さてさて、『ヴォーパルの剣』を探すのはいいが、取っ掛かりがこれといってまるでない。
こういう時はやはり、困った時の図書室だ。あそこはムーンセルに収められた膨大なデータを検索出来る唯一の場所。
さすがに、聖杯戦争に直接関わってくるような機密情報にはアクセス出来ないが、対戦相手のサーヴァントの正体を探るくらいなら許可されている。
メジャーな英霊ならまだしも、もしもマイナー過ぎる英霊が相手であるなら、調べるのは必要不可欠だろう。
特に私は、凛やレオのように知識が豊富というワケではないし、尚のこと図書室の利用頻度は多くなる。
……まあ、それ以外にもマンガを漁りに行くのが専らなのだが。
「あら、どうしたの? 難しい顔して」
図書室に行こうと二階に戻ってくると、凛とばったり出くわした。どうやら彼女も図書室に行っていたようで、その帰りであるらしい。
「そうそう、聞いたわよ、あの子と遊び回ってるって」
「いやあ、楽しくって……つい」
「……はぁ」
あ、ついつい反射的に答えてしまった。ああ、凛の私を見る目がみるみるうちに蔑むものへと変わっていく。
「あなたを見てると、ここが戦場だって忘れそうになるわ。ま、平和ボケのまま、勝手に死ぬのは止めないけどね」
相変わらず優しいのか厳しいのか、どちらとも分からない対応だ。いや、どちらでもあるのか。
それよりも、せっかく凛に会えたのだし、図書室に行く前に聞いてみよう。
「凛に尋ねたい事があるの。『ヴォーパルの剣』って聞いたことない?」
「『ヴォーパルの剣』?」
少し考え込むが、すぐに思い当たるものがあったらしく、
「たしか……理性のない怪物に有効な
「いやね、ちょっとありすと宝探しをしてて。それでその課題がソレなんだ」
「ふーん……。子どもの遊びに付き合ってあげる必要ないと思うけど。というか、そもそもあの子のアバターがアレだからって、本当に中身が子どもかも疑問じゃないの?」
やめて。それだけは想像したくない。幼い女の子だと思っていた対戦相手が、実はその中身が油ギッシュな中年男性だった───なんて、おぞましいにも程がある。
しかも、そんな相手と意気揚々と遊んでいた私って……。
首を振って、残念な思考を外へ追い出す。考えないようにしよう。ありすは、可愛らしい女の子。きっとそうに違いない。
「……あー。言って私も少し気分が悪くなったわ。ごめんなさい。それで『ヴォーパルの剣』だっけ? まあ、それでも必要だって言うのなら……そうねぇ、
なんと。あの天才ハッカーで高名(らしい。私はよく知らないのだが……)である凛にも、出来ない事があったとは。
「あのね、私だって何でも出来る万能人間じゃないんだから。そりゃあ、私にも得意不得意だってあるわよ。だから今回は助けを求められても無理。誰か錬金術に通じたマスターでも探して、交渉してみたら?」
───錬金術、か。
うーむ、凛に頼れないとなると、これは困った。心当たりがあるわけでもないし、他のマスターたちにも聞いてみるとしようか。
凛と別れ、ひとまず図書室へと行ってみたが、これといって収穫もなく、どうしたものかと悩む私。
とりあえず、『ヴォーパルの剣』が童話──『鏡の国のアリス』において『ジャバウォックの詩』に登場するものだという事は分かった。
だが、それだけだ。敵のサーヴァントが、童話に関係する英霊であるかとも考えられたが、確信が持てない。
あの怪物がジャバウォックだとして、それを呼び出したサーヴァントは何だ?
ルイス・キャロル……? いや、それでは、あの瓜二つの少女たちの説明がつかない。
決めつけるのは早計か。もっと情報を集めてからでないと、決め打ちは難しい。
図書室を出て、文字を見つめ過ぎて疲れた心を癒やすため、屋上へと向かう。高い所で風に当たりたい気分になったからだ。
途中、三階の廊下を覗くが、やはりラニの姿はない。あと、朝に見かけたサイバーゴーストも、やはり現れる事はなかった。
が、ラニやサイバーゴーストは居なかったが、一成は居たようで、私を見かけると声を掛けてくる。
「おお、岸波。息災か? それはそうと、保健室には立ち寄ったか? 精神の疲れは早めに取っておいたほうが良いからな。心のゆとりの無さから、正常な判断を怠ってしまう事もままある。案外、馬鹿に出来ないものだぞ」
「まだ言ってるの? だから、私はロリコンでも異常性癖者でもないからね? ……あ、そうだ」
AIである彼が知っているとも限らないが、せっかくだ。この際、一成にも錬金術師について聞いてみよう。
「ねえ、錬金術師について心当たりとかってない? 今探してるところなの」
「む、錬金術師を探している? ふむ……。すまんな。残念ながら心当たりは無いが……たしか、アトラス院と言う所では、占星術と錬金術に通じている、と聞いた事がある」
アトラス院……それって、たしかラニの所属していた所では。
「ああ、そうだったそうだった。ラニさん、だったか? 彼女なら今は屋上に居ると思うぞ。何やら今日は星を見るには良い空をしているそうだ」
なるほど。聞いてみるものだ。まさかこんなに有益な情報を得られるとは。
一成に礼を言い、私も屋上へと向かう。心なしか、足取りが図書室を出た時よりも軽いような気がする。
予想外にも、とんとん拍子にコトが進んだからかもしれない。
階段を上りきり、外へと出る。作り物であると分かっているが、しかし本物そっくりの太陽の眩しさに少し目が眩む。
「えーと……居た!」
と、眩しさも治まり、見渡してみると、彼女は居た。ちょうど凛が屋上でいつも居る時とは反対の所に立って、空を見上げている。
早速ラニの下へ向かい、声を掛ける……つもりだったのだが、それよりも早く、いきなりラニが振り返り、真顔で私を見つめてきた。
「星は常に事象を照らす……。ごきげんよう、岸波さん。あなたがここに来る事は、分かっていました。それで、私に何かご用ですか?」
いや、そこは分からないのかよ!?
というツッコミは心の中だけにして、本題をぶつけよう。
「アトラスの錬金術師って、ラニのこと?」
「──はい。多少なら錬金の術も心得てはいます。正確には、私の師が錬金術師で、私はその従者に過ぎませんが。それが、何か?」
ビンゴ! 従者であろうと、錬金術の心得が少しでもあるのなら大助かりだ。
「じゃあ、『ヴォーパルの剣』って聞いたことない?」
「『ヴォーパルの剣』……、師から聞いたことがあります。特定対象にのみ有効な魔術礼装──」
あ、マジで実在するものなんだ。てっきり、童話に基づいたモノかと思っていたのだが、本当に存在するものらしい。
思い出すようにして語るラニ。知識を見せびらかすようにひけらかさないので、聞いていて嫌にならない。
「錬金の素材、たとえばマラカイトなどがあれば練成することも出来るでしょう。ですが──」
そこで唐突に言葉を区切るラニ。
そう、とは言え、ラニはいずれ対戦相手となるかもしれない、マスターの一人なのだ。
たとえマラカイトを持ってきて、ラニに『ヴォーパルの剣』を練成する術があったとしても、前回とは違い、こちらを助ける理由はないのだ。
「……そうだよね。別に、私を助けたってラニに益は無いもの。ごめん。変な事を聞いて……」
自分勝手に盛り上がっていたが、よく考えてみれば、普通は助けてくれるワケがないのだ。
諦め、他に手立てが無いかを考えようと、その場を去ろうとした、その時だった。
「いえ、いいでしょう。あなたには他のマスターとは違う星を見ました。ひょっとしたら、あなたが師の言う者なのかもしれない──」
考え直したのか、“師の言う者”などと何やら呟いていたが、どうやらラニはこちらの手助けをしてくれる気になったようだ。
「マラカイトを持ってきたら、『ヴォーパルの剣』を練成してみましょう。確か、マラカイトは、校内のどこかで見た気がするのですが」
とにかく、協力してくれるのなら、彼女の考えが変わらないうちにマラカイトを探して持って来よう。
それにしても、マラカイト……。ラニは校内のどこかで見た、と言っていたが、私はそれらしき物を見た記憶がまるでない。
なんだか探し物ばかりしている気がしないでもないが、果たしてどこにあるのだろうか。
有る、というのがラニの目撃証言から分かっているだけ、まだマシではあるのだが……。
うーん。頭と体を使ってばかりで、脳と胃袋が糖分を欲している。ここは一度、購買にでも行って、腹拵えをしてくるか。
ひとまずの目的地が決まり、私は一階へと降りる。探し物プラス、階段の上り下りばかりしているのは確かだ。
と、そこで購買のある地下へと降りようとした際、またしても凛と鉢合わせになる。
「あら? また会ったわね。それでまた難しい顔して、どうしたの?」
「実は……」
『ヴォーパルの剣』の練成にマラカイトが必要だと説明すると、意外なことを凛は口にした。
「マラカイト、ねぇ。持ってないこともないけど……」
なんと。今まさに探している最中のマラカイトを、凛は持っていると言うではないか。これは是が非でも欲しいところ。
「凛、お願い。譲ってくれる……?」
ダメ元で、思い切って聞いてみた。──譲ってはくれないだろうか。
断られるかとも思ったが、凛は意地の悪い笑みを浮かべる。美人のこういう笑みほど、怖いものは無いと思う。ホント。
「まさか無料で、とか、虫のいいことを考えてないでしょうね。いい? あなたと私は敵同士。欲しいなら……何か代償は必要だわ」
すんなり貰えるとは思っていなかったが、どんな条件なのか……。思わず全身に緊張が走る。
「マラカイトが欲しいなら、そうね───代わりの宝石を用意して。例えば、大粒のルビーなんてどう? そのぐらいは欲しいわね」
ルビー……。当然、そんなものは持ち合わせているはずがない。
思わずそんな思考が表に出ていたのだろう、それを楽しむように凛は続ける。
「さっき、ちょっと宝石を補充しようと思って、購買部のデータベースをハッキングしてみたんだけど──」
ああ、だから購買のほうから上がってきたのか。……って、購買をハッキングとか、いい度胸をしているな。
「あるにはあったんだけど、これが意外と高くてね……」
言い終えると、少しして後ろを振り返る凛。誰も居ないが、どうしたのか、と思っていると、
「ちょっと、まさかあんなボッタクリ価格だとは思わなかったのよ! ありえないでしょ、あれは!」
自身のサーヴァントにからかわれたのだろう、そこまで言ったところで、凛はバツの悪そうな顔で続けた。
「ま、まあそんなわけだから、購買部に行けば……一応はあるみたいよ。大粒のルビー。どうするかはあなた次第だけど」
何やら……あまりいい取引でもないような気はしたが、背に腹は代えられない。
凛の商売上手を恨めしく思いつつ、とりあえず、購買部に行ってみるとしよう。
「いらっしゃいませー。地獄の沙汰も金次第。月海原学園購買部です!」
購買のお姉さんの元気な声に迎えられ、早速陳列する商品の名前を確認していく。
「えー、ルビールビーっと……あ、あった」
さて、凛が舌を巻くほどのお値段はっと……、ぬわ!?
「ご、5000000PPT……だと……!!?」
見間違いかと思い、目をこすってもう一度見る。
が、変わらず、0は六個のまま。
「あ、あのぅ~……、お姉さん? これ、お値段間違ってません、か……?」
おどおどと自信なく聞いてみるが、購買のお姉さんはキョトンとした様子で、
「ルビーですか? ああ、確かに入荷してますね……。うーん、発注した覚え、ないんだけどなぁ。えっと、お値段ですよね? 間違ってませんよ。あ、ご購入ですか? 5000000PPTになりますけどっ! お金持ちですねぇ」
「仕方ない……買うか!」
血涙が思わず流れるほどの高額(:言峰神父のセラフからの給料三ヶ月分くらい。私調べ)だが……『ヴォーパルの剣』を手に入れるためには仕方が無い。
断腸の思いで端末のクレジットを確認するが、所持金は約50000PPTちょい。
……。圧倒的不足だ。
これはもう、残り4950000PPTは体で稼ぐしかないのか……!!
「アホか! そんな時間無いし、させないわよ!」
「あいた!?」
いきなり現界したアヴェンジャーに思い切り頭を叩かれる。
やだ、私の心配をしてくれるなんて、嬉しい……!
「漫才してるんじゃないっての! だいたい、そんな方法でどれだけ時間を掛けるつもりなのよ!? まだ他に手っ取り早い手段があるかもでしょうが!」
とは言いつつ、全力のツッコミでしたごちそうさまです。
流れで買うと意気込んだは良いものの、確かにこれだけの大金だ。そう簡単には用立てられない。
アリーナでエネミー狩りに勤しんだとしても、一体何ヶ月、何年掛かる事か。
「やっぱりお高いですよねぇ。じゃあ、こうしましょう」
唸る私を見かねてか、お姉さんは思い出したように言った。
「実は今、私たち執行部では、保健室の間桐さんの……お弁当がブームなんですよね。でもあれって、マスターの皆さんしか貰う事の出来ない、レアアイテムなんですよ。一度…食べてみたいな……。なーんて」
弁当!?
そんなものでいいのか……。いやいや、手作りともなれば、そのぐらいの価値はあるのか?
よくよく考えると、女の子の、それも桜のお手製である事に多大な付加価値があるのかもしれない。
私だってまだ食べてないし、食べてみたい。
だが、私とアヴェンジャーの行く末が掛かっている。私がいただくのは諦めるしかないだろう。
などと思ったが、とりあえず保健室に行かなければ始まらない。すぐに行ってみよう。
はい。さっきも来た保健室。またやってきました。
……本当に、今日は行ったり来たりの繰り返しである。筋肉痛になりそう……。
「あれ、先輩? どうしました?」
さっき来てまだ1時間と経っていないのに、私の再訪に疑問符を浮かべる桜。でも、私の顔を見た瞬間の彼女は、どことなく嬉しそうに見えた。
「実はお願いがあって……」
「お願い、ですか?」
思った以上に真剣な顔だったのだろう、桜と二人、しばらく目が合ったまま黙ってしまう。
少し空気が気まずくなり始める中、私は意を決し、用件を口にした。
「───お弁当、作ってくれませんか?」
自然と言葉が丁寧になったが、我ながら間抜けな言葉であると自覚する。
けど、桜はにっこりと微笑んでくれた。
「はい。実はこの先の回戦で配ろうと思って、練習してたんですよ。味はまだ自信ないですけど……」
──はい、どうぞ。
と、渡されたのは、桜の花柄の包みに覆われた弁当箱。さながら、“桜特製弁当・試作型”とでも名付けようか。
気になったので、桜に断ってその場で中身を開封してみる。
思った以上に豪華そうな重箱に、色とりどりのおかずが詰まったその弁当は、思わずその場で食べてしまいそうな衝動に駆られてしまう。
「おバカ! その衝動とやらに負けてんのよ!」
「あいた!? って、さっきもやったこのやりとり!」
自分でも無意識のうちに、手が桜お手製のお弁当に伸びていたようで、アヴェンジャーがまた急に現界して私の頭を叩いて止めた。
さすがは魔性の魅力を持つ桜特性弁当……。本能が抗う事が出来ないとは。
アヴェンジャーに活を入れられた事もあり、食べたくなるのをグッと我慢し、桜に礼を言う。
「いえいえ。これくらい、どうってこともありませんから。……、何かに必要だったから、先輩がそれを食べられないんですよね? そんなに、食べたかったですか……?」
「もちろん。それこそ、喉から手が出るくらい」
それは心からの意見だ。出来る事なら、私が食べてあげたいのが本音だが、それは今だけは許されない行為。
購買のお姉さんのせっかくの譲歩もとい厚意を、私のワガママで無碍にしてはいけない。
「そう、ですか。……、すごく、嬉しいなぁ……」
柔らかな微笑みを浮かべ、口元の綻ぶ彼女にもう一度礼を言い、保健室を後にする。
さあ、購買部に急ごう!
「お……おおっ! それは伝説の桜弁当じゃないですか!」
再びの断腸の思いで差し出したお弁当を見るや、ものすごい勢いで食いついてきた購買のお姉さん。
「いやぁ、まさか本当に持ってきてくれるなんて、ちょっと感動です。確かに、いただきました。では───約束のアイテムを渡しますね」
代わりに、お姉さんから大粒のルビー───“天然ルビー”(商品名)を受け取る。
これで良かったのだろうか、とかなり思いもしたが、どうあれ目的の品は手に入れたのだ。
さあ、後はゼニゲバの凛にこれを渡せば、マラカイトを手に入れられそうだ。
凛を探して歩き回り、教会前の噴水広場にて食事を摂っている最中の彼女を発見する。
「あら、どうしたの? ひょっとして……」
まさかぁ、と油断している凛に、自信満々に購買部で貰ったルビーを出して見せた。
半ば冗談でけしかけたのであろう物が差し出され、しかも手元に渡された事が意外だったのか、彼女は目を丸くしながらも、マラカイトを渡してくれた。
「まさか、本当に持ってくるとは思わなかったけど、一応約束だしね。何個もあるものじゃないから、大切に使いなさいよ」
ありがたい。けっこう法外な取引であった感は否めなかったが、何とかこれで、ラニに練成してもらえるといいのだが───。
まだ屋上に居るだろうかと心配だったが、赴くと彼女は変わらず、空を見上げていた。
「ラニ、お待たせ」
くるり、と私の声に振り返る。今度は私のほうが早かった。
「マラカイトをお持ちですね。それを練成すれば、錬金自体はそう難しいものではありません」
ラニにマラカイトを手渡す。彼女は目を閉じ、片手で持ったマラカイトに、もう片方の手を翳す。
触媒となったマラカイトが爆ぜて消えると、ラニは静かに目を開けた。
そしてその手には、一本の剣が現れている。
「これが『ヴォーパルの剣』。ですが、私の力では、これを使えるのはおそらく一度きり。よく考えてお使いください。二度は練成出来ないでしょうから。では、星の導きがあらん事を……」
そう言って差し出された『ヴォーパルの剣』を受け取る。
ありがたい。
これであの怪物に太刀打ち出来るかもしれない。早速アリーナに向かうとしよう。おそらく、ありすもまだアリーナに居るはず。
宝探しの答え合わせと行こうじゃないか。