外気は相変わらず肌に突き刺さるほどの低温でも、雲一つ無い快晴になった今日。シエラ隊他、遠征に参加している艦娘達が泊地の道路脇に固まって並んでいた。
城島提督から言い渡された休暇三日間を散々遊び倒した充実したものとして終え、傷の抜糸も終えて準備万端のウツギが、前で仲良く漣やアザミとストレッチをしていたバスケットボール選手のような薄着姿のツユクサに話し掛ける。
「朝っぱらから元気だな。寒くないのか」
「今はクソ寒いっスけど。走ったら暖まるッスから!」
他の艦娘達も同じような考えである程度は薄着で居たものの、明らかに一番寒そうな格好をしている自分が周囲の視線を集めていることなど露知らず。今日の訓練メニューの外周......言い換えればマラソン大会への闘志を燃やしているツユクサが、ストレッチを終え、すっかり彼女のトレードマークになったスキー用ゴーグルを装着して大きく伸びをする。
「んん~~~っと。ッシャア、行くかァ!!」
「一位取っちゃう?取っちゃう!?」
「ッス!さっちゃんとアタシでワンツーフィニッシュッスよ!」
「いっちょやったろーぜ!」
本当に仲がいいな。この二人は。周りの艦娘達が思っているうちに、カウントダウンが始まる。
『位置について』
よーい、どん。と開始を意味する銃声と共に艦娘達が走り出す。ウツギの予想通り。ツユクサはゴーグル越しに目を発光させ、漣は気合いに満ち溢れた顔をしながら。先頭集団に体をねじ込んでいった。
「ふっ......ふぅっ......」
「はぁ、はぁ......あとどんくらいだっけ?」
「十五分ッ......この速さなら、あと三キロ程だ」
「ふぅ~っ......ちっとペース上げるか」
「解った......ッ」
ほんの少しブランクが出来たとはいえ......少し体が鈍ったか。先頭は無理でももう少し気合いを入れるか。
不参加のRDはともかく、体力自慢の四人は既に目線から消え失せ、自分のペースで天龍とランニングコースを並走していたウツギが、周囲を走っていた艦娘が自分達を含めても片手で数えるほどしか居ないことに危機感を覚えたので、少し走るペースを上げる。
天龍と走る速度を上げて数分。体が暖まっていたということで、響との鬼ごっこでボロボロになった作業着に替わり、ウツギが田代から受け取って着ていた新調した作業着のチャックを少し下げていたとき。少し先の方で肩を喘がせ、ふらついている艦娘を見つける。
アレは......もしかして......。ウツギと同じことを考えていた天龍が走りながら喋る。
「アレ......熊野じゃね......」
「......バテてるな」
大方、録に後先を考えずに先頭集団に着いていったのだろうな。長距離を走るときはご法度の筈だが。
今まで吐かれた暴言や振る舞いの数々から、何となく彼女の性格を分析したウツギが、完全に体力を使い果たして脇腹を押さえてよろけている熊野を見る。
「はぁーっ、はぁーーーーッ!!」
「「............」」
「あっ!まっ、......こんのぉ......」
ウツギと天龍の二人が無言で通り過ぎるのを見た熊野が、よせばいいのに、ひいひい言いながら速度をあげて二人を抜かし......た瞬間に「ふぁぁっ!?」と勢いよく風船から吹き出た空気のような音を口から出して足を止める。
......とてもじゃないが見ていられないな。そう思ったウツギが、両膝を押さえてみっともなくぜえぜえ言っている熊野の腕を引っ付かんで、相手に自分の肩を貸しながら走り出す。
「えぁっ!?なっ、何を!?」
「もう走れないのでしょう。艦娘同士、連携は大切です」
「っ......恩に着ますわ」
「天龍」
「......チッ、貸しだかんな。後でキッチリ返せよ。お嬢様」
ウツギに名前を呼ばれ、意図を察した天龍も、嫌々ながら熊野に肩を貸し、三人が横並びで走り始める。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「流石にさ~優しすぎじゃない?」
「何が?」
「いや、だからあのオジョーサマのお手伝いやったんでしょ?」
「アタシなら御免被るッスね!!」 長距離走を完走して一息ついて飲み物を飲んでいたウツギへ、宣言通りにツユクサと一位二位と連続してゴールした漣がそう言ってくる。ツユクサはウツギがどうして熊野なんて助けたんだと愚痴を溢していた。
「よくあんな嫌味ったらしいやつに貸しなんてつくったよね」
「あまり......賢い......思わなイ......」
「人に親切にしたら返ってくるって言うだろ」
「返って......くる...のか?」
「そういう事にしておいてくれ」
「酔狂なことだ......」。言ってきた若葉に「ほっとけ」とばつが悪そうにウツギが溢す、そんなとき。何やら遠くの方が騒がしくなっていた。何だろうか、と六人が頭を動かすと、RDの姿が見える。
「何だ?」
「ちょっと見てこようぜ」
「賛成だ」
かいた汗をタオルで拭きながら、RDに近づいたツユクサが彼女に何事かと質問を飛ばす。
「どしたんスか」
「ん......ツユクサ、とか言ったな。これをどうにかしてくれ」
「え?」
「チイッ!!ええぃっ、放せッ!!この下衆めっ!!」
「この私が......RDごときにぃ!!」
......なんだかよくわからないがやかましいやつらだな。目の前で簀巻きにされてなお、暴れているネ級と名前の解らない深海棲艦に、ウツギが目を細める。
「......なにこれ?」
「泊地に向けて砲撃してきた深海棲艦だ。積み上げた雪でできた氷に着弾したお陰で被害は無いみたいだがな」
「聞こえんのかァ!!放せと言っている!!」
「こちらに出張らせていた私の部下が捕らえたらしい」
「放せ!!放さんかこのコンニャクイモ!!」
「そんな悪口初めて聞いたぞ」
こちらを赤い瞳で睨み付けてくるものの......拘束されて身動きができないせいでどうも迫力のない、洒落た格好の深海棲艦がRDに暴言を吐く。
「初めて見た......何だこいつは。弱そうだ......」
「なんだとぉ!?駆逐艦風情がこのリコリ」
若葉へ何かを喋ろうとして、名前のわからない深海棲艦が思い切り舌を噛んで悶絶する。
......なんだかデジャヴだな。涙目になっている彼女を見てウツギが思う。
「~~!!~~ッ!?」
「...............」
「続ける。そいつは「リコリス棲姫」。戦艦水鬼にゴマをするのが特技だ」
「貴様ァ!!番号持ちの分際で、寝返ったばかりか戦艦水鬼様のことをぐ¥.'[>.")<(;99#*##~!!」
......何て?......まぁいいか。
「リコリス棲姫?」「初めて聞いた」「知らね」。口々にそう言う艦娘達の声を聞いて、呂律が回らない様子でリコリス棲姫ががなりたて始める。
そんな、見た目の割りに残念な振る舞いをする女を他所に、ウツギがRDと話す。
「因縁があるのか」
「私が番号を持つようになってからしょっちゅう悪口を言ってきた奴だ」
「その「番号持ち」とはなんだ」
「説明していなかったか」
RDが、口許に手を当てて何かを考える仕草をし、数秒、間を置いてから口を開いた。
「深海棲艦の「序列」と言うものが、何が指標にされていると思う?」
「簡単だ。「何匹艦娘と人間を殺したか」、だ。私と、寝返った部下は全員それがゼロだ。複雑だよ。だからこそ人間に受け入れられたが、海に居た頃は最下層の扱いなのだからな」
「そしてそれを見分けるためのシステムが「番号」だ」
「私はRDだが......初陣で敵を一人も倒せなかった者は、みな必ず体のどこかに数字かアルファベットの刻印がある。そして、戦艦水鬼が残したノートにもその記述が残っていたから......私は晴れて艦娘扱いだ」
「「「............」」」
なるほど。そういえばポクタル島は被害こそあったが、死者はゼロ。それに、虐げられていた立場なら工場での出来事で田中に対する不満が爆発するのも当然か。
RDの発言で、彼女がすんなりと寝返れたこと、戦艦水鬼と刃を交えたことの合点がいったウツギが、相槌をうつ。
「こんなところか。あと警告しておくが、こいつらの後続がいる可能性が高い。準備はしておいたほうがいいぞ」
「わかった」
「援護は任せろ。......早めにな。ユウジ、エイム。来てくれ」
「「了解」」
敵として恐かったぶん......なんとも頼もしい仲間だ。
頬に「UG」「AM」と書かれた、例によって音楽隊の格好をしたリ級とヲ級を引き連れて海に出るRDを見送り、自分の艤装を取りにとウツギ達は建物に向かって走った。
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RD他、数名の深海棲艦との共同戦線。
大規模作戦ほどとはいかずとも、数を揃えてきた相手に
シエラ隊が奮戦する。
しかしこの戦いに死地を見出だした彼女は......
次回「真顔の淑女」。 沈む夕日が頬を染める。
少しトラブって遅れました。なんとか今日中に貼れた......