Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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招かれざる復讐者

 

「………、」

 

 言葉に詰まる。本来ならば、彼女たちはいつか私の対戦相手に当たるかもしれない競争相手であり、助けるべきではないのだろう。

 どちらも実力者であり、私より優れたマスターであり魔術師(ウィザード)。ここで共倒れするならば、それは聖杯戦争優勝候補者が一度に二人も消える事となる。

 私が彼女らのどちらかと戦う事になったとしても、こちらに勝ち目はほとんど無いだろう。なら、ここで二人とも敗退してもらうのは、私にとっても都合が良いと言えるのは、誰の目から見ても当然の事だ。

 

「………私は」

 

 けれど。

 本当にそれで良いのか? 私は、本当に彼女らの危機を前にして、目を瞑ってしまえるのか?

 

 答えは───否だ。

 

 凛とラニ。私は二人共に恩がある。彼女らの助けが無ければ、今こうして私は生きてここに立っていなかっただろう。

 命の恩人とも言える彼女らを見捨てるなんて、私には出来ない。魔術師としては失格だろうが、人として道を踏み外すような真似はしたくない。

 

「……助ける。助けられるのなら、私は助けたい」

 

「……ふん。まあいいわ。で、どうするの? 言っとくけど、二人共助けるなんて無理よ。救えるとして、せいぜいが一人。私はサーヴァントを警戒する必要があるし、アンタがアイツらのどちらかの手を引くしかないわ。さあ、時間も無いし、さっさと選びなさいな」

 

 アヴェンジャーはつまらなさそうに言う。助けられるのは一人だけ。どちらを助けるのかを今すぐに選べ、と。

 

 凛か、ラニか……。出来る事なら二人の手を取って両方を救いたい。でも、それが到底不可能であると、私は嫌でも理解していた。

 

 もはや融解の時は近い。これ以上、熟考している時間はない。今は心の赴くままに。令呪を失ってでも──

 

 

 

「ラニを救う」

 

 

 

 意思、そして私の言葉に従うように、左手にとても強い熱さを感じた。三画しかない令呪、赤い煌めきを発しながらその一画が消えていく。

 

「アヴェンジャー!」

 

 命令を下すとアヴェンジャーは、いつ動いてもいいように備えていたのだろう、不満の声も表情すら見せる事なく、即座に動いた。

 もはや一刻の猶予もないのだ。

 

 全ての力は両の足に。爆発しそうな滾りに、床がたわむ。空間が歪んでいく。

 歪みが広がり、スクリーンに穴を穿つ。空間を歪ませる程の強烈かつ濃厚な魔力の放出。これが切り札たる令呪の力。

 瞬間、アヴェンジャーが跳ねた。全ての世界が後方へ流れ去った。急速な加速の結果か、視界は暗闇が占め、失った令呪の熱だけが手の上で疼く。

 

 

 

 目を開けると、そこは決戦場だった。

 まるでフライパンの上だ。大気中に放電する魔力の火花。ラニを中心に、アリーナは融解しだしている。

 

「はっ……!?」

 

「貴方は……!?」

 

 突然現れた闖入者に驚いたのか、ラニの体で渦巻いていた魔力が、微かに緩む。

 

「─────!」

 

 一方。偉丈夫のサーヴァントは、躊躇う事なく、その矛をこちらに振り上げてくる。

 

「だめ、止まりなさい、バーサーカー……! その人は、敵ではない……!」

 

 ラニの制止の声も聞かない。さもありなん。彼女のサーヴァントがバーサーカーだと言うのなら、主以外のマスターとサーヴァントは、ただ粉砕するだけの敵に過ぎない……!

 

「……っ」

 

 私は目の前にして初めて理解する。ラニのサーヴァントの、その圧倒的なまでの存在感を。ただそこに在るというだけで、否が応でも気圧される。その暴力的なまでの圧迫感は、私の腹の底にまで響いていた。

 とてもではないが、今の私たちでは太刀打ち出来る相手ではないと、肌で感じたのだ。

 

「分かってるわよね。今の私たちではコイツには届かない! マスター、令呪を使いなさい! 一瞬でいいわ、凌ぐわよ! セラフの強制終了さえ機能すれば、この窮地から抜け出せるはずよ!!」

 

 彼女が言い終わるよりも早く、バーサーカーの矛がアヴェンジャーの頭上に振り下ろされる。すかさず旗の柄で受け止めるが、いかんせん力の差が大きすぎる。叩きつけられた勢いを殺せず、そのまま足で地盤を抉る。アヴェンジャーの足首辺りまで、地面が沈み込んでいた。

 

「ぬ、ぐぐ……!! ンなのよ、このクソ怪力は……ッ!?」

 

 アヴェンジャーは寸でのところで耐えている。足の骨が折れてもおかしくない一撃を受け止め、今もなお続く圧力に歯を食い縛りながら。

 さながら、降りてくるプレス機を全身全霊で受け止めるような感覚を、彼女は必然的に味わっていた。

 

「アヴェンジャー、令呪を以て命じる! 耐えて!!」

 

 迷うべくもない。すぐさま令呪を切り、先程と同じように一画が光を発しながら消えていった。

 

 令呪とはサーヴァントへの絶対命令権であり、行使すればサーヴァントが嫌がる命令であったとしても遂行させられる。ただし、それが今のような抽象的な命令内容であれば、少し話が変わってくる。

 相手との実力差が絶望的である現状で、それを覆せる訳もなく、そして絶対に耐えきれる確証など無いのだ。

 それでも、魔力に令呪一画分のブーストが乗るのは大きい。不可能を可能にするのではなく、不可能なままに可能にし得る。それが令呪の行使。一発逆転も狙えるかもしれない切り札たる所以である。

 

 溢れ返る魔力が、アヴェンジャーの全身へと行き渡る。魔力の向上により、一時的ではあるがステータスにバフが上乗せされる。

 

「……っらぁ!!」

 

 魔力の一点集中。両手にエネルギーの全てを回して、アヴェンジャーは矛を全力で振り払う。思わぬ抵抗に、バーサーカーはほんの僅かにだが仰け反った。

 その隙を逃がす手はない──!

 

「お返しよ!!」

 

 すぐさま旗の柄を放した片手から、バーサーカーの胴体目掛けて炎が噴出された。アヴェンジャーの最も得意とする火炎放射が彼を襲う。

 

「─────!!!」

 

 だが。

 まるで炎をものともしないかの如く、彼は正面から火炎放射を受け止めてみせ、そしてなおも矛を振るう。

 

「─────!!」

 

 言葉にすらならない咆哮を轟かせ、嵐のような勢いを持った薙ぎ払いが、アヴェンジャーを屠らんと放たれる。

 剛撃。もはや攻撃の域を遥かに逸したその一撃は、攻撃と言うよりむしろ破壊と言うに相応しい威力があった。

 

「チィッ! これだからバーサーカー相手は面倒なのよ!」

 

 まともに受けては、いくら令呪によるブーストがあれども、無事では済まないだろう。アヴェンジャーもそう判断したようで、ギリギリのところでしゃがんで回避する。かすった髪が切断され、宙を舞う。

 パラパラと舞うそれが地面に落ちるよりも早く、アヴェンジャーは反撃に転じる。しゃがんだ際に地面に手を付いた彼女は、火柱をバーサーカーの足元から発生させた。

 業々と燃え盛る炎はバーサーカーの全身を包み、その姿を丸呑みにしてしまう。

 

「生きたまま焼かれる気分はどう? ……まあ、サーヴァントだし元々死んでるんだけど。………って、そう上手くいくワケないわよね」

 

 そう言って、すぐさま炎の柱から距離を取るアヴェンジャー。普通に考えれば、全身を炎に灼かれて無事なはずがない。……()()()()()()、だ。

 

 その時。炎の柱は一閃の下に掻き消される。炎柱の内にありながら、ダメージなどまるで無いとばかりに槍を振るった彼は、悠々と炎柱から出てみせたのだ。

 

「これが、バーサーカー……!」

 

 あらためて、私をバーサーカーというクラスの脅威を思い知らされる。なるほど、狂戦士とは納得だ。こんなの、通常の思考で測れる相手では到底ない!

 

「─────!!!」

 

 再びの雄叫びに、空間そのものが震える。今ので空気が変わった。何か、仕掛けてくる……!!

 

 どこから取り出したのか、気付けばバーサーカーは弓を手にしていた。それも、通常の三倍程はあるサイズの。

 アーチャーの使っていたものと比べれば、その差は歴然だった。常人には扱えない巨大弓。ならば、その弓に番える矢も、通常のものではないのも必然。

 

 その矢とは、恐ろしい事に彼がさっきからずっと振るい続けていた大きな槍だった。矢として使うはずがないそれを、彼はさも当然というように弓へ番えた。

 急速に集まる魔力。それほど巨大な弓矢を扱うその腕は、筋肉が膨張し、今にも血管がはち切れんばかり。

 

 直感で分かる。アレはまずい。まともに受けたら確実に死ぬ。そう予感させるには十分な殺気と威圧感を放っている。

 まさしく一撃必殺の大技だろう。おそらく、宝具ですらない攻撃だが、遜色ない脅威であるには違いない。

 

「アヴェンジャー! 絶対受けちゃダメ!!」

 

「分かってる!」

 

 受けるのではなく、避けるための構えを取るアヴェンジャー。

 

 彼女が構えてすぐ、最大限に引き絞られた弓の弦がけたたましい音を鳴らせて、巨大な矢と化した槍を射出した。

 目にも留まらぬ豪速。空を切り裂き、音をも置き去りにする破滅の一矢。

 それを避ける、なんて考えが甘かった。

 

「ーーーッッ!!! あぐ、ゥウウ!?!?」

 

 目で追えぬそれを、回避出来るはずもない。避けようした瞬間には、アヴェンジャーの左肩が文字通り、消し飛んでいた。

 辛うじて腕は繋がっているが、もう動かせないのは明らかだった。

 本来ここに居てはならない者の、その壮絶な苦痛から来る絶叫が決戦場に響き渡る。

 

「──────!!!!!」

 

 悶え苦しむアヴェンジャーに、追撃を仕掛けようとバーサーカーが矛を振りかざして突進を開始する。

 と同時に、いきなりバーサーカーはまるで弾かれたかのように、後方へと軽く吹き飛ばされた。

 

 ───なんとか耐えきった、のだろう。

 私の乱入は明らかにルール違反だ。今のはおそらくセラフからの警告だろう。

 警告があった以上、戦いはここで停止させられるハズ───

 

 

 

 だが、その警告が起きた直後。更に事態は急激に動いた。

 

「───、ぁ───」

 

 ずっと、ずっと私たちやバーサーカーの動きを静観していた凛のサーヴァント──おそらくはランサー──が、動いたのだ。

 

 ラニの体が、静かに倒れこむ。今のはランサーの槍だ。

 ほんの一瞬、バーサーカーの意識が完全にアヴェンジャーに傾いた隙を突いて、遠く離れた位置から槍を投げ、ラニの胸を貫通させたのだ……!

 

「わりぃな。あんまりおいしい隙なんで、切り札を使わせてもらったぜ」

 

「─────!!!!!!」

 

 巨人が吼える。主の胸を貫いた槍兵に向けて堰を切る。

 しかし───

 

 赤い壁が行く手を阻む。自分が乱入したからか、それとも、セラフは今の一撃で勝ち負けを判断したのか。凛とラニの間には絶対障壁が下された。

 

「……! ……、……!」

 

 凛が何か叫んでいる。が、壁に阻まれてよく聞こえない。彼女はものすごい表情でこちらを指差して───

 

「……!!」

 

 違う! 凛が指差しているのは、ラニの背後だ!

 赤い槍は確かにラニを貫いた。その槍の先には、爆発寸前の炉心がくくられている!

 

「逃げ……! 早……く、強制退出(ログアウト)、しな…さ…!」

 

「いつ……、あの女の言う通りよ、マスター……! 素直にセラフの、指示(コマンド)に従いなさい……! このままだと、巻き込まれるわよ……!!」

 

 アヴェンジャーが息も絶え絶えに怒鳴る。

 強制退出に従え───。それは感覚で分かる。全身にまとわりつく重圧に逆らわなければ、速やかに校舎に戻されるだろう。

 

 だが───彼女はどうする?

 胸を貫かれ、地面に伏した彼女は?

 赤い壁(ファイアーウォール)は凛と彼女を隔てている。バーサーカーと戦った自分は、当然、倒れ伏した彼女───ラニの側に居る……!

 

「っ……、んっ……!」

 

 生きている……! 胸を貫かれてもラニは生きている!

 

「!? 待ちなさい、マスター! うぐぅ……!!」

 

 気が付けば走っていた。止めるアヴェンジャーの声は耳に届いていたが、走り出した足はもう止まれなかった。

 ラニの背後、数メートルの所に突き刺さった槍。あと数秒で爆発する炉心。それを視界に収めながら、走った。

 

「ラニ!」

 

 どうにか体を起こしたラニに駆け寄る。起こせたはいいが、顔色は悪く、またすぐに倒れてしまいそうにフラフラだ。

 

「どうし、て………。……もう、意味がない、のに……。あなただけでも、逃げ、ないと───」

 

 知らない。理由なんて、今はどうでもいい。

 ラニの独白を無視して抱き上げ、走り出す。セラフの強制退出勧告に身を任す。

 

 

 ……それも、無駄に終わった。一際眩い光を背中越しに確認できた。爆弾が臨界を超えたのだ。

 本当に、コンマの差で間に合わなかった。セラフのログアウトより早く、一秒以下の速度で、ラニの心臓は決戦場を融解させ───

 

 

 

「────!!!!!!」

 

 

 

 その、間に合わないコンマの差を、一人の巨人が埋めていた。

 

 砕け、溶け、四散していく体。ラニのサーヴァントはこちらの盾になるように、心臓に向かって走り、消滅した。

 ……それは主を守る為の行為だったのか、単に、あの爆発を“敵”と認識しただけのものか。

 

 

 ただ、最後に。

 こちらに向けられた視線は、穏やかな武人のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……気がつけば、また視聴覚室に戻っていた。

 

 左手には冷めた熱と共に、その数を減らした令呪。傍らには、力を使い深手を負って消耗したアヴェンジャー。そしてラニ。

 

「……ここは……どうして……?」

 

 彼女は呟いて、意識を失った。

 その胸の傷は、もう塞がっている。胸を貫かれたばかりか、心臓を失っても彼女には命がある。

 以前から自分たちとは違うものを感じていたが、彼女も特別なマスターであるようだ。

 

 ……ラニを看ながら、アヴェンジャーの応急処置を行い、そしてスクリーンに視線を移す。先程の融解によるものだろう。スクリーンに映るのは、ただ闇だけだった。

 

 

 

 倒れたラニを保健室へと担ぎ込み、それからしばらく見守っていたが、彼女は寝かされたベッドで微動だにせず、覚醒する気配はない。

 その瞳は、今もなお苦しげに閉じられたままだ。

 

 その間に、アヴェンジャーも深い傷を治療してもらったが、また桜に怒られたのは言うまでもない。しかも、今回は理由が無茶過ぎる内容であるため、後で言峰神父からも小言を言われる羽目になった。

 

 言峰神父の小言を聞き終えて保健室に戻ると、桜からラニが一度目覚めたと聞かされる。しかし、一度は目覚めたものの、またすぐに昏睡状態に陥ったとの事だった。

 

「バイタルに異常はありません。肉体的な異常は無いので、精神力の急激な消費が原因かもしれませんね。先輩、すみませんがラニさんを少し看ていてあげてくれませんか? 運営委員会から召集命令が出てるんです。あまり時間は掛からないと思いますので……」

 

「分かった。行っておいで、桜」

 

 ぺこり、と行儀良く一礼して保健室を出ていく桜を見送る。

 桜が出て行って小一時間ほど経った頃、ラニの長い睫毛が微かに揺れた。

 

「………」

 

 ゆっくりと目を開き、二、三度瞬く。

 

「ラニ!」

 

「……わたし…は………。………………まけた………」

 

 何の感情も篭らない、合成音声のような小さな呟き。

 瞳には何も映っていない。ただぼんやりと、中空を見上げているだけだ。

 それはまるで───いや、まるっきり壊れた人形だった。

 

 ベッドの上に投げ出された細い手首をそっと握る。

 

「…………」

 

 初めて触れるラニの手は、柔らかく、ひどく冷たく──。

 力を入れると、ぽきりと折れてしまいそうなほど頼りない。

 

「……………………」

 

 しばらく握っていても、指先に暖かさが戻る事はない。

 まばたきと微かな呼吸だけが、ラニを『ヒト』につなぎとめているようだった。

 

 しばらくすると、ラニは再び双眸を閉じた。微かな息遣いが、穏やかな寝息に変わっていく。当分の間、起きるような気配はない。次に目覚めた時は、もう少し回復していると良いのだけど。

 

 ……そういえば、あの救出から後、アヴェンジャーは一言も話そうとしない。やっぱり怒っているのだろうか。

 

「……何か言いたそうな顔ね。大方、私が怒ってるんじゃ~、とか? 当たり前でしょう。命令だから従ったけど、その女に情けをかける理由なんてあった? アンタと親しいってワケでもなかったのに。ただ助けてもらった恩があるから? そんな下らない理由で、私たちは令呪を失った。聖杯戦争の切り札、たった二回しか使えない、その全てを!」

 

「……それは、」 

 

 静かな激昂。これまで見てきた、どんなアヴェンジャーよりも怖く感じた。アーチャーに罵倒された時の彼女の比ではない。沸々と込み上げる憤怒は、一時的に燃え上がったあの時の怒りよりも、遥かに底が知れない。

 

「言い訳は聞きたくありません。というか、聞く気もないわ。言っておくけど、私は根に持つタイプだから。許してほしいのなら、当分はアンタの焼きそばパンの半分を私に献上するコトね。私の機嫌が直るまで、アンタの指示は一切受け付けませんので、そのおつもりで!」

 

 言って、アヴェンジャーは霊体化してしまう。

 ……怒りは大きいようだが、完全に嫌われた訳ではなさそうで、心底ホッとする。ただ、彼女がへそを曲げてしまったのは変わりなく、当面は彼女に貢ぐ必要があるだろう。

 ひょっとすると、怒らせてしまった恋人へのご機嫌取りと似ているかもしれない。

 

 

 

 しばらくして桜が戻ってきたので、私は保健室を後にする。

 外には、いつから居たのだろう、遠坂 凛が壁に背を預け、待っていた。

 

「さて……どういう事か、説明してもらうわよ」

 

 睨み付ける。

 その燃えるような瞳には、怒りと敵意。今までで一番激しい色をしている。

 真剣勝負の場に割り込まれたのだから、このリアクションは当然と言えよう。ここが決戦場なら殺されても不思議じゃない。

 いや、遠坂 凛ほどの魔術師(ウィザード)なら、ユリウスのように妙な空間に引き込んで、戦いを仕掛ける事だって出来るだろう。

 それをしないのは、単に、殺しては説明が聞けない、というだけの事。あの目を見るに、そう考えてよさそうだ。

 

「他人の戦いに乱入できたら、聖杯戦争のバランスは完全に崩壊するわ。二人を相手に勝てるマスターは存在しない。でも……決戦場のセキュリティは最高レベル。たとえ令呪の奇跡があったとしても、戦いを見る事すら不可能なはずよ。それを可能にするような規格外の魔術師(ウィザード)、とはとても思えないし。どんなカラクリがあったってわけ? ……言っておくけど、話の内容によってはここで始めるから」

 

 何を、と聞くのは無粋だろう。考えるまでもなく、今の私は凛にとって排除すべき危険人物でしかないのだから。

 

違法呪文(ルールブレイカー)を持ち込んでるのは、ユリウスだけと思わないで。システムに目を付けられようが、こっちのリスク回避の方が優先よ」

 

 校内での戦闘は出来ないはずだが、ユリウスの例もある。脅しとは思えない。

 戦いになれば、おそらくどちらもただでは済まない。むしろ、彼女と争う気になれない。

 ならば、戦いを避けるためにも、とにかく正直に話すしかないだろう。

 

「……実は、」

 

 事のあらましを、なるべく事細かに説明する。

 私が話している間、凛は口を挟まず、鋭い視線だけは私から離さない。ある意味、品定めされているような気分だ。

 

「……なるほどね、ユリウスの仕事か。まあ、あなたがあんな反則まがいをするなんて変だとは思ったけど」

 

 戦闘の情報は漏れていない。凛のサーヴァントは依然、不明のままだ。

 その事が分かって、彼女の態度は多少は柔らかくなった。

 もっとも、向けられた敵意と疑念が完全に消えたわけではなさそうだ。

 

「でも、ユリウスもセキュリティは破れずに引き上げたのよね。なのに、なんであなたはアクセスできたのよ。わたしも前に調べてみたけど、あの障壁(ファイアウォール)を破ろうとすれば、攻性の呪い(プログラム)で逆に脳が焼かれるわ」

 

「攻性の、呪い(プログラム)……」

 

 そういえば、そのような物には確かに遭遇した気がする。

 けれど、しばらくしたら何事もなく治まってしまったのだが。

 

「それがあったとは思う。でも、私は別に、今も何ともないし……」

 

「そんなはずないわ。たとえこっちの体は無事でも、本体の脳がとても耐えられない……。……あ、でも、そういえば……。確かあなた……でも………」

 

 少女の瞳が揺らいだ。そこに映るのは、敵意も忘れるほどの困惑。

 

「……ま、いいわ。今のは独り言だから、忘れて。どっちにしても、これからも戦い続ける気なら、わたしたちは敵同士。それは変わらない。覗き(ピーピング)も、次にやったら見逃さないわよ。肝に銘じておきなさい」

 

 冷たく釘を刺し、凛は自分から去っていく。

 ……と。ふと何かを思い出したように振り返った。

 

「……ねえ、あなた。トワイス・ピースマンって名に、聞き覚えある?」

 

「トワイス?」

 

 思い返してみるが、まったく記憶にはない。いや、もしかしたらあったかもしれないが、まるでピンと来ない。

 だが、その人物が何だと言うのだろうか?

 

「そう。知らないのなら、別にいいわ。あなたを見て、ちょっとそういう人を思い出したってだけ。今のは忘れていいわ」

 

 少女は今度こそ去り、自分は一人残された───。

 

 

 

 

 

 


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