Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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あたし(ありす)あたし(アリス)

 

 

 

 

「ところがどっこい。そうは問屋が卸さない! がおー!!」

 

 

「ぐえっ」

 

 

 走る私の横合いの教室、その扉からにゅっと伸びてきた手が私の襟首を勢いよく掴み、たまらず条件反射で蛙の鳴き声のような(だみ)声が出てしまう。

 走る人間を、それも片手だけで軽く止めてみせるとは、ただ者ではない───

 

「というか、そもそもの話、廊下は走っちゃいけないのよー。先生、そういうのは見逃さないんだから」

 

 ───ただ者ではなかった。虎、もしくはタイガー。そんな猛獣とでも呼ぶべき存在が、とても善い笑顔で私を見つめていたのだ。

 

「むむ? ちょっと岸波さん、今すごーく失礼な事を考えてなかったかなー?」

 

「いいえ、決してそのような事はありません」

 

 なんと勘の鋭い事……。やはり獣じみた第六感の持ち主でいらっしゃる、この御仁。

 

「そう? なら、いいんだけど。それでね、岸波さん。子どもの相手もいいけど、今日は重要なミッションがあるの。引き受けてくれないかしら?」

 

 ……。なんとなくね、なんとなくだけど分かってたの。多分、また何か取って来いっていう話なんだとね?

 どうせついでなのだし、断る理由もない。加えて、今回は廊下を走るという校内マナー違反を現行犯で咎められた手前、断り辛いというのもあるし。

 

「イエス マム」

 

 私の返答に、タイガーはたいへん満足といった様子で、笑顔で親指を立てた。

 

「よろしい。では、ミッション内容を伝えるわ。実はね、学校内に、禁止されてる雑誌を持ち込んだ生徒がいるらしいの。だからね、雑誌を持ってる生徒を探し出して、回収してきてほしいの。なお、このミッションが可能なのは三日間よ。四日目に成果を聞きに来るから、お願いね」

 

 早口に伝えるだけ伝えて、タイガーは颯爽と職員室へと去って行った。

 それにしても、アリーナを探すのならまだしも、校舎に居るであろうその生徒を探せときたか。それはそれで面倒───

 

 

「………」

 

 

 ふと、視界の端、具体的には廊下の窓の外で、男子生徒が何やら立ち読みしながら歩いている姿が映った。

 ……まさか、ね。そんなに早く見つかる訳がない。まあ、念のため、聞きに行くけども。ありすを待たせているし、手早く聞きに行くとしよう。

 

 

「雑誌の回収だと? 俺の少年サンディーを持っていこうってのか?」

 

 

 おう……ドンピシャとは、恐れ入ったぞ私の(ラック)

 だが、素直に応じてくれるとは思えない。ここからが正念場だ。

 

「タイガー───もとい、藤村先生からのお達しなの。だから、渡してくれると助かるんだけど……」

 

「うぐっ!? な、なんだその上目遣いは……!? ま、まあ? 応じてやってもいいが?」

 

 よしっ。これで早々にミッションクリア──

 

「でも、代わりに一つ条件がある」

 

 ──では無かった。ぬか喜びにも程がある。

 

「俺のサーヴァントが、大きな鍋を欲しがってるんだ。それを持ってきたら、雑誌を渡してもいいぜ。アリーナは漂流物の宝庫だし、もしもアリーナで見つけられたら、その鍋と交換してやるよ」

 

「……結局、そうなるのね」

 

 色々と経由しなければいけない分、今回のミッションは全く以て面倒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 寄り道を経て、私とアヴェンジャーはようやく、あの少女の待つアリーナへとやってきた。

 三の月、想海。その一層。また、新しい戦いが始まった事を告げているかのように、無機質なアリーナの色合いも少し変わっているのが分かる。

 

「………」

 

 アヴェンジャーは変わらず、晴れない表情のまま。何も話さないし、視線もジッと下を向きがちになっていた。

 やはり、彼女の様子は明らかにおかしい。これほどまでに沈み込んだのは初めて目にする。あの少女との戦いに、何か思うところがあるのだろうか。

 

「アヴェンジャー、行こう。ありすを探さないと」

 

「………ええ、そうね」

 

 声に張りはなく、気が乗らないというような返答。どうにも、この変貌ぶりはありすを見た時から始まっているようなので、その理由を突き止める意味でも、早く彼女を見つけなければ。

 

 ポータルから少し歩いて、探すまでもなく、その少女の姿を視界に入れる。どうやら、私が来るのを待っていたらしい。

 今か今かと、待ち望んでいた私の到着に、ありすの顔が花開くようにぱーっと明るくなる。

 

「あ、お姉ちゃん、こっち、こっち! お姉ちゃんが鬼だからね。ありすのこと、捕まえられたら、お姉ちゃんの勝ちだよ! じゃあ、よーい。どん!」

 

 よほど楽しみにして待っていたのだろう。ありすは私が側に行くよりも早く、今からする遊びを軽く説明するや、すぐさまアリーナの奥へと駆けて行ってしまった。

 鬼ごっこ、と言っていた。どうやら私が鬼なのは確定のようだ。幼女を追い掛け回す図は、見方によっては即通報ものだが、幼子と戯れる少女を通報する人間などそうそうは居るまい。

 そもそも、通報するような人物が存在していないのではあるが……。

 

 とにかく、ありすを追いかけなくては。

 

「追いかけようアヴェンジャー!」

 

 私は、先程のありすと同じく、アヴェンジャーの確認も取らずにありすを追って走り出す。アヴェンジャーのテンションが低かろうと、止まっていては始まらない。それは彼女とて分かっているはずだから。

 

 心配せずとも、やはりアヴェンジャーは私に追従して走り始める。立ち止まるのは、彼女にとっても無意味。ならば進むしかない。

 

 さて、今回のアリーナについてここで軽く補足というか説明をしよう。

 今までは、きちんと道が目に見える形で示されていた。たまに隠し通路のようなものがあったが、それも微々たるもの。量も数が知れているくらい、気にはならなかった。

 だけど、今回はその限りではない。一つ目の小部屋にたどり着いたところで、いきなりの袋小路になったかと思いきや、少し離れた位置に同じく、道が存在しない閉ざされた小部屋が見えていた。

 もしやと思い、壁に手を添えてゆっくりと歩き確認する。すると、壁の真ん中辺りで、いきなりスッと手がすり抜ける。

 

 そう。つまりは、今回のアリーナは隠し通路の巣窟であり、目に見えない道が広がる、まさしく迷宮だったのである。

 救いだったのは、端末に通った道がマッピングされていく事だろうか。それが無ければ泣く泣く迷子の迷子の白野(子猫)ちゃんと化していたに違いない。

 

「隠し通路を探しながら、あの子も追いかけないといけないのか……。たいへんそうだけど、それも最初だけだね」

 

「……そうね。マッピングが終われば、あとはいつものアリーナと同じように進めるのだし」

 

 活気の無いアヴェンジャーからの御墨付きも得られた事だし、早速アリーナ探索と少女捜索を開始しよう。

 調べたところ、最初にたどり着いた一見袋小路の小部屋は、左右で二つの隠し通路があった。とりあえず右を選ぶとする。

 

 道無き道──要は、見えない道を進むと、行き止まりでアイテムフォルダがポツンと存在していた。周りがこうだと、まるで宙に浮いているように見える。そして、それは私自身にも言える事でもあるが。

 

「………、風?」

 

 行き止まりから引き返そうとしたところで、どこからか吹いてきた微かな風が私の頬を撫でる。

 その方向に目を向けると、そこには隔絶された小部屋があった。

 否、あれは隔絶されているように見えているだけ。見えない道に、更に隠し通路が存在していて、それこそがその小部屋へと繋がっているのだ。

 

「エネミーが居る。それも、初めて見るタイプ。……鳥?」

 

 私は、道の先にある小部屋の中にエネミーが飛行している事を確認した。エネミー故にデータが形骸化したような見た目をしているが、それでもはっきりと鳥のような姿に見える事から、軽快に動き回ってこちらを翻弄してくるタイプかも、と予測する。

 

 少女との鬼ごっこもあるし、加えて初見のタイプだ。あまりあのエネミーと戦いたくはないが、先に進む為にも戦闘は必須だし、避けては通れないだろう。

 

「……よし。行こう、アヴェンジャー」

 

 私は、覚悟決めて小部屋へと足を踏み入れる。すると、外部からの侵入を感知したのか、エネミーは旋回から真っ直ぐこっちに向かって直進してきた。

 

「先手必勝! 空気撃ち/一の太刀!!」

 

 敵がこちらに到達する前に、手にした小刀から小さな魔力弾を発射する。が、

 

『●●●●●●○○○!!』

 

 鳥型のエネミーは形容し難い鳴き声を発しながら、ひらりと私の放った魔力弾を回避する。しかも、行進を続けた上で。

 

「くっ、かわされた……! アヴェンジャー!!」

 

 初撃が外れ、すぐにアヴェンジャーへと警戒を促す。しかし、アヴェンジャーの動き出しは普段よりも三割増しで遅く、対応する前に、諸に腹へと突進を受けてしまう。

 

「ぐっ」

 

「アヴェンジャー!?」

 

 勢いよく体当たりをかましたエネミーは反動で少しのけぞっており、アヴェンジャーも少し後退させられる程度だが、それでもダメージは確実に入っている。

 口角の端からは、血の筋が白い肌を沿うようにツーッと流れていた。

 

「この、ゴミクズがッ!!」

 

 口の端についた血を指で拭うと、アヴェンジャーは鬼のような形相で旗を振るう。魔女というよりも、まさしく荒ぶる鬼神の如く。

 旗は炎を纏い、その軌道は紅蓮に輝き。

 炎は獲物へと這いずる二匹の蛇のように分かれ、逃げられぬようにエネミーの周囲をグルグルと回転する。

 やがて、炎で作られた二つの蛇は、収束するように中心へと狭まっていき、エネミーすらもその炎の腹の内に飲み込んだ。

 

 炎はエネミーが完全に焼失するまで燃え盛り、エネミー消滅から少ししてようやく消え去る。

 

「クソが……!!」

 

 プスプスと焦げ付いた床を眺め、敵はもう居ないというのに、未だにその冷酷な瞳はエネミーに向いていた。

 

「どうしたの、アヴェンジャー……? いくら何でも、様子がおかしすぎるよ」

 

 いつもなら、初見だろうと簡単にダメージを受ける彼女ではないはずだ。それに、サバサバしたところのあるアヴェンジャーの性格からして、倒したエネミーに未だ憎しみを向けているのもおかしい。

 私は、流石にこれは見逃すべきではないと思い、アヴェンジャーに直球で意見をぶつけた。

 

「うるさい!! お前には関係ない!!」

 

「え……」

 

 アヴェンジャーの黄金の瞳が、美しくも凶暴な視線を伴って私へと向けられていた。

 初めて彼女から向けられる、拒絶と敵意の込められた視線に、私は足が竦む。

 

 怖い。

 

 それが、最初に浮かんだ率直な感想だった。

 これまで近くに感じていた彼女との距離が急に遠ざかったような、肉親から敵意を向けられたかのような───孤独な恐怖。

 

 勘違いしていたのだ、私は。

 彼女は私のサーヴァント。だけど、契約関係にあるだけであって、血の繋がった家族でもなければ、互いに互いの過去を知る旧知の仲でもなく。

 知り合ってまだ日の浅い他人同士。二度の殺し合いを共に生き抜いたというだけの協力関係。

 それが、今の私達。

 

 私は、それ以上の関係をアヴェンジャーと築きたいと思っている。でも、彼女も同じだとは断言出来ない。これは私の独りよがりでしかないのかもしれない。

 

 ああ。そうだ。今の彼女の反応は、何よりの証左であろう。

 彼女は、私が心に踏み入ってくる事を拒んでいるのだ───。

 

 だから、私は怖いと感じた。

 記憶のない私は、彼女にさえ拒絶されたら、一体誰を、何を拠り所にしてこの先を歩いていけば良いというのか。

 

「……あっ、その……今のは、別にマスターを嫌ってでは──」

 

 私の顔を見ていたアヴェンジャーが、我に返ったように、みるみるうちに顔を青くして謝罪の言葉を述べようとする。

 

「……ううん。私こそ、アヴェンジャーの事情に無理に踏み入ろうとして、ゴメン。そうだよね。アヴェンジャーにだって、色々と事情があるよね。誰にも知られたくない事だって、当然あるに決まってる」

 

 そう言って、私は無理にでも笑顔を作る。そうでもしないと、泣いてしまうかもしれなかったから。

 作った笑顔という仮面で、私は心に蓋をした。自己防衛本能がそうさせた。

 

 うん。私は大丈夫。もともと、心を形作る思い出もない私だ。これくらいで空っぽの心が死んだりするもんか。

 

「行こう、アヴェンジャー。ありすを探さないと」

 

「あ……マスター」

 

 私はアヴェンジャーに背を向け、小部屋の壁に隠し通路が無いか探し始める。

 どうにも、今は彼女と顔を合わせる事が出来そうになかったから。

 だから、今アヴェンジャーがどんな顔をしているのか。それは私には分からない。分かろうと、しなかった。

 

 

 

 

 それから、私は隠し通路を見つけたものの、そこには隠されたアイテムフォルダしか見つけられず、結局来た道を引き返す事となった。なので、今度は今行った方とは逆の隠し通路に足を向ける訳だ。

 その間、道中は互いに気まずい空気が漂っており、どちらも口を開かなかった。

 ただ、流石にエネミーと遭遇した際はそういう訳にもいかず、指示でのやりとりは行う。

 

 そうして、最初の小部屋に戻ってきた私達。いざ、もう片方の隠し通路を進んで程なくの所で──居た。

 あの白いフリルは、間違いなく、ありすだ。本当にすぐそこと言える程の距離に、その小さな姿が見えた。

 

「見つけた……!」

 

 ありすもこちらに気付いたようで、くすくすと小さく笑い声を零して、再びこちらに背を向けて走り去ってしまう。

 せっかく姿を視界に捉えたのだ。このまま逃がすものか───、

 

『■■▽▽▽■■!!!』

 

 ───と、息巻くも、すぐにエネミーが目の前を阻む。ボックス型のエネミー、知っているものと色こそ違うが、行動パターンはある程度読めている。対処するのは難しくはない。

 だが、このまるで時間稼ぎかのような阻み方。なんだか、あの少女の思惑通りにエネミーが動いているように思えなくもないが……?

 

「ううん。そんな事、今はどうでもいい。邪魔をするなら、押し通るまで……!! アヴェンジャー!」

 

 戦闘開始の合図をアヴェンジャーに出し、彼女もそれに応じるように、今度は大鎌を片手に敵前へと踊り出た。

 さっきよりは、少し動きも良くなっているように思える。迷いは有れど、戦闘には持ち込まない事にしたのだろうか。

 

「邪魔立てするなら容赦はしません。……ええ。私にも、あの子に聞くべき事がありますから」

 

 鋭い睨みを利かせ、アヴェンジャーはエネミーを見据える。いや、その視線が見据えているのは、走り去ってしまったあの少女の、今はまた見えなくなってしまった後ろ姿なのかもしれない。

 

「さあ、マスター。雑魚に構っている暇などありません。さっさと始末して、あの子を捕まえますよ」

 

「……うん。やろう!」

 

 未だ気まずさは払拭しきれていないけれど、戦闘においては、やはりアヴェンジャーは頼れる存在だ。この一点に関してのみは、今は何の不安も抱かないで良いのだから。

 

 

 

 

 

 さて、エネミーを難なく倒した私達だったが、ありすの行方が分からず仕舞。このたどり着いた小部屋の壁を確認すると、面倒な事に三つの隠し通路が見つかった。

 ありすは一体どの道を進んだのか。半ば転移にも近い形で走っている後ろ姿は消えてしまったため、どちらに行ったかまでは検討もつかない。

 

「厄介ね。こうなれば、虱潰しに探す方が早いでしょう」

 

 少し遠慮がちではあるが、アヴェンジャーが意見を述べてくる。

 確かに、考えるよりも足を動かした方が手っ取り早いし、何よりの解決策でもある。なので、その意見には全面的に賛成だ。

 

「そうだね。じゃあ、とりあえず左から探してみよう」

 

 一応の方向性が決まり、なんとなくで私は左に足を向ける。別にありすが選んだ道の先に居なくても、マッピングは出来るので、全くの無意味という訳でもない。

 故に、てきとうに選んだ結果が左なのであった。そこに特に深い意味はもちろん無い。

 

 進んだ先では、またも小部屋が存在しており、鳥型のエネミーも我が物顔で闊歩していた。部屋の主を容易く討伐し、ここでも隠し通路を探し出す。

 まあ、案の定やはり隠し通路を見つけられた。今度は一つだけで、マップを見てみると、なんとなくアリの巣でも見ているかのような気分になる。

 

「なんというか、今回のアリーナの構造……すごく疲れる」

 

 というのも、隠し通路は目に見えないだけあり、通過する際は、宙を歩かされているみたいで、とにかく心臓に悪いのだ。大丈夫と分かってはいても、心のどこかで「本当に?」と感じてしまう弱い私が居る。

 人間なのだから、そういう事もあると言い聞かせ、どうにか精神的疲労を誤魔化すのが、私なりの精一杯の抵抗でもあった。

 

「小部屋一つ一つの大きさは大した事はないけれど、こうも距離を歩かされると流石にイラつくわね……」

 

 どうやら、アヴェンジャーの機嫌もまた悪くなってきているらしい。

 

「ん? あれは……」

 

 次の隠し通路の先に見えた小部屋の中央に、オレンジ色のアイテムフォルダが設置されているのが確認出来る。

 これまでの経験から、あのタイプは基本レアモノが入っていると相場が決まっているので、逸る気持ちで開封しに行くと、中から出て来たのは───

 

「あー……うん。そういえば、そんな話もあったっけ。わかるわかる。アレだよね。例のアレ。というか重い! 前が見えない!」

 

 私の両手にポンと乗せられた、それはもう巨大な鍋。人が一人入れるのではないかと言える程のサイズのそれは、フォルダが開封されると同時、何の前触れもなく私の両腕の中に収まっていた。

 

「ぐぬ、ぬぬにゅにゅ……!!!」

 

 とてもではないが、重すぎて持って歩くなんて到底不可能。しかし、両手は鍋でふさがっており、端末に収納も叶わない。

 

「あの、アヴェンジャー。悪いんだけど、私のポケットから端末出して、これを端末に入れてくれない?」

 

「……ええ。こんなデカい鍋、一体何に使うのかしらね。……生贄用?」

 

 いや、そこは普通に料理でしょう。

 物騒な推測を口にしながらも、アヴェンジャーは私のポケットから端末を取り出すと、少し操作に悪戦苦闘した後に鍋を収納する。

 

 かなりの重量感から解放され、私は大きく息をつくと、アヴェンジャーから端末を受け取ってさっきの鍋を確認する。

 解説は、“神々の宴会に使用されたという大鍋”との事。案外、アヴェンジャーの推測は間違いではないのかもしれない。

 いや、そうだとするならゾッとするけど、あのマスターは自分のサーヴァントが大食らいと言っていたし、単に調理用なのだろう。そうであると信じたい。

 

 それから結局、更に見つけた隠し通路を進んでも、そこは行き止まりで、盾型エネミーが居るのみ。加えて、アイテムフォルダが存在する隠し通路が有ったのみだった。

 

 来た道を戻り、分岐路の小部屋へと戻ってきた私達。結論から言おう。正解の道は、最初に入ってきた時から見て真っ直ぐの前の道だった。

 右の道も進んだのだが、こちらはすぐに行き止まりとなっていて、エネミーと戦う羽目になったのみ。アイテムもショボいものが置いてあるのみだった。

 

 正解のルートは、他の小部屋を大回りするような配置であり、今回一番長い疑似空中歩行を味合わされた。

 すごく吐きそうだが、なんとか堪えて進むと、ようやくありすらしき姿を見つけた───が、遠い!

 距離的に考えて、これは、本気で追わないと、逃げ切られてしまうかもしれない。

 

「……! 待ちなさい、貴方には聞きたい事があるのよ!!」

 

あたし(ありす)は今、お姉ちゃんと鬼ごっこをしているの。だから、あたし(ありす)を捕まえられたら、何でも聞いてもいいよ。あははっ、鬼がきたーっ! 逃げるのよ、あたし(ありす)!」

 

 真剣なアヴェンジャーの呼びかけにも、ありすは我関せず、むしろ捕まえられたら言う事を聞くと宣言し、また走り出してしまう。

 

「ちっ……!」

 

「また逃げられちゃった。でも、これまでの第一層から考えても、そろそろ帰還ポータルがあるはず……となると、ありすの逃げた先にトリガーもあるかも……?」

 

 ゴール、トリガー、そしてありす。目標がまとめてクリア出来そうなのだ。自然と足にも力が入る。

 幸い、今度はありすの姿は最後まで視界に捉えていたので、彼女が走って行った隠し通路も同時に視認していた。

 私はアヴェンジャーに声を掛け、ありすを追って全力で走り出す。

 

 しばらく真っ直ぐ道なりに走ると、また開けた空間に出る。が、この小部屋には目に見える道があった。そして、その先に───

 

「やっと追いついた! しかも、トリガーもある!!」

 

 待ち構えるように、道を塞いで立っている少女の姿。その背後には、緑色のアイテムフォルダ。つまり、今回の一つ目のトリガーが鎮座していた。

 

「あーあ、見つかっちゃった。この遊び場もここでおしまいだし、鬼ごっこはもう終わりだね。でも、楽しかったよ。お姉ちゃん!」

 

 満足したように、可愛らしい笑顔を私に向けてくるありす。無邪気なその笑顔からは、まるで敵意も、悪意も感じられない。

 ……これまでの対戦相手とは、何もかもが違っている。

 

 そんなありすだったが、ひとしきり笑った後、不意に真剣で尚且つ哀しげな表情へと切り替わる。

 子どもは感情の変化が激しいとはいうが、これはそれとはまた違うように感じられた。

 

「ねえ、お姉ちゃん……あたし(ありす)のお話聞いてくれる?」

 

「お話……?」

 

 まだ距離があるが、聞き取れない事もないその今にも消え入りそうな声に、私はオウム返しのように言葉を返す。

 

「あのね……あたし(ありす)、ずっとむかしは、こことは、ちがう国にいたの……」

 

 

 

『そしたらね、』

 

 

 

 異変は、突然に起こった

 途中で、一瞬ありすの声が二重に重なったように聞こえたかと思った次の瞬間。

 瞬きの間に、ありすが、増えていた。

 

 黒いエプロンドレスに身を包んだ、“ありす”そのもの。顔も、背丈も。唯一違うとするなら、服の色の違いくらいなものだ。

 

 幻覚。ありすのコードキャストか何かだろうか?

 いや、この感じは、そんなんじゃない。あれは、虚像なんかでは決してない。その証拠に、私は突如として現れたもう一人のありすに、恐ろしい程の魔力の波動を感じたのだ。

 確実に、あれは実体を持った存在だ。

 

 だが、だとしたら───?

 

 増えた少女は驚く私に構う事なく、黒い服のありすは、冷たい眼差しを携えて続きを口にする。

 

「そしたらね、戦車とか飛行機とか、鉄のかぶとと鉄のてっぽう、黒いしかくの国がやってきて……空はまっかっか、おうちはまっくろくろになって、きがついたら、まっしろの部屋にいたの」

 

 白い服のありすとは違って、黒い服のありすは淡々と、無表情を貫いたまま話し続ける。それが、今まで見たありすの姿からは想像出来ない程に、不気味で、冷たかった。

 

「まいにち変わらなくて、おともだちはいなくて、ママもパパもいなくて、」

 

「あたし、ころんでも、けがをしても、おぎょうぎ良くがまんできるの。いたいっていうと、パパがおこるから」

 

 白と黒のありすは、交互に絵本でも読むかのように、代わる代わる言葉を紡ぐ。

 

「でも、がまんできないぐらい、いたいコトがあって。気づいたらここにいたの。でもいいんだ。だって、ここはとっても楽しいわ。いろんな人がいて、みんなみんな、あたしにやさしくしてくれるの」

 

「ええ、そうねありす(あたし)。ここなら力いっぱい遊べると思ったでしょう?」

 

「でも、思いっきり遊んだら壊しちゃうかも。くびもおててもとれちゃうかも。取れちゃったら大変だわ」

 

「壊しちゃったら直せばいいよ。ママからもらった針と糸があるもの。ちゃちゃっと縫っておしまいよ。ママみたいにお上手じゃないけど、ちゃんとくっつくわ」

 

 いやいやいや。

 

 いやいやいやいや!!

 

 なんだか、物騒な方向に話が転がっていっているが、可愛らしいあの少女達が口にしていいような内容ではない事だけは確かだ。

 

「くっつければだいじょうぶだもんね」

 

「だいじょうぶじゃない?」

 

「よかったーっ! またママに怒られるかとおもった」

 

「じゃあ、力いっぱい遊びましょう。だってこのお姉ちゃんは、ようやく出会えた()()だもの。前の二人のマスターとはちがう。今度はちゃんと触れあえるの。真っ赤な血も、あたたかいの」

 

「ッ!!」

 

 黒のありすが、口角を吊り上げる。その冷たい笑みは、冷たい眼差しは、冷たい()()は、完全に私に向かっている。舌なめずりする悪鬼が如く、死を手向ける幽鬼の如く。

 無邪気で冷酷な殺気が、私の全身を包み込む。

 

「さあ───『あの子』を呼ぶとしましょう?」

 

「うん! それがいいよ」

 

 そう言って、ありすがその手を振り上げる。すると────

 

 

『■■■■■■■■────!!!!』

 

 

 アリーナの床が、壁が、空が鳴動する。規格外の力の出現に、自分だけでなく、アリーナすら震えていた。

 ありす達の背後に顕現したモノ───それは、まさしく怪物。人型をして、筋骨隆々で、人間が二人分程の身の丈に、顔はのっぺらぼう、何より背中に生えた二振りの異形の翼。

 

 全身の感覚が警報を鳴らす。魂が警鐘を告げる。本能が警笛を鳴らしている。

 逃げろ……!

 アレは、触れてはいけない害敵だ……!

 

「あはっ。すごいでしょ。この子、あたし(ありす)のお友達なんだよ」

 

「ねえ、お姉ちゃん。この子とも遊んであげて」

 

 二人のありすは、無邪気に無垢な笑顔で、私を(いざな)う。しかし、その先は避けようのない死が待つのは想像に難くない。

 

 ここは───

 

「───逃げるよ、アヴェンジャー」

 

 私はゆっくりと後ずさり、アヴェンジャーに撤退の指示を出す。

 冗談じゃない。あんなもの相手にして、無事で済むはずがない。

 ここは、一時撤退するのが正解だ。

 

「一時、撤退ですか。私も、同じ事を考えていました。あの少女達には聞きたい事がありましたが……今ここで向かって行っても、無駄死にするだけでしょう」

 

 流石のアヴェンジャーも、圧倒的な脅威を前に、ありすを眼前にしても普段通りの冷静さを保てているらしい。

 

「よし……」

 

 そうと決まれば話は早い。サーヴァントと二人、全力でこの場から逃げ出す事にした。

 

 なりふり構わず、すぐに振り返って走り出す。と、背後から、ありすの声がする。

 

「あれー、お姉ちゃん。行っちゃうの? つまんないの……。この子は、分けてあげた魔力がなくなるまでここにいるから、また遊んであげてねー!」

 

 なんて事だ。トリガーはあの怪物の向こう……。たとえありすがこの場を去ったとしても、アレは期限はいつまでか分からないが、長期間に渡ってあの場に君臨し続けるという。

 アレを何とかしなければ、取る事が出来ない───

 

 走り去る中で、少女の楽しげな笑い声だけが、私の耳に嫌に鮮明に届いていた。

 

 

 




 
今回の難所。ありす()アリス()、どちらが話しているのかが映像無しでは解り辛いという……。しかも、子どもなので会話も所々でひらがなが混じるという、有る意味の面倒さ……。
どうにか改善しないとですが………、

………あーもう! 引き籠もりたいー!!

でも、どうせやらなければなら、よーし! 本気でやっちゃうぞー!


関係ないけど刑部姫ちゃん可愛すぎ。気付けば宝具重ねてた……。(ふーやーちゃん狙いで二人目が降臨しました)

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