あとR-15タグが息をし始める描写があります。注意!
「なんスかこれ......きっしょ......」
「............血と足だ。人間の」
「いや見りゃ解るッスけど......」
古ぼけた蛍光灯の明かりがときどき点滅してチラつく、薄暗い電管室の壁で起こっている惨状を見て、ツユクサが吐き捨てる。
ウツギは尚も嫌悪感たっぷりのコメントを呟くツユクサを無視して、床に転がっていた足を素手でつついてみる。
「............」
「えっ、ちょっ......素手で触って大丈夫なんスか?」
「硬いな......死後硬直でもない」
「は?」
ウツギの発言に、ツユクサが意味が解らないとばかりに変な表情で声をあげる。
「言ってる意味がわかんねぇッス、どゆこと?」
「硬すぎるんだ、この死体が」
肌が黄ばみ、何故か湿っている人間の足をつねったり押したりしながらウツギが続ける。
「研究所に居たときに人間の死体に触ったことがある」
「死後硬直なんてメじゃないぐらいこの足は硬くなってる。そして所々湿っているし、一滴も断面から血が出ていない......」
「何かの溶液に浸けられて保存されていたんだろう。状態からしてきっと調査隊の誰かさんの足じゃない事は確かだ。そこは安心だな」
「はぁ、なるほド......」
ウツギが自分の考えを一通り述べ、春雨が感心したように呟く。時雨はさっきからずっと口を押さえて具合が悪そうな顔で、その隣では若葉が血塗りの壁をじっと見つめている。
その若葉と一緒になって壁を見つめていたアザミが、首を傾げながら口を開く。
「......これ......変......おかしイ」
「んっクっくッ......奇遇だな。若葉もそう思ったところだ」
吐きそうになっている時雨の背中をさすりながらツユクサが......自身も若干気分が悪くなりながらも二人に問いかける。
「何がッスか?」
「血糊が途切れているんだ。不自然にぷっつりと、ね......」
「......あっ...!」
若葉の返答にツユクサがあまり見たくはなかったが、赤黒い壁を眺める。すると明らかに不自然な、赤い塗料の上から白いペンキでも塗ったかのように綺麗に血が途切れている部分を見つけた。
「何で......あっ、そうッスよ!誰かがここを拭いた」
「お前......馬鹿......冗談......?」
「えっ、違うの?」
「ん~......そうだな、じゃあこうしよう」
「誰かが血を拭き取ったのでは?」と言ったツユクサにアザミが毒を吐く。そんな様子をみた若葉は
助走をつけて壁を思い切り殴った。
すると、
「え?」
「......なるほどな」
「予想通りあったねぇ......隠し通路ってのが......ウふふ......」
若葉が殴り飛ばした壁が音をたてて崩れ落ちる。崩れた壁の中はがらんどうになっており、下り階段が続いていた。
今の行動で自分の手の皮がすりむけたのを眺めてニヤついている若葉をちらりと一回見たあと、ウツギが発言する。
「......進もう。あまり気乗りしないが」
「この先に何が......うぅ......」
時雨は喉元まで昇ってきた胃液を無理矢理押し込めながら、そう言ってウツギ達の後に続いて階段を降りていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「気分は?電」
『だ、大丈夫なので......うっぷ......』
「無理はしないほうがいい。いっそしっかり戻したほうが楽になる」
『お言葉に甘えるのです......おぇっ......』
流石にあんなものを見たら仕方がないか。自分も直視するのは抵抗があるくらいだし......。
まだ鎮守府に着任する前。研究員の手伝いで解剖医の真似事のようなことをやっていたので「死体」を見ることにあまり抵抗がないウツギが、普通ならあんな光景を観れば気分が悪くなって当然だ、と、無線機越しでも解るほどに狼狽している電の声を聞いてふと思う。
「にしてモ」
ウツギの隣に居た春雨が言う。
「長すぎませんか、この階段......もう五分は経ちますヨ?」
「不気味ッスね......お~こわ......」
身震いするツユクサを尻目に、確かにこれはいくらなんでも長すぎる、とウツギが思ったとき。目線の先に二枚の扉が見えた。
「いったそばからこれか。......錆びてるのか?重いな。アザミ、そっちを」
「......ッ、硬イ......」
重い扉を、ウツギとアザミが体重をかけてゆっくりと押してこじ開ける。観音開きの扉が地面と擦れ、ギ、ギ、ギ、と耳障りな音をたてて開く。中には
「......なんだいこれ?」
「これどっかで......あ!!アレだ!!くっそマズイ缶詰ッス!!」
埃っぽい部屋に入った時雨が、足元に大量に転がっていた缶詰の一つを手にとって眺める。それを隣から見ていたツユクサが大声で「前に見たことがある」と指摘した。
「中味はなんなんだい?赤いラベルが貼ってるだけで解らないや」
「すごく不味い謎の肉らしいぞ」
「ふ~ん。......僕、思ったんだけど」
持っていた物を適当に缶詰の山に放り、時雨が口を開く。
「なんでこんな場所に食べ物が転がっているんだろう?さっきの足といい、ますますなんの施設なのか解らない」
「さあな。自分にもさっぱり。......電、見覚えあるな?」
『はいなのです。......嫌な思い出しかないのです』
「......悪い」
『気にしなくていいのです。あと、ここはもしかしたら缶詰の加工工場なのかもしれないのです』
「こんな変な場所に食肉加工場か」
『......聞かなかった事にしてください。ウツギさん』
「いえ、意外と間違いでもないかもしれませン。ほら、こレ......」
ウツギが携帯を無線機に接続してスピーカーから電の声が聞こえるように設定すると、それを聞いた春雨が部屋にあった二枚のドアのうち一つを開けて、他の仲間に中を見るように誘導する。
そこには、おぞましい量の段ボール箱が積まれており、中身はやはり例の缶詰が入っていた。
「ひゃー、何個あるんスかこんなマズイもんが?」
「すごい......量......」
目の前に広がる光景にアザミとツユクサが目を丸くしながら呟く。
まさか、本当に缶詰の工場なのか?なら調査隊に何が......。ウツギが倉庫と思われる部屋を後にし、もう一つの、少し大きな扉のドアノブに手をかけ、そのまま開けてみる。
ここはどこに通じてる?
次の部屋に入ったウツギの目に入ったのは
缶詰が規則正しく運ばれている、三列のベルトコンベアだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「......電」
『......ウツギさん』
「本当にここは加工工場なんじゃ......」
『まさか、なのです......いやでも......』
ヘッドセットの奥で電が何かをぶつぶつと呟いているがウツギの耳に入る。
恐らく誰に聞いても「食品工場」と答えるような光景にウツギが面食らう。たがしかしここはただの工場ではない。何故ならウツギの考えが正しければ、島の入り口から降りて降りて進んだここはすでに海の底だからだ。こんな変な場所に工場なんておかしい。
それに、だ。多分だがここは「あの天龍」が関わっていた場所ではないだろうか。だとすれば絶対にただの工場なんかであるはずがない。
そう思いながらとりあえずは無人の缶詰の流れるレーンの周りを見ていたウツギに声をかけてくる艦娘が居る。時雨だった。
「なんか変な気分だ。ウツギさんは?」
「自分もだ。味方の救出とここの調査に来た目的を忘れそうになる」
「これじゃあまるで工場見学だな」。そう言うウツギに、後を付いてきた若葉が投げ掛ける。
「ただただつまらんよ。若葉は。血があったからなにか物騒な出来事でも起こるかと心待ちにしていたんだがね......」
「面倒に巻き込まれるのはお前一人で充分だ」
「おおっと、気に障ったかナ......んフフ......いや、こいつを持ってきた意味がないな、と思ってねぇ......」
ウツギに毒を吐かれた若葉が、それを気にせず涼しい顔で、腰に付けたナカヤマから受領した黒い軍刀をさする。
「......ん、あそこにまたドア......シャッターとかいうのがあるが?」
「......行ってみるか。どうせ進むしかない」
若葉が指を指した方向に「関係者以外立ち入り禁止」とかかれたシャッターの降りた通路を目にし、ウツギがまだ部屋に来ていなかった春雨、アザミ、ツユクサを呼ぶ。
そして全員集まったのを確認して、ウツギがシャッターを上げて六人は先に進んだ。
「............面倒な事になりそうだな。全く嫌になる」
ウツギが、ベルトコンベアのレーンの隣でえずく時雨の背中を撫でる。隣ではツユクサが口を開けて、まさに「放心状態」と言っていいような表情で棒のように立っている。
シャッターの奥の部屋のベルトコンベアには
血の滴っている人間と深海棲艦のバラバラ死体が流れていた。
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普通の人間であれば直視などできないだろう。
そんな凄まじい光景に出くわしたウツギたち。
人肉缶詰工場。
ここは一体......
次回「加速する悪夢」 耳鳴りが消えない。
しばらく胸糞の予定です。お付き合いください。