Alchemy or Lune?   作:トゥーン
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吹き上がる殺意

──靄になって消えた。
──短剣を突き刺したメティスが、靄になって消えた。

「え……?」

間の抜けた声しか出ない。カラン、と短剣と短機関銃が音を立てて落ちる。
だってコイツはまつろわぬメティスの筈だ。間違いなく"まつろわぬメティス"だった筈だ。

なのに何で、何でだ。

どうして、俺の目の前に。



────どうして、"後輩"がいる。



「…………ま、さ……か……?」


『目』から見える情報は無情だ。

死んでいる。
生命活動は完全に停止している。
だが漂う。この闇の靄はメティスのものだ。

あぁ、つまり、きっと、これは、コイツが、メティスの依代だったからであって、もう死んでいて──


「ゼウスよ、何故貴様は我を愛さなかった。
人間よ、何故貴様らは我を辱しめた。
世界よ、何故貴様は我を苦しめた」

錬金術が扱えなくなった感覚がぼんやりとする。もうそんな時間なのか。
聞こえない。
何故、何故、何故、何故? コイツは魔術関係者じゃなかった筈だ。ただの人間だ。なら何故メティスの依代になった? いや、それこそが魔術関係者である証明であって、つまりコイツは魔術関係者が身内にいて、その繋がりで依代の素質を持っていたか。あるいはコイツが魔術師で、だから依代になったか。
じゃあ、初めからこの女は俺の────


「──先輩、何で私を見てくれなかったの?」


今、耳障りな雑音が聞こえた。
このクソ女神は、死者の声で喋った。
死者は喋らない。死んだ人間の声は一番早く忘れていく。
殺してきた奴らと何ら変わりない。無意味な存在だ。別にこの女が特別という訳ではなかった。変わりなぞいくらでも作れる。現に死んだ所で何も変わらない。

────じゃあ何で────

"どうせなら俺の手で殺したかった"

────なんて思って────


「ねぇ、先輩」


殺意が溢れ出す。
神が何だ。カンピオーネが何だ。人でなしが何だ。何もかも関係無い。

その声を使っていいのは──
その亡骸を辱しめていいのは──
その女を殺して良かったのは──
その女の生命を握ってよかったのは──

足に力が入る。
視線と殺意は天に浮かぶ闇の女神に。

「メェテイィスゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ──!!!」

叫ぶ。
叫んで跳ぶ。

「賢者なる神の玩具、回せ廻せよ運命の賽ィッ!!」

『目』で強引に錬金術を引き当て、更に突っ込む。
右手に呼び出すは炎の大剣。
左手に握るのは水銀の直刀。
もはや捨て身で十二分。この厚顔無恥な塵はその権利のある俺からこの女の全てを奪った。俺が、敵であり先輩であったこの俺だけが奪っていいものだったのに──!!!

「その憎悪、やはり貴様も我と同じだ!!! 貴様も同じ、闇の皇子なのだゼェエウスゥゥゥゥッッッ──!!!」
「黙れぇぇぇぇぇェェェェェェッッッ!!」

耳障りだ! 耳障りだ! 耳障りだ!

奴の右腕が振るわれるよりも早く、『目』の導きに従って逆手に持った直刀を右拳に突き刺し、それを軸に回転しながら後ろに回り込むように動き、右脚の脹脛で首を引っ掛けるような形に持っていく。

「捥げろ……!」

そのまま身体能力と激情に任せて塵の頭を捻じ切る。そして左肩目掛けて燃え盛る刀身を突き入れる。
焼き切りながら突き刺さる刀身をものともせず、首を捻じ切られてなおも死なず右腕で胴を素早く殴りつけ、捥げた首の断面から闇が蠢き闇の上半身が生えて腹を短剣で突き刺す。
邪魔臭いので蹴って離れて、地面に降り立つ。
──そして目に入る。俺が殺す筈であっただろう女の、物言わぬ亡骸が。

すぐさま転移のルーンを刻んだメモを引きちぎり、遺体を転送する。
行き先は自宅。それだけでいい。

これで心置きなく全力で殺せる。

……敵を見る。
頭は再生し、その両手には炎の大剣と水銀の直刀が握られている。刺さったのを引っこ抜いたんだろう。
近くに停めてある乗用車を見る。無人だ。即座に触媒にして、身の丈を超える大きさと馬鹿みたいな重さを持つ大斧を錬成し、肩に担ぐ。

「ゼウス、今の貴様になら抱かれても構わんぞ。それだけ貴様は魅力的だ。あぁ……素晴らしい……堕ちるところまで堕ちた貴様の姿……」

恍惚とした表情だ。見るだけで憎悪と殺意が湧き上がる。

「……喋るなよ塵風情が」

『目』は絶好調だ。何ならルシファーの声さえ聞こえて来そうだ。
だがまだ足りない。
もっとだ、もっと寄越せ。俺を導け、あの塵を殺したという結果に──!!

「ではこちらで語ろう。存分にな!」

塵が降り、突撃する。
前までは『目』でも捉えられないと思っていた。
違う。
捉えられないと思うから導きが見えないんだ。

今なら追える。

突撃の姿勢から左腕が動く。──突きの構えだ。担いだ状態から左へと回して行き、勢いを付けて大きく右に全力で薙ぎ払う。
ガィンと響く音と、遠くへ飛んでいく光るもの。やった。

そのままの勢いで奴は回転しつつ、大剣が首を狙った軌道を描く。軌道に左腕を置いて、素手で受け止めてへし折る。所詮儀礼用大剣のレプリカを改造した程度のもの。強度など、たかが知れている。
また作り直せばいい。

だが止まらない。へし折れたというのに柄で目を狙った突きを放つ。大斧を斜めに持ち、全体を使って押すように柄で殴り付ける。
軌道が逸れて頬を浅く裂く。そのままの流れで大斧を振り上げる。塵の右腕に食い込んだが蹴られて柄がへし折れる。残った柄を右肩に突き刺し、鉄棒を呼び出す。今度は心臓を狙った一突き。左手に握られた直刀の柄を使って巧妙に防がれる。左手で髪を引っ掴んでヘッドバット。反動で離れる塵の左腕を掴み、鉄棒を突き入れる。ブスブスと関節部分から突き出る棘。
ヒュン、と髪から流れる闇の刃が俺の両腕を切り裂く。血が溢れるよりも先に再生し、空に浮かぶ両腕を掴み取り、今度はグレートメイスへと錬成する。奴が反応するより早くグレートメイスで胴を大きく殴り付ける。
予想外の力が出ていたか、敵は大きく吹き飛ぶも、その最中に髪から流れる闇で両腕を切り落とし作り直していた。

あぁ、憎たらしい。
同じような事を言って、同じような事を考えて、同じように戦う。
憎い。殺したい。殺す。

近くの駐輪場へ飛び、適当な自転車を掴んで触媒に、大曲刀へと錬成する。

「……」

……奴は何処だ。
見える闇は複数。見失った本体は恐らく闇に隠れている。
挑発して誘い出すか。何を言えば出てくる。奴の思考は憎悪のみ。
つまり、誘き寄せるには動かざるを得ない一言……何があるか。

「また、喰ってやるよ。ハエにしてなァ。どうだ、嬉しいだろォ? メェティス……!!」

神とはすでに終わった者。
その結末は決まっているが故に結末を敢えて口で言ってやれば、反応せざるを得ない。何せ死因を嗤われてるんだ、嫌な気分になるに決まってる。

「貴、様ァ──ッッッ!!」

背後、その上から聞こえる叫びには深い憎悪が込められている。
旋回しながら左手の大曲刀を遠心力に任せて振るう。
──受け止められた!
刀身は厚みがあるにも関わらずまるで菓子のようにその両手で握り潰される。
しかし好機。グレートメイスを縦に振り下ろしてその頭を破壊する──!

ふっと消える。メイスはコンクリートを破壊するに留まる。
クソッ、まだこの消える事のタネが割れてねぇのが響く……っ!!
視界外、鋭い敵意を感じる。──右か!

「死ねぇぃ、ゼウスゥッ!!」

振り向くと同時に振り下ろされる、闇の大刃。その質量、収束している闇の量、共に莫大だ。メイスを離して横へひとっ飛び。着地と同時に手元に短剣付きの長い鎖を錬成。ぶん投げて近くに停めてあったトラックにぶっ刺し、呪力で強制固定。

突っ込んでくるメティスに対し、俺は力任せに鎖を振り抜く。

「──ぶっ飛べァッ!!」

遠心力とその質量による簡易的なハンマーは、防御よりも早く奴の身体にぶち当たり、そのままメティスごと近場にあったビルに激突して爆破炎上。
多分ありゃ一階部分は使い物にならねえだろう。なんせ柱もだいぶやってるみたいだしな。

だがコイツはいい。
殺したら似たようなものを作るとしよう。質量兵器を遠心力でぶん回して破壊する武器、案外良さそうだ。

さて、奴は──

「……やってくれる」
「チッ……」

やはり、死なない。全身から闇が溢れ出しているのを見るに、間違いなく殺す寸前まで行ったが再生が早かったといったところか。炎の中に立つメティスは、その掌に闇を収束させる。
そのまま大きく振りかぶって闇の球を投げ付ける。放物線を描く軌道、このままでは俺の手前に落ちる。何を考えてるやら──

違う、爆縮している。

不味い──!!
前にはメティス。手前には爆弾。後退するか跳ぶしか……いいや、防ぐ!
即座に地面を錬金術で隆起させ、即席の壁を作る。結果、闇は上で爆発し、あっさりと壁は崩れ落ちる。
崩落する壁の残骸の奥から見える、さながら土星のような闇の集合体。爆縮し固定化したものに、更に闇を加えて意図的に暴走させたものか……制御を間違えれば吹き飛ぶというのに、狂気だからこそやれるか。
投げ付けられる、その巨大な闇の塊。
こればかりはルーンを使って防がねばどうしようもない。錬金術では無理だ。

どうするか──。
何故か憎たらしいが人物的に好感の持てるジジイ、 ヘラヘラしながら狂気を燻らせていたサルバトーレのクソ野郎、人も殺せなさそうな顔をして中身は一丁前に魔王な草薙の存在が脳裏を掠める。
ジジイならコイツを瞬殺出来た。草薙ならコイツを瞬殺出来た。サルバトーレならコイツを瞬殺出来た。

──そうだ。奴らならコイツを完膚なきまでに叩きのめせる。
同じカンピオーネだというのなら、俺にも出来なくてはならない。
"愛すべき母"は俺たちに何を望んだ? ──殺戮だ。俺たちは今更現れた神を殺戮せしめる為に転生させられた。望むにしろ望まないにしろ、利害が一致したからこうしている。
そう、俺たちカンピオーネは神殺しだ。

殺 せ な い 神 な ど 、 在 っ て は な ら な い ──


「邪魔だァァァァッ!!」

跳ぶ。
真正面に向かって跳ぶ。塊目掛けて跳ぶ。
近くに寄って行くだけでも分かる、凄まじい闇の奔流。その塊に手を伸ばす。

──触れる。

即座に錬金術を起動。構成している闇を変換しようと力を入れる。が、当然ながら腕がボロボロになって行く。しかし気にしていられるか。出来ぬなどあり得ない。
俺には出来る。奴らにも出来る。だから出来なくてはならない。

「今だっ!」

ごく僅かな闇の隙間、そこに呪力を流して霧散させる。やった──!
だが喜べない。大鎌を二本携えたメティスが飛びかかってくる。
左の鎌が首目掛けて振るわれる。姿勢を低くして回避。返す刀でもう一撃来る。だから軽くジャンプしてメティスの肩を掴む。さながら鉄棒で一回転するような姿勢から、脚を大きく振りかぶって蹴りつける。顔面に命中するも、メティスは無視して右の鎌を袈裟斬りの形で振るう。今度は鎌の柄を掴んでそれこそ鉄棒で逆上がりをするように回転してから飛んで離れる。
そして手元に炎の大剣と直刀を呼び出す。折れているが、十二分に役に立つ。
……何故か最初に作った大剣は反応しなかったが。
回転して勢いを付けた横薙ぎを、直刀の残った刀身で柄を抑えつつ炎の大剣で左肩を突き刺そうと突き出す。
が、同時にメティスも左の鎌で首切りをしようとしていた為に、お互いの肩を抉る形で交差する。再生する互いの肩。
それと同時にメティスの髪が闇を纏う。首を狙った一閃。側転で回避。逃げ遅れた左足首は切断されるも、断面から刃を錬成して首を裂くが髪が反応して左膝から下が切り落とされる。再生させながら落ちる左膝から下を折れた刀身で突き刺して断面を爆弾に錬成して殴り付ける。

「ぐ──っ!?」

呻き声と共に後退するメティス。
逃がすつもりは元よりない──!
足目掛けて手に持つ折れた剣を投げ付け、『目』の補助で確実に命中させる。更に刺剣を両手に三本づつ呼び出し、指で挟んで爪のように持つ。
脚を刺されたというのにも関わらずメティスは素早く反応し、闇の鎌を闇の双剣へと変えて突きと斬り上げを放つ。それぞれを迎撃し、爆発させて剣を破壊する。
柄を捨てて猟銃を呼び出し、心臓に突き付け発砲して猟銃を投げ捨て、その空いた穴に右腕を突っ込む。
だが──

「捕まえたぞゼウス!!」

狂嬉の声が響き、俺の頭がメティスに掴まれる。
死にづらいメティスと、死にやすい俺。どちらが死ぬかは明白だ。

しかし、この条件を同一にする最後の手段がある!!
体内の右手にあるものを呼び出す。
それは賢者の石────転写と複製のルーンを刻んだ、唯一無二の試作品。正真正銘の、世界に一つだけのもの。

賢者の石とは魂の容れ物……つまるところ転写・複製した魂を保存し、同一存在が在る矛盾により、世界の修正力を利用して対消滅を起こすように仕向けたところを石を破壊して強制的に存在が戻る反動で存在そのものに直接損傷を与える──所詮理論上のものに過ぎないが、試してみる価値はある。

転写のルーンを起動する。
闇が腕に流れ込む。

微かな欠片を、賢者の石に転写する。
闇の爆縮が始まる。

闇が解放──するよりも早く賢者の石を砕いた。

そこからは意識が朦朧としていた。
ただ、メティスがフラフラと何処かに消えたのは、憶えている──



・転写複製のルーンによる直接攻撃
魂を賢者の石に転写・複製し、同一存在の対消滅を発生させる寸前で砕くことで、正しい形に戻る反動を利用して存在そのものに直接攻撃する、理論上最強の攻撃。
咄嗟に打った手だったが、割と効いていた模様。
だが殺すまでには至らなかった。

ぶっちゃけ妄想心音。

・"後輩"
故人。
悠一の後輩。それ以外のことを彼は知らない。黒髪黒目のぼんきゅっぼん。割と小柄。

実はある魔術結社のスパイである魔術師。
悠一の身の回りの他、色々と調査していたところ、まつろわぬメティスの出現に居合わせた上に依代として取り込まれる。結果、憎悪の闇に飲み込まれ自我が一瞬で崩壊。残った肉体は躰として利用されていたが、戦闘中に肉体は限界を迎え死亡。完全に降臨したメティスは肉体を破棄し、その後は遺体のみが残った。

なお悠一は彼女が魔術関係者であることに気付かなかったが、ただ興味が無かっただけであり、では何故憶えていたかというと、所謂ぼっちであった自分に話しかけてきたから、記憶にあったというだけである。

そこに人並みの暖かさを求めたのか、ただの気紛れか。
そんなものは、誰であっても分からない。