Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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漆黒の瞳を持つ女

 

 アヴェンジャーの姿を探して、校内のあちこちを見て回る。

 

 教室、購買部、図書室、教会、弓道場───色々と見て回ったものの、彼女の姿はどこにも見当たらない。マイルームにも戻っていないようだった。

 

 そして、これは図書室に立ち寄った時の事だ。

 

 

 

 アヴェンジャーが居ないかと足を運んだ図書室だったが、やはり彼女はここにも居ない。一体どこに行ってしまったのか。

 パスがまだしっかりと繋がっている以上、確かに存在しているはずなのだが……。

 

 何気なく本棚に目を向けた時、ある本に目が留まった。

 背表紙は真っ白で何も書かれていない。

 なのに……何故か妙に心引かれる。

 

 本を手に取り、開く。そこには、こんな事が書かれていた。

 

 

 

 ───発端は前世紀に遡る。ある時、ある場所で人類は巨大な構造物を発見した。

 

古代遺物(アーティファクト)』。

 

 それは遥か過去から存在していた、人類外のテクノロジーによる古代遺物。後に、それは聖杯と呼ばれるようになる

 だが、当時の人類にはその正体、構造、技術体系を解析する事は出来なかった。

 そして、現在でも、未来においてすら、解析する事は不可能だと言われている。

 それほど、聖杯を構成する技術は人類のものとは異質だった───

 

 

 

「おや、あなたも、その本を発見されたのですね」

 

 

 ──いつの間にか、目の前に、レオとそのサーヴァントが立っていた。

 

「それは、ある一定のレベルに達したマスターに開示される、聖杯に関する情報を記したもののようです。まあ、僕の事はお気になさらず、続きをお読み下さい」

 

 ──レオの事は多少気になったが、聖杯についてはもっと、気になった。続きを読む事にする。

 ……というか、これが読めるという事は私もマスターとして、そこそこ成長してきた証なのだろうか。

 

 

 ──しかしやがて人類は、その遺物が、“何をしているか”だけは知るに至る。聖杯は、地球を見ていたのだ。

 そして遥か過去から地球の全てを記録し続けていた。

 全ての生命、全ての生態、歴史、思想───そして魂まで。

 

 やがて人類は、聖杯とは全地球の記録にして設計図。地上の全てを遺した神の遺物であると悟った───

 

 

 

「地球上の全てを過去から記録している……? これは……また途方もない話だね……」

 

 今までざっくりとしか説明されていなかったが、ムーンセルの実態が、あまりに想像の範疇を超えすぎていて、内容を咀嚼するだけで精一杯───

 

「驚いておられるようですね。ですが、それは聖杯に関する知識の、ほんのさわりに過ぎませんよ。ハーウェイは聖杯の構成素材など、もう少し詳しい情報を持っています。興味があればまた、ここへ来て下さい」

 

 レオとサーヴァントは去っていった。

 それにしても、この本に書かれている事が、ほんのさわり?

 だとすれば、彼は何を知っているというのだろう?

 

 

 

 

 

 結局、アヴェンジャーは見つからないまま、とりあえずアリーナの入り口に来てみたのだが……。

 

「……」

 

「アヴェンジャー!」

 

 壁を背に、不機嫌そうにしかめ面をした彼女が立っていた。

 探し人がようやく見つかり、たまらず私は駆け寄る。

 

「どこに行ってたの? けっこう探して回ったんだけど……」

 

「別に……。ちょっと野暮用があっただけ。それより、早くアリーナに行くわよ。アイツはもう先に行ったわ」

 

 そう言って、アリーナの扉をアヴェンジャーは睨み付けた。まるで親の仇でも見るかのような、鋭利な殺意の込められた視線。

 アイツ───とは、おそらく今回の対戦相手であるレティシアの事を指しているのだろうが……。

 

 レティシア。アヴェンジャーと瓜二つの顔を持つ女性。

 やはり、二人には何か関係があるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 四回戦のアリーナ、『四の月 想海』。

 第一層はやはり無機質な視界が広がるばかりだが、アリーナに足を踏み入れた瞬間、言い知れぬ違和感が全身を襲った。

 

「……?」

 

 体に纏わりつくような、粘質な空気がアリーナ中に充満しているように感じる。

 それどころか、誰かに視られているような気さえする。しかし、辺りに人の姿はどこにも無い。先に入ったというレティシアも、この近辺には居ないようだ。

 

 アヴェンジャーも私と同じ事を感じたらしく、周囲に視線を巡らせ、危険がないか探っているようだった。

 

「このネバッとした嫌悪感、私の憎悪に負けず劣らずの質ですね。おそらく敵のサーヴァントの何かしらの能力でしょう。……多分、アリーナに入った瞬間から見られてるわね」

 

 それは──何とも厄介だ。こちらの動向が相手に筒抜けとは。

 もし接敵したとして、私たちが突然の遭遇である事に対し、向こうは予め知った上での対面となる。

 準備が出来ているかどうかで始まる戦闘の差は、明らかに大きくなる。

 

「警戒だけは怠らないようにしよう、アヴェンジャー」

 

「そんなのは当たり前。サーヴァントへの警戒は私がするから、アンタは雑魚エネミーにだけ気を張ってなさい」

 

 アドバイスに従い、私は視界に映るエネミーのみに集中する。

 勝ち進む毎にアリーナも様相を変えるが、一つ気付いた事がある。第一層の景色が単調であるのは相変わらずだが、その構造は回を重ねる毎に複雑化しているのだ。

 前回は特にその傾向が顕著だった。見えない通路が無数に伸びており、逃げるありすを追うのも苦労したものである。

 

 さて、気合いを入れて、なおかつ気を引き締めて行こう───

 

 

 

 

 

 

 

「なにこのアリーナしんどすぎ……」

 

 一通り走り回った感想というか、第一声が我ながら情けない。

 というのも、今回のアリーナ第一層は入り組んではいない。いないのだが、範囲が広く、加えて坂道が多いのが難点だった。

 二回戦の時も坂道が多かったが、ここは広いし距離もそれなりなので、緩やかに、そして確実に体力消耗を強いてくる。

 

 一周して分かったのだが、マップから見て折り返しと思われる地点で、二手に分かれる道があるのだが、それを外すともれなくマラソンをさせられる事になる。

 事実、ありすを追いかけ走った以来の疲労感に襲われている真っ最中だ。

 

「……体力付いたほうだと思ったけど、まだまだねマスター?」

 

 アヴェンジャーは警戒を解かないまま、呆れた風にため息を吐いていた。

 

「くっ……反論できない」

 

 少し休憩を挟み、改めて分かれ道の先を進む。何も険しいのは道のりだけではない。

 エネミーの猛攻もこれまで以上に激しく、一体倒すだけでも一苦労。聖杯戦争も既に四回戦であり、七回あるうちの折り返しにまで来たというだけあり、配置されたエネミーのレベルも伊達ではない。

 

 幾度となくエネミーに苦戦しながらも、私たちは開けたエリアに到達した。

 レティシアと彼女のサーヴァントの姿は未だに無い。だが、やはり違和感は継続している。

 

 と、そんな時だった。

 ある地点で、ポケットに入れていた凛からもらったペンダントが、仄かに熱を発したのだ。

 おそらく、ここが彼女の言っていた、魔力の濃い地点だろう。

 

「────!」

 

 光に近付くと、強烈な頭痛に見舞われた。だが、それもすぐに治まる。

 

「ちょっとアンタ、大丈夫なワケ!?」

 

「うん、ちょっと頭が痛くなっただけ。もう大丈夫」

 

 アヴェンジャーに心配されてしまった。

 だが残留魔力とやらとの接続、取得はこれで果たした。この結果を凛に伝えれば、何か自分のことが分かる……のだろう。

 

 さて、あとはトリガーを手に入れるだけだ。レティシアが気になるが、さっさと回収して帰還してしまいたい───

 

 

 

「そうは問屋が卸さぬのだ。敵対者よ」

 

 

 

 冷たい声が私の頬を撫でた。

 いや、実際に触れられた訳ではない。声だけで、そう()()()()()()()

 声の先へ視線を向ける。

 

 未踏の通路への入り口、そこに、いつの間にかレティシアと、そして和装に身を包み、生気の薄い顔をした女が立っていた。

 

 いや、待ってほしい。私はさっきの考えを口に出していない。だというのに、彼女は私の思考を読んだかのような言葉を発した。

 何故───

 

「分からぬか? 分からぬならば、分からぬままで良い。分かる必要もない。理解せぬままでいれば良い。(わらわ)はそれを望む」

 

 完全に思考が読まれている。サーヴァントらしき女は、こちらに興味無さそうに、漆黒の瞳で見据えていた。

 ───否。その瞳は、こちらに向けられているだけで、私なんて映していない。

 彼女は岸波 白野という存在を認識しながら、私などその眼中には無いのだ。

 

「ごめんなさい、岸波さん。彼女は私のサーヴァントなのですが、どうも人間嫌いのようでして。彼女の無礼はマスターである私の責任です。重ねて謝罪を」

 

 そう言って私に頭を下げるレティシア。

 マスターであるレティシアは、サーヴァントとは真逆で、私に無関心ではないようだ。

 ……まあ、私と戦いたかったと言っていたので、無関心な訳が無いのだが。

 

「……敵のマスター様が簡単に頭を下げてんじゃないわよ。ムカつくわ、イラつくわ、気分が悪いのよアンタ」

 

 アヴェンジャーがレティシアの対応に、いつもよりも噛み付いていた。だが、あのサーヴァントへの警戒は全く緩まない。

 今まで戦った相手のサーヴァントの事を知っているようだったアヴェンジャーだが、今回ばかりは違っていた。

 まさしく未知の人物なのだ、あの和装のサーヴァントは。

 

 和装……というには、かなり古い印象を受ける。口調も尊大で、しかし育ちの良さも感じさせる。

 

 誰だ? あの女性の正体は、一体何だ?

 

「話には聞いていた。そして仮初めの瞳で見てもいた。こうして直に目にするのは初めてだが……、ふむ。竜の魔女よ、貴様、なかなかに面白い霊基を持っておるな」

 

「……ッ!」

 

 感情の抜け落ちた冷たい声がアヴェンジャーを包む。漆黒の瞳が、アヴェンジャーの魂すらも覗き込むように、その姿を捉える。

 

 アヴェンジャーは、彼女の言葉に犬歯を剥き出し、強い憎悪の視線を以て応える。

 

「黙れ! 知りもしない赤の他人に、私の事を語られるなんて腹の底から気持ち悪いのよ!」

 

「短気は損気と言うだろう? やはり、()()しているだけはある。根幹は同じとて、他の全てが異なっているのだからな」

 

 ……反転? 何を言っているのか分からないが、あの女性はアヴェンジャーの何かを見抜いているのは間違いない。

 私ですら知らない、アヴェンジャーの隠している何かを。

 

 もはや一触即発だ。いつ堪忍袋が弾けてもおかしくない程に、アヴェンジャーの敵意が増大している。

 このまま戦闘になっても、心を読んでくる相手に敵うとは思えない。

 できれば戦闘は避けたいが───

 

「キャスター、あまり相手を刺激しすぎないように。私は、岸波さんとお話がしたいのです。彼女と対面できた事ですし、今すぐ陣を解きなさい」

 

「……まあ、良かろうて。そもそも妾は他者に興味が無い。マスターの道楽に付き()うてやったまでよ」

 

 レティシアに諌められたサーヴァント──()()()()()が、パン、と軽く両手を合わせると、途端に空気が軽くなったのを感じた。

 アリーナに入ってから、これまでずっとのしかかっていた違和感は、完全に消えている。

 やはり、敵のサーヴァントによるものだと判明したが、まさかいきなりそのクラスが判明するとは───。

 

 改めて、私はレティシアと向かい合う。

 彼女は私と話がしたいと言った。その真意は分からないが、何かしら得るものはあるだろう。

 

「アヴェンジャーも、武器を下ろして」

 

「……チッ」

 

 敵意はまだ収まらないが、アヴェンジャーを軽く下がらせる。対話するのなら、最低限の礼儀は必要だろう。

 

「それで、話って?」

 

「貴方に、少し聞きたい事があったんです。岸波 白野さん、貴方が月の聖杯戦争で戦う目的は、理由は何ですか?」

 

 再三に渡り悩んできた内容を、今度は他人から突き付けられる。

 それこそ、私自身でさえ、まだハッキリとした答えを持ち合わせていないというのに。言えと言われても困ってしまう。

 

「それ、は…………」

 

 生き残るため。……本当にそれだけ?

 最初はたしかにそうだった。訳も分からず、過酷な生存競争の場に投げ出され、無我夢中で駆けてきた。

 記憶も無く、空っぽだった私も、三度の戦いを経て戦う意味を考えるようになった。

 

 ()は、何故この聖杯戦争に参加したのか。失われた記憶に、その答えがあるのかもしれない。

 私は、素直にそれを、ありのまま彼女へと伝えた。

 

「……そうですか」

 

 慈愛に満ちた表情で私の言葉を聞き届けるレティシアは、まるで聖母かのようにさえ見える。そう感じさせる神聖さが、彼女にはあった。

 

「まだ戦いに意味を見つけられていないのですね。願わくば、決戦の刻限までに見出だせていただければ幸いです」

 

 ──調子が狂う。

 何なのだろう、彼女は。目的、そして意図がまるで読めない。

 普通なら、対戦相手に敵意こそ示せども、親身になる事などあり得ないはずだ。

 だというのに、彼女からは今のところ敵意すらも感じない。成長を見守る保護者の立ち位置のつもりなのだろうか?

 ……それとも、記憶を失っているせいで、私は彼女と知り合いだった事を認識できないだけなのか。

 

 頭を悩ませる私の隣で、相変わらずアヴェンジャーはレティシアを鬼の形相で睨んでいた。

 

「余計なお世話よ。コイツの面倒は私が見るの。部外者のアンタなんかに口出しされる謂れは無いわ。それとも何か? 今ここで、その清ました顔を火で炙ってほしいワケ?」

 

「今は戦うつもりはありません。今日はひとまず顔合わせだけのつもりでしたから、私たちはこれで退散するとしましょう」

 

 ──行きましょう、キャスター。

 

 そう言い残し、レティシアはどこかへ転移する。おそらくは、アリーナを出たのだろうが、何故か、キャスターと呼ばれた女だけはまだ留まっていた。

 

 他人に興味が無いと嘯いたはずの彼女は、先程と同じく感情の籠らない漆黒の瞳で、私の全身をまじまじと眺めている。

 ひとしきり観察し、満足したのか、彼女はくるりと身を翻した。体の動きに追従するように、長く伸びた髪が棚引く。瞳と同じ漆黒の色をした長髪は、まるで夜の(とばり)そのものだった。

 

「他者への興味は無いと言うたな? それは今も同じだが、岸波 白野、と言ったか。貴様はなかなかに業の深い事よ。いや、それはそこな竜の魔女が為の要因か。貴様自身は気付いておるのか? 底知れぬ悪意を、貴様の影から感じるぞ───」

 

 言いたいだけ言って、彼女もまた遅れてレティシアを追うように姿を消した。

 

 ……本当に、何がなんだか分からない。彼女の言葉の意味も。レティシアの目的も。

 そして私自身の事も。

 

 対戦相手は完全に撤収してしまったようで、一気に緊張が解れる。と、同時に、疲れもドッと押し寄せる。

 もう少しでトリガーを回収できる所まで来ているのだろうが、残念ながら私の気力が尽きてしまった。

 さっきまでの状況は、言わばマラソンの後で面接させられるようなものだ。流石にもう足が棒な上に、レティシアの言葉が頭に重くのしかかり、これ以上は足を動かせる気がしない。

 

 私の状態を理解したのだろう、アヴェンジャーは何も言わず私をおぶると、

 

「……とりあえず今日は帰るわよ。ほら、さっさと端末からリターンクリスタル出しなさい」

 

 ぶっきらぼうな物言いだが、何気にアヴェンジャーにおんぶしてもらうのは初めてだ。

 もう少しこのまま堪能していたいところではあるが、後で大目玉を喰らいそうなので我慢する。

 

 端末操作し、リターンクリスタルを取り出すと、私はそれを握り潰した。

 視界が光に包まれていき、やがてアリーナの景色は完全に見えなくなり───

 

 

 

 そして、校舎へと戻ってきた私たち。

 日は既に沈み、ロケーションは夜へと突入している。

 

 何も食べる気にならなかった私は、そのままアヴェンジャーに運ばれマイルームへと帰還する。

 おんぶは流石に解除され、私は足を伸ばすと、疲労の溜まりきった足を揉みほぐす。

 アヴェンジャーも甲冑をポイポイと脱ぎ捨てると、すぐさまラフな格好に。

 

 しばらく足のマッサージを続けながらも、アヴェンジャーの様子を見ていたのだが、まだレティシアたちへ向けられた怒りは治まっていないようだった。

 

「マスター」

 

「ひゃいっ!」

 

 と、こっそり見ていた事がバレたのかと思い、思わず声が裏返るが、アヴェンジャーは特に気にせず続けた。

 

「あの女───キャスターが言った事は気にしなくていいわ。それと、私についてアレコレ詮索するのも無しで。時が来れば私から話すから」

 

「……うん」

 

「そ。なら、よろしい。それと、これは文句だけど、アンタは敵に対して気を許しすぎ。私が離れてる時にも何かあったでしょう。大方、遠坂 凛に何か入れ知恵でもされたってとこ? あのペンダント、何にどう使ったかは知らないけど、リスクを冒してまで使ったんだから、それなりの等価交換になるといいわね」

 

 ついでに、「あまり期待しても無駄かもだけど」と要らぬ事まで言ってくる。

 茶々を入れられるくらいには、アヴェンジャーの心も平静さを取り戻しつつあるらしい。

 

 果たして、あのペンダントで私の何が分かるのか。

 一抹の不安が拭えないままに、私は疲労から来る睡魔には勝てず、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 


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