Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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月明かりの下に出でて

 

 ラニと別れた私は、足をまっすぐアリーナへと向けて歩いていた。

 彼女の言葉が真実であるなら、アリーナには現在ダンとアーチャーが居るはず。足りないピースを埋めるためにも、こちらからも相手の前に出向くべきだろう。

 

「マスター」

 

 アリーナへの扉の前まで来たところで、現界したアヴェンジャーに呼び止められる。

 

「どうかした?」

 

「あのラニとかいう娘が言う通りなら、十中八九アリーナ内で敵サーヴァントと戦闘になるでしょう。もう今日で猶予期間(モラトリアム)も五日目。残された時間を鑑みれば、今日が彼らと戦って情報を奪える最後のチャンスになるかもしれないという事を忘れないように」

 

 真面目な面持ちで語るアヴェンジャー。そうだ、もう今日で二回戦が始まってから五日経っている。

 明後日には決戦。情報整理は決戦当日にするとしてもだ。なら、今日と明日しかマトリクスを埋めるための機会は残っていないという事になる。

 これは気を引き締めて行かないと……。

 

 パチン、と渇いた音を鳴らせて、軽く両頬を叩き気合いを入れ直す。何が何でも、情報を手に入れなければ。

 

「……よし。さあ、行くよ」

 

 意を決し、アリーナへの扉へと手をかける。向かうは第二層。彼らが居るとするなら、きっとこちらだろう───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナに入ってすぐ、アヴェンジャーが視線を鋭く周囲の様子を窺い、何か感じるものがあるのか、彼方へとその視線を向ける。

 

「マスター、サーヴァントの気配です。距離こそありますが、この第二層に居るのは間違いありません」

 

 私は何も感じないが、アヴェンジャーがそう言うのなら、そうなのだろう。ライダーの時と同じだ。サーヴァントにだけ感じ取る事の出来る、サーヴァントの気配。

 となると、アーチャーも位置までは特定出来ずとも、こちらのアリーナへの進入は察知されているかもしれない。

 

「ペナルティも負っている今なら、まさしくこちらから仕掛ける好機です」

 

 ペナルティ───マスターに直接危害を加え、更に私が生き残ったが故に、アーチャーにはステータス面での制限が掛けられているらしい。

 その上、限定的とはいえ宝具も封じているのだ。彼らの戦力は大幅に削減されたのは確実だろう。

 

「まだアーチャーの正体に迫るには、情報(ピース)が僅かに足りてない。戦う事になるだろうけど、覚悟して行こう」

 

「……! マスターが自ら戦闘に臨むなんてね。あのヒヨコも少しは成長してきたのかしら?」

 

 心底驚いたような顔をして、すぐにアヴェンジャーは茶化すように私をからかいながら笑う。

 そりゃ成長もするというもの。目覚めてからこの僅かな期間で、何度死にかけた事か。

 

 じゃれ合うのは程々に、私は歩を進め始める。

 既にここは戦場。敵はアーチャーであり、その名の通り、遠距離からの狙撃を得意としているのだから、呑気に話していられない。

 いつ、どこから、彼が私達を狙って矢を射てくるかは予測不可能なのだ。止まっていては、文字通り彼の良い的でしかない。

 

 ならば。

 こちらから出向いてやろうではないか。もはや期日まで時間もない。戦ってでも、その情報を手に入れなければならないのに、こちらとて変わりないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、帰還ポータル手前の少し開けた──部屋のような場所に、彼らは佇んでいた。

 

 緑の衣装に身を包んだ痩躯(そうく)の男と、彼を従えた老騎士。

 ダンと彼のサーヴァントだ。

 

「おっと、こっちの読み通りってね。旦那、どうします? 目の前に出て来ましたけど」

 

 ダンのアーチャーの言葉に、こちらのサーヴァントも武器たる大鎌を構えつつ、楽しげに邪悪な笑みを浮かべる。

 

「ハッ! 陰に潜んで敵を討つしか能のない分際で、よくもまあそんな口が利けたものですね。隠れるのならお好きにどうぞ? でなければ、我が炎から逃れる事など出来ないでしょう、陰気な狩人さん?」

 

「よく言うぜ。この前はそっちが隠れた気になってやがったクセによ。いいんだぜぇ、どこに隠れてもよ。なんなら、待ってやっても良いくらいだ。どうせすぐに見つけるんだしな」

 

 売り言葉に買い言葉。二騎のサーヴァントは互いに挑発を繰り広げるが、次のアヴェンジャーの言葉により、ここで決定的な変化が表れる事になる。

 

「戯れ言を。隠れ続けたのはアンタの方じゃない。暗き森の狩人?」

 

「っ……!」

 

 アヴェンジャーの言葉はあからさまな挑発だったが、アーチャーの心の底にあった何かに触れたのだろう。

 彼の涼しい顔が、見る間に紅潮していくように見えた。

 

「生前も隠れ続け、この海でも隠れ続け、他の彼方の世界でもお前は正面から敵と戦う事を嫌って、闇討ち以外に他人に誇れる長所もない。他の英雄共と比べても、お前のその在り方は英雄とは程遠い」

 

「ちょっとアヴェンジャー、いくら何でも言い過ぎじゃ……」

 

 挑発にしても程がある。私はアヴェンジャーに止めるように口添えするも、アヴェンジャーは軽く私を一瞥するだけで、聞く耳を持たない。

 だけど、一瞬だけ見えたその視線には、何らかの意図があるような───。

 

「ここまで言われて、それでもなおその戦い方をこの聖杯戦争でも貫くというのなら、もはや救いようもありませんね。所詮、貴方はその程度の人間だった。ただそれだけの話なのだから」

 

「……………、」

 

 語り終えたアヴェンジャーを、アーチャーは静かに睨んでいた。視線だけで人を射殺せてしまえそうな程に、殺意の込められたその視線。

 先程の顔の紅潮は、決して羞恥から来たものではない。狂おしい程に煮え立つ怒りや、言い返したくてもそれを許してくれない自身の人生(かこ)による憤りといった、憤怒の感情。

 それが、あの紅潮をもたらしたものの正体だ。

 

「……テメェがどんな出自を持つかは知らねえが、ずいぶんとまあ陰険な英霊が居たもんだなぁ? なんだ、ならテメェはどうなんだ? ああ? アヴェンジャーなんざクラス、よっぽど誰かを憎んでなきゃなりゃしねえクラスだろうが。テメェこそ、憎しみにまみれて復讐を願う日陰者じゃねえのかよ!?」

 

 初めて聞く、彼の熱情の籠もった声は、それがどれだけ彼の怒りに触れたのかがよく分かるというもの。

 アヴェンジャーはアーチャーにとっての逆鱗に触れてしまったのだ。それが意図してなのか、それともそうでないのかは別として。

 

 アーチャーの目が怪しく輝き、何かを──おそらくは、宝具だろう、背を覆ったマントに手をかける。

 

「おう、お望み通り隠れてやるぜ。シャーウッドの森の殺戮技巧、とくと味わっていきな……!」

 

「冷静になれアーチャー、お前らしくもない」

 

 犬歯を剥き出し、殺意と激情に目をギラつかせるアーチャーに、彼のマスターであるダンが待ったを掛ける。

 

「あいあい、分かってますけどねぇ。……サーの旦那、こいつはちょいと七面倒くさい注文ですよ? 正攻法だけで戦えとか、オレが誰だか分かってます? 酒とかかっくらってんすか?」

 

 マスターの制止も今の彼には届かない。むしろ、ダンにさえ好戦的な言葉を返してみせている。

 

「あはは、つーか意味分かんねえ! オレから奇襲を取ったら、何が残るんだってんだよ? ハンサム? この甘いハンサム顔だけっすよ! 効果があるのは町娘だけだっつーの!」

 

 もはや聞く耳持たずとはこの事。先程のアヴェンジャーとは違い、本当の意味で、今の彼は誰の意見も受け付けないのである。

 

「不服か?」

 

 だけど、なおダンは彼に言葉を掛け続ける。

 

「伝え聞く狩人の力は“顔のない王”だけに頼ったものだったと?」

 

 顔のない王……?

 おそらくは、アーチャーにまつわる伝承、または宝具を示してのものであるとは思うが……。

 ダンがそれを口に出した途端、アーチャーから幾分かの熱が冷めたのが、なんとなくだが感じ取れる。

 

「あー……いや、まあ、ねぇ? そりゃあオレだって頑張ったし? 弓に関しちゃあプライドありますけど」

 

「では、その方向で奮戦したまえ。お前の技量は、何より狙撃手だったわしがよく知っている。それこそ背筋が寒くなるほどにな。信頼しているよ、アーチャー」

 

 穏やかに、自らのサーヴァントを律するのではなく諭す老騎士。まるで(よわい)を重ねた、荘厳でありながらも大地の温かさを兼ね備えた大樹のような印象をさえ受ける程に、彼からは何か大きなものを感じる。

 

「……仕方ねえ。大いに不服だが従いますよ。旦那はオレのマスターですからねぇ。幸い相手は雛鳥だ。つっても? 怪鳥霊鳥神鳥と、トンでもないモンに化けるかもな雛鳥ではあるがね」

 

 先程までの激情もどこへやら。アーチャーは一気にクールダウンすると、意味ありげに私へとその視線を向けてくる。

 

「正攻法なんざ滅多にしませんが、ま、どうにでもなるでしょ」

 

 その眼差しに、敵意と戦意が上乗せされる。ついさっきまでの視線が値踏みするものだとすれば、今感じるコレは、それを刈り取るためのソレに他ならない。

 

 そう───狩人が獲物を見定め狩る時のような。

 

「やっとやる気になったのね? ふん、発破を掛けた甲斐があるというものです。それにしても……アンタ、さっき私を日陰者と罵ったわね? まさかアンタと同類呼ばわりにされるとか、侮辱にも程があってよ?」

 

 語り終えてから、静かに事の成り行きを傍観していたアヴェンジャーが、苛立ちを隠す事なく、アーチャーへとまた喧嘩口調でふっかける。

 もう止めないよ。どうせ徒労に終わるし……。

 

「なんだ、その上から目線。さっきも思ったけどよ、おい、そこの可愛いお嬢さん。おたく、飼い犬の教育間違ってますよ?」

 

「うっ……痛いところを突かれた」

 

「…………マ・ス・ター?」

 

 思わず声が出てしまった。

 うわあ、アヴェンジャーがすっごくイイ笑顔で(だけど目は笑ってない)こっち見てる。ああ、これは帰ってからマイルームでお仕置き確定だな。

 

「チイッ! この私への数々の侮辱、その命できっちりと清算してもらいましょうか? 後悔してももう遅いから、覚悟しなさいアーチャー」

 

「後悔だったらもう間に合ってんだよ。今更貰うまでもねぇってね。だいたい、勝ち戦でどうやって後悔しろってんだよ魔女さんよぉ? 新手のプレイかそれ? 興奮すんの?」

 

「……フフ。これはもう、文句無しに処刑ですね。ええ、怒りを通り越して、むしろ愉しくなってさえきています。この薄汚い鼠を今から焼き殺せるかと思うとねぇ!! 喜びなさい? 鼠の丸焼き、いいえ、串焼きにしてやるわ!!」

 

 あ、ダメですわこれ。ここまでのブチキレは初めて見たかも。多分、今のアヴェンジャーならバーサーカーと呼んでも相違ないだろう。

 バーサーク・アヴェンジャー───みたいな?

 

「しまった、こりゃ飼い犬ってより猛犬だ。清々しい程の上から目線にその陰険さ、短気っぷり……。ははあ、なんとなく読めてきたぞ? さてはおたく、友達とか居ないだろ? 知り合いは居ても、仲の良い間柄は一人も居ないってとこかね?」

 

「……………殺します。跡形もなく焼き尽くしてやる。というか、別に友人なんて私には不要だし」

 

 え……。じゃあ、今までの知り合いの英霊とかって、本当にただの知り合いだっただけ……?

 

 ……今度から、なるべくアヴェンジャーに優しく接してあげる事にしよう。私は心の奥でそう誓うのだった。

 

「やっぱりね。そりゃ悪口ばっかり上達するってもんだ。ま、いいさ。相手が誰だろうと、敵なら殺すだけだし? 遠慮も容赦も一切なくズタボロにしてやるよ」

 

 ……!

 アーチャーが戦闘の構えに入った。茶番は終わり、ここからは戦いで、という事か。

 

「アヴェンジャー!」

 

「やるわよ、マスター!」

 

 結局、言葉要らずでの意思疎通の手段が無いままに、こうしてサーヴァント戦に突入してしまった。

 こうなれば、ぶっつけ本番でやるしかない!

 

「さあ、戦の時だ、アーチャー。首尾は頭に入っているな?」

 

「あいよ。正々堂々、旦那のやり方でオレの長所を活かす、だろ? 分かってるって」

 

 瞬間、アーチャーの姿が視界から消える。

 ダンの言葉に答えたと思ったら、瞬きの間に姿が無くなっていたのだ。

 

「スキルか宝具か……でも、どこに!?」

 

 アーチャーの姿を探して、左に右に目を向けるアヴェンジャー。私はそのアヴェンジャーが見ていない方向──上を見て、アーチャーの気配を探っていた。

 

 そして、

 

「上!!」

 

 キラリと何かが光ると同時、クロスボウのような弓に矢をつがえてアーチャーがこちらに狙いを付けている姿が現れた。

 光ったのは、矢尻の銀色の輝きだったのだ。

 

「そらよ!」

 

 私に見られた程度、彼にとっては差異や誤差ですらないのだろう。構わずに、正確無比な狙いで、アヴェンジャーの眉間目掛けて矢が撃ち出される。

 

「甘い!」

 

 撃たれてから避けるのでは遅すぎる。故に、私の声に上を向いて、狙いが眉間だと気付いたアヴェンジャーは回避ではなく、額のサークレットで矢を弾く事を選択した。

 

 衝撃までは殺せないが、それでも直撃しているよりは遥かに良い。

 

「なかなか器用な真似するじゃねぇの? なら、これならどうだい?」

 

 着地するや、アーチャーはすぐさま次の矢を放つ。それも一本ではなく、目にも見えぬ早さで、次から次へと矢を装填し、連続でだ。

 

 狙いは全て、人体の急所とでも言うべき部位ばかり。心臓、脳天、または動きを阻害するために手足や腕の関節といった、地味に厭らしい箇所も。

 

 ライダーの銃撃を凌いだアヴェンジャーではあったが、厄介なのはアーチャーが姿を消す事が出来るという点だ。

 同じように防御しては、簡単にアーチャーの姿を見失ってしまう。

 故に、アーチャーから意識を逸らさず、的確な回避行動が必要となる。

 

 アヴェンジャーもそれが分かっており、アーチャーを常に視界からは離さず、矢の一つ一つではなく、致命傷に成りうるものだけを鎌で弾く。

 それ以外は、少し体を反らすなどして、あえてダメージが入るのも無視していた。

 

「まだまだ、こっからだぜ?」

 

 アヴェンジャーがどうにかアーチャーを視界に捉えつつ回避するのを見届けて、アーチャーは楽しげに矢を射る。

 変わらずの連射に、だけどアヴェンジャーの体は少しずつ傷を増やすばかり。

 

 このままではジリ貧となる未来が確定的だ。

 

「アヴェンジャー、私がコードキャストでアーチャーに隙を……、」

 

 対抗策を彼女に伝えようとした、その時だった。

 心臓を狙って放たれた矢を弾いたアヴェンジャーは、その直後、大きくぐらつき、回避がままならずに肩に矢を受けてしまう。

 

「ぐ……これ、は」 

 

 どうにも、焦点が上手く定まらないといった風に、アヴェンジャーの目が上下左右に不安定に揺れている。

 

 ──まさか。

 

「そのまさかさ」

 

 ふと、アーチャーを見る。自らの頭を指差し、彼は得意気に勝ち誇っていた。

 

「戦いってのは頭も使わないとな。バカ正直に矢だけ撃ってると思ったかい? んなワケねえよ。おたくら、忘れた? オレの宝具が何かをさ」

 

 彼の、宝具。

 イチイの矢という、毒を主軸に置いた武器。

 そうだ。なら、アヴェンジャーを襲った異変の正体は───、

 

「毒、か……」

 

 それに答えたのは、私ではなかった。

 息絶え絶えといった具合に、アヴェンジャーは鎌を杖に立ち尽くして、アーチャーを睨み付ける。

 

「ご名答ってね。なに、オレってば毒の専門家なワケで。掠り傷でも十分なのさ」

 

「…そうか。連射の中に、毒矢が混ざって……!」

 

「ま、気付いた時にはもう遅いがね。要は使いどころだぜ? 毒矢にもストックっつう限りがある。なら、それを最大限に活かせるタイミングで使ってやるのが、上手いやり方じゃん?」

 

 迂闊だった……!

 彼の毒に苦しめられたのは、他でもないこの私だったのに。

 彼の姿を消す能力に警戒するあまり、毒の事を失念していた。

 

「アーチャー。あまり手の内を明かすような事を口走るな」

 

「んにゃ、旦那には言われたくないんですがねぇ。オレの宝具をあっさり明かしちゃいましたし?」

 

「……ふむ。確かに、そうだな」

 

 ここに来て、ダンとアーチャーのその何気ないやりとりが、私にはとても恐ろしく思えた。

 ダンが何故、アーチャーの宝具を封じ、令呪を用いてまで騎士道を重んじたのか。

 何のことはない、それだけの実力を有しているからこそ、それが出来たに他ならない。

 

 凛も言っていたじゃないか。

 彼は、ダン・ブラックモアは、疑いようのない強者であると。

 

「出来れば、君達とは来たるべき決戦の日に、雌雄を決したいと思っていたのだが……」

 

 それは余裕であるのか。セラフの介入を待つまでもなく、私達をここで倒してしまえるという、絶対の自信か。

 おそらく、そのどちらもなのだろう。彼は、事実のみを口にしているのだから。

 

 だけど、こんな所で、まだ猶予期間中だというのに、何も出来ないまま終わる訳にはいかない。

 だって、私達は彼らから最後の足りない情報(ピース)を得るために、ここまでやってきたのだから!

 

「……、」

 

 ダンはともかく、油断しているアーチャーになら、もしかしたら通じるかもしれない奇策がある。

 今、とっさに思いついた、この状況下でなければ通用しなかったであろう、突発的な打開策。

 もう、これに賭けるしかない。

 

「ここで終わるなら、いちいち決戦を待つまでもないっすからね。んじゃま、さっさと仕留めますよ、旦那?」

 

 アヴェンジャーが毒でロクに身動きが取れないと見ているのか、わざわざダンに確認を取るために振り返るアーチャー。

 

 今しか、ない。

 

 私はアヴェンジャーに駆け寄る素振りを見せながら、彼らにバレないように端末を操作する。

 僅かな動作で済むように、最低限のタップのみで目的のものをデータから物質化させて、手に隠し持つようにして、そのままアヴェンジャーに抱きついた。

 

「ん? お優しいマスターだねぇお嬢さん。死ぬ時は一緒ですかい? サーヴァント冥利に尽きるんじゃねぇの? 猛犬さんよ?」

 

 未だ、私に抱きつかれてなおもフラつくアヴェンジャーに、アーチャーは余裕の笑みを浮かべながら、照準をこちらに合わせる。

 狙うは、今度こそ復讐の魔女の胸───心の臓。

 

「そら、仲良く逝っときな!」

 

 そして、アーチャーが矢を撃とうとして、

 

 

 

「だから甘いってのよ、森の狩人!!」

 

 

 

 突如として、毒でまともに動けなかったはずのアヴェンジャーが、目を見開き、アーチャー目掛けて手を翳す。

 

「なに!?」

 

 アーチャーが矢を放つよりも早く、アヴェンジャーの手から噴出された業火が彼を襲わんと、猛烈な勢いで突き進む。

 

 それには流石のアーチャーも面食らい、とっさに避けるが、アヴェンジャーの方へと向けて腕を突き出す形になっていた事もあり、追尾する炎にその腕を軽く呑まれてしまう。

 

「アッツ!? つかなに!? 人間火炎放射機ですかおたくは!?」

 

「ハッ。そんなダサいもんじゃないっての。畏敬を込めて呼びなさい? 私は巷じゃ『炎上の魔女』って呼ばれてるのよ!!」

 

「いやいや! それって絶対異名とか通り名じゃなくて、悪口とかあだ名の類でしょ!?」

 

 うん。私もそう思う。

 

「うっさいわね。文字通り炎上させるわよ?」

 

 だけど、これで形勢逆転だ。

 今のでアーチャーは腕に火傷を負ったはず。さっきまでのような機敏な手付きで、矢を放つのは困難になったはずだ。

 加えて、アヴェンジャーは少しの傷はあれど、気にする程ではない。

 

「これは我々の失態だな。だが、どうやってアーチャーの毒から脱したというのだ……?」

 

 ダンが訝しいとばかりに、私に疑惑の目を向けてくる。と、ほぼ同時にアリーナに警告音が鳴り響く。

 セラフによる介入だ。これ以上の戦闘は続行不可能だろう。

 さて、どうせもう使えないのだし、ネタばらしといこうか。

 

「さっき、アヴェンジャーに駆け寄った時、それと並行して端末を操作して、治療薬を取り出したの。抱きついたと同時に、その手に隠し持っていた治療薬を、アヴェンジャーに使用した。それだけだよ」

 

 アヴェンジャーが毒を受けてすぐに治療薬を使用しなかったのは、単に気が動転していただけだったのだが、それが功を奏した。

 アーチャーが治療薬の有無を気にかけなかったのも、それによって私が治療薬を持っていないと誤認させられた故なのかもしれないのだから、不幸中の幸いだったと言える。

 

「……あの僅かな間に、そんな事を」

 

「おお、痛い痛い。なんだ、お嬢さんも見かけによらず、なかなかの早業じゃないの。お見それしたぜ、まったく」

 

「今時の女子高生なら、これくらいの携帯の操作なら出来て当たり前だよ?」

 

「世代の差、ということか」

 

 ……いや、多分なんだけどね?

 

「……あー疲れた。やっぱ柄じゃないっつーか、割りに合いませんわ、こういうの」

 

 火傷した腕をぶらんとぶら下げて、アーチャーは気怠げに愚痴を零す。

 

「泣き言は禁止だアーチャー。わしのサーヴァントである以上、一人の騎士として振る舞ってもらいたい」

 

「げ。……ほんと旦那は暑苦しいんだから。分かってますよ、騙し討ちは禁止なんでしょ。……まったく、手足もがれてるようなもんだぜ。人間には適材適所ってもんがあるんだが……。ま、必死になればなんとかなるもんだ。手足がなくとも歯を使え、目玉で射るのが一流の弓使い、か……」

 

 ニヤリと口の端を曲げて、緑衣のアーチャーは真っ直ぐ前を見据える。

 敵である、私達を。

 

「いやぁロックだねぇ! OK、ご期待に応えるぜマスター。所詮はエセ騎士だが、槍の差し合いも悪くはないさ」

 

「その意気だ。次の戦いの準備は始まっている。意識を戦場から離すな」

 

 そう言って、ダンはアーチャーと共にアリーナから離脱した。

 形勢逆転されようとも取り乱さず、冷静に次を見据えるその精神。慎二とはまるで違う、戦う者の在り方を、よく分かるのが実感出来た。

 

「……凌いだ、わね」

 

 ダンとアーチャーがその場を去ったのを見届けると、アヴェンジャーはようやく構えを解き、大鎌を虚空へと消す。

 心なしか、その口元には笑みが見える。

 

「覚えていますか? あの男、己の出自を口にしたのよ。──シャーウッドの森、と」

 

 ……そういえば、アヴェンジャーとの挑発の応酬を繰り広げていた際、そんな事を口にしていたような。

 

「マトリクスも、これでどうにかなりそうね。それにしても───あのラニとかいう女の占星術も、割と使えるわね」

 

 そして──ダンの口にした、顔のない王というキーワード。

 戦闘中にアーチャーの姿が消えたのは、これによる効果なのかもしれない。

 

 おそらくは、これでアーチャーの真名に迫る事が出来るはずだ。学校に戻ったら、調べてみる価値は大きいだろう。

 

 

 

 だが、今回得るものがあったのは、私達だけではないという事を、決して忘れてはならない。

 

 陰から陰へと渡り、潜み、闇の中で敵を討ってきた森の狩人は、マスターと共に日の光の──否、月明かりの下へと出て、敵と戦う意思を固めた。

 それが私達にとって、彼らにとってプラスになるのか、はたまたマイナスになるのかは分からない。

 

 けれど、戦う場所が変わったのであれば、少なからずは、その心境にも変化が表れるだろう。

 

 

 それを、私は忘れてはならない。

 

 忘れては、ならない。

 




 
ロリ欲しい。
なのに、ロリだけが来ない……。

チクショウメェ!!
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