Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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穿つは復讐の業火

 

 視界を埋め尽くす巨大な爆炎、周囲に充満する火薬の焦げる匂い、離れていても肌を灼くような強烈なる爆熱。

 直接その砲撃を受けていないというのに、私まであの砲撃の嵐の渦中に巻き込まれてしまったかのような錯覚すら覚える、艦隊によるこの凄まじい一斉掃射。

 その真っ只中に、アヴェンジャーは飲み込まれていた。

 

 ひっきりなしに続く砲撃で、絶え間なくアヴェンジャーが居るであろう辺りは爆炎と黒煙に包まれ、その安否を確認する事すら不可能。

 今、私に出来るのはアヴェンジャーを信じて、ひたすらに回復スキルを行使し続ける事だけだった。

 だけど、それもいつまで保つかは分からない。私の魔力が尽きれば、アヴェンジャーを癒やす事はもう叶わなくなる。

 そうなれば、本当にアヴェンジャーはあの猛攻に耐えられないだろう。今でさえ、無事かも分からないのに、回復の手段が無くなれば、そこで一貫の終わりだ。

 

 幸い、ダメージの程は分からないものの、コードキャストに手応えは感じているので、まだ死んではいないという事だけは実感出来ていた。

 この猛攻を耐え抜けば、まだ勝機はあるはず。これだけの超火力攻撃を行って、向こうの消費も甚大に違いない。

 その隙を上手く突く事が出来れば、勝てるかもしれない。

 

 だけど、この嵐のような砲弾の雨はいつ終わるのか。まるで終わりが見えないと、少し不安になってきたところで、ようやく勢いが弱まり始める。

 それこそ、徐々にではなく、一気に。まるで打ち上げられた花火が夜空へ花開いた後のように、急速に勢いが失せていった。

 

 砲撃が止み、私の視界を埋め尽くすのは今や黙々と立ち昇る黒煙のみ。立ち込める暗雲が如く、その真っ黒な煙は私の胸中すら不安で黒く塗り潰そうとする。

 

 早く。速く。迅く。

 アヴェンジャーの安否を確かめたいと、逸る気持ちを必死に抑え、手をギュッと両手で握りしめる。

 

 それを知りたいのは、私だけではなく、敵である慎二とライダーもまた同じ。あちらの場合、ちゃんとアヴェンジャーを仕留められたかという確証を得たいのだろうが。

 

「……こりゃ完全に弾切れだ。もう残り滓程度しか残っちゃいないね。ま、流石にアレを喰らって無事とはいかないだろうがねぇ」

 

「ふん。弾切れだろうと、もう僕の勝ちは決まったようなもんだし、気にする事もないね!」

 

 自身の持てる最高の攻撃を放ったライダーは、その顔に疲労を覗かせながらも、勝ちを確信したように不敵な笑みを口の端に浮かべていた。

 慎二もまた、自分が勝ったと慢心し、完全に勝ち誇って笑い声を上げて油断している。

 

「………、」

 

 だけど、今の私にとって、それらは些末な事でしかない。アヴェンジャーが無事かどうか。それだけが、私の頭の中をいっぱいにしていたから。

 

 そして、永遠にも感じられたこの時間にも終わりが来た。

 黒煙は小さくなっていき、ようやく私の視界も完全に晴れる。アヴェンジャーは───

 

 

 

 

「笑え、哂え、嗤うがいい。滑稽なる魔術師よ。我が内にくすぶりしこの憎悪、その程度の生半可な事では収まらぬ……!!」

 

 

 

 

 立っていた。先程と寸分違わぬその場所で、全身を煤と火傷だらけにして、それでも、しっかりと立ってそこに居た。

 白い肌は痛々しい程に赤く、何ヶ所かは焼けただれてしまっている。酷い激痛を伴っている事は明白だ。

 それなのに、彼女は膝をつく事すらせずに、気丈に振る舞っている。慎二とライダーを、かつてない程の殺意の籠もった視線で睨み付けながら。

 

「ひっ……!!?」

 

 その視線を受けて、慎二は顔を青くして後ずさる。恐怖の色がヒシヒシと彼の顔には表れていた。

 

「こりゃ参ったね。まさかアレを生き延びるたぁ、見上げた根性だ。恐れ入った恐れ入った!」

 

 マスターとは対照的に、ライダーは驚きはしたものの、アヴェンジャーの生還に素直な賞賛の言葉を述べる。

 全力全霊を尽くした、最大最高の攻撃に耐えたアヴェンジャーを、ライダーは認めたのだろう。彼女が自身の賞賛に値する英霊であるのだと。

 復讐を語る魔女を、世界的な偉業を成し遂げた大海賊が認めたのだ。それがどれほど栄誉ある事かは想像に難くない。

 

「アヴェンジャー!! 良かった、生きてて……!!」

 

 私は堪らず、アヴェンジャーの元へと駆け寄る。かなりの重傷ではあるが、幸いにも致命傷は負っていないようだ。

 私は残ったなけなしの魔力で、彼女の傷をコードキャストで治療する。魔力はすぐに尽きてしまうが、特に酷い火傷はどうにか治す事が出来た。

 

「そんな簡単に死んでたまるかっての。私を誰だと思ってんの? 死にかけてもしつこく生き延びるのが私よ」

 

 ダメージは大きいが、軽口を叩く余裕はまだあるらしい。それとも、私を心配させまいとして平気のフリをしているのだろうか。

 どちらにしても、まだ戦える。アヴェンジャーはまだ諦めてなどいない!

 

「う、ウソだ……なんで生きてるんだよぉ!!? 宝具を使ったんだぞ!? 切り札を出したんだぞ!? なのに、なんでまだ立ってられるんだ!!?」

 

 相変わらず顔を青くしたままで、叫ぶ勢いで喚く慎二。その顔はこれまでで一番、焦りと恐怖で入り混じった混沌とした表情となっている。

 

「そ、そうだ、きっとチートを使ったんだ! じゃなきゃ、僕のエル・ドラゴの宝具に耐えられる訳がない!」

 

「ハッ。今まで散々ハッキングやら妨害やらと、不正に手を染めておきながら、よくも言えたものです。ムーンセルに見逃されていたから良いものを……。分を弁えろ人間。今すぐ消し炭にしてやろうかしら?」

 

「う、うあ……っ!!」

 

 これは脅しでも狂言でもない。アヴェンジャーは真実を口にしたに過ぎない。やろうと思えば、慎二一人くらいは簡単に焼き殺せるのだ。

 しかも、消耗激しく魔力切れの状態のライダーなら、上手く立ち回れば言葉通りに慎二を炎で焼き尽くせるだろう。

 

 慎二も、アヴェンジャーが本気でそれを口にしているのだと理解出来たからこそ、もう何も言えなかった。彼は臆してしまったのだ。敵対者であるアヴェンジャーに。

 それが戦場で何を意味するか、もはや語るまでもない。

 

「……チッ。雇い主がビビっちまってどうする。つってもまあ、こっちも素寒貧。こりゃ悪運尽きたかね?」

 

 慎二の様子に呆れ果てるライダーだったが、その言葉とは裏腹に、まだその眼から闘志は消えていない。最後まで諦めるつもりは、彼女には毛頭無いらしい。

 

「よく言う……。アンタ、万全じゃないにしても、まだ俊敏性は維持してるんでしょうに」

 

「おや、まさかバレちまうとは。……しかし、引っ掛かるねぇ。これまでの事を思えば、どうにもアンタはアタシの事を知ってるとしか思えない。細かい部分は流石にそうでもないが、どうしてだろうねえ?」

 

「それが何か? ええ、知ってますとも。フランシス・ドレイク、オケアノスの海では随分と派手に暴れていたみたいだし」

 

 ライダーの疑問に、アヴェンジャーはしれっと返事をした。だけど、その返答はライダーの望んだものではなかったらしく、アヴェンジャーの言葉は理解されはしなかった。

 

「何を言ってるかは分からないが、どうやらアタシを知られてる以上、下手な真似は出来ないか。まあいいさ、どうせもう余力なんざそう残っちゃいないんだ。がむしゃらにだろうと死ぬまで戦うだけさね!!」

 

 疲労を無理に振り払うように、ライダーは再び拳銃を構える。銃弾はおそらく魔力で形成、装填しているはず。ならば、あれだけの砲撃を行ったのだし、本当にギリギリに違いない。

 

「いいわよ? 存分に殺してあげる。宝具を使った事、後悔してももう遅い!!」

 

 三日月の如く口元をニンマリと歪め、アヴェンジャーは旗を掲げる。ドシリと構えたその姿は、一見隙だらけのようでいて、その実ほとんど隙が見られない。

 ライダーもそれが分かっているのか、様子見しながらどう仕掛けるか機会を窺っていたが、何の前触れもなく、場に変化が起きた。

 

「……アヴェンジャー!?」

 

 突然、アヴェンジャーの体から炎が現れ、彼女の全身を包み込んだのだ。私は思わず彼女の名前を叫んだが、彼女は空いた片手で私に、心配するなという合図を送ってくる。

 どうやら、これも彼女のスキルの一つらしい。

 

「さあ、募りに募った我が憎しみ、返してあげましょう。アヴェンジャーたるこの身には、復讐こそが我が本懐であると知れ!!」

 

 彼女の叫びと共に、全身を包んでいた炎は旗の先端、槍の部分へと一点集中していく。人間一人を包んでいた炎はサッカーボール大まで凝縮され、轟々とひしめくように燃え盛っていた。

 アヴェンジャーはそれを槍の先端で維持したまま、旗を横に傾けると、槍を突くかのように勢いよく突き出した。

 

「穿て!!」

 

「させるかぁっ!!」

 

 レーザー光線の如く発射された炎塊を、ライダーは銃撃で撃ち落とそうと、間髪入れずの連発を叩き込む。

 しかし、勢いは収まるどころかより増して、ライダー目掛けて一直線に突き進んでいく。

 

「クソッ、止まらないか!」

 

 撃ち落とす事は不可能と判断すると、ライダーはすぐにそれを避けようと足に力を入れるも、やはり疲れは大きく蓄積されていたのだろう。

 一瞬、ガクンと力無く膝をつく彼女の肩を、炎によるレーザーが撃ち貫く。

 

「ぐぅぅっ!!?」

 

 左肩にはテニスボールくらいの風穴が開き、左手からは握られていた拳銃がゴトリと音を立てて落下した。

 

 壮絶な痛みに歯を食いしばって堪えるライダーだったが、

 

 

 

 

「言ったでしょう? 復讐こそが我が本懐だって」

 

 

 

 

 知らぬ間に接近を許していたアヴェンジャーが、彼女の眼と鼻の先に立って、旗を突き出しているところだった。

 

 

「………ゴフ」

 

 旗の穂先は、彼女の胸を貫通し、心臓を抉っていた。彼女の背中から生えた槍の刃先からは、ポタポタと絶え間なく血を滴り落としている。抜けばきっと、大量の血が噴き出す事だろう。

 

「は、は……アタシも、焼きが…回った、か」

 

 胸を貫かれ、息苦しそうに話すライダー。右手に握られていたもう片方の拳銃も、その手から零れ落ちた。全身が震え、脱力した彼女はアヴェンジャーへともたれかかるようにして体を投げ出す。

 もう、戦えないのは火を見るよりも明らかだ。そして、間もなく彼女は絶命する。心臓を抉られたのだから、当然の結果といえるだろう。

 

「最期に聞かせな……。どうして宝具を…耐えられた……?」

 

 息絶え絶えという風に、それでもライダーは弱音一つ吐かずに疑問を口にする。何故、自慢の宝具である艦隊砲撃で仕留められなかったのかを。

 

 そんな彼女の問いに、アヴェンジャーはそのままの体勢で、何でもないというように答えを返す。

 

「別に。今持てる最大出力の炎で、自分の身を燃やしただけよ。私ってば炎上の魔女でもありますからね」

 

「はっ……なんだ、そりゃ……」

 

 アヴェンジャーの答えに、力無く笑って返すライダー。

 要は、アヴェンジャーは砲撃から身を守る為に、砲撃以上の業火を以て、迫る砲撃のことごとくを燃やし尽くしたのだ。

 だけど、それは捨て身の鎧でもある。その炎のベールは、敵の攻撃は防げども、自身の体すら焼き尽くす諸刃の剣に他ならない。

 私の回復スキルによる支援が無ければ、きっとアヴェンジャーはメルトダウンしていたに違いない。

 今思えば、それ故の、コードキャストを掛け続けろという指示だったのかもしれない。少なくとも、それによって自壊する危険はグッと下がったはずだ。

 まあ、それも今となっては結果論に過ぎないのだが。

 

「あ、ああ……ああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」

 

 ライダーの決定的致命的なダメージを前に、慎二は狂ったように叫んでいた。顔はこれ以上ないという程に青ざめ、口はあんぐりと大きく開かれ、現実を受け入れられないとばかりに、ひたすらにワガママを通そうとする子どもの癇癪のように。

 だけど、この世界は彼にまざまざと現実を見せつける。

 

 お前は負けたのだ、と───。

 

 それでも、彼は現実を認めようと、受け入れようとはしなかった。

 

「な、なんでだよ!? なんで僕のサーヴァントが負けるんだよ!? どう考えても僕の方が優れている! 天才のこの僕が! こんなところで負けるワケにはいかないのに!」

 

 今や、彼の自信過剰っぷりも、こうなってしまっては哀れにしか思えない。慢心故の油断、宝具を使えばどれだけ消耗するかを分かった上で、ベストのタイミングで放つべきだった。

 アヴェンジャーはほぼ万全の状態で、敵の宝具を迎え撃ったのだから。

 

「そ……そうだ、全部お前のせいだぞエル・ドラゴ! お前が不甲斐ないから、こんな事に!」

 

 負けたのはライダーのせい。そう責任転嫁させて、全ての責任を彼女一人に押し付ける慎二。

 そのライダーはといえば、もう立つのもやっとのはずなのに、もたれていたアヴェンジャーからそっと体を離すと、ゆらりと慎二の元へと覚束ない足取りで歩み寄る。

 

「……うん? なんだい、ボロボロのアタシに鞭打つかい。さっすがアタシのマスターだ。筋がいい」

 

 悪いのは全てお前だと言われているにも関わらず、ライダーはいつもの調子で、慎二とのやりとりをしていた。

 その様子から、無理をして会話しているのが、嫌という程に伝わってくる。そうまでして、何故彼女は慎二との会話を続けようとするのか?

 私には、それが分からなかった。

 

「っ、憎まれ口を叩ける余裕があるなら、戦えよ! 僕が、僕達が負けるワケないんだから!」

 

「いやいや、そりゃ無理。アタシ、綺麗に心臓抉られたし? そろそろこの体も消えるっぽいよ?」

 

 消える──意識が、肉体が、魂が、心が。そしてその存在が。

 その事実をさらっと言ってのけたライダーに、慎二だけではなく、私も背筋がゾッとするのを感じた。

 冗談でもなんでもない、正真正銘の死。彼女はそれを前にしながら、いつもと変わらぬ様子で、慎二と向き合っていたのだ。

 

「な───なんだよそれ、勝手に一人で消える気か!? 僕はお前のせいで負けたのに!」

 

「………ああ、アタシのせいかもねぇ。実力、天運、はたまた執念、こっちの油断。負けた原因はいくらでも口に出来るが……ま、なんでもいいさね。人生の勝ち負けに、真の意味での偶然なんてありゃしない。敗者は敗れるべくして敗れる。こっちの方が強いように見えてもね──きっと何かが、アタシ達は劣っていたんだ」

 

 海賊らしく、負けてもキッパリと負けた事実に向き合える。いや、海賊かどうかは関係ない。彼女だったからこそ、負けたのに引きずらず、さっぱりと流せてしまうのかもしれない。

 でも、慎二はそうではない。彼は、負けた事実を良しと認める事は出来ない。だって、予選の頃から、彼はそういう人間だった。

 

「な、なに他人事みたいに言ってんだよ! 僕は完璧だった! 誰にも劣ってなんかない! こんなはずじゃなかったのに……とんだハズレサーヴァントを引かされた! 使えない奴だ! くそっ! 僕が負けるなんて! こんなゲームつまらない、つまらない!」

 

 いつまでも、泣き言のように認めないの一点張りで、あまつさえライダーをハズレ呼ばわりする慎二。

 ふざけるな。彼女は人類史に名を残す、偉大な先人の一人だ。

 戦い、けど負けてしまったけれど、彼女だって死力を尽くして、持てる力の全てを以て、この決戦に臨んでいた!

 それをマスターである貴方が乏すのは間違っている!!

 

「ライダーは悪くない。負けた結果を、彼女一人に押し付けるのはおかしいよ! 貴方達は二人で戦って、そしてこの結果だったんだ。二人で戦ったのに、ライダーだけが悪いはずなんてない!」

 

「う、うぐ…ぐくっ……!!」

 

 私は自然と慎二に向けて怒鳴っていた。無意識のうちに、彼を叱りつけていた。

 マスターとサーヴァントは二人三脚で聖杯戦争を戦っていくもの。それなのに、それを理解していない彼に、私は気が付けば憤りを覚えていた。

 

「……不愉快極まりないわ。帰るわよ、マスター。こんなワカメ、相手にする必要などありません」

 

 アヴェンジャーの慎二を見る目は、もはや人間へと向けるものではない。下等な生物を見下すかの如く、冷たく、蔑んだ視線を彼へと送っていた。

 彼女は完全に慎二を見限ったのだ。程度の知れた海藻以下の存在であると。

 

 さっさとエレベーターがあったであろう位置に向けて歩き出すアヴェンジャー。私も、もはや語る事はない。彼女に続こうと背中を向けたところで、慎二から縋るような声を掛けられる。

 

「あ……ま、待てよ、おい! お前に話があるんだ。僕に勝ちを譲らないか? だだ、だってほら、君は偶然勝っただけじゃないか! 二回戦じゃ絶対に、100%負ける。でも、僕ならきっと勝ってみせる」

 

 ……何を言い出すのかと思えば、今度は勝ちを譲ってくれと? 冗談でも笑えないよ、慎二。

 

「な、考えてみろよ。二回戦目で二人とも終わるより、どちらかが優勝した方が僕達にとってはプラスになるだろ?」

 

 ……。本当に救えない男だ。彼とは友達だが、そんな浅はかな提案に頷ける訳がない。

 私は何も答えず、再び慎二に背を向けて歩き出す。いや、この行動こそが彼にとっては何よりの答えであろう。

 

「あ……待て、行くなよおい! こんな簡単な計算も分からないのか? 聖杯を分けてやるって言ってるのに!」

 

「やめとけってシンジ。負けちまった以上、何で上塗りしようと、今更惨めなだけだぜ?」

 

 諦めきれない慎二に、既に負けを受け入れたライダーが諭すように言う。だけど、どうあっても彼は耳を貸そうとはしない。

 

「うるさい! お前のせいで負けたんだぞ? なに偉そうに口開いてんだよ! ……くそ。ふん、岸波、お前もこんなゲームで勝ったからって調子に乗るなよな。リアルなら僕の方が何倍も優れてるんだ。いいか、先に地上に戻って、お前がどこの誰かハッキリしたら──」

 

 

 そこまで言いかけた、その時だった。

 突如、慎二の腕から先が黒いノイズに染まり、少しずつ肩へと侵食し始めたのである。

 

「──うわっ!? な、なんだよ、これっ! ぼ、僕の、僕の体が、消えていく!? 知、知らないぞこんなアウトの仕方!?」

 

 その黒いノイズは、まるで体を蝕む毒か、はたまた病のように、慎二の体を黒く染め上げようと、少しずつ、少しずつと蠢いていた。

 

 そして、その黒いノイズの発生から間もなくして、私達と慎二達とを隔てるように、エレベーターの時と同じような仕切り壁がスライドして現れる。

 この仕切りに受ける印象は、まるでこの向こう側は隔離病棟のような、外界から隔絶された空間との接続を遮断するためのように感じられた。

 

 その例えは、決して間違いではない。

 叫び声を上げた慎二の、手が、足が、体が、段々と消えていこうとしてる。側で見つめる、彼のサーヴァントと共に。

 

 この壁の向こう側は、深い海の蒼が一切消え失せ、全てが赤く染まっていた。死にゆく世界、消えゆく世界、滅びゆく世界……。

 赤い色が嫌でも『死』を連想させる。言わば、この向こう側は、生者の死滅する世界だ。

 

 赤い海の底で、ライダーは上を見上げた後、慎二へと視線を戻す。

 

「聖杯戦争で敗れた者は死ぬ。シンジ、アンタもマスターとしてそれだけは聞いてたはずだよな」

 

「はい!? し、死ぬってそんなの、よくある脅しだろ? 電脳死なんて、そんなの本当なわけ……」

 

 慎二の藁にも縋るような、淡い希望も、顔にまでノイズの侵食が及んだライダーにより、脆く崩れ落ちる。

 

「そりゃ死ぬだろ、普通。戦争に負けるってのはそういうコトだ。だいたいね、此処に入った時点で、お前ら全員死んでいるようなもんだ。生きて帰れるのは、ホントに一人だけなんだよ」

 

 その言葉は、慎二へと向けられたものだろう。だけど、決して慎二だけにそれが当てはまるのではない。

 その全員の中に、確実に私も含まれている。いや、この聖杯戦争に参加する全てのマスターがそうだ。

 勝者は一人だけ。そして生き残るのも一人だけ……。

 

「な……やだよ、いまさらそんなコト言ってんなよ……! ゲームだろ? これゲームなんだろ!? なあ!?」

 

 その叫びは、悲痛そのものだった。消えゆく体を、彼は恐怖に支配されながらも必死に抱き止めようともがいている。

 それが、何の意味もない行為であるというのに。

 

「あ……ひ、止まらないよコレ!? な、何とかしてくれよ、サーヴァントはマスターを助けてくれるんだろ!?」

 

「そんな簡単に破れるようなルールなら、最初から作られちゃいないさ。でもまあ、善人も悪党も、最後にはみーんなあの世行きだぜ? 別段、文句言うようなコトじゃないだろ?」

 

 心臓を抉られ、更にはノイズに体を侵食されながら、ライダーは死を肯定していた。それは、彼女が既に死したる身であるが故の悟りのようなものなのだろうか。

 

「な、何分かったようなこと言ってるんだ……! お前悔しくないのかよ!? 負けた上に、こんな、こんなの……!」

 

「うん? 悔しいかって? そりゃ反吐が出るほど悔しいさ。だがねえ、一番初めに契約した時に言っただろう、坊や。“覚悟しとけよ? 勝とうが負けようが、悪党の最期ってのは笑っちまうほど惨めなもんだ”ってねぇ!」

 

 心から愉快そうに笑うサーヴァント。その姿はもうかなりノイズに覆われて、よく見えない。

 

「あんだけ立派に悪党やったんだ。この死に方だって贅沢ってなもんさ。愉しめ、愉しめよシンジ。そしてアンタらも容赦なく笑ってやれ。ピエロってのは笑ってもらえないと、そりゃあ哀れなもんだからな」

 

 ひとしきり笑って、彼女は一息つくと、ドカッとその場に腰を下ろした。今ので、限界など当に越えていたはずの、本当に最期の余力も尽きたのだろう。

 

「……さて。ともあれ、良い航海を。次があるのなら、アタシより強くなっていてくれよ? アタシゃ本業は軍艦専門の海賊だからねぇ。自分より弱い相手と戦うってのは、どうも尻の座りが悪くていけない。じゃあな、メンコいお嬢ちゃんに、復讐の魔女さんよ。また会える事を楽しみにしてるぜ」

 

 最期にこちらを見て苦笑し、女海賊はかき消えた。

 人類初の、生きたまま世界一周を果たした英傑。世界の歴史を変えた偉大な航海者は、最後まで楽しげに笑っていた。

 その簡潔な最期は──慎二の行く末、避けられない運命をはっきりと告げていた。

 

「お、おい! なに勝手に消えてんだよ! 助けてくれよ、そんなのってないだろ!?」

 

 一人、サーヴァントに先立たれ、閉ざされた死の海に取り残された慎二は、慌てるように壁へとへばりつく。決して届かぬと分かっているはずなのに、彼は私に救いを求めていたのだ。

 

「あわ、あわわわ……じゃあ、お前! そうだ、お前が助けろよ! お前が負けないからこんな事になったんだぞ!? 責任とって、早く助け───」

 

 言葉の途中でもお構いなしに、侵食は慎二の体を更に蝕んでいく。既に彼に残されたのは胸から上のみ。ほぼ全身を黒いノイズで覆われ、もはや身動きすらも自由には取れなくなっていた。

 

「ひ、消える……! やだ、と、友達だろ、友達だっただろ!? 助けてくれよぉ!」

 

 悲痛な叫びは、だけど虚しく空間に響くだけ。私ではどうにも出来ない。負けたからと死ぬのは、あまりに惨すぎる仕打ちだが、助けたくても壁は私を拒んで通そうとはしない。

 

「あ、あ───消える、消えていく! なんで? おかしいぞこれ、なんでリアルの僕まで死ぬって分かるんだ!? うそだ、うそだ、こんなはずじゃ……くそっ、助けろよぉっ! 助けてよぉ! 僕はまだ八歳なんだぞ!? こんなところで、まだ死にたくな──」

 

 

 ──消えた。間桐慎二という人間。その魂、その存在が、完全に。喉を裂くような彼の叫びも虚しく、彼の存在は完全にこの世界から消失した。

 

 一欠片の痕跡もなく。

 残っているのは、ただ勝者のみ。

 

 

 

 

 ──聖杯戦争の一回戦は、こうして終結した。

 




 


第一回戦、ここに終結いたしました!

記念すべき白野&アヴェンジャーのコンビの一回戦終了と、FGOとCCCがコラボする事を記念し、

かねてからのオリジナルサーヴァントの真名当てられた人には、私のFGOユーザーIDを提示しようかと思います!

感想や活動報告にはネタバレになりますので、興味のある方は直接メッセージを送信してもらえればと思います。(残念ながらハーメルン会員の方限定になるかと思いますが)

サポートには軒並み我がカルデアの主力を置いてますので、ごり押しには役立つかも。ちなみに全員☆5ですスミマセン。たまに気まぐれで入れ替えたりもしますので。
フレンド登録良ければという方は御一報頂ければと思います。


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