クロス・ブレイド~剣爛舞踏~   作:ゲキガンガー

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第三章『妖刀村正』④

「ぐあっ!」

 明智家の門番をしていた若い男は血を流しながら膝を着く。手を斬られただけだ。致命傷ではないが、戦闘の継続は困難だろう。刀を地面に落としてしまう。

 他にも幾人かの男たちがいた。この男達は明智家に従事している従者達だった。皆帯刀しており、尚かつ手練れではあった。

 しかし、一人の少女に大して怖じ気づいてしまっていた。もはや戦意はない。

 金髪碧眼をした少女だった。通常の場面で言えば見目麗しいといえるかもしれない、整った顔立ちをしている。しかし、その無機質な表情は人形のようで、さらには返り血を浴びても眉一つ動かさない非情なところが人間というよりも機械的な印象を強めた。恐らくは彼女には感情というものがないのだろう。返り血を浴びた刀が怪しく光る。とどめを刺す事にもためらいがない。

「ひ、ひぃっ!」

 追撃をしようとした時だった。突如降ってきた雷撃を跳び避ける。

「そこまでよ!」

 刀哉。姫乃。水穂の三名は姿を現した。先ほどの雷撃は姫乃のたけみかづちによるものである事は言うまでもない。

 現れた敵。それは見覚えのある人間だった。

「ーーあれは」

「知っているのか?」

「はい。あの時、テーマパークにいた」

 水穂は答える。刀哉にとっても見覚えのある少女だった。それは剣欄学園にいる女子生徒だった。そう、その少女に良く似ていた。いや、本人であろう。

「アリシア・クロスフォード」

 刀哉はその言葉を言った。何でも日本にきた留学生らしい。元々は西洋の出身だという事は耳にしている。

 その彼女がなぜこの場に現れたのか。そう、しかも敵として。さらにいえば一連の事件も彼女が荷担していたのだろう。

 なぜなのか。その理由は何なのか、刀哉はわからなかった。

 ただ、ひとつだけいえる事はある。彼女は敵として自分たちの前に現れた。そして目的はここ、明智家にある宝玉だろう。だから阻止しなければならない。

 その事だけは確かだった。

「八神刀哉」

 彼女は流暢な日本語で言った。

「お前だったのか・・・・・・今まで俺達ーーいや、「俺」に妖魔をけしかけていたのは」

「そう・・・・・・・だと言ったら?」

 彼女は薄い笑みを浮かべる。微笑だ。珍しくみた彼女の笑顔ともいえない笑顔だった。面白く思っているようには思えない。

「なぜだ。なぜ、そんな事をする」

「決まってます。あなたの存在は『あの方』の邪魔になります。ですから私は危険要素を排除しようとした。ただそれだけの事です」

「『あの方』だと?」

「……それを説明する必要がない事は、何よりもあなたが理解していることでしょう」

 そう、アリシアは言った。

 間違いない。彼女は『あの男』により動いていたのだ。それがあの男の命令なのか、それとも自らの判断なのかは知らない。彼女は刀哉を『危険要素』と判断し、排除しようとしたのだ。一連の妖魔の出現は彼女によるものだった。当然だ。あれらの犯行が偶然とは到底考えられない。『あの男』刀哉は数年前の出来事を思い出す。血まみれになった母。そして、仁王立ちする父。そして父はあの刀を持っていた。

 あの男を父と呼んでいいのか。呼ぶことは憚られた。

「あの男の差し金か?」

「それに答える義理などありません」

来る。痺れるような空気の緊張感がその事を如実に語っていた。そう、次の瞬間、彼女は襲いかかってくる。真剣勝負、より正確に言えば真剣による勝負特有の緊張感がその場を支配していた。言葉はおろか瞬きをする事すらはばかられる。

 アリシア。彼女は刀を構える。怪しげな光を放ちつつ、彼女の剣【ブレイド】は円を描くようにして、構えを取った。

 雰囲気から察する事が出来る。手強い。だが、それでも数の理を覆せる程ではない。なぜなら、闘いにおいては数が多い方が有利だからだ。単純な話だった。だからいくら相手が手強かったとしても、こちらが有利なのには違いがない。

 だったら、なぜ彼女はそんな不利な勝負を挑んでくるのか。事実践的な戦闘において、不利な闘いというのは極力避けたいのが実際なのだ。普通、不利だったら退却する。それが戦闘における鉄則(セオリー)だった。それでも彼女は一向に引く気はないようだ。おかしい。もしかしたら何か理由があるのかもしれない。そもそも、宝玉を狙うだけだったらなぜこんな正面突破みたいな真似をするんだ。よほど馬鹿でもない限り、そんな真似はしないだろう。疑念が尽きない。

 考えている間に斬撃がくる。鋭い切り口。刀哉はその斬撃をかわす。

「はあああああああ!」

 間髪入れずに、姫乃が斬りかかる。アリシアはその攻撃をかわした。

 そして距離を取る。

「・・・・・・・よかった」

「え?」

 なにがよかったと言うんだ。

「今日は月が綺麗で」

「なにを言ってんのよこいつ!」

 姫乃は切りかかる。

 今更月が綺麗かどうかなどどちらでもいいだろう。そんな事に気を払っている余裕など戦闘においてないはずだ。

 アリシアは切りかかる。しかし、点で外れた攻撃だった。不正確な攻撃。そもそも避けなかったとしても、当たるはずのない攻撃。地面に刀が突き刺さる。無様だった。

 姫乃と水穂の二人はその攻撃を避けるまでもないレベルだった。

 ーー意味がわからない。無意味な攻撃にしか見えなかった。もはや勝つ気がないのか。

 アリシアの背景で、満点の月が輝く。夜だというのに、姫乃と水穂の陰が延びる。

「まさか!」

「影縫」

 彼女はそう言う。

 と。

「うそ!」

「・・・・・・・そんな」

 姫乃と水穂の二人は足を止めた。いや、足が止まったのだ。動けない。

 二人はまるで足が地面に埋まっているかのような感覚を抱く。

 先ほどの発言。そしてアリシアの謎の行動。あれには意味があったのだ。あの二つの関連性から考えるには。ひとつしか考えれない。

 影を縫ったのだ。

 恐らくはあの刀は、影を操る剣【ブレイド】だったのだ。そう考えれば彼女の行動には必然性が生まれる。

「影楼・・・・・・・それがこの刀の銘です。影を操作する事ができます」

 なぜ説明するのか。

「なんとなく。あなたが聞いているような気がしまして」

「いいのか? 敵にヒントを与えて」

「・・・・・・・別に。死にゆく者になにを教えても意味のない事でしょう」

「ちょ、ちょっと。あたし達になにしたのよ」

「くっ。放しなさい」

「無理はしない事です。あなた達の影を縫いました。勿論、それだけで死ぬような事はありません。ですがしばらくは動けないはずです」

 アリシアはそう言う。

「これで邪魔者は入りません」

 一対一の状況下。これが彼女の狙いだったのか。

「私は彼女達に用があるわけではないのです。用があるのはあなただけです。八神刀哉」

 用があるのはあなただけ。刀哉はこの言葉に違和感を覚える。

「・・・・・・・俺に用があるだけ。だったら、宝玉を狙い、襲っていたのはお前ではないのか」

「八神刀哉。そんな心配をするより、少しは自分の命の心配をしたらどうですか」

 彼女は切りかかってくる。

「くっ」

 彼女のブレイドの能力は影を操る事だ。能力が判明している以上、同じ轍を踏む理由はない。影は刀哉の背後に伸びている。これではまるで影踏みだ。命を賭けた影踏というのが笑えない。

「八神刀哉・・・・・・・・この刀がそれしか芸のない無粋な剣【ブレイド】だとお思いですか」

「なに?」

「影楼」

 彼女はそういった。影が伸びる。そう、彼女自身の影がだ。

 そして地表から襲いかかってくる。平面的な存在であるはずの影が実体を持ち出したかのよう。そう、地表から黒い無数の手が伸びてきた。

「・・・・・・・くっ」

 刀哉はそれを間一髪のところで避ける。

 距離をとっても無駄だ。攻めるしかない。刀哉はアリシアに襲いかかる。

 距離を詰めた。驚く程簡単に距離を詰めれた。おかしい。

 何かがおかしかった。さらに、最大の違和感があった。

 彼女は刀ーー剣【ブレイド】を持っていなかったのだ。

 最大の違和感の正体はそれだった。だったら、その剣【ブレイド】は一対どこに。剣は影が持っていた。そう、実体化したアリシアの影は刀である影楼を持っていたのである。

 にやり。と、彼女は笑う。いや笑うというよりは唇をわずかに動かした程度の機微でしかない。

 影から伸びた腕は刀を手に持ち、振り下ろす。 刀は深深と刀哉の影に突き刺さる。

「ぐっ」

 痛みはない。ただ全身が鉛のように重くなって動かなくなっただけだ。

 だが、もはや王手をかけられたようなものである。

 後は身動きのできなくなった刀哉の心臓を一差しするもいい。なぶるように切り刻んでいくのもいい。そう、もはや彼は料理される材料のようなものだ。全ては彼女の意のままだった。

「刀哉!」

 影縫をされ、身動きのとれなくなった姫乃は声をあげる。

「お姉さま、私に考えがありますの」

「考え」

「ええ・・・・・・・その為には、私とお姉さまの力が必要なんですの」

 水穂はそう言った。

 

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