Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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ゼロという最弱の称号

 

 アリーナから戻ってくると、既に日は沈み、空はすっかりと真っ暗になっていた。予選の頃の名残かは知らないが、こういったロケーションは健在らしい。

 アリーナの入り口から離れ、一年生の教室がある廊下へと出る。他の学生服の姿はめっきり減っており、ほとんどは引き上げてしまったようだ。

 未だに残っているメンバーは、この奇異な世界をもっと探索しているか、それとも闘いの備えを入念にしているか……もしくは、それらともまったく異なる目的であるのか。それは彼らのみぞ知る事だ。

 余計な詮索は、在らぬ誤解を招きかねないので、私は彼らの存在には触れずに通り過ぎる。

 目的地は二階。正確には2-Bの教室だ。言峰神父の話では、そこが私とアヴェンジャーに与えられた休息の地であるはず。

 

 マイルーム目指して二階に辿り着いた私だが、教室の方にふと目を向けると、目当ての2-Bの教室の前に、何故か生徒──いや、他のマスター達の列が出来ていた。

 

「……?」

 

 疑問に思うが、これではマイルームに入れない。一体何が起きているのか?

 

「あら? また会ったわね、ひよひよマスターさん」

 

 ……、この声は。

 振り返り、声の方を見てみれば、そこにはやはりといったように、遠坂凛が立っていた。これで今日三度目の遭遇である。

 

「別に対戦相手でもないのに、こう日に何度も顔を合わせるのは、一体何の因果なのやら……。それで? アリーナに行ったんでしょう? 少しは覚悟を持てたのかしら?」

 

 わざわざそんな事を聞いてくるあたり、やはり彼女はお人好しだ。なんというか、彼女の声音には私に対する侮蔑や卑下が無く、むしろお節介で声を掛けてきている感じがする。

 ここは素直に答えるのが、凛への礼儀というものだろう。

 

「……確固とした覚悟はまだ持ててない。でも、私がしっかりしないと、契約してくれたアヴェンジャーに申し訳ないよ」

 

 それは心からの本音だった。あの時、アヴェンジャーが手を差し伸べてくれなければ、私は終わって(死んで)いた。それだけでも、アヴェンジャーには感謝だけでは足りないくらいなのだ。

 口は悪いし、態度も悪い。性格や性根だってひん曲がった彼女ではあるけれど。

 自分の為に、私を利用する為に、私との契約を交わしたと語った彼女だけれど。

 

 それでも、それがあったからこそ、私はこうして生きている。

 訳の分からない聖杯戦争なんてものに巻き込まれてはいるが、それはアヴェンジャーの責任ではない。私の覚えてない『(記憶)』に原因があるのだから。

 ならばせめて、アヴェンジャーへの恩くらい少しでも返そう。この闘いに理由を未だに持てない私だが、きちんと理由を持てるその時まで、それを私の闘う理由にしようじゃないか。

 

「……そ。ふーん。ひよひよマスターにしては、立派な心構えじゃない」

 

 凛は私の答えに、少し感心したように息を漏らす。一流である凛に褒められたのは、素直に嬉しい。

 だが、調子に乗ってはいけない。どうせすぐに───

 

「でも、それだけじゃ聖杯戦争を勝ち抜くなんて、まず不可能。何もかも未熟なマスターなままじゃ、決戦の日に辿り着く前に、アリーナのエネミーに倒されるのがオチよ。そうなりたくないなら、闘う意志は強く持ち続ける事ね」

 

 ……ほら、やっぱり。ありがたい教えを授けてくれるのは良いが、上げて落とすのは止めて下さいお願いします。地味にへこみます……。

 

「……ハア。どうにも、あなたを見ると構ってしまうのよね。勝ち進めるかもまるで分からないヒヨコで、勝ったら勝ったで敵になるかもしれないってのに……。憎めない子よね、まったく……」

 

 少し貶しすぎではないですか? 私だって傷付きますし。

 

「ウィザードが何言ってんだか。ウィザード同士のやり合いなんて、もっと熾烈で苛烈でえげつないのが本来なのよ。こんなの可愛いもんよ」

 

 そんなの聞くと、記憶を思い出したくなくなる。止めよう、もうこの話はここまでだ。

 それよりも、気になっている事があったはずだ。

 

「ところで、この列って何?」

 

「え? ああ、これ。マイルームに入る順番待ちよ。いくつかの教室がマイルームの入り口として設けられたはいいけど、参加者は100を越えてるのよ? 扉は限られているし、同時にマイルームには入れないから、こうして順番待ちしてるのよ。わたしもさっき来たけど、その時はもっと混んでたんだから。これでも減った方ね」

 

 なるほど。確かに、よく見てみれば携帯端末を扉に翳して一人ずつ中に入って行っている。それは時間も掛かるはずだ。

 

「あなたは2-Bの教室からマイルームに行くの?」

 

「うん、そうだけど……」

 

「ふーん。わたしは2-Cの教室がマイルームの入り口で登録されてるから、じゃあね」

 

 去り際に指でピッと別れの挨拶をした凛は、そのまま向こう側の列の方へと行ってしまった。

 私も自分の列に並ぶとしよう。この分なら、あと10分もしないうちに順番が回ってくるだろう。

 

 

 そして、10分足らずで私の番になり、他の生徒達と同じように、私も認証コードがインストールされた端末を扉に翳す。アリーナの時と同じく、ガチャリと解錠した音が響くと、扉に手を掛ける。扉の先は、やはり光で溢れており、もはや躊躇なく足を踏み入れた───。

 

 

 

 

 

 中はなんて事のない、ありふれた普通の教室だった。ただし、本当に()()()()()だ。休むためのベッドも無ければ、布団一つ置いていない。

 気が利かない、と言えばそれまでだが、それにしても、いくらなんでもおざなり過ぎやしないだろうか?

 

「干し草の山でも有れば上等でしたが……まあ、無いものねだりしても仕方ありませんか。さ、それではひとまずの寝所作りをしなさい、マスター? これではおちおち休んでもいられないでしょう」

 

 現界したアヴェンジャーは、腕を組んで教室の端っこの方に居た。このサーヴァント、手伝う気は皆無らしい。

 くそぅ……私よりも筋力有るくせに!

 

 とりあえず、机を一カ所に集めて大きな土台を作り上げる。ピッチリと隙間なく敷き詰めるように並べているので、多少上に乗って動いたくらいじゃ崩れないだろう。

 私とアヴェンジャーはその上に登ると、腰を落ち着けた。地べたで横になるより遥かにマシなので、寝る時もここで寝よう。

 

「さてと……、ようやく落ち着けたところで、マスターにお知らせがあります」

 

 と、甲冑を脱ぎ捨てて、並べた机の上にその豊満な胸を押しつぶしながら、だらしなく寝そべったアヴェンジャーが、脱力しきった顔で口を開いた。

 にしても、お知らせとは……?

 

「先程のアリーナで分かった事だけど、どうやら私は本来の力を出せていないみたい。マスターの未熟さが、こうして私のステータスに表れたという事かしらね。まあ? ステータスが低下したとは言っても、私の技量が消えて無くなったという訳ではないから、そこまで心配は要らないでしょう」

 

「!!」

 

 ちょっと待て。今さらっと言ったけど、それはつまり、アヴェンジャーは私のせいでかなりハンデを背負っているという状態という事じゃないか!

 そんなの、心配するなと言われても無理な話だ。

 

「……こういうのは好かないけど、こう思いなさい。貴方はヒヨコ。これは変えようのない事実です。しかし、ヒヨコは成長し、大人へと進化していくものでもある。貴方がヒヨコから鶏に至るのか、それとも鳳にまで化けるのかは、これからの貴方次第って事よ」

 

 これからの、私次第……。

 

「ですから、明日も、アリーナでエネミー共を狩りまくるわよ。貴方にとっても経験値になるだけじゃない。エネミー共が消滅時に出すデータの残滓は、私の魂の容量を補強する糧にもなるのですから」

 

 そう、だな。うん。私がどうなるかは、私にしか決められない。闘いを繰り返せば、度胸もついてくると良いのだが……。

 そして、覚悟も。命を奪い合うという、()()()()という覚悟を……。

 

「それと、これだけは言っておきます。貴方は全マスター中、最弱と言っても過言ではないでしょう。記憶も無く、ウィザードとしての技量も無く、闘う事への覚悟も無い。貴方には聖杯戦争へ参加するにあたり、まさしく、他のマスターが持つものが無い、真に最弱のマスターと言えるでしょう」

 

 最弱、か……。なかなかに痛いところを突いてくる。それは自分でもはっきりと自覚がある。多分、こんな風に、意味も分からずに聖杯戦争に臨もうとしているマスターは他には居ないだろうから。

 

 凛が言っていた事を思い出す。

 この聖杯戦争は、セラフに入ってくる段階から既に人を選んでいる。ウィザード級のハッカーでなければ、セラフには接続出来ず、その上、予選において更に人数が(ふるい)にかけられる。

 つまり、本戦まで来た時点で、相当な腕前を持ったウィザードばかりが、聖杯を求めて争うのだ。周りは言わば強者しか居ないのと同義。そう、ただ私を除いては……。

 

 私だけが、ゼロからスタートするのだ。

 

「そう悲観する事ないわよ。確かに、ゼロには何を掛けてもゼロ。でも、ゼロは空っぽの状態だけど、空っぽなりに、そこにはあらゆる可能性が秘められているんだし。まだマイナスよりかは幾分マシじゃないの?」

 

 欠伸混じりに、アヴェンジャーは寝転んだまま背筋をググッと伸ばしながら言う。彼女はこの状況に特に思うところは無いようだ。当事者であるというのに、まるでどこ吹く風である。

 何故、そんなに気楽でいられるのだろうか?

 

「はあ? 別に鬼気迫る状況じゃないからに決まってるじゃない。今のこの状況なんて…………存在すら許されなかったあの頃の私に比べれば……」

 

「え?」

 

 アヴェンジャーの言葉をどんどん小さくなっていき、最後の方は聞き取る事すら難しかった。なので、聞き直そうとしたが、

 

「何でもないわよ。あまり詮索しない事ね。私の深層に嵌まれば、アンタは地獄の炎に焼かれる事になるから。だから、知っておきなさいマスター。私は復讐の徒。断罪者でありながら、自身もまた赦されぬ罪を負う者。私は邪悪であり、闇であり、愚者である、報われぬ人類の敵対者。英雄と対を為す、反転の存在……『反英雄』であるという事を」

 

 それっきり、アヴェンジャーは私から顔を背けて、相変わらずのだらしなさでゴロゴロし始める。もう今日はこれ以上は私と語る気はないという表明だろう。

 

 アヴェンジャーも、何かを抱えている。漠然とだが、それはとても根の深い業なのだと、直感的に感じた。何もない私とは違い、アヴェンジャーがアヴェンジャーたる所以となる、深い深い闇が、彼女の奥底で渦巻いているのだろう。

 それを、私は覗き見る事はまだ出来ない。彼女が私に心を開いてくれないのなら、それは叶わない。彼女に許しを得ずに踏み込む事は不可能なのだから。

 

 深淵を覗いた時、向こうもまたこちらを覗き見ている。故に、アヴェンジャーの秘密を知ろうとした時、それは彼女に筒抜けであるという事を、忘れてはいけない。

 同意も無しにそれをしてしまえば、本当に、私は彼女の炎を以て、身を灼かれる事になるだろう───。

 

 私が契約したサーヴァントは、そういうサーヴァントなのだ。それをゆめゆめ、忘れてはならない。

 

 最弱のマスターは、復讐者たるサーヴァントと共に、ゼロから聖杯戦争を始めるのだ。この旅路の行く末に、何が待ち受けているのかも分からないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここからは、休むアヴェンジャーと私の、取り留めもないガールズトーク(仮)である。しばしのお目汚しを、お許しいただきたい。

 

「ところで、アヴェンジャーってスタイル良いよね。何を食べてたらそんな風になったの?」

 

「なに、羨ましいとでも? 別に大したものは食べてなかったはずよ。元々の私は農家の娘だし。裕福じゃなかったしね」

 

「裕福じゃないのに、そんなにムチムチになれたの……? ずるい……」

 

「……スタイルなんて、遺伝によるものが大きいじゃないのよ。貴方の時代に比べれば、殆どの英霊の生きていた時代では食べ物に恵まれていたとは言えないのが当たり前。栄養が足りなければ、体は貧相になるのは当然だけれど、ある程度は余裕があれば、体格は遺伝情報に従って成長するものだし。まあ、この世界の地上も大地がやせ細っているみたいだけど、それでも胸の大きい女は居るでしょうし」

 

「なん…だと……? なら、私は遺伝的に負けたというのか……!?」

 

「なによ、遺伝的敗北って……。アンタ、やっぱりバカじゃないの?」

 

「う、うるさいやい! ええい、このグレた巨乳サーヴァントめ! そんなけしからんモノは揉みしだいてくれる!!」

 

「ちょ、止めなさい!! どうしてバカはこう、すぐ行動で示そうとするのよ!?」

 

「逃げても無駄だよ。この教室では私とアヴェンジャーの二人きり。狭い室内でいつまで逃げ続けられるかな……?」

 

「この……変態が!」

 

 

 

 しばらくの追いかけっこの後、マジ切れしたアヴェンジャーに私が殴られて気絶し、その後、目が覚めたら朝になっていたのは、言うまでもなかった。

 

 堅い床の上で眠るのって、冷たい上に体の節々が痛むものなのね……。

 

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