「ところで、まだハンティングの期間は継続しているのだが、まさか忘れてはいないかな?」
保健室を出た直後、アリーナに向かう私の肩を男性特有の大きな手が掴み、歩みが止められる。この電脳世界においてセクハラもへったくれもないが、世が世なら問答無用でセクハラ案件なので、みんな(?)はおもむろに女性の身体に触れちゃダメだゾ!
……一体、誰に対して注意を呼びかけているのだろうか、私は。
とにかく、私は言峰に行く手を阻まれ、出鼻を挫かれる形となったのである。
「え。あれって一体狩って終わりじゃなかったの?」
「無論、モンスターハントはまだ終わりではないとも。たった一体の強敵を倒した程度では、君もサーヴァントも物足りないだろう。私としては、マスター諸君にはこの試練を覆いに味わってほしいと思っているのでね。故に、何も君だけに限った話ではない。他のマスターも、まだ残りのタスクをこなしているところだ」
どうにも、この神父は
マトリクス埋めが懸かっている以上、マスターであるなら言峰の課す試練を無視する事はできないのだから。
「では、行きたまえ。君のタスクは大型エネミーが残り一体。健闘を祈っている」
この神父に祈ってもらっても嬉しくないな……。どころか、逆に不運に見舞われそうで、できれば止めてほしい。聖職者なのに縁起悪い感じがプンプンするし。
本人も分かっててやってそうなのが、余計にたちが悪い。
『どうせ一体目の時みたいに因縁のある奴でもぶつけてきそうね。神父のクセになんて悪趣味だコト。やっぱ神に信仰を捧ぐような連中は嫌いね、私は』
なんとも聖女らしからぬ発言だが、アヴェンジャーは魔女を自称しているのだから仕方ないか。
さて、出鼻を挫かれたが、今度こそアリーナに急ぐとしよう。大型エネミーだけでなく、レティシアも待ち構えているはずなのだから。
「!!」
アリーナへと入った瞬間、何の前触れもなく、私は強い寒気に襲われた。いや、いつもよりアリーナ中が熱く感じられる。だというのに、何故か寒気はする。
理由は明白だ。何者かの存在に、私の生存本能が命の危機を報せているのだ。
サーヴァントとの戦闘時に感じる殺気に近くもあり、しかし、これまで感じたどんな圧迫感よりも尚重い気配が、アリーナ全体に充満している。
多分、この重圧は今回のターゲットが放っているものなのだろうが、直感的に分かる。昨日のエンシェントゴーストなんて、これの比じゃない。いや、比べるべくもない。
おそらく、本来なら関わるべきではない、関わってはいけない存在が、このアリーナに君臨してしまっている。
「―――まさか」
アヴェンジャーもこの濃すぎる気配を察知しているが、やはり彼女にはその存在に心当たりがあるらしい。
「私の想像通りの奴がターゲットなら、竜の魔女たる私に対し、えげつないレベルの当てつけね。というか、上等よ。もし
不敵に笑うアヴェンジャー。だが、私はそれどころではなかった。重圧だと思っていたものは、多分そのエネミーから漏れ出た魔力だ。熱く、重く、どす黒い。廃油を煮詰めたかのような、ドロドロとして且つ熱すら内包する魔力は、空気中を瘴気のように漂っている。普段なら存在しないはずの熱気に、頬を汗が伝う。
この魔力の充満したアリーナには、あまり長く留まり過ぎない方が良い。並の人間では半日と経たずに、狂気に駆られるだろう。
結論から言って、この重圧の主は後回しだ。これとやり合って無事で済むとは思えない。最悪、こちらが死ぬ可能性の方が高い。勝てたとして、疲弊しきった状態でレティシアとキャスターを相手取るのは拙い。それこそ、強敵相手の二連戦なんて以てのほかだ。
それはアヴェンジャーも理解してくれているようで、レティシアを先に対処すると伝えると、二つ返事で応じてくれた。
「それじゃ、エネミーは後回しで。どうせハントは明日まで期限があるし、今日じゃなくても構わないし。それに、キャスターと戦闘出来る機会を逃す手はないでしょう。むしろ、こちらの方が明日もまた機会が巡ってくる保証なんてないわ」
ごもっともな意見で。
よし、それじゃあレティシアたちを見つけよう。なるべく早々に終わらせたい。私の正気が保つ間に。
大型エネミーの姿は未だ捉えられないが、アリーナを進んで少しして、目当てだった後ろ姿を視界に捉える。隣にはキャスターが控えており、今は暴走していないようだ。
待ち構えていた……というよりは、レティシアは何もせずにぼんやりと立っていただけのようにも見えた。
「お望み通り、来てやったわよ」
威嚇増しましのアヴェンジャーの声音に対し、レティシアは臆するでもなく、悠然とこちらに振り返る。
「決戦は明後日。本来であれば、相応しき場以外での戦いは私の望む処ではありません。ですが、岸波さんにはご迷惑をお掛けしてしまいました。故に、私はここで貴方たちと剣を交えましょう。それが貴方の望みでもあるはずですから」
それは確かに願ってもない申し出だ。今までのマスターなら、こちらが望むまいと出会えばすぐさま戦闘になっていたが、レティシアはそれを望まない。
だからこそ、この申し出は千載一遇の機会。彼女が対戦相手にでさえ真摯であるが故の、またとない好機。おそらく、これが決戦までに情報を得られる最後の機会となるだろう。
「……さて、御託はその辺りで良かろう。やるのならば
キャスターが構える。手にするは以前目にした呪符ではなく、鏡だった。それも単なる鏡ではない。アレは銅鏡だ。
呪術に使うのか。それとも武器として用いるのか。こちらが深く考えるよりも先に、キャスターが動いた。
「チィッ。気の早い女ですコト!」
アヴェンジャーも即座に私の前に躍り出ると、鎌を取り出し迎え撃つ。
浮遊するようにして、高速で接近しながら、キャスターは手にした銅鏡を力強くアヴェンジャー目掛けて投擲した。円盤投げもかくや、目で追えない回転数を伴いながら超速で飛来する銅鏡を、アヴェンジャーは鎌で打ち付け叩き落とす。
並走しているはずのキャスターに目を向けたが、どこにも姿が見当たらない。銅鏡に気を取られ、キャスターの姿を見失ってしまった。
だが、それもほんの一瞬だ。刹那の間にキャスターは私たちに気取られる事なく、その姿を消したのだ。
どこから来るか。周囲を見渡すが姿はない。と、アヴェンジャーの頭上がいきなり光り輝いたと思った次の瞬間、キャスターが光の中から飛び出してきた。
「!? 上か!」
「遅い」
光に反応して気付いたアヴェンジャーと違い、その輝きと同時に現れたキャスターの方が圧倒的に速かった。アヴェンジャーが上を向いてすぐ、その頬にキャスターの拳がめり込む。接近戦を苦手とする『キャスター』とは思えぬ豪腕で、アヴェンジャーを殴り飛ばすと、キャスターは着地もせずにそのまま追撃を仕掛けに行く。
彼女は移動時、完全に浮遊している。そうでなければ出来ない所業だ。
受け身を取るアヴェンジャーだったが、頭部への衝撃が思いのほか強すぎたためか軽い脳震盪に見舞われ、まともに武器を構えられない。足元も覚束無い様子で、遠くからでも分かる程度には頬が赤く腫れ上がっていた。
だが、そんな状態であっても、戦場では敵は待ってくれない。
アヴェンジャーの正面まで飛んで来たキャスターは、アヴェンジャーの腕を両手で掴むと、自分の体ごと思い切り振り回す。ブン回す、という表現がまさに相応しく、その凄まじい回転力を利用してアヴェンジャーの体を上空へとぶん投げると、いつの間にかキャスターの手元に戻っていた銅鏡も同様に上空へと投擲した。
「―――ッ!」
どうにか持ち直したアヴェンジャーは、鎌で銅鏡を打ち返すと、そのまま反撃に転じる。鎌を消し、旗に持ち替えると、アヴェンジャーが得意とする火炎放射を、キャスターに向けて放出した。
―――のだが。
「鏡よ、返せ」
銅鏡はアヴェンジャーに打ち落とされたが、途中でピタリと宙にて停止するや、火炎放射をその身で受け止め、そっくりそのまま反射した。
まさか跳ね返されるとは思わず、アヴェンジャーはガードする間もなく、自らの炎で全身を焼かれる。咄嗟に小さく炎を噴出させる事で横に逃れられたが、ダメージは無視出来るものではない。
着地もままならないで地面へと降り立つアヴェンジャー。全身の服は焼け焦げ、火傷も酷く、痛々しくてとても見ていられない有り様だった。
「ゲホッ……。なによ、反射って。反則でしょう、アレ!?」
まだ燃え続けているマントを破り捨て、悠々とこちらを眺めるキャスターに悪態をつくアヴェンジャー。
恐ろしい事に、たった2、3分の短い攻防だけでキャスターの強さと、私たちとの差を嫌という程に思い知らされた。
まだセラフからの強制終了は実行されていない。まだ戦闘は続いている。なら、もう少し情報を引き出したい。
それに、やられてばかりはアヴェンジャーの性に合わないはずだ。私だってキャスターに一矢報いたい。
(アヴェンジャー、やり返したいよね?)
(当たり前。復讐者をナメんなっての)
(よし。じゃあ、私に一つ案があるんだけど……、)
許された短い時間の中で、成果を得る為に私たちは作戦を開始する。
まず私が、走りながらで撃てるだけのガンドをキャスターに連射する。数にも限りがあり、また、銅鏡で弾かれるのは分かっている。ただ、僅かでも目くらましになるのなら、それでも構わなかった。
こちらの予想通り、キャスターは私のガンドを悉く弾き返す。その反射にも条件はあるようで、観察して分かったのは、反射したものの軌道を変える事は出来ないらしい。真っ直ぐ来たものをそのまま正反対に跳ね返しているのだ。
私は自分に跳ね返ったガンドに当たらないように、常に動き続けながらガンドを撃ち続ける。
鏡は自動で反射するが、その操作はオートではないらしく、アヴェンジャーに警戒しつつ私の対応しているといった感じ。
レティシアが手出ししてこないかとも思ったが、元々は彼女からの申し出という事もあってか、今は静観するのみだった。
アヴェンジャーには今のうちに魔力を装填させておく。これはタイミングが勝負の肝だ。全ては私が合図を出す瞬間に懸かっている。
そろそろ私の魔力も底を尽きかける。そしてアヴェンジャーと私が前後で重なったタイミングで、私はアヴェンジャーに呼び掛けた。
(今だ!)
アヴェンジャーは溜め込んだ魔力をありったけ使って、盛大に炎柱を立ち昇らせる。
巨大な炎柱は私たちだけでなく、キャスターの視界も遮り、すかさず炎柱目掛けて最後のガンドを撃つ。魔力を絞り出して何とか二発。ガンドは炎を抜けてキャスターに迫るが、
「何をするかと思えば。下らぬ目眩まし、芸にもならぬ」
さも当然とばかりに、二発続けてのガンドは鏡によって反射された。
けれど、それでいい。私のガンドと、アヴェンジャーの
鏡がガンドを反射したのとほぼ同時、炎柱を喰らいながら現れたのは、三回戦でアヴェンジャーが見せた技である、『
三つ首の黒炎竜は正面、左右にと三方向から、鏡を避けるようにしてキャスターに襲いかかる。
鏡の反射はガンドに対応してしまったため、どうやっても間に合わない。もし間に合ったとしても、三つ全てを同時に受ける事は不可能だ。残る二つの黒炎竜が容赦なく牙を剥くだろう。
炎柱を取り込んだ分、黒炎竜は更に肥大化し、呑み込まれたらひとたまりもない威力へと変貌した。キャスターは一瞬驚いた顔をして、その直後に三方からの黒炎によりその姿は見えなくなる。三つの黒炎竜はキャスターが居た場所で渦を巻くようにしながら、天へと立ち昇り消えていく。
キャスターが先程まで立っていた所には、何も残されていなかった。
「……え。たおし、た?」
ダメージを与える事を目的とした作戦だったが、まさか倒せるなんて露ほども思っていなかった。決戦の日でもないのに、それにしたって呆気なさ過ぎる。
「バカマスター! まだよ!!」
アヴェンジャーの叱責で我に返る。そうだ、サーヴァントを倒されたというのに、レティシアは何一つ取り乱した様子はない。それどころか、消滅していく素振りも全くない。
という事は、まだ倒せていないという事。
そう思い至るとほぼ同時、アヴェンジャーの眼前で光の穴が開き、キャスターが突進しながら出現した。
「フハッ! 今のは肝が冷えた! なるほど、マスターとの連携か。面白いではないか!」
美しくも獰猛な笑みを携えて、キャスターは再びアヴェンジャーに殴り掛かってくる。今度は目の前で捉えたため、反応出来たアヴェンジャーは不意打ちを旗で弾くと、すぐに火炎放射を出しつつ後退する。
まともに炎を受けたキャスターは、その勢いのままレティシアの手前まで押し出される形となる。あちらもまた巫女服が焼け落ち、場違いにも私はその妖艶かつ豊満な肢体に目を奪われた。
キャスターは意外と着痩せするタイプだったらしい。いや、巫女服をしっかり着込んでいたから分からなかっただけか。
だが、真に驚くべきはそこではない。さっきまでは服で気付けなかったが、よく見ると彼女の胸元には何かの札が貼られており、それを彼女は躊躇なく破り捨てた。
すると、その額から先日目にした漆黒の角がズズズッと伸び、火傷を負っていたキャスターの肌は、みるみる回復していく。いや、どちらかと言えば
人外の再生能力―――鬼の一文字が頭に過ぎる。今のを見て確信する。キャスターは間違いなく“鬼”と呼ばれる、人ならざる者だ。
「よもや、手傷を負わされるとは思わなかった。マスターが気にかけるだけはあるという事か。貴様らとの戦いなど些事であると捉えていたが、認めよう。貴様らは、この忌々しい姿を晒すに相応しい敵対者であると」
角が発現してからのキャスターの魔力は、アリーナに出現している大型エネミーにも引けを取らない重圧さで、プレッシャーに押し潰されそうになる。どうにか持ち堪えていられるのは、単純にこの聖杯戦争で鍛え上げられた根性のおかげだった。
キャスターは暴走した時と同じ姿でありながら、しかし狂気に支配されたようには見えない。暴走は何かしらのトリガーがあるのか、それとも定期的に来るものなのか。
とにかく、今のキャスターは濃い魔力を発しながらも正気を保っている。あの暴力の嵐のような状態を制御出来ているのなら、非常に拙い。
一触即発の状態だ。気を抜いた瞬間にやられる。
アヴェンジャーに次の指示を出そうとしたその時、セラフによる介入で戦闘が強制終了させられた。
武装解除により、興が醒めたとばかりにキャスターは踵を返し、レティシアの隣に戻っていく。
正直、この強制終了は助かった。あのまま戦闘を続けていれば、こちらの命が無かったとさえ思える。そんな気迫がキャスターにはあったからだ。
「この短時間で全てを読み取る事は出来ませんでしたが、それでも私には分かります。マスターとサーヴァント。その在るべき姿を体現しているような、素晴らしい戦いぶりでした。全てのマスターとサーヴァントが、貴方たちのようであればどんなに良い事か」
最後まで静観に努めたレティシアは、先程の戦いを称賛するように拍手する。レティシア的には、キャスターにダメージを与えられた事はさほど重要ではないらしい。
……何だろう。初めて会った時から、彼女には違和感を強く感じていた。アヴェンジャーに似ているというのもあるが、レティシアからはマスターらしさが欠如しているというか、聖杯戦争の当事者ではあるが、根本からして
レティシアに対し懐疑的になる私だったが、それよりも戦闘が終了したという安心感と、気を張り詰め過ぎた事による疲労がドッと押し寄せ、その場に座り込んでしまう。
「腰が抜けたか。斯様に勝ち抜いて来ようと、所詮は年端も行かぬ小娘よ。……勘違いするなよ? 決して侮辱ではないとも。
キャスターは軽く笑いながら、しかし、からかっているという風でもなく、純粋に私を褒めているような感じがする。
「さて……貴様ら。妾に封魔の呪符を解かせた事、明後日になり後悔しても遅いからな。征くぞマスター」
「ええ。さあ、決戦の日に暴走しないよう、今日明日は通しで
そう言って、レティシアたちはアリーナの奥へと去って行った。転移しない辺り、本当に今からエネミーと戦闘に明け暮れるつもりらしい。
体力オバケか……。
「………………、」
そういえば、アヴェンジャーが静かだ。戦闘が終わり、彼女らの称賛に対し嚙みつくかと思ったのだが、それもなかった。
「アヴェンジャー?」
「……ん? ああ、ちょっと、ね。あのキャスターの戦闘スタイル、何か引っ掛かるのよね……。知ってるような、見た事があるような……」
煮えきらない態度を示すアヴェンジャーだが、自己回復したキャスターと違って、こちらは全身傷だらけなのに変わりない。
この状態で大型エネミー討伐など、まず不可能だ。
やはり明日、改めて出直そう。
アヴェンジャーに同意を得て、私はリターンクリスタルを使用する。
僅かな時間ではあったが、今日の戦闘で得たものもある。
キャスターは、あの角が証明しているように魔性の存在である事。光を通じて瞬間移動が出来る事。銅鏡を扱う事。肉弾戦を得意とする事。
果たして、これらが示すキャスターの真名とは如何に……?