オーバードッグ 名犬ポチ《完結》   作:のぶ八

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名犬エ・ランテルに舞う

「わん(俺冒険者になるわ)」

 

 

「か、神、突然何を…!?」

 

 

エ・ランテルの冒険者ギルドの前で、名犬ポチは嘯いた。

 

全てはエ・ランテルへ向かうことを決めたニグンとの会話から始まった。

 

 

 

 

 

 

カルネ村近くでのガゼフ率いる王国の精鋭部隊と法国の六色聖典が一つ陽光聖典との戦い。

名犬ポチはその戦いに乱入後、ニグンを残しこの場を制圧。

ニグンという男の発狂が少し落ち着いた頃、話を聞き始めるのだった。

 

プレイヤーという存在について知っているニグンとの話で有益な話が聞けるかと期待していたが、それ以前の出来事に気付いてしまった。

 

そもそもろくに話が通じないのだ。

大体は察してくれるのだが痒い所に全く手が届かない。

なんだこのクソボケ野郎は、と思いながらとりあえずカルネ村に帰還する名犬ポチ。

 

だがカルネ村でさらなる驚愕の事実に気がつく。

 

村人誰一人として話が通じないのだ。

ニグンの比ではない。

根本的に通じないのだ。

 

だがその原因にすぐ思い当たる。

 

 

「わん!(うわぁぁああああ! 俺わんしか言えねぇ! なんだこれ!?)」

 

 

思い返せばユグドラシルからこの世界に来てからわんしか言ってないような気がする。

微妙な絶望に打ち震え、身を丸める名犬ポチ。

 

だがそこに一筋の光が差す。

 

 

「どうしたのですか神よ! 一体何が!? はっ! なるほど、言葉が伝わらないことを悲しまれておられるのですか!」

 

 

名犬ポチに走り寄ってくるニグン。

その言は的を得ていた。

 

 

「わんっ!? (何ぃ!? お前分かるのか、俺の悲しみが悔しさが!)」

 

 

「もちろんでございます神よ。全ては我が信仰心のなせる業…。人類の為、そして神の為に戦ってきた私には貴方様が何を考えておられるのかわかります。今も私にしか啓示を示せないことにお悩みなのですね。ですがそれも致し方無き事、愚鈍な民全てが神の偉大なるお言葉を理解するということができていれば世界はこのようになっておりません。全ては我々人類の至らなさ故でございます。どうかお許しを…」

 

 

(そういえばコイツ、最初に話した時も幾ばくか話通じてたな。マジか、なんでわんでわかるんだよすげぇ)

 

 

そう思いながら、目の前でめっちゃ臣下の礼をとっているニグンのポーズに関しては無視を決め込む。

この男は使える。

それが名犬ポチがニグンに抱いた思いだった。

気持ち悪いけど。

 

だが一つ残念だったことは固有名詞は理解できないということだ。

なのでアインズ・ウール・ゴウン、ナザリック、ユグドラシルなどの単語について聞いてもニグンは何を問われているか理解できていない様子だった。

 

しかし面白いことにプレイヤーについて聞くと答えることができた。

つまりは、プレイヤーに関して質問をしている、ということは理解できるようだ。

なのでニグン自身が知っている言葉なら理解できるが、そうではない場合何かわからぬ事を問われているとなり答えられないのだろう。

 

とりあえずは通訳として活用しようと判断する名犬ポチ。

 

 

「わん(ニグンよ、我に付き従え。我が求めるものに辿り着くにはお前の力が必要だ)」

 

 

「おお…! この私めに神の御言葉を世に伝えるという栄誉を許されるのですか…! 有難き幸せ…! あぁ、なんという高揚、なんという感動、言葉にできません…! ええ、もちろんでございます! このニグン、誠心誠意尽くさせて戴きます!」

 

 

なぜか涙をボロボロ流しながら高ぶるニグン。

もしこの男に忠誠心メーターなるものがあるとするならば、それは限界値を突破していた。

 

 

「わ、わん…(そ、そうか、嬉しいよ…)」

 

 

涙どころか鼻水、よだれ、その他にも液体を流し続けるニグンに名犬ポチはドン引きである。

 

その後、ニグンにこの辺りの地理を聞いていくうちにエ・ランテルという都市へ行くことに決める。

リ・エスティーゼ王国という国の直轄地であるものの、バハルス帝国、スレイン法国とも境界であり、何をするにしても便利そうだと判断する。

 

そうと決まればすぐにカルネ村を出発する名犬ポチとニグン。

村人が色々と後ろで言っているがあまり興味は無いので放置していく。

 

 

そしてエ・ランテルへ向かう道中、スレイン法国についてニグンに聞いていく。

法国について多くの事情や変態兄妹がいること等を知り、法国が未来に生きていることを感じる名犬ポチ。

あまりにも恐ろしい国なので近寄るのはやめることにする。

横でニグンが何度も法国への訪問を願い出てきたが断っていると「なるほど、人類を救うためにあえて信心の薄い土地を周り、その奇跡によって人々を導くのですね…」とか呟きだす。

何言ってんだこいつ。

まぁその後は文句も言わなくなったので放っておくことにする。

 

 

そしてエ・ランテルへ着く。

だが都市へ入るための検問所が存在することに気付く。

やべ、これ俺入れないんじゃね? ユグドラシルみたいに異形種お断りとかだったらどうしよう。

とか思っていると横でニグンが「大丈夫です、全てお任せ下さい神よ」とか言ってる。

やだこいつ有能。

よく分からないがニグン及び自分は一切のチェックを免除され、簡単に都市に入ることができた。

ニグン曰く、色々と行動しやすいようにこういう部分は本国が手を回している、とのこと。

 

悔しいっ…! 気持ち悪いのにどんどんこいつの株上がっちゃう…!

 

複雑な気持ちになりながらも名犬ポチはニグンという拾い物に感謝するのであった。

 

 

その後、エ・ランテル内の施設をニグンに説明してもらいながら周る名犬ポチ。

色々と探し人や聞きたいこと等、この町でやりたいことはあるのだが単語を伝えられない以上それは難しい。

なので色々と自ら探しに出ねばならないがどうするべきか、と考える。

そしてニグンから冒険者なる者の存在を聞く。

これだ、と思った。

自らが冒険者として各地へ赴けるのはもちろん、地位や名声を集められれば探し物もし易くなるかもしれない。

 

 

「わん(俺冒険者になるわ)」

 

 

「か、神、突然何を…!?」

 

 

突然のことに狼狽するニグン。

それとは裏腹に目の前の冒険者ギルドなるものの前で名犬ポチは目を輝かせる。

それはかつての仲間との冒険を思い起こさせるには十分だった。

 

名犬ポチは冒険者ギルドの中へと駆けこんでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドの受付というものは暇なときがある。

得てしてそんな時は厄介ごとが起こるものだ。

ただ、そんなこと今までに一回も無いけど。

最後にそう呟き、ギルドの受付嬢イシュペン・ロンブルは欠伸をかみ殺しながら、カウンターに座ったままぼんやりと視線を中空に舞わせた。

 

暇である。

 

依頼も新しいのは来ない。

冒険者も来ない。

依頼書のまとめはかなり前に終わった。

席を離れることは仕事の放棄と同じ、出来るわけがない。

トイレだって少し前に行ったばかりだ。

 

やがて暇が最頂点に達しようとしたとき、扉がきしみ、ゆっくりと開いた。

外と中の光量の差も有り、イシュペンは目を細める。

逆行の中、小さな生き物がギルドの中に踏み込んで来た。

 

 

「…え?」

 

 

その可愛い生物はイシュペンと目が合うと走り寄り、カウンターの上までジャンプしてきた。

はっ、はっ、と舌を出しながらこちらを見てくるその生き物にイシュペンは。

 

 

「やだ可愛いぃぃぃぃいいい!!!」

 

 

思わず抱きしめた。

 

 

「きゃんっ!? (うわ、なんだこのアマ!? 俺は冒険者になりにきたんだよ! 離せやクソが!)」

 

 

名犬ポチは必死に肉球で押し返すがイシュペンは怯まない。

 

 

「あぁああぁああぁあぁあ! 肉球柔らかいよぉぉぉおお!」

 

 

むしろ喜びだす始末である。

 

そこへニグンが扉を開け駆け寄ってくる。

 

 

「ああっ!? 神ぃぃぃーーー! 大丈夫ですか!? なんだ貴様は! その汚い手を離せ!」

 

 

そしてイシュペンの手から名犬ポチを救うニグン。

 

 

「チッ、飼い主かよ」

 

 

ニグンを見て悪態をつくイシュペン。

この蜜月の時を邪魔したこの男に殺意を抱くが飼い主なら仕方あるまい。

そしてイシュペンはこの男に見覚えが無い。

とすればこの男は冒険者志望だろうか?

 

 

「で、何? 冒険者になりに来たの?」

 

 

「わん(そうだ)」

 

 

「か、神? いやきっと何かお考えが…。わかりました。ああ娘、冒険者登録を頼む」

 

 

ニグンの言葉にイシュペンはやはりな、と思う。

着ている物は間違いなく上等だし、この男からは強者の気配を感じる。

ただ若干独り言が多いのが気持ち悪いが。

 

 

「で登録者のお名前は?」

 

 

そうイシュペンが問うとニグンが目を丸くする。

 

 

「な、名前…。そうだ名前だ! 神よ! 貴方のお名前は何と仰るのですか!?」

 

 

なぜか目の前の男が子犬に問い始める。

 

 

「わん(名犬ポチだ)」

 

 

「ああぁぁあっぁあ理解できないぃぃぃいいい!! 我が至らなさをお許し下さいぃぃぃい!!!」

 

 

急にそう叫ぶと地面に伏し泣き出す男。

イシュペンは、こいつやべぇ、と思う。

 

 

「わん(やっぱ名前も伝えられねぇか…。しょうがねぇ、ニグン適当に決めてくれや)」

 

 

「そ、そんな、なんと恐れ多い…! 名前を理解できない私が悪いのです! しかし仕方ありませんな、ここは神で登録させて頂きましょう」

 

 

そうしてイシュペンへ顔を向けるととてもいい顔でニグンは言う。

 

 

「神でよろしく頼む」

 

 

「ふざけないでくれる?」

 

 

一蹴された。

慌てるニグン。

 

 

「な、なぜだ…?」

 

 

「はぁ? 神なんてふざけた名前で登録できるわけないでしょ。それより何よアンタ。自分が神だとでも言いたいの?」

 

 

「貴様こそ何を言っている、神はこの御方だ」

 

 

そしてニグンは名犬ポチへと手を向ける。

 

 

「はぁ? さっきから何言ってるのよアンタ。私はアンタの名前を聞いてるのよ。冒険者登録をする本人の名前を聞いているの」

 

 

そう凄むイシュペンにニグンはやっとすれ違いに気付く。

 

 

「ああ、なるほど。違うのだ。冒険者登録は私ではなくこの御方がするのだ」

 

 

「は?」

 

 

そして自分の目の前の小さい生き物を見るイシュペン。

やっと理解できた。

この男は狂ってる。

 

 

「出てって! 暇は暇だけど冷やかしの相手なんてする気になれないのよ!」

 

 

「なっ!? 貴様…!」

 

 

その後もニグンとイシュペンの攻防は続くが、結局どうにもできずニグンと名犬ポチは冒険者ギルドを追い出された。

 

 

「神よ、申し訳ありません…」

 

 

「わん(いやいいよ、ていうか普通に考えればあれが普通だよなぁ。お前のせいじゃねぇよ)」

 

 

「ああ、神…! 私を許して下さるのですか…! なんと慈悲深く、むぎゅ!」

 

 

ニグンの口を押える名犬ポチ。

 

 

「わん(長ぇからいいよ。それより今夜の宿探そうぜ。暗くなってきちまった)」

 

 

その名犬ポチの言葉にニグンは頷く。

そしてニグンの赴くまま宿屋に向かうがそこで名犬ポチは驚く。

 

 

「わんっ!? (なんだここは!?)」

 

 

「ここは黄金の輝き亭というエ・ランテル最高の宿屋です。神には相応しくないかもしれませんが生憎とこれ以上が無いもので…」

 

 

落ち込んだニグンを他所に名犬ポチが思ったのは。

いやいや、豪華すぎんだろ。

という思いだった。

 

 

「わん(ていうかエ・ランテル最低の宿屋でいいけど。寝られればそれでいいし。安く済ませようぜ)」

 

 

「な、何を!? 代金は全て私が払います! 神は何も気にしなくていいのです!」

 

 

そう力説するニグン。

だが名犬ポチは貧乏症なのだ。

無駄な出費というのが好きでない。

しかも自分はこの世界の通貨を持っていない。

金が作れるまではニグンに世話になるしかないのだ。

人の世話になっておいて無駄に贅沢することは名犬ポチ的には許されないことであった。

悪逆の限りを尽くす名犬ポチではあるが、意外と常識人なのである。

 

 

「わん(駄目だ、俺が嫌なんだ。だから安い宿屋を探してくれ)」

 

 

「うぐ…、わ、わかりました…」

 

 

名犬ポチの言葉の強さに逆らうことができず了承するニグン。

 

そして二人が探し当てた宿屋、そこは。

一階が酒場になっており低レベル冒険者が集まる宿屋だった。

 

ニグンは神をここへ入れることに抵抗を覚えるが神の決めたことに文句を言うのも不敬だとして渋々入る。

そして奥にいる店主らしき男へと向かう。

 

店主らしき男はニグンに気付くと不思議そうな顔をする。

着ている物はかなりの上物だ。

少なくともこの宿にくるような人物には見えない。

 

だがその店主の疑問に答えるかのようなタイミングで酒場の客から野次が飛ぶ。

 

 

「ああっ! このオッサンさっきギルドで見たぜ! なんか冒険者登録しようとしてたみたいだけど受付嬢とモメて追い出されてたぜ!」

 

「うわ、なんだよそれダセェ!」

 

「その装備は飾りかよ! どこぞの坊ちゃんか何かかな? 早くママの元へ帰りな!」

 

 

数人の冒険者達がニグンを見て笑い飛ばす。

 

それを聞いた店主は納得する。

なるほど、冒険者志望か、と。

それならこの宿に来た理由も納得できる。

 

野次が飛びかう中、店主は黙々と自分の業務をこなす。

客なら金さえ払えば自分は何の文句も無いのだ。

 

 

「宿なら相部屋で1日5銅貨だ」

 

 

「いや個室を頼む」

 

 

ニグンも野次など相手にせずに答える。

このような愚かな者など相手をするのも煩わしいと考えているためだ。

 

だがニグンが反応しないことに冒険者達は気を良くしさらに煽る。

 

 

「なんだぁ? 個室に泊まんのかぁ? 余裕があるなら俺らに分けてくれよ」

 

「そうだぜ? 冒険者になるってんなら俺らは先輩だぞ? なぁ?」

 

「どうしたんだシカト決め込んで。ビビっちまったのか?」

 

 

だが一向に反応しないニグンに冒険者の一人が声を荒げる。

 

 

「さっきから無視してんじゃねぇぞオッサン! それにペットなんか連れてこんなとこ来てんじゃねぇ!」

 

 

そう言ってその男がニグンの横にいた名犬ポチを蹴り飛ばす。

 

 

「きゃんっ!(わっ! なんだ急に!)」

 

 

ゴロゴロと転がりながら突然のことに驚く名犬ポチ。

もちろんノーダメージである。

 

だがその瞬間、宿屋の空気が変わった。

ニグンから異様な気配が発せられ、この場を支配する。

先ほどまで何を言われても反応しなかったニグンだが目の前で神が蹴られるなどという暴挙を目にして我慢できるはずがない。

 

 

「貴様ァ…! 自分が何をしたか分かっているのか…!」

 

 

それは殺気。

そのあまりの濃さにかつて猛者で知られた宿屋の店主すら身を震わせた。

 

ニグンが名犬ポチを蹴り飛ばした男へと視線を飛ばす。

 

 

「ひっ…!」

 

 

死を予感させる気配に男は身を固くするしかできない。

周りの仲間達も完全に呑まれ動けずにいる。

 

その場にいた冒険者達は瞬時に理解した。

 

自分達は喧嘩を売ってはいけない男に関わってしまったのだと。

虎の尾を踏む、龍の逆鱗に触れる。

そのような行為を行ってしまったのだと。

 

 

「ただで死ねると思うなよ…!」

 

 

そしてニグンは魔法を唱える。

 

 

「《サモン・エンジェル・4th/第4位階天使召喚》監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!」

 

 

ニグンの叫びと共に巨大な天使が宿の内装を破壊しながら召喚される。

翼まで含めれば4mはあろうかという神々しい巨体。

その姿にこの場にいる全ての者が息を飲んだ。

だがそれを破るように一人の魔法詠唱者(マジックキャスター)であろう冒険者が叫ぶ。

 

 

「だ、第四位階だとっ!? バカなっ!」

 

 

その言葉にこの場にいる全ての者に驚愕が走る。

第三位階で超一流とされる世界である。

それ以上となると行使できる人間は数えるほどしか存在しないと言われる領域である。

もし冒険者として考えるなら間違いなくアダマンタイト級である。

一体何者なんだという疑問。

そして改めて目の前の男が自分達が関わっていい人間ではなかったと理解する。

だが男達が謝罪を伝える前にニグンが口を開く。

 

 

「やれ…!」

 

 

その言葉に監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が動く。

男たちは死を覚悟する。

 

だがその場を止めたのは子犬だった。

 

 

「わんっ!(ニグン落ち着けって! ここは宿屋だぞ!? そんなもんしまえ、しまえ!)」

 

 

そう言ってニグンの足にしがみつく名犬ポチ。

 

 

「か、神っ! で、ですがっ…!」

 

 

「わわんっ!(泊めてもらえなくなったらどうすんだ! それにここで人なんか殺してみろ! この都市で情報集めるのが難しくなっちまうだろっ!)」

 

 

そう、本当に名犬ポチは常識人なのである。

 

 

「か、神…。分かりました、申し訳ありませんでした…」

 

 

そう言ってニグンは監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を帰還させる。

 

それを見てホッとする名犬ポチ。

 

だがさきほど蹴られたことに対する怒りがないわけではない。

 

 

「わん(とりあえずテメーは殴る)」

 

 

そう言って名犬ポチが男の前へと飛び跳ねる。

 

そしてパンチ。

 

 

「がはっ!!!!」

 

 

顔を殴られた男がその斜線上にあるイスとテーブルを吹き飛ばしながら垂直に飛んでいく。

そして壁に激突するとその壁を破壊し、外へと転がっていく。

やがて勢いが衰え止まった男はピクピクと痙攣していた。

かろうじて死んではいないようだ。

 

外では急に人が飛んできたことへの驚きの悲鳴が聞こえてくる。

 

だが時を同じくして宿屋内でも悲鳴が響き渡る。

 

 

「おっきゃああああ!」

 

 

吹き飛んだテーブルに座っていた女が突如奇声を上げてニグンに詰め寄る。

 

 

「あんた何してくれてんのよ! あんたの魔獣でしょ!? そいつのせいで私のポーションが割れちゃったじゃないのよ! どうしてくれんのよ! 弁償しなさいよ!」

 

 

周りの男たちは先ほどのニグンへの恐怖を覚えているため、いくらポーションを割られたとはいえニグンに詰め寄れる女の度胸に驚いている。

滅茶苦茶キレている女に流石のニグンもたじろぐ。

だが仕方ないかとポーション代を弁償しようとするのだが。

 

ニグンの足元で名犬ポチが必死に止めていた。

 

 

「わんっ(ニグンいい! これは俺の責任だ、俺が弁償する)」

 

 

そう言って名犬ポチは自身のアイテムボックスより 下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出すと女に渡す。

 

 

「わん(これでいいだろ)」

 

 

「え、あ、えっ? 何これポーション?」

 

 

それを見たニグンが冷静さを失う。

それは伝説に伝え聞く完成されたアイテム。

 

 

「神! ま、まさかそれは神の血…! よいのですか! あのような者に!」

 

 

それに対して名犬ポチはいいのだと答える。

 

 

(いや、ていうか今のは完全に俺のせいだし。それをニグンに弁償させるのは、なぁ? 金はないけど 治癒薬(ヒーリング・ポーション)系なら死ぬほどあるしこれで勘弁してもらおう)

 

 

事の重大さを全く理解していない名犬ポチ。

だがここでニグンはすぐにあることに気付く。

 

 

(はっ! まさかこれは神が与える奇跡への第一歩なのでは…。愚かな愚民共に説いても神の偉大さは伝わらぬだろう。だが実際に経験すれば話が違う…! とはいえ、あのような下賤な存在にさえ温情を掛けられるとは…。神の偉大さは私の想像を遥かに超えていらっしゃる…!)

 

 

謎の感動に包まれるニグン。

この時、名犬ポチが「やばい宿屋の弁償どうしよう」等と考えていることは露ほども知らないのであった。

 

 

 

この事件をきっかけにニグン達の存在は王国内で一気に轟くことになる。

 

第四位階の魔法を行使し、冒険者を軽く吹き飛ばす強大な魔獣を従え、神の血と呼ばれる伝説のアイテムを持つ男として。

 

だが残念なことにあくまで名犬ポチはニグンの使役する魔獣としか認識されないのだが。

 

 

 

 

人々が真に偉大なる存在に気付くのはいつになることか…。

 

 

 

 

 




次回『名犬と爪切り』ついに名犬伝説が幕を開ける…!



やっと名犬ポチが動き出しました。
ここまで体感時間長かった…。

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