Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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砂糖菓子の少女は歌い、竜の魔女は嗤う

 

 キャスターの前にズシリと重量感のある10体のチェス駒が一列に並び立つ。白黒で交互に並んだ駒は、それぞれの色でポーン2体、あとはナイト、ルーク、キングが一体ずつ存在していた。

 チェスになぞらえるとして、白黒の両方ともが敵とかルール無視の度が過ぎるが……。それが彼女らのルール、という事なのだろう。

 見たところ、駒は硬質な物質で構築されているような光沢がある。金属製なのだろうか?

 チェス駒だけに気を取られてはいけない。キャスター、それにまだ残っている3体のトランプ兵の動向にも注意しなければ。

 

 ひとまず、傷だらけのアヴェンジャーをコードキャストで回復し、敵の動きに備える。さっきごっそり魔力を持っていかれたので、回復もそう何度も使えない。ここからは、更に慎重にならなければ。無駄にダメージを受けている余裕はもう既にないのだ。

 

(アヴェンジャー。今は様子見に徹しよう)

 

(それもいいけど、防戦一方だと消耗が激しいだけになるわよ?)

 

 確かに、まだ敵の宝具も謎に包まれたままで、ただ守っているばかりでは、魔力不足でやがてこちらが自滅しかねない。

 アヴェンジャーの『自己回復(魔力)』スキルがあるとはいえ、戦闘中ともなれば、それだけでは追い付かなくなってくる。

 様子見も、早めに切り上げる必要があるだろう。

 

(……なら、そうね。マスター、私に考えがあります)

 

(アヴェンジャー……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちがなかなか動き出さない事に痺れを切らしたのか、キャスターは不満そうに眉を吊り上げ、駄々をこねる幼子のようにトランプ兵へと当たり散らす。

 

「お姉ちゃんたちはのんびりやね! こないんなら、こっちからいくもん! いけー、兵隊さんに騎士さま!!」

 

 キャスターの声に反応し、チェス駒とトランプ兵が動き出す。自由に動き回るトランプ兵とは対照的に、チェス駒は一体ずつ、そして白黒交互に進行してくる。

 白と黒が仲間であるという例外はあるが、どうやら動きに関しては元々のルールに則る必要があるといった制限も存在するのかもしれない。

 

 だからといって、油断は禁物だ。

 馬の頭部を模した黒のナイトの駒が、一足跳びで一気に距離を詰めてくると、その口が開き、轟々と燃え盛る炎を噴出した。

 放射された炎はその場に広がるのではなく、一直線にアヴェンジャーへと向けて加速的に迫る。

 

「……フッ!」

 

 迫り来る炎を鎌で切り裂き、鎌を振り抜く際に、逆に自らの黒い炎をナイトの開いた口へと素早く撃ち込む。アヴェンジャーの黒炎を飲み込み、黒のナイトはすぐさま内側から拡散するように勢いよく弾けた。金属製だったのは正解のようで、散りぢりに弾け飛んだ破片は重い音を鳴らせながら地面へと落下していく。

 

 攻撃はまだ止まらない。黒のナイトが炸裂するや、次は白のポーンが突進してくる。それも、側面からは数本の刃が飛び出し、更にはポーン自体が高速回転する事で、音速の全方位ブレードと化している。さながらチェーンソーを持った大男の突撃である。

 はっきり言って、さっきの火炎放射よりも殺傷能力的に危険度が段違いに高い。

 

「あれはマズイわね……!!」

 

 アヴェンジャーも、白のポーンを見るや、その危険度をすぐさま理解し、ポーンから距離を取る。

 

「というか、ポーンってチェスだと一番の雑魚なんじゃないの? さっきのより明らかにヤバさが違うんだけど!?」

 

 その物言いには私も大手を振って同意したいところだが、日本には“塵も積もれば山となる”という諺もある。どんなに小さくとも、弱くとも、それを侮ってはいけないのだろう。

 ……あのポーンは決して小さくはないのだが。

 

 白のポーンは、ブレード付きの殺人独楽となって直進を続ける。幸い、図体と重さからか進行速度はたいした事もないので、かわすだけなら何ら問題はない。

 むしろ問題なのは、他にあった。

 

「オニごっこよ! じょうずによけないと、お姉ちゃんの首がちょんぎれちゃうよ!」

 

 笑顔で宣いながら、キャスターは次々と真空の刃を生み出してはアヴェンジャーに投げつける。ポーンの追尾から逃れつつ、キャスターの攻撃からも回避を要求されるという、とんでもなくハードな動きは、当然のようにアヴェンジャーのスタミナをじわじわと奪っていく。

 

(これじゃいつまで経ってもじり貧だ……。なんとかしないと……!)

 

 回復用に魔力は温存しておきたいが、そうも言ってられない。出し惜しみで負傷させるよりは幾分良い。

 アヴェンジャーに気を取られているキャスターに、指を銃のようにして照準を合わせる。詠唱不要で即座に放てる簡易術式───ガンドを放つ。

 

 指先から撃ち出された小さな黒い魔力弾は、それこそ拳銃から発砲されたかのような弾速でキャスターへと飛来した。

 ただ、私の技量では音までは掻き消せず、放ったと同時にキャスターに気取られてしまい、脳天を狙った魔弾は少女の柔らかな頬を掠めたに留まる。

 

「外した……!」

 

 できればクリーンヒットが望ましかったが、人間より高次の存在であるサーヴァント相手にそれは高望みか。

 見れば、頬から僅かに血を流したキャスターに、本人よりもありすが取り乱している。

 

「だいじょうぶ、あたし(アリス)!? ほっぺから血がでてる! あたし(ありす)、痛いのもきらいだし、血なんてだいきらい!! それなのにお姉ちゃん、ひどいわ!! どうしてこんなことするの?」

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶだからおちついて、あたし(ありす)。こんなの、どうせすぐに()()()()()()()()()んだもの」

 

 混乱するありすを宥めるキャスターは、頬に付いた一筋の赤い線を指でなぞりながら、こちらを睨み付けている。

 私の攻撃は失敗に終わったが、アヴェンジャーへの意識を逸らす事には成功したようだ。だが、()()()()()()()()()とは一体何を意味しているのだろうか?

 スキルや宝具による回復? それとも、この戦いが終わった後の事を言っている……?

 

 分からない。ただでさえ特殊な成り立ちをした英霊だ。その宝具がどんなものかも、未だに推測すらも困難。何が来るかなんて想像もできないのだ。

 

 キャスターの意識から外れたアヴェンジャーは、ここぞとばかりに襲い来るポーンへの逆襲に転じる。

 大鎌の刀身に炎を纏わせ、白のポーンのブレード目掛けて横に薙いだ。斬擊の威力を熱で向上させた事により、ブレードは悉くへし折られていく。

 

「お返しよ!!」

 

 散々回転しながら襲ってきたポイントに対し、アヴェンジャーもまた体を回転させて、力任せに大鎌を振り抜いた。

 大鎌の元々の切れ味に、更に炎と遠心力が加えられた事で、金属製であるポーンを、いとも簡単に横に真っ二つへと切断してしまった。

 上下に二分されたポーンが、鈍い音を立てて地面に落下する。これで一つ分かったのは、金属製であってもアヴェンジャーならあの巨大なチェス駒を切断できるという事。

 ナイトのように口から内部破壊しなくてはいけない──みたいな事が無いのなら、他のチェス駒も破壊可能であると分かる。

 

「まるで鉄がバターのように斬れてる!」

 

「それどこの魔剣の謳い文句? その例えは何か安っぽいから止めて」

 

 褒めてるのに叱られた。軽口に文句で返せる余裕はあると確認したところで、アヴェンジャーに指示を出す。

 

(無茶だと承知の上でお願い。キャスターが何かしてくる前に、速攻で取り巻きを倒して。さっきのキャスターの言葉……嫌な予感がする)

 

(……確かに無茶を押し付けてくるわね。でも、ようやくマスターらしい事を言うようにもなったわ。この私の───()()()()()()()のマスターなら、それくらい傲慢で強欲であるくらいが丁度いい!)

 

 ニヤリ、とほくそ笑みながらアヴェンジャーは構えを取る。鎌が纏うは先程のような普通の炎ではなく、魔を思わせる黒き炎。

 それが意味するのは、アヴェンジャーが編みだし、私が知る限り最高の威力を有するスキルの発動……!

 

 魔力が鎌、そして黒炎へと圧縮されていく。肌で分かる程の濃厚で邪悪な魔力と、離れていても熱く感じる程の熱量が、アヴェンジャーから発されていく。

 

「久々のお目見えよ。黒炎よ、あまねく全ての罪を灼き斬れ! 『祖国断つ黒刃(デュランダル・ル・ノワール)』!!」

 

 最大限にまで高められた魔力と熱量が、大鎌による一太刀を以て解き放たれた。いつも以上に魔力の込められたそれは、巨大な弧を描き、猛速で飛んでいく。黒い炎の斬擊は、残っていた三体のポーンを容易く断ち切り、白のナイトも粉砕され、トランプ兵はあまりの高熱に塵すら残さず燃え尽きる。黒い三日月が通り過ぎた跡には、もはや何をも残さぬとばかりの蹂躙だ。

 

 その威力の高さを鑑みてか、二つのルークが壁となるようにしてキングを護る壁として黒炎の刃を正面から受け止める。勢いを殺せず、ルークたちは後退を余儀なくされていた。

 驚くべきは、他の駒が簡単に焼き切られたというのに、ルークたちはそれに耐えているという点だ。ルークだけは他の駒とは材質が違うのだろうか。

 並んだ二つのキングを背後に巻き込みながらも、勢いに押されキャスターの目の前まで後退させられながらも、結局ルークはキングを守り抜き、炎が消え去る最後の時まで耐え抜いたのである。

 黒炎の刃が霧散し、それとほぼ同時に二つのルークは全身がひび割れ、ボロボロと崩れ落ちていった。崩れはしたが、その防御力は敵ながら称賛に値する。

 

「全部は仕留め損ねたけど、これで残すは二体だけ。コイツらが終わったら、次こそアンタよ?」

 

 アヴェンジャーはこう言っているが、ある意味で虚勢に近い。今ので本当に信じられない程に魔力を大量に消費した。もう一度、今のスキルを使用するのは、多分もう無理だ。

 アヴェンジャーの持つスキルだけでは、この戦闘中に失っただけの魔力を補充するのは、時間的にも不可能。魔力回復の手段でもあれば話は別だが、そんな美味しい話がほいほいと転がっているはずもなし。

 残った二体の白と黒のキングが、攻略不能な存在でない事を祈るばかりだった。

 

「あーあ。みーんな、やられちゃった。残ったのは王様だけなのね」

 

 召喚したものへの不甲斐なさに、キャスターは不満を隠そうともしない。だが、焦りすらも感じられない。むしろ余裕すら有るように思われる。

 

「でも、王様は残ってるよ?」

 

「そうね。王様は王様だもの。居るだけでいいなんて、ぜいたくな話よね?」

 

「王様はぜいたくしたり、おかねとか、いろんなものを集めるのがしごとだもの。だから、しかたないわ?」

 

「じゃあ、その集めたものは、あたし(ありす)あたし(アリス)で使っちゃえばいいんだわ!」

 

「うん! それはいい考えだわ! だって、そろそろお茶会のじかんだもの!」

 

 急にクスクスと笑い始める少女たち。ありすとキャスターが、二体のキングの周りをぐるぐると歩き始める。

 一体何のつもりか───そう思った次の瞬間には、私は事態の重大さに気付かされていた。

 

「魔力を……吸収してる!?」

 

 ただ周回しているのではない。少女たちは、キングの駒から流れ出した魔力を取り込んでいたのだ。魔力の流れが目に見えて分かる程の量だ。その全てを取り込まれてしまえば、とんでもないエネルギーを少女たちは手にする事になる。

 

「アヴェンジャー、すぐに二人を止めて!!」

 

「言われなくても!」

 

 アヴェンジャーも、流石に不味いと判断したのだろう。私が指示を出すのとほぼ同じタイミングで、既に走り出していた。

 

 もっと早く気付くべきだった。ポーンは突撃し、ナイトは奇襲を仕掛け、ルークは王を守り、キングは魔力を蓄える。

 ありすの言葉を正しく捉えるなら、キングは居るだけでいい。ただそこに存在しているだけで、魔力を生み出し貯蔵し続ける魔力タンクの役割を持つのだろう。

 こちらが雑兵に手間取っている間に、十分な魔力をキングに溜め込ませ、それを取り込むのがキャスターの狙いだったのだ。

 

 アヴェンジャーの鎌が白のキングの胴を捉えるが、一撃で破壊しきれない。さっきの大技による消耗がまだ尾を引いていた。

 なけなしの魔力を振り絞って、炎を纏った大鎌で白と黒のキングを連続で破壊したアヴェンジャーだが、既に相当な量の魔力がありすとキャスターに吸収されてしまっていた。

 

「チィッ! 面倒な……!」

 

「お姉ちゃん、いまからお茶会のじゅんびをするから、あっちに行って!」

 

「ッ!!?」 

 

 キャスターが指をぱちんと鳴らすと、嵐の如く強風が吹き荒れ、アヴェンジャーを一気に私の所にまで押し返す。

 距離を詰めるにしても、離されすぎてしまった。これではキャスターが何かしてきても、即座に対応するのは難しい。

 

「“みじめで哀れなトミーサム。だけどうれしいお知らせよ? これから始めるのはとても楽しくてステキなお茶会。わたしとあなた、そしてたくさんのステキなおともだちが集まるの! 招待状にはスノウホワイトをちりばめて、これならきっと雪の女王さまも喜ぶわ!”」

 

 キャスターが詠唱らしきもの口ずさむ。それに合わせるように、ありすがキャスターと手を繋ぎ、踊るようにポーズを取っていく。

 

「さあ、わたし(ありす)! じゅんびはぜーんぶととのった。いまからお茶会を始めましょう?」

 

 今度こそ、本命が来る。先程キングから吸収した魔力が、氾濫した川のようにキャスターから溢れだしていた。おそらくは宝具の開帳───!! 

 

「止めないと!」

 

「分かってる! けど、魔力不足でろくに走れもしない……!!」

 

 見れば、アヴェンジャーの足が僅かに震えていた。キングを破壊するので精一杯だったのだろう。とうとう魔力が底をついたのだ。

 

 最悪な状況下にある私たちを嘲笑うかのように、少女たちの言葉は止めどなく続けられていく。

 

「“越えて越えて虹色草原、白黒マス目の王様ゲーム───走って走って鏡の迷宮。みじめなウサギはサヨナラね”」

 

 王冠と、背景に交差する鍵を模したような巨大な紋章がありすたちを中心に浮かび上がる。光を放つ紋章は徐々に輝きを増していき、あまりの眩しさに目を閉じる私に、不意にアヴェンジャーの苦悶の声が聞こえた。

 

「ぐ、うぅぅぅぅ!!!!」

 

 やっと光が収まり、目を開けると、全身から煙を上げて、肌は焼かれたかのように赤く染まり、その場で力無く立ち尽くすアヴェンジャーの姿が目に入った。

 

「アヴェンジャー!?」

 

 今、私が目を閉じていた僅かな間に何が起こったのか。パニックになり、目の前の現実に唖然とする私に、フラフラになりながらもアヴェンジャーは手で制する。

 

「油断、した……。あの光、魔力で直接ダメージを、与えてきたわ……」

 

「ちょっと待ってて。すぐに回復するから!」

 

 私もコードキャストを使う余裕はない。アイテム覧からエーテルの塊を取り出すと、すぐにアヴェンジャーに手渡し、それを握り潰させる。

 砕けたエーテルの塊からエネルギーが溢れだし、アヴェンジャーの傷を少しだが回復させていく。

 

「ふう……。アイテムに頼らないといけないくらい、私もアンタも、もう魔力切れってワケね」

 

「魔力を補充できる手段が何かあるといいんだけど……」

 

 無い物ねだりをしても仕方ない。だが、私たちも限界ギリギリなのだから、今の攻撃で流石にありすたちも魔力をかなり消費したは、ず───。

 

 

 

「ようこそ、ありすのお茶会へ!!」

 

 

 

 私は目を疑った。

 消耗どころか、ピンピンした様子のキャスター、しかも彼女の眼前では()()()()()()()()()()()()が横一列に並んでいた。

 

「え……なんで」

 

 訳が分からない。召喚した素振りも、詠唱もなかったはずなのに、何故またアレらはさっきと同じようにあそこに存在している?

 困惑を隠せない私を余所に、アヴェンジャーは鋭くキャスターを睨み付け、納得の息を漏らす。

 

「なるほどね。さっきのアレは攻撃が目的じゃなかったってワケ」

 

「アヴェンジャー、一体どういう……、」

 

「見なさい、キャスターの頬のところを」

 

 言われて、少し遠いが目を凝らしてキャスターの顔───頬を直視する。そして、違和感に気付く。

 さっきまであったはずのものが無くなっている。キャスターの頬に走った一筋の赤い線。私自身が彼女に付けたはずの傷が、綺麗さっぱり消えていたのだ。

 

「傷が消え、倒したはずのチェス駒が復活……オマケに()()も甦ってるわね」

 

 アヴェンジャーの視線の先に、彼女の指す()()が立っていた。

 

「ジョーカー……!!?」

 

 キャスターの影から現れたのは、これまた倒したはずのアヴェンジャーのコピー体だった。先程の攻撃が、攻撃そのものが目的ではなかったのだとしたら、その真の目的は───

 

「大方、時間の巻き戻しってとこかしらね? それも都合の良い事に、その巻き戻しはキャスターだけに適用される、と。だからアイツに傷を与えても、たとえアイツが召喚した雑魚どもを倒しても、さっきの──おそらく宝具を発動すれば、全て無かった事にできる。その上でこちらには巻き戻しが適用されないから、私たちの消耗は継続されてしまう。……厄介な事この上ないわ」

 

 ……絶句する。私たちが幾ら頑張ってキャスターにダメージを与えても、キャスターの召喚したものを倒したとしても、あの宝具が発動すれば全ての努力が無に帰すなんて。

 それこそ努力が全て水の泡であろう。

 

 時間の巻き戻し。まさに常識外れの反則技だ。こと戦闘に関しては、相手にダメージを与える副次効果付きの、自分だけ体力満タンからやり直しできるというチート級の特権をキャスターは有しているのだから。

 

「トランプ兵が出て来ないのが気にかかるけど……。いずれにせよ対抗手段を打とうにも、魔力が足りなさ過ぎる。万事休すとはよく言ったものね」

 

 ここまで酷い絶望的状況は、おそらく今回が初めてだ。これまでの戦いではまだ勝ちの目が完全には潰えていなかったが、今回は違う。

 こちらが全力を出しきった上で、あちらは万全の状態に逆戻り。なんだこの無理ゲー、もはや笑うしかない。

 こうなれば、死ぬ前にやけ食いでもしてやろうかと、私は半ば自暴自棄に買いだめしていた麻婆豆腐を端末から引き出した。

 

「この状況で何か食べるとか、ついにマスターも壊れましたか?」

 

 アヴェンジャーは諦めたように、彼女もまた自棄になって私を貶していた。

 私はというと、何故か分からないが、不思議と力を取り戻していた。麻婆豆腐は確かに辛いかもしれないが、それ以上に美味しい。むしろこの辛味が私に元気を与えるというか。この辛味がクセになるというか……。

 

 ───いや、違う!

 実際、私は力を取り戻しつつある。正確には力ではなく、魔力を。

 まさか、この麻婆豆腐を食べる事で、魔力を補充できている……?

 

 アヴェンジャーも、私の異変に気付いたようで、今度は茶々を挟まずにキャスターへの警戒に専念していた。

 

(マスター、もしかして魔力回復してる?)

 

(う、うん。麻婆豆腐食べてたら、何か元気が湧いてきた)

 

(そ、そう……。まさかそんなゲテモノに、そんな効能があったなんて……。……後で私も食べてみようかしら)

 

 “後で”。すなわち、この戦いに勝利した後という事は、アヴェンジャーもやる気を取り戻したという証拠だ。

 

(マスター、今ある魔力を少しでいいから私に回しなさい。それで少しは動きもマシになるから。私が時間を稼いでる間に、可能な限り魔力を回復させるのよ)

 

(いいけど、それって、つまり……?)

 

(麻婆豆腐のドカ食いヨロシク)

 

 問答無用で私から少量の魔力を吸い上げると、アヴェンジャーは鎌を構え直し、キャスターの動きに細心の注意を払って身構える。

 私はお腹がたぽたぽになるのが確定し、覚悟を決めて今食べている分を掻き込むと、すぐに次の分を端末から取り出し食べ始める。

 

「お姉ちゃん、お腹すいたのかな?」

 

「いいえ、ちがうわあたし(ありす)。お姉ちゃんたら元気になろうとしてるのよ」

 

 急な私の異常とも言える行動に、ありすは疑問符を浮かべるのみだが、キャスターは明らかに私たちの意図に感付いた様子で、すぐにチェス駒とジョーカーを稼働させた。

 私が魔力を補充しきる前にアヴェンジャーを倒してしまおうというのだろう。

 

「そろそろ遊びもあきてきたし、もうさよならしましょ。ねえ、お姉ちゃん。“死んでくれる?”」

 

「!!」

 

 ジョーカーの突撃がアヴェンジャーの十歩手前辺りで急停止するや、アヴェンジャー周辺が大きな影に覆われた。見上げれば、全てのトランプ兵が槍を下に向けて落下しようとしていたのだ。まるでトゲの付いた釣天井が降ってくるかの如く、広範囲に渡り串刺しにするために。

 範囲外から無事に出るのは至難の技だろう。

 

「だから、紙風情が竜の魔女をナメるなっての!!」

 

 無論、トランプ兵の弱点は承知している。特大の炎を地面から噴出させ、頭上全てを炎の柱で覆い尽くす。空中で為す術もないトランプ兵たちは、悉く燃やされていく。

 

 自分を囲うように立ち上げた炎の柱だったが、その壁を突っ切るようにしてジョーカーは突破し、アヴェンジャーと鎌を打ち付け合う。万全のアヴェンジャーをコピーしたジョーカーが優勢なのは当然で、鍔競り合うが押され負けしそうになるのを、どうにか根性で堪えるアヴェンジャー。

 

「やっと殺せたと思ったら、また自分の顔したヤツとご対面とか。最高の嫌がらせよ、まったく!」

 

 悪態をつきながらも、どこか楽しそうなアヴェンジャーの声。ようやくこの戦いに希望を見出だせたからなのかもしれない。けど、魔力を回復しきったとして、何か勝算のある手札でもアヴェンジャーにはあるのだろうか?

 

 炎の柱も消え、ジョーカーと打ち合っている間にもチェス駒の進行は止まらない。離れようにも、ジョーカーの追撃がしつこく、アヴェンジャーは上手く抜け出せずにいた。

 

 私はと言えば、既に満腹を通り越していたが、ちょうど三皿目を胃袋に無理矢理に流し込んだところだ。吐きそうになるのを堪え、体がこれ以上の食事を拒絶するのを無視して四皿目に手をつける。我ながら、この拷問じみた作業に涙が零れてくるが、まだ魔力の完全回復には足りない。せめて、五皿目までは食べないと。

 

(マスター、まだなの!?)

 

 アヴェンジャーが催促してくるのを聞き流し、四皿目をもはや飲む勢いで腹に収めると、すぐに五皿目を取り出す。魔力はだいぶ回復できたが、最後の一押しはやはり必要だった。アヴェンジャーの様子から見るに、おそらく時間も残り僅か。私は嘔吐感を必死に我慢しながら、麻婆豆腐最後の一皿を一気に口に運んだ。

 口に溜めず、すぐに流し込んでいく。流しこむための水も無いので、口の中が麻婆豆腐のトロミでドロドロになるし、それにより辛味が長居し続けるので刺激が多すぎて痛みでヒリヒリする。

 口から溢れだしそうになるのを強引に手で押さえ、吐き出す事だけはしないよう堪えた。

 

(うぷっ……。食べたよ……アヴェンジャー……)

 

 私の胃袋の許容範囲を軽くオーバーしている量を平らげたのだ。当然、私のお腹はパンパンに膨れ上がっていた。妊娠後半に入った妊婦並みにお腹が出ている。これで体重がとてつもなく増えてたらどうしよう……とか考える余裕もなく、待ってましたとばかりにアヴェンジャーが魔力を急激に吸い上げていく。

 悲しいかな、魔力は吸われていくが、お腹は一向にへこまない。

 

「遊びは終わりよ! これで終わらせてやる!!」

 

 十全に魔力を得たアヴェンジャーが、ギリギリで競り合っていたジョーカーを力任せに思い切り凪ぎ払うと、すぐに後退しチェス駒たちとも距離を取る。

 

「この霊基だと一回で魔力切れになるくらい燃費が悪いから、本当は使いたくなかったけど───トドメの一発をぶちかますには丁度いいわ」

 

 鎌を宙高く投げ捨てると、アヴェンジャーは左手で下に向けていた右手の手首を押さえ、そこから大量の黒い炎が噴出する。

 炎はやがて、とある形へと変わっていき、顕れたのは身体を黒い炎で形成した三つの首を持つ竜。

 それは、これまでアヴェンジャーが放っていた炎とはまるで異なり、黒炎の竜は獲物を品定めするかのように蠢き、炎そのものが生きているかのように見えた。

 

「“炎は獣に、竜は我が手に。三首の黒竜よ、楔を破壊し、命の鎖を引きちぎれ! 斬擊一殺、『焼却天理・鏖殺竜(フェルカーモルト・フォイアドラッヘ)』!!”」

 

 竜の魔女の命令が下る。三首の黒竜は、大蛇の如く獲物へと長い肢体を高速で這わせ、その炎の(アギト)で敵を食い破る。

 一つ目の首がジョーカーを丸呑みにして焼き尽くし、二つ目の首が並み居るチェス駒をその牙で噛み砕き、三つ目の首がキャスターへと直進する───。

 

「そんなの、聞いてない。聞いてない聞いてない聞いてない!! ダメ、ダメだわダメだわ! あたし(アリス)が死んだら、あたし(ありす)も死んじゃう! なんであたし(ありす)ばっかり痛い思いをしなくちゃいけないの? なんであたし(ありす)ばっかり悲しい思いをしなくちゃいけないの? どうして、どうして──どうしてみんなあたし(ありす)ばっかりをいじめるの!?」

 

 眼前にまで迫った黒竜の頭を前にして、キャスターの悲しい叫びが木霊する。けれど、黒竜は無惨にもその叫びですらも飲み込んで、キャスターの全身を口の中へと収めた。

 

「知らないわよ、そんな事。一つ言えるとしたら、あなたが私とマスターの前に敵として立ち塞がったから殺す、ただそれだけの事よ。だから───」

 

 黒竜の炎の体内を走り抜けたアヴェンジャーは、自身もキャスターの目の前にまで到達し、いつの間にか再びその手にした大鎌を横に向けて持ち、躊躇なく振り抜いた。

 

「───目障りよ。諸供死ね」

 

 

 

 冷酷な魔女の刃は、炎に包まれた少女の脆く柔い肉を、容易く引き裂いたのだった。

 

 

 

 

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