翌朝。昨日と同じように、私は朝から学園内を探索しようと、マイルームの前に居た。今回は最初からアヴェンジャーも一緒だ。
校舎の中を歩いていると、NPC──賑やかしの生徒達に混じって、マスター達とすれ違う。校舎内には運営のためのNPCやAI以外にも、これといった役割の無い、本当に単なるNPCも存在するのだ。
それらに溶け込んでいるように見えてその実、彼らマスター達はやはり異質な空気を纏っている。
外見でそれと分かる訳ではない。けれど、どこか雰囲気が違う。
意志のない人形と、人間の差か。戦いに臨む、彼らの張り詰めた気持ちが、グラフとして読み取れる。
そんなマスター達の中に、ひときわ異彩を放つ人物が居た。
「おや、あなたは……やはり、あなたも本戦に来たんですね。言ったでしょう、あなたにはまた会えるって」
レオ。眩い金髪に、真っ赤な学生服で身を包んだ、あどけない少年は、その外見だけでも十二分に目立つけれど、何よりも圧倒的なのは、その“存在証明”の濃さだ。
予選の学校では、
……そして、異彩を放っているのは少年だけではない。彼の後ろ、影のように一人の青年が立っている。
花の意匠を施した白銀の甲冑を着込み、帯剣しているその姿。隠しもせず漏れ出る、人の域を超越した力。
それは紛れもなく、明らかにサーヴァントのもの───!
私の騎士への視線に気が付いたのか、レオは怪訝な顔をするが、すぐにハッとした顔をすると、
「……ガウェインですか? ああ、僕とした事が失念していました。ガウェイン、挨拶を」
慌てるでもなく、余裕を持って後ろの青年へと命令を下すレオ。彼の命令に、騎士たる青年は嫌そうな顔一つせず、従順に礼を尽くした。
「従者のガウェインと申します。以後、お見知りおきを。どうか、我が主の良き好敵手であらん事を」
甲冑の青年は涼やかな笑顔と共に頭を下げた。生真面目だが重苦しく構えたところのない、純真潔白な騎士を連想させる。そう、言わば騎士の中の騎士かのような───。
どうあれ、この少年によく似合ったサーヴァントだ。
……それにしても、ガウェイン卿といえば、アーサー王伝説の円卓の騎士としてあまりに有名だ。
伝承によれば、その力は主君であるアーサー王を凌ぎ、手にした聖剣は、王の聖剣と同格の威力を持つとされるが───。
クラスはどう見てもセイバー。書物などから、この英雄の事を調べるのは、さほど苦労しないだろう。弱点だって分かるかもしれない。
だが、レオがそれを分かっていない、とは思えない。これはレオの自信の表れだ。
気負っての事ではなく、ごく自然に、少年は戦術の機微に頓着していない。
明かすものは全て明かす。その上で勝利する事が、生まれた時から彼に定められた日常なのだとしたら──。
絶対の勝者。それすなわち王者。
弱き者を支配し、強き者すら支配せんとする、支配の頂上に位置する階級だ。
彼は、若くしてその王者の風格を既に備え持っている。教育によるものもあるだろう。しかし、彼のそれは素質によるところが大きいであろう事は間違いない。
この若さでそれを持つ時点で、それこそがその証明に他ならないからだ。
挨拶も済んで気が済んだか、はたまた、これから何か用事があるのか、改めてこちらに丁寧にお辞儀をすると、
「それでは、失礼しますね。再会を祈っています。どうか、悔いのない戦いを」
別れを告げて、少年と騎士は去って行った。その背中を呆然と見つめていると。
「レオ……! ハーウェイが来るのは想定してたけど、あんな大物なんて──」
マイルームのある廊下の方から、もはや聞き慣れた声の持ち主がやってきた。
小さな、押し殺したような呟き。凛が少年に放つ視線は、殺意に等しい鋭さだった。
「万能の願望機、聖杯……。西欧財団の連中がセラフを危険視してるって話は本当だったか。にしても、御自らご出陣とはね。……いいじゃない。地上での借り、天上で返してあげる」
依然、鋭い殺意を込めたような視線は変わりないが、険しいだけの凛のその表情に、ニヤリといたずらな笑みが混じる。
「楽しくなってきたわ。
レオの前では、もう私など目に入っていないのか。凛はこちらへの挨拶もなく、「よし!」と自らに気合いを入れて、勇ましい足取りで去っていった。
レオが王者なら、凛は戦士といったところか。支配に抗わんとする反逆の戦士……。さしずめレジスタンスといったところか?
うん、彼女のイメージにピッタリな感じがする。
──さて、では私は、彼のサーヴァント、ガウェインについて調べるため、早速、図書室へ行ってみる事にしよう。
図書室で本を探して、思いのほか早くに目的のものは見つかった。早速それに目を通していこう。
『ガウェインについて』
アーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人。アーサー王の甥でもある。
アーサー王の片腕と称されたランスロット卿に並ぶ騎士だったが、兄弟をランスロットに殺された事をどうしても忘れられず、彼とは相容れなかった。
高潔な人格、理想の若武者であったが故に、肉親への情も人一倍だったのだろう。
しかし、その怨恨がガウェイン卿の騎士としての格を落とすばかりか、最後には王の没落にまで繋がってしまう。
ガウェイン卿は、アーサー王最後の戦いであるカムランの丘にて、ランスロット卿に受けた古傷を打たれ死亡したとされる。
……つまりは、ガウェイン卿が怨恨さえ捨てていれば、アーサー王はもしかしたら死ぬ事もなく、彼自身もここで死ぬ事はなかったかもしれないと。
ブリテンはまだ続いていたかもしれないという事か。
だが、それはもしもの話。どう足掻いたとて、所詮は『if』のしがらみからは逃れられないのだろう。
もう起きてしまい、終わってしまった事を、今更変えるなんて不可能だ。それこそ、聖杯にでも願わない限りは───。
ひとまずガウェイン卿に関しての情報は得られた。他にも無いか探そうと図書室を見回した時、とある一角にレオの姿があるのを見つけた。
どうやら私が本を読んでいる間に彼も、ここへと足を運んできたらしい。
と、向こうもこちらの視線に気付いたのか、さっき別れたばかりだというのに、そんな事は顔一つ出さずに、朗らかな笑みを向けてきていた。
気付いたのなら、行かなければ無視したようで気に障る。私はレオの所まで行き、また話をする事にした。
「岸波白野さん。改めて、本戦出場おめでとうございます。一回戦はマトウシンジさんですか。彼は強力なサーヴァントを持っているようです。お気をつけ下さい」
レオが慎二のサーヴァントを強力だと、今はっきり口にしたという事は、もう疑いようがないだろう。そもそもレオが嘘をつく必要なんてないし。
これであの女海賊の英霊が、強敵である事は確定的だ。
「それにしても、あなたからはまだ気の抜けた感じが伝わってきますね。なんというか、学生気分が抜けていないような……。もしかして、まだ
う……、そんなに表に出やすいのだろうか。いや、この際だ。あの学園生活がどのようなものだったか、確かに詳しく知らないので聞いてみるか。
「……そうですね。あなたとは縁もある。僕でよろしければ、少しばかり説明してあげましょうか」
「お願いレオくん」
甘える女子高生をイメージして、少し上目遣いで頼んでみる……が、あはは、と華麗にスルーされた。そして何事もなかったかのように、レオくんは説明を開始した。
「では、早速。固有結界というものはご存知ですか? 強力な魔術を以て、術者の周りの空間を、まったく別の空間に作り変える魔術です。サーヴァントの中にも、この固有結界を持ち合わせる者がいます。固有結界の維持には大変な熱量を要し、サーヴァントの強力な魔力を以てしても維持するのは長くて数分が限度です」
知らなかったが、そんな凄い話だったのか、固有結界って。
「そして、予選で我々が過ごした学園は、聖杯がその所有者を決める為に作り出した、固有結界なのです。予選の学校と同様に、本戦の学園、アリーナ、そして、マスター同士が雌雄を決する決戦場。これらも全て、聖杯がその桁外れな魔力を元に作り出した、個別の固有結界なのです。あれだけの規模の固有結界を長時間、しかも複数同時に維持し続ける事は、現代の最新鋭のスパコンでも不可能です。聖杯の魔力の規模がどれだけ凄まじいか、ご理解頂けるかと思います」
以前、凛から聞いたセラフのスペックの高さを、こうして聞くと改めて凄まじいと思わされる。しかも、予選の為だけにあれほど手の込んだ仮初の日常を用いるとは、どれだけ処理機能に余裕があるというのか。
「聖杯戦争に参加した全てのマスターは、一度記憶を完全に
普通に考えて、日常を生きている中で、誰かから自分に役割を与えられているなんて思う人はまずいないだろう。
しかしムーンセルは、それに気づけと示していたのだ。偽りの日常に疑問を持てなかったら、違和感を覚えられなかったら、戦う資格すら与えられない。
ずいぶんとシビアな条件ではないか?
「……ふふ。もっとも、トオサカさんの場合、すぐに役割を抜け出していたようですので、演じていたという部分は当てはまりませんね。ちなみにフジムラ先生やイッセイリュードーはマスターではなく、役割を与えられたNPC、またはAIです。予選で役割に気づく事が出来なかったマスター達は、そのまま精神の死、という形で結末を迎えました。悲劇的ですが、弱い者には生きる余地さえ与えられない。それが聖杯戦争です」
淡々と、何事でもないように、それが当たり前であると言わんばかりに述べるレオ。やはり、根本的に思考回路が異なっているのがよく分かる。
そこらへん、王の気質とでもいうのだろうか。
「この戦いで生き残るには、可能な限りの情報を集める事です。それが、やがてあなたの力となるでしょう」
ここまで聞き終えて、少し気になる事がある。
どうして、レオは私にそこまで気にかけてくれるのだろうか。私なんて、言ってしまえばただの凡人だ。
しかも、記憶すら失ったままの、ただの学生同然の私に、明らかにこの聖杯戦争でもトップランクのマスターであるレオが、私に気にかける理由が全く分からない。
「おや? そんな事ですか。簡単ですよ。あなたは仮初とはいえ、僕のクラスメイトだった人で、友人だった人だ。本戦であっても、僕としては学校の友人だったあなたは特別な存在です。なんせ、学友なんて初めてでしたからね」
爽やかに笑いながらいってのけた彼に、私は畏敬の念すら覚える。彼は本心から、私に友人としてアドバイスをくれていたのだ。それが嘘でない事くらい、私にだって分かる。
そも、嘘を良しとするマスターの元に、あの高名な円卓の騎士、ガウェイン卿が参じるはずもない。
「それでは、僕も自分の対戦相手のサーヴァントについて、少し調べ物でもしようと思うので、ごきげんよう、ミス・ハクノ」
と、優雅に一礼をして、レオは本棚の方へと行ってしまった。あれが強者の余裕というものなんだろう。多分見習えと言われて出来るものではないはずだ。
とりあえず用事は済んだので、図書室を出ようとしたところで、思わぬ人物と鉢合わせた。
「あれ? こんなところで会うなんて奇遇だね」
扉に手をかけようとしていた私の背後から掛けられる声。それは間違えようもない、慎二のものだ。
「なんてね。ウソに決まってじゃないか。情報収集といえば図書室で決まりだよ。僕も、君の情報は集めているから、くれぐれも手を抜かないでくれよ」
白々しい……。多分、私が調べ物を終えて、ここに来るのをこうやって待ち伏せていたのだろう。なんとも慎二らしいというか……。
「ところで、めぼしい本が見つからなかったみたいだね。残念ながら、既に対策済みさ。あの海賊女に関連する本は、既に
……!!
これは…せこい嫌がらせにも程がある。だが、それも戦略のうちと考えれば、意外と悪い策でもないので、文句の付けようもない。簡単な話、自分のサーヴァントの情報を相手に与えたくないのなら、その情報を隠してしまえばいい。
慎二はそれをやっただけに過ぎないのだ。
それにしても、昨日は別れ際にかなり怒っていたはずなのに、今日は何故こんなに機嫌が良いのか、これでようやく理由が分かった。私への妨害工作が上手くいっからだろう。
「ちなみに、君のサーヴァントは働くのに何を要求するんだい? やっぱり、お金? そうだよねぇ!」
「え? いや、強いて言うならマッサージだけど」
「は…? たかがマッサージで動くなんて、安いサーヴァントだな。まあ、せいぜい足掻いておくといいさ。あはははははっ。じゃあね。せいぜい頑張ってくれよ。次にアリーナで会った時に一太刀くらい浴びせてくれないと、僕も退屈だからね。もっとこのゲームを楽しませてくれよ!」
言いたい放題、挙げ句は高笑いして、慎二は私を押しのけて、悠然と図書室から出て行った。
ポツンと一人取り残された私は、少し呆然と、先程までの嵐のような一時を頭の中で何度か反芻させた後、私も図書室を後にした。
図書室を出て、階段の前に行くと、再び凛の姿が。今度は凛も、私の存在に気付いてくれたらしい。手を軽く振ってくれている。
「あら、ごきげんよう。その後調子はいかがかしら?」
「さっきレオとここで話してた時、私も居たんだけど」
「あら、そうなの? 全然気付かなかったわ。だってあなた、少し影が薄いし」
けっこう痛いところをザクザク突いてくるよね、凛って。流石に遠慮や加減を覚えてほしい。
「そんな事より調子はどうなの? 逃げ回ってばかりじゃ、勝てる見込みはないわよ」
その点に関しては問題ない。むしろ、こちらから率先してエネミー討伐や、慎二の情報を探りに行っているくらいだ。
「ふーん。それは良い傾向ね。この聖杯戦争は言わば情報戦。相手の情報を得ないまま戦いを挑むなんてのは愚の骨頂なんだから。相手を倒したかったら、向こうのクラス、技、関連情報、とにかく出来る限りの情報を集めなさい。そうすれば対策が取れるし、相手の戦い方も、読めてくるというものだわ」
レオといい、凛といい、何故こうも親切にしてくるのか。レオはまだ理由を聞いたからいい。では、凛は?
「どうして、そんなに色々と教えてくれるの?」
「別に。ただ、あなたの方が勝ちやすい気がするだけよ。ああ見えて、間桐くんはゲームチャンプ。彼が勝ち上がるより、あなたと当たった方がやりやすそうだもの」
うわぁ……隠す事なく、漏れ出すどころか開けっぴろげに本音を吐露しやがった。こういうところが後腐れなくて気持ちのいい人物なのだが、やはり流石に今のは直球が過ぎると思う。
だが、凛はこちらの意を汲まず、
「ま、せいぜい頑張りなさい」
と軽く別れの挨拶を告げて、階段を上へと去ってしまった。もしかすると、また屋上にでも行くのかもしれない。
「朝から濃い面子の勢揃いね……」
見計らったように現界したアヴェンジャーは、気だるそうに欠伸をしながら、彼らへの感想を口にした。
確かに、アヴェンジャーの言う通り、私も朝から話すには、全員かなり濃いと思う。
一人だけならまだしも、それが連続で3人だ。王者の風格を持つレオ、戦士の矜持を持つ凛、自分に絶対の自信を持つ慎二。
彼らを相手に、ただの学生(気分的には)でしかない私では一回の会話だけでも気後れするというのに。私の精神的の疲労は、例えるなら、
“逆らい辛い御曹司なクラスメイトとスケバンを張る先輩と話すのが少し面倒くさい友人と連続で機嫌を損ねないように気を遣って会話した後くらい”
である。要は、全員にそれなりに気を遣うという事だ。リラックスして話すには、彼らは少し特殊すぎた。
「ワカメや赤い女はともかくとして……マスター、あのレオとかいう奴には注意しておきなさい」
アヴェンジャーにしては珍しく、他のマスターの名前を口にした。それだけ、彼女はレオを警戒しているのだろう。
「あのレオって奴、今は全く敵意を見せていないけど、もし対戦相手になった場合、今のままじゃ私達では勝ち目はありません」
……!
それを口にされて、改めて実感する。レオはアヴェンジャーにここまで言わせる、破格のマスターなのだ。
あんな風にサーヴァントを隠しもしないで、あえて見せているのだから、彼もそれを自覚している。
自分は勝つ自信しかない。だから、サーヴァントを見せてもまるで問題はないのだ、と。
「今はワカメに勝つ事が何より先決ですが、あのマスターはおそらく決勝にまで進出する候補として最有力。彼らと当たるまでに、最低でも私の霊基を元のランクまでに戻さないと、十中八九私達は負けるでしょう」
目の前の戦いも大切だが、それを見越した上での発言。もし勝ち進めたとしても、このままの状態でレオと当たれば、確実に私達は負ける運命にあるのだ。
「……でも、どうやってアヴェンジャーのステータスを元に戻すの? これまでエネミー討伐はだいぶこなしてきたけど、アヴェンジャーのステータスに変化はないよ?」
そう。もうかなりエネミーを倒したが、目に見えた能力の上昇は確認出来ていない。だというのに、アヴェンジャーはエネミー討伐に躍起になっている。
一体どうやって霊基を修復するというのだろう?
そんな私の疑問に、アヴェンジャーはフフンと笑ってみせると、誇らしげに答えを口にした。
「方法ならあります。さあ、やっと御披露目といきましょうか。まあ、本当は心底気に喰わないのですが、背に腹は代えられません。ではマスター───
───教会に行きますよ」
実は邪ンヌちゃん、私の初の☆5サーヴァントなんですよね。そんな、邪ンヌだけだった我がカルデアの高レアも、今や18人に増え、キャスターに至っては昨日でメディア・リリィとエジソンのみが欠けているという、なんというキャスター枠の溢れよう……。
ぎゃてぇ……。ノーマルジャンヌ欲しいです。ジャンデルセンとかタマモダルク自前でやりたいぎゃてぇ。