Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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怪物退治とお茶会への誘い

 

 ありすよりかなり遅れる形で、アリーナへと入る私たち。

 昨日の時点で、アリーナ第一層はほぼ探索が済んでいる。なので、今日はありすたちが呼び出したあの怪物を倒す事が主目的となる。

 苦労して手に入れた『ヴォーパルの剣』ではあるが、本当に役に立つと良いのだが……。

 

「まあ、そこは何とも言えないわね。ひとまずあの怪物の所まで行ってみるしかないでしょう」

 

 アヴェンジャーは、真剣な眼差しで、あの怪物が居るであろう方向を見つめていた。

 怪物を呼び出したとうの本人である、ありすに与えられたヒント。信じても良いものか、そう思ったりもしたが、結局のところ今はこれに賭けるしかない。他に選択肢は存在しないのだ。

 

 

 

 道中、襲い来るエネミーを難無く退け、私たちは昨日は引き返さざるを得なかった通路までやってくる。

 

 遠目にも分かる、あの人型をした怪物の姿。本当に、日を跨いでもまだ消えずに存在し続けて、異様な存在感を放っていた。

 

 渦巻く魔力。近付くと、より強くあの巨人の気配を感じる。

 

「さて、ここまで来たはいいけど、どうしたものかしらね?」

 

「うーん……。これって、そのまま武器として使うのかな?」

 

 何気なしに『ヴォーパルの剣』を取り出す。

 

 ──と、その時、手元の『ヴォーパルの剣』から鋭い魔力が発散された。

 

『■■■■■■───ッ!!!』

 

 魔力の解放と共に聞こえた、呻くような声……と思しきものを上げ、あの怪物が苦しみだす。……あの凶悪な気配も急速にしぼんでいった。

 

「マスター! 敵が弱体化したわよ! あの女の用意したものなんて、信用出来るか正直疑ってたけど、思いの外、それなりに強力な魔具だったようね。今なら、あの化け物をぶち殺せるわよ!」

 

 物騒な物言いはアレだが、今だけはアヴェンジャーの言葉に賛成だ。『ヴォーパルの剣』の効力が永続なのか分からない以上、弱ったヤツを倒す機会はこれが最後かつ唯一になるかもしれない。

 先手必勝、苦しんでいる最中なら、ガードもままならないはず。

 

「アヴェンジャー、最初から全力でトばしていくよ!!」

 

「了解。焼き殺してやるわ……!!」

 

 後先考えるより、まずは怪物退治を優先する。

 アヴェンジャーは私から全力戦闘の許可が出るや、即座に巨人へ向けて走り出す。

 走りながら大鎌を現出させ、両手に旗と鎌の二刀の構えを取ると、まずは炎で攻撃すると同時に、敵の視界を遮る。

 

 苦しんでいたところに突然の奇襲。ダメージに加えて視界を奪われた巨人は、闇雲にその凶腕を振り回す。

 

「火加減は如何かしら? そら、もっとくれてやるわ!」

 

 乱雑な攻撃を何食わぬ顔で避けると、そのまま巨人の背後に回るアヴェンジャー。

 旗で炎を操り、敵の全身を覆い尽くす。そして背後から鎌の鋭い一撃が繰り出され、巨人の背を、翼を一閃した。

 

『■■■■■■!!!!!』

 

 その斬撃は両翼を切り落とし、巨人の悲痛な雄叫びが鳴り響く。

 さりとて、巨人はまだ倒れない。背後から来た攻撃で、アヴェンジャーの位置を知るや否や、炎を強引にも無視して両腕を地面に勢いよく振り下ろした。

 着弾した地面から、アヴェンジャーへ向けて衝撃波──いわゆるショックウェーブ──が放たれる。

 

「そんなモノッ!!」

 

 襲い来る衝撃波に対し、アヴェンジャーは目の前で爆発を発生させて、それを相殺させる。

 

 衝撃波と爆発のぶつかり合い。それは大きな余波となって、アヴェンジャーと巨人、互いへと熱風と化して襲い掛かった。

 

 少し離れている私でも熱いと感じるのだ。直接、それも間近で受けるアヴェンジャーへのダメージが心配されたが、

 

「あっつ……くない! 別に熱くなんてないし! ちょっと生ぬるい程度だし!」

 

 と、少し痩せ我慢は見られるが、概ね大丈夫そうでホッと一安心。

 

 熱風に煽られた巨人は、アヴェンジャーとは違って大きくのけぞっており、多大な隙を生じさせていた。

 弱体化しているとは言え、どんな奥の手を隠しているかも分からない。この勢いのままに早々に倒しきってしまったほうが良い。

 

「アヴェンジャー、一気に畳み掛けよう!」

 

「分かってるわよ! さっさと魔力を回しなさい、ここで仕留めるわよ! マスター!」

 

 私の了承を得るまでもなく、アヴェンジャーは私から大量の魔力を吸い上げていく。

 

 ありったけの魔力が、炎へと変換され、彼女の持つ大鎌を覆っていく。

 巨人も、やっと体勢を整えようといったところで、既に走り出したアヴェンジャーの攻撃を、もはや防ぐ事は出来ない。

 

 走る勢いを利用して、巨人の少し手前で大きく飛び跳ねると、炎を纏った大鎌をそのまま振り下ろす。

 スピードと落下に伴う重力、そしてアヴェンジャーの筋力による三重奏により、とてつもない重さの込められた一撃が、巨人の体を縦に斬り裂いた。

 鮮烈に、熾烈に、炎の斬撃は巨人を真っ二つに分断したのだ。

 

 だが、

 

 名状しがたい叫びを上げながら、縦に半分に割れた巨人は、しかし未だにもがいている。

 恐ろしいまでの生命力だ。まさか、まだ戦えるとでも言うのだろうか。

 

 悲痛な絶叫のようにも聞こえ、執念の雄叫びのようにも聞こえる、怪物の叫び。

 アレは、間違いなく危険な存在だ。弱体化しようとも、敵対者を滅ぼす意思は全く衰えていない。

 

 事実、巨人はまだ動いている。真っ二つになっても。敵を倒そうと機械的に動き続けているのだ。

 

「まだ動くワケ!? しぶとい……!!」

 

 多大な魔力の放出により、アヴェンジャーはすぐに動けずにいた。あまつさえ、疲労が一気に押し寄せ、前へと倒れかける。ちょうど、割けた巨人の体の真ん中に来るように。

 それが致命的だと気付いたのは、巨人に異変が起きてからだった。

 

『■■■▲▲▲▲!!!』

 

 巨人の声の質が変わる。と、次の瞬間、左右に割れた断面が、互いに元に戻るかのように結びつき始めた。

 再生───。その可能性を私は考慮していなかったのだ。

 しかも、その断面の間にはアヴェンジャーがまだ取り残されている。彼女を諸共に自身へと取り込むつもりか……!?

 

「く、気持ち悪い! 離せっ、このっ……!!」

 

 腕に、足に。(ひだ)のようなものがアヴェンジャーの四肢に絡みついて、逃げる事を阻んでいるのだ。

 このままでは、アヴェンジャーが巨人の体に飲み込まれてしまう。

 

「どうしたら……!?」

 

 アヴェンジャーは必死に抵抗しているが、それが余計に逆効果となる。彼女がもがけばもがく程、締め付けが強さを増しているようだった。

 

 助けようにも、私の力があの怪物に通用するとも思えない。コードキャストも決定打には成り得ない。

 

 ふと、手に熱い感触を覚えた。

 

 さっきまで『ヴォーパルの剣』があった手に、ボロボロに擦り切れ、少し縮んでガラス片程度の大きさになった、言わば『ヴォーパルの欠片』とでも言うべきものが握られていた。

 

「………、」

 

 可能性が有るとするなら、コレがまだ効力をその身に宿していると信じ、私自身の手で、あの怪物を斬りつける事。

 

 直に触れずとも、離れた位置から怪物を弱体化させる程だ。直接触れたら、一体どうなるのか。

 

 それは無謀とも言える、勝機の薄い賭けに近い。失敗すれば、私も取り込まれるか、殺される。

 

 だけど、そんな事は関係なかった。

 

 だって、私は手にしていた欠片を見た次の瞬間には、既に巨人へと向けて走り出していたのだから。

 

「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 がむしゃらに走る。構えと呼ぶには不格好だが、手に持った欠片を突き出しながら、狙いも付けないで私は、巨人へとソレを乱雑に振った。

 

『▲▲▲、■■■■───』

 

 再生中だったためか、特に阻害もなく、巨人の体に手が触れた感触がすると、遅れて悲鳴が上がる。その金切り声のような悲鳴は私やアヴェンジャーからではなく、巨人のものだった。

 

 巨人の動きがピタリと止まり、アヴェンジャーに取り付いていた襞も停止した。いや、それどころかボロボロと端から徐々に崩れていく。

 崩れた先から塵へと変わり、やがて真っ赤だった巨人の体は、その全身を灰色へと変貌させ、砂塵が舞うが如く、跡形もなく消え去った。

 

「………倒せ、た?」

 

「そう、みたいね。危機一髪ってとこだったわ……」

 

 脅威が去って、互いに思わず尻餅をつく私たち。手に持っていた欠片は、今度こそ完全に消えて無くなっていた。

 あとでラニに心からの感謝の言葉を贈ろう。ラニが居なければ、こうして怪物を倒せなかったのだし。

 凛は……一応、てきとうにでも礼を言えばいいか。

 

 とにもかくにも、ひとまずはこれで一安心───。

 

 

 

 

 

「あらら、本当に『ヴォーパルの剣』を手に入れるなんて」

 

 

 

「ふふ、本当ね。いったいどうやったのかしら」

 

 

 

 

 

 

 一安心も束の間、幼い少女の声がした。

 

 見ると、あの巨人が塞いでいた通路の先で、昨日と同じように、瓜二つの少女が並んで立っている。

 

「宝探しはお姉ちゃんの勝ちだね」

 

「そうね、じゃあ、次は何をして遊ぼうかしら?」

 

 ……まさか、またあんな怪物を出すつもりか。

 と、危惧したのだが、ありすはあっさりと踵を返し、

 

「次の遊びはまた考えておくね。じゃあ、お姉ちゃん、ばいばい」

 

 そのまま転移によって姿を消した。気配も同じように一切が途絶え、ありすはアリーナからも出てしまったらしい。

 

「どうやら帰ったみたいね。子どもの考えるコトって、ホントよく分からないわ……」

 

 緊張の糸が切れ、一気に脱力するアヴェンジャー。幸い、近辺に他のエネミーは確認できない。もしかすると、あの巨人が手当たり次第に近付くエネミーすらも倒していたのかもしれない。

 

 私も一連の騒動と、アリーナに入るまでのドタバタで完全に気が抜けてしまった。今日はもう暗号鍵(トリガー)を取ったら帰ってしまおう。

 

「それにしても、あの怪物を倒されたっていうのに、何一つ堪えた様子が無かったわね」

 

 よっこらせ、と立ち上がりながら、ありすたちのさっきの様子を思い出す。

 確かに、サーヴァントと同様、もしくはそれ以上の力を持っていたと思わせるあの怪物を倒されたというのに、特に気にした素振りは見えなかった。

 動揺すらしておらず、逆にこちらに対して感心していた程である。しかも、それは怪物を倒した事にではなく、私が『ヴォーパルの剣』を手に入れられた事に対しての感心だった。

 

 まさか本当に、あの怪物も、私を試すかのような遊びの誘いも、彼女たちにとっては本当の意味で、単なる遊戯に過ぎない、とでも言うのだろうか……。

 

「さて、ようやく開けた暗号鍵(トリガー)への道。さっさと回収して帰りましょうか。今日はもうこれ以上は戦う気分じゃないし。というか疲労困憊よ」

 

 アヴェンジャーが顎で示す先、もう見える所に緑色のアイテムフォルダが設置されていた。これさえ手に入れてしまえば、このアリーナは完全攻略となる。

 

 疲れた足取りのままに、私はアイテムフォルダを開封した。中から現れたのは、『トリガーコードイプシロン』。

 これで次の暗号鍵(トリガー)が現れるであろう、第二層の構築が待たれるばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、帰って早々に寝てしまった私たちは、昨日の疲れがまだ少し残る中で次の朝を迎えていた。

 

「……ふぅ」

 

 朝早くから一人、誰も居ない教室で私は昨日の出来事へと思考を巡らせる。

 昨日の出来事は、一体何だったんだろう。

 

 慎二やダン卿の時とは、根本的に謎の種別が違う。

 

 サーヴァントの正体。瓜二つの姿をした二人のありす。どうにか倒す事の出来たものの正体の分からぬ巨人。

 

 だが、確実に分かったのは、マスターとしてのありすの力が絶大であるという事。

 サーヴァントを軽く凌駕してみせたあの怪物とて、また現れないとも限らない。

 

 これらの謎を解明できなければ、私たちに勝ち目はない。

 

 また誰かに相談に乗ってもらおうか……。

 

 

 

 

 

 それから時間が過ぎ、早めの昼食を終えた私たちは、ありすについて他のマスターに意見を求めようと、購買部へと向かう。

 ラニも凛も、いつもの場所に居なかったので、食事の調達にでも行っていると考えたからだ。

 なるべくありすに見つからないように、慎重に周辺を確認しながらの進行。当の本人たちに、自分たちの事を嗅ぎ回っていると悟られるのを避けるためだ。

 そして、地下に続く階段を下りようとしたところで、

 

 

 

「みつけたー!」

 

「みつけた」

 

 

 

 いきなり声を掛けられた。二つの幼い少女の声は、私を挟むようにして、前触れもなく発されている。

 

 一つはすぐ後ろから。黒い服のアリスが立っていた。

 もう一つは、私より少し下、階段の踊場から。白い服のありすがこちらを見上げるように立っていた。

 

「なんでコソコソするのかしら、お姉ちゃん?」

 

「あそぼう! あたらしい遊び、かんがえたの」

 

 まるで挟み撃ちにでもされているように、黒いアリスの責め立てるような問いかけと、白いありすの遊びの催促を受ける。

 内容がまるで違う二人の言葉に、どう答えたものかと言い淀む───いや、口が上手く動かない。

 驚くことに、極度の緊張に体が支配されていたのである。

 白いありすが、いつまでも何も言わない私の言葉を待たずして、その続きを紡ぐ。

 

「とっても楽しい遊びなのよ! そうだわ、新しい穴の中でなら、きっと見せられるわ。だから、ぜったいきてね!」

 

 言うや、白いありすの姿がその場から掻き消える。おそらく転移したのだろう。

 

「ふふ……やくそく、だからね」

 

 黒いアリスは、貼り付けたような笑顔で、それだけ言って白いありす同様にどこかに転移してしまう。

 

「……ハアッ」

 

 知らぬ間に、息を止めていたらしく、一気に肺に空気が入って軽い呼吸困難に陥る。

 

 動けなかった。

 

 二人の少女に挟まれている……ただそれだけの事なのに、手足が痺れて、意識が凍りついてしまったのだ。

 そんな体を現実に引き戻すかのように、無機質な電子音が鳴り響く。

 見れば、いつものように、第二層と第二の暗号鍵(トリガー)生成が済んだ事を伝える連絡。

 

 そうだ、期日は淡々と、しかし確実に迫ってきている。

 頭にまとわり付く二人の幼い少女の幻像を振り払い、ひとまずアリーナへ向かう事にする。さっきのありすの口振りからして、新しいアリーナで待っているはず。

 手掛かりを得るなら、他の誰かに相談するよりも、当事者である本人たちから得るのが手っ取り早い。

 それに、待っていると言われては、行かないワケにもいかない。約束を破られた子ども程、厄介な存在はないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、少女を追いかけてやって来たるは『三の月 想海二層』。

 基本的にアリーナ第二層では、第一層の無機質な風景から一転して、幻想的な光景が広がっているのが常であるが、今回も例に漏れず凄まじい。

 

 前回が水没した古代遺跡を思わせたなら、今回は氷海に閉ざされた氷結晶の城。上を見上げると、海面を氷塊が満遍なく流れているようにも見える。

 氷の海が、第三回戦での舞台である事は明白だった。

 

 そんな、神秘と幻想に満ち溢れたアリーナに降り立ってすぐ、私は美しい光景から現実へと引き戻される。

 何故ならば、二人の少女が待ち構えるようにして、目の前に立っていたからだ。

 

「あ、お姉ちゃん! 遊びに来てくれたんだ!」

 

「やっぱり、お姉ちゃんは優しいね」

 

 無邪気に笑う白と黒の少女たち。

 片や、飛び跳ねて全身で嬉しさを表現し、片や、穏やかに笑みを浮かべて私を見つめている。

 

 同じ見た目なのに、何故だか受ける印象が異なるように感じる。

 

「ここはね、ちょっと待っててね、今新しい遊び場を作るから!」

 

 ───え?

 

 どういう事か、それを聞く暇もなく、少女はそれらしくポージングを取る。

 

「ここでは、鳥はただの鳥」

 

「ここでは、人はただの人」

 

 言い終え、少女たちが背中合わせに手を重ねる。その刹那、世界が変わる。

 比喩や例えではなく、物理的に、現実的に、世界を違和感が支配し浸透していた。瞬く間もないほどに、それはまさしく一瞬の出来事だ。

 視界が歪む。目に映るもの全ての色が反転している。空間がねじれ、焦点を合わせられない。

 

「お姉ちゃん、ようこそありすのお茶会へ!」

 

 白い少女が楽しげに言う。まるで、この狂った世界が彼女には普通であると言わんばかりに。

 

「これは……固有結界!? まさか、こんな隠し玉を持ってたってワケ!?」

 

 世界に起きたこの異常に心当たりの有るらしいアヴェンジャー。()()()()とは一体……?

 

「ここではみんな平等なの。アナタとかオマエとか、ヤマダさんとかスズキさんとか、いちいち付けた名前なんて、みーんな思い出せなくなっちゃうの。お姉ちゃんもすぐにそうなるわ」

 

「それだけじゃないよ。だんだん、自分が誰だか分からなくなっていって───最後には、お姉ちゃんもサーヴァントも無くなっちゃうんだから」

 

「おもしろいでしょ!」

 

 …………、待て。ちょっと待ってくれ。それは、非常に拙いのでは。

 そもそも、この世界の異変に付いていけていないのに、その上で大変な状況下に半ば強制的に置かれている。考える余裕も与えてくれないと言うのか。

 そんな、私の思考を読んで嘲笑うかのように、黒い少女が提案を口にしてくる。

 

「じゃあ、ここで鬼ごっこをしましょ。鬼はお姉ちゃんだよ!」

 

「いくよ。よーい、どん!」

 

 有無を言わさず、子どもならではの自分勝手な言い分で、私を鬼に指名した二人。止める間もなく、二人はその場を走り去ってしまう。

 

「自我を薄める事で存在を消そうとする固有結界、ね……。子どものクセに、ナメた真似してくれるじゃないの。いいわ、さっさととっつかまえて、このムカつく結界を解かせてやろうじゃない」

 

 いつになくやる気なアヴェンジャー。日が経つ毎に、徐々にいつもの調子を取り戻しているようだ。そんな彼女の様子に、私は内心で安堵する。

 

「うん。これまでもアリーナには行き止まりがあったし、そこまで追い詰めれば捕まえられるはずだよ」

 

 そうと決まれば、すぐにでも動き出さねば。

 自我が薄れる───それが何を意味するのか、まだはっきりと理解していないが、悠長に構えている場合でないのは確かだろう。

 

 

 少女たちを追って、その姿を探しながら走る私たち。

 走る中で一つ気付いたのだが、時間が経つ程に意識が朦朧としてくる。思考がぼやけ、認識機能にすら影響を及ぼしているのだ。

 自我の薄れ、その進行により自我が消失する。もしかすると、自我が完全に途絶えたその時こそ、自身すら消滅してしまうのだろうか。

 ならば、やはりこの結界の中で長時間過ごすのは危険でしかない。

 

「見つけた! このっ……!!」

 

 ようやく見つけたありすたち。けれど、

 

「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ!」

 

 黒いアリスが手をパン、と叩くと、届いたと思って伸ばした手は、虚しく空を掴むのみ。

 見渡して探すと、クスクスと笑って走る二人の姿が見える。完全に遊ばれている。

 

「チィッ! めんどくさいわね……!!」

 

 からかわれ、怒りを抑えきれないのか、黒い甲冑の女性が拳を震わせ、少女たちを強く睨んでいる。それすらも、あの二人は楽しんでいるように見えた。

 

 何度も何度も、追い付きそうで追い付けない。手が届きそうで届かない。そんなやりとりを繰り返し、それでも、やっと少女たちを袋小路に追い詰める事に成功する。

 

「追い詰めたわよ。クソガキにはキツーいお仕置きが必要よね?」

 

「ふふ……つかまっちゃった……?」

 

「すごーい! お姉ちゃんたち、素早いー!」

 

「でも、そろそろ名前も忘れた頃じゃない?」

 

 名前? 何を言って───、

 

「思い出せないでしょう、お姉ちゃん!」

 

 ─────!

 自分の名前。

 

 少女たち……あれは、誰だったか……に指摘されたが、頭の中が真っ黒い石になったかのように、“知識を引き出す”機能が失われている!

 

 ……いや、そうじゃない。

 そもそも、はじめから、自分に『名前』とか無かったんじゃなかったっけ?

 

 それを認識しかけた途端、体から力が抜けていく。指先の感覚が薄れる。立っている感触すら希薄に感じる。

 

「ちょ……!? 今アンタの体、一瞬だけど透けてたわよ! しっかりしなさいマスター! 気を確かに持ちなさい、呑まれるわよ!」

 

 隣で誰かが大声を出している。マスター……? 一体何の事だろう……。

 

「ふふふ……はやく捕まえないと、次は体も消えちゃうよ!」

 

「うふふ、捕まえられるかしら、お姉ちゃん?」

 

 パン、と手を叩くと、少女たちの姿が消えた。どこに行ったんだろう、と思っていると、隣の女の人が先に見つけたらしく、そちらへと走り出す。

 何故か私の手を引っ張っているが、この人は誰なんだろう。それにしても、綺麗な人だなぁ……。

 

 

 そうして おいかけている と しょうじょ たち が たちどまる。

 

 どうやら、また、イきどまりダッタようだ。

 

「よくもまあ、ちょこまかと逃げてくれたじゃない? さて、今度こそ追い詰めたわよ!」

 

「何か怖いよ、どうしたのお姉ちゃん? ひょっとして……怒ってる?」

 

「どうして怒るの? ああ……身体が消えかかっているから?」

 

 からだ、きえる? そういえば てガ すけてル。

 

「ちょっとヤバいわよマジでヤバいわよ!! 透けてるどころか消えかけてるじゃないの!? もう待った無し、そこの小娘共、早くこの固有結界を解かないと、痛いどころじゃ済まさないわよ!!」

 

「怖いわ、あたし(アリス)。何で怒っているの……?」

 

「わからないわ、あたし(ありす)。少し遊んでいるだけなのに……」

 

 おびえる しょうじょ たち が また、きえた。さっき と おなじ だ。

 

「クソッ! どんどんマスターが阿呆になっていくわ……! 脳味噌が空っぽになるのも時間の問題か。もう猶予は無いってワケね……」

 

 また、テ を ヒカレて はしる。

 

 そして また、しょうじょ たち が とマッタ。

 

「……なんでそんなに怒っているの? ……ひっく…お姉ちゃんと遊びたかっただけなのに……」

 

「ここはもう、危ないかもしれないわ。いきましょう、あたし(ありす)

 

「うっく…ひっく……ごめんなさい…お姉ちゃん……」

 

 あ。 また キエた。

 

「チッ。逃がしたか。……そろそろマスターも限界だろうし、今日は私たちも退くしかないかしらね。………ん?」

 

 だれかが、しょうじょ たち がキエたところで、なにかをヒロっている。

 

「ばぶぅ」

 

「……自我の消失って言ってなかった? なんで幼児退行してんのよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、生き返るぅ~」

 

 どうにかアヴェンジャーに連れられ、校舎へと帰還を果たした私。言語も思考も、校舎に戻った時点で機能を取り戻していた。

 現在、購買で夕食を仕入れている最中で、私は一足先に購入した飴を舐めていた。金色のゴージャスな飴玉は、味さえもゴージャス。何となく因縁がある気がするのは、きっと気のせいだ。

 

「オッサン臭いわよ……。にしても、まさか固有結界とはね。想定外にも程があるわよ。しかも中身が凶悪過ぎとか。私が言うのも何だけど、エグいったらないわ」

 

 メニューを品定めしながら、アヴェンジャーが愚痴を言う。いや、確かにアレは強烈すぎる。対策を立てないと、今後も消滅の危機と常に隣り合わせでアリーナに潜らないといけなくなるし。

 ありすが退去してからも効力が残り続けた点から推測するに、アレもあの怪物と同じ原理で、長期間の展開が可能なのだろう。

 

「あの怪物の時みたいに、何か攻略法が有ると良いんだけど……」

 

 それが分かれば苦労はしない。……と、そう言えば、私が薄れゆく意識の中で行った渾身のギャグの直前にアヴェンジャーが何か拾っていたような気がするが、あれは何だったんだろう。

 一度思い出すと、気になって仕方がない。聞いて困るでもなし、素直に尋ねてみるとしよう。

 

「ねえアヴェンジャー。アリーナから帰る前に、何か拾ってたよね? あれ何?」

 

「あれ? 何かのメモっぽかったけど……。今日は疲れたし、アンタもお疲れでしょうから、確認は明日の朝一にしましょうか」 

 

 早々に話題を切り上げると、何を買うか決めたらしいアヴェンジャーにお金を要求される。

 まあ、疲れているのは本当なので、とりあえず横になって休みたい……。

 

「というか、高!? もうちょっと財布に優しいやつにして!?」

 

「何よ。今日一日頑張った私へのご褒美です。それくらい大目に見なさいな」

 

「くっ……食費が嵩む。金持ちが羨ましい……」

 

 ともあれ、何か手を考えないと。今日はもう遅いし、メモ? の確認も、誰かに相談するのもまた明日にして、早めに休むとしよう……。

 

 

 

 

 

「ところで、帰る直前のアレ。“ばぶぅ”に関して、ちょっとゆっくり語り合いましょう?」

 

 あ、目が据わってらっしゃる。ボコボコにされるのを覚悟しておくか……。

 


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