保健室を出てすぐ、アリーナへ行こうとした時だった。端末が廊下に音を響かせ、新たな
『
今や私も場数を経て、やはり今日が第二層目の開放される日だったと予想が当たる。
一つ気になるのは、四日目を迎えるにあたり、一つ目のトリガーを取れていないマスターに第二層へと入る資格は与えられるのか、という事だが……。
当然、自分でそれを検証するつもりは毛頭ない。そんな馬鹿げた事をする暇があるなら、一目散にこの戦いを駆け抜けた方がいい。
「順調に歩んでいるかな、若きマスターよ?」
端末から目を上げると、ちょうど職員室の前辺りで言峰が立っているのが見えた。
彼の見つめる先には私しか居らず、こちらに話しかけてきているのは明白だった。
それにしても、向こうから声を掛けてくるとは珍しい。一体何の用───いや、そういえば今朝、アヴェンジャーが何か言っていたような……。
それを思い出すよりも先に、言峰はこちらへと歩み寄り、言葉を続ける。
「何、ちょっとした通知だよ。君たちもそろそろ、単純な探索だけでは飽きてきたかと思ってね。私から、少し違う趣向を用意させてもらった」
趣向?
一体、何をさせようと言うのだろうか。ただ、あまり嬉しく無い事のような予感があった。
「なに、単純な話だ。この試合、君たちマスターに特別ルールを一つ追加させてもらう。それぞれのマスターには別のルールを追加しているのだが───。そうだな、君は『
「……えっと。それは何を?」
「
とんでもなく、要らぬお節介なのだが!?
迷惑そうな顔をしていると、言峰は何かに気付いたように、大げさに肩を竦めた。
「これは失礼。重要な事を忘れていた。報酬の話をしようか。この追加ルールだが、6日目、クエスト達成者には対戦相手の戦闘データを一つ、開示しようと思う。どうだね、悪くない報酬ではないかな?」
うーん、それは確かに美味しい話ではあるが……。大型のエネミーって、もしかして普段倒してるエネミーなんかでは話にならないレベルで強いのでは?
え? 私、それに勝てるの? 自信無いんですけど!?
──おっと。
そう言って、指をパチンと鳴らす言峰。すると、何故か急にアヴェンジャーが現界した。
急にどうしたんだと思ったが、アヴェンジャーの顔を見てみると、彼女もいきなりの事で何が何やら、といった具合に混乱した様子だ。
どうやら、自分の意思で霊体化を解いた訳ではないらしい。
「は……? 何なの、勝手に現界させられたんだけど!?」
「失敬。実はまだしなければならない事が残っていてね。サーヴァントに霊体化されたままでは少々面倒だったので、こちらで現界を強制執行させてもらったよ」
流石、上級AIなだけはある。運営のためなら、サーヴァントにすら干渉出来るとは……。
でも、多分だけど、干渉出来てもせいぜいは今のような事くらいだろうが。そうでなくては運営側のやりたい放題になってしまう。
管理の怪物であるセラフが、NPCの暴走を許すはずも無いが、
言峰はおもむろに、アヴェンジャーの頭に触れない程度の距離で手を翳す。
反射的に体を背けるアヴェンジャーだったが、本当に一瞬の事で、言峰はすぐに手を下げた。
「これで準備は整った。では、アリーナに向かいたまえ。このクエストは第二層で行われる手筈になっている」
「ちょっと待ちなさい。あなた、私に何をしたの? というか、何で無理矢理に現界させられたの!?」
納得がいかないと、アヴェンジャーは言峰を睨み付ける。が、復讐者の鋭い視線を受けて尚、この神父は怯むどころか、堪えた様子を微塵も見せない。
どれだけ肝が据わっているんだ……。
「簡単な話だ。君に合ったエネミーを用意しただけの事だよ。スキャンの結果から用意した君たちが倒すべき大型エネミーは、運が良ければ霊基再臨に必要な素材をドロップする。そういったエネミーでも用意しなければ、大型を狩るに際し、大いに意欲的になってもらえないだろうからね」
この神父、やり口がゲームマスターじみている。試練を用意し、見事クリアした暁には、マトリクスだけでなく、有用なアイテムまで手に入るよう仕向けるとは。
運が絡むようだが、それでもサーヴァントを強化出来る可能性があるなら、挑まない手はないだろう。
どうせ挑まないといけないのに変わりないし、文句を言っても仕方ない、か……。
こちらに選択肢など無い、という事だろう。
「では、今度こそ。アリーナへと向かい、一狩り行ってくるがいい。さて、通達は君が最後だったのでね。私は、戻って再び
言うだけ言って、言峰は去っていった。
神父だって人間だものね。ゲームだってするよね。
でも、まさかとは思うけど、自分が今してるゲームに影響されて、この試練って事はないよね?
やたらクエストだのと言っていたが、それもゲームの単語が関係してるとか、無いと思いたい。……切に。
「面倒だとは小耳に挟んだけど、思った以上みたいね。……チッ。セコいやり方ったらないわよ! ……報酬まで用意してるところが余計にいやらしいわ……!!」
地団駄を踏むアヴェンジャーを引っ張りながら、私はアリーナへ向かう。
と、そこへ、職員室から出てきた藤村先生とバッタリ出くわした。
「あら、岸波さん。もしかして……」
「先生、ちょうどいいところに。こちらをお納めください」
端末を操作し、藤村先生へと疑惑のかに玉を返却する。これで、こちらのクエストは達成出来た。
「あ! 先生のかに玉! 回収してくれたのね。ありがとー!」
かに玉を受け取り、まるで子どものようにはしゃぐ先生。
「ちょっと、小麦粉が入ってるくらいでデータバグだなんて、ひどいと思わない? 思うよねー」
いや、料理に関する知識はあまり無いので、断言は出来ないのだが、でも言いたい。普通は、かに玉に小麦粉って入れるものなの?
「ま、それは置いといて。あと、もう一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
追加依頼と来たか……。ええい、ここまで来たらせっかくだ。受けてやりますとも!
「ドンと来い、です!」
「さっすがー! 頼りになるわ。でね、実は誰かが公然と私の事、その……
な、何とも、耳の痛い依頼内容だ。藤村先生、自分がタイガーって呼ばれてる事、知ってたんだ……。
いや、この場合は初めて知って、それを止めさせたいのか?
藤村先生が居なくなったのを確認して、アヴェンジャーは私の頭をポンポンと叩きながら、わざとらしく言った。
「アンタ……。そういえば、たまにあの教師の事、タイガーって呼んでなかった? あら、なら話は簡単ね。アンタをあの女の前に突き出せばいいだけの話じゃないの」
「いやいやいや。私だって弁えてるよ。決して公然の場では言ってません! 多分、私の事じゃないよ」
犯人は私以外の誰か。そういう事にしよう。そうしよう。
犯人探しという新たなクエストが加わり、アリーナに行く前に調査だけでも先にしておく事にする。まだ午前だし、アリーナに行く時間は十分にある。
「聞き込み調査から始めるかな……」
「探偵ごっこでもする気? 私はパス。そんな面倒事に頭と労力を使いたくないわ」
霊体化したアヴェンジャーは気にせず、私はまず教室へと足を運んだ。誰かしらマスターは居るだろう。
結果からして、聞き込みによる捜査は上手くいった。それらしき男子生徒──の姿をしたマスター──を見た事があると証言を得られたのだ。
そして、つい先程その男子生徒を校庭で見かけた……という情報を得た私は、すぐさまその足で校庭へと向かう。
そして、確かに「まったく、タイガーは朝から騒がしいぜ。なんだよ、別に校舎内で香を焚くくらいいいじゃねえか。サーヴァントが焚け焚けうるさいから、わざわざ屋上でやってたってのに。それなのに校内は火気厳禁とか捲し立てやがって。くそ、タイガーめ……。あんなだからタイガーなんて言われるんだ!」と宣うマスターが居た。
「あのぅ……」
気が立っているようなので、正直あまり声を掛けたくないのだが、臆していては事が進まない。諦めて、私はおずおずと声を掛けるのだった。
かいつまんで藤村先生から頼まれた事を説明するが、彼は怪訝そうな顔をして、
「何? 俺がタイガータイガー言ってるのが、タイガーの耳に入って、呼び出しが掛かってる──? ふんっ、そんなものに応じる気はないぜ。フカヒレでも食わしてくれりゃ、話は別だけどな」
フカヒレ? これまた突拍子もなく、意外な単語が出てきたな……。だが、どこで手に入れたらよいのか……。言った以上、彼は入手方法を知っているのかも。
「フカヒレか? マスターたちの噂じゃ、アリーナの最深部のサメが泳いでる辺りにあるって話だな。それにしても、今日開放されたばっかだってのに、よくアリーナにそんなものがあるって見つけたよな。攻略早すぎだろ。……って事で、アリーナの最深部にあるっていうフカヒレを持ってくれば、タイガーの話を聞いてやらない事もないぜ」
アリーナ最深部……。かに玉の時よりも大変そうだが、トリガーや大型エネミーのついでに探すくらいなら訳ないだろう。
回を追う毎に手間も掛かるようになってくるのは、本当にゲームでもしているような気分になる。
男子生徒の要望に従う為──という訳ではなく、そもそもの目的として言峰に課されたクエストのクリアを果たすべく、アリーナに進入する。
第二層に降り立った私たちの目の前には、広大な海が広がっていた。
一回戦では恐竜などの骨と漂う沈没船。二回戦では水没した古代都市。三回戦では氷海に浮かぶ城と、命の躍動感は感じられなかったが、ここは違う。
深海という程ではないが、海中であるのには変わりなく、外の景色には無数の魚が群れを成して、まるで道のように伸びながら泳いでいる。
マンボウが悠々と遊泳し、サメは我が物顔で海を回遊する。奥は海底洞窟になっており、そちらは魚の群れは居ないが、代わりにサメが複数匹で集まっており、おそらく洞窟内は彼らの縄張りとなっているのだろう。
現実なら恐ろしくて進めないが、あくまでエリア外の存在。実際に害を与えてくる事はない。景色だけを楽しむなら、地上ではまず見られない。そこは、まさしく海中の楽園。魚たちのパラダイス。
毎度ながら、二層目は必ずと言っていいくらい、細部に至るまでディテールが凝っている。管理の怪物でありながら、セラフは凝り性でもあるらしい。
「さてと。大型エネミーってくらいだから、アリーナの奥地にでも配置されてるのかしらね? それと、分かってるでしょうけど、もし敵サーヴァントと遭遇しても戦わないわよ。今回の目標は大物だけに絞る。無駄な力は使わず、大物の為に温存する。そういう意味では、雑魚のエネミーも今日は無視。お分かり?」
うん、とアヴェンジャーに頷いて返す。ラニがキャスターについて調べてくれているし、無茶は控えた方が良い。大型エネミーがどれほどの強さか分からないし、消耗した状態で戦うのは得策とは言えない。
アリーナを駆け抜ける。エネミーは可能な限りスルーし、かわしきれなかったものだけを対処する。初めて見るエネミーは避けるようにルートを選び、奥へ奥へと進んでいく。
走りながら、時折遠くで戦闘音らしきものが聞こえてきており、どうやらレティシアたちもアリーナに来ているらしかった。彼女らも、言峰に課された試練の消化中なのかもしれない。
幸いにも、音は遠くで聞こえており、進行方向とは真逆のようだ。今のところはレティシアたちに遭遇する心配はないと見た。
だが、だからといってモタモタしている訳にはいかない。時間を掛ければその分だけ、レティシアたちとバッタリ出会す、なんていう最悪な事態に陥る確率が上がるからだ。
走り続ける事、15分。海底洞窟のエリアを抜けた先に、開けた空間が現れる。そしてその中央。明らかに他のエネミーと比べても異質な存在が、私たちを待ち構えていた。
「アレは……!!」
アヴェンジャーが目を見開き、強く噛み締めた犬歯により唇は軽く裂け、血が地面へと滴り落ちる。
そこに在ったのは、
無数の骨が積み重なり、巨大な一つの個を構築した、実体の無き亡霊。
風に乗って漂ってくるのは、あの巨大なゴーストからの感情か。強い恐怖、不安、絶望、嫉妬、憎悪といった負の感情が凝縮された、人間の悪感情の吹き溜まり。まさしく、あのゴーストはそう例えるにふさわしい。
───痛い痛い痛い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない助けて助けて助けて憎い憎い憎いどうしてどうしてどうして!!
───あの女のせいだ。あの女のせいだ! あの女のせいだ!!!
───異端者め、異端者よ! 神を冒涜せし魔女よ! 殺してやる、殺してやる、殺してやる!!!!
言葉にならぬ魂の叫び。それは、私ではなく、アヴェンジャーへと全て注がれていた。私の事など、あの巨大なゴーストは意識すらしていない。
アヴェンジャーは、一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに平静さを取り戻し、悪態を打つ。
「……ハッ! あの神父の仕業か、コレは! また鬱陶しいのを再現したものです。本当、見るに堪えないこの汚物を、また私の前に呼び出すなんてね!!」
巨大ゴースト──エンシェントゴーストの威圧感をものともしない様子で、アヴェンジャーは旗を翳す。その黄金の瞳には、久方ぶりに怨敵と相見えたかのような、黒き復讐者の憎悪が宿っていた。
「いいわ。何度でも煉獄へと堕としてやる。たとえ単なる再現体だとしても、二度と再現出来ぬよう、その薄汚いデータを奈落の底まで叩き落としてやるわ!!」
アヴェンジャーの咆哮が空間に轟く。それはエンシェントゴーストの腹の底まで響くような怨嗟の呻きよりも濃い、どす黒い悪意に満ちていた。
……あの感じからして、アヴェンジャーはこのエンシェントゴーストを知っている。エネミーとして、ではない。
彼女の過去と関係しているのかもしれないが、今はアレを倒す事だけを考えないといけない。
絶対に倒さなければならない理由が他にもある。何故なら、アレの後ろには───
「アヴェンジャー、アイツの後ろに
「分かってる! アイツを殺す! それで終わり! 今はそれだけよ!!」
アヴェンジャーの掲げた旗に反応を示したのか、エンシェントゴーストが怯えるように後退り───と思いきや、その長大な腕を横凪ぎに振り払う。
骨だけであっても、その巨躯から放たれる一撃は並のエネミーを一撃で葬り去る威力を有する。不意打ちを旗で受け止めるが、パワーに差があるために押し負けてしまう。攻撃を受け止めた旗ごと、アヴェンジャーは横に引き摺られる。
「この、クソッ!」
体への直撃は辛うじて防げているが、腕の駆動可能限界まで耐えた瞬間、逆の腕がアヴェンジャーへと伸び、その胴体を鷲掴みにした。
肉の無い骨だけの指なのに、どこにそれだけの力を持つというのか。アヴェンジャーの体中の骨がミシミシと悲鳴を上げる。締め上げられ、このままでは内臓が粉砕されるのも時間の問題だ。
「アヴェンジャー!」
「ぐくっ……! うがあぁぁぁあああ!!!」
憤怒の雄叫びを上げながら、アヴェンジャーは炎を噴出させ、自らの体を巻き添えにしながらも、エンシェントゴーストの手を文字通り炎上させた。
───ギャアアァァァァ!!! 熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!
苦悶の叫びは、エンシェントゴーストから漏れ出たものだった。
しかし、全身を炎で包んだアヴェンジャーの方が、もっと痛いはずだ。その絶叫は、お前なんかが上げていいものじゃないはずだ。
骨の手が炎で怯み、出来た隙間からすかさず抜け出るアヴェンジャー。後退した彼女の全身は焼けて、服が少し焦げ落ち、髪もプスプスと黒い煙を上げている。マントはボロボロの穴空き状態だ。肌は火傷で少し爛れた箇所もあり、彼女の白い肌には火傷がとても痛々しく映った。
「初手から大ダメージとか、虫酸が走るわ。あの雑魚をよくもここまで強く違法改造してくれたわね、あのクソ神父……!!」
悪態を吐く余裕はまだあるようだが、ダメージが大きい事に変わりない。すぐにコードキャストで全回復させるが、魔力をかなり持って行かれた。そう何度もダメージを受け続ければ、私程度ではすぐに底をつく。
「アヴェンジャー、まずは防御に徹して。今はアイツの動きを観察しよう」
「癪だけど、仕方ありません。魔力を回しなさい、マスター! 腕力にブースト! それで多少はガードが活きる!」
言われた通り、なけなしの魔力を使ってアヴェンジャーにコードキャストを掛ける。この
それが出来なければ、私たちは死ぬ。
エンシェントゴーストは炎を振り払い、その衝撃の余波が暴風と化してアヴェンジャーに向けて飛来する。
衝撃波を力任せに旗で掻き消すが、すぐさま第二、第三の衝撃波が殺到するように押し寄せる。
「手数が、多いわね!!」
連続して放たれる遠距離攻撃を強引にいなすアヴェンジャーに対し、エンシェントゴーストは6発目の衝撃波を放ったと同時に、アヴェンジャーに向けて突進した。
その両腕を左右に大きく伸ばし、目にも止まらぬ速さでアヴェンジャーを叩き潰そうする。
既に次の攻撃が見えていたアヴェンジャーは、最後の衝撃波を叩き潰すと、すぐさまその勢いを利用して、旗で棒高跳びの要領で宙へと身を投じる。
空を切った骨の手が、バキャッという甲高い音を響かせた。骨と骨とが肉を介さず直接ぶつかり合う嫌な音に、私は思わず耳を塞ぐ。
だが、アヴェンジャーは不協和音を意にも介さず、エンシェントゴーストの顎目掛けて、旗を大きく振り上げた。
「砕けて死ね!!」
攻撃した瞬間に、その隙だらけの顔面に下からの強烈な一撃をまともに受けたエンシェントゴーストは、下顎を見事に打ち砕かれ、口から下が完全に消滅する。
───オオオォォォォ!!!!
しかし、宙で攻撃したアヴェンジャーにも、攻撃後の隙が生まれるのは必然。エンシェントゴーストは顎が砕けながらも、旗による一撃で上向いた頭を一気に振り下ろし、アヴェンジャーは胸にまともに頭突きを受けてしまう。
「ガハッ──!?」
敵も咄嗟のカウンターだったのと、それが打撃だった事もあり、ダメージは大きくはないが、地面に背面から叩き付けられたアヴェンジャー。
肺から空気が押し出され、呼吸もままならない。そこへ、逃がさんと追撃とばかりに、その巨体で押し潰そうと倒れ込んでくるエンシェントゴーストに、私はガンドを撃ち込む。
一瞬で良い。僅かでもアヴェンジャーが体勢を整える時間を作る事が出来るなら──。
ガンドがエンシェントゴーストの脳天に直撃し、3秒ほど動きが止まるが、アヴェンジャーにはそれだけで十分だった。
手から炎を噴出し、ジェット噴射の如くの高速で巨体の影から退避する。すかさず骨の手がアヴェンジャーを捕まえようと伸びるが、その手は虚空を掴むのみ。
勢いよく私の前まで戻ってくるアヴェンジャーだが、同時に強化の効果も消えていくのが分かった。
「いつも思うけど、
「誰が火炎放射器だっての。まあ、否定出来ないけど……。それで、観察してみてどうでした? 何か掴めたんでしょうね」
「うん。粗方は見えた」
動きを見ていて分かったのは、エンシェントゴーストは巨体の割に動きが遅くない事と、その上でリーチが長いために広範囲をカバーしているため、懐に入って戦う必要がある。
そして、遠距離攻撃は腕を振った際に生じる衝撃波だけ。あとは主に肉弾戦を用いるのみ、という事。
まだ何か隠し玉を持っているかもしれないが、ここまで使って来ないなら、ダメージ上限が発動のトリガーになっているのかもしれない。
もしくは、本当にこれまでの動きのみがアレの取れる全てであるか。
「なるほどね。ま、妥当なところかしら。戦って分かったけど、多少強化されているとは言え、やはりアレは単なる再現データに過ぎない。アレの嘆きは、絶望は、憎悪は。空虚でしかない。形しかない。中身が伴っていない。そんな見せかけだけの木偶に、この私が負けるなんて事は許されない。許されないのよ───」
噛み締めるように言葉を紡ぐアヴェンジャー。その後ろ姿に、私は彼女の心の底が、本音が見えた気がした。
あのエンシェントゴーストは、私の知らないアヴェンジャーの過去そのものが発露した存在なのだろう。あのゴーストの元となったものの正体は分からない。けれど、きっと、アレを倒す事は試練がどうとかではなく、アヴェンジャーや、彼女のマスターとなった私には必要な通過儀礼なのだと思う。
「アヴェンジャー。行ける?」
「当然。アレは私の記憶の再現、という事は、その動きも元々のものと変わりないという事。そろそろ勘も取り戻してきたし、一気に決めましょうか」
後ろからでも、彼女が不敵に笑ったのがなんとなく分かる。それだけ、アヴェンジャーと以心伝心が出来てきている証拠だろう。
アヴェンジャーの過去の一端、アレを倒す事で、私は彼女の真名に近付けるような───そんな予感があった。