「よ~しよし。これで落ち着いたかも?」
「うっ......ぐずっ...ずびっ!!ずびばぜん......秋津洲ざん......」
「謝ることなんて無いかも!!......ちょっと暇だったし......」
......面倒なことになった。ウツギは目の前で夕張の背中を撫でている秋津洲を見ながらそう思っていた。
ウツギが、球磨からツ級は元夕張だということを聞いた、と夕張に言ったところ、彼女が急に泣き出してしまい、つい先程まで背中を撫でて介抱していた。すると二人きりだった艤装保管室に、......前から何故か第三鎮守府に滞在するようになった秋津洲が来てしまい、シエラ隊内で秘密にしていた「この第三鎮守府に居る深海棲艦は亡命してきたわけではなく元艦娘である」ということがばれてしまったのだ。
どうするべきか......よりによって一番口が軽そうな知り合いにバレてしまったな、と、ウツギが秋津洲に対して失礼な事を考えながら、そのまま話しかける。
「秋津洲......頼むからこのことは秘密にしてくれよ」
「......もしかして秋津洲って口が軽いって思われてるかも?」
「かもじゃない。思ってる」
「ちょ!?傷つくかも!?」
ウツギのストレートな発言にそれは心外だ!と秋津洲が語気を強めて反論する。
「こう見えても!秋津洲は炊事、洗濯、掃除、整備、指揮、デスクワーク、各種乗り物の運転、操縦、お悩み相談からDIYまでこなせる大本営所属のパーフェクト艦娘!!口の固さは折り紙つきかも!!」
前にツユクサがテレビで観ていた、戦隊ものでよくやっていた背景で爆発が起きる演出が起きそうなぐらい自信満々の決め顔だな。目の前で高らかに自分の有能さを演説する秋津洲にウツギがそんな感想を抱く。もっとも自信満々の言葉のあとに小さく「戦闘は無理だけど......」と秋津洲が言ったのも聞き逃さなかったが。
「......わかった。信用する。そもそもそんなに口の緩いやつが大本営で働けるとも思えないしな」
「ふふん!わかってくれたなら許してあげるかも!」
「そうか。さっきは悪かった。で、だ」
そろそろ本題に入ろう、とウツギが話題を切り替えるために夕張に話しかける。
「もう落ち着いたか?なんで球磨が死んだと思っていた?」
「すう~......はぁ~......。球磨さんは...私の恩人なんです」
# # # #
「っと、よいしょ。っと、......おっとト......」
「夕張~何してるクマぁ?」
「もう...夕張じゃないですヨ」
「なぁにワケのわからんこと言ってるクマ。肩貸してやるからその松葉杖寄越せクマ~」
「えっ、あっちょっト...」
実験が失敗して艤装が使えなくなった日の次の日。体中が痺れてうまく歩けなくて杖を持ってよろけながら廊下を歩いていると、そんな私を見た球磨さんがわざわざ肩を貸してくれたんです。しかもその日だけじゃなくて何日も何日も。
球磨さんは私が深海棲艦になってから何か困っていると、その度に色々と手伝ってくれるようになったんです。最初はすごく嫌でした。艦娘だった頃はそこまで仲が良かったわけでもないですし、それに私と違って「建造艦」でしたから。
「はい、夕張。リンゴ剥いたから食べるクマ~」
ある日、他の艦娘の子達から虐められて、それで次の日に全身が痛くて寝込んでいると、またどこかでそれを聞いてきた球磨さんがお見舞いに来てくれたんです。そしてその時に聞いたんです。
「......なんでこんな産廃に優しくしてくれるんですカ」
その頃......今はもうわかんないんですけど、私はみんなから「産廃」とか、「戦力外」って言われてたんです。当たり前ですよね、実際何もできなかったから、周りからは文字通りのゴミ扱いです。すると私の質問を聞いた球磨さんは、突然真顔になって棒読みみたいな感じでこう言ったんです。
「自分のことを産廃なんて言うなクマ。自分って言う人間はもっと大事にするもんだクマ」
その答えに......なぜか腹が立った私は、こう言ったんです。「どうせ周りとの話題作りのための点数稼ぎでしょウ?貴女に優しくされる度に私は惨めな気分になるんでス。いっそ死んだほうがましダ」ってね。途中まで黙って聞いていた球磨さんは、死んだほうが......の辺りでいきなり怒ってこう言ったんです。
「甘ったれたこと言ってんじゃねぇぞ!!こんどまた死にたいなんて言ったらひっぱたいてやる!!」
そう言って、皮の剥き終わった梨を皿に盛った後に球磨さんは部屋を出て行きました。......怒鳴ってきた時の球磨さんは怖かったんですけど......どういうわけか、みんなが私を罵倒してくるのとは違う感じがしました。気のせいだったかもしれないんですけどね。
次の日、少し痛みが引いたので図書室で陸奥さんと艤装の勉強でもやろうと廊下を歩いていると球磨さんに会いました。
「おはよークマ。夕張~、ゴホッゴホッ......あ゛~痛ぇクマ」
「......っ!?どうしたんですか、その怪我!?」
「ん?あぁ心配ないクマ。ちょっと派手に転んだだけクマ~っ!イタタタ......」
廊下で会った球磨さんは、ギプスで腕を吊って、片足は包帯ぐるぐる巻き。松葉杖でよろけながら歩いてるっていうとんでもない大怪我をしていたんです。なんで入渠しないんですか?と聞いても転んだなんて理由で入れるわけないだろ?って返すだけで......。
後から知ったんですけど、球磨さんは姉妹艦の木曾さんを連れて二人で私を虐めていたグループの子達と喧嘩をやって怪我をした......って聞いたんです。
驚きました。
なんでこの人は私のために、こんなに色々と面倒を見てくれるのだろう、なんでこの人は赤の他人のためなんかに自分が傷つくようなことを実行できるのだろう。
気になって仕方がなかったので、その次の日に球磨さんに肩を貸しながら聞いたんです。
「いやぁ~夕張のおかげで歩くのが楽クマ~♪」
「球磨さン」
「ん?何クマか?」
「どうしてこんな目に遭うのがわかってて、グループの子に喧嘩なんて吹っ掛けたんですカ?」
「......球磨は弱いものいじめが大嫌いだクマ。だから許せないからぶっ飛ばしてやったクマ~」
ふらふら歩く球磨さんが得意気に言いました。そして
「それに」
「「ともだち」のために大怪我できるなんて、誇らしいことクマ。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんでいいばなじがもおぉ!!!」
ここまでの話を聞いた秋津洲が泣き始める。また状況が逆戻りだ......と思ったウツギだったが、少し涙腺に来る話だったのも事実だったので黙っておく。
「それで、そこからどうして球磨が死んだと思うところに繋がるんだ?」
「あ、それちょっと気になったかも」
ハンカチで涙をぬぐいながら秋津洲もウツギに乗っかって夕張に聞く。
「それはですね......」
# # # #
「夕張、球磨はここを脱走しようと思うクマ」
「え!?正気ですか!?」
「球磨は本気だクマ。流石にもうあのクズ野郎の暴挙に耐えられないクマ」
色々なことがあってから、私と球磨さんは友人と呼べる関係になりました。......球磨さんは艦娘だったころから私を友達だと思ってたみたいですけど。でも、ある日突然そんな事を言い出したものですから、焦りました。頭に血が昇っていたのか、球磨さんの言ってくれた脱出の手筈は穴だらけで、成功の確率が低いような計画だったんです。これではいけない、球磨さんが居なくなるのは悲しいけど、せめていままでの恩返しぐらいは......そう思った私は、行動を起こしました。
まず、鎮守府の近くにあった銀行に、人が居ないようなときに駆け込んで艦娘の頃の給料を全部引き出しました。そして......恥ずかしいんですけど、何かあったときのためにと、見世物小屋ってあるじゃないですか。ときどき鎮守府を抜けてそういうところで稼いだお金も総動員させます。
そして有り金を全部提督替わりをやっていた天龍に渡して、「他の鎮守府の視察が来たときに、クルーザーでも置いておけば、自分の財力や威厳を示せるのでは?」なんてことを言っておだてたんです。
......理屈も何もない暴論でしたが、案の定数日後には鎮守府の港にそれなりに豪華な高速艇が停泊するようになりました。
準備は整った。後は見送るだけって言うときでした。決行の日に、船に乗り込みながら球磨さんがこう言ってきました。
「夕張、いい子にしてるクマ。これからきっと良いことがあるクマ」
「球磨姉、見張りが居ないうちに早く港から出るぞ!!」
「おっと、それじゃ、すぐにあのクズ野郎を失脚させてやるから楽しみに待ってるクマ~!!」
「姉貴声でけぇって!」
深夜、静まり返った海を進んでいく高速艇を見送ったのを覚えています。
球磨さんと木曾さんを見送った日から......確か三日後だったかな。こんな噂が鎮守府に流れ始めたんです。
「ねぇ、聞いた?あの話」
「聞いた聞いた。提督代理のボート盗んで逃げた球磨と木曾でしょ?」
「あ~そっちじゃなくて、無人島にその船の残骸が見つかったんだってさ」
「え~ウケるんだけど?なにそれ」
「船で逃げた球磨と木曾は、途中で攻撃を受けて死亡。死体も見つかったから生存は絶望的」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど。その噂を聞いて球磨が死んだと思っていたのか」
「うん......でも二人とも生きてるんだよね?」
「あぁ、うちの提督が引き取った。今は近海警備でもやってるんじゃないのか」
「...良かった......本当に良かった...よしっ!!」
突然ガッツポーズでそう言った夕張が近くに置いてあったウツギの使っていた艤装を手に取る。何をする気だ?ウツギがそう思っていると夕張は大きい手で器用に艤装を分解し始める。
「なんだ、何をするんだ?」
「二人がちゃんと生きてるって教えてくれたお礼。前にウツギちゃんが言ってたでしょ?長時間撃ち続けても手が痺れない砲がほしいって。私がやったげる!!」
そう言って分解した艤装を置いて、夕張が部屋の奥からなにやら見たことのない銃のような物を取ってきて、陸奥お手製の三連バースト式に改造された砲のシールド部分に取り付け始める。
「おい、大丈夫なんだろうな...」
「大丈夫!大丈夫任せて!よおーしっ!!」
「レ級なんてメじゃないとびっきりの艤装を作るぞぉぉぉ!!!!」
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大海原には「魔」が潜むと言われている。
一部の艦娘はこの「魔」を無意識に避けて、
そしてまたさらに一部の艦娘はこの「魔」に強く惹かれる。
しかし大多数の艦娘はそんな「魔」に気づきもしない。
次回「一撃」 淡い残像、両目に焼き付けて。
次回は戦闘回です。