そういうこと、か。道理で......こんなに呆気なく倒せたわけだ。こいつが影武者だったとは......。
いつの間にか、砲撃戦の主戦場となっている地点から少し離れた場所に立っていたウツギが、聞こえてきた無線に舌打ちをする。「自分がやったのは敵討ちでもなんでもなかった」ことに逆上したツユクサに、原型がなくなるまで潰された影武者を見ながら、ウツギは急いで漣たちと合流すべきか、と考える。
「」
「......ふぅぅ、ふうゥゥゥ............」
息を荒くしながら、自分が殺した青い挽き肉を見つめていたツユクサにウツギが呼び掛ける。それと同時に三人を引き連れてそのまま海上を移動し始め、連絡通りに後退する。
「漣達が危ない、すぐに退くぞ」
「承知......」
「くくく、りょーかい」
「............」
いつもなら軽口の一つでも飛ばしてくるんだが。......大丈夫だろうか。
先程の怒り心頭といった表現が適切な顔から、落ち込んだような暗い表情でただ黙って付いてくるツユクサにウツギが不安を感じる。
......とにかく急ごう。本物の「ヤツ」なら何をしでかすか。検討もつかないし何か恐ろしいことをやらかしてくれそうだ。
そのまま四人は砲を構えて、ガーベラ隊と合流するために敵の群れへと突っ込んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何......あのデカいの......?」
「さあ。......でも見るからにヤバそうだ......!」
ウツギ達が無線を聞いて後退を始めた頃。
突然「空から降ってきた」、戦艦棲姫の従えている怪物の首をもう一本増やしたような双頭の化け物を背後にし、全体的に体が赤く光っている深海棲艦に、ガーベラ隊の全員とその近くに居た艦娘達が横一列になって砲を構えていた。
「~♪~~♪」
戦艦棲姫......とはまた何処かが違う外見をしている深海棲艦が、人差し指で手招きをするような動作をして挑発してくる。
こちらを煽っているのだろうか、と漣が考えていた時。球磨が背中の艤装から伸びた砲門付きのアームを肩に乗せながら口を開いた。
「「来いよ」......って言ってるクマ?」
「......どちらにせよ強そ」
「主砲、撃てぇ!!」
時雨が何かを言おうとすると、近くに居た艦娘達が砲撃を開始する。
「う~ん......取り合えず、やるなら徹底的にやっちまうのね!」
「「「「了解!!」」」」
味方の行動に乗じて、ガーベラ隊の面々もそれぞれの火気類を相手のいる方向に撃ち込む。
......っと、やってみるけど......多分効いてないよなぁ。漣が神風の言っていた事を思い出して心の中でそう考える。
想像通り、砲撃の爆煙が晴れると傷ひとつ無い敵が海上に佇んでいた。
「やっぱり、堅いですネ」
「......どうする?」
「.........ッ!?」
一応最低限の回避行動として海上を適当に隊列を組ながら動いていると、時雨が何か驚いたような表情をしていたのを天龍が目にする。
「.........どうしたよ?」
「天龍、いやみんな」
「女が居ない......!」
「!」
時雨の発言を聞いた、先程砲撃開始の合図を出した戦艦の艦娘が、急いで「ヤツ」が何処に行ったのかを探そうと首を動かして回りを見渡す......が、何処をみても普通の深海棲艦しか見当たらない。
どこに行った、と戦艦が考えていた時。誰かが自分の肩を叩いてくる感触がある。
「山城。今は索敵を......」
彼女は初め、肩を叩いてきたのは自分の妹だと思っていた。しかし自分の背後にいて肩を叩いてきたのは妹などではなく
非常に気味の悪い満面の笑みを浮かべた「ヤツ」だった。
「ヤツ」が右腕で自分に殴りかかって来るのが、戦艦の艦娘の瞳にはビデオのコマ送りのように映る。
ばいばい。戦艦ちゃん。
戦艦の艦娘の顔に、そう呟いた「ヤツ」の拳が吸い込まれるように叩き込まれる。戦艦の艦娘の意識はここで途切れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何だよ......今の......?」
首がおかしな方向にねじ曲がり、砲から発射された弾のような速度で、破損した艤装の部品をばら蒔きながら水平線に消えていった味方を見た木曾が、震えた声で言う。
瞬間移動でもしたのかという動きで艦娘を殴り飛ばした後に距離を離した相手を、いち早く呆けた状態から戻った春雨が砲の照準を合わせて単独で追う。
「皆さん援護頼みまス」
「春雨、お前一人じゃあ!?」
「無理だ!せめて二人がかりで......」と続いた木曾の言葉を流し、春雨はそのままへらへらとしている憎たらしい表情を浮かべた女の元に散発的攻撃を行いながら接近する。
戦艦の人があんなになった戦艦棲姫の拳......でも自分ぐらい体が頑丈なら時間稼ぎ位は......!
「.........ッ!!」
戦艦棲姫......と仮定した相手の背後に居た怪物の砲撃を受けても少しよろける程度で、得意の頑丈な体による強行突破で女に肉薄した春雨が、自身と同じく頑丈に出来ている自分専用の連装砲で相手を殴り付ける。
「これデ......!」
次は手刀をこの人の腹部に...............!?
手応えがあったためそのまま今度は指で敵の体を抉ろうとしたとき。春雨が目を見開いた。
自分が叩いた相手が違う深海棲艦に刷り変わっていたからだ。
「7}\9[^..##!!??」
「何処ニ......」
春雨が後ろを向く――――
「あれれぇ~?どこを狙ったのかなぁ?」
前に。突然首に激痛が奔り、脇腹に衝撃を覚えたと思った時には、春雨は木曾や漣達が居た場所に転がっていた。
全く感知できない速度で背中に回られ、自分がやろうとした手刀を首に一撃。次に回し蹴りを食らって吹っ飛ばされた春雨を球磨が介抱する。
「春雨!!くっそぉ!」
「あんにゃろぅ!!」
苦痛に顔を歪めている春雨を視界の隅に、漣、天龍、時雨、木曾の他にも、最初に吹き飛ばされた艦娘の部隊員が女に集中砲火を見舞う。が......
「クソッ...クソッ、当たんねぇよクソがッ!!」
「何なんだいあの動き......!」
フィギュアスケート選手の動きを早送りしたような出鱈目な動きで縦横無尽に海を駆ける女に、砲撃をしていた中で一番練度が高い時雨の精密射撃をもっても攻撃が掠りもせず、発射された砲弾が全て虚しく水平線に消えていく。
「~♪~~~♪」
「動きが読めない......気持ち悪い...!」
サザンカさんよりも予測がつかない動きなんて......僕に当てられる訳が!
時雨が自分が全く弾を当てられないことに焦っていたその時。また女の姿が視界から消えた。不味い。そう考えて横を向くと
天龍のすぐ隣に女が肩を並べているのを見たため、半ば反射に近い怒声を天龍に飛ばした。
「天龍!!危ない!!」
「何......ヴぅッ―――!?」
粘ついた笑顔の女に腹を蹴りあげられた天龍が、持っていた武器類全てと艤装の部品を盛大に飛ばしながら宙を舞う。
「お゙ォ゙......ぁぁ......」
「てんちゃああああぁぁん!!」
親友がだらしなく開けた口から血を流しながら倒れる光景を見た漣が、顔に青筋を浮かべながら天龍を襲った女に突撃する。
「てめぇぇぇぇ!!」
「ていっ♪」
考えなしに突っ込んでしまったため、回避行動など頭に無かった漣の右肩に、女が拾って投げ付けてきた天龍の刀が刺さる。あまりの激痛と相当な勢いで飛んできた得物のせいで失速してしまった漣は、そのまま頭を女に掴まれて
「うわあぅっ!!?」
「よいしょ」
「は、離せ......このすっとこどっこい......!!」
「ふうぅぅぅッ!!」
背中に強烈な肘鉄を貰う。背負っていた艤装は跡形もなくめちゃめちゃにひしゃげ、使い物にならなくなり、強い衝撃で頭が揺れた漣が気を失って海面に倒れこむ。
「がはっ............」
「あっまだよ。これをこうして......」
「あっ、あいつ何を...?」
倒れた漣を持ち上げた女に、凄く嫌な予感が働いた木曾と時雨が出来る限りの最高の早さで砲を連射するも、やはり相手の動きが速すぎて当たらない。
気絶した漣の胸ぐらを掴んで、女はそのまま自分の艤装が待機していた場所に放る。
放り投げられた漣に、怪物の大口径の主砲の照準が合わされる。
「出前一丁入りまぁ~す♪」
「なっ!」
「あぁ......!?......やっ」
「やめろおおおおおおおおおおおぉぉぉぉォォォ!!!!」
球磨が叫ぶ。すると
彼女の後方から「何か」が投擲され、そのまま「何か」が怪物の主砲に突き刺さり、砲身が詰まった主砲が爆発。砲撃が不発に終わった。
「.........おろ?」
「えっ」
何が起きた...?
球磨が、時雨が、木曾が、春雨が、他にも女を標的に砲を向けていた全ての艦娘が後ろを向く。
真っ白い女が立っていた。
完全に色素が抜けきったような膝まで届く長髪と、同じく石膏のように白い肌。に、薄く光る赤い瞳。着ている服は戦場には似つかわしくない、演奏団の指揮者のような黒い燕尾服で、背中には九本の棒状の物体を背負い、両手には剣が握られている。
「ん、んん~?なんでかな」
「なんでここに居るの?装甲空母姫ちゃん?」
「お久しぶりです。戦艦棲姫.........いえ、そのお姿は戦艦水鬼様」
「私は「なんでここに来たの」って聞いたんだけど?」
「なぜ来たか、ですか」
「教えてやるよ」
「サザンカ殿、そして私を温かく迎えてくれた海軍の方々への恩義に酬いるため......」
「我が命を繋ぎ止めてくれた部下たちの無念のため」
装甲空母姫が深呼吸をして......目を見開いて宣言する。
「お前の野望のための部品だった装甲空母姫は死んだ!!」
「私は建造番号200000086番、ナンバーは
「自らの意思で真なる敵、戦艦水鬼を討つ!!そのために!!」
「貴様の前に
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本当は......いや、ほんの少し前までは敵だった筈だ。
しかしこいつらは何故か私に親切にする。
この温かさは何だ。この沸き上がる気持ちは何だ。
そして装甲空母姫は決意する。
次回「こころ」
描ききったぜ......(燃え尽きた