレマンティーヌがペットというのは口が滑って言ってしまっただけで特に何もない。

ペットが栄えある役職だなんて知らなかったし、そのようにも接していない。

それにNPC達が言うようなペットの定義であるならばなおさらNPC達をペットにするわけにはいかない。

 

 

(仲間の作った存在を本人がいないところでペットにするって響きだけでもやばいよなぁ…。それになんかペットということに特別な感情を抱いているみたいだしなんとしても断らないと…)

 

 

だがルプスレギナの発する迫力に名犬ポチは何も言えない。

 

 

「私なら名犬ポチ様のペットとして相応しいっす! ちゃんと役目を全うできるっす!」

 

 

もはや説得は通じない、そう悟る名犬ポチ。

だが彼は冴えている。

ここでルプスレギナを一蹴する案が浮かんだのだ。

 

 

(そうか…! ペットという役職が良いものだと錯覚しているからこういう事を言うんだ…! つまり、ペットが酷い扱いを受けると知ればそんな気も起きなくなるはず…)

 

 

そしてクレマンティーヌをこの場へと呼ぶ。

しばらくして来たクレマンティーヌに側へ来るように名犬ポチが言う。

 

 

「えっ、なになにー」

 

 

最初はにこやかだったクレマンティーヌもルプスレギナの表情を見てただ事でないことを悟る。

 

名犬ポチはクレマンティーヌに四つん這いになるように命じる。

訳も分からぬまま大人しく従うクレマンティーヌ。

 

何が起こるのかとルプスレギナもクレマンティーヌも息を呑んで名犬ポチの次なる行動を待つ。

 

 

(済まんなクレマンティーヌ、だがこうするしかないんだ…。こうすればお前を無為に妬む奴も減るだろうし、お互いにとっていい筈だ。だからすまん…、少しだけ苦痛に耐えてくれ…!)

 

 

これから行う事に罪悪感を覚えながらも名犬ポチは心を決める。

成功すればルプスレギナも変な事を言わなくなるだろう。

 

そして目を見開き作戦を開始する。

 

 

「えぇいクレマンティーヌよ! お前は本当に駄目な奴だ! こうしてやるっ! こうしてやるっ!」

 

 

そしてクレマンティーヌを罵倒しながら尻をリズミカルに叩き出す名犬ポチ。

罵声を浴びせクレマンティーヌの尊厳をこき下ろしながら次々とケツドラムを響かせていく。

 

次第にクレマンティーヌからは悲鳴が漏れ出す。

 

 

(すまん、耐えてくれクレマンティーヌ…! だがこうすれば俺のペットという役職がいかに理不尽なものであるか理解してもらえる筈だ…! どうだ、ルプスレギナよ! 俺は理由もなくペットに暴力を働くようなDV野郎なんだぜっ!? クズ野郎なんだ! ククク、どうだ…! 俺のペットになどなりたくないだろう!)

 

 

そう信じながら気分よく音を奏でていく名犬ポチ。

やがて疲れが全身にまわり、息を切らしながら名犬ポチの手が止まる。

それを見つめるルプスレギナは凍り付いたように二人を凝視していた。

 

 

「ど、どうだ…、ルプスレギナ…! これでもまだ俺のペットになりたいとか言うのか…?」

 

「…っす…」

 

「ん…?」

 

「や、やばすぎるっす! 何てプレイなんすか!? ハイレベルすぎっす! ペットだと、こ、こんなことして貰えるんすかっ!? 羨ましいっす! 私も名犬ポチ様にお尻叩かれたいっす!」

 

「な、何を言ってるルプスレギナ!? お、俺はクレマンティーヌを苦しめようと…」

 

 

ふと視線を降ろしクレマンティーヌを見る。

気付けばクレマンティーヌはだらしない顔をしてその場に力なく倒れていた。

そして、間違いなく濡れていた。

 

 

「なっ…!?」

 

 

低レベルでその一撃に力はないとはいえ、肉球による状態異常は未だ健在である。

そんなこととは知らず、ただただ唖然とする名犬ポチ。

 

 

(し、しまったっ! ク、クレマンティーヌッ! こいつはあの闇深き法国出身であのクアイエッセを兄に持つ奴だったっ…! わ、忘れていたよ…、お前がどれだけやばい奴かってことをな!)

 

 

クレマンティーヌへの警戒レベルを一気に引き上げる名犬ポチ。

そして収拾のつかなくなったその場を後にし、必死で逃げ出す。

途中でユリに助けを求め事なきを得ることには成功した。

それ以降、ルプスレギナが直接ペットにしてくれと言う事はなくなったので一安心であった。

ただ、副作用としてクレマンティーヌに暴力をねだられるようになってしまったが。

 

しかも後日、なぜか名犬ポチのペットを希望するシモベが急増したという。

噂によるとルプスレギナが色々と吹聴しているようだが真実は風の中だ。

分かっているのはより被害が大きくなったということだけ。

人生とはままならない。

 

 

~ルプスレギナ物語~ 完

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

帝国に戻ったアルシェは仲間のイミーナやヘッケラン、ロバーデイクと共に再びフォーサイトとして活動していた。

だがワーカーとしてではない。

今や冒険者ギルドやワーカー達はナザリックにより統合された。

かつてワーカー達が行っていた非合法な依頼や取引等も無くなってきていた。

全てが適正に判断され、運営されている。

また今までともその在り方は変わってきていた。

警護や討伐等のような戦いを主とするよりも、まだ開拓されていない土地の探索など、未知を既知とする為の本来の意味での冒険者としての側面が強くなってきていた。

 

そしてフォーサイトも帝国領内にある山岳地帯の探索に向かっていた。

大まかには判明しているが細かいところまでは手が届いていなかった。

今後の開拓予定もある為、より詳しく調査する仕事だ。

あの一件以来、チームぐるみで仲が良くなったヘビーマッシャーやグリーンリーフと共に。

 

だが天武だけは帰って来なかった。

 

聞くところによるとチームメンバーであったエルフ達は祖国に帰ることは出来たらしいが肝心のリーダーだけはどうなったのかわからないらしい。

ちなみに王国でも悪名高い貴族や犯罪組織等は誰も姿を見ていないらしい。

アルシェがナザリックの関係者にそのことを尋ねたところ、結局の所は神様しか知らないらしいがあれは心の汚い者は生き返れない可能性があるという。

それを聞いたヘビーマッシャーやグリーンリーフの者達は納得という風な反応をしていた。

それはアルシェ達フォーサイトも同様だった。

だからこそ思う。

神の統治という新しい世界が始まったからこそ、今までよりも真っ当に生きなければならないと。

 

 

早朝、数日もの仕事から家に帰ったアルシェをウレイリカとクーデリカ、そして一緒に住むことになったルベドが出迎える。

 

 

「あー! 姉さまが帰ってきた!」

 

「姉さまお帰りー!」

 

「…アルシェおかえり」

 

「うん、皆ただいま…!」

 

 

奥では母親と父親がにこやかにそれを見ている。

アルシェの家は何もかも変わった。

 

かつて鮮血帝の手により貴族の位を剥奪されたフルト家。

両親、特に父親は現実を直視できず貴族への返り咲きを夢見て浪費生活を続け借金に借金を重ねていた。

その借金を返済する為に、全ての夢を捨てワーカーとなったアルシェ。

近い内に妹を連れて家を出ようとも考えていた。

だがそんな矢先に起きたのが例の事件だ。

ナザリックへと侵入し、全員が捕まった。

フォーサイトだけはルベドと遭遇した為、再び生きて出ることに成功した。

そんな時に妹達は借金のカタに王国へと売られ、ルベドのおかげで助ける事が出来たがその事件でフォーサイトは全滅した。

神の奇跡により再び蘇ったフォーサイトの面々。

帝国に帰ってくるとアルシェの両親は以前とは比べ物にならない程やつれていた。

金が無かったせいもあるのだろうが、両親は妹達を売ったことを後悔していると嘆いていた。

ずっと許せないと思っていた。

でもずっとズルズルと借金返済の為に両親に尽くしてきた。

結局は家族を愛していたのだ。

どれだけ憎んでも、どれだけ恨んでも、やはり見捨てられなかった。

それに妹達は自分が売られたにも関わらず両親を責めなかった。

だからアルシェは両親の助けに応じ、もう一度やり直す気になったのだ。

人に言えば甘いと笑われ馬鹿にされるだろう、でもそれでいい。

それがアルシェなのだから。

どれだけ救いようがない人間でもアルシェにとっては大事な肉親だ。

見捨てる事なんて出来ない。

 

だが、結果としては思っていたものとは全く違っていた。

パンドラズ・アクターと呼ばれていた神の腹心のような人がこの家を訪ねた。

その際、両親と3人だけで数時間を話し込んでいた。

どんな話が為されたのかアルシェには分からない。

だがどんな話でもいい。

もう、以前の父とは明らかに違うのだから。

 

 

「アルシェおかえり。疲れたろう、食事前に風呂に入ってきなさい」

 

「ありがとう父さん。まだ信じられないわ、あの父さんがこんな事を言うなんて…」

 

「ははは、昔の事は本当に悪かったと思っているよ。でもね、私は変わったんだ」

 

 

そうアルシェの父は変わった。

お金に全くと言っていい程、頓着しなくなった。

むしろそれどころか。

 

 

「今日も神へ仕える民としての大いなる義務を果たしてきたのだ…! 稼いだ金のほとんどを寄付してきた…! ふふ、帝国内でも私ほど寄付をしている人間はいないだろう…!」

 

「アルシェからもお父さんに言ってあげて。この人、お金があればすぐ寄付しちゃうんだから」

 

「何を言っている、神に仕える民として当然のことだ。ノブレス・オブリージュ。高貴な者ほどその務めを果たさねばな。なに、生活費は十分に残してあるだろう?」

 

 

アルシェの父は生まれ変わったかのように仕事を始め、多額の金を稼ぐようになった。

だがそのほとんどは寄付として神に捧げている。

ちなみにアルシェの稼いだお金には一切手を出さない。

自分で稼いだ金で寄付しなければ意味が無いらしい。

屋敷は変わらぬまま同じ場所に住んでいるが家の中は質素になった。

派手な服も着なくなったし、美術品などにも手を出さなくなった。

だが貴族のような贅沢はしていないと言っても十分すぎる程いい暮らしをしている。

ジャイムス達使用人への給金もキチンと支払っているし、以前の使用人も戻ってきた。

何より、家族と接する時間が増えた。

人としてこれ以上ない生活を送れるようになったのだ。

 

それを思うと今までの全ての苦労が嘘のようだ。

 

父も母も妹達も使用人も皆が屈託なく笑い会える日々を手に入れることが出来たのだ。

きっとこれ以上の幸せはないだろう。

多分、全部ルベドのおかげだ。

彼女と出会ってから全てが変わった。

 

 

「姉さま私も一緒に入るー!」

 

「ほらルベドちゃんも一緒に入ろ!」

 

 

ウレイリカとクーデリカがルベドを連れて風呂場へと走っていく。

 

 

「やれやれ…。よっぽどアルシェが待ち遠しかったと見える。ほら、妹達もああ言ってるんだ、行ってやりなさい」

 

「うん…」

 

 

そしてアルシェも風呂場へと向かう。

 

そこでは妹達と共に笑うルベドの姿があった。

機械でも、いや何であろうとアルシェはルベドが生きていると信じている。

目の前にいる少女は、機械だと信じられない程に生き生きとしているのだから。

 

 

「ルベド嬉しそうだね?」

 

「うん、今日はねネムが遊びに来るの。ウレイリカとクーデリカと一緒に4人でピクニックに行こうって話をしてたの。ね、アルシェも行くでしょ」

 

「うん、いいよ。行こう」

 

「良かった、嬉しい」

 

 

アルシェにぎゅっと抱き着くルベド。

 

その時ふと、ナザリックからルベドと共に出た時の事を思い出す。

ロバーデイクの肩に乗り、彼の手作りの風車を振り回すその姿はただの子供にしか見えなかった。

今もそうだ。

 

ルベドはやっぱり、ただの子供だ。

 

 

 

 

 

 

ナザリックのBARでデミウルゴスとパンドラズ・アクターが酒を飲んでいた。

 

 

「素晴らしいですねパンドラズ・アクター。どのようにして帝国の収益をここまで劇的に上げたのですか?」

 

「何、全ては名犬ポチ様のお導き。アルシェという少女の事を任されただけです」

 

「ほう、それがどのような関係が?」

 

「色々と問題はあるだろうが目をかけてやって欲しい、と言われました。家庭を見てその深遠なるお考えを察しましたよ。あの家庭を解決する、それこそが帝国全てを導く鍵だったのです!」

 

 

そうしてパンドラズ・アクターはその時の事を思い返す。

 

アルシェ宅にて。

 

 

『初めまして私パンドラズ・アクターと申します。この度は娘さんに世話になったのでそのご挨拶をと』

 

『い、いえそのようにかしこまらずに! 神に仕える御方においで頂けるとはこの上ない栄誉! こちらこそ申し訳ありません! す、少し家の中が散らかっていますが、こ、これは、その…』

 

『いいえ、お構いなく。少し調べさせて頂きました。フルト家、鮮血帝の手により取り潰されたとか…』

 

『…! い、今だけです! す、すぐにでも貴族の位など…!』

 

『皆まで仰らずとも大丈夫、全て承知しておりますとも。貴方は偉大だ。貴方の力を恐れたからこそ鮮血帝はお家を取り潰されたのでしょうな…』

 

『…っ!』

 

『でもだからこそ、帝国の栄華は終わるとも言えます。貴方のような人物を放逐してしまうことは帝国にとってこれ以上ない不利益。そのツケが回ってきたのでしょう…』

 

『そ、そうかもしれないですな…! そこまで言って頂けると少々面映ゆいですが…』

 

『いいえ! ちっともです! 貴方は恐らく自分の偉大さをまだ理解していない! 貴方は自分が思う以上に大きく気高い人物なのです!』

 

『わ、私が…?』

 

『そうですとも! 貴族という位ですら貴方には小さすぎた! もはやその位に拘ることなど無意味! ご自分の価値を下げるだけです! 貴方を理解できない者の為にこれ以上苦労される必要などありません!』

 

『お、おお…! た、確かに…! 貴方の仰る通りかもしれない…!』

 

『私は、神に仕えるこの私は! 貴方を誰よりも評価している…! そして! 帝国を導く為には誰よりも貴方の力が必要です…! さぁこの手を取って下さい…! 共に神へ仕えるのです…! 貴方がこの国で神の一番の理解者となり民を導くのです! 他の誰にも出来ない! 貴方にしか! 偉大なる貴方にしか出来ないのです!』

 

『わ、私にしか出来ない…?』

 

『神に仕える栄誉…。これ以上のものがどこにありますか? ましてや貴方は神に選ばれた人間なのですよ』

 

『か、神に…? こ、この私が…?』

 

『その通り。今回はそんな貴方にお願いがあってきました。貴方の娘のアルシェ嬢…。貴方に似て偉大で聡明だ…。親子としてぶつかったことはあるでしょうがそんなものはどこにでもあることです。大事なのは貴方の娘が貴方のように素晴らしい人物として育ったということです。疑いようもなく貴方のおかげですよ』

 

『お、親の私から見たらまだまだですが、そう言って頂けると嬉しいですな…』

 

『いえいえとんでもない。しかしだからこそ貴方達親子にお願いがあるのです! この度、ルベドという少女を連れてきました。これは神の大事な娘の一人です』

 

『か、神の…!?』

 

『特別な事は必要ありません。彼女を普通の人間と同じように育てて欲しいのです。どうやらアルシェ嬢になついているようでしてね。神もそれを望んでいます。貴方になら託せる、と。普通の人間として普通の暮らしをし、普通の目線で物事を考えて欲しいとのことです。とはいえ、ただの人間にそんな事を任せられるはずがない…。分かりますね? 世界でただ一人ですよ、神が娘を託そうとお考えになったのは…』

 

『…っっっ!!!!』

 

 

かつての出来事をデミウルゴスへと語るパンドラズ・アクター。

 

 

「そして後は時間をかけて神に仕える身として、神に金をより多く献上することこそが最も偉大で尊い行為なのだと刷り込ませ信じさせるだけです。実際にルベドがいますからね、フルト家が神にとっても特別であるという何よりの証明になります。我々ナザリックがその父親を肯定し仕事を与え、盛り立てていけば他の者達もそれに続く。やがて貴族などという人の決めた地位になど価値は無くなります…! 全ては神を中心に世界は動くのですからね…!」

 

「なるほど…。1割程の徴収のみでやっていくのだとばかり考えていましたが人間が自発的に金を出すのであれば名犬ポチ様の甘い毒を仕込むという狙いと何ら矛盾しない…! 甘い毒を仕込みつつ、人間の意識を根底から覆す…、これこそが真の狙い…」

 

 

名犬ポチのさらなる考えに触れデミウルゴスの背筋が震える。

 

 

「名犬ポチ様…、なんという御方だ…。思い返せばアルベドに命を狙われながらも各地で民を助け竜王国の王女の始原の魔法(ワイルドマジック)の贄としていたかと思えばそれすらもブラフ…。なるほど…、最初の最初からここまで読み切っておられたのか…。そして最後のダメ押しであの大魔法…。もはや人間達の支配など赤子の手を捻るより簡単…。全ては名犬ポチ様の掌の上だったということですね…」

 

 

最初から考え直せば名犬ポチの行動に一切の無駄はない。

始原の魔法(ワイルドマジック)に釣られアルベドは動いた。

その命さえ刈り取られることまで全て計算通り。

現地での行動は全て人心を掴むため。

最初からナザリックの被害が甚大だと判断し、それを補填する為の布石を打っていたに過ぎないのだとデミウルゴスは悟る。

事実、全てが名犬ポチの望む通り上手くいっている。

 

 

「本当に恐ろしい御方だ…! ど、どうやったらここまで読み切れるのか…」

 

 

グラスを持つデミウルゴスの手が震える。

それを見たパンドラズ・アクターがグラスを回しながら語り掛ける。

 

 

「便宜上、人間の前では神と呼んでいますが本来はそれよりも高き御方…。その智謀は計り知れない…! そんな御方に仕えられる名誉…! あぁ! 私達は誰よりも幸せ者だ! そうは思いませんかデミウルゴス殿」

 

「そうだね、パンドラズ・アクター」

 

 

グラスとグラスを重ね、二人は酒を飲み干す。

これから二人には多大な仕事が待っている。

 

そのことにこれ以上ない幸福を感じながら二人は酒を飲む。

 

 

 

 

 

 

ナザリック、玉座の間。

 

今日は守護者達が名犬ポチへ現地の状況を報告する日であった。

 

 

「名犬ポチ様、私より現在の状況を報告したいと思います」

 

 

守護者の中からデミウルゴスが一歩前に出る。

 

 

「まずは王国ですが、王家の力が弱く貴族の大多数をも排除した為、国として動かすには少々心もとない状況でありました。そこで実験の一つとして王制を撤廃。貴族としての地位も全て無くし、全ての人間を平等としました。国を治めるのは数年毎に民達の選挙で決められた者。今回は多くの人々の支持があったラナー元王女が国家元首としてその地位を担う事となりました。今の所、国としての成果は上々。ラナー元王女はかなり話が分かる方なのでナザリックとしても王国は何ら問題はないかと」

 

「素晴らしいじゃないか」

 

 

本当はよくわからないが分かった風な顔をする名犬ポチ。

 

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

心底嬉しそうにデミウルゴスが笑う。

 

 

「続いて帝国ですが、まずは傘下に収まる条件として名犬ポチ様の仰った額を徴収しています。旗本としたマーレに国の重鎮であるフールーダが傾倒している為、ジルクニフ皇帝の統治は確実にその勢いを失いつつあります。国が完全にナザリックの手に落ちるのはそう遠くないでしょう。そしてパンドラズ・アクターのおかげで新しい徴収の仕方を得ることにも成功しました。これは他国でも同様に行えると思いますのでこれから徐々に浸透させていく予定です」

 

「流石だなパンドラズ・アクター!」

 

「お褒めに与りまことに光栄の至りィィン!」

 

(俺、お前のこと好きだわ)

 

 

感動に打ち震えるパンドラズ・アクターと本心から褒めちぎる名犬ポチ。

 

 

「スレイン法国は名犬ポチ様のシモベが上手くやっているようです。心配はいらないでしょう。そしてアーグランド評議国。こちらも件のドラゴンがいますがシャルティアとパンドラズ・アクターの説得に応じ、ナザリックの傘下へと収まることに了承しました。もちろん対価として国の復興、そして物品や食料の提供を十分に行っております。数年で元は取れるかと。ちなみにその際にですが世界盟約とやらは全て白紙にすることを誓わせました。何より一度は死んだ身、滅んだ国です。これからはナザリックがその役目を担うということで締結しました」

 

「いいぞシャルティア…」

 

「なんと勿体ないお言葉…!」

 

 

頬を紅潮させ喜ぶシャルティアだが実際の成果のほとんどはパンドラズ・アクターのおかげである。

とはいえ途中から全然頭に入って来ない名犬ポチ。

次第に頷くだけの機械になっていく。

 

 

「次にエルフ国ですがすでにアウラに忠誠を誓っており、すでに完全にナザリックの支配に入っております。現地では竜王国に続き、もっとも迅速にいった国かと」

 

「アウラやるじゃん」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 

感激の余り瞳を潤ませるアウラ。

 

 

「聖王国は今回の騒動とは最も縁遠く、アルベドに滅ぼされただけで詳しい話は上がっていません。まずは復興を手伝い、それからどうしていくかを考慮したいと考えております」

 

「よきにはからえ」

 

 

すでに名犬ポチの目は死んでいる。

 

 

「そして他ですが、まずはクアゴア達。彼等はその数が多く、また地下を得意とする性質から各国を繋ぐ地下道の建設を進めております。人を乗せるのには適しませんが、将来的には各国からの物資の移動がトロッコ等で非常にスムーズに行えるようになると考えております。そして霜の竜(フロストドラゴン)はシャルティアの支配下の元、物資の輸送や運搬等を行う仕事についております。霜の巨人(フロストジャイアント)はマーレの元で各国で復興の為に力を奮っています。そして名犬ポチ様が眷属とした獣王ですが、各国に配下の犬を1、2万ずつ送り込むことにより、犬達からの情報をまとめ上げ治安等の管理も行っております。人間の手伝いやその癒しともなることで、すでにほとんどの人間達は犬達に気を許しているようです。犬達が人間にとってなくてはならない存在になるのもそう遠くないかと…」

 

「うんおっけー」

 

 

もはや無心の域に達しはじめた名犬ポチ。

あまり難しい話を彼にしてはいけない。

 

 

「そしてエ・ランテルに作った孤児院の評判は良いようです。世界の孤児を集めたそれは、民達はもちろん、各国からも賞賛の声が上がってきております。院長を務めるユリによると子供達の教育は非常に上手くいっているようで将来ナザリックの役に立つ人材は順調に育っているとのこと。そして各国に設立した病院によって怪我人や病人の回復も問題なくいっています。責任者のペストーニャ曰く現在は問題らしい問題はないと」

 

「ほーん」

 

 

返事が適当なのを責めてはいけない。

 

 

「最後になりますが、復活した魔樹はセバスが討伐しました。この事で森一帯の支配も容易に行うことに成功しております。森を支配していたモンスター達もナザリックに恭順を示しています。それとコキュートスですがリザードマンの管理と共に、各地で事故等に見舞われ亡くなってしまった獣王の配下の蘇生を担当しています。レベル的にもまず死ぬことはないのでまだ3回程しか蘇生には至っていませんがコキュートスのその戦闘力を必要とする瞬間は今のところなさそうなので心配はないかと」

 

「……終わった?」

 

「はい! 以上です!」

 

「うむ! 上々の成果で嬉しいぞ! じゃあそんな感じでこれからも頼むな!」

 

「「「はっ!」」」

 

 

満足気な守護者達が順番に退室していく。

 

やがて誰もいなくなった玉座の間で名犬ポチはその玉座に座る仲間へと視線を移す。

 

そこに座るオーバーロードは未だ目を覚まさない。

 

 

「聞いたかモモンガさん、皆が作ったNPC達はこんなに良く働いてくれてるぞ…」

 

 

眠るモモンガへと歩み寄り顔を上げる名犬ポチ。

 

 

「凄いよな…、あいつら見てると皆を思い出すよ。セバスなんてたまにたっちさんかと思うくらい気配が似ている時あるし、アウラやマーレを見てると茶釜さんが動いてるこの二人見たら喜ぶだろうなとか考えちゃうしよ…。デミウルゴスだってウルベルトさんかよ!って突っ込みたくなるくらい考えが似てる時あるし…、シャルティアはペロロンチーノさんの願望全盛りだし…」

 

 

名犬ポチの言葉に反応する者は誰もおらず、ただ虚しく響く。

 

 

「パンドラズ・アクターなんて凄ぇよ! モモンガさんが作っただけあってその一挙一動が最高だしよ! あいつ見てるとつらいことなんて吹っ飛んじまうんだ! モモンガさんにも見せてやりたいよ! 絶対喜ぶぜ! だってあんなにカッコイイんだからな!」

 

 

だがモモンガは相変わらず眠ったままだ。

 

 

「なぁ、モモンガさん…。まだ起きないのか…? 俺モモンガさんに見せたいものや話したいこと沢山あるんだ…。アルベドだってモモンガさんが起きなきゃ決められねぇよ、あいつらめっちゃ怒ってるけど俺だけで勝手にNPCのこと決める訳にも行かないからさ、だから早く起きてくれよ…」

 

 

モモンガは本当に起きるのだろうか。

それは名犬ポチが毎日考える事だ。

もしかしたらもう起きることはないのかもしれない。

そんな考えが時たま脳裏に浮かぶが名犬ポチは必死に振り払う。

 

 

「モモンガさん…、ここは楽しいよ…。NPC達が面倒見てくれるし、現地の人間達だって苦しめることに成功してるんだ! 良い事だらけさ! どうしてこんなことになったか分からないけど俺はこの世界に転移してきて良かったと思ってるよ…! でもさ…」

 

 

名犬ポチの目から一粒の涙が零れる。

 

 

「なんでだろうな…? 悪くない毎日なのに…、それなのに…、寂しいんだ…」

 

 

眠るモモンガの膝の上に飛び乗り体を揺する名犬ポチ。

 

 

「なぁ起きてくれよ! どんだけ不自由しなくても! どんだけ楽しくても! モモンガさんがいないと全部色褪せちまうんだよ…」

 

 

そのまま膝の上で必死にモモンガに呼びかけ、声を上げる名犬ポチ。

だがやはりモモンガは何も答えてくれない。

やがて叫び疲れた名犬ポチはモモンガの膝の上で眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

何時間経っただろう。

 

名犬ポチは未だモモンガの膝の上で眠っている。

 

シモベの立ち入りも許可が無い限り許していない。

 

そんな場所だから今ここにいるのは寝ている名犬ポチのみ。

 

だから誰も気づかなかった。

 

 

 

モモンガの眼窩に薄っすらと光が灯り――

 

 

 




次回『エピローグ』たぶん最終回。


前話数も含め、1話として当初は考えていたのですがやはり登場人物が多すぎて全然でした。
今回も予定の倍の文量となってしまいましたし…(途中の小話を入れなければもうちょっと減らせた…?)

何はともあれ無事に終わりそうです。

やっとあの人が動くみたいですよ。

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