Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

55 / 75
狂い始めるお茶会

 

 

 図書室に到着した私は、すぐに目的のものを探し始める。狙い目は童話などのジャンルが置かれた本棚。

 一列ずつ本棚のジャンルを確認し、気になって手に取った一冊の文学関連の事典に、ジャバウォックに関する記述を見つけた。

 

 書に曰く───ジャバウォックは、ルイスキャロルの小説『鏡の国のアリス』のジャバウォックの詩に登場する、正体不明の怪物の名前。

 詩の中でジャバウォックは、名も無き一人の勇者によって倒される怪物として描かれる……。

 

「あ、お姉ちゃん! ご本読んでる!」

 

 ───そこまで読んで、突然、背後から、ありすに声をかけられた。

 不意打ちに暴れる心臓をどうにか諌め、振り返ると、そこには白いありす一人が立っていた。もう一人の姿は近くには見当たらない。

 いつもセットのイメージなので、単独行動とは珍しい、などと思っていると、ありすが本を持つ私の腕に抱きついてくる。

 

あたし(ありす)もね、ウサギやねずみの出てくるご本が大好きだったんだよ」

 

 腕に抱きつかれているので、必然的にありすが上目遣いで私を見つめてくる。なんだこの愛くるしい生き物は。今すぐにでも抱き締めたい……という欲求を鋼の理性で抑え込み、どうせなので今調べたジャバウォックのことを、ありす自身に聞いてみる事にした。

 

「ねぇ、ありす。あなたのサーヴァントの名前って、ジャバウォックなの?」

 

「え? ジャバウォックはサーヴァントじゃないよ? ジャバウォックは───」

 

「しっ! あたし(ありす)! それ以上はいけないわ!」

 

 謎の核心へと至ろうとしていた当にその瞬間。しかし、その言葉は突如現れた黒いアリスによって遮られてしまう。

 

「え?」

 

「さ、もう行きましょう。あんまりしゃべると、夢から覚めてしまうから」

 

 有無を言わさぬ黒いアリスの重圧に耐えかね、白いありすは項垂れ、小さく頷く。

 

「うん……じゃあね、お姉ちゃん、ばいばい」

 

 それだけ言って、黒いアリスと共に白いありすは消えてしまった。おそらくは転移だろうが、無制限で転移できるのは脅威だ。決戦時には関係ないが、猶予期間(モラトリアム)中であれば奇襲も撤退も容易に行えるのだから。

 

 ありすは行ってしまった。しかし、あの怪物の名がジャバウォックであり、サーヴァントでない事は確かなようだ。

 とすると、蒼崎橙子の言った通り、ありすのサーヴァントは……。

 

「アヴェンジャー、ありすのサーヴァントって多分……」

 

『黒い方、でしょうね。教会のあの女の言うように、キャスターなのは間違いないでしょう』

 

 アヴェンジャーも、私と同じ意見のようだ。

 だとすれば、考えられるのは、あの少女は双子ではなく、鏡のようにそっくりな“自分”を生み出すサーヴァント……なのだろうか。

 まだ核心には触れていないが、大まかな正体はこの方向で間違いないはずだ。

 あともう一歩、もう一歩でその真実へと迫れると思うのだが……。

 

 

 結局、この日はそれ以降ありすと出会う事もなく、残った時間をアリーナでの特訓へと充てた。能力の底上げは、私とアヴェンジャーには必須であり、マトリクス埋めと同じくらい重要なのだ。

 とはいえ、トリガーは手に入れたが、やはりまだ情報に不安が残る。猶予期間も明日で最後。何か、決定的な手掛かりがほしいところだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 そして日は跨ぎ、猶予期間最終日。

 ありすを探し出し、頭に浮かんだ結論を確定する。

 サーヴァントの正体のみならず、ありすがサイバーゴーストではないかという疑惑もはっきりさせたいところではあるが、欲張り過ぎるのは危険か。

 ともあれ、急がなければ、もう時間はあまり残されていないのだ。

 

 

 

 

「わあ! 大きなかち割り氷。ありがとー!」

 

 

 

 時間が無いというのに、藤村先生(タイガー)に目敏く見つかり、捕まってしまった私。そういえば、と昨日のアリーナでの特訓の際にかち割り氷を取得していたので、依頼の通り納品した次第である。

 

「じゃあ、約束通り、私の秘蔵の品、アロマな香炉をあげるわ。癒されるわよ」

 

 かち割り氷と交換で、データ化された香炉を端末で受け取る。割と良さそうなものを報酬で貰えたので、若干嬉しかったり。

 

「さーて、早速宿直室に直行ね! やっぱ、大人はロックよねー。……あ。ううん。なんでもない。お酒の話なんかじゃないわよ。全然」

 

 この虎、酒盛りする気満々である。もはや誤魔化しきれていないのだが、どうにか話を逸らそうとしてか、彼女はこんな事を口走った。

 

「そ、そういえばー、購買で今日だけ限定で発売してる商品があるらしいわよー?」

 

「今日だけ限定……?」

 

 

 

 

 

 

 

 タイガーの言葉が気になり、購買へと足を運んだ私。何故、人はこうも期間限定という言葉に弱いのだろう。

 それは語るまでもない。期間が定められ、その機を逃せば次にいつ機会がやってくるか分からないからだ。限定、という甘い誘惑は、人の意欲を駆り立てる悪魔のような単語なのである。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 元気の良い店員の声に迎えられ、足は勝手にショーウィンドウへと向けて歩いていく。

 

「あ、この前は間桐さんのお弁当をどうもありがとう。美味しく頂きました」

 

「それは良かったです。ところで、今日だけの限定商品があるって聞いたんだけど……?」

 

「ああ、()()のことですね。ありますよー!」

 

 そう言って、店員が裏から何かを取ってくる。その手に持たれていたのは、とある料理の盛られたお皿だった。

 

「なんと! 言峰神父イチオシの辛さの中にまろやかさを兼ね備えた一品! その名も『激辛麻婆豆腐』!!」

 

 皿の上に広がるのは、赤く、紅く、より朱く染め上げられた、まるで溶岩のような色合いの麻婆豆腐。熱い湯気から香る、香ばしくも刺激的な匂いが、ちょうど小腹の空いていた私の食欲をそそる。

 

「ごくり……。一皿、おいくら?」

 

「480PPTでーす。お買い上げになります?」

 

 端末(サイフ)を見る。現在の貯金額は三万弱PPTといったところか。あの麻婆豆腐の辛さが如何ほどかにもよるが、ここは冒険してみるのも悪くはない。

 よく言うだろう、何事もチャレンジあるのみ、と!

 

「じゃあ、50人前下さい」

 

「24000PPTになりまーす」

 

「ってアホかぁ!!」

 

 何の躊躇いもなく意気揚々と代金を支払おうとしたところ、即座にアヴェンジャーによる強烈なストレートが私の鳩尾を抉った。

 

「あぐぅ……!!」

 

「アホなの死ぬの? まず見た目からして、どこからどう見ても地獄産の食べ物でしょうが! 第一、あの性悪愉悦神父がイチオシしてる時点で胡散臭いにも程があるわよ! イチオシっていうかコレ作ったの、あの腐れ外道神父でしょ絶対!? よく厨房に消えていくのを見かけたし!」

 

「サーヴァントさんったら、よく知ってますね。確かに、コレを作ったのは言峰神父ですよ。厨房の余ったリソースを分けてもらって、言峰神父の元となった人物(オリジナル)が愛好していた嗜好の料理の開発に打ち込んでいたのは、NPCやAIの間では有名ですから。言峰神父曰く、『これは趣味と実益を兼ねている。決して損をさせるつもりはないがね』───とか」

 

「ほら見たことか! 絶対にろくでもないから、食べないほうがいいに決まってるわ」

 

 ぐ……、アヴェンジャーは全否定しているが、そんなもの食べてみない事には分からない。もしかしたら、普通に美味しいだけかもしれないし。

 

「50は流石に多すぎた。それじゃ30食でお願いします」

 

「だから! 食べる前からどんだけチャレンジャーなのよ!?」

 

 ツッコミに次ぐツッコミの連続ツッコミ。流石のアヴェンジャーも疲れたのか、もう私に買わさせない気力までは残っていないようだった。

 

「毎度ありがとうございましたー! きっと言峰神父も喜びますよ。作った甲斐があるって」

 

 資金が割とごっそり減ったが、後悔はしていない。

 

「……アンタ、そんなに買ってどうするつもり? 後で、食べきれなかった~、とか言って残すのは無しですからね。資金を無駄に使うだけ使って単なる持ち腐れにするとか、冗談じゃないっての。言っとくけど、もし食べきれなくても私は処理の手伝いなんか一切しないから、そのつもりで」

 

「えー? 匂いも見た目も美味しそうなのに。大丈夫。絶対に全部食べるから。何なら賭けてもいい」

 

「言ったわね? なら、もし泣き言をぬかしたら、一週間毎日プレミアムロールケーキおごりだから。覚悟するコトね? アンタが勝ったら……そうね、一つだけ、可能な範囲で言う事を聞いてあげましょう。ただし下品なのはナシで。ま、マスターの勝ちなんて無いだろうけど。ああ、今から楽しみだわ」

 

 むむ。アヴェンジャーめ。私が食べきれずに残すとハナから決めつけてるな。まあ、確かに30食は多過ぎたかなぁ、とか思いもしなくもないが、今に見ているといいよ。絶対食べ尽くしてやる!

 

 

 

 

 

 アヴェンジャーとの賭けに絶対に勝ってみせるという決意を胸に、私はアリーナへと足を運ぶ。賭け云々も大切だが、まだ足りていないマトリクス埋めも次いで重要だ。

 

「……!」

 

 倉庫の手前まで来た時、私は誰かの気配がそこにある事に気付き、息を潜めて角から覗き込む。

 

 そして、そこには見覚えのある、大きなフリルのスカートが。今の私の探し人でもある、ありすがそこに居た。

 この機を逃すべきではない。問わなければ。答えてくれるかは、分からないけれど。

 

「こんにちは。ありす」

 

「あ、お姉ちゃん。……どうしたの? お顔が、怖いわ」

 

 怪訝な顔をするありすに、頭に浮かんだ言葉を突きつける。

 

「聞きたい事があるの。きみは、鏡の───、!!」

 

 だが、最後まで言い切る直前で、やはり遮る存在があった。

 黒いアリス。姿は見えなかったが、霊体化して近くに控えていたのだろう。突然現れた彼女に、私は背後を取られていた。

 

「……。あたしはありすの夢。ありすが読んだお話の姿」

 

 心臓を鷲掴みにされたような、全く予期していなかった方向からの答え。

 本人ではなく、私の背後に立つもう一人のアリスからの言葉は、感情がまるで込もっていないように聞こえる。

 

「ありすが望んで、聖杯が応えた、お友達」

 

「ジャバウォックもお友達だよ」

 

「そう。けれど、あの子はサーヴァントじゃない。ありすの力で、ありすが生んだの」

 

 ……アリスが明言した。ジャバウォック───あのバーサーカーのような怪物が、()()()()()()()()()()、と。

 だが、やはりそうなると、黒いアリスがサーヴァントという事になる。ならば、その正体は?

 

「あの子はアリス」

 

「アリスはありす」

 

 交互に話しかけられているが、どちらも同じ顔で同じ声のため、どちらと話しているのか、最後には感覚が混濁する。

 

 ───鏡。

 

 まさに、その姿は一枚の鏡に見える。

 鏡の国に映ったありす自身。あるいは、彼女が夢見た、物語の主人公。

 それが彼女のサーヴァント。

 

 ……では、やはり。彼女のサーヴァントは、物語が生み出した架空の存在。

 いや、架空の存在を英霊にしたサーヴァント……!!

 

 

 そんな事には構わず、目の前の少女はにこりと笑った。

 

「いよいよ明日だね、お姉ちゃん。新しい遊び、楽しみにしててね!」

 

「楽しみにしててね!」

 

 ありすたちはそんな言葉と無垢な笑顔を残してその場から消えた。

 ───倒せるのか?

 

 実力がどうとかの話ではなく、あの愛らしい無垢な笑顔の少女を、私は……殺せるのか?

 

 しかし、乗り越えなければ、消えるのは自分なのだ。

 挫けそうにもなる心に活を入れ、アリーナの扉を見た。

 

「いよいよ明日、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。早く明日が来ないかしら? 楽しみで楽しみでたまらないわ。ね、あたし(アリス)もそう思うでしょう?」

 

「うふふ。そうね、あたし(ありす)。お姉ちゃんたちをどうしてあげようかしら? 時計ウサギを追いかけるみたいに追い回す? それともお人形みたいに手足をバラバラにして付け直す? もちろん、組み合わせはあたし(ありす)が考えるのよ」

 

 白野の前から姿を消したありすたちは、そのままアリーナへと転移していた。二人して、エネミーを弄ぶように、もしくは嫌がる相手と一方的に遊んでいるように戦うその姿は、およそ戦闘しているようには見えない。

 

 どちらかと言えば、黒いアリスのほうがエネミーをいたぶっているのだが、白いありすは止める様子もない。むしろ、楽しそうにアリスの遊ぶ様を眺めていた。

 

「この子たちと遊ぶのは楽しいけれど、お話はできないし、お返事もしてくれない。そろそろ飽きてきたから、あたしも早く明日が来てほしくて待ち遠しいわ」

 

 白野との決戦日に思いを馳せる少女たち。彼女らにとって、聖杯戦争とは戦いではない。単なる遊びの延長でしかないのだ。

 遊んで遊んで、飽きるまで遊び尽くしたその果てに、願いが叶うというのなら、これ以上にない最高の夢と言えるだろう───。

 彼女らにとっての戦争戦争とは、その程度の認識でしかなかった。

 

 だから、気付けない。悪意を持って、自分たちを利用しようとする者が存在するなどとは、到底思いもしていない。

 

「……? 何かしら、何か落ちているわあたし(アリス)

 

「……黒い、水晶玉?」

 

 アリーナの通路を歩く少女たちの前に、小さな黒い球体が一つ、ポツンと落ちていた。

 黒いながらもキラリと輝く、妖しくも美しい、黒水晶の玉。怪しむこともなく、白い少女はそれを拾い上げると、目の前に掲げて水晶玉を覗き込む。

 何故だか分からないが、見つめていると不思議と懐かしさや恐ろしさという相反する感情が小さな胸の内に込み上げてくる。

 

「きれいだけど、なんだか怖いわ……。お姉ちゃんが怒った時の顔を見ているみたい」

 

「……見せて、あたし(ありす)

 

 白い少女から水晶玉を受け取ると、黒い少女も水晶玉をじっと見つめる。ありすが感じたという恐怖は無かったが、アリスには黒い水晶の中で何かが蠢いているように見えた気がした。

 

「誰かの落とし物かしら? なら、届けてあげましょう、あたし(アリス)?」

 

 そも、アリーナではたとえ落とし物であろうと、時間が経てばアイテムフォルダに収納されてしまうのだが、彼女らがそれを知る由もなく、黒い水晶玉に何ら違和感を持たなかった。

 アイテムフォルダではなく、普通に落ちているという異常に、少女たちは疑問を抱くことができなかったのである。

 

「そう──ね。あたし(ありす)……う、ぁ」

 

あたし(アリス)?」

 

「………いいえ、あたし(ありす)。やっぱりやめておきましょう。だって、持ち主が本当にいるかも分からないのに、返しちゃうなんてもったいないわ。それにこれを使えば、もっと楽しい遊びができそうだもの。これはもう、拾ったあたしたちのモノなのよ」

 

 黒い少女は先程、白野に見せたものと同じ笑顔を浮かべる。ただ、違う点があるとするなら、笑顔の奥に隠した何かがあるという事か。

 愛らしい笑顔。なのに、それは表面上だけで、ドロドロとした黒い感情、悪意といったものが秘められているように思えてならない。

 ありすは、それが何なのか理解はできなかったが、アリスが言うなら、と彼女の提案を受け入れる。ありすにとって、アリスは世界中の誰よりも信頼でき、安心できる存在であるが故に。

 

「うふふ。早くお姉ちゃんと遊びたいわ。これを使って、最高に楽しいお茶会にしてあげるの。ぜったい、これまでのどんな遊びより楽しくなるわ……!!」

 

 黒い少女は笑う。困惑する白い少女を置き去りに、その視線はひたすら黒い水晶玉へと注がれていた。

 

 人知れず、どす黒い邪悪な何かが、裏側から表側へと侵食を始め、気付いた時には手遅れになっている。これは、その序章に過ぎない。

 

 幼い少女の願いすらも呑み込んで、悪意は孵化への準備に入った。決して、孵してはならない悪意の卵を拾い上げた事に、ありすは、そして白野はまだ、気付いていない……。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。