翌日、早朝から特にする事もなかった私は、マイルームを出て、すぐ隣の2-A教室に入る。起きてすぐにアリーナとか、正直なところ無理だし。
この教室は休息を取るマイルームとは違い、全ての聖杯戦争参加者にとって共有かつ共通の控え室のようなものだった。故に、私以外にもこの教室で時間を潰したり、何か作業をしていたりと、他のマスターの姿が散見出来る。
そんな中で私は手持ち無沙汰であったため、予選時に自分の席だった場所に腰掛けていた。まだ、運営側からの連絡は来ていない。自分の対戦相手が誰かも分からずに、こうしてぼーっとしているのは私くらいのものではなかろうか?
と。そんな風に呑気に机に肘をついて頬杖しながら他のマスター達を眺めていたら、突然、無機質な電子音が教室中に鳴り響いた。しかも、どうにも私の間近でその音は発生しているらしく、よくよく聞けば音はどうやら、ポケットに仕舞い込んだ携帯端末から出ているらしい。
音の発生源である端末の持ち主───つまり私に教室中の視線が集まるも、私が携帯端末を取り出したのを見てすぐに「なんだ、運営の知らせか」と各々すぐに元の行動に戻っていく。
私は端末の画面に目を落とすと、そこには何やら文字が表示されている。
『::2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』
端的かつシンプルなそのメッセージ。なるほど、端末を通しての連絡とは、こういう感じで来るのか。
それよりも、メッセージの内容だ。対戦者の発表。サーヴァントの言っていた、一騎打ちの相手を知らされる、という事だろうか。
とにかく、2階掲示板の前に行ってみれば分かるのだろう。
端末からの指示に従って掲示板の前に来てみると、そこには見慣れない一枚の紙が張り出されていた。
真っ白な紙に書かれているのは、二人の名前。1つは自分。もう1つの名前は───
『マスター:間桐慎二 決戦場:一の月想海』
「へえ。まさか君が一回戦の相手とはね。この本戦にいるだけでも驚きだったけどねぇ」
いつの間にか、慎二が隣に立っていた。青みがかった髪は若干(ワカメっぽい)パーマが掛かっており、着崩した制服は妙に似合っている。常に自信に満ち溢れた彼は、むしろその態度のデカさからナルシストと断言していい。いや、確実にナルシストである。
「けど、考えてみればそれもアリかな。僕の友人に振り当てられた以上、君も世界有数の
勝手に自分の都合が良いような自己解釈をする慎二。しかし、そうか……。自分の対戦者が決まっていないという事は、その逆も同じだ。つまり、私の対戦者も、まだ次の対戦相手が決まっていなかった状態という事になる。
ならば慎二にも、私と同じで運営側からの連絡があって当然なのだ。
「格の違いは歴然だけど、楽しく友人やってたワケだし。一応、おめでとうと言っておくよ」
なんだろう、私は予選の頃から慎二の事を知っているので、この自信過剰っぷりにも別段思う事はないのだが、姿が見えていないはずのアヴェンジャーが額に青筋を浮かべているのが容易に想像出来る。
……まあ、普段はサークレットをしているので、マイルームでのオフモードでしかその額を見る事は出来ないのだが。
多分、彼女は慎二のようなタイプは嫌っているだろう。なんとなく、うん。だって上から目線とかすごくイライラしそうだし。
「───そういえば、君、予選をギリギリで通過したんだって? どうせお情けで通してもらったんだろ? いいよねぇ凡俗は、いろいろハンデつけてもらってさ。でも本戦からは実力勝負だから、勘違いしたままは良くないぜ?」
勝手に話を進める慎二。その言葉からも、態度からも分かるように、完全に私を自分以下の存在だと見下しているというのがよく伝わってくる。
しかし、それに反論出来ない事もまた事実。私には、如何せん彼や他のマスターのように、
「けど、ここの主催者も、なかなか見所があるじゃないか。ほんと、一回戦目から盛り上げてくれるよ。そうだろう? 嗚呼! いかに仮初の友情だったとはいえ、勝利のためには友をも手にかけねばならないとは! 悲しいな、なんと過酷な運命なんだろうか。主人公の定番とはいえ、こればかりは僕も心苦しいよ」
私には分かる。今のはただの芝居がかっただけの、心にもない叫びだ。だって、その顔はあまりに自分に陶酔しきっていたから。
いつものにやついた表情に戻ると、彼は私の肩をぽんと叩いた。
「ま、正々堂々と戦おうじゃないか。大丈夫、結構いい勝負になると思うぜ? 君だって選ばれたマスターなんだから。それじゃあ、次会う時は敵同士だ。僕らの友情に恥じないよう、いい戦いにしようじゃないか!」
そして、言いたい放題言うだけ言って、彼はさっさと去って行った。あのナルシストめ、無遠慮かつ許可なく肩に触れた事、セクハラで訴えてやろうか。
……などと、ふざけてみたが、やはり奇妙な感覚に捕らわれていた。
……慎二と、そのサーヴァントと戦う。幾度か頭の中で復唱してみても、それは実感を伴わない、ただの言葉でしかない。
理由も、目的も思い出せないまま、仮にも自分にとって友人という役割だった人間と殺し合う……?
悪い夢のようだ。
慎二がこの状況に浮かれているのなら、自分はこの状況にうなされている───。それこそ、悪夢のように。
時は過ぎ、現在は夕方にさしかかっていた。空にも夕焼けの紅が混ざり始めている。
私はというと、朝の慎二とのやりとり、そして決まった対戦相手が慎二という現実に、呆然と、ただただぼんやりしていた。何をすればいいか分からない───いや、実のところそんな事は分かりきっている。アヴェンジャーの言葉を借りるなら、アリーナでマスターとしての腕を磨け、といったところだろうか。
しかし、分かってはいても、どうにも行動に移せるような気分じゃなかったのだ。
私は未だ、悪い夢の中でもがきながらゆらゆらと漂っているような、そんな気分でいた。
そして、そんな意識さえも宙に飛んでしまっているような私の耳に、朝聞いたのと同じ電子音が届けられる。携帯端末に運営からの知らせが届いた合図だ。
その音で我に帰った私は、ポケットから朝と同じように端末を取り出し、画面を確認する。
『::
またしてもシンプルにそう表示されていた。それにしても、
──何の事だろう?
字面から察するに何かの鍵のようだが……。
『分からないのなら、あの怪しい神父にでも聞きなさい。あの男は聖杯戦争の運営を取り仕切ってるみたいだし』
と、姿を消したままのアヴェンジャーが助言をくれる。なるほど、それは確かに良い案だ。分からないなら、絶対に知っていて教えてくれるであろう彼に聞けば、一番手っ取り早い。
凛に聞くのも良いが、彼女が校内に居るとも限らない。だって彼女もマスターだから、アリーナに入っている可能性が高いのだし。
何より、聖杯戦争の運営を取り仕切っている者として、参加者たるマスターを蔑ろには出来ないはずだ。ルールも分からない状態で、それを教えないなんて運営としては失格も良いところだから。
それに確か、最低限のルールを聞く権利は誰にでもあるというような事を言っていたはずだ。
教室を出ると、目当ての人物はすぐに見つかった。階段の前に立っている彼の元まで歩き、何やら他のマスターからの質問に答えているらしいので、少しの間待つ。
それから5分と経たず、彼に何かを聞いていたらしいマスターは質問が終わったのか、1階へと降りていった。
「ん? おっと、これはこれは、最後の予選通過者の君か。ようやく君の対戦相手も決まったようで、運営の責任者としても安心したよ」
どうやら私に今気付いたらしい彼は、本当に安心したのか分からない微妙な微笑みで私を迎える。なんというか、とても胡散臭い笑みです。
「それにしても、ちょうど良いな。若きマスターよ。アリーナへ向かう前に、私の話を聞いていきたまえ」
なんだか、“用事があるのに話を聞かせたがる親戚の叔父さん”的な言葉で話しかけてくる言峰神父。だが、この神父が親戚とか不幸にも程があると思う。笑いながら人の不幸とか喜びそうな感じがするし。
どうにも、この神父の元となった人物は破綻しているとしか思えないのである。神父が人の不幸を愉しんじゃダメだと思います。
まあ、なんとなく後が怖いので口には間違っても出さないが。
「先程端末に、
こちらが聞く前に、私の聞きたかった内容について語る言峰神父。なら、もっと深く掘り下げて聞いておこう。
「
「
なるほど……。ただ戦うだけが本戦ではないという事か。それにしても……、
「二つ?」
「アリーナは、各対戦でそれぞれ、二つの階層から構成されている。そして
意外にも詳しく教えてくれたおかげで、全く分からない所がないくらい、スッと理解出来た。要は期限までに鍵を見つけて来い、というクエストだ。それが出来ない者は、戦う権利すら与えられない。
当然と言えば当然かもしれないそのシステム。この時点で
しかし、それよりも驚いたのは、あのメッセージが聖杯から直接送られているものだという事である。運営スタッフからじゃなくて、賞品そのものからメッセージが送られてくるとか、とんだカルチャーショックだ。
「他に質問はあるかね?」
「もうないです。すごく分かりやすくて助かりました」
「そうか。注意点を伝えておくが、七日目に闘技場に入る前の私闘は、学園であれ、アリーナであれ禁止されている。万が一、アリーナで私闘に及んだ場合は、数手程で、システム側から強制終了させられるだろう。学園での私闘には、マスターのステータス低下という、罰則が加えられる。気を付けたまえ」
ただでさえひよこマスターなのに、その上更にステータス低下とかされたら、それこそ勝ち目がゼロ、いや、むしろマイナスにさえなってしまう。それだけは気を付けないと……。
しかも、厄介な事に少し短気なところのあるアヴェンジャーが私のサーヴァントなのだ。マスターとして細心の注意を払ってアヴェンジャーをしっかり止めないと。最悪の場合、令呪の行使も頭の片隅に置いておく必要があろう。
言峰神父に礼を言い、軽く頭を下げてからその場を後にする。呆然としていた頭も、今の説明のおかげか、少しはマシなものになった。さて、では早速その
それにしても、何故ダンジョン系のステージに入る時は“潜る”というのだろうか?
まあ、多分だが地下迷宮がダンジョンの大元だから、“潜る”という言葉がダンジョン全てに当てはめられたのかもしれない。どちらでもよい事ではあるが……。
「お、岸波。お前もトリガーを取りに行くのかい?」
と、階段を下りたすぐの所で、朝に会ったきりの慎二が立っていた。その口振りからするに、慎二も今から行くところだろうか。
そしてその予想は、やはり正解だった。
「悪いけど、僕もこれから行くところさ。お前みたいなノロマには取れないかも知れないけどさ、せいぜいがんばんなよ、あはは!」
またしても、言うだけ言って慎二はアリーナの方へと向けて去っていく。その背中を、何も言い返せずに見送るだけだった私の前に、アヴェンジャーがいきなり現界した。
あ、やっぱり案の定、顔がイラつきを隠せていない!
「あの男、小者臭が半端ないくせに偉そうにズケズケと……。言い返さないマスターもマスターです。アヴェンジャーたる私のマスターなら、そんな負け腰なのは許さないから。それにしてもウザいわね、あのワカメ! 今度会ったら直接文句つけてやるわ」
「くれぐれも、校内でだけは喧嘩売ったりしたらダメだからね……?」
「ふん……。分かってるわよ、そんな事。ただでさえ未熟なマスターが、追い討ちで能力低下の罰則とか受けたりしたら、この私でも容易にサーヴァント相手に勝てないんだし。それどころか、雑魚エネミーに負ける可能性すら出てくるわよ」
意外としっかり理解して下さっているアヴェンジャーさん。これなら余計な心配はいらな───
「でも、よっぽどムカついた時は校内だろうと焼き殺してやろうかしら」
ダメだ。やっぱり私がしっかりとアヴェンジャーの手綱を握るしかない。どうしてこう血気盛んなのだ、このサーヴァントは。もっと女の子らしくあって下さいお願いします。
「ところで、そこらのマスターから耳寄りな話を小耳に挟んだわよ。今日から保健室で、あの幸薄そうな女AIが支給品を配布してくれるそうよ。最弱なら最弱らしく、縋れるものは何でも縋っておく事ね」
ストレス発散とばかりに私まで貶してアヴェンジャーは姿を消した。というか、小耳に挟むというより盗み聞きなのでは……と思うのだが、当然怖くては口が裂けても言えません。
まあ、せっかく為になりそうな情報をくれたわけだし、アリーナに行く前にちょっと寄ってみよう。
という訳で、やってきました保健室。何故だろう、不思議と保健室って中に入る時、少し勇気がいる気がする。
だが、こんな程度で腰が引けていたらアヴェンジャーにまたとやかく言われそうなので、パッと入ってしまおう。
保健室の扉を開けると、そこはやはり、本戦に進んで最初に起きた頃と全く変わりなく、部屋の中央に設置されたテーブルの前に、ちょこんと健康管理AIの桜が椅子に腰掛けていた。なんというか、すごく手持ち無沙汰に見えるのは、私の気のせいだろうか?
桜も私が入室した事に気が付いて、座ったまま小さく手を振ってくれる。
「どうも、岸波さん。良いところに来てくれました。実は今日から、聖杯戦争参加者の皆さんに、私から支給品を配布する事になっているんですよ。はい、どうぞ」
と、私が桜の近くまで行くと、白衣のポケットからゴソゴソと何かを取り出し、手渡してくる桜。それを受け取って、何かを見たところ、どうやらエーテルの欠片をデータ化したものらしい。
「ありがとう、桜。大事に使わせてもらうね」
「はい。是非お役に立ててくださいね。それと、支給品なんですが、一回戦に一度だけとなっています。なので次の支給品は、次の試合の時にまたいらしてください。暇な時にでも来てもらえればと思いますので」
そう言って優しく微笑む桜。“暇な時”が少し強調されていた気がしないでもないが、私は改めて桜に礼を言うと、保健室を後にした。
「ちょっといいかしら」
アリーナの入り口一歩手前という所で、黒い制服を着た女子生徒に呼び止められる。服装からして、一成と同じく聖杯戦争の運営NPCだろう。
「アリーナに行く前に、少し助言させてもらうわね。情報マトリクスの説明についてはもう受けたかしら?」
情報マトリクス……?
またも聞き慣れない単語に、私は首を横に振る。なんとも、今日は色々と知らない事ばかり聞かされる日だ。
「やっぱり。聖杯戦争のキモとも言える事なのに、把握せずにアリーナに突っ走るマスターばかりね…。いい? この聖杯戦争は、相手の情報を得る事が勝利のカギ、といっても過言ではないわ。相手を調査し、それで得た情報は、端末の『情報マトリクス』に自動的に記録されていくから、チェックを忘れないでね」
なるほど…。対戦相手サーヴァントの情報を得れば、自動的に蓄積してくれるのか。それは便利だ。いちいち自分で整理しないで済む分、非常に楽だ。
「そうだわ。自分のサーヴァントの情報も記録されているから、まずはそれを見てみるといいわよ。まあ、サーヴァントが教えてくれた範囲までしか確認出来ないんだけど。そこはほら、サーヴァントとの絆を深めて、自分で切り開いていってね」
そういえば、端末のメニューに『マトリクス』という項目があったのを思い出す。なるほどなるほど、その為の項目だったという訳だ。
まだ確認していなかったが、とりあえず今はアリーナに向かおう。確認くらいは帰ってマイルームでゆったりとしたいところだし。
さあ、気を取り直して、私はアリーナ入り口前に立つ。慎二はもうアリーナの中だろう。という事は、中で十中八九、彼とそのサーヴァントに鉢合わせる事になるだろう。
慎二のあの様子では、私は完全にナメられている。彼のサーヴァントがどんな人物かは知らないが、もしかしたら挑発を兼ねた牽制として、戦闘を仕掛けてくるかもしれない。
まだ、友人という役割だった慎二と戦うという実感は湧かないが、向こうはそうじゃない。戦う気どころか、余裕で勝てるとさえ思っているのだ。
慎二は、私とはまるで違う。友人というキャラクターだったに過ぎない私と戦う事を、何一つ気負いしていない。ともすれば楽勝な相手でラッキーとすら思っているかもしれない。
私は───彼のようには思えない。少なくとも、私は予選の頃も、そして今も、慎二の事を友人と思っているのだ。そんな彼と殺し合えだなんて、何度も言うが、私にとっては悪夢でしかない。知った顔、それも友人が敵なのだ。普通、そこまで割り切れない。
だからこそ、私は未熟な
迷いを抱いたまま、私は扉に手を翳す。この先で、友人が敵意を持って私を待つ事を理解しながらも、受け入れきれないままに───。
ところで読者の皆さん。エクステラはプレイしましたか?
私は発売日に買って仕事が明けてからプレイしました。クリアしての感想ですが、ストーリーはほっこりする部分と感動する部分がハッキリ分かれていましたね。特にアルテラ編は涙腺にかなりキました。CCCの桜ルート並みに感動しましたもの。
でも、メインクリアと、ある程度サブをクリアした人は分かると思いますが、絶対続編出ますよね、アレ。
気になる終わり方や、謎がまだ多く残されていますし。ギルのサブストーリーなんかその最たるものでしょう。
続編でのアルテラがどのような状態であるのか、気になるところです。
ちなみに、私は無事にワダアルトリア・セイバー出ました。本家も良いですが、ワダさんのアルトリアも凛々しい感じが際立って素敵です。
性能は言わずもがなの、流石は最優のセイバーなだけはある感じです。
あと、エクステラではないのですが、前から思っていたのですがFGOのラスボスの子孫って、オルマガリー所長の家系っぽいですよね。所長と魔術王の髪型とかクリソツですし。