ひと悶着あった演習がシエラ隊の「圧勝」で終わり。港に戻ってきて、気絶してみっともなく白目を剥いている熊野と戦艦「金剛」が担架で運ばれている様子を眺めながら。ツユクサが口を開いて勝利の言葉を呟く。
「ふふっふふふ......やったぜ......ぶぇっくし!!」
「うわっ、きったね!?」
「ツッチー大丈夫?」
「ああぁぁ......やっべぇくっそ寒いッス......」。ツユクサが鼻水を足らしながらそう言って体を震わせ、そんな彼女に漣は持っていたポケットティッシュを渡す。頭に血が昇ってすっかり彼女は忘れていたようだがここは冬の北海道、知らずに水飛沫で体を濡らして体温を奪われていたのだ。
そんな彼女に。何処からか現れたヴェールヌイが拍手をしながら声を掛けてきた。
「すごいね。圧勝だよ。こんなに大差をつけて勝つ人たちは久しぶりかな」
「どうも......」
「あと、寒いなら早く中に入るといい。お風呂が沸いてるから好きに使って」
「マァジッスかあぁぁ!?」とヴェールヌイの発言を聞いたツユクサが、声を張り上げて建物の方向へと一目散に駆けていく。
いい加減に落ち着くと言うことを覚えたらどうなのだろうか。軽い溜め息を吐いてからウツギが他の四人を連れ、ツユクサに続いて施設に入ろうと歩き始める。と、またヴェールヌイが話し掛けてくる。
「ごめん、ウツギさんだけは残っていてくれないかい?話がしたい」
「はぁ......別に構いませんが」
特に急ぐ用事も無かったウツギは相手の言うことを呑んで、四人が泊地の建物に入っていくのを見送ったあとに、ヴェールヌイの後に付いていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「この辺でいいかな。じゃあ、改めて。よろしく」
「......よろしくで......」
「敬語なんていいよ。タメ口で喋って」
「......解った」
ガソリンスタンドが近くに見える、除雪した雪の置き場所になっている駐車場まで連れてこられたウツギが、ヴェールヌイ......響の次の言葉を待つ。
どういう会話が始まるかな。
ウツギが考えていると、響がポケットから煙草と100円ライターを取り出して喫煙しようとする。が、ライターがなかなか点火しないのを見たウツギが、ベンチコートの裏から
「......どうぞ」
「ん......身内に喫煙者が居るのかい」
「いや、デザインが気に入ったから。土産物屋で買っただけだ」
「そうなの。ありがとう」。素っ気なく響がそう返答して、そのまま彼女は煙草を吸い始める。この間、響とウツギの間に会話は無かった。
十分ほど時間が経つ。
いい加減何か喋らないのか?
横に突っ立って、煙草の煙か外気で冷やされた吐息か解らない白い息を吐いている響にウツギが視線を送っていると、やっと彼女が口を開いた。
「メロンは好き?」
「............は?」
何が?ウツギがそう思いながら眉を潜めるのを見ながら、響が尚も煙草を吹かしながら続ける。
「あとマグロとししゃもにシャケと......」
「待ってくれ、何の話か意味がわからない」
何を言い出すかと思えば......なんなんだこいつは。軽く頭痛を覚えて混乱するウツギに、響が真顔で説明する。
「農家や護衛してる漁師の人が沢山贈ってきてくれるんだ。自分達だけじゃ食べきれないからいつもこの時期に皆に渡してるんだけど......」
「......まさかそれを言うためだけに呼んだんじゃないだろうな」
「......?駄目なの?」
...............冗談だろう?自分の前世についての話じゃあないのか?
重い話題が来ると身構えていたらとんでもない肩透かしを食らった、とウツギがどうも纏まらない思考を中断して響と話をしてみる。
「もっと、こう......無いのか?」
「何がだい?」
「.........自分の「元」を提供したのはアンタだと聞いたが」
「どうでもいいよそんなことは。世間話がしたかっただけだし。......そうだ、趣味はなんなんだい?」
「......料理と読書だ。あとガーデニング......」
「陰キャだね」
「悪いか」
「いや、あんな凄い戦果を挙げるものだから、筋トレでもやってるのかなって」
「みんなそう言ってくる。運が良かっただけだよ。いつ死んでもおかしくないことばかりだった」
若葉、天龍、神風に、RD、田中。全部気を抜いたら簡単に自分は逝っていたな。と小声で呟いた後に、響が「それは違う」と否定してこう返してくる。
「運も実力のうちだよ。どんなに強くても死んだら意味がない。死にかけてでも、いや、逆に死ぬ気で帰ってくることが一番だ」
「......」
吸い終わった煙草を携帯灰皿に仕舞い、また新しいのを取り出して咥えた響に、数分前と同じ動作でまたウツギがライターの火を差し出す。
「どうも.........私も買おうかな。オイルライター」
「手入れが大変だぜ」
「いちいち安物を使い捨てるほうが面倒じゃないか。長く使えば愛着も湧きそうだし」
「そう。.........そろそろ戻っていいか」
「あ、いいよ。ありがとう。無駄話に付き合ってくれて」
ふううぅぅ、と副流煙を撒き散らしながら、響はにこやかにそう言う。......が、何故かウツギにはその表情にどこか影が落ちた寂しそうな物を感じとる。
なんとなく、帰りたいと言ったのが悪いように感じたウツギは、響にこう言ってみた。
「響」
「ッ...!!......なんだい?」
「また無駄話に付き合ってもいい」
「......じゃあ遠慮なく。またどこか連れてくかも」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
姉さん、だよね......。変な話題を吹っ掛けたらどもるとこも、インドア趣味なのも......の、クセしてやけに強くて頼りになって、なのに自己評価が低くって.........だめだ、この考えは止めよう。
頬を一筋の液体が流れるのを感じた響が、帽子を目深に被り直してから、ゆっくりと煙草の煙を吐き出す。
「あ~~響さんです~♪こんなところに~」
「......なんだポーラか」
「なんですって~?人に向かって~なんだとはなんですかぁ~?」
そろそろ戻るか、と身を翻した瞬間に声をかけてきた重巡の「Pola」を、響がぞんざいに扱ったために、相手が気の抜けるような間延びした話し方で反論してくる。
「もう酔っぱらってるのかい?」
「チューハイ一本じゃあ~酔うに酔えませんよ~」
「ふーん。そう......」
まあ、いいや。こんな呑んだくれは無視するか。仲間に向かって失礼なことを考えながらそのまま響は吸い殻を仕舞って、歩を進める......とまたポーラが声をかけてきた。
「あぁ~待って~♪」
「なに?」
「見てました~。響さんと~ウ~なんとかさんのお話~♪」
「......盗み聞きとは感心しないね」
「気付いてなかったのは響さんだけだと思いますよー。白い人はこっちを見てましたから」
......自分としたことか、注意力が落ちてたみたいだ。
声の調子を変えて喋り始めるポーラを少し睨みながら響が考える。ポーラが、持っていた酒の缶を近くの地面の雪を少し足で避けて置いてから続ける。
「楽しかったですかー。おねぇさんと喋って」
「まあ、それなりに......」
「の、割には~......結構楽しそうでしたー。久し振りに見ましたよ~響さんの笑顔~♪」
「...............」
「うふふ~♪だいぶ戻ってきました~昔の響さんに~」
「良いことだろ」
「そうですね~。少なくとも、提督さんに「私は艦娘という兵器なんだから是非とも使い潰せ」~なんて言うよりかは万倍マシですよ~って......あれぇ?」
......逃げられちゃいました。
目を離したうちに、自分の近くから消えた響について弱い溜め息をつき、ポーラは地面に置いた酒を拾ってぐっと口に含んでから、その場から灰色の海を眺める。
# # #
『いいかい、艦娘っていうのは兵器なんだ。人間じゃない「モノ」なんだよ。さっさと使い潰せばいい』
『No!!チャンビキ、何を言い出すかと思えば!どうしたんだYo?』
『茶化そうとしたって無駄だぜ』
『HEY、HEY、HEY。なるほどな。なら言う通りに「モノ」として使ってやローじゃないの』
『そうかい。な』
『た・だ・し。よく聞いとけYo』
『チャンボクは道具は大切に使う主義だ。そして道具ってのは定期的に「メンテナンス」が必要だロ? 「長く使い潰す」ために衣食住はこれまで通りに保障しちゃうYo?オーケェイ?』
# # #
「提督さんも~頭が回りますよね~。屁理屈には屁理屈で対抗すると......。響さんもこれから良くなってくといいんですが~」
自分達の上司である......年中アロハシャツ姿でレゲエとヒップホップが好きなDJ口調の変わり者の顔を思い浮かべながら、ポーラは薄く氷が張っている海を眺め、安酒を飲みながらそんなことを呟いた。
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それは冬と春にかけて咲く、小振りのお花。
外国のしんみりした童話にも登場するちょっと悲しげなお花。
別名はミオソティス。
そんな、勿忘草の花言葉をご存知でしょうか。
次回「賑やかな雪景色」。 正解は「真実の愛」、「私を忘れないで」。
ギャグのような、そうでもないような......