オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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前回までのあらすじ!


なんやかんやありながも楽しくやってる名犬ポチ!
そしてあの人が…!


エピローグ:前編

それは夢の中。

 

モモンガはかつての仲間達と共に冒険していた。

現実から逃げ、全てを忘れ夢の中に逃避したモモンガはアインズ・ウール・ゴウン全盛の時代のように皆と力を合わせ、敵を倒し、ダンジョンを攻略していく。

最初は楽しかった。

仲間がいて、何よりも大事なあの日々がずっと続くのだから。

だが栄光の日々は繰り返し何度でも巡る。

擦り切れそうな程、繰り返し再現される日々。

所詮は頭で見るモモンガ個人の夢に過ぎない。

知らない事は想像出来ないし思い描けない。

夢の中で見れるのは知っている仲間の姿だけ。

何度も見て聞いた記憶の再現に過ぎないのだ。

モモンガの知らない一面や態度を新たに見せることもなければ、予期せぬ動きなんてする筈もない。

全ては予定調和。

胸の奥でそのことに気付きだしても必死に否定する。

モモンガにはもうここしか残されていないのだから。

どれだけ飽いても思い出と共に腐るしかできない。

 

ただ時折、遥か遠くからモモンガを呼ぶ声が聞こえる気がする。

その声に感じるものはあるが、答える気にはなれない。

ただの空耳で、この声の先に何も無かったらと考えると震えが走る。

もう何も失いたくない。

だからずっとここにいる。

ここにいればもう何も失うことなんてないのだから。

そうして今日も自分を騙して予定調和の冒険を続けようとするモモンガ。

だがこの日だけはいつもと違った。

おもむろに白銀の騎士がモモンガの前に立つ。

 

 

「たっち…さん…?」

 

 

その白銀の騎士は声のする方を黙って指差す。

再び遠くからモモンガを呼ぶ声が聞こえてくる。

小さくて聞き取りづらいが確かに呼ばれている。

 

次第にモモンガと白銀の騎士の周りにも他の仲間が集まってくる。

邪悪な羊頭の男、水死体にタコのような頭、ピンクの肉棒、そしてバードマン等。

彼等が何を言わんとしているかもうモモンガには分かっている。

だって彼等はモモンガが作り出した幻影なのだから。

 

 

「分かってますよ…、でも俺怖いんです…。もしこの声の先に誰もいなかったら…」

 

 

きっとモモンガは壊れてしまう。

それが怖くて、恐ろしくてずっと聞こえない振りをしていた。

現実なんてつらいだけだ。

それならば夢の中で浸っている方がマシなのだ。

 

 

「誰かが困っていたら助けるのは当たり前」

 

 

白銀の騎士が口を開く。

反射的に顔を上げるモモンガ。

それは心の中で何度も反芻された思い出深い言葉だ。

そしてふと思う。

きっとたっちさんなら誰かの声が聞こえたら放っておくなんて決してしないだろうなと。

ましてや、それが仲間の声ならなおさらだ。

モモンガの想いに呼応するかのように仲間達の姿が細かい粒子の粒となり周囲に散っていく。

その中から一匹の子犬が飛び出しモモンガに声をかける。

 

 

「また俺と一緒に遊ぼうぜ」

 

 

それはナザリック最終日、彼と交わした最後の会話の一文だ。

言い終わるや否やその子犬も粒子の粒となり掻き消えた。

それを名残惜し気に見つめるモモンガ。

そこにはもう誰もいない。

一人ぼっちだ。

空虚と絶望感がモモンガを苛む。

 

だが妙な温かみを体に感じる。

まるで誰かに触れられているような、そんな感覚。

その感覚がモモンガに勇気を与えてくれた。

しばらくして決心がついたのか仲間達がいた場所に背を向け歩き出すモモンガ。

もしかすると誰もいないかもしれない。

だが、いるかもしれない。

夢の中で願望を夢想する日々に綻びも生まれてきていた。

どちらにせよ、これがモモンガの限界点だったのかもしれない。

どんな現実が待っていようと受け止めるべきだろう。

そうしなければ前に進むことはできない、仲間にも笑われてしまうだろう。

少しでいいのだ。

少しでいいから仲間には自分のことを誇りに思って欲しいのだ。

だから仲間には誇って貰える自分であるべきだろう。

 

だってモモンガはアインズ・ウール・ゴウンのギルド長なのだから。

 

 

 

 

 

 

夢から覚めたモモンガの視界に景色が映る。

 

そこはナザリック地下大墳墓の玉座の間。

モモンガが夢に落ちた時と変わらぬままだ。

周囲には誰もおらず、待機させていたと記憶しているセバスやプレアデス、そしてアルベドもいない。

NPCすら周りにいないのかと自嘲気味に笑うモモンガ。

だが妙な音が聞こえることに気付く。

どこからだろうか。

必死にそれを探すがどこにも見当たらない。

やがて音の発生場所に気付く。

それはモモンガの膝の上だった。

 

 

「う~ん、むにゃむにゃ骨うめぇ…」

 

 

子犬がめっちゃモモンガの身体をしゃぶっていた。

 

 

「うわぁぁあぁぁぁぁっ!」

 

 

突然の事に理解が追い付かず奇声を上げ、椅子から転げ落ちるモモンガ。

だがその子犬はモモンガの身体から離れない。

むしろ寝ぼけたまま服の中に入り込んでくる始末。

何が何だが分からないモモンガはただバタバタと暴れるしか出来ない。

 

 

「し、失礼致しますっ!」

 

 

モモンガの叫び声を聞きつけたのか近くに待機していたナーベラルが玉座の間に押し入ってくる。

動いているモモンガの姿を確認するや否やその瞳に涙が溢れ、歓喜に震えそうになる。

だが。

 

 

「あ…! お、お楽しみ中だったとは…! も、申し訳ありませんっ!」

 

 

なぜが平謝りで玉座の間を後にするナーベラル。

モモンガも咄嗟のことでナーベラルがどうして動いているのか、そもそもなぜすぐに出ていったのか判断が出来なかった。

しかし自分の身体を見てすぐに悟る。

 

子犬によって体中が舐め尽くされ、服もはだけている。

確実にいかがわしい行為をしていたとしか思えない状況だった。

 

 

「ま、待って! ねぇ! 本当に待って!?」

 

 

だがモモンガの叫びにナーベラルが戻ってくる事は無かった。

しばらくしてナザリックのシモベ達が玉座の間へと集まり、モモンガの姿を見るなり狂喜乱舞する。

現在の状況を何も飲み込めないモモンガはただただ唖然としていた。

ただモモンガの上でその身体をしゃぶり尽くさんばかりに舌を這わせている子犬がだけ呆けた事をぬかしていた。

 

 

「ふへへ、最高だぜこいつぁよぉ…」

 

 

 

 

 

 

「何むくれてんだよモモンガさん」

 

「べ、別にむくれてないですよっ! ただポチさんがあんな事する人だなんて思いませんでした! 最低です! 軽蔑しますよ!」

 

「おいおい冗談キツいぜ? 俺が何したって言うんだよ?」

 

「ひぃっ! 来ないでケダモノッ!」

 

 

精神の鎮静化が起き、冷静になるモモンガ。

目覚めてからもう何度目のことかわからない。

とりあえず分かったのは自分の身体がアンデッドとして機能しているということだ。

 

円卓の間で二人きりで事情を説明していた名犬ポチは疑問に思っていた。

なぜだろうか。

目覚めてからモモンガの態度がやけによそよそしいのだ。

近づこうとするとこのように拒否感を露わにしてくる。

照れているのか?

なぜか目覚めた時も全身びっしょりだったし、悪夢でも見ていたのだろうかと察する名犬ポチ。

そもそもアンデッドが汗などかくわけないのだがそこには気づかない。

 

 

「まぁ起きたばかりで理解が追い付かないってのは分かるよ、俺も最初はそうだった…」

 

「いや、そういう事じゃないんですが…」

 

 

だがモモンガの声は名犬ポチには届かない。

名犬ポチは勝手に納得したのか、うんうんと頷いている。

諦めて話の続きを始めるモモンガ。

 

 

「でも信じられませんよ…、まさか異世界に来てしまったなんて…。それにNPC達も…あんな…」

 

「そうだな…」

 

 

そしてモモンガへ自分の見た事、聞いた事、そして自分の知りうる限りの情報、現在のナザリックの状況を説明し終わる名犬ポチ。

今考えねばならないのはこれからの事だ。

現実世界へ帰る方法も分からない。

ならばどうやってここで生きていくのか、どのようにNPC達と付き合っていくのか。

 

 

「なぁ、モモンガさん。リアルに帰りたいか…?」

 

「……。どうでしょう、すぐには何とも言えません…。でも、リアルに未練は無いですよ」

 

 

突然のことにまだ理解が追い付いていないのは事実だ。

とはいえ、もうモモンガには両親もいない。

気の許せる友人だっていない、ここ以外には。

リアルにはモモンガが執着するべきものは何も残されていない。

 

 

「ポチさんはどうなんですか…?」

 

「俺も最初は戸惑ったけどな。でもここはいいよ、好き勝手できるし。それにモモンガさんには言ってなかったけど俺も家族はもういないんだ。俺はリアルよりここがいい。だって何より、ここにはナザリックがあるしな!」

 

「ポチさん…」

 

 

名犬ポチの言葉を聞いてモモンガも同感だと思う。

そうだ、ここにはナザリックがある。

仲間達と作った大事な場所だ。

 

 

「行きましょうか」

 

「ん?」

 

「NPC達が待っているんでしょう? 上位者として振舞わなければなりませんしね」

 

「あ、あぁ…! そうだな!」

 

「全く、本気で支配者ロールをやる時が来るとは思ってもいませんでしたよ…」

 

「ははは! なんかわかんねぇけど俺達、至高の41人とかって呼ばれてるしな! モモンガさんはそのまとめ役だから余計にハードル高いぜ!」

 

「ちょ、やめて下さいよ、あ、なんか緊張してきた…」

 

 

再び精神の鎮静化が起きるモモンガ。

 

 

「ていうか俺の寝てる間に世界征服とか何やってんですかポチさん」

 

「ち、違うって! だ、だからさっき言った通りだな、その、ナザリックの損失分を補填する為に…! わ、悪かったよ…! モモンガさんが寝てる間にナザリックをボロボロにしちまって…。金貨もめっちゃ使っちゃったし…」

 

 

慌てふためいて名犬ポチが弁解する。

 

 

「別にポチさんのせいじゃないでしょう? NPC達がそう動いたって事は皆がそうあれと作っていたということかもしれないですし。だからポチさんが気に病む事なんて何もありません。むしろありがとうございました、俺がいない間にナザリックを支えてくれて」

 

「モ、モモンガさん…!」

 

 

嬉しさのあまりモモンガに飛びつこうとする名犬ポチ。

だがそれを見たモモンガの顔は恐怖に染まり、尻もちをついて後ずさっていく。

 

 

「や、やめて! 来ないで下さい! お願いだから!」

 

「フフ、シャイな野郎だぜ…」

 

 

再び精神の鎮静化が起きるモモンガ。

もしこれがなければ今頃どうなっていたか分からない。

 

 

「とはいえポチさん…。まだ話を聞いただけで詳しい事は分かってませんが、各国の扱い…。あれ本気で言ってるんですか?」

 

「そうだぜ…? どうした、流石のモモンガさんもビビっちまったか? 悪いがこの世界に来てから精神が肉体に引っ張られてるんだ…。生ある者を苦しめないと駄目な体になっちまったんだよ…。フフフ、もっと苦しめてやるぞ…!」

 

「いえ、ポチさんがそう信じてるならそれでいいですけど…」

 

 

名犬ポチの行っている冗談みたいな支配を聞いていたモモンガは呆れる。

あんな善政、恐らくリアルでは有史以来一度もないだろう。

もう本人が満足しているならいいか、と思う。

名犬ポチは昔から驚く程ポンコツだったのだ。

今更こんなことがあっても驚かない。

 

 

「行こうぜモモンガさん」

 

「ええ、ポチさん」

 

 

二人は円卓の間を後にする。

今は少しだけ物理的な距離があるがきっと時間が解決してくれる。

多分。

 

 

 

 

 

 

玉座の間。

その最奥たる玉座にモモンガが座り、その足元に名犬ポチがちょこんと座っている。

 

眼下に広がるはナザリックのシモベ達。

守護者にプレアデス、一般メイド等、ギルドメンバーがその手で創造した者達は一部を除き全てここに揃っている。

さらに後ろを埋めるのはナザリックでも最高位のシモベ達である。

 

 

「突然、招集をしてすまなかったな。集まって貰って感謝する」

 

 

モモンガの支配者らしい声が玉座の間に響く。

あまりに堂の入った様に名犬ポチが目を見開いている。

 

 

「そ、そんな感謝などと!」

 

「なんと勿体ないお言葉!」

 

「命令ガアレバ即座ニ…!」

 

「シモベとして当然のことです!」

 

 

NPCからはそのような声が大量に上がる。

 

 

「あ、う、うん。ゴホン! わ、私が眠っている間、随分と面倒をかけていたようだ。本当にすまなかった」

 

 

とりあえず謝罪をと頭を下げるモモンガ。

 

 

「ああっ! おやめください!」

 

「モモンガ様が頭を下げる必要などございません!」

 

「至高の御方が謝る必要などどこにございましょうか!」

 

「どうか頭をお上げ下さい!」

 

 

再びNPC達が激しくどよめく。

それを見た名犬ポチが小声でモモンガに言う。

 

 

「それやってるとこのやり取り終わらんぜ…」

 

「そ、そうみたいですね…。実際に目の当たりにすると聞いていたより迫力あるなぁ…」

 

 

狂信的とも言うべきNPC達の態度に気圧されるモモンガ。

ばっちり精神の鎮静化が起きていた。

気を取り直して再度、支配者然と務める。

 

 

「それで現在の状況は大まかに名犬ポチさんから聞いている。各国の支配は順調なようだな、素晴らしいぞ」

 

 

モモンガの言葉でシモベ達の表情が一気に歓喜のそれへと変わる。

誰もが今にも叫び出しそうな程だが必死に抑え込んでいるのか微妙に震えてしまっている。

 

 

「あー、ここで俺から一つ」

 

 

突如、名犬ポチが手を上げる。

 

 

「モモンガさんは俺より頭がキレる。だからこれから各国の支配も全てモモンガさんに任せる。今後の指示や疑問は全てモモンガさんに聞いてくれ。俺は本当はこういうの得意じゃないんだ。やはりナザリックの為にはモモンガさんに任せた方がいいだろう」

 

 

名犬ポチの言葉にシモベ達からざわめきが起こる。

特にデミウルゴスは「あ、あれで得意ではないとは…!」とか口走り、パンドラズ・アクターは「流石は我が創造主…! 偉大なる名犬ポチ様のさらに上を行かれるとは…」とか言い出している。

他の者達も期待と尊敬の眼差しでモモンガを見つめている。

モモンガは慌てて名犬ポチを睨みつけた。

だが肝心の名犬ポチは笑っている。

全てを悟るモモンガ。

 

 

(う、裏切ったなぁポチさん! 裏切ったんだ! 面倒くさいこと全部俺にっ! NPC達の過大評価を全部押し付ける気だなっ!?)

 

(悪いなモモンガさん…。こいつら有能過ぎて上に立つ身としては楽な反面、つらいんだわ。途中から何言ってるかわかんないし。これからは自由きままにやらせてもらうぜ…?)

 

 

名犬ポチの目がその心を雄弁に語っていた。

 

 

(な、なんて人…! じゃ、邪悪…! 邪悪の塊だ! ウルベルトさんの言葉は正しかったのか…!)

 

 

そんなモモンガの苦悩など知らずシモベ達はキラキラとした瞳をモモンガに向けている。

 

 

(や、やめて! そんな目で見ないで! 俺全然大した人間じゃないの! 一般人なの! 難しい話とか無理だから! 本当は支配者だって出来ないよ! うわぁぁぁ!)

 

 

何度も連続して精神の鎮静化が起こるモモンガ。

本当にアンデッドで良かった。

 

だがここでパンドラズ・アクターが爆弾を放り投げた。

 

 

「それでンンモモンガ様! アルベド殿の処遇はどう致しましょう? 名犬ポチ様はモモンガ様がお起きになられてから決めると仰っていたものですから…。死んだままにしておくのでしょうか!?」

 

 

パンドラズ・アクターの発言を受けた瞬間、モモンガの放つ気配が変わった。

その手でぎゅっと玉座のひじ掛けを握りしめる。

力が入りすぎているのかミシミシと軋んだ音を立てていく。

さらには無意識なのかミスなのか、絶望のオーラを発動してしまうモモンガ。

 

 

(うわっ! ちょっ! 死んじゃうっ! 今の俺だと死んじゃうって! アイテムアイテム!)

 

 

慌ててその効果を無効にする指輪を取り出し握りしめる名犬ポチ。

ギリギリで九死に一生を得ることに成功する。

シモベ達も絶望のオーラに気圧されているのかまるで重りでも乗せられたように動けずにいる。

 

 

(円卓の間で話した時もそうだったけどこの件でキレ過ぎだろモモンガさん…! あの時はさっさと次の話題に移してスルーしたけど…! とうかこのタイミングでその話題出すなんて! バカ! パンドラズ・アクターのバカ! だけどカッコイイから許しちゃう!)

 

 

黒歴史であるパンドラズ・アクターを目にしながらもモモンガの怒りは止まらなかった。

精神の鎮静化が起きても何度も何度も怒りが沸いてくる。

 

 

「これからアルベドを蘇生する…」

 

 

その発言にシモベ達から様々な声が上がる。

だが恐ろしい程に低い声でモモンガが続ける。

 

 

「騒々しい、静かにせよ…。何より本人の話も聞いてみないとわからんからな…」

 

「そ、そうね…。そ、それにタブラさんがそうあれと創造していたなら…」

 

「例えタブラさんがそうあれと創造していたとしても!」

 

 

ドン!と勢いよくひじ掛けに手を叩きつけ、名犬ポチの言葉を遮るモモンガ。

その音にシモベ達全員の身体が強張る。

 

 

「それがギルドメンバーの害となるならば私はギルド長としてそれを見過ごすわけにはいきません…! ねぇ、ポチさん…。先ほど言いましたよね…? 全て私に任せると…?」

 

「は、はい…」

 

「だから勝手ではありますがアルベドの処遇は私に決めさせて下さい…、いいですね…?」

 

「い、いいです…」

 

 

モモンガの放つ謎の迫力に負け、消え入りそうな声で答える名犬ポチ。

名犬ポチ的には死ぬのが前提のようなビルドなので殺された事にあまり思う所はなく、結果オーライの今となってはもはやアルベドに特に怒りもないのだがモモンガは違うらしい。

だが名犬ポチの心を読んでいたかのように釘を刺すモモンガ。

 

 

「ポチさん…! ここはユグドラシルじゃない…! 一歩間違えれば帰って来れなかったかもしれないんですよ…! そうすれば蘇生だって出来なかった…! 分かっているんですか…? ポチさんが思う以上にこれは重大な事です…!」

 

 

モモンガの発言を聞いて確かに、と思う名犬ポチ。

とはいえ今のモモンガがキレ過ぎていてもう自分の中からそんな気持ちは完全に抜け落ちてしまった。

 

 

(や、やべぇ…! ロンギヌスの件だけはナザリックの誰も知らないから黙ってたけど…、言わなくて良かったな…。殺害だけでここまでならロストなんて言ったらどうなるか分かったもんじゃない…)

 

 

ただ一つだけ説明していなかったロスト問題。

これを口に出したら色々と大変な事になりそうなので自分の中にしまっておこうと決意する名犬ポチ。

下手したらアルベドだけでなくNPC全体の信用問題に関わるかもしれないからだ。

特に今は目覚めたばかりでモモンガも敏感になっているだろう。

元々責任感は人一倍強いのだ、一生秘密にするべきかもしれない。

 

 

「パンドラズ・アクター、金貨を準備しろ…」

 

「りょ、了解致しましたっ!」

 

 

飄々としているパンドラズ・アクターには珍しく、慌てて出ていく。

 

 

(分かるぜパンドラズ・アクター…。今のモモンガさんマジで魔王だもんな…)

 

 

心の中でエールを送る名犬ポチ。

そうしてしばらくすると玉座の間に蘇生の為の金貨が準備された。

 

 

 

 

 

 

「ではこれよりアルベドの復活を行う」

 

 

玉座の前にモモンガの声が響いた。

 

 

「パンドラズ・アクターはマスターソースを確認しておくように。そして守護者達は名犬ポチさんを必ず守れ。プレアデスは私の周りに。他のシモベ達は何かあれば即座にアルベドを拘束出来るようにしておけ。一般メイド達は後ろに下がっていろ。では始めるぞ」

 

 

すでに蘇生の手順は名犬ポチが説明してある。

その指示通りにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを積まれている金貨へと向けるモモンガ。

 

名犬ポチの時と同様に、大量に積まれている金貨がどろりと形を崩し溶けて川となった金貨は一カ所に集まり出す。

それらは次第に圧縮されるように小さな形となりながら人の形を為していく。

やがて黄金の人型が作り出され、徐々に黄金の輝きが収まっていく。

金色の輝きだ完全になくなるとそこにいたのは間違いなくアルベドだった。

 

玉座の間に緊張が走る。

 

少ししてアルベドの目が開いた。

 

 

「うぅん…、ここは…? 私は一体…」

 

 

何が起きたのか分からぬ様子のアルベド。

周囲を見回すと誰よりも愛しい存在が立ち上がりこちらを見ていることに気付き満面の笑みを浮かべる。

だがすぐに違和感に気付く。

自分を囲むナザリックのシモベ達。

そしてあの忌まわしき名犬ポチとその身を守ろうと立ちふさがる守護者達。

何より、怒りの視線を自分に突きつけるモモンガ。

 

 

「あ…」

 

 

アルベドは馬鹿ではない。

これだけで何が起きたのか全て悟った。

最後にナザリックを出た辺りから記憶が無いがもはやそんなものは重要ではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

ナザリックへの帰還を許し、あまつさえモモンガとの再会を許してしまった。

モモンガが眠りから醒めたことには得も言われぬ感動を覚えるが、もう手遅れだ。

間違いなくアルベドの所業は知れ渡っている。

この状態から打てる手などありはしない。

アルベドを何よりも深い絶望が包み、体が小刻みに揺れた。

これから自分の身に起きる事を想像し過呼吸気味になる。

この世のあらゆる悲しみを背負い込んでしまったかのように顔が悲痛に歪む。

 

 

「はぁっ、ぅぁっ…! はっぁっ…」

 

 

だがアルベドのそんな姿を見ても誰も表情を崩さない。

誰もが怒りを露わにしている。

当然だ。

至高の御方の殺害など許されるどころの話ではない。

冗談で口にするだけでも極刑になってもおかしくない程の不敬であり罪なのだ。

実行したアルベドがどれほどの罪かなど、もはや説明できるレベルにさえない。

 

 

「アルベド」

 

 

モモンガがその名を呼ぶ。

抑揚も無く、また静かな声であったにも関わらず、アルベドには世界が凍り付くのではないかと思わせる程の冷たさを感じさせた。

 

 

「聞かせてくれないか。なぜこんな事をしたのか、何を思ってその行為に至ったのか」

 

 

これはアルベドに与えられた最後の時間だ。

嘘や偽りがあれば即座に終わるだろう。

そしてそれが通用する状況でもない。

観念したアルベドは全てを語る。

 

名犬ポチがモモンガを連れ去って共にリアルへと隠れるのではないかと。

名犬ポチさえいなければ眠ったままとはいえ、モモンガがずっとここにいてくれるのではないかと。

何より、モモンガの事を愛していることを。

だからこそモモンガを悲しませた至高の御方達を、このナザリックを捨てた至高の御方達を殺したいくらい恨んでいると。

モモンガこそがアルベドの全てであり、他には何もいらぬと。

 

だからこそナザリックのシモベをも利用し殺し、名犬ポチさえ殺したのに違いない。

いくつかの言葉にわずかにモモンガが動揺したようにアルベドには見えたが恐らく気のせいだろう。

モモンガの怒りは変わらず収まってはいないのだから。

 

 

「それで全てか。他に言いたいことがあれば全て聞くが」

 

 

モモンガの問いにアルベドは静かに首を振る。

言いたいことは全て言った。

アルベドの心を余さず伝えたのだ。

至高の御方達を恨んでいるとまで口にした。

その瞬間に他のシモベ達から溢れんばかりの殺気が向けられたが関係ない。

もうアルベドに未来はないのだから。

 

 

「タブラさんがお前をそうあれと創造したのかもしれない。大事な仲間がそうあれと創造したのならば私も無碍に扱うつもりは無いし尊重したいと思う。だがな、いくらそうあれと創造されていたとしても」

 

 

モモンガから形容できない程の怒りが溢れ出る。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!」

 

 

ナザリックのシモベ達には聞いているだけでその言葉が世界を滅ぼすのでないかと錯覚する程の破壊力を感じさせた。

ならばそれを浴びせられたアルベドはどうなのか。

顔面蒼白など生温いと思える程に怯え震えていた。

触れれば壊れてしまうのではないかと、今にでも絶命してしまうのではないかと言う程に狼狽し涙を流していた。

 

 

「アルベド、お前には失望した。もはや顔も見たくない」

 

 

それはトドメの一撃だった。

自分に向けられたものでなくともナザリックのシモベ達の全てが恐怖に身を竦ませる程。

当のアルベドは消え入りそうな叫びを上げ、その場に突っ伏した。

地面に擦り付けた頭を両手で必死に抱え、体を丸める。

恥も外聞もない。

想像も出来ない程の恐怖、とても許容できない絶望。

 

 

「お…し下さ…! …許し…さい…! お許し…い…! …し下さい…! …! …! …!」

 

 

哀れな姿で必死に謝罪の言葉を何度も口にするが、それさえまともに聞き取れる状態ではない。

だがそれでもアルベドは最後の力を振り絞り、なんとか口を開く。

 

 

「モ、モモンガ様…! ど、どうかお願いです…! せ、せめて…! 死ぬならば、せめて貴方の手で…!」

 

 

だがモモンガはアルベドを拒絶するように背を向ける。

その動作一つでアルベドの心に亀裂が走った。

 

 

「お前など殺す価値もない」

 

 

アルベドの全てが否定される。

何よりも大事で、心より愛し、優先されるべき存在。

死すら生温いと言わんばかりに、欠片程の情けもかけられずアルベドは捨て置かれるのだ。

 

 

「お前達は俺達の役に立つ為に存在すると言ったな? ならば俺達に害を為すお前など存在価値すらない。今ここでお前の守護者統括としての任を解く。アルベドを氷結牢獄に幽閉しろ。連れていけ」

 

 

モモンガの命令を受けてシモベ達の手によりアルベドが引き摺られていく。

 

死すら許されなかったアルベドに待っているのは地獄だ。

永遠とも呼べる時間の中で、主に否定されたまま孤独に生きていかねばならないのだ。

恐らくナザリックのシモベにとって最上の地獄の一つだろう。

同情はしなくとも、誰もがそれが自分だったらと想像しその場で言い様のない恐怖に染まる。

 

引き摺られながらもアルベドは必死に謝罪の言葉を口にし、縋るような視線をモモンガに投げかける。

だがアルベドが玉座の間の外に連れ出されてもモモンガが振り返る事は無かった。

扉が閉まると同時にアルベドは自分の心が死ぬのを感じた。

 

玉座の間の扉は3メートル以上はあるだろう巨大なものだ。

扉の右の側には女神が、左の側には悪魔が異様な細かさで彫刻が施されている。

そして周囲を見渡せば、禍々しい像が無数に置かれている。

それはまさしく『審判の門』と形容すべきもの。

 

 

最愛の存在からの全否定、それがアルベドに下された裁きだ。

 

 

 

 

 

 

全てが終わった後、NPC達を仕事に戻しモモンガと名犬ポチは二人で円卓の間にいた。

 

 

「モモンガさん…」

 

 

先に口を開いたのは名犬ポチ。

 

 

「言いたい事は分かってますよ、やりすぎだって言うんでしょ?」

 

 

NPC達の狂気染みた忠誠のような感情が理解できない名犬ポチからすれば、率直に言ってやりすぎに思えた。

それはモモンガとて理解している。

 

 

「でもいつ第二のアルベドが出てくるかわかりません、あそこにいる他のNPC達に釘を刺す意味でも必要なことでした。それに甘い罰であれば他のNPCからの不満も出るかもしれません。何かあっても責任は全て俺が取ります。ポチさんは気にしないで下さい」

 

 

つらそうな顔をしたままモモンガが言う。

 

 

「それに…、アルベドがああなったのは俺のせいです…。俺がアルベドをああしてしまったんです…。だから、俺もアルベドと一緒に罪を背負います。だってアルベドはタブラさんが残してくれた大事なNPCですから…。このナザリックの一部なんです。あの場ではああ言いましたが見捨てるなんてしませんよ…」

 

「モモンガさん…」

 

「ポチさん、アルベドが貴方に酷い事をしたのを承知でお願いします。どうかアルベドを許してあげて下さい…! これからは俺がちゃんとアルベドの面倒を見ます。もうポチさんに危害を加えないようにさせますから…」

 

 

深々と名犬ポチに頭を下げるモモンガ。

NPCを守る為に必死で謝罪をする。

 

 

「やめてくれよモモンガさん、それに分かってるだろ? 俺は怒ってないよ」

 

「でも大事な事です。仲間だからってなぁなぁにしていい事じゃありません」

 

「相変わらず真面目だな。あぁ、でもそんなモモンガさんだから皆がついていったんだよな…」

 

「それに」

 

「?」

 

「上司は部下の責任を取るべきでしょう? 部下に責任を丸投げするなんて俺はしませんよ。罰は与えましたが責任は俺が取りますから」

 

 

モモンガの言葉に名犬ポチが笑い出す。

 

 

「あっはっは! モモンガさんらしいな! でもそんな事言ってるとこれから絶対苦労するぜ!」

 

「分かってますよ。でも、ナザリックは皆の残してくれた大事な場所です。その為の苦労なら何でもしますよ」

 

「そうか、やっぱりナザリックはモモンガさんがいないと駄目だな! モモンガさんがいないとアインズ・ウール・ゴウンじゃないよ」

 

「やめて下さいよ、照れくさい。それに俺だって困った時はポチさんを頼らせてもらいますからね?」

 

「やだよ、面倒くさい」

 

「こいつっ!」

 

 

円卓の間でかけっこを始める二人。

ユグドラシル時代のように軽口を叩き、じゃれ合う。

この瞬間、少しだけだが支配者の苦悩から二人は解き放たれていた。

 

 

「ていうかさっきアルベドがああなったのは自分のせいってモモンガさん言ってたけどそんなことないよ。あれは完全にタブラさんが悪い」

 

「いや、違うんです…、実は最後に俺が…」

 

「タブラさんからアルベドの隠し設定は聞いていたから想像はついてたんだよ。いや、しかし本当に行動を起こすとは思わなかったなぁ。ましてここまでやるとは…」

 

「え…? 隠し設定?」

 

 

初めて聞く言葉に言いかけていた言葉を止め、質問してしまうモモンガ。

 

 

「うん。もうこうなったから言っちゃうけどタブラさんはモモンガさんに内緒でアルベドに隠し設定を入れてたんだよ。アナグラム? 暗号? 詳しくは分からないんだけどなんかそういう系の。解読すると読めるらしいよ。凄ぇよな、いくら設定に拘るからってそんな設定入れる奴いるか? 信じられねぇよ」

 

 

ケラケラと笑う名犬ポチ。

対してモモンガは少し嫌な予感がしてくる。

 

 

「ち、ちなみですが…、それどういう内容なんですか…?」

 

「怒らないで聞いてくれよ? 女っ気無さそうなモモンガさんを癒すんだっつってタブラさん張り切ってたんだ。確か…、何よりもモモンガさんの事を大事に想ってるとかそういう感じだったかな? もちろん守護者統括としての役目があるからその想いは隠して表向きはナザリックの為に仕事してるんだけど。でも、心の中ではずっとモモンガさんの事を想ってるんだ。許されないと自覚しているのか、その報われない恋心を抱いたままひたむきに生きる女悪魔。それが処女でビッチだっつうんだからタブラさん酷ぇよな! だからあの人アルベドを守護者統括に推したんだぜ! 愛するモモンガさんの一番近くに置いておくんだって」

 

 

突如、名犬ポチから聞かされたアルベドの真相。

まるでカナヅチで殴られたかのような衝撃がモモンガの頭に走る。

 

 

「厳密には覚えてないけどさ、だいたいそんな感じだよ。自分の感情を押し殺してナザリックの為に尽くしてたってだけで泣けるよなー。隠しておくべき感情だからこそ、その設定すらも隠すんだとか言ってたぞタブラさん。全く、設定厨の考えることはわからんね。でもなんで今回の事件を起こしたかも分からないんだよなぁ。タブラさんの設定通りならモモンガさんへの気持ちを外に出すはずないんだけど。まぁユグドラシル時代とは違うしな。色々と変化があったんだと思うけど…。ん? どしたモモンガさん」

 

 

なぜか顔を伏せ、プルプルと震えているモモンガ。

心配になった名犬ポチが問いかけるが返ってきたのはビックリするほど低い声。

 

 

「仮の話をしましょう…」

 

「? いいけど何?」

 

「仮にです、仮にですよ? 例えばゲーム終了前に、そんな隠し設定の為されているアルベドの設定を書き換えた場合ってどうなりますかね?」

 

「うん? 書き変えちまったらそりゃ変わるだろ? どういうこと? もうちょっと分かり易く言ってよ」

 

「そうですね…。まぁこれは例えに過ぎないんですが…『ちなみにビッチである』という文を『モモンガを愛している』という文に変えた場合ってどうなりますかね…?」

 

「はあ? なんだそりゃ。でもその文だと隠し設定になってる部分が表に出るのと変わらないわけだから…、隠し設定が意味を為さなくなる、のか? なるほど、そういう場合なら今回みたいな事になるかもなぁ…。でもモモンガさん、やけに具体的じゃないか。まるで自分でやってたみたいに。思い当たる節でもあん、の…! あ…! ま、まさか、アンタ…!」

 

 

喋りながらも途中で薄々と状況を察する名犬ポチ。

そしてモモンガの様子から真実へとたどり着く。

 

 

「アルベドの設定書き換えたのかっ!!!」

 

「違うんだぁぁぁああああ!!!」

 

 

頭を押さえ、叫びながらテーブルに顔を押し付けるモモンガ。

 

 

「何が例えだよ! 確信犯じゃねぇか! アンタが元凶かよ!」

 

「いやいやいや! そもそも何ですか隠し設定って!? そんなのアリですか! 聞いてませんよ!」

 

「そりゃ言ってねぇからな! そこに関しては完全にタブラさんが悪いけどアンタなに人のNPCの設定イジってんだよ正気か!? 信じられねぇ!」

 

「俺も分かんないんですよ! ちょっと魔が差したっていうか…! だ、だってビッチですよ!? 設定として酷すぎるでしょ!?」

 

「ああ酷いよ! 完全に同意見だよ! でもそこでモモンガを愛しているとか入れるか!? しかも自分で! 悪いけどマジでドン引きだわ! 何が上司は部下の責任を取るべきだよ! 徹頭徹尾あんただよ犯人!」

 

「うわぁぁあぁあ!!! 違うんです! 違うんですっ!」

 

「何も違くねぇだろ! まさかアンタがそんな人間だってなんて…!」

 

「やめてぇ! そんな目で俺を見ないで下さいっ!」

 

 

気付けば目覚めた時と立場が逆転し、自分が罵倒されることになっていたモモンガ。

全くもって人生とはままならない。

 

 

「うぅ…! だって最後だと…! サービス終了だと思ってたから…! だからつい…! こんなことになるなんて思って無かったんですよぉ…!」

 

 

アンデッドでありながら泣きわめくモモンガ。

精神の鎮静化も起きているはずだがもはやそれも追い付かない。

 

 

「だからってやって良いことと悪い事があるだろ! あんた分かってんのか! これを知ったらタブラさんどんな顔するか…」

 

「分かってます! 分かってますよ! 俺は許されないことをしてしまった…! タブラさんだってこの事を知れば間違いなく怒ると…」

 

「ばっきゃろう!」

 

 

このタイミングでなぜかパンチを入れる名犬ポチ。

もちろんダメージは無い。

 

 

「怒る訳ねぇだろうが! 隠し設定でモモンガさんの事を想ってるって書くような奴だぜ! むしろこれを知ったら喜んで飛び跳ねるだろうよ! あんたがやったのは良い事だ! タブラさん大歓喜!」

 

「えええぇぇえええぇ!?」

 

「とはいえ俺はドン引きだけどな!? 人のNPCの設定を勝手に書き換えるのはさすがに無いわー!」

 

「うわぁぁぁああぁんん!!!」

 

 

もう訳も分からなくなったモモンガは叫んだ。

何が正しくて何が間違っているのか。

それが分かるまではもう少し時間が必要なのだろう。

 

名犬ポチの罵倒はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

アルベド幽閉から数か月後。

 

今日もモモンガはアルベドを幽閉している氷結牢獄へと向かっていた。

あれ以降、一日一回ここを訪れるのがモモンガの日課になっていた。

先日、名犬ポチから聞かされた真実には驚かされたが元々こうするつもりではあったのだ。

アルベドと共に罪を背負う。

それはモモンガが決めた事であり、またモモンガも自らがしなければいけない事だと思っている。

 

そして氷結牢獄へと着くとニグレドのギミックを消化する。

 

 

「これはモモンガ様、よくぞお越しくださいました」

 

「うむ。いつも済まんなニグレド」

 

「いいえ、とんでもございません。それよりもありがとうございます…。至らぬ妹の為に至高の御方たるモモンガ様が自ら…」

 

「いや、いいんだ。これは私の罪でもあるのだから…」

 

 

名犬ポチから真実を聞かされた事によって、より大きな罪悪感がモモンガを包む。

だがそれでも向き合わねばならないのだ。

自分のせいでNPCの一人をこんな目に合わせてしまった。

だからこの心の痛みも苦悩も、モモンガは正面から受け止めなければいけない。

 

氷結牢獄を進んでいき、アルベドを幽閉している最奥の地下牢の前に立つ。

 

 

「良い子にしてたかアルベド」

 

「あー! ももんがさまだー!」

 

 

屈託の無い子供のような表情でアルベドがモモンガを出迎える。

 

 

「ニグレド」

 

「はっ」

 

 

モモンガの言葉を受けて、ニグレドが牢を開けモモンガを中へと入れる。

そして再び牢を閉めるとお辞儀をしてニグレドはこの場を後にした。

 

 

「ねーねー、今日はなんの絵本よんでくれるのー」

 

「いくつか持ってきた、好きなのを選びなさい」

 

「わーい!」

 

 

子供のようにはしゃぐアルベド。

大人の女性とは思えないその姿にモモンガは心を痛める。

 

アルベドはあの日以前の全ての記憶を失った。

 

最愛であり自分の全てであるモモンガに拒絶され全てを否定された。

死ぬことも許されず、ここで誰からも必要とされず永遠に過ごすのだ。

シモベとしてあり得ない程の苦痛と地獄に、アルベドは正気を保てなかった。

 

出された食事も喉を通らず、睡眠も取れず日に日にやつれていくアルベド。

装備は全て没収されているため食事も睡眠も必要なのだ。

そして限界が来たのは、わずか一週間後ほどのこと。

肉体よりも精神。

 

現実を受け入れることが出来ず、アルベドの自我は崩壊した。

 

右も左も分からない赤子同然となり、それまでの記憶も全て消え去った。

魔法でも回復不能な程に壊滅的だった。

失ってしまったものはもう取り戻せない。

 

モモンガはアルベドがそうなったと聞いてショックを受けた。

まさかそこまでだとは思っていなかった。

そんなアルベドの姿を見るのが何よりつらかった。

だがここまでアルベドを追い込んだのはモモンガであり、原因の一端を担ったのもまたモモンガだった。

だからこそ逃げるわけにはいかないし、この苦しみを受け止めなければならない。

アルベドがこうなってしまった罪を背負わなければいけないのだから。

 

それからモモンガは毎日、アルベドの元を訪れるようにした。

泣き叫ぶアルベドをあやし、ご飯を食べさせ、寝かしつける。

次に簡単な言葉を教え、しつけ、教育する。

元の頭が良いせいだろう。

数か月でアルベドはここまで回復した。

だが診断をさせたペストーニャによるとこの辺りが限界らしい。

自我の崩壊と共に致命的なダメージを負ったアルベドの精神はここから先へと進めないと。

 

それでもモモンガは毎日アルベドと向き合う。

いつかアルベドが元に戻ることを信じ、祈って。

 

どれだけかかるか分からない。

ペストーニャの診断通り、永遠にその時は来ないかもしれない。

だが幸い、今のモモンガに寿命は無い。

時間はいくらでもあるのだ。

 

 

「ももんがさまー、これがいいー!」

 

「分かった、じゃあそれにしよう」

 

「うん!」

 

 

 

元・守護者統括アルベド。

 

その愛の為にナザリックを裏切り欲望のままに動いた。

至高の41人に忠誠を誓うシモベとして許されざる大罪を働き、その罰として死すら許されず氷結牢獄へと幽閉される事になった。

 

奇しくもその人生は因果応報の連続だったと言える。

 

最初に殺したシャルティアと同じように後ろから致命傷を受け命を落とした。

この世界の人々を地獄に叩き落したように自分も地獄へと叩き落された。

さらには自分の為に利用したルベドのようにその全ての過去を失った。

 

だが彼女がいなければルベドは今もナザリックの奥にしまわれたままだったかもしれない。

この世界の人々もナザリックが半壊という状況にならなければ名犬ポチの支配は始まらなかっただろう。

良くも悪くも、今の世界があるのはアルベドがいたからだ。

 

 

因果は巡る。

 

 

ならば次にアルベドに訪れる未来は――

 

今はまだ誰も知らない。

 

 




次回『エピローグ:後編』ほ、本当に最終回っ。


ま、まぁ前回の予告で多分って言ってたし、ね!?

ごめんなさい…、また長くなってしまったのでここで一旦区切りました。
書き出すと予定より長くなってしまうの最後まで治りませんでした…。

そしてモモンガ回なのかアルベド回なのか分からない感じに。
アルベドの隠し設定は思いっきり捏造ですが原作の狂いっぷり見てるとタブラさん似たようなことしてるんじゃないかと勘ぐってます、誰よりも設定に拘ってたらしいし。

何はともあれ次で本当に最後になると思います。
しばしお待ちを!

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