Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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新たなる共犯者

 

 レティシアが去るのを見届けた私たちは、その後、予定通りアリーナの探索へと向かった。

 ……のだが、やはり先程見たキャスターの姿が脳裏から離れず、探索に身が入らなかった。エネミーとの戦闘では問題なく対応出来たものの、それまでだ。

 戦闘以外の事柄では集中出来ず、どうしても意識が散漫としてしまう。

 

 ───鬼。

 

 一言で言えば、あのキャスターの姿はまさしく、そう言い表す他ない。言い得て妙というか、それ以外の表現が出来ないというか……。

 キャスターが和装という事もあり、今やそうとしか思えなくなっている。

 

 古き日本に存在したという怪異、平安の世を脅かしたとされ、日本各地の伝承にも多く知られる妖怪の一種である、『鬼』。

 

 うん。やはり、そうとしか思えない。

 

 だが、そうなるとキャスターの正体──真名は何なのだろうか?

 

 鬼、そして女性。それらが当て嵌められるとして、有名どころでまず思い浮かんだのは“鬼女 紅葉”。

 彼女の逸話からして、キャスターのクラスであったとしても、おかしくは無いだろうが……。そうだと決めつけるのは時期尚早だろう。

 紅葉と言えば、彼女は仲間に“鬼のお万”という、もう一人の鬼女が居たそうだが、そちらは怪力で知られており、キャスターっぽく無いので除外出来そうだ。

 

 別の可能性として、鬼で有名なのは酒呑童子や茨木童子。平安時代に京の都を荒らして回ったとされ、傍若無人の限りを尽くしたとか。

 女性かと言われれば、正直微妙な線なのだが、茨木童子の方は美しい女性に化けたという伝説もあるし、可能性としてはギリギリ無くは無い、といったところか。

 

 

 いずれにせよ、あの角は見せかけのものでは無いだろう。正気を失ったように、狂ったように暴走していたキャスター。そんな状態で露になった角は、むしろ普段は隠していたものである可能性が高い。

 

 あの暴走は予期せぬもので、レティシアの言葉から推測するに、それを抑える為にアリーナに行っていた。その帰りに私たちと遭遇し、完全には抑え切れていなかったキャスターの狂乱が、レティシアの気の緩みで暴走してしまった───といったところだろうか。

 

 謎に包まれたキャスターの素性だったが、今回の一件は、彼女の真名に近づく為の大きな一歩であるのに間違いない。

 

「……考察に耽るのもいいけどね。ちょっとはアリーナ探索にも身を入れなさいよ。そういうのはマイルームに帰ってからでも出来るでしょうに。とりあえずここのトリガーはもう確保済みだし、今回は特別に許してあげましょう。ただし、今回だけだから。私、自分以外のしてる舐めた態度とかは嫌いだから。覚えときなさい?」

 

「ごめん。確かに、エネミーもどんどん強くなってきてるし、油断大敵だもんね。アリーナで深く考察するべきじゃなかった。……ひとまず、今日はそろそろ引き上げよう。エネミー狩りも一段落だし、明日からは第二層が開放されるはずだから、明日に備えて早めに休もう」

 

 どうあれ、あの角はキャスターの正体を探る大きな手掛かりに違いない。マトリクス埋めが僅かにだが、確実に進歩したのだ。思わぬ得をしたと思っておこう。

 

 

 

 

 アリーナから帰還した私だったが、二階へと上がろうとした瞬間、ガシッと肩を掴まれた。

 なんというか、油断していると予期せぬ厄介事(イベント)が飛来するのは、もはやお約束なのだろうか。

 

「ナーイスタイミーング!! ねえ、岸波さん。緊急事態なの! 先生のお願い聞いて!」

 

 例によって例の如く、藤村先生(タイガー)が目をうるうるさせながら私を捕まえてきた。経験則が言っている。断ってもロクな事にならない、と。

 というか、もういい加減慣れました……。

 

「イエス、マム」

 

「ありがとう、助かるわ! なんでそんな返しなのかは気になるけど! それでね、何があったかって言うと、先生久しぶりに腕によりをかけて料理を作ったのね──」

 

 え、先生って料理とか出来たの?! という言葉をギリギリ飲み込み、続きを聞く。

 

「それが、できた! と思ったら、データバグだって言われて、どっかに転送されちゃったのよ」

 

 ……あー。なるほど。なんとなく、オチが読めてしまった。というか、作った料理がバグ扱いって……。

 

「そういうデータって、アリーナで消去待ち状態になってるらしいの。たぶん今日中に回収しないと、バグとして消されちゃうわ。だから、急いで回収してきてほしいの。お願いね!」

 

 やはり、探し物系のお使いクエストだったか。基本、こういうお願いしかされてない気がするが、この先また探し物とは違った事を頼まれる事はあるのだろうか。

 

「ん? ……料理?」

 

 そういえばアリーナで変なものを拾ったのだが、それを確認しようと思った時には、既に目の前に藤村先生は居なかった。風のように去りぬ、とばかりの早業である。

 

「もう居ない……。おっと、アイテム確認アイテム確認、と」

 

 端末を操作し、一覧から今日拾得したアイテムを確認していくと、一つ異質なモノが交ざっていた。キャスターの角について考えすぎていたから、アイテムフォルダから拾った時は気にも留めなかったが、今更ながらよく見てみれば、どう考えても本来アリーナにあるべきではないものだった。

 

「かに、玉……。え、これが? え、なんかお好み焼きに見えるんだけど。……表記ミスじゃなくて? え? ホントにバグってない?」

 

「かに玉って……。私の知ってるかに玉と全然違うんですけど。まだ料理がダークマター化してないだけマシだけど、それでもぶっ飛んでるわね、あのタイガー……」

 

 レベル違いにも程がある異形のモノを前にして、アヴェンジャーも堪らず霊体化を解き、もうここには居ない藤村先生へと苦言を呈す。

 いや、その感想は尤もだが、間違っても本人を前にして言わないよう、後で釘を刺しておこう。

 

 藤村先生の探し物を知らぬ間に手に入れていたが、当の依頼主が姿を消してしまっては、どうする事もできない。仕方ないので渡すのは後日にしよう。

 ……得体の知れない物体を持ち続けるのは、正直避けたいところではあるが。

 

 

 

 

 

 

 ようやくマイルームに帰ってきた。

 色々とあった一日だった。それはもう、本当に。

 

 ありがたい事に、ラニに私の記憶を取り戻す為の協力を取り付ける事ができた。ようやく記憶の糸口を掴んだのだ。今度こそ、空振りにならないように祈る。いや、空振りにしてなるものか。それくらいの心意気でいるべきだろう。

 

 そして、もう一つ忘れてはならない事がある。キャスターに見られたあの異形の角について。

 疲れた体だが、甘やかさずに私は横にならずに、椅子に座って思考に耽る。

 

「アヴェンジャー。角のある存在といえば、何を思い浮かべる?」

 

「アリーナの続き? そうね…………、西洋でいえばオーガとか一部のドラゴン。でも、あのキャスターはアンタと同じ極東出身って雰囲気だし。……となると、やっぱり『鬼』かしらね」

 

「やっぱり、そう思うよね」

 

 アヴェンジャーも私と同じ意見のようだ。この際、キャスターは“鬼に連なる英霊”だと仮定して話を進めよう。

 今あるヒントは、日本の英霊、巫女(?)である事、鬼のような角がある事……くらいなもの。

 ここからキャスターの正体の候補を絞り込めそうな気もするが、それはまだ早い。もう少し、穴を埋めるためのピースが欲しいところだ。

 

「鬼、鬼ねぇ……。でも、あの感じはなんというか……」

 

「何か気になる点でもあるの、アヴェンジャー?」

 

 私の問い掛けに対し、少し濁すような形で、彼女は答える。

 

「いや、鬼って言えば確かに荒れ狂う感じはあるかもだけど。でもキャスターよ? あの女はキャスター、それでいて巫女として呪術も扱う。なのに、あの時の暴走はどう見てもバーサーカーだった。バーサーカー以外のクラスでも、その逸話から狂化スキルが付与される事はあるわ。でも私の知る限り、それはあそこまでの暴走を引き起こすようなものじゃないのよね」

 

 アヴェンジャーが言うには、たとえセイバーやアーチャーのクラスであっても、その英雄の伝説や逸話から、召喚される際にスキルとして狂化を所持している場合があるという。

 しかし、それは思考や行動に偏りが表れたり、何かを切っ掛けに歯止めが利かなくなるといったもの。

 だがキャスターのアレは、そういった感じではなく、バーサーカーの暴走と変わらないように見えた……という事らしい。

 

「確かに狂化スキルによる暴走はある。それがセイバーにしろ、アーチャーにしろ、ね。でも、理性ばかりか思考能力まで失う暴走っていうのは、バーサーカーとしか思えない。さて、ここで疑問があります。キャスターなのに暴走する程の狂化スキルを持つとして、私たちが初めてアイツと邂逅した時、そんな様子は微塵も無かった。あれ程の暴走だもの、普段どうやって狂化を抑えていたのかしらね?」

 

「……自身に何かの魔術を施していた? キャスターとしての能力で、狂化を抑え込んでいたとか?」

 

「そうだとして、普段は微塵も感じさせてないあの強い衝動を、自身で抑え込む事ができているのなら、高いレベルの呪術の使い手でしょうね。多分、相当に名の知れた力のある巫女よ、アイツ。それこそ、旧き時代──神代の魔術師に匹敵したりしてね」

 

 神代──日本で言うならば、国産みの神話の頃が妥当か。だが、それほど遥か昔の日本に、有名な巫女など居ただろうか?

 そもそも巫女という概念が生まれたのは、いつ頃なのかも分からない。多分、私が知る限りで日本最古の巫女と言えば───邪馬台国の女王“卑弥呼”しか思い当たらない。

 

 卑弥呼。未だにその全容が解明しきれていない、邪馬台国を治めたとする(いにしえ)の女王。

 しかし、キャスターの真名かと聞かれれば、そうだとは思えない。卑弥呼に角があった、卑弥呼が鬼だったなどという話を聞いた事がない。

 恐らく、そんな話は学説に存在しないのでは無かろうか。

 

 ますます謎を深めるばかりのキャスターの正体に、私の頭は思考を巡らせすぎて熱を帯びていく。知恵熱が蓄積しきる前に、今日は休んだ方が良いだろう。

 明日はもうモラトリアムも4日目。四回戦目の折り返しとなる。おそらく、アリーナの二層目は明日開放されるはず。

 経験則が言っている。きっと明日、マトリクスを埋める何かが起きるはずだ、と。

 

「角のある巫女。今分かるのはそれだけ、か」

 

「そうね。さ、休むわよ。疲れた体で考え事をしたって、どうせ纏まらない。まだ猶予はあるんだし、真名明かしは情報をもっと集めてからで良いわよ」

 

 アヴェンジャーはこれ以上考える事は放棄し、すぐさま休息に入る。私も椅子から簡易ベッドへと場所を変え、アヴェンジャーに倣うように、目を閉じて思考に蓋をする。

 アヴェンジャーと話すべき事は話した。今は疲れた頭と心身を休めよう───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───墜落の夢を見た。

 見上げた空が、深く青い、海の色だったからだろう。

 箱舟は鈍く光りながら高度を落として、緩やかに沈んでいった。

 

 泳ぐような/溺れるような飛行。

 その姿を見て、多くの人々が永遠を誤認した。

 

 星の上っ面を巡る衛星(きかい)と同じだ。音の無い(そら)でぼんやりと、いつまでも、凍りついた文明(にんげん)を眺めている。

 

 炎が踊る。/その手には鋼。

 

 大地が割れる。/その手には毒。

 

 海が枯れる。/その手には、(四億)分の熱量。

 

 

 

 血塗れの夢を見る。/多くの人間は疲れている。

 

 食い尽くす夢を見る。/多くの賢人は諦めている。

 

 夢の無い夢を見る。/多くの私は、未来そのものに飽きている。

 

 主よ、嘆きたまえ。人間は、こんな筈ではなかったのだ、と。

 

 

 

『さあ、ずっと隠されていた事実を提出しよう! 世界はとっくの昔に袋小路で、この未来はデッドエンドなんだって! 人類は何百年もかけた宿題を果たせず、見苦しくも志半ばで終わるのだと!』

 

 

 ──そう、この世界に、未来に、希望なんて残っていない。僅かに残された一握りの価値ですら、とうの昔に焼却された。

 結局のところ、人間は、人類は、愚かしくも自分たちで課した重荷に耐えきれなかったってコト。なんとまぁ、無様な事か。

 

 

 嘆きの声を聞かせてほしい。壊れた歴史をいじり続ける。

 間違っていたと叫んでほしい。砕けた地表を検分してみる。

 勝利したと笑ってほしい。多くの過ちを経て、我々はようやく、人間同士の争いから解放された。

 

 

『だが、それが何を生んだ? 恒久! 永遠! 幸福! 停滞! 見ろ、(おびただ)しい屍者の群れを。聞け、あの苦悶のごとき訴えを。誰も未来を望まない、誰も変革に興味はない。だいたい───我々はもう十分に幸福だ。これ以上の進歩なんて、それこそ不要なものだろう!』

 

 

 ───愚者は望まぬ変化に順応できない。人間は、変化を許容する生き物だけれど、それは妥協の上での話。多くの人間が、幸せを望んで時代の流れ──変化に身を任せたけれど、それは本当に望んでの事だった?

 仕方なく、他の人もそうしているから、自分もそうしよう……そんな、流動的な決定が、人類の歴史には山のように積み重なってきた。何かを自分の意思で決めるのは、王や国の代表といった、一握りの指導者だけ。そしてそれが、変革を望まぬ愚者の群れを作り上げたとは知りもせずに。

 愚かで、哀れ。そのくせ、幸せを望むくせに変化は嫌って、でも仕方なく許容はする。それが、人間だものね。人間という種の、特性(けってん)だものね?

 

 

 争いのない家路、温かな窓辺の明かり、貧困のなくなった、平等なユートピア。

 

 ───だが。

 もう一度だけ、答えてほしい。

 

 炎は踊る。/我が手には鋼。

 

 大地は割れる。/我が手には毒。

 

 海は枯れる。/我が手には(四億)分の熱量。

 

 この未来を。誰も望んでいなかったと、声高らかに謳うがいい。

 

 ……かつて生命は海から生まれた。その母なる海はとうに無い。今は電子の世界に、その痕跡を残すのみだ。

 我々は地上に広がり、大地をより豊かにし、優れた文明を築き上げた。

 

 何のために。

 

 この疑問に解答を。

 ───是非を問え。その繁栄に、果たして、千年の価値はありや。

 

 

 

 

 

「そんなもの、決まっている。価値なんて、ある筈が無いじゃない。でしょう? ──()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ふと、目が覚めた。

 欠けた夢を、見ていたようだ。

 

 重い体を無理矢理に起こす。瞼はまだ重い。まだ不完全な覚醒ではあるが、この微睡みに身を任せてしまいたくなる衝動を必死に堪える。

 頬を軽く叩き、緩やかな覚醒から、一気に意識を目覚めへと引き上げる。

 

「……。またあの夢……なのかな?」

 

 凛やラニは、霊子状態の人間は夢を見ないと言っていた。そもそも、夢とは本人が蓄積した記憶から形成されるもの。

 肉体と繋がっていない今の私に、過去からの検索はないはずだが……。

 

 ……しかし。

 これは確かに、自分の夢のような気がする。あの光景を、私は確かに経験している。

 それは一体、何を意味するのだろうか……?

 

「ようやくお目覚め? アンタが呑気に寝てる間に、ちょっと面倒な事になってるわよ」

 

 既に支度を整えたアヴェンジャーが、マイルーム入り口にもたれながら、そのイラつきを隠そうとはしていなかった。

 面倒、とは何ぞや?

 

「それは自分で確かめなさい。というか、黙っていても向こうから来るでしょう。クソ迷惑なダニ神父め、これだから愉悦信奉者は嫌いなのよ……!」

 

 言峰神父が何かをしでかしたようだが、とても嫌な予感がする。

 具体的には、何か面倒事に巻き込まれそうな……。

 手短に朝の支度を済ませ、マイルームから出る。アヴェンジャーは霊体化しており、部屋を出る時にはもう姿は無かった。

 

 

 

 

 アリーナに行く前に、まずは保健室へと向かう。

 ラニの様子が気になったからだ。私が行ったところで、何も出来ないかもしれないけれど、昨日は、私を少し受け入れてくれたような気がした。

 だから、今日も行って話をしてみよう。夢の事も、誰かに話しておきたいし。

 

 幸いにも、言峰神父に捕まらずに保健室へと到着出来た。タイガーも姿が見当たらなかったので、謎の物体X(かに玉)を渡すのはまた後にする。

 

 今朝見た夢の事。それが自分を理解する(みたす)切っ掛けになるかもしれない。そんな思いが頭から離れないままに、保健室の中へと入っていく。

 ラニはこちらの訪問を知ると、待ちかねていたように、にこりと笑い、ごきげんよう──と頭を下げた。

 その声は昨日のような棘はなりを潜め、しかし初めて出会った時とも違う、柔らかな鐘のようだ。

 

「あ……約束……守ってくれたんですね」

 

 少しはにかんだような表情(いろ)。顔は相変わらず無表情に見えたが、明らかに違って見えた。表現が難しいが、今の彼女は例えるなら、冷たい機械に僅かながらも心が芽生えた……ような。面と向かって告げるのは失礼極まりないので、間違っても口にはしないが。

 こんな顔も出来たのか、と思わず黙っていると、ラニは用意していたのだろう言葉を紡ぐ。

 

「昨日、岸波さんは言いましたね。自分には、中身が無いのだと」

 

 そう、私はそれを探したい。これは記憶の有る無しとは別の問題だ。

 慎二も、ダン卿も、ありすも持っていたであろう、自分の芯になるべき願い(なかみ)。自分の在るべき、存在の理由を。

 

「思えば、師はいつも言っていました。私を生み出した後、(なかみ)は入れられなかった、と。昨日は、それを思い出したです。何故でしょうね、師とは違うはずのあなたと話していたら──」

 

 目を閉じ、何か大切な記憶(おもいで)を懐古するように、かつての温かみを噛み締めるように、ラニは続けた。

 

「岸波さんの姿が、師と重なってしまって。話しているうちに、体内の温度の上昇を計測したのです。身体機能は回復しつつあり、決して異常ではない筈。胸が熱い。けれど、気分は軽やか……。このような事、初めてだったのです」

 

 自らの胸に手を当て、その熱を初めて感じたと言う彼女の姿が、何故か、自我が芽生えたばかりの幼子のように見えた。

 

「ラニ……。それが、心だと思うよ」

 

 確かに、最初は(なかみ)が無かったのかもしれない。だが、この数日を通して彼女とふれ合い、私は確信を持って、これだけは言える。

 ラニ、君に(なかみ)が無いだなんて事は、決してないんだ。

 

「心───これが、なかみ(こころ)?」

 

 沈黙。しかし、それはラニの顔を見ていれば幸せの消化時間に違いなかった。眼を閉じ、何度も呟き、ラニはそれを飽きるまで繰り返した。

 

「師よ──。これが……これが、そうなのですね。(わたし)を満たす清水(こころ)。なんて──なんて暖かい……」

 

 ラニはもう一度そう言うと、顔を再びこちらに上げて───

 

「ありがとうございます。そして、次はあなたの番。せめてものお礼です。私に出来る事はありませんか?」

 

 と、真剣な眼差しを向けた。遠慮しておこうかとも思ったが、その目の真っ直ぐさに、つい口を開く。

 不思議な夢を見た。いや、あれが夢であるか断言は出来ないのだが……。

 

「電脳が見る夢……ですか。それも、他人事のようで実感のない夢──」

 

 あれが私が過去に経験した(きろく)であると、根拠は無いものの、確信だけはある。でも、それでも、何故。そこに他人の意識のようなものが介在するのか。それだけは、得心も納得も理解も出来なかった。

 

「夢というのは、睡眠中に脳の情報整理をするために、記憶が呼び出された結果認識されるもの。……ですが。今の岸波さんに、過去の記録を整理する事は出来ないはずです。その光景は、あなたの魂に焼き付いた原風景なのかもしれません。夢というよりトラウマの類いですね」

 

 トラウマ……。確かに、あの光景は見ていて気持ちの良いものでは決してない。まるで世界の滅亡を見ているかのような光景。人類の破滅を物語るかのような語り草(ナレーション)としか言えなかった。

 夢にナレーションがあるのも、殊更におかしな話ではあるのだが……。

 

「……それと。その内容も、興味深い。抽象的にして、観念的───。意識の地平を越えた、認識の世界。人面鳥の空行くが如く、掴みどころがない」

 

「確かに、夢の事を思い返してみても、相変わらず、私が何者なのかって答えは出ないんだ。いったい、私は何者で、何のために、この聖杯戦争に参加したのか……」

 

 ラニも、凛も、ダン卿も、レオも。そして、レティシアも。

 全員が、強い意志を持ってここに来ている。

 いずれにしても、聖杯を使ってでも実現したい強い願望があるのだろう。それに比べて私は───

 

「…………」

 

 俯いて、マイナス思考に落ち込みそうになっている私に、ラニは言う。

 

「このような時、何を言えばいいのか、私には分かりません。ただ……あなたに何かを言いたいという衝動だけが湧いてくるのです。そしてあなたには、そんな顔をして欲しくないと思う私がいます」

 

 ラニは私の手を取り、思わず視線が彼女へと向く。そこには、真剣な顔で、今までに無く強い光を瞳に宿した、無垢なる少女の姿が在った。

 

「あなたは私を助けた。助けて……くれた。だから、私もあなたを助けたい。こんな事、初めてなんです。師の指示ではなく、課された使命の為でもなく───誰かの為に。私自らが、自分の意思で、あなたの為に行動を起こしたいと、強く思ったのです」

 

 それは───。

 

「岸波さん。あなたの対戦者のこと、調べてみようと思います」

 

「──いや、待って。いくらなんでも、それは危険すぎる」

 

「心配には及びません。星の廻りを知る者は、その力の及ぶ限りも知っています」

 

「いや──でも……」

 

「…………」

 

 ラニに見つめられる。一点の曇りもない瞳だ。

 

「……分かった」

 

 ラニの真剣な目に負けて、承諾してしまった。カッコつけたがりのアヴェンジャー風に言うなら、これでラニは私たちの“共犯者”となってしまった訳だ。

 と、ラニの表情が僅かに緩む。

 

「それでは、今分かっている事を教えて下さい」

 

 敵のサーヴァント……キャスターに関して今、分かっている事───。

 彼女のクラスと、アリーナで垣間見せた呪術らしきもの。そして姿と、昨日目にした決定的な異形の証───天を衝くように額から伸びた、漆黒の一本角。

 

「和装の女性で、呪術を扱い、額には角が生えていた。キャスターであるはずが、バーサーカーのように荒れ狂う姿も見られた……ですか。思っている以上に、情報が集まっているようですね。……分かりました。調べてみましょう」

 

 ラニに危険な事はして欲しくないが、彼女の気持ちは本当にありがたかった。

 だが、くれぐれも気を付けて。そう言って、保健室を出る事にした。

 

 

 

 

「異形の角。呪術を扱う女性……。日本で言うところの鬼。化生の女怪? まずは当てはまる過去の人物から調べ、次に年代を絞り込んで……」

 

 岸波白野の去った保健室で、彼女と協力者───共犯者となったラニは早速動き出す。

 ともすれば、彼女自身がまだ聖杯戦争に参加するマスターであった頃よりも、その顔にはかつてなく輝きで満ち溢れていた。

 

 

 

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