翌日、私は早速、朝から校内探索を始めようと起きて早々にマイルームを後にする。
無論、甲冑を外して寝ていたアヴェンジャーが付け直すのは待たない。というのも、
「私の着替えを待つ暇があるなら、少しでも情報収集に奔走してきなさい。それとも何? 私の着替えを間近で見ていたいと? この変態!」
とのお達しがあったのだ。いや、決してアヴェンジャーの着替えを覗きたかったがアヴェンジャーからのお仕置きが怖くて大人しく従った訳ではないとだけ言っておく。
というか、女同士だし。そもそも脱いだ時に普通に一緒に居たし。だから、別に見ても興奮しないよ?
うん…ホントに。多分。
という訳で、私は気ままに何か情報が無いかと、廊下に出ていた。
「………ん?」
そして早速というか、何やら遠く───図書室前くらいの所で、誰かと誰かがもめているようだ。
あの後ろ姿──から、そこはかとなく漂うワカメ感……慎二か?
それと、もう一人。ここからでも分かる、真っ赤な服と超ミニスカの少女。遠坂凛だ。
どうやら、その二人が何か言い合っているらしい。
少し気になる。近づいて様子見するか……。とりあえず、喧嘩ではなさそうだが。それに、上手く行けば慎二のサーヴァントについて、何か情報が得られるかもしれない。
そーっと、二人に悟られないようにこっそりと、彼らの背後へと忍び寄る。そこにたどり着くまでに、他のマスターから奇異の視線を浴びたが、これも情報を得るためならと心を無にして、羞恥を感じないように努める。
そして、ようやく二人の会話が聞こえる距離にまでやってきた。慎二が遠慮もなしにデカい声で話しているので、自ずと私の耳に会話の内容が入ってくる。
「───ところで、君はもう、アリーナには入ったのかい? なかなか面白いとこだったよ? ファンタジックなものかと思ってたけど、わりとプリミティブなアプローチだったね。神話再現的な静かの海ってところかな。さっき、アームストロングをサーヴァントにしているマスターも見かけたしねぇ」
神話再現的……? 確かに静かと言えば静かだったが、あれは神話の再現と言えるのだろうか。原初の海はうねり荒れ狂う渦だけだったと聞くが。それとは真逆の雰囲気だったように思う。
「いや、シャレてるよ。海ってのはホントいいテーマだ。このゲーム、結構よく出来てるじゃないか」
確かに、慎二にとってみれば、彼のサーヴァントは海賊だし、海は相性的にも良いだろう。
自分の事ばかり語る慎二に、ずっと耳を傾けていた凛も、ようやくその口を開いた。
「あら。その分じゃ、いいサーヴァントを引いたみたいね。アジア圏有数のクラッカー、マトウシンジ君?」
………、今のは聞き捨てならない。慎二が、アジア圏有数のクラッカー……?
優秀であるのは知っていた。だが、まさかそこまで名の知れたウィザードだったなんて。
「ああ。君には何度か煮え湯を飲まされたけど、今回は僕の勝ちだぜ? 僕と彼女の
艦隊、と言ったのか、今? 待て。それでは話が違ってくる。海賊で艦隊───それではこちらの予測していた真名、アン・ボニーには当てはまらない。彼女が艦隊に属していた、もしくはそれに準じる逸話など、存在しないからだ。
しかも、その口振りからして、あのサーヴァントは恐らく、その艦隊を率いる船長。根本的にこちらの予測とは、決定的に違っている。
と、私がまさかの情報に唖然としていると、ふと凛と視線が合ったような気がした。しかし、それもほんの僅か、1秒にも満たない一瞬で、彼女は再び慎二と話を続ける。
「へえ、サーヴァントの情報を敵に喋っちゃうなんて、マトウくんったら、ずいぶんと余裕なんだ」
優雅さを含んだその声は、遠坂凛の物だった。彼女は慎二の自慢を保護者さながらの余裕で流している。
そして、自分の失態に気が付いたのか、慎二の顔がさっと赤くなる。
「う……そ、そうさ! あんまり一方的だとつまらないから、ハンデってヤツさ! で、でも大したハンデじゃないか、な? ほら、僕のブラフかもしれないし、参考にする価値はないかもだよ……?」
いや、慎二……。明らかに焦りを隠せてないよ。それじゃ、さっきのが本当の事だと言ってるようなものだ。
しかも、当然ながらというか、凛はそれを見透かしたように余裕の笑みを浮かべている。
「そうね。さっきの迂闊な発言からじゃ、真名は想像の域を出ない。ま、それでも艦隊を操るクラスなら、候補は絞られているようなものだし、どうせ攻撃も艦なんでしょ?」
……!!
そうだ。何も拳銃が武器だからって、アーチャーであるとは限らないはず。サーヴァントのクラスは、そのサーヴァントの伝承の基となる何か、つまりは武具、宝具で決定される事が多いらしい。
武器が銃器でも、宝具が別の場合だってあるだろう。
「艦砲射撃だとか、或いは…突撃でもしてくるのかしらね。どのみち、物理攻撃な気がするけど」
「う……」
凛の鋭い指摘に、慎二は言葉が詰まってしまう。いよいよ、さっきの彼自身の言葉が、真実であるのだと証明されてきたようなものだ。
「ま、今のわたしに出来るのは、物理防壁を大量に用意しておくぐらいかしら」
対策まで口にされ、慎二の顔が、みるみる青くなる。
サーヴァントの情報が敵に知られれば、対策も立てられてしまう。
個々の力が強力である以上、一方だけが対策を立ててしまえば、戦いの結果は明らかだ。
なるほど、情報が重要だというのはこういう事だったのか。実感してみて初めて、それがよく分かる。
「あ、一つ忠告しておくけど、わたしの
恐れ入る。凛は今のやりとりで、慎二のサーヴァントに当たりが付いたらしい。流石、としか言いようがない。腕ももちろんの事、その知識も一流のそれなのだ。
「ふ、ふん……まあいいさ。知識だけあっても、実践出来なきゃ意味ないし。君と僕が必ず戦うとも限らないしね」
「ふーん……。ま、それもそうなんだけど。そうね、どうせ言っても無意味だろうから、あなたの対戦者の事を教えてあげましょうか。あの子の契約したサーヴァント……あなたはもう見た?」
今度こそ、確実に凛は私に視線を送った。何を言うつもりだ……?
「見たさ。デカい旗を持った、黒塗りの甲冑を着た女だったよ。それが何なのさ?」
慎二からの返事を聞くと、凛は途端に今までの余裕ある態度を改める。その目は、どうしようもなくマスターとしての本質を表す、戦う者の瞳をしていた。
「あの子のサーヴァント、クラスはアヴェンジャーですって。マトウ君には心当たりがある? 旗を持った英霊、それも復讐者なんてオプション付きの英霊に。正直言って、わたしにはまったくないわ」
「………!!」
凛から私のサーヴァントについて聞かされた慎二は、さっきよりも更に顔を青くした。このままでは、本当に顔が海藻色になってしまうのではないかと、少し心配になる。
いや、それよりも凛だ。何故、彼女はそんな事を今ここで話したのか。
「アヴェンジャーだって……!? あんな凡人が、『エクストラクラス』のサーヴァントを連れているっていうのか……!?」
それは焦りと嫉妬の入り混じった、表現に難しい声音だった。そんなにエクストラクラスとは珍しいものなのだろうか。
正直、アヴェンジャーは傍若無人で、マスターである私を小間使いのように扱ってくる時があるので、羨ましがられる要素が皆無なのだが。
「旗を持った英霊ならまだ心当たりはある。それこそ、世界で最も有名な聖女、フランスに名高き聖処女『ジャンヌ・ダルク』。でも、彼女は聖女。間違っても復讐者なんかじゃないもの」
あの凛ですら全く正体を掴めないアヴェンジャー。私自身、彼女の事を何も知らないという事もあり、慎二への言葉であると同時に、私への言葉とも取れるように思えてならない。
「そんなの知るかよ! くそっ、あいつ黙ってやがったのか……!! ふざけてる! 凡人のクセに、僕を見下してやがったのか!!」
屈辱。そうとしか取れない感情。慎二は余裕がどこに行ったのか、最初に見た時とはまるで別人である。
もはや凛と話す事はないのだろう、慎二は別れの挨拶もせずに彼女に背を向ける。そして───
「おまえ、岸波……! まさか、そこでずっと見てたわけ!?」
と、たまたま去る方向がこちらだったのだ。こっそり様子を窺っていたのが、慎二にバレてしまった。
「ふ、ふん……どうせおまえじゃ、僕の無敵艦……いや、サーヴァントは止められないさ。そう、そうだよ……エクストラクラスなんか知った事か。どっちにしろ僕の勝ちは動かない。じゃあな。おまえもせいぜい頑張れば? 無駄だろうけどさぁ!!」
最後にありったけの怒りを込めて怒鳴ると、そのまま慎二はさっさとどこかへ行ってしまった。
「……やれやれ、緊張感に欠けるマスターが多いわね」
と、凛が私に呆れたように笑ってみせた。どうやら、最初から彼女には私が様子見していた事がバレていたらしい。
「………ねえ」
「どうしてあなたのサーヴァントのクラスをマトウ君に教えたのか、でしょ?」
どうやら、私が問おうとしていた事に察しがついていたようだ。それなら、話は早い。
では聞こう。その理由は何故?
「簡単よ。だって、教えても本当に意味がなかったから。クラス、そしてあのサーヴァントが持つ旗。それらから該当しそうな英霊をピックアップしてみたけど、そんな英霊は見つからなかった───というより、存在しなかった。だから、教えても無駄なのよ。だって、
なるほど、それは言い得て妙だ。だって、私もアヴェンジャーの正体に心当たりがまるでない。いくつかのヒントはあっただろう。それでも、彼女の真名にたどり着ける、これといった確信の持てるものがない。
あの凛をして、“正体不明、予測すら不可能”なサーヴァントと言わせしめるのだ。確かに、慎二にクラスを教えたところで、特に問題は見受けられない。
「わたしもジャンヌ・ダルクかなとは思ったんだけど、やっぱり有り得ないのよ。聖女はつまり聖人。聖人が復讐するなんて想像出来る? 死後、英雄として、聖人として昇華された彼女は間違いなく正しき英霊となった。間違っても復讐者になんてならないでしょう」
そういうものなのか……。むう、結局アヴェンジャーが何者なのか、自分で突き止めるしかないという事か。
「ま、あなたのサーヴァントの正体が何なのか、今のわたしにはどうでもいいんだけどね。だって、あなたがマトウ君に勝てるとも思えないし。それじゃね。頑張りなさいよ、ヒヨコさん?」
そう言って、ひらひらと手を振って、凛も去っていった。どうやらマイルームに戻るらしい。
「私が着替えている間に、ずいぶんと盛り上がっていたようですね?」
そこへ、二人が居なくなったのを見計らったようにアヴェンジャーが現界した。その顔はどことなく、不機嫌そうである。
「まあ、いいけど。……あの女に賛成する訳ではありませんが、確かにあのワカメはこの聖杯戦争での情報の重要性を理解していないようですね。ともかく、あれほど容易な事は稀にしろ、昨日言ったように学園でもアリーナ同様、重要な情報が得られる事もあるでしょう」
「そうだね。まさか、こんなにあっさり情報が手に入るとは思わなかったけど」
相手が慎二だったからこそ、という話かもしれないが、それでもこうして学園での情報収集が有用性を持つ事が理解出来た。これは確かに、その日その日を大切にしないといけない。今日みたいな事もあるし、それを逃してしまえば大きな損失となるだろう。
それにしても、アヴェンジャーはいつからこっちに来ていたのだろうか?
「貴方がワカメと赤い女の話を盗み聞きしようと、忍び寄っていた時ですね」
という事は、最初からじゃないか。それなら、霊体化しながらでも話しかけてくれれば良かったのに。
「そんな事より、これであのサーヴァントのクラスがアーチャー以外の可能性もあるという事が見出せたでしょう。これよりは、もっと確固たる情報を得るよう努力する事ね」
そしてアヴェンジャーは姿を消した。アーチャー以外で、あのサーヴァントのクラスを予想するなら、それは───
ライダー。
海賊なら船に乗るだろう。それも、船長クラスともなれば、操舵の腕も優れているはずだし、自分の船を持っていて当たり前。海賊ならライダーのクラス……うん、案外しっくりくる。
そういえば、話の中で『無敵艦隊』というキーワードがあった。それについて、都合の良い事に現在、図書室の前に居るので、ここで調べ物と洒落込もう。
図書室には私以外にもマスターが居て、同様に何か調べ物をしているらしい。私も、大量の蔵書の中から、それらしき書物を検索する。海賊の英霊なら、大航海時代に的を絞って探してみれば良いか。
そこで、とある一つの本に行き当たった。内容に軽くざっと目を通すと、
『無敵艦隊について』
というもっともなページを発見。それによれぱ、大航海時代におけるスペイン海軍の異名を指しているらしい。
千トン級以上の大型艦100隻以上を主軸とし、合計6万5千人からなる英国征服艦隊。
スペインを『太陽の沈まぬ王国』と謳わしめた、無敵の艦隊──であるそうだ。
うーん、凛が言っていた通り、この無敵艦隊とは海賊を示すものではないようである。むしろその敵の立ち位置である海軍の呼称だ。
しかし、まったく関わりがないとも思えないし、それに縁のある英雄という事だろうか。
それにしたって、女海賊で有名な過去の人物か……。うーん、まるで分からない。候補はある程度絞れるだろうが、確信を持てるものがない。
……無いとは思うが、こうまで該当しないのは、もしや彼女は“史実では女性ではなく男性”として語られている存在だから、とか?
いや、流石にこれは突飛すぎる考えだろう。なんだ、その『男と思っていたが実は女でした』みたいな、マンガやアニメやラノベの世界にありそうな文面は。
もっと真面目に考えよう。彼女が一体何処の誰なのか。もっと隈無く探せば見つかるはずだ。そのためにも、再び慎二と接触し、情報を引き出さねばならない。
私は本を棚に戻すと、とりあえず図書室に居るマスター達に声を掛けてみる。別に、慎二と接触するだけが情報収集の手段ではないし。他のマスターなら、あのサーヴァントの特徴から、何か知っている事があるかもしれない。聞いてみるだけなら、何もリスクは存在しないのだ。
「二丁拳銃の英雄、ねぇ。パッと思いつくのだと……ビリー・ザ・キッドとか? カラミティ・ジェーン…は違うか。ごめん、あんまり思いつかないわ。そっちも大変ね。私も対戦相手の真名探しが大変で大変で。常にダルそうな槍使いのオジサンなんだけど…あなた知らない?」
「二丁拳銃を使いそうな英雄? うーん…伊達政宗とか…は、使っててもイメージが崩れなさそうだけど。中々難しいねぇ。まあ、想像するだけなら楽しいもんだけど」
うむ、やはりそう簡単に分かるはずもないか。地道に慎二から情報を引き出す方が手っ取り早いかもしれない。
ただ、さっきの慎二の様子から、そう簡単にいくかどうかという心配な要素が発生してしまった。慎二はナルシストだが馬鹿ではない。無駄に賢いところがあるため、今後も彼が口を滑らせてくれるとは限らないのだ。
まあ彼が、調子に乗ったらどうなるかは分からないが。だって慎二だし。すぐに鼻を伸ばしそうな気がする。
そう、例えば私達と戦って優位に立った時とか。
その後、校内を探索して回ったのだが、慎二の姿はどこにもなく、これといった情報も得られなかった。
なので、私達は新たなアリーナへと探索に赴こうと思ったのだが、第二層はまだ開放されていないらしい。
どうやら、トリガーの生成と同時にアリーナも構築されるようだ。つまり、どんなに早く
あまりにも世知辛い。どうせなら、さっさと次のステージに進ませてくれればいいのに……と、アヴェンジャーが愚痴っていた。
仕方なく、私達はアリーナ第一層に入ったのだが、何故か慎二達の姿はおろか、気配さえ皆無だった。もしかするとマイルームに居たが故に、学園でも慎二に遭遇しなかったのかもしれない。
「こういう事もある、という事ですね。でもまあ、今回はあのサーヴァントの情報を得られたのだし、今日はこれ以上の高望みは無しです。潔く、エネミーどもを狩り尽くして帰るとしましょうか」
今日は学園で情報を得たが、アリーナでは得られなかった。その日、その時々によって、何があるか分からないという事だ。今朝の一件は本当に運が良かったのだと言えるだろう。
アヴェンジャーの言葉通り、もはや日課になりつつあるエネミー討伐をこなし、マップ全てを回って完全にアリーナからエネミーを駆逐した後、私達は帰路へとついた。
ところで、アヴェンジャーは私の為にエネミーを狩っていると言っていたが、それはどうしてなのか。エネミーとの戦闘は確かに私の観察眼を養ってくれるが、イコール魔術師としての腕前に直結するでもなし。
かといって、アヴェンジャーの能力値が変動した訳でもなし。少し気になり聞いてみたのだが、
「そこはあれよ。後のお楽しみってやつ」
と、はぐらかされてしまう。その時が来るまでお預けなのだろう。気になる、すごく気になる。
結局、マイルームに帰ってからもアヴェンジャーは教えてくれる事はなく、相変わらず甲冑を脱ぎ捨てて自堕落に寝転がっていた。
いくらなんでもダラケすぎではないだろうか、このサーヴァント……。
そうして、聖杯戦争第一戦目の三日目が終了し、そして、新たな朝、四日目が始まる───。
イシュタルktkr!!
……などと喜んでいられないのが現状ですね。
畜生……アルジュナも来やがった……!
持ってなかったから嬉しい、というかイシュタルより先に金アーチャーでアルジュナ引いて肩透かし喰らってからイシュタル来て……。
アルジュナだけだと思った矢先、種火と林檎が保つ自信がない!!
一万溶かして☆5が2人と、☆4が4人ならまだ良い方ではあるのに……育てられない悲しみ。
ちなみにイベント始まったので更新は更に不定期になるかもです。