私達がアリーナから校舎内へと帰還してくると、既に日は傾き、廊下の窓から見える海の空には、夕日が空を真っ赤にしながら輝いていた。
うん。海の中から見る夕日の空は、実に幻想的で、神秘的で美しいものだ。それも、ロケーションは海底に沈むように建った校舎ときた。
ロマンチック……この一言に尽きるだろう。お誂え向きに、私の首には肌触り最高級のオシャレなマフラーが巻かれている。自分で言うのもなんだが、さぞ、絵になる事だろう。
そして、実際に私は、校舎内で他のマスター達から注目の的になっていた。
ああ、私の姿を見てヒソヒソと話すマスター達の声が耳に届いてくる。
「なあ、アレって……」
「ああ、だな。間違いない」
「ちょっと、アレ本気で……?」
……見られている。まじまじと、私へと視線が集中している。
その理由に気が付いた、いや、気が付けたのは、
「あら、また会ったわね。ヒヨコマスターさん?」
階段へと差し掛かった所で、地下の食堂兼購買から上へと昇ってきた遠坂凛のおかげである。
「…って、何? 何でマフラーなんて巻いてる訳?」
「え? ああ、このマフラー、アリーナで拾ったんだ。なんでも礼装で、これを付けてれば簡単にコードキャストが使えるからって、アヴェンジャーが」
私の説明を受けて、しばらく凛はポカンとした後、次第に破顔一笑へと変貌していった。
それはもう、お腹を抱えて必死に笑いを堪えるように、プルプルと我慢していたが、やがて耐えきれずに爆笑したのである。
「ぷはっ! あははははっ!!」
私は今の説明で何故、彼女に笑われたのか訳が分からず、凛と入れ替わる形でポカンとなるが、凛が笑いを必死に抑えながらそれについて説明をする。
「いや、ぷふ、礼装って端末で装着や着脱するのよ。礼装を直に身に着けてるマスターなんて、見た事ないもの。うふ、でも、そうね。確かに新たな試みかもしれないわね」
「な……!?」
なん…だと……!?
私はてっきり、礼装とはこうやって装備するものだとばかり思っていたので、現実を前に唖然となる。
いや、アヴェンジャーが巻いてくれたから、それが普通なのだと、つい思い込んでいたのだが。
『……ぷっ』
私にマフラーを巻いた当の本人であるアヴェンジャーは、霊体化したまま、バカにするように笑っておりました。というか、その様子だと知ってたな、アヴェンジャー……!
これでようやく得心した。何故、こうも視線が私に集まっていたのか。何のことはない、礼装の一般的装備の仕方も知らない、アホの子マスターとして、周囲の注目の的になっていたのだ。
すごく、恥ずかしい……!
恥ずかしさのあまり、私は急ぎ首からマフラーを脱ぎ捨てる。いや、実際に捨てたりしないが。もはや鳳凰がどうこうではなく、一刻も早く残念な状態から脱却したかったのだ。
きっと、今の私の顔は蒸れたトマトのように、真っ赤になっているに違いない。
「けどまあ、似合ってたわよ。さっきのマフラー姿。サーヴァントが巻いてくれたんでしょ? あなたのマフラー姿が可愛らしかったから、他のマスター達にも見せびらかしたかったんじゃない?」
いや、それはない。だってアヴェンジャーも笑ってたし。私に恥をかかせる事が目的だったに違いない!
まったく、なんてサーヴァントだ……!!
「……ふーん。でも、礼装か。という事は、トリガーももう手に入れたのかしら?」
「えっと、うん」
その返答に、凛は意外そうに感嘆の息を漏らす。どうやら、私を見くびっていたらしい。
「まさか基本のきの字も知らない、未熟な
それは彼女からの素直な賞賛だ。未熟も未熟な私が、トリガーをたった1日で取得した事が、一流である彼女からすれば、褒められる事だったのだろう。
そう思うと、少し嬉しいかもしれない。先程までの羞恥心が少しは和らぐくらいには。
「でも、次も上手く行くとは思わない方が良いわよ。アリーナは第二層から本格的に厳しくなっていくらしいもの。言ってしまえば、第一層は肩慣らし。本番は第二層からと思っておきなさい」
それじゃ、と凛はさっさと二階へ上がっていった。おそらく、彼女もマイルームへと帰るのだろう。
しかし、今の凛の言葉は、私にとって結構重くのしかかるものだった。
あれで、まだ序の口……?
これから先、もっと過酷なアリーナ探索が待ち受けているのだと思うと、私は頭が痛くなる。それだけじゃない。慎二とそのサーヴァントの存在もまた、私の思考に暗い影を落としていた。
手の内が読めず、正体、サーヴァントとしてのクラスもまだはっきりと分からない状態。今度また戦えば、今日のように無事で済むとは限らない。
どうにか、打開策を考える必要があるだろう。でも、とにかく今はマイルームへと戻ろう。今日は少し疲れたから、早く腰を落ち着けたい。
そして、私とアヴェンジャーはマイルームへと戻ってきた。アヴェンジャーは帰るなり現界し、早速甲冑を脱ぎ捨てて、並べた机の上にだらけ始める。
その豊満な肢体を隠そうともしないで、彼女は突っ伏していた。色々見えそうで見えない、なんとも厭らしい姿か。私が男だったなら、正直アブナかったと思う。その、理性とか我慢とか、色々と……。
「そういえば……マスター」
と、私もアヴェンジャーに倣い、その隣でゴロゴロしようと思って、机の上によじ登ろうしていたところに声が掛けられる。何でしょうか?
「私、貴方にお話がある事を忘れていないでしょうね?」
───そういえば、そんな事もあったかもしれない。
「いや、あったから。忘れたとは言わせないわよ」
寝転んだまま、良い笑顔で、まるで聖女のような慈しみに溢れた顔で、アヴェンジャーが私に微笑みかけてくる。そんな顔も出来たんだね、でも、目が笑ってないから凄く怖いよ……。
そこから、小一時間程の長ったらしい説教を受けた私は、罰として寝転ぶアヴェンジャーの背中に跨がり、背中を全体的にマッサージさせられる事となった。
しかし、ここでラッキースケベ的に「あ、うっかり手が滑った~」とその豊かな胸に触れようものなら、私は塵一つ残さず灰燼と化すだろう。
それが分かっていて、そんな恐れ多い事は出来ないのだ。はあ…従順なサーヴァントを持つマスターが羨ましい限りである。
「んっ……その調子で続けなさい…」
なんだ、今の気持ちよさそうな声は。エロ……ゲフン! ちょっとヤらしいぞ!
というか、そろそろ手が疲れてきたのだが。誰かのマッサージをした事のある人なら分かると思うが、マッサージはそれなりに力を使うので、5分やっただけでも疲れる重労働でもある。それを私は既に30分はやらされているのだ。そろそろ辞めたい。割と真剣に。
マッサージ師が思っていた以上に偉大な職業なのだと、改めて実感させられたのだった。
「ふぅっ……それにしても、あのワカメ、小物臭が半端ない癖に、んぅっ……なかなか厄介なサーヴァントと契約してて頭にくるわ」
背中越しでも、アヴェンジャーが不機嫌そうに顔を怒りで歪ませているのが想像出来る。それも仕方ないかもしれない。あのサーヴァント、思っていた以上に厄介かもしれないからだ。
銃撃戦を得意とする事はもちろん、その立ち回りは海賊のそれらしく、喧嘩殺法的に乱雑で予測が難しい動きが見られた。
凝り固まった拳法や戦闘の構えが脅威的であるのは間違いないが、逆に定まった戦闘スタイルを持たない相手というのも、相応に厄介極まる。パターンが掴みにくいのだ。洗練された動きは、読み易くともその速度や精度から、動きを捉えるのは難しい。
しかし、乱雑な動きというのは、ランダム過ぎて動きが読めない。それこそ、その人物の癖でも見切らなければ、対応に困るだろう。
これは本気で、どうやって活路を開くか考えないといけない。しかし、あのサーヴァントの情報が少なすぎる。
海賊が英霊になるとして、有名なものといえば『黒髭』ことエドワード・ティーチ。昨今の私達がイメージする海賊像は、彼の存在に依るところが大きいからだ。現代の海賊像を作り上げたという意味で、彼は反英雄として最も海賊の英霊として名を挙げられやすいだろう。
他には、ジョン・ラカムや、その繋がりでアン・ボニー、メアリー・リードが挙げられる。可能性があるとすれば、後者の内のどちらかだろうか。
史実によれば、メアリーは少年のような見た目であったらしい事から、アンの方が当てはまるか。見た訳ではないが、アンは男装していたものの、ナイスバディの持ち主だったらしいし。
慎二のサーヴァントも素晴らしい胸囲の持ち主だったので、もしかするとドンピシャかもしれない。
そも、あのサーヴァントは女性だったので、女海賊の英霊しか当てはまらないだろう。
「そうそう……あっ……そんな風に敵の情報について思考を巡らせなさい。…ふっ……敵の正体を探ろうというその意思が、んんっ、この聖杯戦争において忘れてはならないのです」
ところどころ入る喘ぎにも似た嬌声のせいで、言葉が頭に入ってきません、はい。
とまあ、アヴェンジャーは今の私の思考については、バカにするどころか、むしろ推奨していた。ゆっくりと考え事の出来るマイルームでは、敵の情報の整理や推測の時間に当てられるので、今後もそうする事にしよう。
「ふう……もういいわよ、マッサージ。貴方もゆっくり休みなさい」
ようやくお許しが出たので、私は手を止める。疲れた……。
アヴェンジャーから降り、その隣で両腕両足を投げ捨てるように寝転がる。
ダメだ、これは疲労ですぐに眠ってしまう……。
「マスター、アリーナでも言いましたが、この戦いは相手の手の内を知る事に、大きな意味があります。そのためには学園でも、一日一日、注意深く調査する必要があるでしょう。よいですか、アリーナに入ってしまえば、その日の学園での調査は、やり直す事が出来ません。そして仮初の学び舎であっても、そこにいるのは生きた人間。その日に起こっている事が明日も起きるとは限りません。よって、アリーナに入る前には、学園内を隈無く調査し、他人の話に耳を傾けなさい。分かりましたか?」
眠気に必死に耐えながら、少し長めのアヴェンジャーのアドバイスをどうにか頭に入れる。出来る事は出来るうちに、必ずしろ、という事だ。
「分かった……ふわぁ……、」
「気の抜けた返事ね。寝る前に、アリーナに入る前に声を掛けてきたNPCが言っていたマトリクス、一応目は通しておきなさい」
そう言うや、アヴェンジャーはうつ伏せから仰向けに変わり、目を閉じた。彼女はもう眠るのだろう。その豊かな双丘が、彼女の呼吸に合わせて上下に動いている。
流石に、うつ伏せのままでは寝苦しいのだろう。
私は逆に、うつ伏せになって端末を起動した。仰向けよりうつ伏せの方が端末を操作しやすいからだ。
マトリクスの項目を選択すると、画面が切り替わる。すると、そこには二つ、データが記録されていた。一つはもちろん、今日出会った対戦者である慎二とそのサーヴァントの覧。そしてもう一つ、それは私とアヴェンジャーの覧だった。
自分達の覧も気になるが、とりあえず目下の厄介事である慎二達の覧から確認しよう。
まず最初にステータスの画面が表示された。ここに、クラス名、マスター名、サーヴァントの真名、そのサーヴァントの所持する宝具、そしてサーヴァント自身に関するキーワードが記録されていくらしい。
また、ここでそのサーヴァントの筋力、耐久、敏捷、魔力、幸運、そのほか所持するスキルのランクも表示されるらしい。
ただ、まだ謎ばかりなため、ほとんどが空欄で、クラスは『アーチャー?』で、マスター名のところしか確定情報がないようだった。
次の画面では、そのサーヴァントのキーワードを少し深く踏み込んだものとして記録されるらしい。
やはり、まだ何も記載は見られない。
次は技能について。つまりサーヴァントの持つスキルについての簡単な詳細についてだ。無論、ここもまだ何も分かっていないのだが。
そして最後、ここでそのサーヴァントに纏わる伝承やサーヴァント自身についての詳細を記すらしい。正体が明らかになった時、完全に解放されるのだろう。
と、結局ほとんど分かった事はなく、やはり情報がまだまだ足りないらしい。
眠気も少し覚めてきた私は、気になっていたアヴェンジャーの覧を選択する。隣のアヴェンジャーをチラリと見てみるが、変わらず、胸を上下させて眠っている。
なんだかアヴェンジャーの秘密をこっそり覗くような気がして、少し背徳感があるが、堪え切れぬ好奇心を胸に、私はアヴェンジャーのデータを閲覧した。
page.1 ステータス
クラス:アヴェンジャー
マスター:岸波 白野
真名:
宝具:
キーワード:竜の魔女
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運E
復讐者B 真名看破(偽)EX 自己回復(魔力)A
page.2 キーワード
竜の魔女……生まれながらにして竜を従える力を持つ。また、スキルとしても所持している能力であり、ランクとしてはEX相当。竜を従える者としての最上級のランクである。スキルとして使用した場合、味方の竜種や、竜の血裔の強化が出来る。
page.3 技能
復讐者[B]…敵対者から傷を負わされる毎に、傷を負わせた敵対者に対しての与えるダメージが増大していく。憎悪を募らせ、その邪悪を敵対者は自らが負う事になるのだ。
自己回復(魔力)[A]…何もしていなくとも、自然と自身の魔力が回復していく。ランクAともなれば、マスターに頼らずとも、ある程度は自分で必要な魔力を生成出来る。宝具の使用は厳しいが、マスターの魔力消費を抑えられるという、節約出来るお得スキル。
真名看破(偽)[EX]…本来の真名看破とは全く異なるスキル。自らの真名を隠匿し、暴かれたとしても彼女自身の真実を知る事は絶対に不可能。本人が口にしない限り、それを知る術はない。
月の聖杯戦争に参加するにあたり、その出自から獲得した彼女の固有スキル。
page.4 詳細
……、データを見た私の感想はと言えば、スキルだけ見れば超一流じゃないか、このサーヴァント!!
ステータスは私のせいでランクダウンしているという話だが、本来のステータスがもっと高水準なのは火を見るより明らかだ。
果たして、私は彼女を元のステータスにまで戻す事が出来るのだろうか。
それより、気になったのは空欄の多さか。やはり、私はまだまだ彼女の事を知らなすぎる。もっと彼女の事を知っていけば、自ずとこの空欄達も埋まっていくのだろうか……。
もう一度、チラリと隣で眠る彼女に視線を送り───
「……………………」
「……………………」
それはもう、バッチリと、目と目が合いました。
寝転んだまま、アヴェンジャーは私と、私の手に握られた端末に視線を交互に移すと、
「そんなに私の事が気になりますか?」
いやらしい笑みで、口の端を歪ませて、尋ねてきた。今にも、子ウサギをとって喰わんとしているような幻視をしてしまう私は、それでも、頷いて返した。
「気になるし、知りたい。だって、これから先、私とあなたは相棒で、パートナーだから。命を共有した仲間だから」
この聖杯戦争を戦う上で、マスターとサーヴァントは一蓮托生だ。バトルロワイヤルならまだしも、これは1対1のシンプルな殺し合い。裏切る余裕はなければ、裏切っても次に繋がる可能性は僅か。故に、サーヴァントがマスターを裏切る事は、よほど特別な理由でもない限り、まずないだろう。
それか、サーヴァントがよっぽどの悪鬼でもない限りは。
「───! ホント、どうして私のマスターになる人間は……」
私の答えに、アヴェンジャーは一瞬面食らい、すぐに自虐的な嘲笑をこぼした。その顔は、今にも消え入りそうで、儚く、可憐で、とても復讐者のものとは思えなかった。
でも、それもすぐに終わる。彼女は私から顔を逸らすように横に寝転がると、
「知りたければ好きにしなさい。その代わり、貴方がマスターとして私に認められない限り、私から話す事はありません」
それきり、彼女は押し黙ってしまった。今度こそ、眠りに入ろうとしているのだろう。
要は、「私の事が知りたければ、もっと私の役に立ってみせろ」という事だ。彼女に認められるには、それしか方法はない。
まったく、どこまでひねくれたサーヴァントなんだ、この子は……。多分、私とそう年も変わらないだろうに、英霊として座に至ったこの少女。
自身を復讐者と、魔女と、自らを陥れるような発言をする彼女が、一体どんな人生を送ったのか。私はマスターとして、どうしようもなく気になってしまった。
こうなれば、意地でも彼女の事を知ってみせよう。彼女に私をマスターとして認めさせよう。どれほどの道程かは分からないけれど、そこにたどり着けるかも分からないけれど、
私は、サーヴァント・アヴェンジャーの事を知りたいと思ってしまったから。
そうと決めれば、今は目の前の事に専念しよう。慎二とそのサーヴァント。今は、彼らへの対処が先決だ。
明日に備えて、私はアヴェンジャーの隣で触れない程度に距離を開けて眠る。でもいつか、くっついて眠れる時が来るといいな……。
そうして、私の意識は微睡み、闇へと落ちていった。
「……………ホント、物好きなマスター」