Fate/EXTRA 汝、復讐の徒よ   作:キングフロスト

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悪竜現象

 

 

 私たちの姿を視界に収めた黒竜が、寝ていた体を起こして、天高くから私たちを見下ろす。起き上がった事で、その胸に淡い光を帯びた、紋章にも傷跡にも見える模様が顕となる。

 

 その視線、その吐息、その魔力は、対峙した者をそれだけで殺してしまえるのではないか、そんな重みが感じられた。

 何もかも、全てがまるで桁違いだった。

 

 アヴェンジャーはと言えば、そんな有り得ないほど強大な敵を前に、負けずとも劣らない凶暴な笑みを浮かべて、竜紋の旗を掲げていた。

 

「ここで会ったが何とやら。生憎と昔話に興じている暇は無いの。この手でお前を討ち、竜の魔女の真の力を取り戻してやるわ!」

 

 

『―――GUUUUUUUUOOOOOOOOO!!!!!!』

 

 

 威勢良く啖呵を切るアヴェンジャーに呼応するが如く、黒竜―――邪竜ファヴニールが轟轟と咆哮を上げる。まるで100門の大砲を一斉に撃ったかのような轟音に、空間は揺らぎ、地面が震動する。

 咄嗟に耳を塞いだが、それでもジンジンと耳の奥にまで防ぎ切れない轟音が響いてくる。下手をすれば鼓膜がやられていただろう。

 

 咆哮は止み、戦闘態勢に入ったらしいファヴニールは四足歩行の姿勢になり、並んだ鋭い牙の隙間からは炎がチリチリと姿を垣間見せている。

 

 

 ファヴニールといえば、『ヴォルスンガ・サガ』に登場するシグルドや、『ニーベルンゲンの歌』のジークフリートといった竜殺し(ドラゴンスレイヤー)に退治された事で有名な邪竜だ。

 まさか、伝説に登場する存在を直接目にする事になろうとは、思いもしなかった。しかも、それを倒さなければならないなんて。

 言峰神父め、よりによってコレを討伐対象にするとか悪趣味も度が越えている。

 

 ドラゴンとは、様々な物語において強大な存在であり、英雄にとっては試練の一つ、もしくは最後の関門として立ちはだかる事が多い。それだけ、ドラゴンを倒す事は困難を窮めるという事であり、それこそ英雄の所業と言えるのだ。

 だというのに、数あるドラゴンの中でも明らかに最上位種であろうファヴニールが相手とか、悪夢以外の何物でもない。

 

 邪竜を倒したシグルド、ジークフリートでさえ、物語の中では死闘の末にやっと辛勝する程だ。

 そんな存在を、私たちに倒す事が出来るのだろうか。

 

 

 加速した思考を中断し、すぐさま眼前の脅威に身構える。

 巨体故に、敏捷性に乏しいようだが、如何せん攻撃範囲が広すぎた。

 腕を振り下ろしただけ。ただそれだけだというのに、いとも容易く私たちの頭上にまでその大きな手が届く。そのまま押し潰そうと、巨大な壁にも等しい竜の手が迫りくる。

 アヴェンジャーはそれを旗で受け止めるが、体躯の差はすなわち筋力の差でもある。

 

「く、ぐぐぐ……!!!」

 

 アヴェンジャーの体が徐々に下へと押し込まれていく。魂の改竄でステータスも向上していたが、それでも巨躯から生み出されるパワーには勝てない。むしろ、それを抑えられているだけでも誉めて然るべき偉業だろう。

 

 私はアヴェンジャーが攻撃を受け止めている間に、ファヴニールの手の下から転がり出て、すぐさまその顔へとガンドを撃ち込んだ。

 

 ガンドは真っ直ぐに飛び、ファヴニールの鼻に命中する。しかし、痛くも痒くもないとばかりに、私には目もくれず、アヴェンジャーを押し込める手は一向に緩む気配がない。

 

「マスター、魔力を回しなさい!! 今すぐに!!」

 

「!! オッケー、了解!」

 

 必死に堪えるアヴェンジャーにパスを通じて魔力を送り込む。アヴェンジャーが自前で溜め込んだ魔力に、私からの魔力供給で追加分が補充され、アヴェンジャーはそれを一気に解放させた。

 瞬間的に炎による小規模爆発を引き起こし、それによりファヴニールの手が僅かに浮き上がった瞬間にアヴェンジャーも即座に退避する。

 

 空振りとなった竜の手は、何も無いところを叩きつけたが、その風圧だけで小さな家一軒なら吹き飛ばせる程の威力を伴っていた。

 

「マスター、ちょっと離れてなさい。単純な叩きつけでさえアレよ。ブレスなんかが来たら、アンタじゃひとたまりもないわ」

 

 それはそうだ。ドラゴンだし、火を吐いて当たり前。さっきから、口からチロチロと炎が燻っている。

 私は頷いて返し、エリア入口付近まで走る。

 振り返りながら、コードキャストによる筋力、耐久、魔力、幸運増強のバフをアヴェンジャーに掛ける。魔力をかなり持っていかれたが、出し惜しみしている場合ではない。

 敏捷だけはまだ礼装を入手出来ていないため、強化出来なかったが、これが今の私に出来るアヴェンジャーへの最大限のサポートだった。

 

「この聖杯戦争に参加して初のバフの山盛りね。竜狩りにはちょうどいいわ」

 

 駆け出したアヴェンジャーに対し、ファヴニールは大きな口を開くと、2メートル大の岩石程の大きさもある火球を連続で撃ち出した。

 一発一発が必殺級の火球。だというのに、それが隕石の雨のようにアヴェンジャー目掛けて次々と降り注ぐ。

 それらをアヴェンジャーは紙一重でかわし、時にブーストされた筋力にものを言わせて打ち返し、火球で火球を相殺する。

 

 火球では仕留められないと判断したのか、ファヴニールは火球を吐き出すのを止め、口を閉じたかと思った瞬間、頬を一気に膨張させた。

 

 あれは間違いなく、ドラゴンの代名詞とも言える()()()の予備動作だ。

 

「アヴェンジャー!」

 

 私が叫んだ直後、ファヴニールは口に溜め込んだ炎を解放させた。普段アヴェンジャーの放つ火炎放射など比べ物にならない、極大のファイアブレスが、アヴェンジャーを呑み込まんと、炎の波とって押し寄せる。アリーナの床を這うようして拡大する火炎は、エリア全てを焼き尽くす勢いだ。

 

「文字通り火の海ね! でも、炎がお前だけの専売特許だと思うな!!」

 

 アヴェンジャーは咄嗟に宙へとジャンプし、火炎放射で滞空する事でファイアブレスから逃れる。

 だが、ファヴニールとてそれを簡単には見逃さない。空中のアヴェンジャーへと狙いを定めると、首だけ動かしてブレスの射線をそちらへ変えたのだ。

 ファイアブレスに対し、アヴェンジャーの火炎放射では拮抗すら不可能。即座にそう判断したアヴェンジャーは、下に放っていた炎を上へと切り替え、ブレスの射線から離脱する。

 

「出し惜しみ無しで行くわ!」

 

 アヴェンジャーが着地した瞬間に、彼女の周りを剣や槍のような形状をした黒い物体が宙を舞うように現れる。

 何も無かった空間から突如現れたソレらは、アヴェンジャーが走り出すと、それに倣うように併走する。

 

 私も詳しくは知らないが、アヴェンジャー曰く、アレは宝具がもたらす副次効果のようなものらしい。あと、剣でも槍でもなく、杭をイメージしているそうだ。

 アヴェンジャーはサブ兵装でもある常日頃から帯剣する漆黒の剣を抜くと、その切っ先をファヴニールへと向けた。

 それが合図だとばかりに、浮遊する黒い杭はアヴェンジャーを離れ、高速でファヴニール目掛けて殺到した。

 

 魔力で編まれた杭は、ほとんどが鱗に弾かれるが、何本かは厚い竜鱗を貫通する事に成功している。だが、巨体相手に杭だけでは大きなダメージには成り得ない。

 ファヴニールは杭が刺さろうと怯む事なく、迫るアヴェンジャーに殴りかかる。溜めた分のブレスは出し尽くしたようで、再度のブレス攻撃には炎と魔力の装填を要するのだろう。

 アヴェンジャーはファヴニールの前腕による単調な攻撃を難なく横に避けて回避するが、

 

「!!」

 

 まるで回避されるのを読んでいたかのように、回避されるのが前提であったかのように、ファヴニールは空振ったはずの手を地面に着き、その手を軸に全身を大きく回転させた。

 当然、その長い尾も体に追従するように振り回され、そこに遠心力までもが加わり多大な破壊力を伴った、強烈な尾の一撃がアヴェンジャー目掛けて放たれた。

 全身を回転させる事で生じる尾による薙ぎ払い。それこそがファヴニールの本命の攻撃だった。

 

 恐ろしい事に、ファヴニールは二段構えの攻撃―――フェイントを仕掛けてきたのだ。それ則ち、ファヴニールがそれ相応の知能を備えているという事に他ならない。

 予想も予測も、予期すらしていなかった完全な不意打ちに、アヴェンジャーは反応が遅れた。遅れてしまった。

 全身に襲い来る打撃は、いとも簡単にアヴェンジャーの体を吹き飛ばす。勢いが強すぎて受け身を取る事もままならず、アヴェンジャーはアリーナの壁に思い切り叩き付けられる。

 

「……ぁ、ぐ」

 

 大ダメージを受けたのは火を見るより明らかだ。私は急ぎコードキャストによる回復を掛けるが、全回復には程遠い。今の手持ちの礼装ではせいぜい中回復しか出来なかった。

 

「イッタ……!! 竜のクセにフェイントとか小賢しい真似を……!」

 

 起き上がるアヴェンジャーに、追撃の火球が飛来する。まだバフは切れておらず、アヴェンジャーは火球をファヴニールへと打ち返した。

 だけに留まらず、杭を再装填するや、同時にファヴニールへと撃ち出す。

 

 ファヴニールは打ち返された火球を避けもせず、胴に直撃するが傷一つ付かない。ドラゴン故に炎への耐性を備えているのだろう。

 だが、杭だけは違った。

 

 

『GRUUUUOOOOOO!!!!』

 

 

 先程は数本しか刺さらなかった杭だったが、今回は撃ち出されたその全てがファヴニールの竜鱗を刺し貫いている。それも、より深々と貫いており、肉にまで貫通しているのではないか。

 その証拠に、ファヴニールは痛みに耐えるような苦悶の咆哮を上げていた。

 

 アヴェンジャーはクラススキルとして『復讐者』を所有している。自身がダメージを負う毎に、ダメージを与えてきた敵に対し、こちらの与えるダメージも増大していくというものだ。

 まさしく、『アヴェンジャー』というクラスに相応しいスキルであろう。

 杭が先程よりも攻撃力を増しているのは、それが理由だった。

 

 杭は消えずに刺さったままで、アヴェンジャーは重点的にその刺さった箇所へと追撃の杭を放つ。

 既に着弾している所へのダメージの上乗せを狙っての事だろうが、狙い目がそこなのがアヴェンジャーらしいと言える。

 

 ファヴニールは堪らず後退り、アヴェンジャーは好機とばかりに再び前へと走り出す。

 距離を空けられてしまったが、ファヴニールはアヴェンジャーの杭を払い除ける事に手を取られ、アヴェンジャーの接近を阻止出来ていない。

 大ダメージを受けはしたが、逆にそれが功を奏した。ピンチは最大のチャンスとはよく言ったものだ。

 

 アヴェンジャーは攻撃の手を緩めない。次から次へと杭を装填しては射出する。ファヴニールは杭を全ては防ぎきれず、全身あちこちに杭が刺さり、確実にダメージを与えられている。

 そして、後退するファヴニールにアヴェンジャーは遂に追い付いた。

 

「今のアンタはまさに串刺しね。それも滅多刺し。自分でやっといてアレだけど、イイざまだわ」

 

 悪辣に笑ってみせるアヴェンジャー。一足跳びでファヴニールの顔の前に飛び出し、これまでより一際大きな漆黒の杭を、容赦なく射出した。

 

 眼に。顎に。首に。大きな杭が深々とファヴニールを穿つ。

 

 竜とはいえ、顔は他の生物同様に急所。肉体で最も軟らかな瞳を抉られ、邪竜が悲鳴のような金切り声で叫ぶ。

 

 行ける。このまま行けば勝てる。

 私はアヴェンジャーの勝利を確信した。だって、あの凄惨な有り様を見て、そう思わないはずがなかったから。

 

 

 

 異変は、すぐに起きた。

 

 

 

『―――OOOoooooo!!!』

 

 

 ファヴニールの絶叫が終わる頃、その巨大な翼を大きく広げ、邪竜は空高く舞い上がった。重いはずの巨体を持ち上げ、空を翔んでいる姿は圧巻の一言だ。

 ただ、ドラゴンが自由に翔び回る程の高さはなく、ファヴニールは一定の高さで上昇を停止、滞空する。

 それでも地上から見れば、その高度はかなりのもの。月海原学園の屋上より遥かに高い。アヴェンジャーが火炎放射でギリギリ届かないだろう程度だった。

 

 勝利を確信したのは私だけだったらしく、アヴェンジャーは既にファヴニールの次の動きに警戒している。

 

 間違いだった。勘違いだった。思い違いだった。

 

 ファヴニールはダメージを負いこそすれ、まだまだ戦闘続行を可能としていた。

 邪竜の胸に煌めく紋様が、光を放つ。輝きは綺羅星の如く眩く、ともすればこの世の何よりも美しくさえ見えた。

 

 その美しさに目を奪われる私と、反対に、苦虫を噛み潰したように輝きを見つめるアヴェンジャー。

 

「拙い、拙いわ。アレはヤバい。再現体でも使えるワケ!? マスター、宝具級の攻撃が来るわよ!! 備えなさい、アンタの魔力を喰わせてもらうわ!!」

 

 アヴェンジャーの怒号で我に帰る。気付けば、ファヴニールが大きく息を吸い込み、その胸が膨らむ程の空気を溜め込んでいる。

 来る。明らかに先程までと様子が違う事から、ファイアブレス以上のものを放とうとしているのは間違いない。

 

「アヴェンジャー!!」

 

「真名解放―――」

 

 アヴェンジャーが何かの詠唱に入り、私がコードキャストによる耐久バフの重ねがけをした瞬間、ソレは解き放たれた。

 

 青く、蒼く、どこまでも碧い劫火。

 ファヴニールはその極上のブレスを、地上目掛けて放射したのだ。

 先程のファイアブレスが火の海なら、こちらは煉獄。そう表現するしかない、圧倒的な炎の壁が、エリア一帯を蹂躙した。

 離れていても伝わる高温の熱気。あわや、こちらにまで被害が及びそうな程の広範囲にわたるドラゴンブレスは、もしここに木々があれば一瞬で灼き尽くしていただろう。

 

 蒼い炎の光が強すぎて、アヴェンジャーの様子が全く見えない。私がまだ生きているという事は、アヴェンジャーは消滅していないという事だ。それに、魔力を急激に持って行かれた感覚がある。何かしらの対抗手段を用いたはず。

 でも、だからといって、これを受けて無事でいられるとは到底思えない。

 

 約5分間ほど続いたブレスが次第に勢いを失くし、ようやく視界が開けてくる。辺り一面を焼き払った蒼い炎が、まだチラホラと地面で揺らめいている。

 まるで爆心地かのような地獄の中心で、アヴェンジャーは立っていた。

 旗を正面に掲げ、彼女の正面にはボロボロになった杭が障壁のように積み重なっている。やがて杭の山は崩れ落ち、塵となって消えていく。

 

 致命傷は避けられた。けれど、決して無傷という訳ではない。防ぎ切れなかった炎に肌は焼かれ、髪は焦げ、鎧も数か所が融け落ちている。

 前に突き出していた腕は焼かれて血だらけになっており、黒く焦げ付いていた。無傷なのは彼女の持つ旗くらい。

 

 そうだ。不自然なまでに、旗は綻びも、焦げ付きさえもせず、優雅に風に靡いていたのだ。

 

「……ギリ、間に合ったわ」

 

 全身から黒い煙を上げながら、しかしアヴェンジャーは得意気に言う。

 

「フフ、フ。我が宝具こそは呪われし復讐の御旗! この紋こそは悪しき竜、すなわち邪悪の象徴なり!! さあ、覚悟しなさいファヴニール。私のモットーはやられたら何倍にもしてやり返す。今こそ復讐者の本懐を遂げてやるわ!!」

 

 ボロボロの体で、竜の魔女は高らかに呪いの言葉を紡ぐ。

 そこに一切の慈悲は無く、祈る余地など微塵も赦さない。掲げた旗を大きく振りかぶって、その穂先を邪竜へと向けた。

 

 

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




 




※ファヴニールが2発目に撃ってきた蒼いブレスは、FGOでのジークの宝具とほぼ同じものですが、ファヴニールのブレス中の姿のイメージとしてはモンハンワールド・アイスボーンでラスボス黒龍さんが空中から劫火を放っている時のアレです。(撃たれたらほぼ即死ダメージのアレ)
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