「これで…落ち着いて話せるな」
「は、はい。…あ、あの!」
「ん?どうした?」
「お久しぶりです!」
守護者達を見送り、二人になった所でようやくクレマンティーヌはアインズに向かい頭を下げてきた。アインズは内心、二人きりになった途端、気持ち悪がられて罵倒されるのも覚悟していたので少しほっとした。何しろ…知らない他人からいきなり、『私は君のお兄さんだよ!』と言われたら流石にドン引きだろう。
「うむ、久しぶりだな。エ・ランテルの…そう!バレアレ薬品店で出会った時以来だな! うん、間違いない!」
「はい!私の事を…覚えててくれたなんて…」
「う、うむ!(…普通に忘れてたけどな)いつかの再会も約束していたしな。…まあ少しばかりはやかったがな…ふ」
「でも、会えて嬉しい!…です」
「ああ、私もだよ。く、くれまんてぃー…ぬ」
(……でいいんだよな?…だったよな?…だよ…ね?…ですよねっ!?)
「はい!私もです!あ、あいんずさん!」
「…ぷっくく!」
「あ、あはは!」
義理の兄妹なのに、お互いの名前を辿々しく呼び合うというシュールな光景に、ついアインズは吹き出してしまった。それにつられたようにクレマンティーヌも笑い出した。
「そのドレスも中々似合っているぞ」
「あ、ありがとうございます」
「私のパーソナルカラーである赤を選ぶとは…ふふ、アルベドらしいな」
「あ、そうなんですか。アルベド姉さん…」
「ね、姉さん?…まあ良いか…良し、では掛けてくれ」
「え?…床に?…ですか?」
「はっはっは、そんな事はしないさ、〈
アインズが魔法を発動させると、その手の先には荘厳な玉座が鎮座していた。クレマンティーヌはそれを見て、目をぱちくりしている
「う、嘘…魔法…なの? さっき私の突進を…1歩も後退せずに受け止めた戦士が…」
「ああ、第七位階の魔法だな」
アインズとしては、驚きのリアクションが返ってくると思っていた。この世界では第七位階は神の領域だとかニニャから聞いた事が有ったので間違いなく驚き、下手をしたら腰を抜かすかもしれない。少しはこの後の説明のインパクトを減らそうと思い、正直に言ったのだが…
「やっぱり…私の思った通りだったんだ…」
クレマンティーヌは何故か納得したように、それだけポツリと呟いた。
「これに…座って良いの?…ですか?」
「ああ、このナザリックの主である私の妹に座らせるのには丁度良いんじゃないか?手前味噌だがな」
「ふふ、妹かぁ…」
クレマンティーヌがゆっくりと、おっかなびっくりと言った仕草でアインズの創造した玉座に腰掛けるのを見届け、アインズもアウラが作ってくれた椅子に腰掛けた。
ファーストコンタクトは上々だろう、とアインズは判断し本題に取り掛かる事にした。
「まあ、色々聞きたい事が有るだろうが…まずは…」
「今言ってた、あ、貴方の…妹って事?…ですか?」
「ああ、そうだ。…それについて話して置かなければならないな」
「は、はい。どうして私なんかが貴方の妹なの?…ですか?」
「うむ、それはだな…」
アインズは試行錯誤して…守護者から私の妹と対面させたり、準備にわざと時間をかけたりして作った僅かな時間で必死に言い訳を考えた。そしていつかギルメンの誰かが奥さんと喧嘩した時の言い訳を考えてくれ、と言われたときに嘗てのギルメンにして親友、ペロロンチーノが言っていた事を思い出したのだ。(恐らく…エロゲの話しだったんだろうが…)
「…全て、君の為だったのだ!」
これこそ、『全て君の為にやったんだよ?だから怒らないでね?』作戦だ。しかし、これには弱点が有り、余りにも常識外れな事をして怒らせた時に使うと逆効果だともペロロンチーノは言っていた。
『万能だと思ってたのに…浮気した時にこの選択肢選んだら…デッドエンドだったぜ…』
「私の…為?…ですか?」
「う、うむ、そう!そうなのだ! 話せば長くなるが、このナザリックという場所に我々が集まったのは、人間種にPK…迫害されてきた我々異形種がそれに対抗する為に集まったのがそもそもの始まりなのだ」
「す、凄い…」
「うん?そうか?…ありがとう。 そして、そういう経緯で始まった集まりだ、我々の中には人間種を快く思っていない者が多い…殆どだな」
「当たり前…ですよね」
「う、うむ」
アインズはクレマンティーヌの余りの話の飲み込みの良さに、少し戸惑ってしまう。
「…本来ならば、ここには人間に立ち入って欲しくないのだ。だが君は私の部下に見つかり、捕まってしまった。…我々の存在はまだ秘匿しなければならない。君を表に出すわけにはいかない…という事だ」
「は、はい」
「その場所に、人間が…それも侵入者として捕まった者が来れば…どうなるか…どういう、扱いを受けるかは…分かるな?」
「はい、分かります。あの牧場で良く見ました」
「牧場…?」
なんでここで牧場という単語が出るのかアインズにはよく分からない。
(あの場所で飼育されている…確か両脚羊だったか?と同じ扱いを受けるという事だと思っている…という事か?…人間の皮を…剥ぐ?…グロ!?…流石にそれは…)
「まあ…そう、だな。…しかし、しかしだ。君は少なからず私と縁の有った身。そのような扱いを受けて欲しくは無いのだ!」
「は、はひ」
「私は考えた。逃がす訳にはいかない…それは部下に申し訳が立たん…ならばいっそ…私の妹という事にしてはどうかと思い付いたのだ」
「な、え?」
「勿論義理の妹としてだ。私の妹という事にしておけば他の者もおいそれと君を悪くは扱わないだろう。」
「それは…そうだと思う…思います。皆貴方をとても尊敬していました」
「ああ。彼等は私にとても尽くしてくれている。…それにつけこむようで嫌なのだがな…お互いを想えばこそ、だと思って欲しい」
「そ、そんなに…私の為に…自分の妹にしてまで…うぅ」
アインズは対面にいるクレマンティーヌの目に涙が浮かんで居るのを見て、罪悪感が沸々と沸いてくるのを感じていた。アンデッドとは言え流石に、アルベドの時もそうだったが、生の女性の涙はかなりクル物が有った。
(…ぐうぅ! ゴメン!ゴメンなぁ!! でも君の為にやっているのは半分本当だから許してくれぇ!!)
「だがな、クレマンティーヌよ。私はこのナザリックのトップ。それ故身内に甘くするわけにはいかない。他の者も居る場所では少し厳しくするつもりだ。悪く思わないでくれ…幾ら妹とは言え、彼等は彼等で私の嘗ての仲間が残した愛子。君と天秤にかけ、どちらが上など答えるつもりはないからな」
「は、はい! それは勿論だと分かってる…分かっています!」
「うむ、理解が早くて助かる。…このナザリックに居る間、君は私の妹だ…と言う事は理解してくれたかな?」
「…はい。あの…」
「うん? な、何か有るのか?」
(な、何だ!? や、やっぱり駄目か!? やっぱりキモいか!? 頼む! 納得してくれ!!)
「あの…ナザリックに居る間だけじゃなくて…」
「…あ、ああ」
「ほ、本当に…その、ずっと自分の兄だと思って良いですか?」
どういう心境なのだろう。知らない男から妹になってくれと言われて、気味悪がらないどころか本当に兄になってくれとは…女心に疎いアインズにはサッパリ分からなかった。
「…ぇ?…ずっと…?…あ、ああ! 勿論構わないぞ?」
(…良く分からないが…まあこの後私の姿を見れば…気が変わるかもな)
「やった!ありがとうございます!」
「ま、まあ落ち着け! …とは言え、私達はお互いの事を何も知らないのだ。特に君はこれからナザリックで住んでいく事になるだろう。その者が私の素顔を知らないのは不味い。妹なのにな」
「素顔、ですか?」
「ああ、異形を束ねる主だ。恐らく気づいているかもしれないが、私も異形、と言うことだ。何も可笑しくないだろう?」
「…は、はい…で、では何の…異形種なの?…ですか?…神の領域の魔法を使えて…戦士としても私より強い異形種なんて…」
「そんな存在、この世界にいるわけ無いか?フフフ…なら…答え合わせと行こうか」
アインズはその言葉と共に、魔法で作った鎧を消滅させる。そして次にクレマンティーヌが見たものは…やはり自分の思って居た通りの存在だった。
「…凄い…私の知らないアンデッド…全身赤くて…角が生えてる…私の思ったとおりだ…やっぱりアインズ…様は神様だったの!?…ですね!?」
そのクレマンティーヌのリアクションは、アインズにとっては全く予想外だった。最悪、どこぞの姉妹の様に失禁し、大泣きされるかもしれないと思っていたほどだったからだ。…自分の思って居たのとは全く逆のリアクションだった。…というか…さっきからずっと、アインズにとっては良い方向に話が行っている気すらした。
「か、神様?…脅えないのか? この姿を見て。…そしてこの姿を見て、それでもまだ私の事を兄だと思えるのか?お前は」
「も、勿論です!…ん、ア、アインズお兄様…」
「…………!」
今まで、アインズは嘗ての仲間である『ぶくぶく茶釜』に、ふざけて甘ったるい声でお兄ちゃん!や、お兄様!などと言われた事が何度か有るが、やはりピンクの肉棒に言われたのでは全く萌えなかった。そのお陰でアインズは自分は妹萌えは意味分からんと公然と言っていたぐらいだ。しかし、今のは違った。元の世界、鈴木悟の世界基準で言えば、超が付くぐらいの、それも今目の前に居る生の美人、しかも金髪のナイスバディ。そのナイスバディの金髪美人が、少し恥ずかしそうに視線を逸しながら、頬を赤く染めて、もじもじしながら言う『お兄様』は、…ピンクの肉棒に言われる『お兄ちゃん』とは…
「か、火力が…違いすぎる!」
「え? お、お兄様?」
「…ぅぐ」
アインズは、アルベドを筆頭にシャルティアやプレアデス、その他一般メイド達と触れ合う事(断じてセクハラではない!)で美人脆弱属性を少しは克服したと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。彼女達と接して緊張しなかったのは慣れただけで、一歩踏み込んで来られるとヤバイのは変わっていないようだった。
「ぐっ、ええい!当たり所が悪いとこんな物か!」
「え? あ、あの大丈夫?ですか!?お兄様!?」
「パワーダウンだと!?…ぐぅ…あ、ああ…く、クレマンティーヌ…お、お兄様は少し硬いな…。もう少し柔らかい呼び方にしてくれないか?」
「じゃ、じゃあ…お、お兄ちゃん?」
「……ぐ…お」
これまた凄まじい破壊力だった。金髪美女がさっきよりも恥ずかしそうに、上目遣いで頬を赤く染めながらの『お兄ちゃん…』はいささか、背徳的過ぎた。
「…モニターが…死ぬ? 何!?」
(他人の女性に…兄と呼ばせる…どう考えても変なお店じゃないか!! これはヤバい!!)
その時妹というキーワードで、アインズの脳裏に、嘗ての仲間で仲が良かった姉弟の会話が思い出された。
『俺の妹がこんなに可愛くなる訳が無い!』
『うおっ!…いきなり何言ってるんですか?ペロロンチーノさん?』
『俺は分かってしまったんだよ…萌の極みと言うものが…モモンガさん…』
『はぁ…またエロゲの話ですか?』
その時、モモンガの背後から空気を震わせるような低音のハスキーな声、何時もペロロンチーノが怒られている時の声が突然聞こえてきた。
『さっき…妹と言ったな?弟…』
『うおっ!茶釜さん?いきなり後ろからその声は勘弁して下さいよ!』
『姉ちゃん…ああ…言ったな』
『なら聞かせて貰おう!お前が到達した、萌の極みとやらを!!』
モモンガは何かが起こるのを確信し、スッと二人から距離を取った。
『フッ…ならば敢えて言おう…! 萌え道とは…妹の事と見つけたり!!』
『よく言った!! 弟ぉーッ!!!』
『…だから姉ちゃんイラネ(ボソ』
『…ほう…良く言った、弟…。』
『あっ…』
『『『あっ…』』』(←他のギルメン)
『でもな、それ言ったらいらねえのはおめぇなんだよ、おい? 何で可愛い妹に生まれてこねえんだよ、おら。…どーせ弟に生まれてくんならうちのマーレみたいにめちゃめちゃ可愛く生まれてこいや、ごらぁ。…おい?聞いてんのか?…なんなら、おい…どーせこの先使わねえんだからピーーーーーちょん切って今から妹になるか?あ”あ”ん?』
『う、うう…ぐすっ…う”わあああん!!モモンガざーーん!!』
『なっ!?ペ、ペロロンチーノさん!? ちょっ!? こっちに来んな!!』
あのときのペロロンチーノはマジ泣きだったと、アインズは今でも胸を張って言える。そしてそれを見ていたアインズ・ウール・ゴウンの男性陣は全員…股間を抑えて震えていた。それぐらい、ぶくぶく茶釜は恐ろしい声で実の弟を恫喝していた。アインズは途中から助けようと思ったが、余りの恐ろしさに目を逸していたのに…ペロロンチーノに名前を呼ばれて巻き込まれてしまったのだ…あの後、やまいこと餡ころもっちもちの二人が助けてくれなければどうなっていたのか…。
(…また、この二人か…本当にあの姉弟は…ナカガヨカッタナァ!…分かってる、現実逃避…している場合じゃ無い!)
「お兄ちゃんは…少し子供っぽいな。」
「なら、兄さんで、良いかな?」
「ああ!それなら平気…いや、仲の良い兄妹のように聞こえるだろう」
アインズは漸く、精神の安定化が起きない呼ばれ方を見つけて安堵した。
「よし、では次は君の事だな。エ・ランテルで別れてから何をしていたのだ?」
「あの後は…」
クレマンティーヌからあの後、ここに来るまでの彼女のいきさつを聞いたアインズは思った。
「き、君はどれだけ運が悪いんだ…私に出会ったばかりか…その直後に…たまたまデミウルゴスの牧場に近付いてしまうなんて…いや?運が良いのか?」
「えっと…どうなんだろ?」
「いや…逆だ…相当運が良いな。一体何ヶ所死亡フラグ、死ぬ可能性が有ったんだ?…それらを全部へし折って私の元まで辿り着くとは…ククク」
「確かに…今考えると…返答次第で死んでもおかしくないかも…あは…」
「まあ、心配するな。お前は私の妹、この先命の危険など有る筈も無い」
「に、兄さん…!」
(…何でだろう…。俺はアンデッドだから人間には愛着がそこまで湧くはずが無いのに…。兄だと慕われるというのは、こうも違う物なんだろうか…俺は今まで肉親なんて俺が小さい頃に死んでしまった母親しかしらない…これが妹…家族を持つという事なんだろうか…我ながらチョロいな…)
そんな事を考え、一人苦笑する。今、アインズは明確にクレマンティーヌに向けての愛着を持っている事を実感していた。今まで家族が居なかったアインズは、当然だが妹が出来たらなど考える事も無かった。
(こんな時に…というのはちょっと嫌だが、ぶくぶく茶釜さんやペロロンチーノさんが妹が欲しいと言っていた意味が少し分かった気がする)
「うむ、では…その前の事も聞きたいな。君は…どこの出身なんだ?…ん?」
アインズがそう聞くと、何故かクレマンティーヌは…とても悲しそうな顔になった。
(そっか…そういう事か…この人達は異形種の集まり……あのクソッタレな国は…目の上のタンコブだよね…それで私に近づいたのかぁ…だよねぇ…この人達からしたら私なんてなんの価値も…)
スレイン法国は人間以外の存在を認めないと公言しているような国。そのすぐ近く、このナザリックという異形種の集まりなんてお互いに相容れる筈が無い。
(…そりゃ…神様だもんねぇ…全部掌の上って事か…でも…)
「お、おい?どうしたのだ?…もし言いたくないのなら無理に言わなくて良いんだぞ?」
「兄さん…いえ!私は貴方に全てを話します!…これが…惚れたものの弱みってやつなのかな?」
「ん?最後に何と言ったのだ?」
「んーん!何も言ってないよ! 兄さん」
クレマンティーヌは必死に明るく、無理矢理に笑顔を作り、アインズに向ける。
「本当に大丈夫か?何か…いや、お前が大丈夫というならば良いのだが」
「うん、じゃあ…言うね」
「う、うむ」
アインズはさっきからクレマンティーヌが無理をしているようにしか見えなかった。悲壮な笑顔、とでも言うべきか…そんな表情をしている様にしか見えない。これが会ってすぐならば何も、それこそどうという事は無かったのだろうが、今アインズはクレマンティーヌに対して愛着を持ってしまった。ナザリックのNPC達よりはまだ薄いとは言え、それでもこんな表情を浮かべられると、心配でしょうがなかった。
「う、うむ。」
「私は…スレイン法国の出身です」
「ほう…そうか、すれいんほうこ…く?…ん?…え?」
アインズは一瞬何処かで聞いた事の有る国だなぁ…と思ったが…直ぐに心の中は驚愕に支配された。
「ま、マジか…?」
「…え?」
「ま、マジか…?」
「…え?」
そう言ったきりクレマンティーヌを凝視して固まる゛兄さん゛を見て、クレマンティーヌは自分の勘違いに少しずつだが気づいた。
(…あれ? これマジで知らなかったパターン?)
「あの…知らなかったの?」
「へ…? 知らないに…決まって…ん?待てよ…いや、奴らならそう考えるかもしれんな…」
(本当に知らなったんだ…今のは絶対に嘘じゃない…これが…素の兄さんなんだ…なんか…この人…可愛いかも!)
「クレマンティーヌ、一つ頼みたいのだが…」
「はい、知っていて私に近づいたと守護者の人達には言うということですよね?」
「…あ、ああ。お見通しだったか…彼等は私が全知全能だと思っているからな。お前にとって少し不快になるかも…ん?」
「どうしたんですか?アインズ兄さん?」
「なる程、先程お前が少し悲しそうな顔をしたのは…そういう事だったのか。ククク!子供っぽい所も有るのだな!」
そのアインズの言葉にクレマンティーヌは再び顔が熱くなるのを感じた。恐らく今自分の顔はこの兄さんのように赤くなっているだろうとも。
「に!兄さん!…そ、そういう事は気がついても本人の前じゃ言わない方が良いと思うよ!そ、そんなんじゃ、で、デリカシーが無いって女の人にも言われちゃうよ!」
「なっ!?…そ、そうか…済まんな…」
「う、うん…別に良いけどさ…」
「そ、そうか…悪かったな」
(狼狽えてるの…?やっぱり可愛い…かも!)
「それで…スレイン法国では何をやっていたのだ?」
「スレイン法国では六色聖典の一つ、漆黒聖典の第九席次でした」
「…はぁ?」
「…え?」
「…し、漆黒聖典って、あのスレイン法国での最高戦力とか…あの漆黒聖典か?」
「は、はい」
「ま、マジ…か…」
あの陽光聖典のニグン達を拷問した時に度々出てきた単語、漆黒聖典。僅かな情報しか得られ無かった中で数少ない有用な情報で有る、スレイン法国の最高戦力の部隊の情報、それが漆黒聖典という単語だった。
「そ、その…漆黒聖典という部隊の任務であの地、エ・ランテルに居たという訳では無いんだよな?」
「はい…私はスレイン法国が嫌で脱走してきたの。所謂脱走兵という奴ね。…です。最後の仕返しに法国の秘宝の一つをかっぱらって」
「ほう…それは僥倖。その法国の秘宝とやらは今も持っているのか?」
「はい…えっと、これ」
アインズはクレマンティーヌから一つのアクセサリーを手渡された。そしてすぐさま鑑定の魔法をそのアイテムに発動させる。
「なになに…叡者の額冠?…能力は…ほう、凄いな。これはユグドラシルではあり得ないマジックアイテムだ。能力は微妙だが…」
「い、一応…法国では神代の力を持つ秘宝…アイテムだとか言われてるんだけど…」
「これがか…」
そのクレマンティーヌの一言で、アインズは意気消沈した。この後聞こうと思っていたワールドアイテムが法国に有るのかという質問が少し無意味になってしまったかもしれないとおもったからだ。
(こんな程度のアイテムが、神代の力を持つ秘宝などといっている国にワールドアイテム…しかも種族問わずに精神支配する程の能力を持つ物など有るのか?…可能性が低くなったかもな…いや無くなったかもしれない…だが)
「それは私が持っていても仕方ないので兄さんに差し上げます」
「うむ、ありがとう。ならばパンドラズ・アクターに宝物殿にでもしまって置かせるか…クレマンティーヌよ、秘宝繋がりで一つ聞きたいのだが…」
「はい、なんでも聞いて!」
そこでアインズは、この事を考えると怒りに我を忘れてしまいそうになる事を思い出し、せっかく親しげに情報を教えてくれるクレマンティーヌを怖がらせないように気を落ち着けてから、再び口を開いた。
(落ち着け…俺。…恐らくスレイン法国は私達の過大評価だったのだ…あんな物が神代の秘宝とは…だから落ち着いて聞こう)
「…スレイン法国に…アンデッドだろうが精神支配してしまう程の能力を持ったアイテムは…無いか?」
「有るよ」
「うむ…やはりそうか…ん?…今なんて?」
「スレイン法国の秘宝の一つ、ケイセケコウクという秘宝がそのような能力を持ってた筈…良く知ってたね」
「ケイセケコウク…ケイセ…ケコク…傾城…傾国……なっ!?『傾城傾国』かっ!!!…そうか…あれならば、確かに!!そうか…奴らか……クッ、クソがぁぁあああああああっ!!!」
頭の中で、全てのピースが揃ったカチッという音を確かに聞いたアインズは、それをスイッチにしたかのように全身を怒りに支配されていた。全身から怒りが見えないエネルギーの様に吹き出し、それに押されたかのように椅子から身を乗り出していたクレマンティーヌがペタンと背もたれにもたれかかった。
「ヒッ…に、兄さん……」
「ク、クゥズ共がぁあああああ!!!…クックック!!見つけたぞ!!!…待っていろ!!! 俺にシャルティアを手に掛けさせたその代償…必ず払わせてやるからなぁ!!!!…クハハハッ、直ぐに国ごと消滅させてやるっ!!!」
精神の安定化が中途半端にしか行われない故に、かつてない程怒り狂ったオーバーロードが、その怒りを原動力に行動に移そうと視線を前に戻した時、椅子に深く腰掛け、ガタガタと震える、今日から自分の妹になった女の姿が視界に入った。
「ヒィッ…に、兄…さん…」
「……あ」
そこでようやく、本来のアンデッドとしての特性である精神の安定化が起こり、アインズは正気を取り戻した。
(…くっ、しまったな、クレマンティーヌを怯えさせないように注意していたというのに…。…スレイン法国は許せない…だが…同時にスレイン法国は、私の事を…アンデッドで有るにもかかわらず兄だと呼んでくれたコイツの生まれ育った国……。それだけではない…それよりも国に対して戦争…いや虐殺などすれば…今までこのナザリックを秘匿してきた意味が…居るかもしれない強者に悪感情を持たれるのは避けなければっ!! ぬぅぅ!!…どうする?どうするのが最善だっ!? と、とにかく…)
「くっ…すまなかったな…クレマンティーヌ、少し怒りに我を忘れた」
「…は、は、はい…あ、あの?シャルティア姉さんが…もしかして、ケイセケコウクに?」
「ああ…それしか考えられん」
「嘘でしょ…あのクソ婆…やりやがったな…許さねぇ…」
「ん? そのアイテムを所有しているのは個人なのか?」
「う、うん。カイレという婆で、何時も漆黒聖典との危険な任務には帯同して、漆黒聖典でも手に負えない強大な敵に対して、個人の判断で使用が許されいたんだけど、今でも変わって無いと思う」
「クックック…素晴らしい!お前が我々に付いてくれた…いや、妹になってくれたお陰で、あの国について靄がかかっていた所が手に取るように分かるようになるとは!」
「兄さんの役に立てるなら私も嬉しい」
「ふふふ、ありがとう。クレマンティーヌ。そして…私が討つべきはスレイン法国よりもまずはそのカイレとかいう婆と言うことか…」
「う、うん…あ、はい!」
そのなんだか微妙な敬語なんだか砕けた口調なんだか分からないクレマンティーヌの話し方に、アインズは苦笑する。
「フッ…もう良いんだぞ? 兄弟なんだ。 二人の時はさっきみたいに砕けた口調でも。まあ、守護者の前や他の者の前ではキチンとしてもらうがな」
「ふ、二人きり…くわー! わ、わかったわ!兄さん! 今は二人きりだもんね! うん!二人きり…う、うわーっ、うわーっ!!」
そんな事を真剣な顔で言っている、何故か真っ赤な顔をしたクレマンティーヌを見ながら再び苦笑しつつ、アインズは考えていた。あの国に対してどう対応するかを。
(…カイレとかいう婆は殺す。それは何がどうなっても変わらない…だが、問題はその後だ。スレイン国に対してはどうする?…いや、それは今思い知ったばかりじゃないか…分からないなら誰かに聞く…ならこの場合はナザリック最高の頭脳に聞けばいい…まずは奴だな)
アインズは、卵頭の…自分の息子?の様なアイツを頭に思い描きながら〈
(…二人きりとか何処かで聞いたな…まあ、あいつらのどっちかだろうが…。それよりパンドラズ・アクターは…彼女の甥になるのか…? クレマンティーヌは…叔母さん?…いや!あいつを息子なんてまだ認めていないぞ!)
今年最後になりますが、皆様今年はお世話になりました。来年もよろしくお願いします!では良いお年を!